八百七十二話 腰に注連縄を巻くデボンチッチと老婆コユリの話

 

 エンビヤも辛そうな表情を浮かべている。

 先の過去話に登場してきたウサタカこと、ヒタゾウが使っていた槍の名が仙王槍スーウィンだったな。


 急ぎ、話を変えよう。


「――ホウシン師匠。玄智聖水の水垢離の修業と滝行・玄智組み手の手ほどきをお願いします」

「ふむ! 構わんが、水の大眷属様の復活を促す神遺物の王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードをここで試さないのか?」


 頷いて、拱手してから、


「後ほど試そうかと」


 そう話をしつつ、チラッと碑文を見る。


 俺のことを示す言葉を碑文に刻んだ仙王スーウィン家のサギラ・スーウィンさん。


 故郷と仲間たちを思い命をかけて芸術性の高い彫像を無数に造り上げた偉大な彫刻家だったのだろう。

 

 石像は感動を覚える造形美。

 様々な仙剣者や仙槍者の武術を石像で表現していた。だから、サギラ・スーウィンさんは武芸に通じた武術家でもあったとよく分かる。


 水神アクレシス様とサギラさんに感謝を捧げよう。感謝の念を送ると――。

 

 水神アクレシス様の彫像と周囲の石像たちが輝く。


「お?」

「おぉ」

「シュウヤ、スキルを!?」

「いえ、使っていないです」


 彫像と石像から無数の子精霊デボンチッチが発生。

 まさか、サギラ・スーウィンさんは即身仏に? 


「「――デッボンッチィ、デッボンチッチィチッチィ」」

「――デッボンッチィ、デッボンチッチィチッチィ」」


 盛大な子精霊デボンチッチの音色が響いた。


「「「おぉ~」」」


「〝子精霊の音色〟が激しい!」

「はい! 予選の優勝時の光景と似ています!」

「ふむ、水神アクレシス様の恵み祭なのか? 大豊御酒が注がれる時と同じとは……」

「大豊御酒はさっきの?」

「はい。仙王ノ神滝の滝壺にある〝玄智山の四神闘技場〟の真上に浮いている特別なお酒が優勝者に注がれる時にも、同じように子精霊デボンチッチが現れるんです!」

 

 エンビヤの言葉に頷きつつホウシン師匠に、


「水神アクレシス様の恵み祭もあるのですね」

「ある。五十日~六十日の間は子精霊デボンチッチが玄智山に増えるのじゃ」

「その祭りの現象に近い光景が、今起きたんですね」

「そうじゃ」

「はい」


 エンビヤとホウシン師匠は頷いた。

 すると、一匹の子精霊デボンチッチだけを残して他の子精霊デボンチッチが消える。


 残ったのは注連縄を腰に巻く子精霊デボンチッチだ。


 その子精霊デボンチッチが俺の近くに飛来してくる。


 ホウシン師匠が、


「シュウヤ、子精霊デボンチッチを使役したのか!!」

「シュウヤは先ほど子精霊デボンチッチに触っていましたが……」

「なぬ!?」

「あぁ、先ほど触れました。だとしたら、これも水神アクレシス様の加護の効果かもしれないですね。使役はしてないです」


 しかし、子精霊デボンチッチが俺に接触を試みるってのは……今までなかった。


 注連縄を腰に巻く子精霊デボンチッチは俺の近くを楽し気に回り始める。


 触ろうとしたら注連縄を腰に巻く子精霊デボンチッチは俺の真上へと逃げた。


「しかし、わしらに接触しようとしてくる子精霊デボンチッチは生まれて初めて見る現象じゃ。縄の装備といい水神アクレシス様の大眷属様なのじゃろうか?」

「縄と白い紙は濡れていますから、はい……たぶん……そうだとは思いますが、見た目的に眷属ちゃんでしょうか?」


 腰に注連縄を巻く子精霊デボンチッチは不思議な踊りで俺のMPを吸うように宙空で側転。


 逆さまとなって、ちっこい陰嚢のようなモノを見せてきた。

 

