八百七十三話 ホウシン師匠からの指南と【仙王の隠韻洞】の真実
<血道第三・開門>――。
<
ホウシン師匠は笑うと、
「速いが、後退は愚――<玄智・陰陽流槌>――」
とスキルを発動。ルリゼゼの言葉をここで聞けるとはな――。
ホウシン師匠は肘打ちの打撃の姿勢で前進。
そのホウシン師匠の両腕に水飛沫が重なった。
と、その水飛沫が、陰陽太極図と似た水の紋様に変化を遂げる。
肘の頂点が陽の中の隠の点。
そんな水の陰陽太極図を纏う左肘の打撃を――。
右手の掌で弾く、が、重い肘の打撃に、水飛沫が礫の如く飛来、右腕ごと外にもっていかれた。更に、右肘の打撃が目の前に迫った。
ホウシン師匠の右前腕の表面を時計回りで回る水の陰陽太極図には迫力がある。
その右肘を凝視しつつ、<魔手太陰肺経>を意識しながら、円を宙に描くように動かした左手の甲で、ホウシン師匠の右肘の打撃を受け流しつつ退いた。
ホウシン師匠は「ハッ」と気合い声を発して俺を追いつつ、
「シュウヤの武術は<槍組手>だけではない!」
「はい」
「腕で円を描きつつ攻撃を往なす技術体系が、魔人武術系統の真髄か!」
そう話をしながら踏み込むと、ホウシン師匠は右肘の打撃を繰り出してきた。
俺は退きつつ、
「似ていますが、微妙に異なります――」
そう発言。そして――左手首と左前腕を鎌の刃に見立てた左腕で――。
ホウシン師匠の右肘の打撃を下から斜め上へと引っ掛けるように左側へ弾きながら退いた。
ホウシン師匠は前進しつつ、
「素晴らしい動きじゃ――」
キサラから習い途中の<魔手太陰肺経>の動きを褒めてくれた。
同時に肘打ちを繰り出してくる。
右腕で同じように、ホウシン師匠の肘打撃を弾いた。
「これは<魔手太陰肺経>の一部と魔界セブドラ実戦幾千技法系統を合わせた技術。そして、<魔手太陰肺経>のほうはまだ正式にスキルとしての獲得には至っていません」
ホウシン師匠は足を止めた。
俺の腕と体を巡る魔力操作を見てから、
「――ほぅ! 腕と肺の経路を魔線で結ぶ高度な拳法か。しかし、<玄智・陰陽流槌>を難なく往なすとは!」
ホウシン師匠は嬉しそうに語る。
と、前進を開始。
打撃の動きに移行する。
また<玄智・陰陽流槌>か?
ホウシン師匠は上半身を少し上げた。
――肘打ちの動きはフェイクか。
和風コルセットのベルトの月と森と動物の衣装が輝きを放つと、バチバチとした雷鳴が腰と両足から轟いた。
「<玄智・雷電鮫蹴>――」
俺の左足の甲を潰すような踏み蹴りスキル。
半身の姿勢のまま足を退いて、ホウシン師匠の蹴りをあっさりと避けることができたが、ホウシン師匠の足から鮫のような稲妻の群れが発生。
それらの小さい稲妻の鮫が、水浸しの床を
両足が一瞬で斬り刻まれた。
――痛すぎる。
「シュウヤ!!」
ハルホンク衣装は一瞬でズタズタに裂かれた。
ホウシン師匠は当然、攻撃を緩めない。
退いた俺の胸元に対して「<武王・渾風拳>――」と左拳の打撃を繰り出してきた。
その左拳を――。
魔力を強めた右手の掌で往なす。
ホウシン師匠は左拳が弾かれても体幹がぶれない。
一つの巨大な岩のようなホウシン師匠は、
「速い反応じゃ!」
と、俺を褒め叫びながら右足で床を踏み噛む。
同時に、左拳を突き出して俺の胸元を狙ってきた。
右腕で円を描くようにホウシン師匠の左拳の攻撃を往なしつつ、<怪蟲槍武術の心得>と<魔人武術の心得>を強く意識した。
瞬時に体幹に高濃度の魔力を集める。
その魔力を全身に巡らせながら――。
俺も拳で攻撃しようと<蓬茨・一式>を繰り出した。
魔力が迸る正拳突きを見たホウシン師匠はニカッと笑い、
「ほぅ! <闘気玄装・水仙>――」
と体がブレた。水の分身と似ているが、加速術か。
