八百七十五話 龍人イゾルデ


「イゾルデ様、いや、イゾルデ、これからもよろしく頼む」

「『はい!』」


 凄まじい息吹――。

 髪の毛がブアァァッと一気にオールバック化。

 湿った髪だったが、生暖かい凄まじい海風を受けて一気に乾く。

 思わず前髪を押さえた。しかし、この海の匂いには、どこか懐かしさがある。

 

 うみんちゅ、沖縄の海人のお婆ちゃんを思い出した。

 否……素直にヴィーネを思い出そう。

 スタイルの良いヴィーネの姿を想起して強烈な潮の匂いを忘れる。

 イゾルデは牙歯が目立つ口を閉じて見つめてきた。龍としての双眸だから迫力が凄まじい。

 その厳つい双眸が輝くと、


「『シュウヤ様! さっそく魔界王子ライランの勢力をぶちのめしに行きましょう!』」

 

 元は武王龍神だ。仲間の仇など色々と恨みもあるだろうな。だが、


「そんなすぐには行かないから。あと普通に接してくれると助かる」

「『わ、分かったのだ! が、様はつける!』」


 頷いたところで、


「――シュウヤ! その龍は龍神様なのか!」

「シュウヤ! 龍が傍に! 腕は!」


 降りてくるホウシン師匠とエンビヤの二人だ。

 その二人の背後には、左右に裂けた湖面から天井と白蛇大鐘が覗かせていた。

 左右に湖面の裂け目のほうは海を割ったとされるモーゼの十戒を超える規模。


 訓練場の縁にまで続いているから、もう地底湖は干上がっているといえる。


 そんな湖底の砂地に着地したホウシン師匠とエンビヤ。


 二人はイゾルデを見上げつつ走り寄ってきた。

 そのホウシン師匠に拱手して、


「ホウシン師匠とエンビヤ。見ての通り、光魔武龍イゾルデを使役しました」

「し、使役じゃと! 光魔武龍イゾルデ様……あ、あの龍神様なのか?」

「シュウヤの腕は大丈夫なようで安心しましたが……これほどの龍の使役を成功させるなんて凄すぎる!」


 二人がそう発言すると――。

 イゾルデが胴体を持ち上げるように頭部を上げた。

 龍の髭が立派だ。すると、ピカッと一対の金の角が光る。

 

 ――金の角から稲妻を周囲に飛ばした。


 大砲の弾が目の前で炸裂したような音が轟いた。

 裂けている湖の断面が震動しては稲妻が通った跡の穴が無数に発生していた。

 穴は水が溢れて消えたが凄まじい威力と速度だと分かる。


「な!?」

「きゃぁ」


 二人は驚きのあまり、体勢を崩す。


 あの稲妻を避けるには<脳脊魔速>が必要だろう。 

 連続放出が可能ならば稲妻を避けたり浴びたりの訓練ができそうだ。

 マゾい訓練になりそうだが、雷属性を浴び続けたら雷属性取得の可能性とかあるんだろうか。まぁ属性の新たな取得の可能性は限りなく低いかな。


 ホウシン師匠のカッコいい雷属性の蹴り技は学びたい。

 が、俺は俺の時空属性、水属性、光属性、闇属性、無属性を伸ばすべきか。この五つの属性に感謝しよう。 


 イゾルデの長い髭を見ながらそう考えると――。

 そのイゾルデが、長い龍の胴体をくねらせて周囲の玄智聖水を吸う。

 地底湖の水位が更に下がる。

 干上がる勢いだが、水神アクレシス様の彫像から降り注ぐ清水は多いから、まだ水が多い場所もある。

 すると、訓練場の斜め下の岩に銀の扉が見えた。

 

 上の訓練場はテラスのような高台だったから、ここからだと聳え立つ山や崖に見える。


 あの銀の扉は気になるが、イゾルデは大きい頭部を地底近くに下げて、


「『仙武人たちよ、我は光魔武龍イゾルデである! 元は武王龍神イゾルデ、龍韻イゾルデとも呼ばれていた時期がある』」

「おぉぉ、あの武王龍神様! わしの名はホウシンであります! 武王院の学院長ですぞ! そして、【武仙ノ奥座院】の玄関と廊下には武王龍神イゾルデ様の絵が飾られてありまする」

