九百十話 鬼魔人傷場の戦場で一暴れ

 

 前方の林の先に鬼魔砦と戦場が見える。

 その鬼魔砦から魔力を有した土煙が濛々と漂っていた。稲妻か魔力の波動のようなモノが土煙を貫いては青空の雲を突き抜けて、空に雲の環を作り出していた。


 あの煙や稲妻か魔力の波動は鬼魔人傷場が近い側の戦場からだろう。イゾルデが龍体化したのかな?

 魔力を消費した感がある。

 息を呑む背後のカップアン。

 独鈷コユリの呼吸は崩れていない。


「激戦に慣れているだろうコユリは大丈夫として、カップアン、空から鬼魔砦に向かうつもりだが、飛翔は可能なのか?」


 そう聞きながら<闘気玄装>を強める。

 <水月血闘法>も発動――。

 すると、横で見ていた独鈷コユリが、


「その闘法スキルは私と戦った時にも使っていた<血魔力>の霊気闘法系統だな?」

「そうだ。<水月血闘法>は光魔ルシヴァル独自の<闘気霊装>でもある。<脳魔脊髄革命>を大本に<魔雄ノ飛動>と魔技三種、<超脳・朧水月>、<水神の呼び声>、<月狼ノ刻印者>などのスキルが必須で、神々が祝福する場での修練が必要だった」

「……」

「……」


 独鈷コユリとカップアンは驚く。


「……シュウヤ様はいったい何者……」


 そう呟くカップアンは体内魔力を操作――。

 独鈷コユリは、


「<魔雄ノ飛動>は武術系全般を上昇させる恒久スキルかスキルと推測する。魔技三種とは<魔闘術>、<導魔術>、<仙魔術>だね。すべてが高い熟練度と分かる。そして、あの時だ。私に対して使用した魔力の……歪な形の、魔力の手か? あれは、<導魔術>系統のスキルだろう?」

