九百二十八話 神々の争いと大厖魔街異獣ボベルファ

 北に察知した巨大な魔素は増えた。

 すると、その北の空が揺れたようにブレた刹那――。

 北の空を飛翔していた魔族たちは闇に包まれる。

 一瞬で闇は消えたが、魔族たちは消えていた。


 代わりにその空間には――。


 魔毒の女神ミセア様。

 悪夢の女神ヴァーミナ様。

 闇神リヴォグラフ。


 神々だと理解した。魔人の姿で戦っている。

 その神々が率いる眷属たちも戦っていた。


 蛇の髪で、二本の杖を振るう魔族集団。

 黒兎の魔族は大柄が多い。拳の武器を持つ魔族集団。

 頭頂部と頭頂部が繋がっている漆黒の衣を着た集団。前にも見た覚えがあるが、あの魔族は二人で一人の魔族なんだろうか。奇怪過ぎる。

 魔獣に騎乗した武者たちがいる、【闇神母衣衆】だろう。


 蛇の髪に杖を持つ魔族集団と黒い兎魔族の集団と漆黒の衣を着た集団は互いに戦う。


 三つ巴か。

 戦う眷属たちの数はそう多くない。


 神々は戦いながら徐々に近付いてくる。


 悪夢の女神ヴァーミナ様。

 黒色の仮面を着けた魔毒の女神ミセア様。

 キュルレンスさんが被っていた仮面とは色違いか?

