第3話 やり直してみた
ほとんど呆然とした状態のまま、ぼくは学校に着いた。バスに乗っている間の記憶があまりない。パニックになるというよりは、狐につままれたみたいという表現のほうが近いように思う。なんなんだこれは、と頭の中でずっと呟いていた。
朝食の席で「今日は火曜」と言われて、母さん本当に大丈夫かと思った。ボケ始めるにもまだ少し早いだろうと。するとおかしいのはこっちだと言わんばかりに、黙ってテレビを点けられて、ぼくは唖然とすることになった。朝の情報番組でアナウンサーがちょうど時間を伝えているところ。日付は確かに火曜日だった。
最初は録画だろと疑った。昨日の朝にもちらっと見たのと、まったく同じ場面が映しだされたからだ。どこかの工場が爆発し炎と煙が立ち上がっている。けれども、チャンネルを次々変えると、どの局も生放送オンエア中だということがわかり、どうやら間違っているのはぼくのようだということを認めざるを得なくなった。
いや、ぼくも間違ってはいないのだ。今日は確かに火曜日らしい。しかし、NHKまでがトップで伝えている数時間前のこのニュースを、寝てたはずのぼくはもう知っている。この映像はすでに一度見ている。
まったく釈然としないまま、呆然とずっとテレビを見続けていた。なんなんだよ、この特集も知っているぞ、この人のコメンテーターの服にも見覚えがあるぞ。本当に再放送を見ているようだった。そのままいつのまにか数十分も時間が経ち、結局ほとんど飯も食わないで、押し出されるように仕方なく家を出た。
出る間際に、情報番組のオマケコーナーで恒例の占いをやっていた。昨日の火曜日は最下位だったはずのおうし座は、なぜか今日の火曜日では7位まで浮上していた。
ホームルームが始まるまでの時間、ぼくは席につきテストに備えて教科書を眺めているふりをしていた。内容はまったく頭に入ってこない。まわりから聞こえてくる雑談にも聞き覚えのあるものばかりで、正にもう一度同じ日をやり直している感覚だった。
わからないのは、時々記憶に食い違いが起こることだ。例のテレビ番組の占い結果みたいに、細かいところで微妙に変化がある。話しかけてくるはずの友達がなぜかこなかったり、来たと思えば会話の内容がまるきり違っていたりする。これが混乱に拍車をかけた。
クラスメイトに小林という奴がいる。顔もフツメン、成績もさほど良くはない。ただし部活動ヒエラルキーで比較的上位とされるバスケ部においてレギュラーの座を掴んでいるので、スクール・カーストのランキングとしてはぼくより相当に上の方にいた。
当然ふだん所属するグループも違うし、そんなコミュニティ同士が接触することもほとんどなかったのだけれど、ぼくはなぜかこの小林とだけは例外的にウマがあった。最大のきっかけは共通の趣味だ。彼は音楽の趣味がクラスではちょっと珍しく、海外のロックやパンクを中心に聴いていた(父親の影響らしい)。洋楽は苦手だとその手は敬遠する他の連中をよそに、70年代前後のオールドスクールを中心に聴くぼくとはそこで不思議につながっていた。
昨日、ボタンを大きく開けた襟首から目ざとくラモーンズのロゴ徽章を見つけてツッコんできた小林は、今日もやっぱり話しかけてきた。だけど今日の会話の内容は全く違う、とりとめもないものだった。
「よっ。勉強した?」
「いや」とぼくは自分の襟首に目を落としながら答えた。ボタンは同じように大きく開けてあるが、今日はラモーンズ・パーカーは着ていない。「なんつーか……するヒマがなかった」
「ははは。オレもだ」と、それだけで小林は別のクラスメイトのところに移動しようとした。
「あのさ、小林」
「おう?」振り向いて答える小林。
「テスト終わったら、ラモーンズのCD貸してやるよ」
「おお、サンキュ。最近オレもあの辺まで遡り始めてな。興味持ち始めたところだったんだよ。ロゴのデザインとかかっこいいよな」そこで小林はあれ?という表情を見せた。「ん、言ったっけ? ハマり始めたってこと」
「いや」とぼくは言った。「なんとなくお前なら知ってる気がしたんだよ」
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