九百七十六話 フクロラウドたちと会合

 大舞台の床が灰銀色と亜麻色の魔力を発して点滅。

 中央の床の一部が抜け落ちて穴が出来ていた。

 すると、フクロラウドが俺に向け礼儀正しく会釈を行ってきた。


 俺も急ぎ、胸元に手を当てラ・ケラーダの挨拶を返す。

 フクロラウドは、


「シュウヤさん、外の戦いが気になるのでしたら交ざってもらって結構です。そして、中央昇降台の大舞台の変化はもう少し続きます」

「分かりました」


 柔やかに語るフクロラウドは端正な顔立ち。

 嫌な感じはしない。が、こういう相手こそ要注意か。

 魔眼系スキルやエクストラスキルの<アシュラーの系譜>に、<紫心魔功パープルマインド・フェイズ>などの心を読めるようなスキルが無くとも、相手の表情筋や身振り手振りからある程度の心理は読み取れる。


 フクロラウドの近くには金髪の美しい女性が浮遊していた。

 金髪の女性は足下に小石とポリエステルのような物質を生み出して浮遊している。

 両手には武器はない。胸元が少し膨れた竜鱗のようなメイルを装着していた。

 戦士系か精霊の類いかもしれない。その金髪の女性は長い髪を揺らしつつ流し目で俺を見ながらフクロラウドに怪しく耳打ちを行う。


 フクロラウドはチラッと俺を見た。

 そして、関係者席の<筆頭従者長選ばれし眷属>たちを見て眉間に皺を作ったが、直ぐに顔色を平常に戻していた。

 

『閣下、金髪の女性も強そうです。精密な魔力操作に体に内包している魔力量も膨大。土属性の精霊ちゃんが周囲には多いですが、精霊ちゃんを寄せ付けない胸元の魔力溜まりも気になります』

『フクロラウド・サセルエルの側近か。二人のやり取りや仕種を見ているとヘルメと俺やトフカとナイアの関係性を想起してしまう』

『あ、優しい閣下はナイアのことを……』

『はは、バレているか。まぁ言い訳はしないさ』

『ふふ、いつでも慰めてさしあげます。でも、トフカの遺品を調べる時は気を付けてくださいね』

『おう、ありがとう』


 左目に格納中の常闇の水精霊ヘルメに思念で礼を伝える。

 

 フクロラウドが両腕を拡げた。

 左右の十本の指から膨大な魔力と<血魔力>を内包したフィラメント状の魔線が迸る。

 そのフィラメント状の魔線は灰銀色の光を放つ大舞台の各所と繋がった。

 フィラメント状の魔線と繋がった大舞台からバチバチと音が響くが、雷属性的な稲妻は発生していない。フクロラウドの指と繋がっているフィラメント状の魔線は大舞台に取り込まれたのか消える。


 両手の指を見たフクロラウドは満足そうに微笑んでから、大舞台の端を見て、

 

「キルヒス、拡げますから準備を」

「はい」


 フクロラウドは、部下の総合上闘役キルヒスに再び指示を出すと左手を泳がせる。

 左手の前に魔線と繋がる巨大な魔法書を召喚していた。

 次の瞬間――魔法書と連動しているのか銀色に光る大舞台の縁際が拡がり、その大舞台と関係者席が繋がった。縁際の低い金網と魔法の膜は消える。

 周囲の関係者席だけが、強大な重力や引力に吸い込まれていくように幾重にも分解されて散り散りとなった。その散り散りになったモノは煌めく。恒星や星の誕生前のガス星雲のような煌めきとなったが、それらの煌めきは瞬時に新たな肉と骨と筋肉繊維のような素材に変化し融合し合いながら不気味な建物を模っていく。


 ヴィーネたちは驚いて周囲を見ていた。


 更に、その不気味な建物は、蒸気のような魔力を噴出させると、端側の梁や床の部分が伸び始めた。伸びた建物は歩く舗道を形成するようにフクロラウドの魔塔の出入り口と繋がり、衝撃波のような魔力を周囲に飛ばして長細い通用口となった。


 通用口の節々から蒸気のような魔力が蒸気機関車のように噴出している。

 魔迷宮の壁を思い出す機構だが、気色悪さもある。


 その出来上がった通用口付近で争っていた武芸者か闇の界隈の者たちは衝撃波に巻きこまれて吹き飛んでいた。


「「シュウヤ様~」」

「リサナ、前に出ていい」

「ん、先に行って」


 関係者席にいた皆の声だ。

 先頭を走るのはリサナ。

 その体と蔓で繋がった波群瓢箪は宙空に浮いていた。

 そのリサナは扇子を振りつつ後方宙返りしながら、飛来してきた魔矢を扇子で弾いていた。

 扇子から火花が散る。

 中々威力の高い魔矢を射出した射手の方角に反撃の光線の矢が飛来していくのが見えた。

 ヴィーネの翡翠の蛇弓バジュラが放った光線の矢だろう。

 と思った瞬間、射手に光線の矢が刺さったのか、緑色の小規模な爆発が見えた。


 桃色の魔力を放ったリサナは大舞台に再び着地して爽快な笑顔を繰り出す。


 半透明の三角帽子から飛び出た雌鹿風の角。

 髪の毛は桃色。そして、角の先端から出ている桃色の魔力粒子も変わらずで、その魔力粒子の中を蛞蝓ナメクジとカタツムリと音符の幻影が楽しげに浮かんでいる。


 鹿の角の模様は蛞蝓ナメクジとカタツムリにシャワードットと勾玉模様。


 ヘルメと似た睫毛。

 双眸には宇宙的な煌めきがあって、表情も豊かで楽しそう。


 ホルターネックのドレス。

 襟と繋がるマフラー風の紐が魅力的だ。

 ドレスには錆色の棘と似た金具が付いている。

 そして、肌と密着したキャミソール下着が魅惑的。


 が、半身は半透明。

 半透明の体の内臓と骨と血管に魔力の流れは見えている。


 そのリサナの後方では――。

 エヴァが紫色の魔力の<念動力>で操作している扇の形をした金属が数個ふわふわと浮かび移動してくる。


 金属鳥イザーローンが、その上空を周回している。

 ヴィーネは後方で戦っているのか見えない。


 血文字で、


『ヴィーネ、忙しいところ悪いが攻撃はどんな感じだ』

『今、二人射貫きました。武芸者の人族と魔族が多くかなり手練れでした。骨系のモンスターも襲い掛かってきました。次点で狂言教の組織員と目される者と中小闇ギルドの人員もいました。中には【闇の八巨星】や【テーバロンテの償い】などのメンバーもいたかもしれないです』

