七百九十六話 冒険者ギルドマスター、キッカ・マヨハルト

 ◆◇◆◇


 血の滴る魔剣を扱う剣師は前進。

 魔剣と鞘を振るう。

 

 魔剣が三日月を描き、鞘が新月を描く。

 仲間に飛来した魔弾を斬り、潰す。


 魔剣と鞘から暗紅色と明るい血色の華が交互に撒き散った。


 複数の魔弾から仲間を守った血を纏う剣師は仲間に向けて、


「わたしがこのまま前に出る。サン、エミア、ハカはこの場を確保。ドミタスたちと合流後前進したまえ」

「了解、キッカも気を付けて」

「キッカ・マヨハルトさん、頼む」


 キッカ・マヨハルトと呼ばれた剣師は、体に血を纏う。

 サンは二刀を構えつつ、キッカ・マヨハルトの血を操る姿を見て、


「頼りになるぜギルドマスター! その<血魔力>を用いた剣術は神王位を狙える!」

「あ、左からディウスマンダーがきた」

「では、サンとハカは、左のディウスマンダーを頼む」


 キッカ・マヨハルトは仲間のサンとハカに指示を出す。


「分かった」


 キッカ・マヨハルトは仲間の言葉を背に聞きながら、自身に飛来する魔弾を把握。

 それらの魔弾目掛けて、血が滴る魔剣を縦と横に振るう――。

 飛来してきたすべての魔弾を正確に十字に斬り捨てた。

 <血十字魔速剣>が決まる。


 そのスキルを繰り出したキッカ・マヨハルトは魔弾を飛ばしてきたディウスマンダーを睨んだ。


 ディウスマンダーは大柄の人型モンスター。

 細長い頭部と細長い首。

 胴体には肌が硬化した鎧皮膚を纏う。

 緑色の魔力を放つ魔剣を持つ魔元帥級のラ・ディウスマントルが、網の浮遊岩の生命体を元に生み出した自身の眷属系モンスターだ。


 そのディウスマンダーに向けて、


「魔界のモンスターどもが、ここはお前たちがのさばっていい場所ではない!」


 と叫ぶと、キッカ・マヨハルトは前傾姿勢で前進――。


 嗤ったような面のディウスマンダー。

 細長い首と長方形の歪な頭部の複眼を煌めかせると、


「ボフォガルッ! アァッ――」


 近付くキッカ・マヨハルトに向けて魔剣を振るい落とした。

 魔剣から緑と黒が混じる魔力を放出させる。


 キッカ・マヨハルトは動きを変えず。


 ディウスマンダーが振るった魔剣を――。

 ――血が滴る魔剣で受ける。

 その血が滴る魔剣を横に傾けつつ前進――。

 ディウスマンダーの魔剣の刃が、そのキッカ・マヨハルトの血が滴る魔剣の表面を削るように流れると、暗紅色と明るい血色の華が魔剣から散った。

 

 火花か血か判別できないモノがキッカの顔を濡らす刹那――血を纏うキッカ・マヨハルトの腕がぶれる。


 反応できないディウスマンダー。

 キッカ・マヨハルトの血の滴る魔剣が、血色の三日月をディウスマンダーの体に描いた。

 血の滴る魔剣はシックルの刃のような軌道でディウスマンダーの大柄の体を華麗に斬り刻む。


 ディウスマンダーは驚愕きょうがくの表情を浮かべたまま頭部が肉片となって血飛沫を放出。

 

