千三十五話 【吸血神ルグナドの碑石】

 走るのを止めた。破れた背嚢を視認。

 倒したマーマイン兵士が落としたアイテムだろう。

 羅紗ラシャ布などで製作された方形袋の胴乱どうらんと似たアイテムボックスが転がっていた。

 

 ――<仙魔・桂馬歩法>を発動。

 右足で石畳を蹴り、左斜め前に跳びながら石畳にあった胴乱を左手でゲット。


 続けざまに右斜め前に跳躍しながら石畳に落ちている金色の胴乱を右手で掴みゲット――。

 金色の胴乱は重い、魔力が豊富だ。

 倒したマーマイン射手は弱かったが、いいアイテムを持っていたのかもしれない。


 その金色の胴乱と紫色の胴乱を戦闘型デバイスのアイテムボックスに仕舞った。

 石段を転がり落ちている信玄袋も走り下りて回収――。


 信玄袋も戦闘型デバイスの中に入れながら――。

 後方にジャンプを行い石段を上がる。

 着地と同時に腰を捻り半身の姿勢の左手で地面を突く側転で石段を上がった。

 最後に後方宙返りに移行して着地し振り返る。

 半身の姿勢で皆を見てから――。

 その皆がいる【吸血神ルグナドの碑石】に向かった。

  

 ビュシエの片腕から出ている血と繋がっている血の燭台は、一気に色合いが鮮明化。

 血の陰影を越えてリアルな銀燭に変化したように見えた。


 そして、先ほど巨大な相棒から飛び下りる際に、この山の全景をチラッと見たが、この山を俯瞰で見れば、ピラミッド的な形だろう。

 天辺の折れ掛かっている石塔を凝視――。

 魔力を内包している石塔の表面には血濡れた文字が浮かんでいた。


 大きく血文字で『吸血神ルグナドの碑石』と浮いている。

 石塔に刻まれている異世界文字と同じ意味の血文字はAR的に展開されている。

 その下には、小さく刻まれた文字があり、『ビュシエ・ラヴァレ……』まで読めた。


「AR文字のように浮かぶ血文字はいつ見ても不思議です。そして、この血文字は、光魔ルシヴァルの特権かと思っていましたが、魔界セブドラの吸血神ルグナド様の<筆頭従者長選ばれし眷属>たちも使えるということ。更に、時空属性を有しているのなら、優秀な連絡手段を持つということになります。しかし、吸血神ルグナド様は、わたしたちがこの場に到着しても現れる兆しが見えない」

「マーマイン兵士がここを守っていたように、吸血神ルグナド様も気付いていない説が有効か。上級神、魔界の神の一柱とて、すべての把握は無理か。そして、先ほどの予想にもあったが、ビュシエが裏切り者の可能性もある」


 アクセルマギナとアドゥムブラリがビュシエの存在と吸血神ルグナド様の行動の分析をしている。

 他の血文字は、シュメール文字とほぼ同じの神代文字と似た文字のように変形し、ひび割れた液晶画面のようにバグって見えた。


 血文字の背後、石塔の下の部位も罅割れている。


 テンとフィナプルスも浮遊しながら、その石塔と血文字を見ている。


 その折れ掛かっている石塔の下には円い穴があった。

 円い穴が石塔が折れ掛かっている原因か。

 穴の大きさ的に、ハザルハードの巨大なオベリスクが突き刺さった跡だろう。

 壊槍グラドパルスの大きさではない。

 

 ハザルハードがここを攻撃した証拠か。

 石塔を支えている竿のような太い部分には稲妻のような魔力が走った亀裂もあった……ハザルハードとの戦いを思い出す。

 

 ハザルハードは、巨大なオベリスクの先端にまっていた白い魔宝石から無数の白光の稲妻を繰り出してきた。


 あの攻撃は正直きつかった。

 <夜行ノ槍業・召喚・八咫角>から伝わる振動は激しかったし、熱波的なモノも感じた。

 ハザルハードとの戦いの時は夢中だったが……。

 よく対処できたと自分でも思う。

 <夜行ノ槍業・召喚・八咫角>は本来の使い方ではないらしいが、盾としてかなり優秀で本当によかった。

 <血道第五・開門>の<血霊兵装隊杖>の光魔ルシヴァル宗主専用吸血鬼武装とハルホンクの防護服は大抵の攻撃は防ぐと思うが、どんなに優秀な防具があっても、ダメージを受ける場合はあると思うからな。


