第17話 賛辞の言葉

 ARK社72階のホールでは、魔遊初陣の功績をたたえるドミニオンズ隊員たちが魔遊を取り囲んでいた。

 迫り来るパペットを殲滅せんめつしたり、メタトロンにとどめをさした功績を拍手喝采でもてなしている。護が隊員たちに身振り手振りで、おおげさに魔遊と自分の武勇伝を説明しているのだ。

 護の言葉に、皆口々に、魔遊こそセラフィムに違いないと褒めたたえている。

 当の本人魔遊はどう反応していいか分からず、困惑している。とはいえ、褒められて悪い気はしない。今まで経験したことのない感覚だった。

「やっぱり魔遊はわたしが思ってたとおり、選ばれた者よ。松田さんにも匹敵するわ。セラフィム候補は松田さんと魔遊で決まりね」

 魔遊の向かいの部屋のそばかす顔のラマシュは魔遊を持ち上げる。彼女は何かにつけて魔遊のことを褒めてくれる。そして周囲の人に言って回ってもくれる。

 魔遊にしてみればくすぐったい思いだったが、やはり悪い気はしなかった。

「俺も魔遊を推す。新人だからといってバカにはできない。松田に対抗できるのは魔遊だ」

「わたしも。魔遊は控えめだから好きだな。松田さんはなんか変にカッコつけてて嫌い」

 と、ドミニオンズ隊員たちは次々に魔遊を褒めちぎる。

 ふと魔遊は他人から期待されるということのありがたみとか、居心地の良さみたいなものを感じていた。これならドミニオンズにいてもいいかもしれない、と思えてくるのだ。

 李美耽やベルゼバリアルは離れたところのホールの壁に寄りかかって、騒いでいる集団を冷たい目で見ている。その横には阿刃怒、毛手碓、馬火茂たちもいた。彼らは完全に魔遊がもてはやされているのが気に食わないのだ。

 李美耽はあの時、パペット工場で新型の蝶型パペットが出現した時に、魔遊と護を地上に落下させたのは誤算だったと思っていた。いまさら悔いても仕方のないことだが、もし蝶型パペットの最前線に出していたら、どうなっていたか? と考えてしまうのだ。魔遊や護を殺すまではしないまでも、一度痛い目にあわせてやって、ドミニオンズの上下関係というものを教えてやりたかったのは事実だ。また改めて計画を練る必要があると感じていた。

 ベルゼバリアルは別に魔遊や護がもてはやされようが気にしない。ただ、李美耽がここにいるから隣にいるだけだ。いつでも李美耽の隣がいいのだ。李美耽は嫌がっているが。しかしベルゼバリアルは李美耽が嫌がるのは自分への愛情表現だと勘違いしている。

 阿刃怒はいつもどおり冷静に魔遊と護を観察している。その目はふたりに落ち度がないかどうか、失敗をしないかどうか、というひねくれた目だ。一挙手一投足いっきょしゅいっとうそく、魔遊を目で追っている。もはや執念である。

 馬火茂は李美耽とベルゼバリアルといつも行動を共にしているので、一緒にいるだけだ。主体性がないように見えるが、彼にしてみれば他に居場所がないのである。また馬火茂なりに考えもあった。彼はドミニオンズ隊員の中では古株になるが、それにしてはいつまでたっても智力の変化が見られない。オファニムにも任命されない。ただ、空を飛べたり、物質を飛ばしたりできるため、集団で空中移動するときは必ず馬火茂が活躍するのだが、その割には今の魔遊のように褒められた記憶がない。今回の魔遊の活躍は、自分の飛行の智力あってこそであって、魔遊ひとりでは成し遂げられなかったはずだと怒りを感じ、納得がいかなかった。

 毛手碓は自分と同い年で、なおかつ同じ智力ネガティブ・ジェネレイターを持った魔遊がチヤホヤされているのが気に入らなかった。毛手碓は爪をかんだ。あんな奴今すぐにでも殺してみせる、と本気で考えてしまうのだ。と思っていたら赤黒い手が魔遊めがけて伸びていた。