 ディウスマンダーを倒したキッカ・マヨハルト。

 涼し気な表情で、ディウスマンダーの血飛沫を体内に取り込んだ。


 そう、キッカ・マヨハルトは吸血鬼ヴァンパイア系の能力を持つ。


 そんなキッカ・マヨハルトに魔弾が迫った。

 更に、他のディウスマンダーが襲い掛かる。


 キッカ・マヨハルトは冷静に横回転して魔弾を避けると、血が滴る魔剣の角度を下げつつ斜め前に突出――。

 角度を下げた血の魔剣で飛来した魔弾を斬り、鞘で、更に飛来した魔弾を叩き潰す。


 キッカ・マヨハルトは速やかな足捌きから腰と両足に<血魔力>を集めて地面を蹴って前進――血の魔剣の切っ先を標的に向けつつ低空飛行で加速する――。


 瞬時に二体のディウスマンダーとの間合いを零とした。

 キッカ・マヨハルトが握る血の魔剣が、ディウスマンダーの心臓を貫き背中をぶち抜く。その血の魔剣の切っ先から血が勢い良く噴出――。


 同時に、胸元を真一文字に斬りつつ回転するキッカ・マヨハルト。


 ディウスマンダーの胸と臓腑をも切断した血の魔剣が、左から迫るもう一体のディウスマンダーが振るった緑色の魔剣と衝突――キッカ・マヨハルトは流れるように血の魔剣の角度を変えた。


 緑の魔剣のベクトルが変化して血の魔剣の腹を滑り落ちる。

 キッカ・マヨハルトは緑の魔剣の刃を乗せた血の魔剣で小さい円を描く。

 

「<血刃螺旋>」


 スキルを発動。

 血の魔剣を握るキッカ・マヨハルトの片腕が捻れた。

 粉々に腕の骨が砕ける音も響く。


「ぐっ」

 

 血の魔剣はキッカ・マヨハルトの片腕ごと螺旋回転。

 宙に無数の湾曲した血の十字架を描く剣閃が生まれ出た。

 その一弾指。

 ディウスマンダーは緑の魔剣が弾かれると同時に体が幾重にも分断された。


 血の風が周囲に舞う。

 瞬時に、その舞った血をキッカ・マヨハルトは吸い寄せた。

 

 一連の瞬殺劇を見た他のディウスマンダーは一斉に足を止める。

 キッカ・マヨハルトとの間合いを取りつつ、

 

「グアァッ、アァ!!」

「グアァッ!」

「「ゼグゥ!」」


 キッカ・マヨハルトは、そんなディウスマンダーたちの言葉を聞いて眉をひそめた。

 そして、


「悪いが、同じ魔族の部類とは思えんな、言葉がまったく分からない」

「「グアァッ!」」


 バカにされたと勘違いしたような面のディウスマンダーたち。

 全身から黒色が濃い魔力を放つ。

 

「気合いでも入れたか? が、そんな魔力ごと血肉を貪ってやるから、さっさとこい」


 キッカ・マヨハルトも<魔闘術>、<血ノ闘魂>、<魔戦ノ極意>、<血魔力>を意識。

 

 体に魔力を纏うと――。


「――<血液加速ブラッディアクセル>」


 を発動。

 血が滴る魔剣と銀色と銅色の鞘を持ったままの前傾姿勢で前進。

 そのキッカ・マヨハルトはディウスマンダーが振るった魔剣を凝視しつつ、

 

「――<血冥・速剣>」


 スキルを発動。

 血の魔剣を迅速に振るい上げる――。


 キッカ・マヨハルトの血の魔剣は、ディウスマンダーの魔剣を弾きつつディウスマンダーの細長い首を切断。


 キッカ・マヨハルトの<血液加速ブラッディアクセル>は速い。

 が、その加速スキルに対応した複数のディウスマンダーが押し寄せる。


 キッカ・マヨハルトは複数を相手にしても冷静だ。

 ディウスマンダーは緑の魔剣でキッカ・マヨハルトの背中を狙う。

 受けに回ったキッカ・マヨハルトは、銀色と銅色の鞘で自身の首と背中を守るように鞘を持つ右手を上げた。

 