 そのハザルハードが扱っていた巨大なオベリスクは二つ回収している。

 鑑定したいアイテムだ。

 ミスティとエヴァにプレゼントしたら喜ぶ素材になるかもしれない。


 近くにいるアクセルマギナにも巨大なオベリスクの解析を頼めば……。

 ナ・パーム統合軍惑星同盟の観点と、ナノマシンのコンピューター類の汎用性ハッキングスキルを用いて、巨大なオベリスクからフォド・ワン・ユニオンAFVなどの装甲車のエンジンやエンジンオイル、機関部分や兵器に流用できる素材を取り出せるかもしれない。


 ビュシエの片腕から放出されている大量の血は、その折れ掛かっている石塔付近の宙空で、地下の出入り口から外に出ている血と融合しつつ上下左右に分かれてドーム状に展開されていく。一部の血は、周囲の血の燭台と繋がっていた。

 上空に展開されているドーム状の血は【吸血神ルグナドの碑石】の石塔と俺たちを覆い始めていた。


 黒猫ロロを含む皆は、その燭台と石塔を見上げて、平たいアーチ門の上部から上空に出ている血の流れを見ている。

 

「ンン、にゃおお~」


 そう鳴いている黒猫ロロは平たいアーチの匂いと手前の遠州灯籠のような灯籠の匂いを嗅いでいた。


 鼻孔がフガフガとひろがりつぼむのは可愛い。


「ウォォン! 血の炎が大きくなった!」

「「「ウォォン!!」」」

「不思議……」

「はい、門の上部から外に出ている血、<血魔力>は空気の流れにも見えます」

「血が、空に向かって……」

「ビュシエさんの片腕と地下から噴出している血が周囲に結界を造り上げた?」

「器様が持つ片腕より、地下道から噴出している血のほうが多いです」

「ビュシエの体が中にあるのは確定か!」


 アドゥムブラリの言葉に頷いた。


「あぁ」

「旦那、地下には魔素を感じられますが、反応が消える時もありますぜ」

「地下道といい、まさにカタコンベだ。この地下にある石棺を守るための、何かしらの結界が作用しているのかもしれない」

「石棺……結界はありえますね。ハザルハードはその結界を打ち破った。しかし、完全には打ち破ることができなかったのでしょうか」


 とツアンが予想した。


「結界を打ち破れたのは、オベリスクが突き刺さっていた間だけ、とかな」

「はい」

「俺も主の予想がビンゴだと思うぜ。オベリスクを突き刺した跡が強烈だ。その間に結界を一時的に不能とさせた説が濃厚だろう」


 アドゥムブラリが魔眼を発動させながらそんな分析をしていた。

 

「はい、強い放電を起こし、魔機器を破損、あるいは麻痺させた印象です」


 アクセルマギナの人工知能らしい意見だ。

 皆の分析を聞き、頷いた。

 ――ビュシエの片腕から迸る血の流れを見ながら――。 

 その【吸血神ルグナドの碑石】へと近付いた。


 地下道への出入り口は複数の要石と迫石が敷き詰められて構成されている水平形のアーチだ。そのアーチ門の左右には、社寺の前にありそうな遠州灯籠が狛犬の如く並ぶ。

 すると、ふざけているのか、黒猫ロロとケーゼンベルスが、その灯籠の左右に並びだした。


 その黒猫ロロは俺の動きに合わせて足下にきた。が、途中で銀燭を見上げて、その前後に動く銀燭に前足を伸ばす。

 恐る恐る触れようとしている。その黒猫ロロの隣にある遠州灯籠の火袋の中では、血の炎がぼうぼうと燃焼していた。

 血の炎の輝きは、今までで一番というほどに強まっている。


 金庫破りに用いるようなテルミット反応を想起した。

 血の燭台も同じように眩しく輝いた。


 ――さて、


「ロロ、肩にこい。皆も地下に行こう。ビュシエの片腕の振動が強まっている」

「にゃぉ」


 黒猫ロロは肩に乗ってきた。


「「「「ウォォォン!」」」」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスとケンとコテツとヨモギの黒い狼たちも元気よく鳴いた。フィナプルス、アクセルマギナ、リューリュ、パパス、ツィクハルも、敬礼しながら、