 悪夢の女神ヴァーミナ様のほうは頭部にかけていた黒兎の仮面と腰にぶら下がっていた様々な仮面は消えているが……。


 あの二柱の神の姿は忘れもしない。


 が、もう一柱の……魔人の姿の闇神リヴォグラフは初見だ。


 魔界セブドラの神絵巻に載っていた姿ではない。

 甲冑姿の武人が本体なのか。

 額と耳にシンメトリーの短い角がある。

 耳には兜と連なる玉が付いたイヤーカフを装着していた。


 大柄で腕は四本あり、硬そうな肌か鎧コスチュームか。

 甲冑のような肌は赤と黒の鱗模様が目立つ。

 赤黒い魔力が、その甲冑の節々を行き交う。

 背中から膨大な量の漆黒魔力を噴出させて背後を漆黒に染め上げている。漆黒魔力で推進力を得ているだろう闇神リヴォグラフ。


 その漆黒魔力の中には赤黒い双眸が浮かんでいた。


 前にも思ったが、あの赤黒い双眸が本体なんだろうか。

 赤黒い双眸が中心に浮かぶ膨大な漆黒魔力は魔元帥ラ・ディウスマントルを彷彿とさせるが、その規模が桁違い。


 その闇神リヴォグラフだろう存在と戦う悪夢の女神ヴァーミナ様は身を捻りつつ、魔布を巻いた両腕から無数の魔力の糸を闇神リヴォグラフと魔毒の女神ミセア様に放っていた。


 ここからだとピアノ線にも見えるが違うだろう。


 闇神リヴォグラフは己に飛翔する魔力の糸目掛けて二つの腕先から黒い稲妻と漆黒魔力を放つ。


 それらの攻撃と魔力の糸が宙空で衝突し相殺される。

 魔毒の女神ミセア様は魔力の糸目掛けて蛇の群れを召喚。


 蛇の群れと衝突した魔力の糸は爆発。

 周囲の蛇も爆発。魔力の糸も連鎖して爆発を繰り返す。

 魔力の糸と蛇は相殺が多い。


 が、近くにいた神々の眷属たちは爆発に巻きこまれて炎上しながら墜落していた。


 闇神リヴォグラフは叫ぶ。

 背後の漆黒魔力が揺らいで赤黒い双眸が歪む。


 こっちのほうにまで震動が伝わってきた。


 叫んだ闇神リヴォグラフは悪夢の女神ヴァーミナ様を漆黒魔力で攻撃しつつ、その漆黒魔力の中の赤黒い双眸から太い光線を魔毒の女神ミセア様に放っていた。


 太い光線を見た魔毒の女神ミセア様。

 嗤いつつ飛翔を続ける。

 あの無数の蛇の髪と素晴らしい巨乳は健在だ。

 初見の時は巨大な姿で横たわっていたが、今回はどういう理由で小さい魔人姿なんだろうか。


 魔毒の女神ミセア様は両手で握る大きな杖は使わず。


 周囲に大小様々な魔法陣の盾を召喚していた。

 それらの魔法陣の盾で赤黒い光線を悉く跳ね返していく。


 跳ね返った赤黒い光線を浴びた闇神リヴォグラフはまたも叫ぶ。


 その赤黒い光線は悪夢の女神ヴァーミナ様にも向かう。


 悪夢の女神ヴァーミナ様が操作する魔力の糸は、赤黒い光線を浴びて切断された。衣服にも触れた光線は衣服を突き抜ける。


 背後の黒い兎をも貫く。

 悪夢の女神ヴァーミナ様の着ている衣服の一部は溶けていた。

 体に傷はないように見えたが、やや遅れて片腕が切断されて散る。


 が、一瞬で片腕が生えると、悪夢の女神ヴァーミナ様の衣装が変化を遂げた。


 和風は和風だが……。

 胸元からムントミーと似た装備を展開したようにも見えた。


 悪夢の女神ヴァーミナ様は魔力の糸を四方八方に伸ばす。


 魔毒の女神ミセア様と闇神リヴォグラフが繰り出している凄まじい攻撃を相殺しまくる。


 悪夢の女神ヴァーミナ様は涼しげな表情を崩さない。

 が、黒い兎たちは一気に凶暴化。


 周囲の魔毒の女神ミセア様と闇神リヴォグラフの眷属たちをなぎ倒し始めた。


 その黒い兎の中で一際目立つ巨漢が存在している。

 あれはシャイサードだろう。

 あのシャイサードとは戦った。


 シャイサードは頭頂部が繋がる漆黒の衣を着た集団を殴り殺して魔獣に騎乗した武者を蹴り飛ばしている。


 その武者は【闇神母衣衆】だと思うが、強いシャイサード。


 一方、魔毒の女神ミセア様は無数の魔法の盾を利用。

 飛来する漆黒魔力の攻撃を弾き吸収。


 宙を加速して旋回を繰り返す。

 と、突如動きを止める。仮面の半分が削れているのはダメージを受けていたからか。


 その仮面が煙を発して消え、肌に血のようなモノが流れていた。

 魔界セブドラの神が血を流す……その血が触れた地面の一角は孔となり、そこから溶岩のようなモノが発生していた。


 魔界セブドラ、大丈夫か?


 と、仮面が消えて皮膚が再生した魔毒の女神ミセア様は、おっぱいを震わせて、だっちゅー、否、闇神リヴォグラフに向けウィンクを行う?

 闇神リヴォグラフが発していた漆黒魔力の一部が弾け散った。

 漆黒魔力が散った箇所に、大きな蛇の群れが突如として出現。


 それらの大きな蛇の群れが闇神リヴォグラフへと向かう。

 大きな蛇の一部は毒の霧を吐き出す。


 大きな蛇の群れは加速しながら自ら吐いた毒霧を浴び纏うように闇神リヴォグラフへ向かった。


 闇神リヴォグラフは避けようとしない。


 その大きな蛇に向け逆に加速しながら太い片腕を振るった。

 振るった太い片腕には悪夢の女神ヴァーミナ様に攻撃中の黒い稲妻と漆黒魔力の一部が蜷局を巻いていたが、一瞬でそれらの黒い稲妻と漆黒魔力は赤黒い大剣の刃に変化を遂げた。