 キッカ・マヨハルトは、自身の背中に沿うように当てた長い銀色と銅色の鞘で、その緑の魔剣の斬撃を防ぐ。

 と同時に横回転したキッカ・マヨハルト――。


 緑の魔剣から溢れた火花で活力を得たような剣速となった血の魔剣を真横から振るい、「<血冥・速剣>」を発動――。


 自身の背中を狙ったディウスマンダーの胴体を鮮やかに斬った。


 その回転斬りスキルを繰り出したキッカ・マヨハルトを狙う他のディウスマンダー。


 緑の魔剣の剣突が、美しいキッカ・マヨハルトの顔に迫った。


 魔弾を射出するディウスマンダーもいる。


 ディウスマンダーの剣突をキッカ・マヨハルトは仰け反って避けると同時に血が滴る魔剣を掌で回転させた。


 キッカ・マヨハルトの体に被弾しそうな魔弾を、その掌で回転させた血の魔剣で器用に弾いた。


 そして、その回転する勢いのある血の魔剣を銀色と銅色の鞘に納めた。


 ――その血の魔剣を納めた銀色と銅色の鞘を、掌の中で独楽のように回転させつつ体勢を持ち直す。


 再び迫ったディウスマンダーの剣突を鋭く睨むキッカ・マヨハルトは、頭部を横に傾け剣突を避けると同時に「<血瞑・柄目喰>――」とスキルを発動。

 キッカ・マヨハルトは銀色と銅色の鞘を突き出した。

 

 銀色と銅色の鞘から血の魔剣の柄頭が飛び出る。

 その血の魔剣の柄頭がディウスマンダーの胴体と衝突――。

 ドッと鈍い音を響かせたディウスマンダーの背中が抉れたように爆発。


 背骨と腹が破壊されたディウスマンダーは吹き飛んだ。


「「グアァッ!」」


 そんな味方に構わず、複数のディウスマンダーがキッカ・マヨハルトを襲おうと、その足を止めた。


 キッカ・マヨハルトは、『<血道第三・開門>』――と念じる。


「――<血王印・血雲刃嵐>」

「――アヒャ!!」


 一瞬で、複数のディウスマンダーの頭部が宙空に舞った。

 幾つかのディウスマンダーの頭部は、まだ生きていた。


 その口から歯牙が連なる刃が伸びたが――。

 キッカ・マヨハルトは跳躍しつつ血の一閃。


 歯牙もろとも虚しく十字に散った。

 すべてのディウスマンダーを倒したキッカ・マヨハルト。


 背後から来た味方を見て、


「皆も倒したか」

「はい」

「倒したぜ。しかし、さすがはギルドマスター、素晴らしい剣術だった」

「サン、褒めるのはあとだ。で、ドミタスたち以外にも、新しい冒険者パーティが合流を果たしたようだが……君たちは?」


 キッカ・マヨハルトがそう聞いたのは赤い剣を持つ剣士。

 金色の髪の人族だ。


 その赤い剣を持つ人族が、


「【剣烈マッジ】だ。Aランク冒険者パーティ」

「あぁ、左のケルソネス・ネドーの魔塔の戦いに参加していたパーティか。では左の魔塔は終わったのか」

「いや、俺たちはこっちが本命と睨んだ」


 冒険者のマッジという名の赤い剣を持つ者が、そう発言しつつ腕である場所を差した。

 その差した先には、ネドー魔法学院の魔塔が聳え立つ。

 骨の長い階段がある。

 

 魔法学院の魔塔には魔力溜まりが無数にあった。


「ラ・ディウスマントルの本体はあそこだろう」

「そう限定はできない。この網の浮遊岩すべてが、ラ・ディウスマントルの領域であるのと同じ。そして、左側の魔塔の戦力が減ったことになるが……」

「左側のケルソネス・ネドーの魔塔には【魔剣連盟リーグワン】の連中が参加を表明した。大丈夫だろう」

「その名は武術街で聞いた覚えがある。ならば、我らは合同で、あのネドー魔法学院の魔塔を攻めようか」


 キッカ・マヨハルトはそう発言。

 マッジたちは頷いて「「了解!」」と言ってから互いに掛け声をかけた。

 

