九百六話 食いしん坊なハルホンクと鬼魔砦統帥権の鬼闘印

「二人とも立ってくれ」

「「はい」」


 立ち上がったオオクワとディエ。

 二人に帰り用の鬼魔ノ伝送札を見せつつ、


「俺が持つ鬼魔ノ伝送札は、この通り、十数枚しかない」

「こちらには数百枚あります。ディエ、箱ごと差し上げるのだ」

「ハッ、少々お待ちを――」


 副官ディエは丁寧に御辞儀をしてから踵を返し、壁際の戸棚に向かう。

 戸棚は鋼製で鍵付きの特殊な戸棚だった。腰の袋から長細い鍵を出したディエは、鍵穴にその鍵を挿し込み、鍵を右に数回、左に数回ゆっくりと回した。その直後、戸棚からカチャッと音が響く。そして小さい扉を開けて箱を取り出していた。そのディエの仕種が魅力的。

 あまりジロジロと見るのもアレだからオオクワに視線を向け直す。


「鬼羅仙洞窟の前に集まっている鬼魔人と仙妖魔の数は、不明だが、数百枚あるなら、それなりの援軍になりそうだな」

「はい。鬼魔人傷場から押し寄せる魔界王子ライランの勢力の軍は多いですから、我らには意味のある援軍となります。砦の皆も喜ぶでしょう。そして、シュウヤ様に、この鬼魔砦統帥権を持つことを示す〝鬼闘印〟を差し上げます」


 統帥権か。

 その鬼闘印には魔力が内包されている。コイン型の印籠にも似たバッジとしても使えるのか。


「ありがとう。これがあれば、玄智の森にいる鬼魔人と仙妖魔も俺の意見に従い易くなるだろう」

「はい、閣下。我らを導いてください」

「様の次は閣下か。様でいいよ」

「はい」


 魔将オオクワは嬉しそうだ。仲間、部下想いの将軍か。

 瞬時に鬼闘印を、


「ハルホンク、喰え」


 とハルホンクに喰わせる。


「ングゥゥィィ! ウマカッチャン、ゾォイ!」


 鬼魔砦統帥権を持つことを示す鬼闘印をハルホンクが吸い込んだ。


「おぉ~」

「え?」


 ディエがオオクワの驚く声とハルホンクの声に驚いたのか、振り向いていたが、


「ディエ、いいから箱を出すんだ」

「は、はい」


 オオクワに催促されていた。

 早速、鬼闘印を黒装束の胸元に出現させた。胸元の浮き彫りの鬼闘印は剥がせるのか、自然と離れて俺の掌に移動してきた。

 その鬼闘印をオオクワに見せるように掲げてから――。

 

 胸元の黒装束に鬼闘印の裏地を当て直すと、黒装束の表層と鬼闘印はくっついた。


 この鬼闘印は自由に取り外し可能。


「その肩の竜か龍の頭は防具でもあり、アイテムボックスを兼ねた魔道具でもあるのですね……」

「おう。便利だ」


 この鬼闘印は魔界セブドラでも有効活用できるか。

 元に戻った時、戦闘型デバイスの中に入っている魔皇シーフォの三日月魔石を一時的にハルホンクに喰わせるのもありか?

 しかし、魔界セブドラの【シーフォの祠】はいったいどこにあるのやら……。


 さて、オオクワにハルホンクや魔皇シーフォのことではなく……。

 

「鬼魔ノ伝送札は貴重な札と聞いていたが、そうでもない?」

「貴重です。<紙製魔師>のスキルを有した製錬魔師系の戦闘職業がないと複製は難しい」


 魔将オオクワを見た目で判断するわけではないが……。

 歴戦の魔界騎士のような出で立ちだ。

 さすがにスクロールを作製可能なスキルは持っていないか。

 人それぞれだとは思うが、製錬魔師系は希少なんだろう。


「自分を含めて、製錬魔師や紙燭魔師系統の戦闘職業を持つ存在と贋作系スキルを持つ存在は、この鬼魔砦には、たまたまいなかった。アドオミが単に優秀だったということでもありますが」


 魔将オオクワの発言に頷いた。

 そして、贋作と言えば城塞都市ヘカトレイルで【天凜の月】の仲間となった贋作屋〝ヒョアン〟を思い出した。

 

 そのヘカトレイルの光景を忘れるように、オオクワを凝視して、倒したアドオミの姿を思い浮かべつつ、


「……納得だ。アドオミはレアな戦闘職業を持っていたようだな。贋作系も色々とスキルはありそうだが」


 俺がそう言うとオオクワは頷く。

 オオクワは、


「はい。鬼魔人仙武人問わず、鬼魔ノ伝送札の複製、または贋作が可能な者が玄智の森にはいるかもしれないです」

「玄智の森は広い。いるだろうな、どこかに」

「はい」


 すると、副官ディエが鬼魔ノ伝送札入りの箱を抱えて持ってきた。魔将オオクワは、


「ディエ、その箱を机に」

「はい」


 指示通り、ディエは底の深い箱を机に置いた。箱の中には、大量の鬼魔ノ伝送札が入っていた。鬼魔ノ伝送札は薄いから、この深さだと、数百枚以上は入っている印象だ。

 

 ――竜頭金属甲ハルホンクを意識。

 防護服のポケットに腕を入れて、鬼魔ノ伝送札入りの箱を取り出し、机に置く。

 

 オオクワとディエは俺が出した箱を凝視。


「その箱のマークは鬼羅仙洞窟のものですね」

「そうだ。鬼羅仙洞窟に潜入した際に、宝物庫の中を一部物色した」

「アドオミたちは、玄智の森の植物や蟲を回収しては研究していました。更に、古い遺跡から神々の争った影響で出来たであろう人形や彫像に魔道具なども回収していたようです」


