千百十六話 血の戦旗の涙と魔鋼族イスラ・マカラ・ベルマラン
ロズコさんとミジャイは抱擁を終えると、
「「はは!」」
と笑い合う。笑顔のまま互いの胸元の紋章を片手で叩き、やや遅れて、その片手で自身の胸を叩いた。
どちらも涙ぐんでいる。実に男らしい表情だ。
死線を潜り抜けてきた間柄だと分かる。
が、ミジャイは暗い顔になって、
「一番隊~五番隊の人員だが……」
「……悪いが……」
ロズコさんも泣きそうな表情になった。
ミジャイは瞳を震わせながら視線を斜め下に向け、
「だめか……」
「あぁ、たぶんな。俺が背後のハトメルの魔袋集積場を有した刑務所に運ばれる随分と前から……手足を拘束されながら頭巾もかぶせられていた。最後に聞いた隊員たちの声もだいぶ前だ……」
「……分かった」
涙目のミジャイは頷く。
<
「ミジャイ、これを」
と血の戦旗を返した。
「あ、はい」
「隊長……それは……」
ミジャイは頷いて、血の戦旗を片手で握りしめる。
「結成当時から残る血の戦旗だ」
「……はい、皆、すまねぇ……どうやら……俺だけが」
「ロズコ……謝るな。責任は俺にある……」
「隊長……いや、団長……」
ロズコさんとミジャイは泣いた。
近くで見ている鋼の兜が似合う魔鋼族ベルマランの方が、少し驚いたように頭部をロズコに向けていた。
双眸は鋼の兜で覆われているので見えないが、此方側は見えていると分かる。
涙を拭いたミジャイは血の戦旗を懐に仕舞う。
そして、ロズコさんたちが現れた通路をチラッと見て、
「……ロズコ、その扉の先を刑務所と言ったが……」
と聞いていた。ロズコさんは頷く。
ロズコさんの髪はスキンヘッドに近い。
そのロズコさんは、周囲の状況を見て、
「……そうだ。しかし……」
「ロズコ、刑務所のことを頼む」
ミジャイはそう発言。
ロズコは、
「あぁ、刑務所の中はハトメルの魔袋集積場と狩り場の通路。狩り場でメジラグなどを狩り、ハトメルの魔袋で回収してハトメルの魔袋集積場に納めるという毎日だったんだ」
そう語ると、周囲の方々が全員沈黙。
数人が、悲しげに背後を見て何かを呟く。
ミジャイは、ロズコさんと他の方々を見て、
「装備を見れば分かるが、拷問にあったわけではなく、ある程度自由が許された強制労働か」
と語る。ロズコさんは頷き、
「……その通り、叛乱もあったが、悉く鎮圧された。で、集めた素材は魔歯魔族トラガン、魔歯ソウメル、百足魔族デアンホザーなどの贄になると、集積官のリダヒが語っていたな」
「ほぉ……」
「で、隣の鋼魔族なんだが、その刑務所の中で知り合った。俺よりも長く閉じ込められていたようだ。他の魔族たちの大半もそうだろう」
と語る。
隣の方は鋼魔族か。
魔鋼族ベルマランではないらしい。
その方は俺たちとロズコを見るように頭部を向けてから、その頭部を少し左右に振ってから、
「……鋼魔族か……その呼び方で呼ばれる地方もあるが……」
お? 先ほど魔鋼族ベルマランの方々が語っていた言語でボソッと呟いた。そして、
「ロズコ、私の部族は魔鋼族マカラ・ベルマランと言っただろう。マカラと呼ぶこともあるが、そのマカラ族が出自なのだぞ」
訛りがあるが、バーヴァイ地方でも通じる南マハハイム共通語でそう語った。先ほど共闘関係を結んだ魔鋼族ベルマランのバイバルト族と同じような魔鋼族ベルマランのマカラ族ってことか。
バイバルト族のバスラートさんたちは、この方を救おうとしていたんだろうか。その肝心の魔鋼族ベルマランたちはまだ後方で、姿を見せない。
俺たちは、前へ前へと加速しながら進んでいたからな。
キサラの百鬼道ノ八十八の<魔倶飛式>と<飛式>たちの効果もあって、ミジャイも素早く移動できていた。
それに、魔鋼族ベルマランは鋼の装備で重そうだから、速度はかなり遅いはず。