『分かった。子供たちを優先して守りながらこっちに来い』

『はい、ゼメタスとアドモスとマルアが観客席側に乗り込んで戦っているので、そのフォローを行いながら大舞台に戻りたいと思います』

『了解。共闘していた【白鯨の血長耳】のレザライサとの話もある。待ちあわせ場所は、この大舞台か巨人が守っていた出入り口だ。フクロラウドからも俺に話があるようだからここに残ることにした』

『分かりました。先ほどレザライサが関係者席に魔剣の技を繰り出していましたが、その関係で【白鯨の血長耳】のメンバーたちが魔塔から消えたのですか?』

『そうだ。【血銀昆虫の街】の連中の追跡と狩りの時間だそうだ』

『……なるほど。やはり、血長耳の盟主レザライサの帰還は大きいですね』

『あぁ、【白鯨の血長耳】の士気も上がるだろう』

『はい。下界に蔓延はびこる邪教の大掃除をスムーズに行えます』

『そうだな。邪教と陰で繋がっていた評議員も気が気でないはずだ』

『そうですね。強大な後ろ盾のネドーと、その一派の大半が消えた今……未だに隠れながら金や魔薬、邪教に固執し執着し続けている一部の評議員と行政側のグループ全員に、正義の鉄槌が下るでしょう』

『おう』

『そして、地下トンネルで戦っているクレイン、カリィ、レンショウ、リツたち元【髪結い床・幽銀門】たちと、キッカたち冒険者ギルドの裏仕事人と、【白鯨の血長耳】との大規模な連携が可能になりそうです』

『そうなるだろう。そのレザライサだが、待ちあわせしたように、この魔塔から外には出ていないと思う。途中で、軍曹や戦闘妖精などの優秀な部下に指揮を任せて大舞台に戻ってくるはず』

『はい、世話人も下界に戻ったことでしょうからね。下界の【白鯨の血長耳】の仕事もより万全となるでしょう』

『あぁ』


 ガルファさんの戦う姿を想像して、思わず武者震いしつつ頷いた。

 ヴィーネとの血文字を終える。

 

 と、気持ちの良い軽快なジャズを思わせるBGMが俺の右手首から響いた。


 人工知能のアクセルマギナが氣を利かせたようだ。

 アクセルマギナ、良いセンス――だ。

 と戦闘型デバイスの風防に浮かぶアクセルマギナのホログラム映像に視線を送る。

 アクセルマギナはウィンクを返してくれた。一瞬ドキッとする可愛さだ。


 さて、軽快でノリの良い『海の上のピアニスト』気分に合わせて衣装を替えるか。


 肩の竜頭装甲ハルホンクを意識して――。

 竜の口の装甲がハルホンクの防護服の素材を吸い込むと、その口から新たな素材がゼロコンマ数秒も経たずに吐き出されて、肩から上半身、下半身へと武道着系の防護服が展開された。


 アキレス師匠から頂いた神獣ローゼス様の印が施されてあるジャケットを意識した上服。


 インナーの下着シャツは、『ドラゴ・リリック』で得た牛白熊の素材だ。

 ズボンは魔竜王の皮と鱗の素材を活かした。


 近付いてきたリサナが、


「わ、変身が見事なシュウヤ様♪」

「おうよ。で、リサナ、戦いは大丈夫だったか」


 リサナは扇子を仕舞い、


「はい。波群瓢箪から出した<魔鹿フーガの手>で近寄ってきた二槍を扱う人族を倒しました♪」

「良くやった」

「はい♪ そして、波群瓢箪の大きさから射手や短剣使いに魔法使いから標的にされてしまい……先に移動してきたんです」

「ナイスな判断だ」

「はい♪」


 さすがに此方側には、もう攻撃は来ない。

 フクロラウドや俺に向けて喧嘩を売る度胸はないか。


 が、【天凜の月】の関係者を襲うとは……。


 あぁ、洗脳に魔法やスキルなど、多種多様な影響を受けた客もいるんだったな。

 問答無用で近くの存在を見境無く襲撃する者もいるか。


「観客があんな状況だが、もうじき食事会を兼ねたフクロラウドからの話が俺にあるようだ。リサナも参加したらいい」

「はい!」

「にゃお」

「ロロ様~♪ あ、法魔ルピナスちゃん」


 リサナは黒猫ロロと法魔ルピナスに挨拶している。


 すると、クナと子供を抱えているキサラと<念導力>を発していたエヴァも寄ってきた。

 背後にはルシエンヌと【剣団ガルオム】の方々もいる。

 皆で【闇剣の明星ホアル・キルアスヒ】に捕らわれていた大人と子供たちを守りながらの行動だ。

 

 月霊樹の大杖を持つクナが宙を浮遊しながら寄ってきた。


「シュウヤ様~本当に優勝おめでとうございます~。法魔ルピナスも見事ですね! あ――」

「――おう」


 クナは転けたフリを行いながら、わざとらしく抱きついてきた。

 俺も応えてクナの背中に手を回す。腰といい背中が柔らかい。女性の体は良い!