ホウシン師匠は瞬く間に左側へと移動しながら、右膝を急角度に上げる。
「――<玄智・仙幻蹴刀>」
ムエタイの蹴りのような動き。
分身体も同じ蹴りの動きを取りながらホウシン師匠の体に戻っていく。
――老体に思えない。
ホウシン師匠の体が幾重にも重なって見える上段回し蹴りの<玄智・仙幻蹴刀>の初撃を後退して避けた。
次の蹴りは右腕で捌きながら退くが――。
――肩。
――腕。
――胸。
――腰。
に幻術染みた上段回し蹴りを喰らいまくった。
痛いが姿勢は崩さず――反撃の<悪式・霊禹盤打>を繰り出す。
ホウシン師匠は左腕を翳して<悪式・霊禹盤打>を受けた。
が、左腕だけでは俺の掌底を受けきれず――。
半身を崩しながら退いていた。
「くぅ、強烈な掌打系スキルじゃな――」
と言いながら床を蹴って前進してくる。
中段回し蹴りの動作。
すると、頭上から水神アクレシス様の清水が水飛沫となって降りかかってきた。
枝と植物の葉も舞うように落ちてきた。
土が混じる枝は避けたが――水神アクレシス様の清水を浴びる。
――冷たくて気持ちいい。
蹴りの回転動作を取っていたホウシン師匠も動きを止めている。
両手を拡げて水飛沫を浴びていた。
石畳の訓練場の右側にいたエンビヤも清水を浴びて制服が濡れて悩ましい姿を見せている。
そのエンビヤが、
「――ふふ、シュウヤとお師匠様が凄すぎる!」
「ふぉふぉ」
エンビヤが水が滴る天蓋に向けて腕を差す。
「お師匠様とシュウヤ、見てください! 神界セウロスの神々が、魔力を得ながら修業を行うわたしたちのことを祝福してくださっているのでしょう。注連縄の
そう語るエンビヤはまさに水も滴るいい女。
天井のシャンデリアのような白蛇大鐘に絡む植物の蔓は動いていた。
今も宙を舞いながら落ちてくる植物の葉は、サデュラ様の葉なのだろうか。
枝や土を内包している葉もあるが、土はもしかしてガイア様の?
後で聞いてみるかな。
「ふぉふぉ、
ホウシン師匠は目を細めながら語る。
天蓋の白蛇大鐘から地底湖を眺めつつ顎髭も触っていた。
「今日は善き修業日和じゃ。仙王ノ神滝の水も多い。氷皇アモダルガ様の使役に、不思議とシュウヤに絡む注連縄の
「はい。注連縄の
エンビヤがそう答えた。
ホウシン師匠はそう語るエンビヤを娘でも見るような表情を浮かべて見てから、数回頷いて、
「そうじゃのう……武は心であり、心もまた一つの武である。神々とご先祖様に感謝じゃ……」
「「はい!」」
ホウシン師匠は俺たちの気合いの声を聞いて振り向く。
優しそうな表情だ。
が、すぐに厳しい顔色となって腰を沈めると、
「シュウヤ、<玄智・明鬯組手>の訓練を続けよう――」
「はい! お願いします」
押忍の精神で応えた。
そこに一枚のサデュラ様の葉が落ちてきた。
「あ、少しお持ちを、この葉をもらっても?」
「構わん。仙薬にも詳しいとは驚きじゃ」
「この葉は仙薬の材料に?」
「サデュラの葉じゃ、当然じゃろう」
頷きつつ、素早くハルホンクを意識。
そのサデュラの葉をゲット。
どうせならもう少し拾うか。
大地の神ガイア様の土とサデュラの葉が、上から降り注ぐ清水の影響で石畳の表面を流れている。
訓練場の石畳に傾斜はないが、石畳に内包されていた魔力の影響だろうか。葉と土は床の表面を勢いよく流れていく。
訓練場の石の端から地底湖に流れ落ちていく様は瑞々しい。
その大地のガイア様の土とサデュラの葉の幾つかを素早く――ジャブを打つように落ち葉をササッと拾ってハルホンクのポケットの中へと仕舞った。
はじめの一歩は面白い。
ハルホンクに食べさせてはいない。
サデュラの葉の中には土なども結構含まれているから後々役に立つはずだ。
エンビヤは、
