九百十八話 黄金遊郭の見学に皆と作戦会議

 皆で通り向こうの黄金遊郭を見ていると――。

 俺の真上に注連縄を腰に巻く子精霊デボンチッチが出現。


「お? 不思議な注連縄の子精霊デボンチッチだ」

「はい、可愛くて不思議な子精霊デボンチッチちゃん。あ、その王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードを出したと言うことは……」


 エンビヤの言葉に頷く。

 そのエンビヤの隣のクレハは、王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードを凝視して、


「水の大眷属を使役可能とする神遺物で書物……シュウヤは不思議なアイテムの宝庫です」


 そう語る。クレハの長い黒髪が靡いて良い匂いが漂った。

 笑顔を送ると、クレハは頬を朱に染めた。


 神遺物で書物の王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードに魔力を込めて頁を捲れば、


『善美なる氷王ヴェリンガー、融通無碍ゆうずうむげの水帝フィルラーム、流れを汲みて源を知る氷皇アモダルガ、魂と方樹をたしなむ氷竜レバへイム、白蛇竜小神ゲン、八大龍王トンヘルガババン――――霄壌の水の大眷属たち、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。水垢離みずごりの清浄と栄光は水の理を知る。が、大眷属の霊位たちは、白砂はくしゃと白銀の極まる幽邃ゆうすいの地に、魔界のガ……封印された。その一端を知ることになれば、火影が震えし水の万丈としての墳墓の一端が現世うつしよに現れようぞ。が、雀躍じゃくやくとなりても、その心は浮雲と常住坐臥じょうじゅうざがだ。魔界セブドラも神界セウロスもある意味で表裏一体と知れ……何事も白刃踏むべし』


 という言葉が刻まれた頁が見える時がある。

 無名無礼の魔槍といい、サキアグルの店主には感謝だ。


 すると、ダンがクレハの横から出て、近付いてきた。


王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードは羨ましすぎる」


 と発言。クレハはエンビヤの横に移動した。そのエンビヤは、


「気持ちは分かります。<召喚闘法>などを学べる秘伝書が詰まっている書物で神遺物ですから」

「でもシュウヤだからこそですね」

「あぁ……確かに」

「〝黒呪咒剣仙譜〟も読みたいが」

「〝黒呪咒剣仙譜〟か。今出す。先に読んでおけ――」


 ダンに〝黒呪咒剣仙譜〟を渡した。


「お、では、読みながら――」


 と〝黒呪咒剣仙譜〟の頁を開く。

 イゾルデは興味深そうに〝黒呪咒剣仙譜〟を読むダンを見ながら俺に視線を向け直し、


「我と打ち合った<神威>を内包した<氷皇・五剣槍烈把>は強烈だった」


 <血龍霊装>などを扱えるイゾルデも強烈だがな。

 そんな気持ちを抱きつつ視線を向ける。

 

 イゾルデは微笑んでウィンクをしてきた。

 ――可愛い。

 乱暴な口調で列女のイゾルデだが、然り気無い可愛さも持つ。


 このギャップは魅力的すぎる……。

 すると、エンビヤが、

 

王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードも凄いアイテムですが、修業蝟集道場の廊下に刻まれていた神仙鼬籬壁羅仙瞑道譜のお陰でもあります」

「そうだな。ホウシン師匠と〝神仙鼬籬壁羅仙瞑道譜〟に感謝しよう。お陰で<霊纏・氷皇装>と<氷皇アモダルガ使役>を獲得できた」


 その〝神仙鼬籬壁羅仙瞑道譜〟は……。


 ※羅仙瞑道百妙技の心得※

 ※霊魔系高位戦闘職業と<神剣・三叉法具サラテン>と伝説の神遺物〝神仙鼬籬壁羅仙瞑道譜〟の解読が必須※

 ※<羅仙瞑道百妙技の心得>を獲得したことにより、魔法絵師系統の戦闘職業及びスキルに<翻訳即是>などの優秀な翻訳スキルで干渉が可能※

 ※運命線を斬れるとされる那由他の砂で鍛えられた堕ちた神剣があれば、神仙鼬籬壁羅仙瞑道譜の表層を斬り穿つことも可能。そうして、神仙鼬籬壁羅仙瞑道譜への干渉に成功すれば極めて危険だが、神仙鼬籬壁羅仙瞑道譜の中に入れる。中には、仙王鼬族、羅仙族、仙羅族、仙武人、風水オラクルに……魂が……※

 ※仙羅族、羅仙族以外に獲得した者はいない※


 沙で中に入れる。

 伝説の神遺物の〝神仙鼬籬壁羅仙瞑道譜〟は凄い。


 いつか、<神剣・三叉法具サラテン>の三人娘を連れて、再訪したい。


 〝黒呪咒剣仙譜〟を読むダンを見ていたクレハは、周囲を見回してから、


「……水神アクレシス様と関係が深い神仙鼬籬壁羅仙瞑道譜のような物ならば、だれかが見つけているはずですから、白蛇竜小神ゲン様のように小さく隠れた碑文の遺跡がどこかに?」


 クレハがそう発言。すぐにエンビヤが、


「四神柱に刻まれていた白蛇竜小神ゲン様の模様は、今までの〝玄智の森闘技杯〟の予選で優勝した仙剣者と仙槍者の院生が誰一人として気付けなかった遺跡ですからね」

「はい」


 美人なエンビヤとクレハは頷き合う。

 絵になる。すると、イゾルデが、


「シュウヤ様の新たなアイテムとスキルの獲得は近いのだな!」

「<王氷墓葎の使い手>ではなく<四神相応>のほうが反応したから、あくまで王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードはついでだ」


