八百三十八話 漆黒の悪魔

 俺たちは頷いて、


「さぁ、皆、聞いただろう。このクリスタルキューブから出るぞ」

「はい」

「不思議なクリスタルキューブの間から降りるのですね」

「おう」

「ん」

「マスター、少し待って。オプティマスさん――」


 と振り返る。

 そのミスティは、


「レザアルさんの腕輪と貴方の巨人族の秘宝アーティファクトのことが少し聞きたい。売り物ではないのよね」


 オプティマスさんは頷いて、


「はい。〝創造岩塔ノ魔導傭兵〟もレザアルが装備中の〝岩魔導傭兵ノ腕輪〟も、売り物ではない。勿論、岩魔導傭兵のドーザー・レプリカントもカナヘル・アブサベレーも生きているのでお分かりかと存じますが、売り物ではないです。そして、現在とある理由で傭兵としての貸し出しは行っていません」

「そっか。ありがと」

「ご期待に添えず、すみません。しかし、巨人の秘宝アーティファクトに興味がお有りなら、シュウヤさんは、漆黒の悪魔の小型飛空戦船ラングバドルと、〝聖櫃アーク探知のコイン〟を得たのですから、北方を目指せば、いずれはバベル卍聖櫃アークに関わるオベリスクや古代遺跡を見つけることはできるはず」

「バベル卍聖櫃アーク?」

「はい。先ほど溶けた聖櫃アークと関わります」

「へぇ。あ、マスターも聖櫃アークの探索を考えているからもらったのよね」

「そうだ」


 さて、と魔法陣がある硝子の間に移動しようとした時。

 クリスタルキューブの建物内にピーピーピーと警報音が響く。


 サイレン?


 宙空に浮き続けていた梵語のsvastika。

 吉祥(キチジョウ)の印が点滅。

 

 オプティマスさんはカボルとレザアルさんと目を合わせる。

 二人の部下は頭部を左右に動かしていた。


『知りません』『分かりません』


 といった印象だが、カボルが、


「下のバフマンたちが止めた? 鍵が動いたことに驚いたのでしょうか」


 と、上司のオプティマスさんに質問していた。

 そのオプティマスさんは微かに頷く。


 耳元に指を当てつつ、俺を見て、


「失礼します。屋上の甲板と上層の格納庫リフトシステムが止まりましたので、下の連中に指示を出します。皆さんはそこでまっていてください」

「分かりました」

「「はい」」


 オプティマスさんは神妙な顔付きで頷く。

 耳元に指を当てながら、ディスプレイを見るオプティマスさん。

 耳元の通信魔道具が煌めき続けている。


 形は貝殻だ。

 エセル界の魔機械か、魔道具の魔通貝だろう。


 部下からの報告を受けたオプティマスさんは頷いて、


「おい、パマン兵長、どうなっているんだ。わたしに恥をかかせる気か?」


 と怒り気味、少し怖い。


 その僅かな間にも屋上の離発着場はダイナミックに変形を遂げる。

 巨大搬入口が上層だった巨大格納庫を覗かせていた。


「ん、驚き」

「うん」

「はい、驚きです。床が割れて、屋上の離発着場も拡がっていますね」

「商業魔塔ゲセラセラスの大きさを活かしているのね」

「不思議です!」


 皆、驚く。


 その巨大格納庫には、飛空艇センゼロ、小型飛空艇ゼルヴァ、小型飛空艇デラッカー、小型飛空戦船ラングバドルと似た飛空戦船が無数に並ぶ。


 排熱板を擁したラック駆動装置もある。

 上層と最上階を組み上げる伸縮装置から蒸気的な魔力が迸っていた。


 手前には岩魔導傭兵の集団が控えていた。


「これほどの施設を一商人が……」


 と呟くビーサは驚いている。

 その心情、ラロル星系の高度宇宙文明を知るだけに……。


『惑星セラ、侮りがたし』かな。

 

 聖櫃アークの飛空艇、飛行船の種類はかなりあるようだ。

 映像にあった機体と形と色も大きく違う。


 管制ブリッジ的なところには……。


 レザアルとカボルと似た傭兵衣装を着た人物が耳に手を当てながらディスプレイを見ている。ディスプレイにはカメラが備わる? 

 

 あ、オプティマスさんと俺たちのいるクリスタルキューブの内部が映っているのか。


 すると、俺たちのクリスタルキューブの内部にある周囲のディスプレイにも、それらの格納庫で働く方々が映し出された。


 メカニック系の方々?