 そして、胸元に愛のあるふっくら感を齎してくれた。

 クナに『グレート・ザ・おっぱい』の称号を与えたくなる。

 

 そのクナは、俺の耳を舐めるように魔息を吐いて、


「――うふ♪ シュウヤ様の匂いがタマラナイ。あぁ、先ほどの戦いには素敵の言葉しかありません。今も思い出すと……自然と心臓が高まって、アンッ、あそこがジュンと濡れてしまいました……あぁ……」


 クナは体をピクッと揺らし、背筋を反らしてから、肩に頭部を預けてきた。


「興奮もほどほどにな」


 とクナの背中を撫でていく。


「……はい。シュウヤ様の滾った一物で、うしろからあそこを激しく突かれることを想像してしまい……あぁぁ」


 と、掌で一物を擦ってきた。

 嬉しいが、ただでさえ丸薬の魔狂厳靱丸丸で敏感になっているというのに!


「わ、分かったから! それは今度だ」

「うふ♪ 分かりました。がっ!」


 クナは人差し指で、一物を弾くと離れた。

 体がビクッとしちゃったがな。


「……うふふ」


 クナは妖艶な顔付きで俺を見ながら舌舐めずり。


「キサラとエヴァに睨まれているぞ?」

「あ、すみません」

「クナ、シュウヤ様への気持ちは分かりますが……今はだめです」

「ん、近くには子供たちもいるから、気を付けて」


 クナは「――はい、自重します、ごめんなさいね。でも、男と女の愛がある性教育は重要ですよ。変に誤魔化すほうが気持ち悪いのです」


 と、笑みを交えながら少し反論してから後退して、


「フクロラウドとの交渉の際にはフォロー致します」

「期待している」

「お任せを……グフフ。秘薬タジガルにハーメラスの粉、鳳凰角の粉末なども得たいところです」


 妖艶なクナはブツブツと秘薬素材の名を呟きながら俺から離れた。

 マハ・ティカルの魔机を出して、その魔机に載っている薬瓶を手に取り中身の確認を行っている。


 ミスティの鳳凰角の粉末はもう切れかけているのだろうか。


 すると、キサラが、


「クナらしい言葉ですが、フクロラウドのことは同意します。シュウヤ様を陣営に抱え込もうと狙う勧誘目的でしょうか」

「たぶんな」

「ん、シュウヤは優勝したし、【闇剣の明星ホアル・キルアスヒ】のキルアスヒとハディマルスに、キルアスヒに潜んでいた厖婦闇眼ドミエルの討伐に成功しているから、仲間にしたいと思うのは当然だと思う」

「はい。光属性と闇属性を有した<血魔力>を見せたシュウヤ様。光と闇の運び手ダモアヌンブリンガーの大いなる偉業を、フクロラウド側の皆に見せつけた形ですからね。そして、大魔術師ラジヴァンもいる……【魔術総武会】とも関係しているならば、勧誘目的でしょう」

「おう。で、キサラ、法魔ルピナスが気になるだろう。挨拶していいぞ」

「はい」


 キサラは法魔ルピナスを見て、


「法魔ルピナス、こんにちは、旅行や移動の時便利そうです」

「おう。八人ぐらい上に乗れるようだからな」


 そして、エヴァと子供たちを見て、


「エヴァ、子供たちは元気かな」

「ん、助けた皆に、シュウヤとわたしたちのことを説明しながら大舞台で戦うシュウヤたちを見守っていたの。そしたら少し元気になったみたい」

「シュウヤ兄ちゃん、かっこよかった! 凄く強いんだね!」

「……つよい」

「……かった」


 人族と魔族の子供は、俺をじっと見てそう喋っていた。


「おにいちゃん、すごい。ねこちゃんもすごい~」

「はい、シュウヤ様たちに助けて頂いて良かった」

「「「ありがとうございます」」」

「ありがとう~」

「……ありがとう」


 エヴァとキサラが守っていた子供と大人たちは笑顔を見せて語る。

 屈託のない笑顔だ。嬉しいが、まだフクロラウドの魔塔だからな。


 その【闇剣の明星ホアル・キルアスヒ】に捕まっていた方々に、


「皆さんは自由です。何かつてがあるのなら急いだほうがいい。俺たちのことは構わず逃げてください。何もないなら、このフクロラウドの魔塔から出るまでは守りましょう」

「「ありがとうございます」」

「……つて?」

「わからない……ぱぱ、どこ……」

「ボク……」


 エヴァとキサラと視線が合う。

 何か子供たちと約束をしたのかな。


 予想は付いたが、笑顔で頷いた。


 優しい表情を浮かべたエヴァとキサラとヴィーネも頷く。

 エヴァは、


「ん、子供たち、さっきそのことについてお話をしたけど、あとで、わたしたちの仲間がいっぱいいるところに来る?」

「いく」

「……ん」

「……わたしも、いっしょがいい」

「ふふ、なら決まりです。魔塔ゲルハットにはシウとディアとドロシーがいます。部屋もいっぱいあります。あ、仕事ならザフバンとフクランの宿屋の手伝いの仕事があります。サイデイルなら、シュウヤ様の弟子のムー、アッリとタークに、ナナとアリスなど、子供たちが多いです」