 キッカ・マヨハルトたちは手を合わせる。

 皆で冒険者らしい気合いの声を合わせていった。


 周囲に怒号のような気合いの魔力が散る。


 冒険者ギルドの裏仕事人のサンが、


「しかし、この網の浮遊岩と【血銀昆虫の街】の連中が連係を取り始めたら厄介なことになりますね」


 と発言。

 キッカ・マヨハルトは頷いた。


「だからこその強行突破。二つの魔塔と市場に湧いたラ・ディウスマントルの分体を倒したのだからな」


 その情報を知らなかったマッジたちは驚いて、


「「ひゅぅ」」


 と口笛を吹く。


「さすがの現役か。塔烈中立都市セナアプアの冒険者ギルドマスターとそのメンバー。吸血能力を有した凄腕の魔剣師と聞いている」

「ありがとう。が、褒めるのはあとだ。ホテルキシリアの世話人も警戒すべきと語っていたからな」

「それほどの相手か、ラ・ディウスマントル」

「そうだろう」


 すると、キッカ・マヨハルトのパーティメンバーのエミアとハカが、


「魔界セブドラの諸侯にそのような存在がいると聞いた」

「更に、ディウスマンダーと呼ばれる魔族系モンスターを無数に生み出している」


 同メンバーのドミタスも、指先に魔杖を出して、


「モンスター生成能力は脅威。【魔術総武会】のセナアプア支部の大魔術師たちの加勢もままならない状況だからな」


 キッカ・マヨハルトは仲間のドミタスの言葉に頷いてから、


「さぁ、あの階段を上ろうか」

「「おう」」


 キッカ・マヨハルトたちは周囲を警戒しつつ前進。


「魔塔を擁したネドー魔法学院か……生徒たちは」

「同情しているとシャプシーとなった幽体モンスターに取り憑かれるぞ」

「キッカ、冗談に聞こえない」

「……さすがに数千年の恨みが積み重なる幽体モンスターは直ぐには誕生しないはず……」

「はず。とか、ギルドマスターがその表情で語るか……」


 キッカ・マヨハルトの隣にいたエミアが、怯える表情を出していたマッジの武器を見て、


「あ、それ、聖鳥クンクルドの羽根の矢ね」

「そうだ。一瞬で武器の種類を把握するとは」

「当然でしょ。キッカの傍にいる冒険者ギルド機構側の存在よ? 聖ギルド連盟側でもあるし、ま、さすがに聖刻印バスターほどの見識はないけどね」


 マッジは、左手に武器を出現させる。


「納得だ。俺は魔剣士でもあるが、射撃系の戦闘職業もかなり獲得している。そして、このクロスボウは対吸血鬼用でもある」

「……」


 キッカ・マヨハルトは歩きつつ視線を鋭くして、そのマッジが持つ特殊なクロスボウを睨む。

 マッジは不可解そうに表情を変えた。


「ギルドマスターは、吸血鬼の始祖から連なる十二支族たちではない、人族側のデイウォーカーだろう?」

「勝手に決めつけるな。吸血鬼ヴァンパイアハーフも様々だ」

「マッジ。冒険者には、魔族の血脈を持つギルドマスターを気に入らない純粋な吸血鬼ハンターもいるってことを忘れずに。ダンピールが迫害されていることは知っているでしょう」