 俺が調べた宝物庫には、ムカデとヤスデが大量にいた。

 ……あれらの蟲を使った秘伝書、秘術書、奥義書もあったんだろうか。そのような書物はなかったが……人形は違うだろうし。


「……だから色々とあったのか」

「アドオミたちは薬草学にも詳しかった。そして<鬼羅仙錬成>なども使えたようです」

「へぇ、<鬼羅仙錬成>か。錬金術系の錬成や霊陣書を作るスキルかな」

「はい。仙境にも似たようなスキルがあることは知っています」


 頷いた。

 武王院の鳳書仙院に所属する院生たちは<仙火錬成>が得意と聞いている。


「んじゃ、ディエの箱に鬼魔ノ伝送札を移す」

「あ、手伝います」

「頼む」


 直ぐに皆で鬼魔ノ伝送札を底の深い箱へと移した。


「鬼羅仙洞窟の宝物庫で入手した箱はここに置いていくが、いいかな?」

「はい、構いません」


 頷いた。そして、竜頭金属甲ハルホンクのポケットを拡げることを意識した。

 その拡がったポケットは、大きなカンガルーの袋にも見える。その中に鬼魔ノ伝送札が数百枚入った底の深い箱を入れた。


 竜頭金属甲ハルホンクは何も言わない。


 先ほど発していたし、少しだけ『ングゥゥィィ』を発してくれるかなと期待したが、竜頭金属甲ハルホンクは魔将オオクワと副官ディエに遠慮しているのか?


 意外に人見知りの竜頭金属甲ハルホンク


 そう考えると可愛く思えてきた。


 そのことは言わず、


「鬼魔ノ伝送札のことを聞くが、アドオミは伝送陣の使用者を限定していた?」

「そうでしょう。仲間にも伝送陣の分析をされるのを嫌がっていた。憶測ですが、魔界王子ライランがアドオミだけにそうするように指示を飛ばしていたのかもしれません」

「へぇ、仲間にもか。洗脳がいずれ解かれる可能性も考慮していた?」

「ありえますね。玄智の森には神界セウロスの神々の力が残っている」

「あぁ。そして、その神界セウロス側の影響が濃厚な仙武人を弾く仕様の伝送陣だ。魔界王子ライランの加護や恩寵の特殊能力が伝送陣を製作するには必須とか、ありそうだ」

「そうですね。そして、時空属性は勿論、魔法使い、魔術師、大魔術師などの高度な魔法使い系の戦闘職業が求められるはず」

「正確には分かりませんが、たぶん、はい。アドオミは巨大神像なども扱えましたし、魔傀儡ホークと似たスキルの使用者でもあった。アドオミが優秀だからこそ、魔界王子ライランは直の眷属にしたのでしょう」


 魔傀儡ホークか。

 その魔界セブドラの諸侯の名は魔人ナロミヴァスから聞いたことがある。


「魔傀儡ホークの名は聞いたことがある」


 すると、魔将オオクワは右の眉尻を動かした。

 興味深そうな顔色だ。


 額と頭部に角が多く骨格もゴツい魔将オオクワ。

 デルハウトのようにかなり渋いおっさん鬼魔人だ。

 そんなオオクワの得物は幅広な魔剣か。

 大きな弓と矢束も壁に設置されてある。


 そのオオクワが、


「はい、魔傀儡ホークは知名度が高い」

「おう。過去に魔人ナロミヴァスって奴と戦ったんだが、そのナロミヴァスから聞いたことがあった」

「魔人……」

「悪夢の女神ヴァーミナ様の眷属だ。惑星セラにも魔界セブドラ側と繋がる傷場が無数にあるし、狭間ヴェイルの薄さを利用する魔法陣や魔神具に大量の生贄を使った魔界の神々との交渉方法はあるようだからな」

「地上と繋がる傷場は魔界セブドラの花と呼べる争いの大本ですから、知っています。地上側の悪夢の女神ヴァーミナの眷属を倒したのですね」

「倒した。で、オオクワは、その魔傀儡ホークと魔界セブドラで戦ったことが?」

「直にはありません」

「魔傀儡ホークのことを知っている範囲で教えてくれ」


 魔将オオクワは胸元に手を当て、


「ハッ。魔傀儡人形イーゾンを背負う魔人で、見た目は人族に近いようですが、多種多様な武器を器用に扱い、個人、集団問わずの戦上手。魔界大戦、神界側との戦いで結果を出し続けているようです」

「魔傀儡ホークはかなり強そうだ」

「「はい」」

「オオクワとディエは、魔界大戦や神界側との戦いを経験済みなのかな」


 そう聞くと、オオクワとディエは顔を見合わせて頷いた。


「魔界大戦と呼べるほどの大戦の経験はありませんが、傭兵魔公キルバンド様の配下で、多少なりともの経験はありました。が……魔界王子ライランの軍の前に傭兵魔公キルバンド様は負けた……」

「私は家族と〝陰蛾平原〟〝テベクの丘〟〝ラーラダイク高原〟の間を行き来しながら、秘剣ディエとなって様々なモンスターを狩る生活をしていましたが……魔界王子ライランの軍が〝陰蛾平原〟を通り掛かった際に家族ごと戦いに巻きこまれて捕らわれました」


 仙妖魔ディエ、秘剣ディエの秘話か。

 マルアと同じかな。

 デュラートの秘剣のような物語があるんだろう。


 ディエとオオクワは顔色が悪いが、アドオミについて、


「アドオミは巨大神像を動かしていた」

「……魔界王子ライランと似た巨大神像。動きが速く、対決した仙武人の猛者を一撃で潰していた光景は忘れられないです。そのアドオミを倒したシュウヤ様が如何に強いか……」