 イゾルデは頷いた。


「ふむ、<四神相応>! 青竜、白虎、朱雀、玄武、の四神に関するアイテムが何処かに眠っている訳か……あ、水の法異結界の魔力を吸い込んだ時のように玄樹の珠智鐘を出して<火焔光背>を用いるのか?」

「それはまだ分からない。場合によってはだな」

「不思議な子精霊デボンチッチちゃんもいますし、玄樹の珠智鐘を出しておいたほうが、大眷属の魂の欠片が眠るところからの反応が強まるかもしれないですね」


 エンビヤは俺の頭上にぷかぷかと浮かぶ腰に注連縄を巻く子精霊デボンチッチを凝視していた。


「あぁ……だが、今は重要な時期。玄樹の珠智鐘を迂闊に出した瞬間、未知の強者に玄樹の珠智鐘が盗まれた。とかは嫌だからな……出さない」


 そう言いながら周囲を窺う。

 皆も釣られて爪先半回転のような技術を使いながら周囲に視線を向ける。

 

 ――その動きは達人級。

 ――やはり、皆、強いな。

 ――ダンは〝黒呪咒剣仙譜〟を読むのを中断しながら鋭い視線で周囲を窺う。

 が、すぐにダンス的なステップ技を用いて――。


 腰を捻りつつ〝黒呪咒剣仙譜〟を読むことを再開。

 

 器用だ。イゾルデも周囲を警戒しながら、


「シュウヤ様の不意を突いて盗むのは至難の業だと思うが、皆の反応を見ると、この街は怪しい存在、未知の強者が多いのだな」


 そう発言すると、武王龍槍の柄を持ち上げた。

 青龍刀と似た穂先越しに路地を凝視していた。

 

「噂に聞くカソビの街か……」


 俺もそう語りつつ、掌握察を実行して隠れた魔素を幾つか把握。

 民家もあるから敵か民間人かの判断が難しい。


「仙武人には魔族以上に力に溺れている強者がいますから要注意」


 エンビヤの言葉にダンが反応。

 〝黒呪咒剣仙譜〟を読むのを止めて、周囲をチラッと見てから、皆に向け、


「〝宝珠札喰らい〟などの賞金稼ぎだな」


 と語る。〝宝珠札喰らい〟か。

 その名は鬼羅仙洞窟で聞いた。サブロウタという名だったはず。

 

 サブロウタのような賞金稼ぎが、俺たちを狙う?

 すると、エンビヤが、


「はい。でも、カソビの街には賢者アリエオスなどもいますから」


 そう発言。

 エンビヤは『カソビの街にも良い面はあるんだよ』って言いたいのかな。


 そして、賢者アリエオスさんか。

 名前からして偉大な感じだ。

 古代ギリシャの哲学者アリストテレスの名を思い浮かべる。


「その賢者は、カソビの街で何か活動を?」

「身寄りのない子供を受け入れて、様々なことを無料で教えているようです。物事の根本原理を研究しているようです」


 一方、ダンはそれを否定するように〝黒呪咒剣仙譜〟をクレハに見せつつ、


「隠者ハミアもそうだな。実力があるのに武仙砦に行かないから結構な言われ方をする立場の仙武人たちだ」


 と指摘してくる。

 掌握察を実行しつつ、


「カソビの街で埋もれている方々か。興味本位が大半だが、そのような方々には好感を抱く」

「はは、シュウヤらしい」

「おうよ。では王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードは仕舞う。黄金遊郭の内部に入ったら改めて出すとしよう。怪しい石灯籠は後回し、黄金遊郭を優先する」

「はい」

「分かりました。そして、肝心の黄金遊郭の見張りは、ダンパンの手合いの者が多いように見えます」


 エンビヤは黄金遊郭を見ながらそう発言。

 表情が険しくなった。エンビヤはカソビの街でダンパンの手合いの者と戦いながら【仙影衆】と行動を共にしていた。


「カソビの街の愚連隊は、黄金遊郭とその周囲に絞ったか」

「はい。街から消えたと思いましたが……」


 エンビヤの言葉に、皆が同意するように頷く。


「ダンパン本人も黄金遊郭に潜む?」

「ありえます。仙影衆と合流しますか? 少し時間がかかりますが」

「俺たちだけで黄金遊郭に潜入する前の計画を練ろう」

「賛成だ。シュウヤならば可能」


 ダンは〝黒呪咒剣仙譜〟を読みつつもそう発言。

 器用だな? とアイコンタクト。

 ダンは〝黒呪咒剣仙譜〟を持ちながら『そうか?』と言うように両手を上げる。


 いつものボディランゲージだ。

 笑顔を皆に向けながら、


「ダンパン本人は戦えるのか?」

「近接戦が強いと聞いていますが、実際に戦うところは見ていないです」


 ダンパンは金持ちで悪党ってイメージだが……。

 金払いが良いだけではなく、個としての強さも併せ持つかもしれないのか。


「そのダンパン本人が黄金遊郭に絡んでおらず、カソビの街に隠れたままだったら……」

「ダンパンたちも神界セウロスに移動してしまう」


 クレハとエンビヤがそう語る。

 ダンも、


「そうなったら、玄智の森の闇社会も持ち越しだ」


 そう発言。俺は頷いて、イゾルデに、


「神界セウロスや仙鼬籬せんゆりの森にも内部抗争はあったと聞くが……ダンパンが神界セウロスに移動することで、別の火種が増えるかもしれないわけか」


 と話を振った。

 光魔ルシヴァルの龍人イゾルデだが、嘗ては武王龍神イゾルデだったからな。

 