「そうだ」


 <導想魔手>を発動。


 独鈷コユリは頷いた。

 カップアンは<導想魔手>の存在に目を見開いた。

 <導想魔手>で、グー、チョキ、パーを作ってから笑顔を送る。

 カップアンはハテナ顔を作りつつも、体外に魔力を放出しては、直ぐにその魔力を体内に戻す。


 魔力を整えているカップアンは俺を見て、


「神々が祝福する場での修練とは……玄智山の武王院のことでしょうか」


 頷いて、<導想魔手>を消した。

 そして、


「玄智山もそうだろう。しかし、俺の<水月血闘法>を獲得したのは惑星セラのネーブ村という名の秘境だ。玄智の森がある宇宙次元とは異なる」

「なんだい、その、うちゅうじげんとは」

「……」

「説明が難しい。で、カップアン、<闘気玄装>で空中を進めるのか?」

「個人では背の高い樹がないので無理ですが、個々の<闘気玄装>を用いた小隊の武仙闘法なら可能でした」

「小隊規模で行う集団戦闘方法か」

「はい」


 そう武仙砦の小隊戦闘を語るカップアンの戦闘着が渋い。

 デニム生地と似た武仙砦用の軍服。勿論、デニムに見えるだけで素材は異なる。胸と肩に隊章のマークが刺繍されてあった。

 スカートには黒と白の斜めの細い線のスリットが入っていてアクセントとなっていた。


 その軍服の表面に魔力が張られる。

 カップアンは<闘気玄装>のような魔力を強めた。


 すると、独鈷コユリが、


「わたしの<魔遊雲海>でカップアンを運ぶさ」


 独鈷コユリの足下から霧の魔力が噴出し、その霧の魔力がカップアンの体にも付着した。

 独鈷コユリは、そのカップアンに手を伸ばす。カップアンは笑顔で頷き、コユリの手を握ると「お願いします、コユリ様」と言いながら体を寄せた。


「ふふ、前を思い出すね」

「あ、はい。あの時……」


 コユリがカップアンを救った時かな。


「鬼魔砦に行こうか」

「「はい」」


 駆けながら先に前方斜めに跳躍。

 一気に林を抜けた。

 雲間から差す陽が眩しい。 

 足下に<導想魔手>を生成。

 それを蹴って高々と跳ぶ。

 空から鬼魔砦に直進だ――。


 念のため地上からの攻撃に備えた。

 背後から付いてくる独鈷コユリとカップアンの位置を把握しつつ<導想魔手>を蹴って空を跳び続けた。


 鬼魔砦が見えた――。

 鬼魔砦の前の地表には――。

 長細い塹壕が幾つも重なるように並ぶ。


 鬼魔人傷場側には塹壕はなかった。


 まぁ、当然か。


 鬼魔砦に駐留していた魔族たちは、鬼魔人傷場から出現する魔族たちと戦うことを想定していない。


 鬼魔砦側からしたら一番防御を厚くするべき方角が、俺たちのいる武仙砦の方角だ。


 塹壕には馬防柵もある。

 塹壕に沿う馬防柵があれば騎兵突撃や破城槌の攻撃を防げるだろう。


 塹壕と塹壕を結ぶような要所の高台には魔力を宿した高楼こうろうやぐらがあった。


 魔力を有した櫓から宙空へ魔力のカーテンのような防御層が展開されている。


 扇状で百八十度位はあるか。


 あのバリア的な防御層があれば、櫓以外にも塹壕を守ることもできる。


 火球などの遠距離攻撃は防げそうだ。


 鬼魔砦へ向かうには難所ばかりに見える。


 武仙砦の仙武人たちは、この難所の塹壕を越えて鬼魔砦を落としたこともあると聞いた。


 やはり、武仙砦の仙剣者と仙槍者は強者の隊なんだと改めて認識。


 そんな防御が厚い武仙砦側を攻める魔界王子ライランの勢力はいない。

 そのまま分厚い防御陣の真上を飛翔し続けた。

 魔力のカーテンからヘルメの<精霊珠想>のような攻撃が飛来してくるか? と警戒したが杞憂。


 大丈夫そうだ。


 櫓の鬼魔人と仙妖魔の射手は魔矢を番えているが、飛翔する俺たちに魔矢は射出してこない。


 魔将オオクワと副官ディエの指示は行き届いている。

 戦場での密な連絡は重要だからな。

 司令室に駆け込んできた伝令兵の仕事ぶりは確かだった。


 魔力のカーテンに穴が空いた、そこを通り抜けて空から鬼魔砦の矢狭間の真上にある通りに着地――やや遅れて独鈷コユリとカップアンも着地した。


 イゾルデの魔素と血の匂いを鬼魔砦の外に察知。

 俺たちが戻ってきた側とは正反対の位置か。外だな。


 この辺りはイゾルデが俺の眷属だと認識できる点だ。

 独鈷コユリとカップアンと視線を交えながら、


「司令室まで案内しようか」


 と発言。


「了解」

「は、はい!」


 カップアンは焦って得物の槍を構えている。


「はは、安心しろ。櫓からの攻撃もなかっただろう」

「あ、はい。私たちが砦を攻める際とは、まったく異なる光景でした。スカートの下から感じる空気感も違う印象で怖かった」

「だろうな。今までは遠距離攻撃の嵐か」

「はい……」


 すぐに鬼魔人の兵士たちが寄ってくる。


「――何者だ! あ、シュウヤ様、これは失礼を!」

「ラブロー、氣魔防塔が空いたのはディエ様の指示だ」


 兵士の一人が俺に挨拶してきた兵士に注意していた。


「あ、そうだったか」

「シュウヤ様、お帰りなさいませ!」

「おう。もうオオクワたちから指示が伝達されたか」

「「はい」」

「イゾルデ、エンビヤ、クレハ、ダンは司令官室か?」


 と兵士に聞いた。

 その兵士は、


「はい、あ、イゾルデ殿は単身で、凱歌の門の上から飛び立ち、戦場に出るやガガ部隊のリーダー格を得物で両断。そのまま突撃を敢行し、魔肉ガガと魔肉巨人ドポキンアの部隊の一部を撃破。現在も魔肉連隊を倒し続けておられます!」