「わかった! 魔塔でもサイデイルでもオシゴトをがんばるから一緒がいい」

「……ねこちゃんがいるとこいく」

「……シュウヤ兄ちゃんのとこ、げるはっとに行く」


 子供たちは了承したようだ。

 大人の方々は、だれかを探すように周囲を見渡している。


 深い理由があって【闇剣の明星ホアル・キルアスヒ】に捕らわれていたと推察はできる。

 が、詳しくは聞かないでおこう。


 すると、客席から、


「――ココアか! ココアが居たぞ!!!」

「エガクもいる!!」

「「おおおぉ」」


 お揃いの制服を着た方々だ。


 ココアと呼ばれた女性とエガクと呼ばれた男性は涙を流している。


「あ、皆……俺たちは生きている!」

「皆……ここに来ていたのね……あぁ……」


 と二人は抱き合っていた。


「エガクさんとココアさん。仲間がいるのなら早く戻ったほうがいい」

「え、でも……」

「はい、わたしたちのことをなにも聞かず……」

「いいさ。礼がしたきゃ後でいい。それに【天凜の月】の名は覚えているだろう?」

「……なんという武人、侠客か……分かりました。恩に着ます! ココア、行こう」

「はい、シュウヤ様とエヴァ様にキサラ様……この恩は生涯忘れません。あ、わたしたちの組織の名は【天峰夷ラドラ・キトラ】です。では!」


 エガクさんとココアさんの二人は、仲間の下に駆けていく。

 三人の子供たちは残った。

 残りの三人の大人の方も、


「ありがとう、シュウヤ様。【天凜の月】の名は忘れません。ボクの名はコドア・ライハルです! では――」

「わたしは、ルイ・リュウ。然らばです、英雄たち――」

「俺は、ソウシ。とある一刀流の……否、シュウヤ殿への恩は忘れない。然らば――」


 そう発言しては去って行く。皆が走る方向には、それぞれの仲間と目される集団がいた。

 ……【剣団ガルオム】のような理由か。

 ルシエンヌを見ると涙を零している。【剣団ガルオム】の方々も感じるものがあったんだろう。皆笑顔だが、涙を見せていた。


 俺も泣きそうになるが、我慢だ。話をそらすように、


「……リサナとも少し話をしたが、クナも戦ったのか?」

「はい、少しだけです。リサナちゃんがいるので対処は楽でした」


 クナはそう言うと月霊樹の大杖を近くに浮かせたままフクロラウドをチラッと見る。


 フクロラウドとは知り合いのクナか。


「ん、クナも結構活躍した。その大きな杖で武芸者の頭をかち割っていた」

「――え? そんなことありましたっけ。おほほ」


 クナはわざらしく語る。

 手の動きのリアクションが面白い。


 おっぱいさんが揺れていた。


 が、フクロラウドとは過去に、どんな取り引きを行ったんだろうか……。

 取りあえず黒猫ロロ以上に子供たちも気になっているだろう法魔ルピナスを紹介しようか。


 すると、


「パキュ……」


 と法魔ルピナスは心配そうに鳴いていた。

 人見知りか? 角から稲妻のような魔力を放電させていた。


 すると、黒猫ロロが、


「にゃお~」


 と鳴いていた。意味は『大丈夫にゃお』だろう。


「ルピナス、近くにいるのは俺の眷属と仲間たちだ。大丈夫」

「パキュウ~」


 法魔ルピナスは突起した二つのあたまびれをくるくる回しながら鳴いていた。

 皆が興味深そうに見て、


「小さい突起につぶらな眼があるのですねぇ~、可愛いです」


 キサラがそう発言。チラッと俺を見たキサラに向け、


「二つのあたまびれの間には角もあるんだ。ルピナス、キサラが触れても大丈夫かな?」

「パキュ――」


 法魔ルピナスは少し前に移動。

 キサラの頭部に己のヒレを見せつつゆっくりと飛行を行うと反転し、俺の傍に戻った。

 

 そして、ユニコーンのような突起した長い角を伸ばした。


「ん! 格好良い~。あ、わたしはエヴァ、よろしく、法魔ルピナス」

「魔造超生物の法魔ルピナス……栄華極めし暁の帝国の大賢者が造り上げた法具系の秘宝でしょうか……内部の機構が気になります。生物としての循環している血液と内臓、魔造設計図は……魔導人形ウォーガノフと大きく異なるはずですからね……極めて高度な錬金術を用いているはず……あ、よろしくお願いします。クナですよ」

「……パキュゥゥ」


 法魔ルピナスはクナから解体されるような危険を察知したのか、大きな口を拡げる。

 ちゃんと歯牙があるんだ。


「「わぁ」」

「くち……」


 子供たちは法魔ルピナスの大きな口を見て驚く。

 風を吸引している。


 空中に浮かぶ生きた空気清浄機の如く空気を吸う法魔ルピナスは、長い角から小さい稲妻を放ちつつ後方に移動し、俺の頭部の背後に隠れた。


 その際、法魔ルピナスの角先が耳元を掠める。

 放電音が聞こえて風も感じたから、ちょいと怖かった。


「ふふ、逃げましたね。あ、法魔ルピナス、わたしの名はキサラ、よろしくです」

「あ、ルシエンヌと言います。法魔ルピナス様?」

「パッキュ~」


 法魔ルピナスは口を閉じて、頭部の角を引っ込めつつ雄大に泳ぎながら、キサラとルシエンヌへ近付いて、あたまびれを寄せて挨拶していた。


 そのまま皆の周りを廻る。


「ふふ~」

「おめめがウィンクしてくれました~」

「ん、可愛い~」

「わ~」

「おめめがあるーー」

「お腹がおっきい~」

「ひらひらしているのなに~?」


 子供たちも法魔ルピナスに夢中だ。

 その法魔ルピナスは、キサラの白絹のような髪にあたまびれを寄せている。


 法魔ルピナスもキサラの美しい髪色に興味を持ったか?