 尊敬の眼差しを送る。


「そうなる可能性は高い。神界セウロスの神々も当然の如く超然としているが……仙武人やセラの自由都市ハイロスンの住人たちと同じく、皆が皆、仲が良い訳ではないからな。些細なことで争いに発展する可能性はあるだろう」


 イゾルデがそう語る。


 そのイゾルデの過去の言葉に……。


『「……そうだ。次元渡りの秘宝を使い龍人としてな。ハイロスン辺りでは、荒神、呪神と揶揄された覚えがある」』


 とあった。

 だから惑星セラから次元渡りの秘宝があれば神界セウロスに渡れるということだ。

 制約はあると思うが、狭間ヴェイルを越えられる秘宝。


 欲しい秘宝だ。


 まぁいずれだな……。

 そして、ダンパンの簡易的なプロファイリングをすると、


「ダンパンも仙武人だが、魔族と協力して仙境と玄智の森の民を苦しめていた。このことから、ダンパンは魔界セブドラと離れたくない? 更に、アドオミを経由した魔界王子ライランの洗脳を実は受けていたが故に、玄智の森の破壊工作活動を行っていた? そんな展開なら……これは少し好都合か」


 皆、思案顔。

 ダンが頷いて、

 

「ん~そうだな。予想の一つの範疇。可能性は低い」


 頷いた。続いてクレハが、


「……はい。単純に、白王院側に胡麻ごまった故のダンパンの手合いたち? 白王院と連係し、黄金遊郭の護衛に雇われたのがダンパンの可能性も」


 会合の護衛としてダンパン勢力か。


「それはそうかもしれない」

「白王院のゲンショウ師叔がダンパンと手を組むのは考え難い。白王院は魔界側やカソビの街の連中を毛嫌いしていた」

「それはそうですが、魔界王子ライランの眷属アドオミが用いた洗脳の話もあります。可能性は色々と考えられますよ」


 頷いた。そして、こういった敵の動機を探るために予想し合うことは重要だ。

 その一環から、皆に、


「白王院のゲンショウ師叔とダンパンが手を組むってのは、心は移ろいやすいで片づくと思うが、どうだ?」


 〝黒呪咒剣仙譜〟をクレハと一緒に見ていたダンだったが、頷くと――。

 クレハに〝黒呪咒剣仙譜〟を渡し、


「……ダンパン側と白王院が結託したのなら、その理由が知りたいな」


 と聞いてきたから、頷いて、


「ダンパン側の視点だと……魔族の大半がカソビの街から退いて、アドオミの後ろ盾を失ったから? または、各仙境の勢力が、ダンパンの勢力に集中して当たれるようになったら分が悪すぎる位か。後は洗脳が解かれた説の続きで『畜生にも菩提心』って言葉があるんだが……今までの行動を反省して、神界セウロスの神々に救いや悟りを求める気持ちが芽生えた?」


 ダンパン側の視点を考えながら語る。

 皆、数回頷いた。


「最後は違うと思うが、途中までのダンパンの心理分析は当たっている部分も多いと思う。そして、仙武人たちの魔族のアラへの視線の集まり方にも納得だ」

「はい」

「カソビの街から退いた魔族達は、鬼羅仙洞窟に集結しているのか、武仙砦の前に向かっているのか……」


 魔族のアラは頷いていた。

 アラの種族名は蒼魔霊ハーベルだったかな。


 コンパウンドボウの扱いは凄い。

 後衛としての援護役に最適だ。


「では、ダンパンが敵として、黄金遊郭に潜んでいる?」

「ゲンショウ師叔とホウシン師匠の会合の場に居合わせたいだけかもしれない」

「あぁ、敵なら隠れて強襲のタイミングを狙うか? そして、隠れては逃走を繰り返す場合、見つけるのは難しい」


 見つけたとしても戦うことを拒否して降伏してくるか。


「<隠蔽>や<隠身ハイド>に魔道具など、身を隠す手段は色々だ。玄智宝珠札も豊富に持っていたダンパンを探すのは相当苦労するだろう」


 ダンの言葉に頷いた。

 イゾルデに向けて、


「だろうな。敵としてダンパンが黄金遊郭に絡んでいることを願おうか。しかし、ダンパンと部下たちも神界セウロスで生活できるもんなのか? 狭間ヴェイルは悪人を弾くとかないのか?」