 魔遊は背筋がゾッとする感覚に陥った。恐怖というか寒気というか、とにかく嫌な感じだ。妬みや憎悪が自分めがけて忍び寄ってくるのを感じ取った。すると自然と苦しみと悲しみの感情があふれてきて、赤黒い腕が伸びた。

 毛手碓と魔遊の赤黒い腕同士が触れあった。

 その途端、激しい無数の稲妻がホールに飛び交った。不幸にもこの稲妻に触れたものはひどい火傷を負うことになった。

 赤黒い腕は磁石のようにくっついて、離れなくなった。ぶるんぶるんと震えたかと思うと、合わさった手の中心から光の玉が現れた。光の玉は次第に大きくなり、人間ほどの大きさにまで成長した。ぶるぶると震えたかと思うと、光の玉は毛手碓目掛けて飛んでいった。その途端、赤黒い腕が甲高い音ともに消え去った。

「ひゃあああぁぁ」

 毛手碓は恥も外聞もなく悲鳴を上げると、光の玉から逃げた。光の玉はホールの壁を突き破って、ビルに大穴を開けどこかへ飛んでいった。大穴から風が吹き込んでくる。

「貴様、なんてことしやがる。殺す気か? そっちがその気なら、こっちも考えがある。今に見てろよ。貴様なんてオファニムなんかじゃねえよ。何がセラフィム候補だ。ただのフォーリンエンジェルズだろうが。日本人のくせして偉そうに」

 毛手碓は捨て台詞を吐くと、自室へ駆け込んでいった。

 ホールは静けさに包まれたが、またすぐに魔遊を褒め称える賛辞に沸いた。毛手碓の攻撃をすさまじい反撃でもって撃退したと、大騒ぎになった。

「魔遊すごい! 今何をしたの? よく分からないけど、とにかくすごい智力だったわ。やっぱり魔遊はセラフィム候補よ。わたし毛手碓嫌いなのよ、ちょっと変なところがあって。でもやっつけてくれてスカッとしたわ。ああ、いい気味」

 ラマシュがまたしても褒めてくれた。ほかの毛手碓が嫌いなドミニオンズ隊員たちも同じような事を言っている。

 李美耽はホールを後にした。これ以上茶番には付き合っていられなかった。金魚のフンのようについていくベルゼバリアル。さらにその後を追いかける、阿刃怒と馬火茂。

 魔遊は特別何をしたわけでもないのに、また褒められて恥ずかしかった。実際魔遊は何もしていない。勝手に光の玉が発生し、毛手碓目掛けて飛んでいったのだ。

 それなのに魔遊のことを褒めてくれる。自分の今まで生きてきた中で、こんな経験はしたことがなかった。だからどう反応していいのかわからないのだ。だから照れ隠しでついポーカーフェイスになってしまう。とはいえそれは見た目だけの話で、頭の中では色々な感情がぐるぐる回っていて整理がつかない状態だった。

 だが、この一見クールな反応をしている魔遊を見て、嫌味に見えて醒めてしまった者が出始めた。いくら褒め称えられようとも終始無言で、無表情なところに、松田同様、自分の智力を鼻にかけてカッコつけてるように見られてしまっていた。

 この短時間で魔遊を称える者もいれば、魔遊の態度が気に入らなくて嫌うものもいる。李美耽たちのようにはなから相手にしないものもいる。魔遊は自分の知らないところで勝手に、賛否が分かれる存在となっていた。

 実際、護でさえ魔遊に嫉妬しているのだ。魔遊だけオファニムに任命され、一緒にメタトロンを倒したにも関わらず、英雄扱いされるのは魔遊。護の名前は一切出てこないのだ。一体自分は何をしたのか? 魔遊のダシに使われたのか? そう考えてしまう護がいた。

 魔遊は自分を称えてくれる者がいる一方で、嫌っている者がいることに、どこか寂しさを感じていた。できるならみんなから好かれたい。せっかく自分の存在意義を見いだせたかもしれないのに、祝福してくれない者がいる。それどころか、敵対心を持っている者もいる。自分のことを嫌う人間がひとりでもいるだけで悲しいのだ。

 魔遊はいつしか孤独を感じつつあった。自分がドミニオンズで孤立しているのでは? と考えるのだ。目の前で称えてくれる者たちがいても。

 それは疎外感とも言うべき感情だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る