「イゾルデ様……わたしはエンビヤです。八部衆の一人」

「『ホウシンとエンビヤ……上でシュウヤ様と訓練していたホウシンが師匠なのか!』」

「は、はい!」


 ホウシン師匠が恐縮する姿は意外だ。


「『シュウヤ様も八部衆だと言っていた。ならば我も修業を行うか、ホウシンよ』」

「……イゾルデ様、ご冗談を……」

「『冗談ではない。シュウヤ様の師匠ならば我の師父がホウシンとなる。そして、我は仙武人のような龍人となることが可能だ』」

「おぉ」

「<魔変則・荒芸ケケマル>のような<仙魔術>系統のスキルで、我らに近い姿に変身が可能なのですな」

「『似たようなモノ、龍言語魔法だ。見せようか――ガァアヅッロアガァァァァァァ』」


 イゾルデが吼えた。


「ひぃぁぁ」

「……驚きじゃ」


 龍言語魔法だろう。

 イゾルデは一瞬で女性の姿になった。

 一対の金の角は面頬のような顔の防具と繋がっている。

 蒼と白銀の長髪。眉は白っぽい。

 黒い瞳に銀色と赤色が混じる。

 衣装は和風的な印象。


 頭部から背中にかけての上に、獅子舞的な小型の龍が浮いている。

 手には槍と宝珠を持つ。

 あれがさっき話していた武王龍槍イゾルデか。

 

 おっぱいは敬礼が必要なほどの大きさだ。

 素晴らしい。


「本当に龍人!」

「イゾルデ様も槍使い……」

「そうだ。ホウシンとエンビヤ、我はシュウヤ様の大眷属となったが、おまえたちも大事に思う」

「「はい」」

「今後とも、よろしく頼む」

「「こちらこそ!」」

「ホウシン師匠、訓練の再開をしたいところですが、そこの銀の扉が気になります」


 腕を銀の扉がある訓練場の下に向けた。


「あのような銀の扉が地底湖にあったとは知らなんだ」

「イゾルデは知っていたか?」

「さあな……子精霊デボンチッチが集積していた場所だと思うが、門の飾りは銀龍ドアラスに似ているが、分からん」

「銀龍ドアラスとは同胞?」

「そうだ。魔界王子ライランの勢力に倒された同胞。そして、【神水ノ神韻儀】の際に湖面に出たことがあるが、地底湖の底に銀の門があるのは知らなかった」


 皆、知らないのか。

 【神水ノ神韻儀】がこの地底湖で行われていた頃より後の時代に、訓練場の真下に銀の扉が造られた?

 なにかを封じるためだとしたら、開けたら危険かもしれない。


 すると、注連縄を腰に巻く子精霊デボンチッチが、その銀の扉に向かう。


『「――デッボンッチィ、デッボンチッチィチッチィ」』


「ホウシン師匠、あの銀の扉を調べましょうか」

「そうじゃな。【仙王の隠韻洞】には秘密が多い。地底湖の玄智聖水は……」

「我がここを離れたら元通りになる。だから、あの銀の扉を調べるならば今が好機だろう」


 イゾルデがそう発言。


「はい。注連縄の子精霊デボンチッチちゃんも扉を見て興奮しているように見えます!」


 腰に注連縄を巻いている子精霊デボンチッチはお尻を振る。

 銀の扉の前で踊り始めた。

 

 否、踊りつつ拳を突き出す。

 銀の扉を突け?