 赤黒い大剣の刃には稲妻が迸っている。

 その赤黒い大剣の刃と同じモノが隣の宙空にも生み出された。


 その生み出されたばかりの赤黒い大剣の刃が直進。

 魔毒の女神ミセア様が放った大きな蛇と毒霧へと突っ込んでいく。


 赤黒い大剣の一閃は稲妻を発して大きな蛇の群れを真っ二つ。

 毒の霧も黒い稲妻と混じり爆発して相殺されていた。


 刹那、悪夢の女神ヴァーミナ様が二柱の魔界の神を無視して前進。


 俺たちのほうに近付いてくる。

 闇神リヴォグラフの漆黒の稲妻が減ったことで余裕が生まれたか。


 が、魔毒の女神ミセア様が超反応。


 茨の鞭のようなモノを悪夢の女神ヴァーミナ様の周囲に発生させる。


 悪夢の女神ヴァーミナ様の動きを阻害する狙いか。


 悪夢の女神ヴァーミナ様は魔力の糸を四方八方に放出しつつ身を捻る。続けざまに横回転しつつ横移動を繰り返した。


 一瞬で茨を魔力の糸で斬り刻む。


 その間に、魔毒の女神ミセア様が空を直進。

 俺たちに近寄ろうとしたが、闇神リヴォグラフが立ち塞がる。


 悪夢の女神ヴァーミナ様は螺旋機動で宙を飛翔。

 俺たちに近付こうと加速。


 皆、息を呑む。魔界セブドラの神が接触してくることはあまりないようだ。

 しかし、闇神リヴォグラフの攻撃を往なした魔毒の女神ミセア様が悪夢の女神ヴァーミナ様に向けて空間を震動させるような衝撃波をぶちかましていた。


 悪夢の女神ヴァーミナ様は背中に打撃を受けたように錐もみ回転。横移動しながら反撃の咆哮。


「うぬらぁぁ――」


 悪夢の女神ヴァーミナ様の怒った声がここまでエコーで轟いた。


 そんな神々の三つ巴の戦いは凄まじい。

 と感想を持ったのも束の間、強大な魔素を察知した。


 その魔界セブドラの一角の膨大な空間が血に染まる。

 それは膨大な<血魔力>で、血の空間は金髪の女性魔族に集約された。


 その金髪の女性魔族の双眸は紅色と黒色の虹彩を持つ。


 黒い甲冑の姿は魔界騎士か?

 <血魔力>以外にも、全身から黒霧のような魔力も発している。その金髪の美しい魔族を追うように<血魔力>を発した魔人と蝙蝠と鴉も出現。


 蝙蝠と鴉に<血魔力>から導き出される答えは一つ。


 あの女性魔族は吸血神ルグナド様?