「「「「「はい」」」」」


 と一斉に返事を寄越した。

 ゼメタスとアドモスもザッと音を立てて骨剣を眼前に掲げてから、その骨剣を振るう。血の軌跡で己の前立てを両断するような軌跡を生み出す。

 と、手元から骨剣を消し、


「「承知!!」」


 と大声を発してから、敬礼してきた。

 ゼメタスとアドモスの渋さは際立っている。

 二人は骨と鋼が融合している甲冑の節々から粉塵のような魔力を放出させていた。近くにいるアドゥムブラリは、その粉塵のような魔力を浴びて金色の髪がぶあっと舞い上がっていた。


 アドゥムブラリも渋い。崇美さを感じさせる顔。

 涼しげな表情のまま俺に向け、

 

「――その片腕が振動しているなら、地下に眠るビュシエが、片腕の帰還に喜んでいる?」

「そうかもな――」

 

 振動が強まっているビュシエの片腕から心臓のような音も響いてきた。

 地下に続いている出入り口に足を踏み入れる。

 

 すると、ビュシエの片腕が手元から離れた。

 

 ――地下から空へと迸っていた血の流れが俄に変化。

 ビュシエの片腕に輝きを強めた血が集まってきた。

 同時に、階段と通路内が血で輝く。

 ビュシエの片腕は、ぷかぷかと宙空に浮かびつつ階段を下降していく。


「ビュシエの<血魔力>は強くなった。行こう」

「「はい」」

 

 血の輝きに満ちた階段を下りていく。

 地下の出入り口は、横幅は五から十メートルぐらいか。

 天井は四メートルあるかないか。

 皆も階段をゆっくりと下りてきた。

 コツコツ、ザザッと多重の足音が階段に反響した。

 ひんやりとした空気を地肌に感じて、背中と太股の筋肉が少し痙攣。

 

 湿気も増すと、血の輝きに満ちた階段を下りきった。


 幅は三メートルあるかないかに狭まった。

 その通路をビュシエの片腕に案内されるがまま、真っ直ぐ進む。

 と、通路は坂道となった。

 罠があったのか前方には大きな穴がある。

 その穴の下には無数の骨が散らばっていた。

 大きな穴を浮遊しながら奥に向かうビュシエの片腕を追うように端から跳躍して、大きな穴を飛び越えた。

 

「ンン――」

「罠はもう作動した後か」

「行きましょう」

「妾たちには罠ではないが――」

「「はい」」

「天井に罠があるかもだぞ。天井の石が落下し、床とサンドイッチとかな――」

「アドゥムブラリ、怖いことを言うでない」

「大丈夫ですよ、天井に神剣を刺さないで! そのほうが危ないです、沙!」

「ふふ、羅、慌てすぎだ。天井は頑丈。そして、神々の残骸チェックを忘れていないだけだ!」

「沙、普通に飛んで前に行きましょう」

「行くぞ、ウォォ――ン」

「ウォォン!」

「ケン、わたしたちも跳びましょう」

「ウォォン!」


 皆も遅れて付いてくる。前方は少し広まった。階段がある。

 階段を下りていくと更に拡がった地下空間に出た。


 一気に怪しげな祭壇のような雰囲気になった。

 頭蓋骨の装飾品があちこちに並ぶ。

 その奥に吸血神ルグナド様の巨大な神像があった。

 リアルで精巧な神像だ。

 その神像から輝く血が大量に迸っている。広々とした地下祭壇の光源になっていた。手前には石棺が複数ならぶ。石棺は空いているものが多い。

 


