九百十七話 カソビの街

 光魔武龍イゾルデは、ゆったりと龍体の上部を動かした。

 皆が地面に下りたことを確認しているんだろう。

 すると、龍としての厳つい双眸が瞬きを繰り返した。白銀色の鱗と毛の色合いが時折雷属性を帯びるのか黄金色に見える。そして、龍としての厳つさはあるが、元は女性のイゾルデだとよく分かる。瞼はピンクとブラウンの美しく太い龍専用のリキッドアイライナーを塗ったような色合いだ。


 キューティクルが保たれた長い睫毛は立体的。

 瞳の光芒といい目頭から目尻までに龍としての独自の美しさがあった。


 そんな総じて龍としての神々しさと美しさを兼ね備えたイゾルデは一瞬で龍人と化した。

 胸を張り、皆に片手を向けてきた。


 和風と近未来感を併せ持つモノトーン衣装が似合う。


「なにを見ている!」

「あ、すみません」

「見蕩れてしまいました……」

「俺もだ……」

「神々しい白銀の龍から、美しい龍人への変身だからな……」


 ダンに続いて俺がそう褒めると、イゾルデはなんとも言えない笑みを浮かべていたが、調子に乗って武王龍槍を振るい、


「――うははは! シュウヤ様はもっと我を見ろ!」

「――見てるから。さ、カソビの街はそこだ。行こうか」

「「はい」」

「了解」

「――行こう!」

「おう――」


 イゾルデの武王龍槍の穂先に無名無礼の魔槍の穂先を合わせた。

 穂先と穂先の接触面から火花が散る。それが合図となったように俺とイゾルデは皆を追い掛けた。

 皆と合流したところで歩きに変えた。カソビの街の壁は木材の格子壁が多い。時折、鐘楼が乗ったような漆喰の壁があり、その壁の上部の出っ張りには灯りのような魔道具が吊るされてあった。格子壁と漆喰の壁の間には、細長い柵が並ぶところもある。