「はい。今落ちている葉があるように、武王院ではサデュラの葉は大量に備蓄されているので、天凜の蓮、聖孔雀の尾、玄智の朱玉などのほうが貴重なんです」
「ふむ。武王院では貴重なサデュラの葉を多く用いた<仙火錬成>が発展している」
「へぇ……知らないことだらけで参考になります」
「わたしも回復玄智丹なら造れます。これをどうぞ――」
と、エンビヤから袋をもらった。
袋の中には魔力を内包した丸い玉が、
「これが回復玄智丹?」
「そうです。ある程度の毒消し効果もあります。が、あくまで回復薬です」
「ありがとう」
「はい」
エンビヤの笑みを見て癒やされた。
ホウシン師匠に視線を向けて、
「<仙火錬成>が得意な方々が武王院には多いのですか?」
「それなりにいるはずじゃが、エンビヤ」
エンビヤは頷いて、拱手。
あぁ、エンビヤに聞くべきだったか。
そして、そのエンビヤは『大丈夫』と言うように視線を寄越してから、
「霊迅仙院と鳳書仙院の院生が比較的<仙火錬成>が得意ですね。錬成や霊陣書の作製で一、二を争うのは、鳳書仙院の院長のペアグ、師範のラチ、筆頭院生のリンでしょう」
「へぇ。あ、ラチって方は」
「はい、わたしの友。【武仙ノ奥座院】から武王院に降りる階段で会った女性です」
やはり、あの女性か。
ホウシン師匠も笑顔を見せると、
「さて、話はお仕舞いじゃ。シュウヤ、準備は良いか?」
エンビヤからもらった回復玄智丹入りの袋をハルホンクの中に仕舞い、
「はい、よろしくお願いします!」
「ふぉふぉ、わしこそじゃ! 参る! ――ハッ!!」
気合い声と共に突進してくる。
ホウシン師匠の両足がブレる。
と、足下の水飛沫を吸い寄せた?
「<玄智闘法・浮雲蹴刀>」
その水飛沫を纏う両足から魔印のような魔法の文字を浮かばせながら左下段蹴りを繰り出してくる。
風と水飛沫は受けるが、下段蹴りは受けずに退いた。
ホウシン師匠は蹴りが空かされても体幹のバランスが崩れない。
独自の斥力を得ながら前進。
両足から迸る魔印魔力の影響か?
水の<生活魔法>のような水飛沫を活かす歩法か。
が、風属性もあるように、風も孕んだ<玄智闘法・浮雲蹴刀>の右下段蹴りが迫った。
俄に体を退いた。
右下段蹴りの<玄智闘法・浮雲蹴刀>を避けきる。
が、再び左下段蹴りの<玄智闘法・浮雲蹴刀>が迫った。
連続ローキック祭りか!
あ、このリズムは――。
この【仙王の隠韻洞】に来るまでに【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】で行った修業と同じか。
感謝だ。
――俺に<闘気玄装>を体得させようとしてくれている。
その感謝が溢れつつ、ホウシン師匠の動きとエンビヤの呼吸と動きのすべてを思い出しながら――。
<玄智闘法・浮雲蹴刀>の下段蹴りの乱舞を避け続けた。
しかし、突兀の岩から浮く魔印と蹴りのタイミングは少し違う。
避けのタイミングが狂うと下段蹴りを左足に喰らった。
――背中から床に転がった。
「あ、シュウヤ!」
「ふむ。わしとエンビヤの<闘気玄装>と〝玄智闘法・浮雲〟の歩法を丹心万古の思いで真似た。と、分かるのじゃが……まだ、少し足らんようじゃ。高欄舞台を歩くような訓練だけでは中々難しい。更に理合だけを突き詰めても難しい」
突き詰めてもか。
理外の理、もっと自分の感を頼れって意味だろうか。
そして、清水で冷たい床だったが、気持ちいい。
胸一杯に綺麗な空気を吸う。
両手で頬を叩いて――。
自然と魔力が体に湧くのを感じながら立ち上がった。
「――はい。足捌きの間合いは常に変化しますからね」
「その通り、学びを得ている良い面じゃ。そして、無名無礼の魔槍ではないが、無我の境地でこい――」
「はい! では、<戦神グンダルンの昂揚>と<水月血闘法>――」