 チャンダナの匂いに惹かれたかな。


 すると、


「デュラート・シュウヤ様~、優勝おめでとうございます~」

「ふふ、シュウヤ様~」

「シュウヤ様――」

「ガルゥ」

「ご主人様――」

「閣下ァ、我らを攻撃してきた敵は蹴散らしましたぞ!」

「閣下ァ、乱戦を見事に制しましたな! 誠に誉れ! 誠に天下無双の槍使い!」


 ミレイヴァルとマルアとイフアンとトギアとヴィーネと魔界沸騎士長ゼメタスとアドモスが戻ってきた。ヴィーネは頭上に金属鳥イザーローンを戻している。

 手には翡翠の蛇弓バジュラを持っていた。


 そのヴィーネとハイタッチ。

 マルアとミレイヴァルともハイタッチ。

 イフアンは遠慮がちに寄ってくるだけだ。トギアはそんなイフアンに体を寄せて、俺にもっと近づけとイフアンを急かしていた。


 が、そんな黒き獣のトギアとイフアンを退かす勢いで、ゼメタスとアドモスが前進。

 更に周囲にいる<筆頭従者長選ばれし眷属>をも吹き飛ばす勢いで近付いてきた。


 片膝で地面を突いた。


「閣下!!」

「閣下ァァ!」

「おう。応援ありがとうな、ゼメタスとアドモス」

「「はい!」」


 魔界沸騎士長ゼメタスとアドモスの体から魔力が噴き上がる。

 その魔力を払うように腕を動かしていたヴィーネと笑みを交換。


「ヴィーネ、皆の周りを回っている赤エイかマンタのような魔造超生物が法魔ルピナスだ。スキルとして契約を果たしたから使役したことになる」

「はい。改めて、優勝おめでとうございます」

「パキュ~」


 法魔ルピナスはヴィーネにも近付いてあたまびれを近づけていた。


「ふふ、法魔ルピナス、挨拶をしてくれたのか」

「パキュ!」

「言葉と気持ちが伝わっている? 良い子だ。わたしの名はヴィーネ。今後ともよろしく頼むぞ」

「パッキュ~」

「わぁ~、お腹のひらひらと下腹部も動きました。ヴィーネさんの言葉を理解しているのですね!」


 そう語るマルアにも近付く法魔ルピナス。


「パキュ~」

「うふふ~わたしにまで、嬉しい~。あ、わたしの名はマルアです~。デュラート・シュウヤ様に使役されている存在でもあります。ですから一緒ですね~」

「パキュ!」

「わたしの名はミレイヴァル。陛下と共によろしく頼む」


 法魔ルピナスはミレイヴァルにも体を寄せた。

 ミレイヴァルは少し驚いて、聖槍シャルマッハを落としかける。


「パキュ~」

「ふふ」


 あたまびれで桃色髪が弄られていくミレイヴァル。

 少し照れたような表情を浮かべていた。


 なんか新鮮だ。

 普段は凜々しい表情ばかりのミレイヴァルだからな。


 法魔ルピナスは、魔界沸騎士長ゼメタスとアドモスにも寄ろうとしていた。

 が、二人の甲冑から迸る魔力の噴出具合を見て、縦に一回転のターン機動で上昇しつつ俺の頭上に戻ってきた。


「ルピナス殿ォォ」

「ルピナス殿、我は魔界沸騎士長アドモスですぞぉ」 


 さて、ヴィーネを見ながら、


「ハルホンク、紅孔雀の攻防霊玉を出してくれ。そして、ヴィーネ」

「ングゥゥィィ――」


 出した〝紅孔雀の攻防霊玉〟をヴィーネに手渡した。


「――これが、紅孔雀の攻防霊玉……」

「そうだ。思念で武器防具に変化可能。眷属たちにあげようと思っているんだが、ヴィーネも試したいかなと思ってな」


 ヴィーネは頬を朱に染める。

 ヴィーネは〝紅孔雀の攻防霊玉〟を胸に抱いてから、


「……嬉しい。あ、はい。ありがとうございます。では早速――」


 一瞬で〝紅孔雀の攻防霊玉〟は盾に変化した。

 鋼色と紅色を基調とした渋い盾。

 左右はシンメトリーで、孔雀の羽がデザインされていて横幅が少し広い。


「「「「おぉ」」」」


 盾か。特大剣に変更可能な長剣の扱いを最近は見ていたから少し意外だ。その特大剣に変化が可能な長剣はアイテムボックスの〝透魔大竜ゲンジーダの胃袋〟の中かな。


「ん、ヴィーネ、今一瞬で〝盾〟のことを想像したの?」

「はい、想像を遙かに超えていますっ。次は――」


 冷静に語るが少し興奮気味のヴィーネさんだ。

 〝紅孔雀の攻防霊玉〟の盾を一瞬で、孔雀の羽の形をした勾玉が連なる腕輪状の防具に変化させる。ラシェーナの腕輪と合う。


「「「「おぉ~」」」」


 皆と一緒に【剣団ガルオム】の方々も歓声を上げて驚きまくった。


「これほどに変化が自由自在とは!」

「防具だけなら魔装天狗と言えますが、武器にも変化が可能な〝紅孔雀の攻防霊玉〟は素晴らしいアイテムかと」


 黒色の姫魔鬼武装のアイマスクが似合うキサラがそう発言。


「孔雀の造形が基本で色合いも紅色が多いようですが、自由度は高い」


 ヴィーネの言葉に同意するように優しく頷くキサラ。

 エヴァも興味深そうに見ていたが、子供に引っ張られて子猫の黒猫ロロの近くに移動していた。その黒猫ロロは法魔ルピナスに跳び乗ろうと何回か跳躍を繰り返している。


 相棒は大きくなれば乗れるだろうに。

 と思ったら成猫に成長した黒猫ロロは法魔ルピナスの上に乗っていた。


「にゃおおお~」


 法魔ルピナスに乗った黒猫ロロさんはドヤ顔を皆に見せる。

 どこかライオンキング的。

 『上ったにゃお~』か、なんかしらんが『取ったにゃお~』って意味だろうか。


「ヴィーネ、キサラにも試させてあげてくれ」

「はい――」


 ヴィーネはキサラに〝紅孔雀の攻防霊玉〟を手渡していた。

 黒色の姫魔鬼武装のアイマスクが似合うキサラは、


「ふふ――」

「「「おぉ~」」」

「動き易そうでいて防御力も高そうな甲冑です!」


 【剣団ガルオム】の野郎たちも興奮している。


 キサラは〝紅孔雀の攻防霊玉〟をゴシック式甲冑と似た鎧に変化させていた。

 姫魔鬼武装のノースリーブの衣装と合う鎧で素敵だ。


 胸甲は孔雀の羽でデザインされていた。

 左右の巨乳に合うような羽のデザインは魅惑的だ。

 鎧の薄い膜から白い肌も覗けている。


 キサラに魅了されていると――。

 