 ディエがそう語る。


 アドオミたちとの戦いを思い出す。

 あの巨大神像は素早い接近戦も可能だったのか。

 オオクワは、


「アドオミの巨大神像は魔界王子ライランに関係した秘宝アーティファクトの一つのはず。その巨大神像があったからこそ、我らの精神に影響を与えられていたんだと思います」


 魔将オオクワの発言に頷いた。

 美人な黒髪のディエを見てから、


「では、そろそろ鬼羅仙洞窟に戻るとして、ホウシン師匠や他の八部衆、玄智仙境会に鬼魔人を襲わないように伝えるが、徹底されることはないと考えておけ。差別する屑野郎はどこにでもいる。その差別を逆に利用して、善人の仙武人を狙う背乗りの鬼魔人もいるかもしれないが……ま、どちらにせよ、玄智の森にいるだろう鬼魔人と仙妖魔たちの立場は厳しくなるだろう」


 二人は頷いた。

 オオクワは、


「魔界王子ライランの支配から抜けて自由になっても仙武人に狩られるだけとなる」

「ですから、先ほども言いましたが、シュウヤ様が我らの鍵……」


 ディエの言葉に頷いた。鬼魔人側の全員が、その考えになるかは微妙だが。

 俺のように自由と女が好きな場合、仙武人に変装してカソビの街の黄金遊郭で遊んでいる可能性がある。そして、少し逸れるが、俺は鬼と縁があるということか?


 鬼神キサラメ骨装具・雷古鬼。

 セル・ヴァイパー専用の<鬼喰い>。

 <悪愚槍・鬼神肺把衝>。

 という装備とスキルがあるし、鬼と俺は相性が良いんだろうか。


 俺の知る地球の鬼子母神の逸話は……ま、俺は男だし、さすがに関係ないか。

 そんなことを考えてから、


「鬼魔ノ伝送札が足らない場合は、俺の眷属の光魔武龍イゾルデに乗ってもらう。急ぎで武仙砦を越えてくるから待っていてくれ」

「……はい」

「……分かりました」


 魔将オオクワと副官ディエは疑問を返さない。

 それぞれ考えることがあるとは思うが……。

 もう二人は、俺を上官として認めて、その作戦遂行能力を疑っていないのだろう。


 どんな手段を使うにしろ、武仙砦を越えるという言葉が重要だ。

 すると、背後から魔素の気配を察知――。


 半身の姿勢で背後の出入り口を見ると、兵士が二人現れた。

 二人とも黒仮面は被っていない。兵士の一人は、先ほど会話した兵士。

 名はレブアル。もう一人は仙妖魔の男性か。

 黒装束はボロボロで血塗れだ。

 レブアルは、その仙妖魔の兵士を肩で支えながら敬礼。

 そして、


「――カサメラ様が討ち死に! 左翼部隊が突破されました」


 と報告の声を上げた。


「え? カサメラ様を守る歩兵部隊とバンドアル魔獣戦車隊は?」

「副官ギンシアと右翼部隊が左翼の穴を埋めています。しかし、その右翼側も徐々に押され始めました」

「カサメラの部隊の生き残りか?」

「はい……」

「回復します――」


 ディエが片腕を伸ばす。

 ディエの片腕から肌色とオレンジ色の魔力が放出された。

 傷だらけの兵士は魔力を浴びて、一瞬仰け反った。

 が、傷は回復。

 

 ディエは、その兵士に丸薬を飲ませていた。

 

「傷は塞がりました」

「ディエ様、ありがとうございます」

「左翼が崩れた原因を知るならば、詳細を最初からお願いします」


 ディエの発言に兵士は、


「はい! 敵方の先鋒、魔肉巨人ドポキンアが率いる魔肉ガガの部隊に左翼が突破されたのです。その魔肉巨人ドポキンアは我らの集中攻撃でなんとか倒しましたが、魔肉巨人ドポキンアが爆発。その爆発の影響で、左翼の戦列が大きく崩れた。その穴を埋めるべくカサメラ様と近侍の数百名の一隊が前に出て直進し、魔肉ガガ部隊と魔肉巨人ドポキンアの部隊を撃破。しかし、その強力な突撃を見せたカサメラ様の一隊が逆に狙われてしまった。強力な魔矢か、魔法のような攻撃が急遽左側から飛来したのです。その強力な攻撃を受けたカサメラ様は、数十名の近侍ごと消えてしまった。強力な攻撃を放った存在は魔界騎士かもしれません。カサメラ様の残りの部隊は、魔肉巨人部隊と鹿戦魔獣ドンササの一隊に突撃を受けて瓦解。そのまま左翼は喰い破られて十番隊までが壊滅。鬼魔砦の防壁はがら空き状態となりました。その結果、敵は左側の鬼魔砦の防壁を崩そうと戦力を集中させてきたのです。鬼魔砦の射手部隊と投石部隊のお陰で防壁は保っていますが、今も巨大鹿戦魔獣の攻撃を左側の壁は受け続けている。ですから、左側の防壁が崩れたら……」

「なんてことだ……」

「……魔弾の射手のような異名を持つ存在がいたようですね」

「あぁ、魔界王子ライランの眷属の魔界騎士かもしれないな」



 左翼が押されている状況は先ほど少し戦場を見たから分かる。

 魔肉巨人ドポキンアは、きっと、一物が第三の足代わりの気色悪い敵の名だろう。


 一物から酸のような液体を出す巨人とか最悪だ。

 臭いもきつそうだった。

 あのような敵は今後も増えないことを水神アクレシス様に願おう――と、水神アクレシス様が俺の願いを聞いてくれたのか分からないが、天井から半透明の腰に注連縄を巻く子精霊デボンチッチがぬっと現れた。