 魔術師っぽい衣装だ。


 その方々が俺たちを見て、


「え、漆黒の悪魔が自動的に動いたのはバベルシステムの誤作動ではないんですかい!?」


 オプティマスさんは、


「これは訓練ではない。バベル卍聖櫃アークが反応した」

「会長!? マジだったのか。カボルの旦那の帰りがやけに遅かった理由ですか?」


 カボルは頷いていた。


「番頭が死ぬわけないと思っていたが……」

「世の中には、上には上がいるということだ」

「……二重の意味で驚きだ。バベル卍聖櫃アークが反応……」

「あぁ、しかし、最後のラングバドルを、あの大事な漆黒の悪魔を、その客に……」

「「いいんですかい!?」」


 と、画面越しに魔術師系の衣装を着た方々が叫ぶ。

 ドワーフもいるが人族とエルフが多い印象だ。

 意外だな。

 最後のラングバドル? 他にもラングバドルっぽい印象の飛空戦船はあるように見えたが、


「パマン、アードン、キメス、エルアン、いいのだ。歴史が動いた。漆黒のバベル卍聖櫃アークが溶けたのだぞ。そして、漆黒のバベル卍聖櫃アークの黄金のカードは、【天凜の月】の盟主の誘いを受けたように、シュウヤさんによって取り外されたのだ」

「「な!?」」

「本当だ。オプティマス様と俺がいる場で、漆黒のバベル卍聖櫃アークは起動した。オプティマス様の指示に従うのだ」


 カボルが発言。

 下のメカニック系の方々は、


「そうだったのですね」

「驚きです」

 

 そして、カボルの隣の凄腕傭兵っぽいレザアルは……。

 俺たちに向けて独特な笑みを見せる。


 迫力のある笑み。

 あの笑みの意味はなんだろうか。

 

 小型飛空戦船ラングバドルが漆黒の悪魔と呼ばれていることに関するのだろうか。


 オプティマスさんは、続けて、


「分かったなら急げ。漆黒の悪魔こと小型飛空戦船ラングバドルを優先。小型飛空艇ゼルヴァ十機を載せろ。百万パワーセルとジュウラスシステムもだ。結界大魔石も四つサービスにつけろ。飛空艇センゼロは省け」


 と、オプティマスさんは気合いの入った声で、下の人員に指示。


 その気合いの声を聞いた皆は息を呑む。

 そして、レベッカが、


「下の変化といい、さっきのカードと商品を載せていた不思議な卍の台は聖櫃アークだったの?」

「ん、気付かなかった。溶けたバベル卍聖櫃アークってなに?」

「歴史が動いたとは……?」


 オプティマスさんは頷いて、


「はい。ミホザの遺跡から回収した、このバベル卍聖櫃アークシステムは、カボルとわたしの言葉だけでは、普通反応しないのです」

「ご主人様だから反応した?」

「はい。溶けずに残った聖櫃アークの品も、シュウヤさんだからこそ残った品。バベル卍聖櫃アークが相応しいと認めた者だけに残す聖櫃アークなのです。わたしも、普通のラングバドルなら分かりますが、漆黒の悪魔の小型飛空戦船ラングバドルの黄金のカードキーが、ここに現れるとは思わなかった……」

「ん、オプティマスさんとカボルはわたしたちを試していた?」

「そうなります」

「白銀のカードの対価にしては、やけに気前がいいと思っていたが……」


 オプティマスさんは、静かに頷いた。


「その点に関しては、ご安心を。カボルの任務でもあった返していただいた白銀のカードは貴重。古代遺跡の鍵となる。そして、その白銀のカードと対応する乗り物もある。漆黒の悪魔と同等以上の聖櫃アークなのです」


 と発言。

 俺は頷いて、


「なら気兼ねなく、下の漆黒の悪魔の小型飛空戦船ラングバドルをいただきます」

「はい」

「でも、なんで小型なの?」

「飛空戦船ラングバドルでもいいと思うけど」

「もっと大きい聖櫃アークがあるのでしょう」

「へぇ」

「肝心なことだけど、塔烈中立都市セナアプアの外でも飛翔はできるのかしら……」

「飛翔はできます。勿論、乗る側にそれなりの強さが必要です。塔烈中立都市セナアプア以外の空域は大概、空を飛ぶ聖櫃アークにモンスターなどが反応しますからね。結界石も効きますが、それも確かではない」


 オプティマスさんがそう語ると――。


 巨大倉庫のドッキング用の巨大な歯止めで押さえられている小型飛空戦船ラングバドルが屋上の離発着場に上がったのが見えた。


 航空機エレベーターを利用しているのか。


「では、行きましょう」

「はい」


 皆で硝子の間に足を踏み入れた。

 刹那、硝子の間と足下の魔法陣が輝くと、一瞬で真下の離発着場所に到着した。


 斜め前方に漆黒の悪魔という異名がある小型飛空戦船ラングバドルがあった。

 大型クルーザーっぽいが、映像で見ていた小型飛空戦船ラングバドルとは微妙に異なる。


 船首側に向かうにつれて幅が細くなる。

 色合いは勿論、漆黒。


 洗練されたタイプと分かる。 

 翼が広く甲板がやや狭まっていて、魔力を備えた帆は可変式のようだ。

 胴体の横の翼の真上には、魔力の卍のマークが浮かんでいたが、消える。

 

「では、小型飛空戦船ラングバドルの中を案内しますので、行きましょう」

「はい」


 オプティマスさんと一緒にその漆黒の悪魔の渋い飛空艇に向かう。

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