 壁模様から、カソビの街が持つ独特の文化を感じられた。

 ふと、柵を見て、相棒の姿を思い出した。

 黒猫ロロがいたら、柵の上に跳び乗って器用に走って遊びそう。

 ……黒猫ロロに会いたいな。

 相棒が楽しく遊ぶ姿を思い出しつつ、壁際から、カソビの街に続く街道を進む。

 カソビの街に近付くほど、壁の外にも、建物と街道を行き交う仙武人が増えてきた。


 草花が茂る風情のある路地に向かう仙武人。

 提灯を持ち歩く姿は江戸時代の人々を想像させる。そして、風情のある街並みと言えば、【塔烈中立都市セナアプア】の上界や下界にも同じような街並みがあった。


 【王都ファダイク】の近郊にもあったなぁ。

 まだ見たことがないが、【シジマ街】や群島諸国サザナミも同じような街のはず。


 仙武人は和風の衣装が多い。

 着物を着た美人さんを一瞬見たが、直ぐにエンビヤたちに視線を向け直す。

 クレハ、イゾルデも美人さんだ。


 だから、あまり注意は外に向かない。

 そんなカソビの街の外だと思う、壁際の街道を行き交う仙武人の中には、時折アラを見る方がいた。


 カソビの街には魔族が多かったから当然の反応か。


 すると、カソビの街の大きな門の扉が見えた。

 和風の寺の正門を思わせる門は開いた状態だ。幅は数百メートルはあるか。

 そのカソビの街の大きな門を出入りする仙武人たちは多い。

 魔獣に乗る仙武人たちの背後から門を潜りカソビの街に入った。

 入った直後、掌握察で察知可能な魔素に少し違和感を覚える。


 右肩の竜頭金属甲ハルホンクも少し動いた。

 いつもの『ングゥゥィィ』は言わないが……周囲を見つつ、


「ここがカソビの街か……初めてだが、どこか懐かしい雰囲気だ。露店もあるし、焼き団子も売られている」


 駄菓子屋もある。

 エルザとアリスと楽しんだ和風と洋風がミックスされたような店を思い出した。

 古代狼族の巨乳さんが店員さんだったな。


「焼き団子は、前にお握りを作った時にも言っていましたね」

「おう」

「買いますか?」


 美女たちとのお茶と団子を楽しむデートも良いが、今は、


「いや、黄金遊郭を目指そう。急ごうか」

「はい。そして、ダンパンの手合いの者が見当たりません」

「ここで活動していた頃は、ダンパンの勢力が多かった?」

「はい、愚連隊のような存在でした。しかし、幻鳳魔流の槍使いキヨマサと鬼魔人アオモギの部隊を破ったので、ダンパンの勢力も数を減らしたようですね」

「だろうな、キヨマサは強かった」

「にしても、急ぎで黄金遊郭か。ハジメ師匠がいる屋敷に近い墨画伯通りと山雅偽風広場を案内したかったが……」


 ダンの言葉に頷いた。


「俺も風獣仙千面筆流は凄く学びたい。が、玄智の森を神界セウロスに戻すのに近づける目的ができた以上は余計なことはしない」

「ふっ、お前らしい」

「ふふ」

「では、黄金遊郭にムカつくゲンショウ師叔とやらが先にいたら、交渉をさっさと始めて、白炎鏡の欠片をぶんどるのだな」


 怒っているイゾルデがそう聞いてくる。


「ぶんどるか。まぁ、最終的に白炎鏡の欠片は獲得予定だから、それで正解だな」

「うむ! 我は、シュウヤ様の足を引っ張る白王院が気に食わぬ!」


 気持ちは分かる。

 が、頷くだけにした。


 エンビヤが、


「ホウシン師匠も準備を兼ねて数刻は掛かるかと。しかし、シュウヤ、少し懸念がありそうな顔つきですね」

「あぁ、ある」


 エンビヤの瞳を見ながら頷いた。

 顔に出ていたか。クレハも俺を見て、


「ノラキ師兄との念話の内容はあまり聞いていなかったですが、白王院と武王院の会合について何か気になることがあったのですね?」


 クレハの言葉に頷いた。

 ダンは、


「懸念、やはりそうだろう。この状況下で会合を行うこと自体がな」

「その通り。いつものゲンショウ師叔のやり口ではないらしい」


 ダンの表情もイライラしていると分かる。

 元々、白王院嫌いのダンだからな。


「鬼魔人傷場が塞がるチャンス時に交渉しようとしてくる師叔とか、本当に学院長なのか考えてしまう。白王院の連中は魔族かよ……」

「ゲンショウ師叔の気紛れ、単なるホウシン師匠に対するやっかみなら、まだ救いがあるが……」

「あぁ」

「そうですね。ゲンショウ師叔は神界セウロスに戻りたくないのかと考えてしまいます」

「迅速に秘宝を二つ集めたシュウヤ。この事は神懸かっている。ですから玄智の森のため、白炎鏡の欠片をシュウヤに差し出すのが普通」


 クレハの言葉に皆が頷く。


「クレハの言葉はノラキ師兄の意見と同じだ」

「俺もだ、というか、皆か。この会合自体がオカシイことは明白」

「だからこそ黄金遊郭に向かうことを急いでいたのか」


 イゾルデの言葉に頷いた。


「ノラキ師兄との念話はそんな内容だったんだ。俺は魔族が関わっていると予想したが……魔界王子ライランの眷属アドオミは死んだ。洗脳が解けた魔族がわざわざ仙武人に絡むのはオカシイ。ましてやゲンショウ師叔は強者と聞いているから、魔族に負けることも想像ができない……」


 一瞬、ウサタカことヒタゾウの名を発したくなったが、エンビヤの表情を見て躊躇した。ダンは、


「たしかに……そして、納得した。会合は罠だろう」

「罠……」


 隣にいるアラは少し怯えていた。

 クレハ、エンビヤ、イゾルデは頷く。


「断定は早いが、多分罠だ。罠を潰せる機会があったら潰し、交渉となったら俺に任せてくれ。皆はフォローを頼む」

「了解した」

「ゲンショウ師叔やホウシン師匠たちが来るまでに黄金遊郭の内部を調べておきましょう。既にゲンショウ師叔たち白王院側が罠を張っていたら……」

「当然、シュウヤが語ったように白王院側を潰す」

「ダン、あくまでも白炎鏡の欠片の奪取が最優先事項だぞ」

「……最悪を想定しての話だ」


 ダンも暴れたいとは思うが、そこはホウシン師匠の顔を立ててもらおうか。

 が、新参で八部衆に入りたての俺なら、武王院を離脱した悪者となって、ゲンショウ師叔やウサタカことヒタゾウと戦えるだろう。


「白王院側との交渉が決裂した場合、俺が責任を持って白炎鏡の欠片を奪うつもりだ。奪えたら、すべてを俺のせいにして、武王院は俺と関係ないと白を突き通せ。俺は光魔ルシヴァルとして魔界セブドラを選んだとでも言えばいいさ」