 総合上闘役キルヒスが俺に向け礼儀正しく頭を下げて、

 

「シュウヤ様、遅れましたが、優勝おめでとうございます」

「どうも」

「はい。では、皆さんも、お疲れ様でした。外は我ら上闘役にお任せを」


 総合上闘役キルヒスは俺と皆にそう言うと、飛翔する。

 飛翔できたのか。その総合上闘役キルヒスは片耳に指を当て数回頷いていた。

 

 血長耳たちが装備する魔通貝と似た無線通信魔機械を耳に嵌めているのかな。


 総合上闘役キルヒスが他の部下たちと連絡を取り始めた瞬間――。

 

 右側の観客席側から悲鳴と歓声が轟いてきた。

 乱戦模様で、制服が統一されている複数の魔剣師と魔法使いが入り乱れて戦う。

 

 柱と壁を盾代わりに利用した戦いも行われている。

 中小の闇ギルドと傭兵商会なども〝輝けるサセルエル〟を巡る戦いで敗れた者が残した装備目当ての戦いに参加しているようだ。


 フリーの傭兵もいるか。

 

 【闇の八巨星】の【十刻アンデファレウ】や【五重塔ヴォルチノネガ】に【ラゼルフェン革命派】、【龍双ハボ・リゾン】、【天衣の御劔】、【御九星集団】などの最高幹部や人員もどこかにいるんだろうか。

 

 が、争わず帰る方々も多い。

 先ほどのボイス・トゥ・スカルと似たようなマイクロ波を脳に浴びていたような武芸者がいた。


 更には、脳内の電気信号を操作されてニューロン神経回路を新しく書き換えられたような方々もいるかもしれない。

 俺の知る日本、地球でもBCI脳波読み取り技術は発展していた。

 遺伝子検査で得たDNAビッグデータに、ニューロンテクノロジーを悪用する集団ストーカービジネスは密接に絡むことが多かった。


 と……様々に思考していたことがあったっけ。


 そして、この会場で、そのような実験をしていた連中の影響を受けていない方々もいるってことだ。会場の雰囲気に飲まれない方々を見ると安心感を覚える。


 と、そんなことを考えたのも束の間、


「ぎゃぁぁぁ」

「朱色のアイテムボックスは俺がもらうぜぇぇ」


 野太い武芸者の声が轟く。

 様々な武器で衝突しあう武芸者たちが吹き飛んでいた。


 すると、一見はただの商人にしか見えない方が髑髏を三つ擁した魔人に変化。

 その髑髏魔人は肩を怒らせながら太い両腕を振るい、血塗れのアイテムボックスを持つ魔剣師の魔剣に衝突させている。

 

 ……血塗れのアイテムボックスか。


 強者が持っていた武器防具に秘薬など、貴重な戦利品や遺品と呼ぶべき多種多様なアイテムを死に物狂いで集めたアイテムボックスなのかもしれない。


 血塗れのアイテムボックスを巡る争いはあちこちで行われている。

 一つのアイテムボックスの中には、どれほど価値の高いアイテムが入っているのか。


 あれだけ回収しても一財産築けることは確実。


 死ぬ確率は高いが、このサセルエル夏終闘技祭の観客席を巡って抽選が行われるほど人気が高いのも頷ける。


 そして、【剣団ガルオム】のような壮絶なドラマがあちこちにあるんだろうな……。

 

 二階と三階を支える太い柱と壁の一部が切断された。

 続けて浮遊岩が魔刃を受けて墜落。

 頭部に六角の角を有した魔剣師の一撃か。

 二本腕だが魔族系の種族か。

 その魔族の魔剣師は体から朱色の魔力を放ちつつ青白い魔剣を振るう。

 黄金色の斬撃波を繰り出している。

 

 さすがにあれはまずい。下の方々が、と跳躍――。

 間に合うか、と<脳脊魔速>を発動しかけたが――。


 キルヒス以外の上闘役の方々が迅速に切断された場所に向かった。

 俺は大舞台から出ずに着地して観客席を見守った。


 上闘役の方々は宙空から一斉にハンカチを<投擲>。

 一瞬で、切断された柱と壁が、そのひらひら舞うハンカチに吸い込まれた。


 柱と壁が宙空から消えた。

 周囲から拍手が起きる。俺も思わず拍手。

 マジックショーを見ている気分となった。


 上闘役の方々は何事もなく、その魔法のハンカチを手で掴んでいた。

 闇の念鋼布ヴォルチャーキャッチ風のアイテムか。


 魔法のハンカチを仕舞った上闘役の方々は客席で行われている戦いの監視をするように飛び回った。


 その飛んでいる上闘役の方々は結構な強者と分かる。

 

 すると、大舞台の中央部が華やかになる。

 光源が複数付いた小型の魔塔を有した床となっていた。


「ンン」


 黒猫ロロも反応。

 触手が持つ魔雅大剣を持ち上げていた。

 更に、中央部の床が消えた所に新たに浮上してきた新しい床には複数の机と椅子が載っていた。


 ドッドッドッと次々と机が増えていく。

 テーブルクロスが敷かれた机には、料理を盛った皿が複数載っていた。


 レタスとブロッコリーとランターユのような野菜。

 果物は、サウススターとイチゴーンにサクランボが多い。

 