 

『ここを開けろ』ってことか。


「我らを誘導している、ご先祖様の秘密の部屋だろうか」

「注連縄を腰に巻く子精霊デボンチッチは水神アクレシス様の彫像と仙剣者や仙槍者の石像たちと通じているようですから、たぶんそうでしょう」

「不思議な動きで可愛いです」

「ふむ。行こうか」

「「はい!」」


 イゾルデも武王龍槍を振るってから頷いた。

 

 皆と一緒に向かう。

 腰に注連縄を巻く子精霊デボンチッチは銀の扉に向けて――。

 小さい両手を何回も突き出している。

 

 銀の扉の上部には銀龍の飾りがある。

 扉の表面には幾つかの原石が嵌め込まれていた。


 先ほどイゾルデの胸元にあった原石と似た配列だが、微妙に異なる。


 りゅう座のような意味かも知れない。

 様々な龍と仙剣者や仙槍者が彫刻されていた。


「鍵がない。戦模様を描く浮き彫りなだけで、扉ではない?」

「まだ分かりません。模様は謎々にも見えます」

「ふむ。判じ物のような謎々であるのか……」


 ホウシン師匠とエンビヤがそう語る。


「壁画の可能性もありますが、この地底湖、訓練場の真下の岩ですから、空間があるはず」

「ふむ……」


 俺たちがそう語る間にも、注連縄を腰に巻く子精霊デボンチッチはリズミカルに銀の扉の表面を突く。


 原石を突く順番を意味している?


 イゾルデも不思議そうな表情を浮かべて、


「注連縄の子精霊デボンチッチはシュウヤ様に指示を?」


 と聞いてくる。

 イゾルデの頭上で浮く小型の龍は幻影だが、生きているように動いていてリアルで面白い。

 

 フィギュアを超えている。

 その小型の龍のことは言わず、


「扉を開けたいなら、パズルを解けってことかもしれない」

「奥に空間があるのなら、高度な特異空間の術式か。銀龍ドアラスが作ったわけではない」

「霊迅仙院と霊魔仙院の長なら分かるかもですね」

「そうじゃな」


 イゾルデが言った銀龍ドアラスが造り上げたのかと思っていたが、仙剣者や仙槍者、仙武人の祖先が造り上げたんだろうか。


 さて、突くとして――。

 イゾルデを復活させる要因となった<白炎仙手>を使うべきか。

 ホウシン師匠とエンビヤは驚くだろうな。


「注連縄を腰に巻く子精霊デボンチッチに合わせて、とあるスキルで突いてみます」

「とあるスキル……」

「はい――<白炎仙手>」


 一瞬で俺の体とその周囲に白く燃える魔力と白色の霧が発生。

 その白炎と霧を纏うことを意識。

 入念に指先に白炎を集める。 

 

「な!!」

「え!? その白炎の魔力と霧は、白王院の秘奥義でしょうか?」

「シュウヤは白炎王山を知っている?」

「名前のみ。神界セウロスには行ったことはないです。水神アクレシス様の加護など、強い影響もあって獲得。その際に、<白炎の仙手使い>の戦闘職業も獲得できました」

「「「おおぉぉぉ」」」


 ホウシン師匠とエンビヤにイゾルデも驚いている。


「行きます」


 注連縄を腰に巻く子精霊デボンチッチの動きに合わせて銀の扉の模様を突いた。

 

 その途端、銀の扉の表面に陰陽太極図のような絵柄の魔力が出現するや、破裂。

 銀の扉も弾けて破れた――。

 

 銀の破片が礫になって飛来――急ぎ、無名無礼の魔槍を召喚して回しつつ、


「エンビヤ――」


 を守り切る。

 イゾルデとホウシン師匠はそれぞれの得物を振るい回して銀の破片を斬り落としていた。

 ホウシン師匠は当たり前だが、龍人のイゾルデもかなり強い。

 心配は無用か。だが、注連縄を腰に巻く子精霊デボンチッチは水飛沫となっていた。

 が、すぐに水飛沫が蠢くと、パパッとした動きで復活した。

 逆さまになって、金玉を晒しつつ宙空で不思議なブレイクダンスを行う。

 金玉の毛で陰陽がデザインされてるがな。

 面白すぎ。


「「ははは」」

「ぷぷ」


 皆笑う。エンビヤも笑っていた。

 さて、その元気な陰嚢が可愛い子精霊デボンチッチは無視して、


子精霊デボンチッチはおいといて、奥には空間があるように見えます」

「ふむ! 今の銀の破片は罠の可能性もある。入るなら気を付けなければならんだろう。階段、落とし穴、天井が落ちてくる、などの罠があるかもしれん」

「はい」


 最初は俺が行くべきだ。

 

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