もしも人生にセーブ機能がついてたら

あじじんた

第1話 見つけてみた

 奇蹟が始まったあの一日を今こうして改めて思い返して見ると、そういえば気分はひどいものだった。灰色の心境でひたすらこう信じ込んでいた。今日が人生で最悪の時で、こんなにつらい日はきっとこの先二度とないはずだと。人生には大していいことなんて起きないんだと。どちらも間違っていた。


 実際には、その日のテストの手応えが最悪だったという程度のことにすぎなかった。今思えばどうでもいいような話だ。が、絶望するほどに憂鬱になるのには、さすがにちょっとした理由があった。


 留年がかかっていたのだ。


 高校二年のこの時期、ぼくはすでに前期も赤点をとっていた。うちの高校は通年成績で三科目以上に「1」がつくと自動的に留年が決定する。その日の時点で、通年の赤点二つがほぼ確定していた。

 

 もはや背水の陣で後がないところに、翌日に待ち受けるのは、よりによって最難関に苦手とする数学。起死回生を狙うしかないのだが、太刀打ち出来るだけの学力などまったくついてきていない。今からでは挽回などとうてい無理、絶対にこれも赤点だ。ため息をつける余裕さえなかった。


 もともと馴染めているともいえない高校生活だった。留年したらたぶん辞めることになるだろう。絶望しかなかった。




 ぼくは帰宅から夕食までの時間、ずっと自室の机にかじりついていた。しかし教科書や参考書を開いているわけではない。ノートパソコンのキーボードを必死に叩き続けていたのだ。


 なんとかこの窮地をしのぐ策はないかと、藁をもつかむ思いでネットの海の中を大捜索していたのである。検索キーワードは「数学 コツ」とか「一夜漬け」とか、果ては「テスト 赤点 裏技」とか諸々。掲示板からアングラなサイトまであちこちの情報を漁った。ブラウザのタブがどんどん増えていく。


 このパソコンは入学祝いにじいちゃんから買ってもらったもので、メモリもCPUも当時の最新スペックをフル搭載してもらったおかげか、多少無茶なブラウザの開き方をしても動作にまったく支障はない。かなりお値段も張ったはずだが、それだけに当時のじいちゃんの喜びようがわかるというものだ。


 でも、なまじっか中途半端な進学校に入学できたのが、逆に失敗の始まりだったと思う。過去にはちらほら東大合格者もいる程度のレベルの、しかし『麗しき伝統ある』この高等学校は、ぼく程度の頭でついて行くにはどうやら授業のペースが速すぎた。そもそもぼくのレベルなんて、ここに入れた事自体がちょっとした快挙とされるくらいのものだったのだ。

 

 いつしか検索キーワードは「留年 中退率」などネガティブなものに変わっていく。こんなことしてるヒマがあるなら少しでも勉強したほうがマシなのはわかっているのだが、一方で、付け焼き刃を若干詰め込んだところで結果に大差ないこともわかっていた。


 気が付くともはや陽が落ちかけていた。気分と相まってうんざりした心の重さががさらに倍加する。やはりというべきか、一発逆転させてくれそうな有益な情報はいまだに見つからず。


 ぼくはゆっくりと立ち上がり、惰性のようにカーテンを閉めた。それからほとんど諦めかけてはいたがもう一度机に戻り、開きっぱなしでどんどん溜まっていったブラウザのタブを、一から再チェックし始めた。それなりに王道の勉強法から、ほとんど冗談のようなサイトまで、ちょっとでも気になったところは一応ひと通りキープしてあった。

 

 ふと、ひとつのサイトが目に留まった。


 こんなのあったっけ? なんで残しておこうと思ったんだ?


 どうやってそのサイトに辿り着いたのか、今ではもはや思い出せない。おそらくリンクからリンクに飛び続けたネットサーフィンの旅の果てに、偶然みつけたのだと思う。


 そこにはこうあった。



             【セーブポイント】

           ここで人生をセーブしますか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る