千三十六話 吸血神ルグナド様と筆頭従者長ビュシエ

 男性と女性は頭部を上げた。

 女性のほうはビュシエと分かる。

 もう片方の男性は見知らぬ男性だ。


 吸血神ルグナド様の幻影は二人を見て鷹揚に頷くが、少し驚いていると分かる。


 吸血神ルグナド様の見た目は魔界セブドラの神絵巻に載っていた鎧姿ではない。

 ローブ=デコルテのイブニングドレス風の衣装を着ている。


 顔の上半分だけを隠せる仮面を装着していた。


 舞踏会の最中なのか?

 その吸血神ルグナド様は、


「『ビュシエとランベルエ……生きていたか。どうして我との<血映像>を拒み続けて……ん? ビュシエの<血魔力>のみか……』」


 思念と言葉が地下墓地に響いた。

 直下のビュシエが眠る石棺から溢れ出ていた血が止まる。周囲の石棺の真上に展開していた血の紋章から火花が散って霞み始めた。

 

 しかし、ルグナド様から神意力はあまり感じないが、美しい声だ。


 すると、片膝を地面に突けていた男女の幻影が消えた。


「『消えたか。ビュシエの反応もオカシイ。ランベルエは死んだようだな。しかし、我とビュシエを繋ぐ<血映像>は、確かなモノ……そこの、我の血の支配を抜けし罪人が……我のともがらたちに何かしたのか……』」


 吸血神ルグナド様は混乱したのか。

 俺たちを睨む。


 吸血神ルグナド様の<血映像>の姿はリアルタイムか。


 血文字の進化バージョンかな。


 刹那、ビュシエエが眠る石棺から溢れ出ていた血が俄に上昇し血飛沫を周囲に飛ばす。


 その血飛沫は城内の広間を灯す光源となったように上下に拡がる。

 と、その拡がった一部に男性とビュシエと複数の吸血鬼ヴァンパイアたちが整列している幻影が表示される。


 それは映写機で撮影されたような幻影の映像となった。


 吸血神ルグナド様は俺たちからその血の幻影の映像に視線を向け、


「『これは……ビュシエの記憶か? 昔のエイゲルバン城……』」


 そう思念と言葉を同時に発した。

 映像はそのエイゲルバン城の内部が爆発する映像に変化。


 コマ送りで城が崩壊していく様子から、一気に時間が進む。捨てられた廃城となった。

 その廃城の朽ちた門を潜った大柄の魔族。


 背中に数本の大太刀を装着している渋い四腕魔族が現れた。


「『戦公バフハール!? 隻眼バフハールが何故捨てられたエイゲルバン城に!』」


 吸血神ルグナド様が驚く。

 あの四腕魔族の名が戦公バフハールか。

 通称が隻眼バフハールかな? 

 渾名は他にも色々とありそうだ。


 二眼で隻眼だからシクルゼ族ではない魔族だが、四腕だとルリゼゼを思い出す。


 大きな笠を被っているから浪人といった印象。

 流浪のバフハールという渾名もありそうだ。


 すると、廃城の映像に血が吹き掛かる演出が掛かる。

 と、何かに一閃されるように荒れ地の丘の映像に切り替わった。


 映像の演出が細かい。

 この幻影の映像は、ビュシエがイメージしているのか?

 ビュシエは、この映像を撮ったわけではないと思うが、だれの視点の映像なんだろうか。

 

 ビュシエの記憶で作った能力が、この血の幻影の映像を映し出すのを可能にしているのだろうか。


 一風変わって、荒れ地の丘に立つのは男性とビュシエと複数の吸血鬼ヴァンパイア集団。


 そのビュシエが、副長らしき男性に細い片腕を上げて何度か指示を出す。


 その片腕には魔杖が握られていた。


 ハザルハードが持っていた魔杖か?


 その細い片腕の表面には、無数の魔印などが刻まれているが、俺たちを案内し続けていた細い片腕だろう。


 副長のような印象の男性吸血鬼ヴァンパイアが、ビュシエに頷くと、他の味方に指示を出した。


 ビュシエと吸血鬼ヴァンパイアたちが襲撃しているのは、双眸がくり抜かれている兵士たちか。


 くり抜かれている眼窩に義眼のようなモノを嵌めている戦士集団だった。

 

 義眼集団の見た目は黒と茶の戦闘装束を着て、義手と義足に義手に仕込んだ刀を武器にしていた。

 もしかして、人工脊髄やらを有したサイバーな戦士?