加速しながら右拳を突き出す。
ホウシン師匠は驚いたような表情を浮かべると――。
水飛沫を連れ発しながら水の小円を宙空に描く左手の機動で俺の右拳を払う、刹那――。
<湖月魔蹴>を発動。
ホウシン師匠は<湖月魔蹴>の機動に反応が遅れた。
ホウシン師匠の左腹に右回し蹴りの<湖月魔蹴>が衝突――。
しかし、ホウシン師匠は右手の掌を左腹に当てていた。
その右手は反対側に弾け跳ぶが――。
<湖月魔蹴>の蹴りの衝撃は殺されていた。
ホウシン師匠は半笑い。
が、やや遅れて体に痛みが走ったような表情を浮かべる。
右腕をダラリと下げて、腹を左手で押さえながら、素早く退いて間合いを取った。
「くぅ……脇腹と右手が痛い。強烈な蹴り技じゃのぅ。シュウヤ、今の蹴りスキルはなんという名なのじゃ?」
「<湖月魔蹴>という蹴りスキルです」
「湖月か。良い名じゃな。そして、<魔闘術>系技術の<闘気霊装>の血と水を活かす<水月血闘法>があるからこその<湖月魔蹴>じゃな?」
ホウシン師匠は武術の理を理解しているように語る。
頷いて、
「はい。<水月血闘法>で<湖月魔蹴>は速度威力ともに増していると思います」
そう語ると、ホウシン師匠の双眸がギラついた。
一気に武術家としての表情を浮かべると、
「うむ! 素晴らしい<闘気霊装>の<水月血闘法>! 羨ましさを覚える武の法じゃ! 同時に強者の弟子と共に武術を学び合えることに感謝しよう。自然と心が滾るわい――」
ホウシン師匠はそう言い終えると体が一瞬膨れる?
否、魔力が爆発的に増えた。
「<武王・魔力纏>じゃ」
「凄い! <闘気玄装>に<武王・魔力纏>を重ねたのですね……。あ、もしかして……<玄智・明鬯組手>の秘奥義?」
ホウシン師匠はエンビヤを見て微かに頷いた。
黙ったままだから、少し緊張感を得た。
「……シュウヤ、覚悟はいいな?」
と発言。その迫力ある物言いに思わず息を呑む。
体から迸る魔力が凄まじい。
一瞬、背中に寒気を感じた。
「……はい」
俺がそう発言すると、ホウシン師匠は静かに頷いた。
前傾姿勢のまま左足を出して、ジリッジリッと間合いを詰めてくる。
そのまま突進してくるかと思ったが、俺に体を向けつつ後退。
訓練場の端に踵を突けると前進を開始。
少し体が浮いている。
ホウシン師匠は重心を沈めながら拳と下半身に魔力を集中させた。
両足で地面を突くと、更にホウシン師匠は加速しながら――。
正拳突きから――。
横回転、右回し蹴りを放ってきた。
その連続した打撃を防ぐ。
横回転を続けるホウシン師匠から裏拳が迫る。
その裏拳を掌で掴むように防ぐが読まれた。
ホウシン師匠は、
「ふっ」
と笑顔を浮かべつつ――。
左下段蹴りから、右回し蹴り――。
それらの連続した蹴り技を防ぎ続けた。
「見事な受けの技術だ」
「ありがとうございます――」
不意打ちで――。
<蓬茨・一式>の拳を繰り出す。
ホウシン師匠の体がブレて、避けられた。
側面から<蓬莱無陀蹴>を繰り出す。
蓬莱魔蹴流技術系統の上位蹴り――。
が、ホウシン師匠は両腕で俺の<蓬莱無陀蹴>をブロック。
ホウシン師匠の片手が俺の右足を掴む。
「<玄智・右仙蹴刀>――」
と、もろに胸元に<玄智・右仙蹴刀>を喰らう。
胸が壊れる思いを得ながら訓練場の端に飛ばされた。
端に片足を突けて着地。
したところで、頭上にホウシン師匠の姿が――。
足には雷魔力が――。
「――<玄智・雷鮫>」
その飛び蹴り――を右横斜めに跳んで転がりながら避けた。
ホウシン師匠の蹴りが訓練場の床と衝突。
衝撃波と稲妻の小さい鮫が周囲に飛んだ。
ホウシン師匠は制動もなく、
ゆったりと振り返って俺を見る。
「ふむ。蹴りスキルを浴びながらも、実に見事な避け技術じゃ」