 少し混乱するが面白い。


「はは」

「ふふ、面白いです~」

「ははは」


 ホウシン師匠とエンビヤも笑う。

 ホウシン師匠は笑いつつ、注連縄を腰に巻く子精霊デボンチッチの未知な動きに驚く。

 子精霊デボンチッチが不思議な動作を繰り返す度に武術家の構えとなったから、それも面白かった。


子精霊デボンチッチに好まれただけかの?」

「たぶん。少し移動してみます――」


 腰に注連縄を巻く子精霊デボンチッチは俺の後をくっ付いてきた。

 俺の速度に合わせる子精霊デボンチッチ


「「おぉぉ」」


 ホウシン師匠とエンビヤも驚く。

 更に体幹を軸とする<魔闘術>を強めた。


 機動力を上げる、側転から連続後転――。

 

 すると、うは――。

 腰に注連縄を巻く子精霊デボンチッチが俺の顔に近付きすぎ!


 と俺をすり抜けて真上に移動していく子精霊デボンチッチの体内が神秘的すぎた。

 

 デボンチッチ細胞的なモノがうようよ泳いでいる。


 面白いが、なんなんだろうか。


 水神アクレシス様の子分?


 常闇の水精霊ヘルメがいれば、詳細がもう少し分かっただろうに……。


 ま、仕方ないか。


 体に纏う<魔闘術>の配分を変える。

 続いて<血液加速ブラッディアクセル>を強く意識して発動しつつ――。


 右、左の反復横跳びから――。


 斜め右上に跳躍。

 着地際で横回転。

 そのまま反転――両足で床を突く跳躍から伸身捻りを実行――。

 

 宙空で無名無礼の魔槍を右手に出現させた。


 その無名無礼の魔槍を投げるように左手に移す。

 そこから体を横に捻って、無名無礼の魔槍の柄を縦回転させつつ――後部の石突を前方斜め下に向けて降下――その石突で床を突く。


 反動で体ごと無名無礼の魔槍が持ち上がった。

 再び、石突で床を叩く――。


 両手で柄を握り直しながら真横の体勢を維持。

 そのまま無名無礼の魔槍の石突で床を叩いて、反動で前に移動。

 脇腹と腹筋に、とにかく体幹の筋肉が求められる体勢だ。


 昔、サイデイルでムーたちに見せた風槍流の技術。


 そして、ここの床も硬いが、無名無礼の魔槍も硬い。

 

 無名無礼の魔槍の柄は体重をかけても曲がらない。

 その両手掴みの無名無礼の魔槍に体重を乗せるように柄を曲げるような動きから前転捻り。


 ぐわりと、床を擦った石突と石畳から火花が散った。

 無名無礼の魔槍の穂先が宙空をぐわりと回る。


 俺も回って一回転。

 注連縄のデボンチッチは、その無名無礼の魔槍の周囲を楽しそうに回っていた。


 無名無礼の魔槍の穂先で床を叩く。

 その反動と床を蹴って、無名無礼の魔槍を引き上げつつ斜め右上に側転。


 ――<豪閃>。

 

 旋回機動から両足の爪先に力を入れて動きを止めた。


 俺の動きについてくる腰に注連縄を巻く子精霊デボンチッチ

 無名無礼の魔槍の穂先付近で螺旋の動きで旋回中。

 そして、無名無礼の魔槍の蜻蛉切と似た穂先からは、墨色の炎が放出中だ。


 腰に注連縄を巻く子精霊デボンチッチは、その墨色の炎を祝うように、体から水の魔力のようなモノを放出している。不思議だ。

 

 ナナシの魔力を得たのか、注連縄にぶらさがる紙のようなモノが墨色に変化している。


 無名無礼の魔槍を消すと――。

 注連縄を腰に巻くデボンチッチは混乱したように螺旋しつつ俺の頭上を飛翔。

 