 ある程度想像はできたが……。

 あえて、そう質問した。

 イゾルデは片方の眉を下げて小難しい表情を作りつつ、


「そんなもんはない」

狭間ヴェイルは神々のような存在を弾くだけか。玄智の森が戻る影響で、神界セウロスの仙鼬籬せんゆりの森に何か起きる可能性は?」

「それは分からない……」


 まぁそうだよな。


「とにかく玄智の森が神界セウロスの仙鼬籬せんゆりの森に戻ることが肝要だ」

「しかし、水神アクレシス様の『使用者がどうなるか分からぬ』と語った言葉が、シュウヤが心配です……」


 エンビヤはこの話がでる度に否定的になる。

 優しい気持ちは分かる。が、俺だからこそ可能なことだ。


 エンビヤには神界セウロスに戻った玄智の森で平和に過ごしてほしい。

 その想いは言わずに、イゾルデに、


「惑星セラから神界セウロスへの行き方は?」

「複数ある。神界セウロスの神々の影響が強い聖域で神界セウロスに至る道を辿る方法が、その一。その二が次元渡りの秘宝を使用することだ。その三が〝狭間ヴェイルの魔穴〟、〝魔穴〟や〝異次元の魔穴〟など無数の呼び名が〝魔穴〟にはあるが……その魔穴を利用しつつ魔神具なども利用できれば……神界セウロスへと転移を行うように移動できると聞く。そして、〝神界セウロスに至る道〟から離脱した風紀の王と壁の王の諸勢力は、これらの魔穴を利用できたと聞いていた」

「へぇ」


 素直に感心。皆も頷き合う。

 アラは疑問顔であまり理解できていないようだ。

 ダンは、


「……次元転移……規模が大きい話で、あまり理解できないが……シュウヤがいた世界と神界セウロスの繋がりは深いようだな」


 そう聞くと、イゾルデは鼻息を荒くする。

 そして、一対の金色の角の間を七支刀を思わせる稲妻の魔力が通過していた。

 龍人のスタイルだが、思わず、光魔武龍イゾルデの姿を重ねた。


「ふむ。だからこそシュウヤ様と我は光魔ルシヴァル! 我とシュウヤ様は出会うべき運命だったのだ!」


 迫力ある言い回し。

 アラはビビって俺の背後に移動してきた。

 そのイゾルデに、


「魔界セブドラと神界セウロスは狭間ヴェイルで離れているようで、実は繋がっていると聞いた」

「……言いたくないが、そうだ。魔界と神界の次元領域は、近い領域もあれば、永遠とも呼ぶべき遠い領域もある。奈落の黄泉の領域に通じる深さのある領域も存在する。セラを挟む狭間ヴェイルとは異なる事象が多い」


 その辺りは過去に黒い龍のガスノンドロロクン様に聞いた。

 八大龍王様のお言葉。

 

 竜鬼神グレートイスパル様を含めて仲が悪いとも。

 龍神と関係が深いイゾルデだ。


 もしビアが持つ剣に宿るガスノンドロロクン様をイゾルデが見たら、なんて言うだろう……。


 だから、<従者長>のビアは神話ミソロジー級の堕ちた神剣を入手したことになる。


 そして、イゾルデに、


「心が穢れた悪人は、神界セウロスで生活するのは難しい。とかはないのか?」

「……神界セウロスも様々だ。【風魔霊戦ヶ原】などは悪しき者も普通に住まうことはできる。しかし、〝セウロスに至る道〟を辿ることで進める【雲の上界】、【風神ノ蝉丘】、【万華鏡山寺院】、【大光神ノ御園】、【霊霧ノ桃】などの仙境には、悪しき者が入ることは、ほぼほぼ不可能であろう」

「ほぼほぼ、か。可能性は零ではないんだな」

「……そうだ。入れたとしても神々とその眷属に倒されるだろう」

 

 武王龍神イゾルデとしての厳しい顔色が出た。

 魔道具、魔界セブドラの神々による浸食によってはあり得るってことか。


 そのイゾルデは、


「仙境にもよるが、大抵の罪を犯した存在は捕まると厳しく処罰される。もしくは魔界セブドラの領域に近い場所へ追い払われる」


 神界戦士のブーさんを想像した。


「神界セウロスには罪を犯した存在を追い払う部隊が存在するのか」


 イゾルデは頷き、


「光神ルロディス様の大眷属ヘスリファートが持つ【異端審問会ヘスリファート】、光神ルロディス様直属の神界騎士の強者たち、ブー一族の神界戦士、戦神ヴァイス様の眷属たちなど多数」