 上半身は見せず。

 下半身だけとか。

 両足をバタバタと動かしている。

 気にしないようにしよう。


 皆、半透明の腰に注連縄を巻く子精霊デボンチッチに気付いていない。

 俺が出て、その左翼の敵側を倒しに動くのもありだが……鬼羅仙洞窟にいる仲間と鬼魔人と仙妖魔たちを、ここに集結させたほうが良いだろう。


「オオクワとディエ。鬼羅仙洞窟の連中を、ここに連れて戻るまで出撃は控えて撤退したほうがいい。そして、仲間をできるだけ回収してから籠城に徹しろ。俺たちが戻ったら魔界王子ライランの勢力への反撃を開始するんだ。その指揮は任せた」

「はい、お任せを!」

「分かりました」

「それじゃ、戦場で会おう――」

「「はい」」


 <血道第三・開門>――。

 <血液加速ブラッディアクセル>。


 <血魔力>を放出して迅速に司令官から出た。

 階段を飛ぶように下りる。


「あぁ――」


 踊り場付近にいた鬼魔人が吹き飛んでしまう――。


「すまんが、急ぐ」


 鬼魔人兵士に謝ってから走り出した。

 矢狭間から外の戦場は見ない。石部屋の伝送陣に入り、鬼魔ノ伝送札を三枚使用――。


 鬼羅仙洞窟に戻ってきた。

 伝送陣が設置されてある石部屋から飛ぶように出る。


 廊下を駆けて仲間たちの下に戻った。


「あ、シュウヤ!」

「お帰り」

「シュウヤ様、鬼魔人と仙妖魔の数が増えたぞ」

「シュウヤ様、鬼魔砦の仲間たちは!」


 ザンクワは泣きそうだ。

 気持ちは分かる。


「<無影歩>で忍び込んだが、必要なかった。皆生きていて洗脳は解けている! 魔将オオクワと副官ディエと会談したら、俺の部下になった」

「「「おぉ」」」

「ぶ、部下? あ、ノラキ師兄には連絡を?」

「いや、まだだ。長くなりそうだったこともあるが、鬼魔砦も危ないから戻ってきた」

「え!」

「危ない……」

「鬼魔人傷場から魔界王子ライランの軍隊が出現し、鬼魔砦に押し寄せている状況で、戦闘中だ。だから急遽、ここの外で集結中の鬼魔人と仙妖魔たちを、その鬼魔砦に移動させることになった。鬼魔ノ伝送札は数百枚もらっているが、イゾルデの力を借りるかもしれない」

「承知した」

「イゾルデ、鬼魔人と仙妖魔だが……」

「ふっ、シュウヤ様の部下なら我の部下だ――」


 イゾルデは武王龍槍を振るってから柄頭で床を突く。


「嘗ての仙王家の仙武人たちもシュウヤ様の行動なら受け入れるであろう」


 魔界セブドラ側との争いが原因で龍骨だったイゾルデの姿を知るだけに、くるものがある。


「……ありがとう」


 イゾルデは微笑む。

 嘗ての龍神様、そして、龍韻のイゾルデの名にふさわしい笑みだ。


 一方、ダンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔付きだ。

 目が合うと、数回頷いて唾を飲み込むダン。

 喉仏が目立つから分かりやすい。男らしい男がダンだ。

 そのダンは、


「鬼魔人の魔将を調略するとは、ただの偵察程度だと思っていたが、砦を獲得なんて、完全に想像外だ」

「ふふ、ダン、まだまだですね。わたしはシュウヤならもしかしたら? と考えていましたよ」

「わたしは鬼魔砦を落として傷場の敵を一掃してくるかと思っていました」


 クレハは真顔で語るが、さすがにいきすぎだ。

 エンビヤは、


「シュウヤ、急いでいる状況だとは思いますが、鬼魔人と仙妖魔はもう味方だとノラキ師兄に黒独鈷で連絡しましょう。武仙砦の総督ウォーライと副総督ドンボイは時勢を見て鬼魔砦を攻めるかもしれない」

「あぁ、そうしよう」


 黒独鈷に魔力を込めて――。


『ノラキ師兄、鬼魔人アドオミを倒し冥々ノ享禄を獲得しました。これで残りは白炎鏡の欠片のみ。そして、これは急ぎの用ですが、魔界王子ライランの眷属だったアドオミを倒したことにより、玄智の森にいるすべての鬼魔人と仙妖魔たちの洗脳が解けました。更に、鬼羅仙洞窟にあった伝送陣を使い鬼魔砦へと転移した俺は、単身で魔将オオクワと副官ディエと会談を実行。これに成功し、魔将オオクワとディエが俺の部下となりました』

『……凄すぎる。いくら洗脳が解けたからといって、魔界セブドラの戦いを経た鬼魔人の軍人を調略とか……俄には信じられないが……あの・・シュウヤだから信じられる。そして、鬼魔人たちの動きがオカシクなったという怪情報が各地で聞こえているのもあるしな』


 ザンクワと同じく覚醒したってことだろう。


『しかし、展開が早すぎるんだよ。黄金遊郭どころじゃねぇ』

『すみません。早速ですが、武仙砦の部隊に、俺が得た鬼魔砦への攻撃を抑えるように連絡をお願いします』

『了解した。シュウヤはどうするんだ』

『はい。魔界王子ライランの勢力から、鬼魔砦を守りに動こうかと思います』

『賛成だが、委細を話せ』

『はい。鬼魔人傷場から魔界王子ライランの勢力が現れ続けている。現状の鬼魔砦の戦力で、なんとか魔界王子ライランの勢力を退けていますが……なにもしなければ鬼魔砦は突破されるでしょう』