「……」


 マッジは気まずそうに頷いた。

 キッカ・マヨハルトは、


「塔烈中立都市セナアプアだからこそ少ないが、ハイム川を南に越えたらサーマリア領は直ぐなんだからな」


 不機嫌そうに語ると骨の階段を上がり始めた。

 そのキッカ・マヨハルトの前方で魔素が揺らぐ。


 ディウスマンダーが出現。

 キッカ・マヨハルトは、


「さぁ、喋りはお仕舞いだ。踊り場からわらわらと出てきたぞ――」


 ディウスマンダーは階段から転げ落ちるように階段の下にいるキッカ・マヨハルトたちへと襲い掛かった。



 ◇◇◇◇


 キッカ・マヨハルトたちは、速やかにディウスマンダーを倒しきる。

 骨と血肉で無残な魔法学院と化している中に突入した。


 キッカ・マヨハルトたちは、散乱している生徒たちの骨を見ながら、ディウスマンダーを確実に倒しつつ、魔力の反応が多いほうへ急いだ。


 キッカ・マヨハルトたちは、不自然に湾曲した骨の柱が並び立つ場所に到達。


「ここは、かつて会堂があった場所か」

「魔塔、巨大な魔塔の真下だな……」


 その会堂の中心に威風を備えたラ・ディウスマントルがいた。

 ラ・ディウスマントルの頭部にはオオクワガタのようなシンメトリーの角。

 魔軍魔鎧ザ・ボーレントは足下を炎で覆う。


「あの漆黒と橙色の炎を纏う角と軍服のような鎧、いや皮膚か……魔元帥級ってのは本当らしいな……」

「緊急依頼の範疇はんちゅうを超えていないか?」

「魔力総量がSランクのモンスターを超えているような気がするが……」


 巨大な三角頭巾をかぶる大剣を持つ大柄のディウスマンダー兵士も複数いる。

 ペストマスクを被り鎌の武器を持って浮いているモンスターもいた。


 キッカ・マヨハルトが血の魔剣を掲げて、


「臆するな! ラ・ディウスマントルの本体を狙うのだ!」


 そう叫ぶ。

 ラ・ディウスマントルはキッカ・マヨハルトを睨む。


 そのラ・ディウスマントルは、頬を右の緑色の指で掻いていた。続いて、緑色の左手で宙空に魔印を描いた刹那、魔法学院が暗闇で覆われた。


 更に気温が下がる。


 ラ・ディウスマントルは、その暗闇の一部を自身のマントにするように身に纏うと、ゆらりと前進。

 

 ラ・ディウスマントルの背後では、歪にねじ曲がった石室があった。

 

 その歪にねじ曲がっている石室から出た【幻瞑暗黒回廊】の魑魅魍魎の魔力が、ラ・ディウスマントルと繋がっている。


 そのラ・ディウスマントルは身なりを煌めかせると、


「定命の者、我の眷属を屠った罪は重い、消えうせろ――」


 暗闇の一部が蠢くと、空間ごと凍り付きながらキッカ・マヨハルトたちを襲う。

 キッカ・マヨハルトは「<血朱守>」を発動――。


 キッカ・マヨハルトを中心にメンバーたちを守るように血色の魔法防御の膜が展開された。

 が、その血の膜は一瞬で暗闇に浸食された。

 

 キッカ・マヨハルトたちは素早く散開。


「――キッカ、右はわたしが」

「なら、俺は左をもらう」

「了解。サン、エミア、頼む。ハカとドミタスにマッジたちはわたしをフォローしろ」

「「了――ぐあぁぁぁぁ」


 出遅れた【剣烈マッジ】は一瞬で暗闇に捕らわれた。

 ここに来るまで無数のディウスマンダーを屠った聖アッガルマのクロスボウは地に落ちて、聖鳥クンクルドの羽根の矢は虚しく散っていた。


 マッジたちの体は瞬く間に変化。

 一瞬で、ディウスマンダー亜種へと転生を果たしていた。


「「ゲェアァァ」」

「キッカ――」



 ◇◆◇◆



 皆、戦闘準備を整える。

 さっきと同じく臨戦態勢のままだ。

 <血魔力>を纏った紙人形を展開していたキサラと目が合う。


 ダモアヌンの魔槍を右手から左手に移して、俺の傍にきた。


「シュウヤ様、準備は万全。扉の向こうは網の浮遊岩でしょうか。その場合は……」

「魔界セブドラの魔元帥級のラ・ディウスマントルが近くにいる可能性が高い」

「復活したラ・ディウスマントルが【幻瞑暗黒回廊】から魔界セブドラの領域と繋がっていた場合、かなり凶悪な存在へと進化している可能性があります」

「……強敵ね。冒険者たちが奮闘中とか聞いているわ」

「おう。俺たちも冒険者だ。イノセントアームズとして戦おうか」

「ん、冒険者ギルドで依頼を受けていなかった」

「あ、そうだった。魔竜王討伐のような緊急依頼だった場合、貢献したら、AランクとかSランクに成れたかもだったか」

「ギルドマスター直々に討伐に出ているようですから、出会えれば、何か特例が受けられるかも知れません。更に言えば、【白鯨の血長耳】と【天凜の月】の名は大きい。烈戒の浮遊岩の乱を鎮めたのはご主人様。そして、仲間であり眷属の一人でもある上院評議員ペレランドラの意見が通る可能性もあります」