 と想像してしまうが、肉々しく生々しいから、魔界セブドラならではか。


 そして、双眸を布で隠している戦士もいる。

 恐王ノクターの勢力と予測。


 ビュシエの部隊は、その恐王ノクターの戦士たちからダメージを負いながらも、吸血鬼ヴァンパイアらしく体を囮にして、確実に各個撃破、義眼集団を屠りまくる。


 強い。誰一人味方の吸血鬼ヴァンパイアを失わず勝利を収めていた。


 種族特性を活かした強さは、魔界セブドラでも惑星セラでも変わらないようだ。

 やはり、吸血鬼ヴァンパイアのタフネスさは抜きん出ている。


 弱点をつかれない限りそうそう負けることはない。 

 その荒れ地の丘の戦いを制したビュシエたちは、初めて見る巨大な石棺を運ぶ大きい鹿角を有した大魔獣を率いて荒れ地の丘から下るように他の地域に移動していた。


 次は川沿いの橋を巡る戦いに変化――。


 橋から撤退していくビュシエたちか。

 ビュシエたちと戦っている相手は、眼球モンスター軍団、悪神デサロビアの勢力か。


 ビュシエたちが逃走しながら石棺をアイテムボックスか何かに格納している場面が映った。


 巨大な石棺と自分たちが入る石棺は異なる?


 すると、今度は市街地に変化。


 朱色の体を持つ四腕魔族集団とゲリラ戦を展開している。


 市街には一つ眼の黒髪の魔族に四眼の金髪の魔族が平和に暮らしていたようだったが、それらの種族たちは、朱色の体を持つ四腕二眼の魔族集団に殺されまくっていた。

 

 ビュシエたち吸血鬼ヴァンパイア集団は、石棺のバリケードを使った罠で、その朱色の体を持つ魔族たちに抵抗。

 一つ眼の黒髪の魔族と四眼の金髪の魔族たちに指示を出して、朱色の体の魔族たちを倒し続けるビュシエたちだったが、一つ眼の黒髪の魔族と四眼の金髪の魔族たちは次々に倒されていった。

 ビュシエと吸血鬼ヴァンパイアたちもタフだが、弱点の光属性の何かを喰らった者も出て死傷者が続出すると、市街地から撤退していた。


 また場面が変化。

 今度は、海が見える他の街の市場で買い物を行うビュシエと、その街で仕事をしている吸血鬼ヴァンパイア集団がいた。


 ゲリラ戦をこなしていた頃とは衣服がかなり違う、吸血鬼ヴァンパイアの数も減っていた。


 更に場面は変化し、海が見える街が焼け野原となった。

 焼け野原の原因は、眼球と眼球がくっ付いている異質な怪物軍団の眼球から迸るビーム兵器のような攻撃だ。それらの眼球モンスター軍団と、マーマイン亜種と百足魔族デアンホザーの集団に蜘蛛魔族ベサンの集団が争っていた。それらの集団とは争わず逃げたビュシエたち。


 場面はまたも変化。

 森に野営を敷く男性とビュシエと吸血鬼ヴァンパイアたち。


 川と泉が近くにある。

 