背に〝エセルジャッジメント魔貝噴射〟を装着したら、似合うだろうし、空中を飛んで素早く移動できると思うが。
そう考えていると、ロズコさんは笑顔を見せつつ、
「……別にいいじゃないか。鋼の魔族がお前だ。そして、名は忘れたが……お前の扱う魔剣と硬い金属の鎧が有名で、それが自慢の鋼魔族だということは覚えている」
ぶっきらぼうな語りだ。
自らを魔鋼族マカラ・ベルマランと語った鋼の兜が似合う方は、
「……そうだ、イスラが私の名。そして、ハトビガ魔鋼だ」
と、ロズコさんから俺のほうに頭部を向けて発言。
イスラさんが名か。
正式名はイスラ・マカラ・ベルマランってことかな。
そのイスラさんに会釈した。イスラさんも俺に会釈。
鋼の兜の双眸の位置には孔はない。
メッシュ加工もされていない。
仮面のような渋い双眸のデザインが施されているだけ。
ハトビガ魔鋼のお陰で、此方側の世界が透けて見えているんだろうか。謎だ。
「……あぁ、が、鋼の魔族が合う」
「……見た目で決めるのか?」
「はは、毎回だが、怒るなよ」
とロズコが笑う。
「ふん!」
とイスラさんは鋼の兜越しにだが明らかに機嫌が悪い感じで喋る。不満そうな声音で隠っているが、女性と分かる。
ロズコさんは俺たちを見てからミジャイを見る。
ミジャイは頷いて俺たちにお辞儀。
そして、ロズコさんを見て、
「……紹介が遅れたが、俺がここに来ることができたのはこの方のお陰。背後のキサラ様と神獣ロロ様のお陰でもある」
「はい」
「にゃ」
キサラと
更にミジャイは、
「この方が、魔界王子テーバロンテを滅した御方なのだ。俺が忠誠を誓った相手でもある。名はシュウヤ様」
「え?」
「「な!?」」
「「「魔界王子テーバロンテを!?」」」
「「「めっ、滅した!?」」」
ロズコさんとイスラさんに他の厳つい方々がハモるように驚く。
「そして、バーヴァイ地方のデラバイン族、ケーゼンベルスの狼たち、源左の一族を救い、大同盟に導いた御方で、神聖ルシヴァル大帝国の魔皇帝様で在らせられる」
と説明。
「大同盟……」
「バーヴァイ地方を……」
「なるほど……だからか」
「「魔皇帝……」」
「神聖ルシヴァル大帝国……」
皆がそう呟く。
すると、常闇の水精霊ヘルメが浮遊しながら俺の右前に移動する。そのままおっぱいプルルン波を発動するように巨乳を揺らして、真・ヘルメ立ちを敢行。
「ふふふ――ミジャイ、よく分かっていますね!」
と細長い左腕を伸ばす。
そのヘルメは、俺を見て、
「閣下は、バーヴァイ城では少数派だったデラバイン族の軍を助け、バーヴァイ城の多数派だった百足魔族デアンホザーと蜘蛛魔族ベサンの部隊を倒した。更に、バードイン城から押し寄せてきた魔界王子テーバロンテと親衛隊をバーヴァイ城で迎え撃ち、多数の犠牲者を出しましたが、見事魔界王子テーバロンテを倒しきった!! ですから閣下は、魔界セブドラのバーヴァイ地方に、神聖ルシヴァル大帝国の橋頭堡を築いたことになるのです!!」
と体から水飛沫を発しながら語る。
後光のように水飛沫が輝いていた。
周りはシーンとなった。
が、直ぐに、
「「「「おぉ」」」」
「胸が大きいし、美人すぎる……」
「あぁ、しかも水の精霊か……」
「シュウヤ様は水の精霊を使役しているのか、上級神を倒せるのも頷ける」
助けた方々が驚きながらそう発言。
ロズコさんは絶句している。
俺は頷いて、ヘルメに、
「ヘルメ、神聖ルシヴァル大帝国の話はバーヴァイ地方だけに留めてくれ。バーソロンというデラバイン族の王族がいるんだからな」
「ふふ、はい」
笑顔が美しいヘルメは、体から水飛沫を発しながら軽やかに浮遊しつつ、俺の背後から抱きついて首にキスしてくれた。
そして、俺の右半身を守るように液状と化した体を展開してくれた。