「<魔人武術の心得>のお陰です」
「格闘系も得意だとよく解る、滾るな――」
「――はい!」
一撃、二撃、三撃、四撃――。
打ち合って、五撃目は蹴り同士がぶつかり合う。
痛い――。
ホウシン師匠も「ぐお――」と言いながら退いた。
が、素早く反転、浴びせ蹴りから、肘打ちか――。
その蹴りと打撃の連続技の一部を喰らう。
が、喰らったお陰で、前に出した左手でホウシン師匠の右手首を掴むことに成功。
そのホウシン師匠の右手首を斜め下に引きつつ――。
俺は左足でホウシン師匠の右足の引っ掛けを狙う。
――柔道でいう小外刈り。
風槍流<槍組手>『落流』――。
が、小外刈りは読まれていた。
重心を下げたホウシン師匠。
岩の塊が左に移動する印象を抱く。
ホウシン師匠は右足をサッと上げる。
俺の左足の引っ掛けを避けると、俺の左手を右手で斜め下に引きつつ右足の裏で俺の膝を狙ってきた。
――柔道でいう膝車か。
が、踏ん張りつつホウシン師匠の右足を抱えながら――。
ホウシン師匠の左足を刈った。
「ぬお――」
ホウシン師匠は転倒――。
受け身を取りながら床を転がって片膝で床を突きつつ、
「見事な<槍組手>だ。素晴らしい……」
「凄い……お師匠様を完璧に転がした!」
「風槍流『落流』で重心を狂わせたところで『末刈り』です」
起き上がったホウシン師匠は、
「風槍流<槍組手>か。わしを転ばすとは、諾尊風槍の位の名は伊達ではない」
「ありがとうございます」
「シュウヤ、滝行・玄智組み手の成果を得たか?」
「<闘気玄装>のスキルは得ていませんが、修業の効果は確実に得ています」
「ふむ! <玄智・明鬯組手>と<闘気玄装>もそのうち獲得するじゃろう」
「はい、至誠天に通ずの思いでがんばります」
「……ふぉふぉ。痺れる物言いじゃ。まさに武王院の誉れじゃな……ならば……その想いにわしも……応えよう」
ホウシン師匠の視線が強まる。
自らの体格を縁取ったような水飛沫を残して消えた。
加速したのか。
瞬く間に間合いを詰めてくる。
水と風の魔力を纏う正拳突き?
あ、フェイクか?
――ホウシン師匠は体を捻る。
左回し蹴りを繰り出してきた。
「あ、あれは、<玄智・左仙浸蹴刀>!」
風ごと宙を裂く勢いの左回し蹴りを右前腕と肘でブロック。
蹴りを防いだが重い――。
ハルホンク衣装が散りつつ腕と肘が潰れた。
血飛沫が迸るのを見ながら吹き飛ぶ。
蹴りの衝撃波が体を通り抜けるのを感じながら吹き飛び続ける。
訓練場を越えて地底湖にザバッと突入。
更に、蹴りの影響か、内臓が震動を起こす。
体内で凄まじい痛みを――。
「――ぐぁ」
血と空気を吐いた。
揺らぐ群青色の湖面が、俺の血と空気の粒で染まる。
――こぼこぼ。
水の音が耳を詰まらせた。
蹴りの威力は凄まじかった。
が、俺の腕は回復。
すると、地底湖の底のほうに濃厚な魔素の気配を感じた。
その反応を見ようと真下に振り向く。
<夜目>は必要ない。
すると、深い地底に
かなり深そうだが、向かうか――。
ホウシン師匠とエンビヤが俺を探しに来るかもしれない。
が、まぁいい――。
【仙王の隠韻洞】の地底湖の探検と行こうか。
地底に向けてドルフィンキックの潜水泳法を行う。
深海魚を喰らう鯱の如く降下――。
深く潜っても温度は下がらない。
体が非常に軽く感じた。まぁ、当然か。
俺には<水の即仗>を内包した<水神の呼び声>がある。
玄智聖水の滝が集積してできた地底湖で、神々しい水の中。
水神アクレシス様と白蛇竜大神イン様が作ったような地底湖だ。
幻想的な地底湖を見ていると――。
瀬織津姫や女神イシスの羊水の中の宇宙観を想起した。
深い場所にトポロジカル変化の激しい
下の深層は未知の世界?