「「「おぉ」」」


 俺を含めて、皆で歓声を上げた。

 俺も行くか。


「さすがはイゾルデだ。で、君の名はなんと言う?」


 俺の質問に驚いた鬼魔人兵士。


「は、は? わ、私でありますか!」

「そうだよ、鬼魔人の兵士さん」

「あ、はい! カトグサです!」

「では、カトグサ、俺の背後にいる独鈷コユリとカップアンの二人を司令室まで案内しろ」

「は、はい! では、コユリ殿とカップアン殿、こちらです!」


 気合いの漲るカトグサ。

 カップアンは直ぐに頷いて、


「はい」

「了解したが……」


 独鈷コユリは直ぐにでも戦場に出たいような面だ。


 そんな二人に向けて、


「最初は、魔将オオクワの指示に従う方針で頼む。独鈷コユリは強いから個人でも大丈夫だと思うが、鬼魔人と仙妖魔の部隊などの役回りをオオクワやディエから聞いておいて損はない。それとエンビヤは俺と同じ八部衆。クレハとダンは武王院の精鋭だ。その三人から、俺たちの作戦の概要など、今までの流れを聞けるだろう」


 独鈷コユリは頷いて微笑むと、


「了解したさ、首魁、否、光魔ルシヴァルの総帥様?」


 そう発言。

 胸元の鬼魔砦統帥権の鬼闘印を視線で衝いてくる。


「はは、総帥か」


 慣れないし、なんかこそばゆい。

 が、ここでは立場上仕方ない。


 少しの間だけ、我慢しようか。


「「総帥、シュウヤ様!」」

「「鬼魔砦の新しい主!」」

「シュウヤ様――」

「シュウヤ様が戻られたぞおお」

「おおおお、偉大な導きし者!」

「導きし者シュウヤ様だぁぁぁぁ」

「きゃぁぁぁぁ」

「シュウヤ様ァァ」

「イゾルデ様は凄い活躍です!」

「我らのシュウヤ様ァァ」


 と、他の鬼魔人兵士たちに、鬼魔・幻腕隊ガマジハルの者たちも姿を見せた。

 鬼魔ノ伝送札での移動も成功したか。


 皆の期待は分かる。

 その期待に応えようか。


「ヘイバトとガマジハルはオオクワの元かな?」

「はい! エンビヤ様たちも一緒です。作戦会議中のはず」

「分かった」


 鬼魔人と仙妖魔たちを見てから、独鈷コユリとカップアンをチラッと見る。

 『謀(ぼう)の道は、周密(しゅうみつ)を宝とす』が基本だが、ここは、陽の総帥の気構えと素直な心で、皆に応えようか。


「皆、アドオミを討った俺を戦友として信じろ。更に隣で戦う仲間を信じろ! そして、この戦いに勝利すれば魔界セブドラに戻れると俺が保証しよう。だから俺と共に魔界王子ライランの勢力を打倒しようか!」

「「「はい」」」

「いい気概だ。この戦いが、お前たちの勲章となるだろう」

「「「はい!!」」」


 独鈷コユリとカップアンを見て、


「では、イゾルデに合流する。またな」

「ご武運を! シュウヤ様」

「承知した。敵側には悪夢を! そして、強者のシュウヤ様に武運長久を!」


 敵側に悪夢か。

 あながち間違いではない。

 と首筋を触る。

 <夢闇祝>に反応はない。あ、傷はないんだった。

 鏡がないから分かりにくいが……。

 が、<夢闇祝>がなくとも、悪夢の女神ヴァーミナ様はかなりの力を有している。だから鬼魔人傷場から魔界セブドラの悪夢の女神ヴァーミナ様の領域が近いなら、なんらかの接触はありえるかと思うが……。


 ま、気にしてもな。


「おう!」


 通路を駆けた。

 軽快に急斜面の階段を上がる。

 最上階の広いテラスに出た。

 城壁の凸凹に、日本の城にあるような石落としとパヴィスのような据え置きの盾を利用している射手と投石を行う鬼魔人と仙妖魔たちがいた。


 布の畚を用いている鬼魔人と仙妖魔が多いから印字打ち部隊か。


 その様子を見ながら――。

 石畳のテラスを走る。

 戦場の奥、鬼魔人傷場がよく見えた。


 赤色、紫色、黒色の魔力の霧が立ちこめて、無数の稲妻のような魔線が至る所を走っている。


 恐怖を覚えるが、独鈷コユリの話だと、あっさりと越えられるようだな。


 そして、攻城塔のような存在がある。あれは新手か。


 魔界王子ライランが雇った軍団かな。近くに魔界騎士のような将軍がいるかもしれない。


 そう思考しつつ――。

 外殻塔に渡れる板の橋を走る。


 ――さぁて、鬼魔人傷場で暴れようか!