 その吸血鬼ヴァンパイアたちが、恐王ノクターの眷族と思われる魔界騎士集団に急襲を受けて、次々と斬られていく。

 斬られるが、復活も早く、反撃していく。

 が、恐王ノクターの眷属たちが光の網と光の杭を<投擲>していくと、次々と捕まる吸血鬼ヴァンパイアたち。


 ビュシエと副長の男性は指示を出して仲間を救うが、恐王ノクターの眷属たちの反撃も激しい。

 その戦いから撤退戦に移行したビュシエたちだったが、悪神デサロビアの勢力にも追われ始める。


 思わず、魔皇獣咆ケーゼンベルスを見た。


「……うむ。あの森は我らの【ケーゼンベルスの魔樹海】……」


 皆も頷いた。

 吸血神ルグナド様は、魔皇獣咆ケーゼンベルスを睨み付けるが、直ぐに視線をビュシエの石棺の真上に展開されている幻影に向け直した。


 幻影には【ローグバント山脈】に逃げたビュシエたちが映る。黒髪の魔族、源左の者か? から物資を略奪したビュシエたちは【ローグバント山脈】の山に陣地を構えた。

 それがここ、【吸血神ルグナドの碑石】か。


 そこからまた幾星霜と経たビュシエたちは、何度も敵と戦い続けて<血魔力>を研鑽していたようだ。


 戦いの場面に切り替わる。

 と、ビュシエと副長の男性が、四眼の魔槍使いと衝突し、大きな傷を体に負った。


 片足を失っていた。


 なんとか倒し<吸血>か<吸魂>を行ったようだったが、魔杖を持つ腕の魔印が拡がり、傷の治りが遅くなると……。

 片足は治らず、ビュシエは石棺を使った休息が必要になったのか、何度も石棺で休むようになった。


 ビュシエを守るために戦い続けた副長らしき男性吸血鬼ヴァンパイア吸血鬼ヴァンパイアたちだったが、時が経つに連れて徐々に少なくなっていった。

 

 数が増やせない? 何か理由がある?

 

「『なんたることか……ビュシエ……お前が、我との連絡を絶った理由は……<渦呪・魔喰イ忌>』」


 吸血神ルグナド様は悲壮感を出す。

 

 すると、副長らしき吸血鬼ヴァンパイアは、ハザルハードとバシュウたちに襲撃を受け、この地下祭壇の石棺が並ぶ場所で激戦となった。ビュシエを守りながら戦っていたが、倒される。


 その際にハザルハードはビュシエの石棺にオベリスクを用いた儀式を行ったようだ。


 副長の男性吸血鬼ヴァンパイアは、涙を流しながらハザルハードとバシュウに突撃を噛ます。

 ハザルハードとバシュウは撤退したが、その直後に、その副長の男性吸血鬼ヴァンパイアは干からびて塵となって消えていく。


 刹那、血の幻影映像は消えた。


「『ランベルエ……お前は我の<筆頭従者長選ばれし眷属>を最後まで守ったのだな……』」


 と、吸血神ルグナド様は、片方の目から血の涙を流す。


 すると、ビュシエが入ったままの石棺の中の血の量が少なくなった。


 ビュシエの姿が露見。

 傷付いた防護服を着ている。


 その胸元に、俺たちを案内していた片腕が乗っていた。その片腕が動き、元の場所にくっ付いた。


 と、ビュシエが目を開け、


「……わたしは……」


 徐に上半身だけ起き上がった。


「貴女は、ビュシエか」

「そうだ……あぁ、貴方がシュウヤ……ハザルハードを倒し、わたしの復活に協力してくれた偉大な魔槍使い。礼を言う……皆にも礼を言おう……そして――」


 ビュシエは俺と皆に礼を言って立ち上がる。立ち居振る舞いはしっかりとしている。


 金髪が靡いた。


 そのビュシエは、


「主……ルグナド様、すみません……ご存じのように<渦呪・魔喰イ忌>を浴びて、天把覇魔杖でなんとか症状を食い止めていましたが……ハザルハードに右腕と天把覇魔杖を奪われてしまい……この石棺に自らを封じるしか手立てはなく……」


 幻影の吸血神ルグナド様に謝っていた。


「『構わぬ……<渦呪・魔喰イ忌>の浸蝕は、もう体を巡っているのか?』」

「はい……ですから、この<血映像>を送るだけで精一杯。最期場です」

「『あいわかった……ビュシエ・ラヴァレ・エイヴィハン・ルグナド。お前は我に忠実であったと皆に伝えよう……』」

「はい」

「『そして、我の血の支配を抜けし罪人……我の輩の傍になぜいる』」

「主……吸血神ルグナド様、シュウヤがなぜ罪人なのかが分かりませぬが……しかし、今こうして主に連絡できたのは、シュウヤたちのお陰。わたしの片腕を消すこともできた。それなのに、わたしの片腕を、ここまで無償で運んでくれた。途中の<誘血灯>も壊さずに……わたしの最期の願いが叶ったのは、シュウヤのお陰なのです」