「吸血神ルグナド様の神像と石棺が複数!」

「お宝の匂いがぷんぷんする」

「レベッカがいたら興奮したかもですね」

「あぁ、帰ったらどんな文句を言われるか……」

「器よ、エッチ乱舞で誤魔化すしかあるまい?」

「……えっち……」


 サシィは小声で呟く。


「……沙にそんなことを言われるとは」

「「ふふ」」

「はは、たしかに。が、冗談ではなく、ヴィーネたちも、このような冒険をしたかったはずだ」


 頷いた。大きい狼のケーゼンベルスが、


「主には複数の番いがいるのか?」

「……<筆頭従者長選ばれし眷属>たちで、まぁそうだな」

「……」


 サシィは体をビクッと揺らして俺を見ていた。リューリュは無言。

 ま、隠しても仕方ない。そんな会話をしながら複数の石棺が並ぶ地下祭壇を進むと、「お?」アドゥムブラリが蓋の閉じた石棺を凝視。


 ゼメタスとアドモスもずかずかと前進し、その石棺を見ている。


 蓋が閉まっている石棺の真上には血が滴る紋章が浮いている。

 その石棺を凝視すると、石棺を守るように、薄らと血の膜が展開されていた。血の結界か。吸血神ルグナド様の神像と<血魔力>が、それらの蓋が閉まっている石棺と繋がっていた。

 

 ビュシエの片腕は、石棺が並ぶ場所を幾つか通り過ぎる。


「皆、不用意に石棺などに触れないようにな」

「はい」

「「承知!」」

「ウォォン! 分かっている!」


 そのまま石棺に触れないように気を付けながら進んだ。


 ビュシエの片腕は、吸血神ルグナド様の巨大な神像に直進。

 吸血神ルグナド様の巨大な神像は呼応するように心臓の鼓動音を響かせてきた。<血魔力>とは異なる質の魔力も神像から放出される。


 ビュシエの片腕は、その吸血神ルグナド様の巨大な神像ではなく、右手前にあった石棺の前で止まった。

 俺たちもその近くに移動――。


「ここが、ビュシエが眠る石棺なのか?」

「たぶんな」

「閣下、石棺の蓋は少し横にズレています」

「ズレているが、結界か封印を意味するだろう血が滴る紋章はそのまま浮いている」

「はい、ハザルハードが結界を一時的に破った結果でしょうか」


 羅の言葉に頷いた。


「ありえる。ビュシエの片腕だけをハザルハードが奪った理由だな」


 皆が頷いた。


 その間にも、ビュシエの片腕は、石棺の真上に浮いている血が滴る紋章と手話で会話するように指と掌を動かし続けていた。

 その指と掌の動きに合わせて、血が滴る紋章はパッとパッと色違いの火花を散らして、淡い魔法陣が出現しては消えていく。

 何かのパズルを崩すようなアニメーションが起きていた。

 

 すると、血の膜の結界が消えた。素の石棺だけとなる。


 その真上に滑るように移動したビュシエの片腕は――。

 『一呼吸……』と言うように石棺に着地。

 ビュシエの片腕は項垂れる?

 石棺の蓋は微かにズレたままだが……。

 

 そのビュシエの片腕は俺に向けて石棺の蓋をズラすような仕種を繰り返す。


「蓋を外していいんだな?」

「……」


 ビュシエの片腕はムクッという動きで掌を上げた。

 数本の指で手話を行うように上げ下げを繰り返す。

 そして、蓋と石棺の間に指をさしこんでいた。


「分かった――」


 <魔闘術の仙極>を発動。

 <戦神グンダルンの昂揚>も発動――。

 重そうな石棺の蓋を横に一気にずらして外した。


 刹那、石棺の中に眠っていた女性が見えたが、その女性から血が大量に迸った。その血、<血魔力>は、ビュシエの片腕を通り過ぎて天井と衝突。

 ビュシエの片腕はそれらの血を吸収しつつ、石棺の中に沈み込むように血の中に埋没して見えなくなった。


 刹那、天井付近に衝突した血、<血魔力>が、吸血神ルグナド様の幻影に変化を遂げた。

 その吸血神ルグナド様の幻影は俺たちを見据えるような動きをくり返す。

 と、その吸血神ルグナド様の幻影の前で、片膝を地面に突けて頭を垂れている男女の幻影が映し出された。



「「「「おぉ」」」」

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