 おぉ、ここでヘスリファートの名がでるとは思わなかった。

 ブー一族と戦神ヴァイス様の眷属が絡むのは分かる。


 そして、大眷属ヘスリファートは知らなかった。

 異端審問会ヘスリファート部隊とか、まんま魔族殲滅機関ディスオルテじゃないか。


 宗教国家ヘスリファートと関係が深いことは確実か。


「イゾルデ、その大眷属ヘスリファートは、エルフを嫌っているとかある?」

「その通り、エルフ嫌いは有名。他の大眷属や大精霊たちに咎められていると聞いたことがある」


 やはり……。


「ヘスリファの名は?」

「ヘスリファは光神ルロディス様の眷属の一人であまり活動的ではなく、大人しいと。そして、光精霊フォルトナ様と仲が良いと聞いたことがある」


 聞いたことがある名ばかり。


「……様々か。納得できる。セラでは神界セウロスの神々を信奉している地域が多い。セラの人族と神界セウロスの神々と眷属が通じていると理解できた」


 俺がそう言うと、イゾルデは慈母神になったように優しい表情を浮かべてくれた。


「……神々と大眷属と精霊の名が、地名になっていることは知っている」


 自然と拝むように頷いた。

 そして、このまま語り合いたい気持ちもあるが……今は今だ。


「興味深い神界セウロスの話をありがとう。が、今は、目の前の黄金遊郭と会合に集中しよう」

「うむ、そうだな。黄金遊郭の会合が罠であったら、罠を仕掛けた敵を斬ろう!」

「おう。交渉で済めばすんなりと終わる」

「無論だ。交渉ならば握手!」

「ふふ」

「はは」

「そうですね、はい」


 イゾルデの直球解答は気持ちが良い。俺と気持ちが合う。


 問題は黒に近い灰色のダンパンたち……。 

 ま、いないなら仕方ない。

 戦いとなったらイゾルデの直球解答を地でいくのみ。

 ダンは、


「罠だとして、ホウシン師匠たちにも知らせるべきか」

「今のカソビの街と黄金遊郭を見れば直ぐに罠だと分かるはず」

「お師匠様ならば、罠があろうと弟子を信じて、白炎鏡の欠片を得るため会談は行うと思いますよ」

「その前に、罠に対する策は事前に用意すると思うがな」

「俺たちの学院長のホウシン師匠は優しいから、敢えて罠に嵌まるかもしれない」


 ダンの言葉に皆が頷く。


「ホウシン師匠の策は、俺たちかもしれない?」

「あ、ふふ、たしかにそうかもです」

「ホウシン師匠らしい考えだが……」


 ダンと視線が合う。

 少しプレッシャーを感じているんだろう。

 ダンに笑顔を返した。


 ま、ホウシン師匠の傍にはソウカン師兄とモコ師姐がいる。

 ホウシン師匠は言わずもがな……。

 

 ソウカン師兄とモコ師姐の二人は八部衆で強いから心配は要らないだろう。

 そして、


「一応、俺たちの情報は伝えるだけ伝えておく」


 皆、足を止めて頷いた。

 イゾルデ、ダン、クレハ、アラ、エンビヤは周囲を窺う。


 黒独鈷を出して魔力を込めた。


『ノラキ師兄、黄金遊郭の近くに着きました。そして、ダンパンの勢力が黄金遊郭の守りについています。俺が先に黄金遊郭に潜入し、罠があるのか調べる予定です。その旨をホウシン師匠にお伝えください』

『早!! ホウシン師匠たちは準備中で、この場にいないが、黒独鈷でホウシン師匠にシュウヤの現状を伝えよう』


 皆を見て頷き、黒独鈷をポケットに仕舞う。


「ノラキ師兄に現在の状況を伝えた」

「はい」

「黒独鈷を持ったノラキ師兄も、ホウシン師匠たちと共に黄金遊郭に来てもらうべきだったか」


 ダンがそう指摘する。


「それはなんとも言えない」

「皆の意見を黒独鈷で遠くから伝達が可能なノラキ師兄は武王院に必要です。その武王院の守りも大事。記憶を取り戻した魔族の一部が団結して、各仙境を襲う可能性も捨てきれないのですから……」

「そうだな。魔族たちが洗脳が解かれたと言っても、俺たちと長年争ってきた連中であることに変わりはない」


 ダンの言葉だ。アラ以外は頷いていた。

 その、コンパウンドボウを持つアラはそそくさと俺の背中に逃げてくる。


 この場にザンクワ・アッリターラがいたら、ダンを睨んでいただろう。

 そのアラが、


「……わたしなら逃げることを考えます」


 と反論。エンビヤは、


「はい、普通ならそう考えます。しかし、魔界王子ライランの偽りの記憶と信仰が大本だったとはいえ、鬼魔人と仙妖魔たちは、玄智の森で長くわたしたち仙武人と戦い続けていた。その争いから生まれた憎しみと、負の連鎖は、そう簡単に消えるとは思えません……」

「辛い記憶だからこそ、玄智の森と関わりたくないと考えて、魔界セブドラへ帰ることを願う者が大半だと思うがな?」


 そう俺は発言した。

 エンビヤは優し気に微笑み、頷いた。


 そして、


「はい。辛い記憶がありながらも、故郷のことを想う記憶が勝った魔将オオクワと副官ディエにザンクワたちのような偉大な鬼魔人と仙妖魔を知っています。ですから、あくまでも可能性の話です。すべての魔族が同じ考えではないですから」

「たしかに。千差万別に尽きる」

「はい」

「それは、はい。個人差はあります」


 アラも納得。


「だからこそ、玄智の森を早く神界セウロスの仙鼬籬せんゆりの森に戻したいな。戻れば、武王院の院生たちにとって玄智の森は安全となる」

「守るべき院生たちは多いから、尚のことです」

「……霊魔仙院の仲間たちは絶対に守る……」


 ダンは好きな子がいるんだったな。

 そのダンは、


「しかし、玄智の森の民より武王院の院生を優先する俺たちは偽善者かもしれない」

「ダン、それは……」


 エンビヤが言葉を濁す。

 俺は、ダンに、


「一部の者には偽善者と言われるかもしれないが、それは詭弁だ。そう言いたい奴には言わせておけばいい。武王院の俺たちが、家族の武王院の院生を守らずして、何を守る。気にしすぎだ」