『それはそれでいつもの武仙砦の出番となるだけだな』

『はい。ですが、鬼魔人と仙妖魔たちの一部は俺に降った。彼ら彼女らを、仙武人同様に守ります』

『了解』

『その際、白炎鏡の欠片があれば直ぐにでも、三つの秘宝を使用して鬼魔人傷場を閉じられるのですが』

『それは仕方がない。が、洗脳の件がどうもな。鬼魔砦のオオクワとディエに、鬼魔人と仙妖魔の連中は、本当に信用できるんだな?』

『懸念は勿論あります。魔界セブドラで、魔界王子ライランに故郷を蹂躙された、その恨みの記憶と、玄智の森で長期間戦っていた仙武人たちの記憶。その両方の記憶を有している鬼魔人と仙妖魔たちですからね。中には、魔界王子ライラン以上に仙武人に対して深い恨みを持つ鬼魔人と仙妖魔もいるかもしれない。ですから不届き者もいることでしょう』

『十人十色はどこも同じか』

『はい。しかし、魔界セブドラが彼ら彼女らの故郷であり、本来の住まうべき世界です。そして、魔界王子ライランの勢力と今も鬼魔砦で戦い続けている鬼魔人と仙妖魔の兵士たちの気概は信じられる』

『理解した。命を懸けているんだから、鬼魔人の連中もマジでシュウヤを頼りにしているんだろう。そして、魔界セブドラも一枚岩ではないんだな……仙境と同じか。ホウシン師匠が言われていたことが身に沁みる……』


 確かに……ラ・ケラーダだ。


『伝えるのを忘れていましたが、鬼羅仙洞窟の前には集結している鬼魔人と仙妖魔の集団がいるんです』

『集結……鬼羅仙洞窟は鬼魔人や仙妖魔の本拠だ。魔界王子ライランに洗脳されていたとはいえ、鬼魔人や仙妖魔には拠り所でもあったか。で……その洞窟前に集結している兵士の数はどれくらいなんだ?』

『数百以上、正確な兵士の数は不明』

『……鬼魔砦以外の、玄智の森にいるだろう鬼魔人と仙妖魔のすべてが、これからも鬼羅仙洞窟に集結する可能性があるのか』

『あるでしょう』

『で、その目的は、魔界王子ライランに抵抗、及び、仙武人にも対抗するためか?』

『まだ交渉していないから不明です。が、武器は持っていない様子……そんな鬼魔人と仙妖魔たちとの交渉を試みるつもりです』

『そいつらがシュウヤたちの戦力となる?』

『はい。鬼魔砦の戦力となれば魔界王子ライランの勢力を押し返せる。オオクワとディエは援軍として期待していました。更には、鬼魔人傷場を越えて、魔界側の鬼魔人傷場の周囲にあるだろう魔界王子ライランの拠点を攻め落とす戦力にもなるはずです』

『なるほど……』

『はい。鬼魔人と仙妖魔たちに、魔界セブドラへの帰還を促す交渉でもある』

『納得だ。お前は凄すぎるし、優しいなぁ……。迷える魔族たちを纏めて故郷へ帰すためか。このまま俺たちの宿願が叶えば、玄智の森にいる魔族たちは、どのみち全滅するしか道はないだろうからな』


 優しいか。

 それは一つの面に過ぎない。


『はい。しかし、優しいは魔族側からしたら……』

『あぁ、シュウヤが三つの鍵を使えば鬼魔人傷場が塞がる。そして、玄智の森は神界セウロスの仙鼬籬せんゆりの森となる……』

『はい。魔界セブドラとの繋がりを断つ行動をしているのが俺です。そのことを知らない魔族側にとっては、俺の行動が優しいとは思えないでしょう』

『それは……たしかに。が、なんとも言えん』


 ノラキ師兄がそう思うのは当然だろう。

 武王院の八部衆がノラキ師兄。

 玄智の森が、神界セウロスの仙鼬籬せんゆりの森に戻ることが重要だ。


 ノラキ師兄は、


『魔族は魔族、仙武人は仙武人。しかし、玄智の森が仙鼬籬せんゆりの森に戻ることが定めだと、俺は思っている。ホウシン師匠も武王院の皆もそう思っているだろう』


 やはり、当然の思考だ。


『はい、俺もそう思います』

『……おう。が、鬼魔人たちを救おうとするシュウヤの考えには賛成だ。しかし、その考えは俺たちにはない発想でもある。白王院や仙魔院の連中はとくにそうだろう。鬼魔人と手を組むなんて許さないと、俺たちに刃を向けてくるかもしれない。神界セウロスに戻ることが重要だから、そこまで反旗を翻すことはないと思いたいが……』

『……白炎鏡の欠片を入手する際は白王院に向かうでしょうし、ノラキ師兄たちに迷惑をかけることになるかもしれません。そうなったらすみません』

『馬鹿が、謝るな。迷惑をかけていいんだ。それに多少は俺たちにも活躍させろよ。そして、お前はお前の救いの道を行け』

『はい。では、鬼魔人と仙妖魔を鬼魔砦の戦力として組み入れるための交渉をがんばります』

『おう、気張れ。ま、鬼魔砦には、魔界セブドラへの帰還を果たすために魔界王子ライランの勢力と戦っている連中が無数にいるんだから、交渉は上手くいくだろう』

『はい』


 少し間を空けて、皆と頷き合う。

 そして、


『ノラキ師兄、武仙砦に連絡はしましたか?』

『おう、した。総督ウォーライに、〝鬼魔砦を攻めるな〟〝シュウヤがその鬼魔砦の新しい主だぞぉ、コラァ! おぉ?〟と、強い喧嘩的な思念で連絡したさ』

『えっと……』

『はは、真に受けるな。連絡はまだだ。先にホウシン師匠に冥々ノ享禄の獲得を伝えたのさ。これから、総督のおやっさんに連絡する。あの禿げ総督は怖いから丁寧に説明しとくさ』