 焼き肉とハンバーグのような肉の料理もある。

 卵の料理もあった。

 汁物が入った大きい鍋も並ぶ。


 ゴブレットが重なった傘のような家具とワインセラーのような家具に蛇口が付いた巨大な樽と浄水器のような魔機械も次々と浮上してきた。


 ワインに魔酒か。

 食欲をそそる匂いが漂ってくる。


 サセルエル夏終闘技祭終了を祝っての慰安を兼ねたバイキング方式の食事会か。


「ンン」


 黒猫ロロは桃色の鼻先をクンクンと反応させていた。

 その黒猫ロロは大きな皿に載っている焼き肉の炒め物を凝視してから、頭部を俺に向けて「ンン、にゃ?」と鳴いてきた。


「まだ準備中のようだ。許可が出たら料理を取ってあげるから待っとけ」

「にゃお~」


 双眸が散大していた黒猫ロロは元気よく鳴く。

 料理が並ぶ机のほうに振り向くとエジプト座りで待機してくれた。

 良い子だ。


 カソジックとササミにランターユを食べたばかりだが、ま、食いしん坊だからな。


 さて、フクロラウドは円盤の浮遊魔機械グーテンバーグの近くを浮遊中。

 まだ誰か乗っているのかな。

 フクロラウドは、


「ヤビロスガンデ、降りて来なさい。もう警戒は不要でしょう」


 と発言。そのヤビロスガンデは、


「承知、では――」


 そう発言して大舞台に着地した。

 その男は大柄で魔界騎士風の身なり。

 魔槍を持つ。強そうだ。

 ヤビロスガンデは大魔術師ラジヴァンたちの方に向かう。

 その右の奥の机の前には美人の魔法使いと魔族風の男がいた。

 魔族風の男は鋼と魔獣の革が融合したような鎧を着ている。

 

 すると、中央部の上昇してきた床と一緒に傭兵風の人族と執事と使用人の格好をした者たちが現れる。その後も次々と床が降下し、代わりに上昇してきた床と交換されていく。

 

 浮上してくる大舞台の床が浮遊岩やエレベーターに見えてきた。

 続けて、頭部と手足は人族で体がカードという奇怪なカード兵士も新しい床から現れる。

 イギリスの童話に登場しそうなモンスターだ。


 すると、浮いていたフクロラウドが降りて大舞台に着地。

 部下たちは一斉に頭を下げる。


 そのフクロラウドが、俺に近寄り、


「ささ、シュウヤさんと皆さん、どこでも好きな位置の席に座ってください」

「分かりました。では、近くのそこで――」

「あ、はい」


 黒猫ロロ用に肉料理とフルーツを数個の皿に載せてから、足下にその皿を置き、


「ロロ、たんと食え」

「ンン――」


 むしゃむしゃと食べていく黒猫ロロさん。

 その前の椅子に座ると、隣にフクロラウドが座る。

 皆もその周囲に座り始めた。


 フクロラウドの部下たちも近くに集まってくる。

 とりあえず、


「フクロラウドさん、俺の情報はラジヴァンなどから?」

「はい、事前に。そして、〝異界ノ天秤書〟などにスキルもありますから色々と、この魔塔で起きた範疇のことは見ています」

「やはり〝輝けるサセルエル〟を巡る前哨戦と俺たちの戦いはご存じでしたか」


 そう言いながら、ラジヴァンを見た。

 彼は、魔槍を上げてジェスチャーで挨拶。

 俺も表情と片腕を上げて応えてから、フクロラウドを見る。


 魔眼を使っている気配はないが、魔力を内包した瞳には力強さがあった。

 これほどの規模の闘技祭を行う主催者だ。

 

 それ相応の監視体制を敷くのは当然か。

 

 フクロラウドは、


「……だいたい・・・・のことは……そのことを踏まえて、確認したいことがあります」


 頷いた。


「なんでしょう」


 俺がそう聞くと、フクロラウドは周囲を見渡してから、


「もうご存じだと思いますが、わたしたちは、名目八封破りを行った【天凛の月】と事を構える気はありません」


 それは理解している。


「了解しました。【天凛の月】もフクロラウドさんたちと争う気はないです」

「【白鯨の血長耳】はどうでしょうか?」

「俺たちと争わないのなら大丈夫なはず。しかし、【テーバロンテの償い】や【闇の教団ハデス】に【セブドラ信仰】などの下界の連中にフクロラウドさんたちが手を貸せば、争うことになるかと。それは同時に俺たち【天凛の月】とも争うことになる」


 俺の言葉を聞いたフクロラウドは、にこりと笑顔を見せる。


「先ほどのレザライサさんとの連携した戦いといい、【血月布武】の名は揺るぎないようですね」

「はい」

「では、わたしたちも【テーバロンテの償い】や【闇の教団ハデス】に【セブドラ信仰】及び下界の組織と一線を引きましょう」

「……フクロラウド様、本気デ、スカ?」


 向かいの席に座っていた漆黒のローブを着た存在の発言だ。

 即座に冷然としたフクロラウドは、無造作に、左手を伸ばす。


 漆黒のローブを着た存在は、嗄れた声で、


「我ラハ、長ク――」


 と話していたが、途中でフクロラウドの五本の指から伸びた魔線が漆黒のローブを着た存在に絡まり、その漆黒のローブを着た存在は首を絞められながら宙空に上がりつつ「ぐぁぁ」と苦しみ悶える。


 首の表面が魔線で切られローブも切断された。

 ローブが脱げて、露出した体には、刺青が多い痩躯の人族風。

 が、片腕は紫色と漆黒の鱗と棘ばかり生えていた。

 カットマギーと同じように移植している?