「はい。今のわたしたちの行動は、玄智の森のためです。その偽善者と呼ぶかもしれない者のためでもある」

「おう。ダンには『米を数えて炊ぐ』という言葉を贈ろうか」

「米を数えて炊ぐってなんだよ」

「米粒を数えていちいち炊かないだろう?」

「そんなつまらんことはしない。あ、そっか。つまらんことにいたずらに気を使うなって注意か」

「おう」


 そこで変顔をアピール。


「ふふ、シュウヤの話は面白い!」

「あぁ、変顔で笑いやがって、まったくオカシナ男だ。が、ありがとう。少し気持ちが楽になった」

「はい、緊張もほぐれました。ありがとう、シュウヤ」


 クレハが近付いてきたから少し焦る。

 クレハの小さい唇を見ると……。 

 イカン、視線を逸らし、真面目に、


「……では、黄金遊郭には<無影歩>を用いて侵入しよう。ゲンショウ師叔とダンパンの合同の罠なのか、本当の交渉なのか、それとも他の要因があるのか、見極めてくる」


 皆が頷いた。

 ダンが、


「シュウヤの侵入で黄金遊郭に罠を見つけられない場合、ゲンショウ師叔との交渉中に、いきなり襲撃を受ける可能性も想定しておくべきだ」

「そうですね。黄金遊郭の建物はあまり大きくはありません。前後の通りも狭い。戦いとなれば傷を受けるかも」


 たしかに。すると、イゾルデが、


「室内戦も通りの戦いも、皆は我を盾にしながら戦うといい」

「ありがとうございます」

「さすがは光魔ルシヴァルの眷属か。ここは四神闘技場ではない。回復力が異なるから、俺たちにはありがたい。その言葉と素敵な肉体に甘えさせてもらう。そして、最初から罠と分かっていた場合で戦闘となったら、黄金遊郭の前後の通りは狭いから要注意だな」

「うむ。だが、我を抱きしめていいのはシュウヤ様だけだぞ!」

「わ、分かっていますとも……」


 ダンがきょどる。

 端正な顔立ちだが、面白い。


「ふふ、頼りにしていますよ、イゾルデ」


 エンビヤの言葉にイゾルデは微笑む。


「ふふ、我も敵を倒すし、皆も強い。だから我の肉盾は必要ないかもしれん」


 皆、自信があるように頷いた。


「……いずれにせよ、俺の侵入後だ」

「そうだな。その計画の詳細を聞かせてくれ」


 頷いてから、皆に、


「罠だったら戦うとして、白炎鏡の欠片がどこに保管されているのか、誰が持っているのか、そのことを聞くことになる。白炎鏡の欠片をゲンショウ師叔が持っていたら、奪取の機会を窺う。それが計画だ」

「他の計画は?」

「あ? ねぇよそんなもん」

「え?」

「冗談だ。二種類の作戦を想定しておこう。プランAとプランBの二種類を」

「うむ、〝えー〟と〝びー〟!」

「はい」


 少し間を空けてから、


「Aの計画は会合だった場合。無難にゲンショウ師叔と握手。交渉して白炎鏡の欠片がどこにあるのか聞こう。持っていたら交渉を狙うか、そこでも皆には悪いが奪取を狙う。そして、白炎鏡の欠片を入手次第、鬼魔砦に向かい鬼魔人と仙妖魔たちを魔界セブドラへと移動させる。その際、俺も魔界セブドラ側に初めて侵入することになるだろう。魔族たちの誘導が完了次第、玄智の森に戻り、三つの秘宝を鬼魔人傷場で使用して、目的達成って流れだ」


 正直、初めての魔界セブドラは怖い。


「了解した」

「はい……」

「……魔界セブドラ側で新たな戦いの連鎖が始まるかもしれぬ」

「心配です。無事に戻ってきてください」

「その戦いとなった場合はがんばろうか……」

「魔界セブドラには魔界王子ライランの勢力以外にも無数に勢力が存在すると聞いています」

「はい。種族も多種多様です」


 アラの発言に皆が頷く。


「そのときは、魔界セブドラに移動した鬼魔人&仙妖魔の軍にアラとザンクワに魔界騎士ド・ラグネスもいるから大丈夫だとは思うぞ」


 俺がそう発言すると、皆、思案顔。

 そう考えると……。

 援軍として魔界セブドラで活躍中の魔界沸騎士長たちを呼びたい。


 しかし、今の俺は肝心の闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトの指輪を嵌めていない。だからゼメタス&アドモスの召喚はできない。


 更に、鬼魔人傷場が魔界セブドラの何処にあるのか。魔界王子ライランの所領とは、魔界セブドラの何処にあるんだろうか。


 ザンクワなどの鬼魔人&仙妖魔たちから聞くか。

 地図も持っているのかな。


 今のところ魔界セブドラの地図はない。

 

 魔界沸騎士長に進化したゼメタス&アドモスがいるだろうグルガンヌの東南地方と鬼魔人傷場が近ければ、直ぐに会いにいけるとは思うが、魔界沸騎士長たちと争っていた勢力の中に魔界王子ライランの名はない。

 

 登場したのは魔公爵ゼン、魔界騎士ホルレイン、魔公爵アゾリンの三つの勢力ぐらいか? 塔烈中立都市セナアプアに帰ったら、その魔界沸騎士長たちに知っている範囲の地図を書いてもらうか?