 ウォーライさんは怖くて禿げなのか。

 ノラキ師兄は坊主頭だ。


 総督の額にも六文銭が刻まれていたら面白いが、そんな偶然はないだろうな。


 気功砲とか使えるんだろうか。


『はい』

『では、話の続きはまだか? とホウシン師匠とソウカンとモコと、八部衆の全員からの催促が激しいから、黒独鈷の念話を切るぞ』

『はい、皆を頼みます』

『ふ、お前という奴は……』

『え?』

『いや、なんでもない』

『今、目の前にいるエンビヤ、クレハ、ダン、イゾルデ、鬼魔人のザンクワに何か伝えますか?』

『鬼魔人のザンクワ?』

『アドオミを倒した後、敵幹部の中で生き残った一人の鬼魔人がいたんです。助けることとなった』

『そうだったか』

『はい。ザンクワから、鬼魔人と仙妖魔が魔界王子ライランとアドオミの能力で洗脳されていた事実を知りました。そんな彼女と戦おうとした俺もまた、好戦的、嗜虐的な魔族の一種なんだと理解したところです』

『なにが魔族だよ。理非曲直りひきょくちょくの志しを目指すのもいいが、お前は清濁を司る神にでもなったつもりか?』

『いえ……』

『これだけは言える。お前は正しいことをした!』

『……ありがとうございます。少しほっとしました』

『おう。つうか真面目すぎだ、少し殴らせろ』

『……え?』


 レベッカ的にスリッパを扱うノラキ師兄の姿を思い浮かべると、似合うかもしれない。


「ふふ、シュウヤが苦笑しています」

「あぁ、ノラキ師兄にもっと早く連絡を寄越せと責められているんだろう」

「ふふ、はい」


 俺は皆を見ながら、両手の指をわしゃわしゃと動かして変顔を繰り返した。


 そして、電話でもするようなポーズを繰り返す。

 そういった心のイメージはジェスチャーでも伝わるのか、エンビヤとダンは楽し気に笑っていた。


 すると、ノラキ師兄が、

 

『え? じゃねぇよ……お前のすっとぼけた顔を思い浮かべちまっただろうが! そして、鬼魔人と仙妖魔のすべてを救おうと動くなんて優しすぎなんだよ! お前のような仙武人は他にいねぇ! 史上最高の仙武人で、漢だ!』

『……』

『まったく、俺の心まで熱くさせやがって……』

『すみません』

『あははは、いいさ。では皆を代表して、強い感謝をシュウヤに送ろうか。そして、冥々ノ享禄の獲得おめでとう!』

『はい』

『では、健闘を祈る』


 黒独鈷を仕舞う。そして、皆に、


「皆、ノラキ師兄に鬼魔人と仙妖魔のことを連絡した。ホウシン師匠と八部衆に玄智仙境会、武仙砦の総督ウォーライと副総督ドンボイにも、これらの重要な情報は伝わるはず」

「はい、一安心」

「各仙境も動くでしょう」

「カソビの街のダンパンはどうするか」

「掌を返すかもなぁ」

「あり得ますね」

「あぁ、そう考えると、魔界王子ライランの眷属を倒したから当たり前だが、玄智の森の歴史が動いた日ってことだな……」

「はい、わたしたちは凄い現場を体感しているのですね」


 エンビヤ、クレハ、ダンが語る。

 イゾルデは満足そうに微笑んでいた。


 さて、と。外に……と思いつつもザンクワを見る。

 彼女は無手のままだ。


 自分の魔剣を回収しなかったのか。

 