「『……まことか……我の血の支配を抜けし罪人が……我の<筆頭従者長選ばれし眷属>の最期の願いを叶えたのか』」

「はい」


 吸血神ルグナド様は一呼吸してから間を少し空ける。

 吸血神ルグナド様は、俺をジッと見て、双眸を揺らす。双眸の神々しい虹彩の中に、様々な葛藤が見えたような気がした。


 そして、


「吸血神ルグナド様、血の支配を抜けたことは謝ります。そして、ビュシエを苦しめていた存在はキッチリと倒しました」

「『ふむ。罪人よ、よくやった。が……』」


 吸血神ルグナド様は微笑むと、礼を言ってきた。

 が、直ぐに睨んできた。


 それより、ビュシエの<筆頭従者長選ばれし眷属>としての寿命は尽きようとしているのか……。


「吸血神ルグナド様、ビュシエですが、助けることはできないのですか?」


 ビュシエは防護服を消す。

 裸を見せた。

 巨乳と先端にある突起した乳首は綺麗だ。

 くびれた腰もいい。

 お尻も中々の大きさ。

 ヴィーネのような印象だ。


 が、その美しい裸体に異質な魔印と膿のような傷があり、蠢いている。時折、禍々しい白眼が剥けた眼球が俺たちを見ていた。


 怖い。

 眼球を体に無数に宿している百目血鬼とはまったく異なる。


 そして、片腕はくっ付いているが片方の足は失ったまま、再生もしない。


「『……無理だろう。<渦呪・魔喰イ忌>は<筆頭従者長選ばれし眷属>であろうと浴びてしまったら……治療に有効な手立ては少ない』」

「はい……うっ」


 と倒れ掛かるビュシエ――。

 すかさず石棺に入って、肩を支えてあげた。


「あ、ありがとう……でも、わたしはもう……」

「『……シュウヤ、ビュシエの最期を頼む……我との絆の……あぁ、ビュシエ……大事な……ッ』」


 と、吸血神ルグナド様は泣いたまま手を伸ばしてこちらに寄ってこようとしたが、その吸血神ルグナド様の幻影は消えた。


「ウォォォン、神意力ごと吸血神ルグナドの血の幻影が消えた」

「あぁ……」

「器よ、いつもの奇跡を起こすしかあるまい!」

「はい……と言いたいですが、シュウヤ様の<光魔の王笏>も効くかどうか」

「あ、その手があったか! 眷属にしてしまえ、器!」

「はい! 器様、ルグナド様も許してくれるはず」

「沙、貂、待ってください。吸血神ルグナド様の<筆頭従者長選ばれし眷属>ですよ。光魔ルシヴァルの血を受け取ったら、ビュシエさんが蒸発してしまう」

「あぁ……」

「宵闇の指輪があります!」

「お、だが、魔族ではなく人族用だと思うが……」

「主、なんとかしてやりたいが……」

「シュウヤ様、助けることは……」


 フィナプルスは悲しそうな顔付きだ。

 助けられるかは分からないが……。


「ビュシエ殿……」


 サシィも悲しげだ。


「「……」」


 ゼメタスとアドモスも悲しそうな表情となった。

 眼窩の炎が小さく揺らぎ、泣いているように点々とした細かな火が散った。


「シュウヤたちよ、わたしを助けようと?」

「あぁ、そうだ。ビュシエさん、どうせ死ぬなら、生き延びる可能性にかけてもいいかな」

「構いませんが……<渦呪・魔喰イ忌>の除去は無理だと思います」

「まぁやるだけやるとしよう」


 戦闘型デバイスから宵闇の指輪と水神ノ血封書を取り出した。

 

「まずは、水神ノ血封書を試す」

「……え? どうして、吸血神ルグナド様系の書物を……しかも水神アクレシスも関係しているのですか?」

「おぉ、主すげぇ! ここでそのアイテムを出すとは、<渦呪・魔喰イ忌>の浄化を水神ノ血封書で狙う気だな?」


 アドゥムブラリの言葉に頷いた。


「え? シュウヤ様、そのような秘宝をお持ちになっていたのですか……」


 フィナプルスも驚いている。


「器よ、その水神アクレシス様が封じている吸血神ルグナドの書物を読み解き、ビュシエに使うのか。しかし、そのアイテムは鑑定していないだろう?」

「おう。感覚だ」

「器様の感覚は鋭いですから、案外……」

「成功するかもしれません」

「はい」


 沙羅貂がそう会話する。

 早速――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る