 または、紅玉環のアドゥムブラリか。

 六眼キスマリもか。

 魔界騎士だったデルハウトとシュヘリアにも知っている魔界セブドラの地図を共同で書いてもらうとしよう。


 そして、ステータスを思い出す。

 

 ※魔界沸騎士長・召喚術※

 ※光魔ルシヴァルの<血魔力>と融合したプレインハニーを取り込んだアニメイテッド・ボーンズと融合を果たした沸騎士たちは、魔界黒沸騎士長ゼメタスと魔界赤沸騎士長アドモスに進化を果たした※

 ※魔界のグルガンヌの東南地方に帰還した魔界黒沸騎士長ゼメタスと魔界赤沸騎士長アドモスは、グルガンヌの滝壺に移動し、魔界騎士クラスとなった能力を誇示するように、自らの頬骨と肋骨の黒獄アニメイテッド・ボーンズと赤獄アニメイテッド・ボーンズを外し、滝壺から拾っておいたゼガの魔コインと自らの頬骨と肋骨を滝壺に付けて、上等戦士誕生の儀式を行った※

 ※上等戦士ゼアガンヌを獲得※

 ※闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトの上部に小さい樹状突起のようなモノが出来上がる※


 と知らぬ間に部下を持っていたが、非常に面白い沸騎士たちの進化方法だな。

 

 上等戦士ゼアガンヌが誕生する瞬間を直に見たかった。

 

 あ、魔界では新しいスケルトン系の部下を増やせるかもしれない?

 相棒も、その上等戦士ゼアガンヌを見たら、頭蓋骨を肉球で撫でまくることだろう。

 

 その魔界セブドラに関するお楽しみは、一端置いておくか。


 少し沈黙が続いた。

 イゾルデは、俺をジッと見てから、


「魔族たちよりも、シュウヤ様だ。先ほども連鎖と語ったが、シュウヤ様は色々と神々と諸侯に対して柵があり、敵対している神もいると聞いた……だから色々と心配だ!」


 イゾルデは少し必死だ。

 魔界セブドラには仲が良いと言えるか微妙だが、通じている神々と……。

 

 敵対している闇神リヴォグラフの名は伝えてある。


 エンビヤも、


「そうですね。シュウヤは強いですが、魔界セブドラの神々と仲が良いようですから……それに魔界セブドラの地は未知数です」

「……先のことは分からない」

「そうだが、悪夢の女神ヴァーミナと通じている話には不安を覚えるぞ」

「選択肢は無限とだけ言っておこう。今は玄智の森のために動いているんだ。それで十分だろう」

「たしかに」

「はい! わたしたちを救いつつ、故郷を奪われた魔族たちのため、自らの血が流れることも厭わずすべての救済に向かうシュウヤは立派です!」


 エンビヤは泣きそうに瞳を揺らしつつも、誇らし気に語ってくれた。

 エンビヤの気持ちは嬉しい。


 本当はエンビヤだけを救えれば満足なんだ。

 とは言えないが、その感謝の想いを伝えるように、


「できることを行おうとしているまで」

「……格好良すぎだぜ」

「……はい。優しさと強さを併せもつ素敵な瞳です……心が自然と動いてしまう」

 

 クレハまで……。

 微妙に照れるから、


「そんなことより……黄金遊郭への潜入とその後の俺の行動を改めて告げておく。Bの計画だ」

「おう」

「「はい」」

「うむ」


 イゾルデの笑みを見てから、


「黄金遊郭に単独で潜入後、黄金遊郭の会合が罠だと分かったら、速攻で<無影歩>を使ったまま皆の下に戻り、黄金遊郭の中のできごとを説明。説明する暇もなく戦闘状態だったら、済まん」

「シュウヤの<無影歩>が見破られた時点で恐らく、わたしたちも敵と戦闘しているかもです。その場合は皆で協力して黄金遊郭の内外に潜む敵戦力の打倒ですね。お師匠様もその間に到着してくれたら、一緒に戦える」

「敵の殲滅なら我に任せろ!」


 イゾルデの語気はいつもの調子。


「打倒の仕方だが、黄金遊郭の外の伏兵を皆で倒してもらうとして、わざと騒ぐような感じで敵を派手に倒してもらう。そうすれば黄金遊郭の中の伏兵が、外へ飛び出ていくはず。最終的に罠を仕掛けてきた大本の存在が、黄金遊郭の中で姿を現したら、俺が倒す。で、俺がそいつを発見できないまま、大本が外へと飛び出てきたら、皆で協力して倒してくれ。大本が現れず、陰から逃げようとしたら……俺が追跡して仕留めよう。そして、もう一つの推測は、交渉途中で、いきなり襲撃を受けての室内戦の展開だが……」

「乱戦は必死」

「大半は俺が倒す。が、そんなことは言っていられない状況か。ま、皆の健闘を祈る」

「……はい」

「それこそ、我を盾に使えば良い」

「ありがとう。その際はイゾルデを頼ります。勿論、シュウヤが一番ですが」

「了解、頼りにしている」

「室内戦以外となっても、イゾルデはアラも守ってやってくれよ?」

「分かっている!」

「イゾルデ様、ありがとうございます」


 アラはイゾルデに対してお辞儀。イゾルデは頷いた。

 俺もできる限りはアラを見るが、サシでアラと戦った印象だと……。

 アラは接近戦もこなせるはずだ。


「そして、もし、作戦中のホウシン師匠と会ったら、敵の大本がホウシン師匠を狙う可能性も出てくる」

「隠れた敵の大本とは、アドオミのような魔族でしょうか」

「まだ不明。ヒタゾウことウサタカと予測するが、まだ不透明すぎる」

「……そうですね」


 ウサタカを知る、戦った者たちは表情が青ざめた。

 すると、クレハが、


「もし、ウサタカことヒタゾウが黄金遊郭に隠れていた場合、武王院側のわたしたちでも十分な囮になります。ゲンショウ師叔と会合することなく、戦いとなる可能性が高い」

「あぁ、食いついてくるだろう」

「更に、そのヒタゾウも元々魔界王子ライランの眷属アドオミの影響下で、洗脳から解放されている場合もある。その場合、第二のアドオミのような存在がいる可能性も考えておこう」