 何処となく魔界セブドラの神絵巻に載っていた姿に近い。

 吸血神ルグナド様の勢力も魔界セブドラの神々が戦う三つ巴の争いに加わった。


 四つの勢力が入り乱れる大乱戦の空中戦となる。

 それらの集団は戦いながら徐々に近付いてきた。


「神々が……」

「悪夢の女神ヴァーミナ様と魔毒の女神ミセア様……」

「闇神リヴォグラフ様……」

「吸血神ルグナド様も……」


 ザンクワたちは俺を凝視。頷いた。


「あぁ、今の俺は本体ではないが、魔界の神々が俺の存在に気付いたってことだろう」

「先ほど仲が良いと語っていた神々ですね」

「では、悪夢の女神ヴァーミナ様と魔毒の女神ミセア様はシュウヤ様に会いにきた……」


 ディエの言葉に頷く。魔将オオクワは、


「そして、闇神リヴォグラフ様と吸血神ルグナド様はシュウヤ様を討伐に?」

「たぶん、そうなるが、吸血神ルグナド様のほうは正直分からない」


 闇神リヴォグラフは眷属の七魔将リフルや魔界騎士ウロボルアスを屠った俺を目の敵にしていると分かるが、吸血神ルグナド様は正直どうなんだろう。


 ホフマンを含めてヴァルマスク家とは何度か戦ったが……ヴァルマスク家の女帝ファーミリアとは会ったことがない。


 光魔ルシヴァルの前身、光魔セイヴァルトの時は、まだ吸血神ルグナド様の因果律の範疇だったと予測。


 その吸血神ルグナド様の支配を抜けた俺の光魔ルシヴァルという種族について、吸血神ルグナド様がどう考えているのか……まだ不透明。


「……では、シュウヤ様の争奪?」

「ありえる……」

「このままでは魔界大戦に?」

「ありえるが、眷属たちの数は少ない」

「はい、戦いは壮絶ですが戦力は限定的ですね」

「闇神リヴォグラフ様は【異形のヴォッファン】を連れているようだ」

「ここは魔界王子ライランの影響範囲、闇神リヴォグラフ様が直ぐに撤退可能な集団を引き連れているのは当然だ」

「魔界王子ライランも戦力を投入してくるかもしれない」

「あぁ、暴虐の王ボシアド様や魔公爵ゼンとも戦いの最中だが……」

「魔界王子ライランは無視を貫くこともありえる。しかし、さすがに兵は出すはず」


 皆がそう発言。

 たしかに、魔界王子ライランも兵を出すだろう。

 魔公爵ゼンなども併されば戦場が混沌となるのは確実。


 だからこそ、魔将オオクワたち鬼魔人と仙妖魔の軍にはチャンスだ。


「皆、これは絶好機だ。北か南にしろ。あの神々と眷属の争いを利用すれば、皆の移動が楽になる」

「あ……」

「たしかに……」

「問題はどっちに向かうか」

「北のグルガンヌ地方の南東を目指すべきか」

「そうですね、北側が荒れるのは確実。魔公爵ゼンの三衝軍も敵を魔界王子ライランの勢力だけに絞れなくなる可能性が高い」

「はい、混乱は確実」

「そうだな、では北に?」

「あぁ」


 皆、頷く。

 俺は、


「どちらにせよ、俺より、皆の方がこの魔界セブドラの地の利を知る。だから委細は任せるとしよう。俺としてはそれぞれの故郷を目指してほしいところだが」

「「「はい」」」

「シュウヤ様……」

「……はい」


 ザンクワとアラだけは俺に向けて静かに語る。

 二人に『元気で』と笑顔を送りつつ、目の前に浮かぶ〝列強魔軍地図〟を見ながら、


「それと、この〝列強魔軍地図〟は俺が仕舞っても大丈夫なんだよな。皆には、この地図があれば便利だと思うが」

「はい、便利は便利ですが、ご安心を」

「地図は地図。この辺りの魔界セブドラの地形は昔と変わらないですから」

「魔界王子ライランに故郷を蹂躙される前の記憶と、徴兵された以後の記憶もありますから。鬼魔人傷場の周囲の地形は記憶の通り。大丈夫です」


 ヘイバトがそう発言。

 魔将オオクワをチラッと見ると、頷く。


「はい、地形は前と変わらず。過去の記憶もあるわたしたちにお任せを」

「分かった。では、皆、また――」


 〝列強魔軍地図〟をハルホンクにしまい、皆に別れを告げる。と、その直後――。

 神々と神々の眷属が戦っている方角ではない方向から重低音と震動が響いてきた。


「シュウヤ様……南東のほうに土煙が」

「あぁ」


 鬼魔人傷場に向かおうとしたが、次から次へと……。


「地面を踏みならす存在か。新たな魔界セブドラの神か? 此方に急接近している」

「ゴアラ級の魔騎兵でもない規模……」

「争っているわけではないような加速です。あ――」


 見えた。超巨大な魔獣?

 トリケラトプスのような頭部に背中は土煙で見えず。


 邪界ヘルローネで見たような超巨大生物だろうか。


「……巨大な魔獣、南東の方角……」

「あれはもしや、大厖魔街異獣ボベルファ?」


 だいぼうまがいいじゅうボベルファ?


「なんだ、そのだいぼうまがいいじゅうボベルファとは……」

「大厖魔街異獣ボベルファとは、背中に土地がある巨大魔獣都市です」

「移動都市、生きた都市なのか」

「はい。背中の土地では、希少な魔水が湧き天然の作物が育つと。または貴重な鉱山があるとか、貴重な生物が棲息している場合もあるとか。そんな大厖魔街異獣ボベルファを狙う諸侯は多いですが、コントロールが難しいようですね。専属の担い手がいるという噂があると聞きましたが……ここに現れるとは……」


 ディエがそう語る。


「驚いたが、そんな巨大魔獣都市が近付いてくる。あの魔獣が止まらなければ皆下敷きだぞ? 魔将オオクワ、ド・ラグネス、ザンクワ、ヘイバト、ガマジハル、急いで兵たちを動かせ。で、北で争う神々の諸勢力の争いを避けつつグルガンヌ地方を目指して移動を開始しろ。俺は、あの巨大魔獣都市の大厖魔街異獣ボベルファに向かう。動きを止めてこよう」