「ちょい待っててくれ――」

「「え?」」

「はい」

「祭壇に何か忘れ物か?」


 皆の声に片腕を上げて応えた。

 そして、祭壇の中に戻る。

 ザンクワが持っていた魔剣を探した。


 回収されていない武器と防具と袋に衣装などがいくつか転がっている。

 適当に拾っては、


「ハルホンク、喰え」

「ングゥゥィィ!」


 と武器や防具などを数個喰わせたところで、あった。


 銀色の柄で、赤色の魔力が剣身に走っている。

 その魔剣を持ちつつ、地下祭壇があった空間を出た。


 出入り口付近にいるザンクワに、


「ザンクワ、これを――」

「あ、でも……」

「いいから、もう仲間だ」

「……うぅ、はい! 仲間、嬉しいです、ありがとう、シュウヤ様……」


 ザンクワは柄を握ると、胸元でその魔剣を掲げてから俺を凝視。

 そして、片膝で床を突くと、頭を垂れてから、


「この魔剣アッリターラと古今の魔界セブドラの神々の名にかけて……私、ザンクワ・アッリターラはシュウヤ様に永遠の忠誠を誓います」


 魔剣アッリターラか。

 つまり魔族リルドバルグのアッリターラ家か。


「……俺は鬼魔人傷場に連れていくと言っただけだぞ」

「それでもいいのです……」


 ……そんな顔色で語られると……。

 いずれは、魔界沸騎士長たちの傍に置かせるのもありか。


「分かったが、あまり期待はするな」

「はい!」


 すると、エンビヤが、


「シュウヤ、この回収した品物はどうします?」


 玄智宝珠札が数千枚入った宝箱か。

 魔剣、魔槍、魔酒瓶は消えている。

 棒手裏剣と手裏剣が詰まった箱はそのまま床に置いてあった。


「外の鬼魔人と仙妖魔次第か。イゾルデに頼むとしても、武王院へと運ぶ手間暇は少しかかる」

「我は構わぬぞ。そして、大きい十字手裏剣と手甲鉤は我がもらった」


 イゾルデが半透明な小型の龍カチューシャを出しつつそう語る。

 大きい十字手裏剣は腰にぶら下がっていた。

 手甲鉤は右手に嵌まっている。

 左手の手甲鉤とは色が違うが、似合う。


「美人なイゾルデに似合う装備だ」

「ふふ、シュウヤ様、我が気に入ったか!」

「おう」

「ふふ」


 スタイル抜群のイゾルデを見ていたいが、やることは満載。


「玄智宝珠札が数千枚入った宝箱と棒手裏剣と手裏剣が詰まった箱をハルホンクに一旦格納させておくかな。それでもいいかな?」


 皆にそう聞く。


「いいぞ。その大金があれば、仙大筆や朧免囚戯画などが買えると思うが……シュウヤがもらうべき報酬だ」

「はい。わたしも武器や防具の製作に使える鋼や鉱石、モンスターの素材集めに玄智宝珠札を使いたいところですが、シュウヤの玄智宝珠札だと思います。それに、武器と防具も回収していますから、シュウヤが受け取るべきかと」


 頷いた。


「わたしも皆と同じです。あ、ハルちゃんの強化のために食べさせるのはどうでしょうか」

「それもいいな」

「はい」


 エンビヤの笑顔を見て癒やされた。

 そのエンビヤが近付いてきて、俺の顔と右肩を交互に見ながら、


「ハルちゃん、お願いできますか?」


 刹那、ポンッと右肩に消えていた竜頭金属甲ハルホンクが出た。その竜頭金属甲ハルホンクは蒼眼をギュルッと回して、


「ングゥゥィィ! エンビヤ、魔力、クレル?」

「は、はい、少しなら……」


 と指先を竜頭金属甲ハルホンクに当てて、エンビヤは自らの魔力をハルホンクにプレゼントしていた。


「ングゥ、ングゥゥィィ、ングゥゥ♪」


 竜頭金属甲ハルホンクの口が少しオカシイ。

 面白い動きで、エンビヤの指から魔力を吸っていた。


「あぁ……」


 魔力を吸われているエンビヤは、恍惚とした表情を浮かべて、少しエロい。


「ハルホンク、あまりエンビヤから魔力を吸い過ぎるな――」

「はぅ――」


 人差し指を竜頭金属甲ハルホンクの口に当てていたエンビヤが倒れかかる。


 急ぎ支えてあげた。


「ぁん、シュウヤ……」

「大丈夫か」


 そう聞くと背筋をピクッと反らして体が震えていた。


「……はぃ……」


 頬を朱に染めているエンビヤは、ぎこちない笑顔を見せながら離れる。一瞬、愛しく見えて、抱きしめたくなった。

 が、皆の視線が厳しい。


 クレハ、イゾルデ、ザンクワは俺とエンビヤを睨む。

 更にダンが額に手を当てて頭部を左右に振る。


『ここで押っ始める気かよ……まったく』


 といった顔付きだった。

 そんなダンと目が合うと、舌を出して、


『もてやろう』


 と喋るように唇をわざとらしく動かしてから笑顔を見せる。

 そして、


「エロなハルホンクにさっさと喰わせるか格納させろ。じゃ、先に行くぞ」


 と笑いながら歩き始める。


「あぁ。さて、喰うか? エロなハルホンク?」

「ングゥゥィィ! エッチング大魔王ナ、ハルホンク! エンビヤノ魔力、スキィ!」


 思わず笑った。

 エヴァの言葉を覚えていたのか。

 

 さらに膝から崩れそうになったが我慢。


「ふふ、面白いハルちゃんですね!」

「むむ、我の魔力を吸うか?」

「わたしはどうでしょう……」

「ングゥゥィィ! ドレモ、ホシイ! 魔力イッパイ! ゾォイ」


 クレハとイゾルデが人差し指を向けながら竜頭金属甲ハルホンクに近寄ってきた。


 二人の香りはいい香りだから嬉しいが、


「皆、ふざけてないで、行こう。で、ハルホンク、床のアイテムを喰うか回収してくれ。が、さすがに量が多すぎるか?」

「ングゥゥィィ――喰ウ、喰ワレ、ノ、螺旋ヲ、司ル、深淵ノ星ニ、吸イ込マレテ、イキテタ、ハルホンク! アルジニ喰ワレテモ、イキテタ、ハルホンク! ヨユウ、デ、スベテヲ喰ウ、ゾォイ!!」

「了解、喰え――」


 玄智宝珠札が数千枚入った宝箱と棒手裏剣と手裏剣が詰まった箱を竜頭金属甲ハルホンクに当てると、すべてを吸い込むハルホンク。


 俺の腰元の防護服から手裏剣が少し溢れ落ちた。

 うんちか?