――不安感が増してきた。
一瞬、上に戻ってホウシン師匠とエンビヤに報告しようか迷うが――ええい、儘よ!
【夢五郎スキル探検隊】の心持ちは永遠です!
の精神で、好奇心が優った。未知の深海ゾーンに突入。
体に触れた感覚が違う。
大量のワカメ!? 否、ゼラチン? 粘り気がある液体。油のような滑る液体もある。
セメダイン?
量子液体?
――それらが体に絡みつつ下に下に向かう。
熱力学的不安性を帯びたエアロゲルだろうか。
地下に進めているが、底なし沼だったらどうしよう。
少し不安を覚えた。
ダメ元で、少し試すか――<血鎖の饗宴>――。
全身から血が噴出するが<血鎖の饗宴>は出ない。が、<
<鎖型・滅印>も試すが、当然発動しない。
エクストラスキルの<鎖の因子>がすっぽりと抜けた感が強い。
<血鎖の饗宴>を用いた血鎖鎧も使えない。
その<魔闘術>と<血魔力>をより融合させるように体に魔力を纏いつつ――ぬるりとそのゾーンを抜けた直後――。
深い水の中に変わりはないが――。
ゴォォォッ――という音が響いた。
同時に視界が白銀の光に包まれる。
その白銀の光が薄まると白銀の光が蠢いた。
蠢く白銀の光は鱗が密集している?
もしかしてアジア系の龍か?
魔竜王のようなドラゴン系だろうか。
その龍かドラゴンは泳いでいる最中なのか? 左に向かっている。
鱗の白銀の光を凝視――。
左に移動中の鱗の他にも半透明な皮膚があり、中身は透けて骨だらけ?
ハルホンクを意識。
『ングゥゥィィ――』
「『――ん!? 【神水ノ神韻儀】をせずにここに侵入するとは! 何者か!』」
儀式?
思念と不思議な振動の声と空気の泡の群れは真下からだ。
――下から飛来する泡。
バブルシャワーを浴びているような感覚で少し心地良い。
通り抜けたエリアの滑りを払ってくれている?
神遺物の
下の存在は白蛇竜大神イン様かと思ったが違う?
その龍か白蛇か謎の存在の魔素が下から迫った。
一瞬、恐怖。その直後――。
下から巨大な頭部がぬっと出現。
「おぉ……」
驚き。
思わず、空気泡が口から漏れ出た。
巨大な頭部は龍!
しかも皮膚の大部分が透けていた。幻影に近い? 幻影の中身は宇宙的な模様だ。
幻影さを併せ持つ白銀の龍神様か……神様に念話が通じるか分からないが――ホウシン師匠からもらった八部衆の腕環を見せて、
『――初めまして、俺は武王院の八部衆、名はシュウヤと言います。好奇心から龍神様の聖域に入ってしまいました』
「『おぉ、武王院ノ院生なのか?』」
幻影の龍神様の双眸が様々な色合いで煌めいた。
神々しい。
『入学したばかりですが、はい』
「『驚きだ!』」
空気泡と一緒に振動音が凄い。
『……驚かせてしまって、すみませんでした。上の訓練場でホウシン師匠と訓練をしていた際にこの地底湖に落ちてしまったんです。そして、下に気配を得たので興味本位のまま潜ると、聖域に入っていたようです』
「『……強者の仙武人、我に何の用なのだ。ぬ!? そなた、水神の気配……水神アクレシス……の匂いが濃い!!! あぁ、だから神水ノ中を!! あぁ、氷皇アモダルガの匂いもある!!!』」
『氷皇アモダルガなら使役しました』
『「オォォォ――」』
ヤヴァッ、咆哮と空気の泡が激しい。龍神様は怒ったかな……。
素直に見せよう、<氷皇アモダルガ使役>を発動。
体から氷皇アモダルガが出現。
大きさは十メートル強の氷皇アモダルガが、
「「ガォォォ」」
と空気の泡を大量に吐きながら独特な音波風の振動音を響かせる。
液体だから不思議な吠えた声だ。
氷皇アモダルガは、そのまま前進して、幻影の龍の頭部に近付く。
が、素早く反転。
氷皇アモダルガは魔力粒子となって俺の体内に戻ってきた。
「『……おぉ、同胞……本当に〝流れを汲みて源を知る氷皇アモダルガ〟を使役したとは……幾星霜の時を、次元が別れても根源の魂は現存していたのだな。そして、我が解らないのも無理はない』」