 更に魔機械と融合した片足を持つ。エヴァ的な機械の足か。

 魔線が体に喰い込み血飛沫を周囲に散らしていた。


『閣下……フクロラウドは怖いです』

『あぁ』


 部下には厳しいタイプか。


「あら、ここで部下を処分とは、ふふ、楽しい余興ですわね」


 クナは一人笑いながら食事を楽しむ。


 エヴァは顔を背けつつ子供たちを守ろうと金属の遮蔽物を用意していた。

 ヴィーネとキサラとマルアとリサナはフクロラウドたちを睨む。

 イフアンとトギアは俺の後方だ。

 ミレイヴァルとルシエンヌと【剣団ガルオム】の方々は、俺の右後方でそれぞれ武器に手を掛けていると分かる音が聞こえた。

 魔界沸騎士長ゼメタスとアドモスは、俺の背後だから動いていない。

 と思うが、魔力は噴出させているだろう。


 法魔ルピナスは俺たちから離れた。

 

 そして、その痩躯の男の傷から出血した血飛沫は、


「ふふ」


 と笑っていたフクロラウドの幹部と目される女性が、魔法かスキルを発動して、時間を止めるように血飛沫を宙空に止めていた。


「……先ほどの時空の念鋼布ラースゥンキャッチといい、<時縫いラースゥン>のスキルかしら。それとも時空の神クローセイヴィス様と関係した<次元構築>に近いスキルか魔法?」


 クナがそう発言すると――。

 フクロラウドが魔眼を発動させながら片目を大きくさせる。


 クナを凝視。顔の造形を弄れるのか?

 怖い。すると、フクロラウドの背後にいる金髪の女性がフクロラウドの肩を優しく叩いて、


「バーバルちゃん、トップ同士の会話に口を挟んじゃだめでしょう?」

「ぐぁぁ……」


 痩躯の男は首を更に切られて苦しむ声を発した。

 更にフクロラウドの右側にいた大魔術師風の老人が前に出て、


「フクロラウド様、バーバルを許してあげてください。心底の忠誠があるが故の言葉です」

「……」


 フクロラウドは眉をピクッと動かし、左手を少し動かした。

 バーバルと呼ばれている漆黒のローブを着ていた痩躯の男は魔線から解放された。


 バーバルは椅子に腰を落として肩で息をしつつ、フクロラウドと俺を交互に見る。


 その目は怯えきっていた。


 左右の席に座る魔界騎士のような部下たちは、何もせず。

 当然といった顔付きだ。


 痩躯の男バーバルの首の傷は自動的に回復していた。

 トフカと似たような回復能力。


 俺たちと、光魔ルシヴァルと似た回復能力があるということか。


「……さぁ、バーバル、直ぐにフクロラウド様と【天凜の月】の盟主に謝罪をするのだ」

「は、はい。フクロラウド様と【天凜の月】の盟主様、本当に申し訳ありませんでした。お二人の判断に従います……どうか……お許しください……」

「バーバル、今は口を挟むことはするな」

「……は、はい」


 バーバルの返事を見たフクロラウドは頷いた。

 冷然とした雰囲気を一気に和らげて俺に視線を寄越す。


「よろしいですかな、シュウヤさん」

「はい。人事考課にとやかくは言いません。ですがフクロラウドさん、下界の連中と手を切るという言葉は本気なのですか?」

「当然です。血長耳は仕事が早い。ここから動いてもいっさいが無駄となる。そして、ネドー派が一掃された現状、すべてが変わりました」

「良かった」

「はは。それは此方の言葉。【血月布武】とは争いません」

「ふふ、随分とわたしたちを買ってくれていますのね、フクロラウド……」


 クナの発言にフクロラウドは片方の眉をピクッと動かし、


「……暗黒のクナさん。ひさしぶりですね……その口振りですと、【棘の毒針】ごと【天凜の月】に入ったようですね」

「はい、当然【天凜の月】のメンバーです。サイデイル魔術師長という役職を頂きました」

「……サイデイル? 魔術師長とは、【天凜の月】の最高幹部なのですね」


 と言ってフクロラウドは俺を見る。

 俺は頷いて、クナと皆を見てから、


「……【天凜の月】の最高幹部の一人だ。クナは副長メルの補佐の一人と考えている」

「まぁ! ペレランドラと同じく副長補佐の一人がわたしですね!」

「おう」


 ヴィーネとキサラを見たら『当然』という意志を込めて頷いていた。

 ま、俺からしたら、皆副長であり総長なんだが。

 

 フクロラウドは皆を見据えてから頷くと、使用人に視線を向ける。

 と、複数の使用人は一斉にいそいそと動く。


 使用人はゴブレットを空にしていたクナのゴブレットに向け、「失礼致します、副長補佐様……」と魔酒を注いでいく。

 続けてチーズが載ったフィレ肉などが机に並べられていく。


 フクロラウドに向け、


「もう一度確認しますが、俺たちと【白鯨の血長耳】は、塔烈中立都市セナアプアの地下街アンダーシティーと呼べる下界の【血銀昆虫の街】の連中と本格的に争うことになります。それでもフクロラウドさんたちは構わないのですね?」

「はい。わたしは【黒の預言者】とも通じている【闇の枢軸会議】の中核を担う【闇の八巨星】の一角と呼ばれています。が、それは互いに商売と面目を融通しあうWin-Winが成り立つ間柄でしかない。平たく言えば【天凜の月】と組んだほうがお得ということです」

「そうですか。安心しました」

「はい、こちらもです。では本題に入りますが……」


 フクロラウドがそう言ったところで、レザライサとファスとクリドススが大舞台に上がってきた。

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