 竜頭金属甲ハルホンクは口から、グチャグチャに潰れた箱を吐き出していた。


 その竜頭金属甲ハルホンクは『喰ッタ喰ッタ』と言うように竜の歯を見せて顎を上下させる。


 歯と歯を衝突させてカチカチと音を奏でてから、ゲップ的な音を鳴らした。


「ングゥゥィィ♪」


 ご機嫌か。

 落ちた手裏剣を拾い、その竜頭金属甲ハルホンクに喰わせた。


「わ、あっという間になくなった」

「凄い! すべてを食べたのですね」

「おう。飛び道具に手裏剣を飛ばすのも可能になったと思う」

「――ングゥゥィィ!!」


 廊下に、竜頭金属甲ハルホンクの口や左腕の袖と防護服の一部から飛び出た手裏剣が突き刺さった。


「おぉ」

「驚きです!」


 更に袖の内側から棒手裏剣と手裏剣の束が出てきた。

 <投擲>用の装備か。

 魔力を込められる。<四神相応>とも相性が良いかもだ。


「あ、手元に新しい手裏剣が収まる装備類が?」

「そのようだ。色々と応用が可能っぽい」

「四神の能力も影響を及ぼせそうですね」


 クレハの鋭い意見に頷いた。

 元々魔竜王バルドークの蒼眼の片目からは氷礫が飛ばせるが、この手裏剣は防護服の一部からも飛ばせるようだ。すると、先に行っていたダンが、


「って、金属音が聞こえたと思ったら……ハルホンクが進化したか」

「おう。遠距離攻撃の手段が、また一つ増えた」

「そりゃ良い。しかし、ハルホンクはとんでもない防具で魔道具。羨ましい装備だ……」

「はい……魔界セブドラの品ですが、神界セウロスの能力も取り込めるように進化するハルちゃんは凄い!」

「あぁ、神話ミソロジー級は伊達じゃない」

「迷宮都市の宝箱から入手したと聞いたが……」


 ダンの言葉に頷いた。


「そうだ。迷宮都市ペルネーテ。邪界ヘルローネの一部でもある。そんな異世界から異世界に通じる黒き環ザララープは、玄智の森にもあるかもしれないな」


 といった会話を皆としながら鬼羅仙洞窟から外に出た。

 

「あ! 仙武人たちが出てきたぞ!」

「「「「おぉ~」」」」

「アドオミを倒してくれた者たちだ!」

「俺たちは魔界王子ライランに操られていた!」

「あぁ、仙武人に降伏する!」

「俺たちは魔界王子ライランに故郷を奪われたんだ」

「そうだ。洗脳されていた! 助けてくれ!!」

「無理かもしれないが……」

「あぁ、仙武人と戦うしかないのかもしれない」

「仙武人との戦いは無意味だ……」

「レンジア、それは言い過ぎだ」

「言い過ぎなものか……どれほどの時間を無駄に過ごしたことか。もう一度言おう。ここで戦い死んでいった者たちは無駄死にだ」

「……死ぬなら魔界王子ライランの眷属や勢力のモンスターを倒してから死にたいぜ」

「俺も同じ気持ちだ」

「あぁ、俺もだ」

「俺は〝陰蛾平原〟に帰りたい」

「俺も故郷……」

「〝大いなる滅牙谷〟のテベ村の皆はどうしているんだろう。だが、もう故郷は……」

「帰ったところで、ライランの軍隊に踏み躙られた」

「それがなんだ……魔界の地そのものが俺たちの故郷だろう」

「あぁ、そうだな。魔界セブドラが俺たちの世界、ここは故郷ではない」

「うむ。玄智の森は、俺たちが死んでいい場所ではない!」


 数百~数千か?

 結構な数だ。


 とりあえず、皆と目配せして、


「皆、もしもの時は戦う準備」

「はい」

「大丈夫だろう。皆、武器を地面に捨てている。俺たちを見ては、両手を挙げている鬼魔人と仙妖魔ばかりだ」

「我はいつでも変身が可能。シュウヤ様が合図してくれ」

「分かった。その際は指示を出す」

「うむ」

「では、ザンクワ、一緒に前に出てくれ」

「承知しました」


 ザンクワを連れて、皆から離れて鬼魔人と仙妖魔の集団に近付いた。

 そして、


「俺の名はシュウヤ。アドオミを倒した者だ――」


 と宣言。


「「「おおおおお」」」

「ありがとう、シュウヤ殿! アドオミは魔界王子ライランの手先だったんだ」

「シュウヤさんが……俺たちを救った……」

「シュウヤが仙武人だろうと恩人だ!」

「――アドオミを倒してくれてありがとうございます」

「「「ありがとう!!」」」


 暫し、騒ぎが収まるのを待った。

 そうしてから、


「俺の横にいるのは君たちと同じく魔界王子ライランの洗脳から解放されている鬼魔人ザンクワだ。で、背後の仲間たちは仙武人と俺の眷属だ」


「「「おぉぉ~」」」

「「ザンクワさん……」」

「では、仙武人が俺たちを……」

「それは本当か?」


 まぁ疑うのは当然か。


「本当だ。因みに俺は仙武人ではない。光魔ルシヴァルという種族。魔界と神界に通じた種族だ。そして、鬼魔砦の魔将オオクワと副官ディエと会い、そのオオクワとディエは俺の部下となった。これがその証拠、鬼魔砦統帥権を持つことを示す鬼闘印だ」


 胸元の鬼魔砦統帥権を持つことを示す鬼闘印を外して掲げた。

 その瞬間、数百人はいる鬼魔人と仙妖魔たちが一斉に膝を地面に突けた。


「「「――おぉ」」」

「――閣下!」

「「「「我らの閣下――」」」」


 静かになるのを待ってから、


「……正直に言うが、いずれ玄智の森は神界セウロスに戻ることとなる。そうなれば君たちの立場はより危うくなる。仙武人は分からないが、神界セウロスの種族たちが君たちを受け入れるとは思えない。排除に動くことは必至。だからこそ魔族の皆に鬼魔砦へと移動してもらいたい。魔将オオクワたちと連携し団結して鬼魔砦へと押し寄せる魔界王子ライランの大勢力を、俺と共に討ち破り、鬼魔人傷場から魔界セブドラ側への帰還を目指すべきだと思うが、どうだろうか!」


 と、らしくない演説を噛ましたが……。

 皆、静まった……はたして、伸るか反るか。

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