「あ……」

「その可能性もあったか」

「はい……わたしたちを攻撃したウサタカ……」

「そのウサタカだが、力を得る代償として魔界王子ライランへの忠誠を自ら誓っていた場合は……アドオミを経由した洗脳とは大きく異なると思う」


 そう発言すると、皆、沈黙。

 ゆっくりと頷いていた。


「「「「……」」」」


 最後の俺の発言はあくまで予想の一つだったが……皆の反応を見るに、ウサタカことヒタゾウの動機に最も合う推測だということだろう。


 そのことを考えつつ、

 

「白王院側が急に料理を振る舞うのも怪しい。毒とかを考えてしまう」

「たしかに妙な話です」


 頷きつつ少し歩いて、黄金遊郭を見やる。

 今見えている黄金遊郭は横側だと思うが……。


 全体的な構造は神社仏閣と似た作りかな。

 吉原江戸後期か明治時代の建築様式も加わるか、ま、玄智の森の文化財だ。

 皆に視線を戻し、


「……では、ゆっくりと黄金遊郭の正面に向けて近付こう。隠れた敵が反応しそうな辺りまで進む」

「了解」

「はい」

「あ、あの、黒呪咒剣仙譜は……」

「……シュウヤはまだ読んでないような」

「今はクレハが持っておけばいいさ」

「やった。ふふ」


 ――掌握察で隠れている連中との距離を計りながら黄金遊郭の正面に回った。

 黄金遊郭は三階建て、シンプルな向拝柱だが、三階と屋根が豪華だ。


 ベンガラ塗りの木材と瓦もある。

 そして、三階の軒と柱の殆どが黄金と銀と青銅か。


 黄金遊郭の名にふさわしい。

 棟の木口を隠す装飾が猪目懸魚いののめけぎょで龍を表している。


 どれもこれも魔力を発していた。

 結界的な魔力の膜がチラホラと宙空に伸びている。


 拝み打ちの仙剣者の造形も良い出来映え。

 が、一番は、中心の竜と龍に四神の造形か。

 下には、仙剣者と仙槍者たちの一部が、上の中心の竜と龍と四神を拝んでいる。


 非常に芸術性が高い。


 それらの竜と龍と四神の能力を使って鬼魔人と仙妖魔と戦っている仙剣者と仙槍者の造形も施されていた。その三階には黄金と銀と青銅の獅子と獏の頭部を模したような雨樋もある。


 それも魔力が濃厚。分銅のような化粧くさりが地面に垂れていた。

 これまた強い魔力だ……乗り込んだ際……。

 獅子と獏の頭部の雨樋と分銅を調べるべきか。


 怪しい分銅、陰陽太極図的でもある。

 金銀の塊の秤や重りなどを鋳造しているんだろうか。

 豪華だから死角と足場が複数ある。屋根裏への出入り口もありそうだ。


 下の二階と一階はベンガラ塗りの木材が多い。

 これまた陰陽の意味がありそうな分銅窓が特徴的だ。


「侵入できそうな場所は複数ある」

 

 高欄の肘掛け窓枠の装飾も芸術性が高い。と、その窓に花魁が現れた。

 肘掛けに肘を乗せて、外を見やる花魁は美しい。

 キセルのような魔道具で魔煙草を吸っている?


「シュウヤ、遊女と遊ぶのは禁止です」

「分かってる」


 すると、イゾルデが鼻息を荒くして俺たちを追い越す。


「――生意気そうなおっぱいを持つ遊女が手を振っておる!! シュウヤ様には目の毒だから、罠と乗じて潰すか……」


 と危ないことを喋ってるがな。


「イゾルデ、そんな冗談にツッコミは入れないからな」

 

 その黄金遊郭にはまだ近づかない。

 掌握察で察知できる魔素が反応してきたからだ。


「それでは、そこの陰で<無影歩>を使う」

「夜陰に乗じての奇襲は任せた」


 イゾルデはもう戦う気マンマンか。

 そんなイゾルデと皆に笑顔を送りながら<無影歩>を実行――。


「消えた……」

「むむ、また<無影歩>の精度が上がったのか。魔力の痕跡を辛うじて……」


 皆の微かな声を聞きながら跳躍――。

 イゾルデは<無影歩>中の俺の跳躍機動を読んで上向いている。


 やはりイゾルデは凄すぎる。

 そんな強者中の強者のイゾルデが皆の傍にいるだけで、安心して自由に動けるから感謝だ。


 イゾルデに感謝しつつ黄金遊郭に近い建物の屋根に跳び移り――。  


 片膝を屋根につけ、片方の足は真横に伸ばしたスタイルで着地――。

 ――屈んだ姿勢、忍者的な気分だ。

 さあて、ステルス戦といこうか――。


 地面に付けている片膝を上げ、もう片方の足を引き、屋根を蹴って走りながら――。

 王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードを再度取り出した瞬間――。

 俺の斜め前に、突如水飛沫がパッと散る。

 その水飛沫が点に集約されて水を纏うように出現したのは、腰に注連縄を巻く子精霊デボンチッチだ。続けて不思議な鈴と水が合わさった音が、その子精霊デボンチッチから響く。

 王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードと、その子精霊デボンチッチから魔線は周囲に放出されていない。

 そのまま屋根の端から黄金遊郭の屋根へと跳躍――。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る