 まだ消えないか。

 演武を終えた俺は二人の下に移動した。


「消える気配がない子精霊デボンチッチとは不思議ですね」

「ふむ。不思議な子精霊デボンチッチじゃ。それよりも、シュウヤの今の槍武術の動きのほうが重要じゃ。素晴らしい武術である!」

「はい、槍裁き、足捌き、どれもが一流……」


 ホウシン師匠とエンビヤに、


「風槍流を軸にした動きです」


 と説明。


「偉大な槍武術、尊敬するのじゃ。偉大な師匠を、偉大な風の摂理を内包した一の槍を感じたのじゃ」


 ホウシン師匠はさすがだ。そして、アキレス師匠と風槍流を褒めてくれた。


 凄く嬉しい。


「ありがとうございます。一の槍の風槍流は常に進化する」

「ふぉふぉ、まさに百尺竿頭に一歩を進むじゃな。そして、その武の歩法は、玄智武暁流の槍武術の動きに近い部分もある」

「玄智武暁流とは、ホウシン師匠の流派でしょうか」

「そうじゃ――」


 とホウシン師匠は武暁ノ玄智を右手に召喚。


「正確には、この秘宝槍、武暁ノ玄智の流派と言えよう。更に『闘気玄装』と『玄智・明鬯組手』が必須の槍流派なのじゃ。玄智の森に多い三大流派とは異なる槍流派じゃな」


 尊敬の気持ちで頷いた。

 エンビヤは、


「わたしからは、ホウシン流にしか思えませんが」


 そう発言。


「ふぉふぉ、そう言ってくれる武王院の院生は多い。じゃが、まだまだ、『仙鋼を磨く』じゃ」

「お師匠様、その例えは……」

「昔、わしに槍の技術を指南した槍仙老婆、独鈷コユリの言葉じゃよ」

「あの悪の面がある……」

「ふむ。ただの仙鋼を磨き続けて『禹仙針を作ろう』と言っていた。実際に有言実行。禹仙針と凄まじい槍を造り上げたからの」


 面白い話だ。

 玄智の森に伝わる諺か。


「根気のあるお婆さんが、ホウシン師匠に指南をしていたことがあるのですね」

「師匠の一人と呼べる。しかし、<禹仙針術>などは学ぶことはできんかった……<仙針>は獲得できたのじゃが……」


 針を<投擲>する技術かな。

 <投擲>は結構重要。

 学ぶ機会があったら……。

 

 ま、槍系統や<闘気玄装>を学ぶことが先か。


 エンビヤに向けて、


「エンビヤは槍仙老婆の独鈷コユリをあまり知らなかった?」

「有名な話なら知っています。お師匠様、シュウヤに少し語ってもよろしいでしょうか?」

「かまわん」

「はい、では、禹仙鋼槍を扱う伝説の槍使い老婆コユリ。ライランの大眷属を穿ち、武仙砦の危機を救った。しかし、カソビの街では一転して大暴れ。理由は知りませんが、仙剣者や仙槍者が多数死にました。悪人の側面が多いとカソビの街では聞いています」

「ふむ」


 正義で悪人か。


 頷いた。エンビヤは、チラッとホウシン師匠を見て、


「しかし、お師匠様と繋がりがあったとは知りませんでした」


 ホウシン師匠は少し驚いたような表情を浮かべた。


「エンビヤは知らなんだか。あぁ、老婆コユリとわしの関係は武王院ではソウカンしか知らぬのかもな」


 ホウシン師匠は視線を斜めにしながらそう語る。


「悪の面が気になるが」

「鬼魔婆とも言われて、各仙境にカソビの街で高額な賞金の玄智宝珠札が付いています」

「賞金首でもあるのか」


 そうとうなじゃじゃ馬か。


「たしかに性格は悪い。が、正義の心も持っていたのじゃよ。しかしながら我欲が強い。悪の面があったこともまた事実じゃ。白王院などの存在を毛嫌いしとったこともある」


 その伝説の槍使い婆が気になる。


「その婆さんは……今も生きているのでしょうか」

「暫く会っとらんな。じゃが、あの婆のことじゃ……まだどこかでしぶとく生きていることじゃろうて……なんせ、強いからのぅ」

「……」


 エンビヤと目が合うと頷く。

 そんな強いのか。


「ふぉふぉ、あるいは武仙砦を越えておるか?」

「え!」

「ふぉふぉ、〝鬼魔人傷場〟を越えて魔界セブドラ側に突入しとるかも知れぬ。コユリ婆は型破りな槍使いであったからのう……」


 と懐かしむ表情を浮かべるホウシン師匠。

 顎髭を人差し指と親指で掴んでは伸ばしている。

 