謎の幻影の龍神様は、氷皇アモダルガと知り合いだったのか。
『失礼ですが、貴方様の、龍神様の名は?』
「『ふふ、我は龍韻の〝イゾルデ〟』」
『龍韻のイゾルデ様……龍神様では?』
『嘗ての<神水千眼>の中に棲まう大眷属〝武王龍神イゾルデ〟ではない。今は名もなき大眷属の残骸……」
『今の見た目は巨大な龍に見えます』
「『それは幻。ここを満たす白蛇聖水インパワルと聖水レシスホロンとアクレシスの清水のお陰。
イゾルデ様の龍としての姿の大半が消えた。
下に巨大な貝殻があり、その貝殻の中に、巨大な龍骨がある。
凄まじい魔力を秘めた龍骨か。
その下の龍骨と魔線で苟且のイゾルデ様は繋がっていた。
『あの龍骨がイゾルデ様の本体』
「『そうだ。魔界セブドラ側との争いの果ての姿。しかし、嘗ての【神水ノ神韻儀】では、我の復活を約束してくれた、仙王家の仙武人たちの琴者がたくさんおった。が、もう久しく会っていない……』」
『琴者……』
少し間が空いて、
「『六本、七本、八本の様々な弦を張っていた。麗しい徽や勘所を左手で押さえて主に右手で弾いていた。様々な流派があり、弾き方も違う。盛んに見えたが……知らないのなら……もう【神水ノ神韻儀】は失われたのか……』」
残念だが、たぶんそうだろう。
ホウシン師匠やエンビヤが知っていたら言うはずだ。
『そのようです。この地底湖に武王龍神リゾルデ様が眠っているとは聞いていなかった。ここの名は【仙王の隠韻洞】として聞いています』
「『ははは、仙王の隠韻洞とは、言い得て妙』」
笑った思念だが、哀愁がある。
『水神アクレシス様の彫像や仙武人の石像に白蛇大鐘があります』
「『ふむ。それは変わらず。那由他の時間が過ぎたか』」
『はい。その【神水ノ神韻儀】とは、琴者たちが武王龍神イゾルデ様の復活を誓うための儀式でもあった?』
正義のリュートがあれば音楽を奏でることはできたんだが。
「『……そうだ。が、いつの間にか、我を音楽で楽しませるだけの【神水ノ神韻儀】となっていた。それでも我は幸せだったのだ』」
歴史を感じる。
『楽器なら扱えるので、音楽を奏でることは可能なのですが』
「『ほぅ。我を感動させてくれた演奏者には我の力を分け与えることもあった。が、今はもう分け与えすぎて、この姿……故にすまないの……』」
『いえ、力は要りません。イゾルデ様と会えたことで十分です』
「『……なんという漢か。すまぬが、武王院の院生、ソナタの名をもう一度教えてくれ……』」
『シュウヤです』
「『シュウヤ、その気持ちだけで十分だ』」
『……はい。嘗ての仙王や仙武人たちが用いていた琴やスキルは何か分かりますか?』」
「『……仙鼬籬噴陽百妙技、桜那由他仙花技、羅仙瞑道百妙技などが有名であったな……』」
すると、イゾルデ様の半透明な胴体の殆どが消えた。
頭部と蒼眼が辛うじて分かるのみ。
『イゾルデ様……姿が……』
「『【神水ノ神韻儀】ではなく、聖域が散ったからであろう』」
『では、俺のせいで……』
「『いいのだ……【神水ノ神韻儀】は失われて久しい。希望を望みつつ徐々に朽ちていく身だった。それが、武王院の院生に見守られて神界セウロスへと至れるのだ……幸せである』」
……胸に来る。
と、頭上から
「『その不可思議な
「あ、上でお祈りしたら誕生した不思議な
「『なんと! あぁ……シュウヤは水神アクレシス様の……』」
その言葉でピンと来た。
『イゾルデ様、少し本体の龍骨で試したいことがありますが、良いでしょうか』
「『我はまもなく死ぬのだ。構わぬが……」』
『注連縄を腰に巻く
巨大な貝殻がある下に向かう――。
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