液体と化した常闇の水精霊ヘルメに抱かれる感覚は、毎回だが、清々しく気持ちが良い。
水のマントを羽織った感じかな。
そんな不思議な水のマント状のヘルメを見た皆は、
「「「「おぉ」」」」
「「不思議すぎる……」」
「にゃ~」
「ふふ」
ロズコさんとイスラさんと刑務所の中で強制労働させられていた方々はまたも驚く。足下にいる
素直に可愛い。その相棒から皆に顔を向けて、
「……ロズコさんと皆さん、俺たちのことを説明します。魔界王子テーバロンテとの戦いで、デラバイン族側に付いた魔傭兵ラジャガ戦団のミジャイから、仲間がここに囚われていると聞きました。ですから、助けに行くと約束しました。しかし、直ぐには向かえなかったんです……そして、やや時間が掛かってしまいましたが、なんとか来ることができた。それが現状です」
と語ると、暫し沈黙が続く。そこから、
「「おぉ」」
「そうでしたか!」
「ここに助けに来られる行動力が凄まじい!」
「魔英雄過ぎる!」
「魔界王子テーバロンテを滅した御方なのだ、納得だ!」
皆は感嘆するように喋りまくる。
すると、
「しかし、魔界王子テーバロンテは上級神だぞ……」
と、ここに囚われていた魔族の方が疑問気に発言。
その方は頭部が二つある。
上半身は鋼っぽい皮膚で素っ裸に近い。
下半身は武術家らしいズボンを履いていた。
足には足輪、アンクレットを嵌めている。
というか、ロズコさんを含めて、硬そうな扉の先にいた囚人の方々全員の足首にアンクレットが嵌まっていた。
囚人の方々はあの足輪で管理されていたのかな。
GPSが付いているとか、外したら爆発もありそうだ。
囚人が暴れないように薬でも入っているとか?
ロズコさんたちは俺をジッと見ている。
その皆に、
「疑うのも当然だと思いますが、魔界王子テーバロンテを倒した直後、周囲の地面や空間から目映い光が発生しました。それは天を突く閃光にも見えて……同時に膨大な数の魂と魔力を感じました……無数の魂が成仏を願って天に昇っていく、とても神秘的な光景。とにかく口では説明が難しい事象……あの神秘的な光景は、忘れることはないでしょう。すると、バーヴァイ地方の斜陽が消えたんです。代わりに魔神殺しの蒼き連柱という現象が起きた。今も、バーヴァイ地方の空は蒼くなる時間が増えています」
「「……おぉ……」」
「え、斜陽が……真夜……に魔神殺しの蒼き連柱……」
「おぉ、魔神殺しの蒼き連柱……」
「伝説に聞く話だが……」
皆が頷き合う。
「やはり、シュウヤ殿は魔英雄!」
「「あぁ、我らを助けてくれた!!」」
「――魔英雄どころではない!! 神殺しを行える存在なんて!!」
「「「あぁ!」」」
「……ではもしや、神格を有しているのか!?」
「あ、見ろ、あの千切れた死体、集積官のリダヒのモノではないか?」
「ここを守っていた強者の、魔界王子テーバロンテの眷属らしき歯の魔族は俺が倒した。通りを守っていた連中も倒した」
「あぁ、シュウヤ様とキサラ様とロロ様が、魔歯魔族トラガンなどを一網打尽にし、迅速に通路を進んだのだ」
「「「おぉ」」」
「にゃおぉ~」
と鳴いた
「あ、この黒猫様が……」
と呟き、俺とミジャイにヘルメとキサラを順繰りに見ていく。
「おう。黒猫の名はロロディーヌ。愛称はロロ。相棒で神獣、俺が使役している。姿の基本はネコ科だが、自由に姿の変化が可能で巨大化も可能。ドラゴンやグリフォンにも成れるんだ。バーヴァイ城から魔の扉を用いてバードイン城に転移してきた。そこから相棒に乗ってバードイン迷宮に飛んできたんだ」
「神獣……」
「「「おぉ」」」
すると――背後から魔鋼族ベルマランたちの気配を察知。
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