「承知」

「分かりました!」

「では、先に【鬼魔・幻腕隊ガマジハル】が動きましょう。オオクワ様とド・ラグネス、合図を出すので、よろしいか?」

「あいわかった!」

「おう!」


 魔将オオクワとド・ラグネスは丘を駆け下りて走り出す。

 少し遅れて、「ブルルルゥ」と鹿魔獣マバペインも荒い息を発して加速していく。

 アラとディエも駆け下りていった。

 ジェンナとトモンも会釈してから駆け下りていく。


 残ったのはザンクワ。


「シュウヤ様……お気を付けて」


 ザンクワは涙目だ。


「ザンクワも急げ」

「はい」

「じゃ――」


 北の空で戦う神々の争いを見てから、踵を返す。

 ――地面を蹴るように駆けた。


 まだ距離があるが、いつ何時神々が近付いてくるかと背筋が凍る思いだ。

 そして、取り引き可能だろうと予測する悪夢の女神ヴァーミナ様と魔毒の女神ミセア様に、鬼魔人と仙妖魔の軍を預けたいが……。


 闇神リヴォグラフと吸血神ルグナド様との戦いからして、交渉云々をしている時間はない。


 飛び下りるように跳躍――。

 血魔力<血道第三・開門>――。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動――。

 <闘気玄装>を強めた。


 そして、<血魔力>が滲む<導想魔手>を蹴り跳ぶ。


 斜め上に飛翔――。

 足下に<導想魔手>を再び生成し蹴る。

 上空高く跳び続けながら――。


 大厖魔街異獣ボベルファに近付いた。


 頭部は恐竜のトリケラトプスと少し似ている。

 が、耳と後頭部は駱駝っぽい。


 背中側には本当に自然の山がある。

 西洋風の赤煉瓦の街が存在。


 その空を魔法の膜のようなモノが覆っていた。


 街や土地を支えている胴体の下にある多脚は太い。

 根元のほうには白っぽい魔法の苔が無数に発生していた。

 多脚はかなり速く動いている。


 脚が数本動かなくなっても大丈夫そう。


 その大厖魔街異獣ボベルファに近付くと――。

 頭部の角と角の間に立っていた帽子を被る魔法使いのような魔族が飛翔しながら近付いてきた。


 杖に帽子と衣装はまさに魔法使いの格好だ。

 周囲にはスライムのような存在が複数ぷかぷかと浮いている。


 装備一式がかなりの魔力を内包していると分かる。

 ディエが語っていた大厖魔街異獣ボベルファの担い手だろうか。


 その魔法使いが先制攻撃を繰り出す気配はない。

 すると、大厖魔街異獣ボベルファの速度が極端に落ちた。


 好都合、このまま時間を稼ぐか。

 魔法使いの女性魔族が、


「止まりなさい貴方!」


 可愛らしい声だ。

 <導想魔手>に足を乗せたまま止まった。


「この通り止まったが、貴女は?」

「私より、貴方は何者です! ボベルファに何の用ですか!」

「俺の名はシュウヤ。その巨大なボベルファが前進し続けたら仲間たちに被害が及ぶ。だから止めに来た。可能なら、その大厖魔街異獣ボベルファの進む方向の変更を頼む。そして、ここから北の空を見れば分かると思うが、神々と神々の眷属が争いあっている状況だ」


 魔法使いの女性は俺が腕を向けた方角を見やる。


「……はい。神々がこのボベルファに……」

「それは違うと思うが、で、そのデカブツの方向を変えることは可能か?」

「デカブツではない」

「ブボォ――」


 怒った魔法使い、大厖魔街異獣ボベルファからは鳴き声が響く。

 ポポブムっぽい魔声。


「え?」


 魔法使いの女性は下を見やる。

 深く帽子を被っているから表情は把握できない。

 が、体内の魔力操作は一瞬だけ狂ったように見えた。


 俺に視線を戻すように頭部を上げた魔法使いの女性は、握っていた杖を揺らしながら、少しだけ上昇。


 上から俺に少しだけ近付く。

 杖先に浮かぶ黄緑色の蝶々たちが儚げに揺れていた。

 顔が見えた。眉と表情筋は普通の人族っぽい。


 その表情は驚いていると推察できた。

 黄緑色の双眸も揺らいでいた。


 その魔法使いの女性に、


「貴女はボベルファの担い手かな? 会話が可能なら、後退か横に曲がってくれと頼んでくれ。そして、神々の争いの余波はこの辺りにまで来るだろうから、このまま進むのはお勧めしない」