 それが本当なら、なんて婆だよ。


「その独鈷コユリが、わしの武暁ノ玄智を羨んでは、けしかけてきたからの。実際に奪われたこともあったのじゃ……ふぉふぉ」

「「え!」」


 武暁ノ玄智を再度出現させたホウシン師匠。

 目の前でくるっと武暁ノ玄智を回転させてから、武暁ノ玄智の槍を消去した。


 そして、ニカッと笑うと、


「が、この武暁ノ玄智もまた特別じゃからの。コユリ婆の手から一瞬で消えた武暁ノ玄智はわしの手に戻った。その時の驚いたコユリ婆は可愛かったのじゃ。そのコユリ婆は、わしの槍武術を見て、玄智武暁流と呼んでおったな」


 尊敬の念を込めつつ、


「コユリ婆と玄智武暁流の話は面白いです」

「ふぉふぉ。コユリ婆がシュウヤの槍武術を見たら、なんて言うかの?」


 ホウシン師匠はエンビヤに視線を向ける。

 

 話を振られたエンビヤは『え? わたしですか?』という顔付きを浮かべて、


「シュウヤは風槍流の仙槍者。そして、武魂棍の儀の仙値魔力の値には、諾尊風槍の位がありましたから、諾尊風槍流でしょうか?」


 ホウシン師匠はエンビヤの思考を楽しむように数回頷いてから、俺を見る。


 そして、


「……ふむ。そうかも知れぬな」


 鋭い眼光。

 自然と拱手をしていた。

 

 そのホウシン師匠は俺の頭上を見て、

 

「シュウヤ、その注連縄の子精霊デボンチッチじゃが……シュウヤの槍の燃焼しているような絵柄の魔力に触れた途端、注連縄に絡む紙垂の色が少し変化したように見えたのじゃが」

「あ、そのようですね。何か意味があるのかは不明ですが」

「分かっとらんのか。面白いのぅ。水神アクレシス様のお恵みの効果なら何かしらの付加価値がありそうじゃが」

「そうかもしれません。水神アクレシス様に感謝しましょう。そして、可愛い子精霊デボンチッチです」


 ホウシン師匠とエンビヤに対して頷く。


「最初に水神アクレシス様の彫刻や石像たちを作ったサギラ・スーウィンさんに感謝の念を捧げたら、こうなりましたから」

「ふむ。水神アクレシス様と仙王家と関わる子精霊デボンチッチかも知れぬ……」


 頭上に腕を掲げると、俺の腕の周りを回る注連縄を腰に巻く子精霊デボンチッチ


「はい」


 ホウシン師匠は頷いた。


「さて、神遺物の王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードを今使わぬなら、そこの訓練場に行こうかの」

「はい!」

「エンビヤも来なさい」

「はい!」


 ホウシン師匠とエンビヤがテラス側に向かう。

 その様子を見てから、水神アクレシス様の彫像と碑文に向けて拱手。


 御辞儀をしてから、踵を返した。


 二人の後を追う。

 二人の背中の向こう側は訓練場と地底湖だ。

 上空には煌びやかな水飛沫に子精霊デボンチッチたちが神秘的に踊っている。

 

 ホウシン師匠は訓練場の中央で足を止めた。


 エンビヤは普通の歩き方だが、ホウシン師匠の歩き方は何度見ても魅了される。


 爺萌えではない。


 背骨は曲がっていないし、あの背中に両手を回している歩き方は背中に武暁ノ玄智を回す武の歩法でもある。

 

 地底湖を見渡していたホウシン師匠は振り返る。清水が降りかかってくる。


 濡れても気にしないホウシン師匠とエンビヤ。

 俺にもふりかかって視界が水だらけ。

 が、不思議と心地良い。


「シュウヤ、最初は組み手。<闘気玄装>と<玄智・明鬯組手>を用いる――」


 ホウシン師匠は重心を少し下げて両手で宙空に流線を描きつつ、左手を上げ、右手を少し下げた柔術系の構えを示す。


 一気に気合いが入った。

 俺も構える。


「シュウヤ、途中から、先の右腕が氷の槍と剣が連なる不思議な武器になるスキルを使ってもいいぞ」

「あの時の<召喚闘法>は格好良かった……」

「氷皇アモダルガはさすがに、組み手を優先します」

「うむ! 良い気概じゃ――」


 と水飛沫――。

 ホウシン師匠の不意打ちの肘だ。

 が――。

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