「……シュウヤ……」

「そこまで考えていたのか」

「当然だ。神界セウロスの仙鼬籬せんゆりの森に玄智の森が戻っても、各仙境の諍いが続くようでは、本末転倒」

「たしかに……」

「わたしは……でも、それではシュウヤが……」


 クレハはそう言いよどむ。エンビヤは、


「白を切ることはしません。武王院を辞めてでも、シュウヤに協力します」

「……我もだ。シュウヤ様は悪ではない。魔界の者たちが導きし者と呼んでいるが、玄智の森を救う者がシュウヤ様だ。正義に生きる我の宗主様がシュウヤ様である!」

「ありがとう、イゾルデ。が、気持ちだけで十分。そして、エンビヤ、ホウシン師匠が悲しむことは止めるべきだ」

「……それは……」

「道理に適った行動だと分かってくれるな?」

「……分かりません」


 皆、驚いてエンビヤを見る。

 聡明な女性のエンビヤは瞳が揺れている。


 わざと分からないと言ったか。


 が、この話は、あくまでも白王院側と争うことになったらの話。


「白王院側と上手く交渉ができれば戦いはないはずだ。だからエンビヤ、そんな顔はするな」

「……はい」


 ダンは、


「そう考えると、慎重に動きつつ罠を探るしかない」

「おう」

「皆、ホウシン師匠たちが来たら説明を頼む」

「罠があることはソウカンとモコも察しているとは思うが」

「ホウシン師匠も罠だと考えているのでしょうか」

「どうだろう。相手はホウシン師匠の弟弟子だ。その柵は結構根深いのかもしれない」

「……それは、はい」

「あるだろ。俺も親戚が白王院だ。能力や出自で差別するクソ野郎……」


 神界セウロス側は魔界セブドラを嫌う傾向にあるから、仕方がないとはいえ……選民思想と優越感とナショナリズムを重ねたクソ連中を、白王院の連中に重ねてしまう。


 ま、それならそれで、敵として認識するまでだ。


 通りを進む。

 やはり、掌握察で察知する魔素とは違う何かの魔力をエンビヤたちが案内してくれている方角から感じ取る。

 魔力を内包した石灯籠が増えると、蔵造りの町並みに変化した。

 魔力を内包した石灯籠は神界セウロスの神々の力を内包していたりする? 

 神界が苦手なハルホンクの衣装が少し撓むと同時に、俺と融合した四神が――。


『グォォ』

『ガルゥゥ……』

『ガォォ』

『グォォォォ』


 と、反応を寄越してくる。

 四神柱のような貴重な遺跡がこのカソビの街にある?

 王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードの神遺物の書物を用意すべきか。

 

 そう考えつつ、竜頭金属甲ハルホンクを意識してポケットに手を突っ込む。

 ポケットから王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードを出しながら歩いた。

 と、視界に米俵が積まれた倉庫と米商店が。更に、店の前で、台に載ったお握りを売る和風美人の売り子さんがいた。商品のお握りの具材は様々か。台の横には、濛々と湯気が立ち昇っている釜と蒸篭がある。おかずっぽい野菜や魚料理などの豊富な料理も売られている。

 料理も美味しそうだが、炊きたてのごはんだ……。

 ――ごはん、ごはん~。いかん。思わず左右の足を交互に斜め前に動かしながら、ごはん、ごはん、と踊ってしまった。

 ――背後を見ると、イゾルデとエンビヤ以外は、目をそらしてきた。ぐっ……ボケるようなツッコミを入れようとか考えるが、酒の匂いに釣られて、ボケツッコミの案はすぐに散る。

 気を取り直して、酒屋や酒場に視線を向けた――。

 美味しいお酒も楽しみたい。しかし、既に大豊御酒を味わっている。

 目的を優先だ。今は我慢しよう、寄り道はしない。


「シュウヤ、こっちです」

「了解」


 数分、素敵なエンビヤを鑑賞。

 そうして人通りが激しい大通りを進むと、ダンが通りの一角を指す。

 黄金色か……。


「見ての通り、あそこが黄金遊郭だ。見張りは宿の手合いの者だと思うが……」

「あそこか……」

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