「……頼めますが、多分無理です」


 と言うが、大厖魔街異獣ボベルファの歩みは、既にかなり遅い。


 この速度なら余裕で鬼魔人と仙妖魔の軍は逃げられるだろう。

 俺がジッと大厖魔街異獣ボベルファと魔法使いの女性の観察を強めていると、その魔法使いの女性は半身の姿勢となって、


「でも、なんでシュウヤの飛来に合わせてボベルファは速度を落としたの?」


 大厖魔街異獣ボベルファは頭部をゆっくりと上向ける。


「ブボァァァァァァ」


 と野太い声を発した。

 更に頭部の角が色鮮やかに輝く。


「ブペペッペッぺ~……ブペ、ペッペッぺ~……」


 と角の輝きに合わせて変わった鳴き声を発した。


「え? 乗せるべきだと? もしかして急に加速を始めた理由?」

「ブボァァァ」


 どことなく頷いたような声だと分かる。

 ポポブム語なら相棒の次に自信があるからな。


「……分かったわ」

「そのボベルファは俺に用がある?」

「……そ、そうみたい。あ、わたしの名はミトリ・ミトン。最初に無礼な態度を取って、すみません」

「いえ、こちらこそ。で、用とは、そのボベルファに乗ること?」

「あ、はい……」


 急にミトリ・ミトンは態度が変わる。

 罠には見えない。が、


「俺は魔界セブドラから出る予定だから無理だ」

「なんで断るんですか!」


 と急に怒り出すミトリ・ミトン。

 怒ったが顔が可愛らしい。怒ったせいで、杖の蝶々が散っていた。


「そう怒るな。乗ることが可能なら、俺の後ろで逃げようとしている鬼魔人と仙妖魔の者たちを、この大厖魔街異獣ボベルファに乗せられるか? 可能なら、皆を乗せて、遠い北の地方、グルガンヌ地方まで送ってくれると助かるんだが」

「……無理です」

「ブボォォォ、ブペペッペッぺ~……ブペ、ペッペッぺ~……」

「……」

「……」


 ミトリ・ミトンの表情の変化が面白い。

 大厖魔街異獣ボベルファと俺を交互に見ては、少し間を空ける。


「ボベルファはなんと?」

「ミンナ、ノセロ、オクル」


 おぉ、って、ミトリ・ミトンの口調が片言で、機嫌が悪い印象だ。


「結構な人数だが、平気なんだな?」

「はい、大厖魔街異獣ボベルファなら余裕です」

「ならば、皆を頼む。じゃ」

「ああああ! まて!」


 と杖から無数の黄緑色の蝶々を召喚しては、俺の左右と後方に転移させた。

 魔法の網のようなモノがその蝶々の回りに浮き始めている。


「俺を捕らえようと? 強引だな」

「逃げようとするからです。ボベルファに選ばれし民として選ばれたことがどういうことか分かっているのですか!」

「そう興奮するな、担い手ミトリ・ミトン。選ばれし民とか、大厖魔街異獣ボベルファに乗るのには資格が必要なのか」

「……ボベルファが選んだ者は、特別。担い手となる資格があるということ。そもそも、急に加速して移動を始めることはかなり珍しい。神々の争いが起きている近くに移動するのもオカシイです」

「へぇ……なら、一回乗るだけ乗って離れるぞ?」


 すると斜め下の大厖魔街異獣ボベルファが、


「ブペペッペッぺ~……ブペ、ペッペッぺ~……」


 変わった声を発してエコーを轟かせてくる。

 タイミングを音程に合わせて光る角の明るさを変えていた。

 あの角は楽器なのか? 魔力の波動が迸ってきた。


 ミトリ・ミトンは驚いて、


「こんなボベルファは初めて、そこまで……なの?」


 と呟く。


「で、了解したか? 俺の背後の蝶々は綺麗だが、魔法の網とかで俺を捕らえようとするなよ? その場合は俺も躊躇なく反撃するからな?」


 左手に無名無礼の魔槍を召喚。

 体から<血魔力>を分かりやすく発した。

 俺の行為を見て動じないミトリ・ミトンは、「ふふ、なるほど……」と呟く。


 へぇ、大概の魔族は警戒するが、素で喜ぶような反応。

 そして、第六感的に、この少女的なミトリ・ミトンを信じるべきという感覚がある。


 だから罠ではないはず……。

 が、一応は、


「念のため聞くが、俺が乗ったら、仲間たちをこの大厖魔街異獣ボベルファに乗せて、北の地方、グルガンヌ地方に運んでくれるんだな? 神々の争いなどに巻きこまれないように安全に」

「……はい、分かりました」


 おぉ……。

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