 端から一気に戦場に向けて跳んだ。

 素早く足下に<導想魔手>を生成。


 斜め下の戦場からの威圧のような戦場音が体を貫いてくる――。


 足下の<導想魔手>を蹴っては――プレッシャーを感じた戦場を空から把握した。


 直ぐにイゾルデを視認。


 巨大な一物を持つ魔肉巨人ドポキンアの死体が四方八方に散らばっている。


 その近くの戦場を駆けるイゾルデは龍人だ。血飛沫をあまり浴びていない姿は凄まじい。


 武王龍槍を振るって、達磨のような造形の戦列歩兵を倒しまくっている。


 イゾルデの目的を直ぐに把握。

 鬼魔人傷場の近くにある攻城塔のような存在に突進中。

 新手の攻城塔を主体にした魔族部隊だろう。


 そして、そんなイゾルデの後方が凄まじい。龍体が通った跡があった。


 鬼魔砦の一部と馬の頭蓋モンスターたちを押し潰した跡。


 やり方が派手だ。


 鬼魔砦にも被害が出ているが、被害部分は破城槌の攻撃を受けていた部分でもあるのか。


 そこで召喚した無名無礼の魔槍を握る右手の力を強めた。


 前方を駆けるイゾルデに近付いた。

 イゾルデは戦いに夢中で、まだ俺に気付いていないか?


 <血道第三・開門>――。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動。


 続けて――。

 ――<経脈自在>。

 ――<魔闘術の仙極>。

 ――<仙魔・暈繝飛動うんげんひどう>を発動。


 ――<仙魔術・水黄綬の心得>。

 ――<仙魔奇道の心得>も意識しつつ発動。


 そして、イゾルデの後方の四方に残る魔肉巨人ドポキンアたちに向けて<仙玄樹・紅霞月>を繰り出した。


 周囲に展開していた霧の魔力から無数の三日月状の液体と樹の魔刃が飛び出ていく。


 その短い間に――。

 ――<滔天内丹術>。

 ――<四神相応>。

 ――<青龍ノ纏>。


 を発動。

 心、体内にいるだろう青龍の一部が『ギュォォォ』と思念を寄越す。


 そのまま、その滾る想いを腕に集結させて<青龍蒼雷腕>を発動。


 宙空からイゾルデの斜め後方の近い側にいる魔肉巨人ドポキンアの一匹に近付いた。


 その魔肉巨人ドポキンアは俺に気付き見上げてくる。


 気色悪い頭部だが、人族の頭部に近い。


「グアァァ!?」


 と声を発したが遅い――。

 魔肉巨人ドポキンアの頭部に向けて――<青龍雷赫穿>を繰り出した。


 無名無礼の魔槍から――。

 プロミネンスのような墨色の炎が迸るが、その穂先から複数の蒼く赫く龍の魔力が墨色の炎を内側から飲み込むように迸っていく。


 その蒼い龍が迸る穂先が魔肉巨人ドポキンアの頭部を穿つ。

 そのまま蒼炎の龍が魔肉巨人ドポキンアの上半身を喰らうように溶かしつつ、一気に下腹部までを蒸発させた。


 のこりの両足は傾いたところで蒼炎に包まれて塵となって消える。


 重低音が轟く。

 衝撃波のような風が体を突き抜けた。周囲の魔肉巨人ドポキンアだった肉塊が倒れゆく無数の重低音だ。


 <仙玄樹・紅霞月>を体中に喰らった魔肉巨人ドポキンアの肉塊が地面に落ちていく音と衝撃波だった。


 敵が大きすぎる故の結果か。

 すると、前方で戦っていたイゾルデが気づいて向かってくる。


「――シュウヤ様!」

「おう」

「戻ったのだな! かなりの敵を倒したぞ!」

「分かっている。が、新手と……あの前方の巨大な鹿モンスターは前にも見たな」

「あいつか。狩魔の王ボーフーンの眷属かは分からぬが、魔界騎士かも知れぬ……動きが速い」

「攻城塔を主体とした魔族たちもいるな」

「うむ」

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