 とヴィーネが発言。

 頷いてから、


「褒賞目的ではないからな。追い追いついでの範囲だ。そして、網の浮遊岩ではなく、泡の浮遊岩の可能性もあるわけか……素直に魔塔ゲルハットに到着しているといいが……魔塔ゲルハットの探索をしたい。カボルとカードの交換についての魔力豪商との交渉もあるし、それに……」


 ディアの行方不明な兄のことも調べないと。


「はい! お兄様! 魔塔ゲルハットはもっと見たいです。浮遊岩が面白い! 上と下の階層に直ぐに移動するんです!」


 ディアは楽しそうに至極当然のことを語る。

 が、まぁペルネーテに浮遊岩なんてないし、当然か。


「ふふ」

「ん」

「大魔法研究魔塔の一つが【第六天魔塔ゲルハット】だから、機能がもりだくさん」

「うん。試作型魔白滅皇高炉を試す前に、ざっと魔塔ゲルハットを見学したけど、本当に様々な魔道具があって楽しかった。あ、でも、上にも下にも広すぎるわね」

「ん、<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>を使えば楽だけど……」

「うん。けど、魔塔ゲルハットの外にも血の匂いが漏れる」

「神聖教会の勢力に吸血鬼ハンターは結構いるようだし、<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>は危険ね。贅沢かも知れないけど、主要な部屋と廊下と階層別に転移が可能な転移陣がほしいところ。その件を含めて、クナとルシェルと相談した。あと、マスターが言っているように、【幻瞑暗黒回廊】と通じた部屋が魔塔ゲルハットにはあるはずと予想していたわ」


 ミスティの言葉に頷いた。


「おう。一応はディアと一緒にセンティアの部屋をコントロールした時は魔塔ゲルハットを想像した」

「ん」

「うん。なら、きっと魔塔ゲルハットよ!」

「シュウヤ様と皆、安易に決めつけるのは良くないかと。【幻瞑暗黒回廊】は未知なことが多い。先ほどの眼球のモンスターは悪神デサロビアの眷属のはず。そして、泡の浮遊岩の場合だったら、暁の墓碑の密使が一人、ゲ・ゲラ・トーが相手となる」


 キサラの言葉に頷いた。

 

「俺は暁の墓碑の密使ア・ラオ・クーというアイテムを持つ。暁の墓碑の密使が一人、ゲ・ゲラ・トーは興味を持つかも知れない」

「はい」

「ん、でも、そのゲ・ゲラ・トーと交渉? 浮遊岩の人々が犠牲になった」

「うん。シュウヤ、交渉とか考えたでしょ。イモちゃんじゃないけど、そのゲラゲラポイポイは倒すべきよ、ぎったんばったんに!」


 ゲ・ゲラ・トーがゲラゲラポイポイか。

 エヴァとヴィーネが『ふふ』と微笑む。

 レベッカも笑顔満面。


 なぜか自慢気に鼻を膨らませている。

 渾身のギャグが決まったと思っているようだ。


「名前が変わっているが、まぁどちらにせよ、倒すことになるだろう」

「高位魔力層と呼ばれているモノ。ゲ・ゲラ・トーとア・ラオ・クーは暁の帝国ゴルディクスの大賢者の可能性があると、魔人ソルフェナトスが予想していました」


 そう話をした真面目なキサラと目が合う。

 キサラはダモアヌンの魔槍を振るってから頷いた。


「――もし、暁の墓碑の密使ア・ラオ・クーとゲ・ゲラ・トーが【暁の帝国】ゴルディクスの大賢者なら、ゴルディクス地方がゴルディクス大砂漠に変わり果てる前に栄えた【暁の帝国】ゴルディクスの要人となります。もしそうならば、古代ドワーフか、ゴルディーバ族、髑髏武人ダモアヌン様と同じ一族の可能性も」


 ゴルディーバ族の血筋の可能性か。

 アキレス師匠やラグレン、ラビさん、レファに、キサラの血筋にも関係するかも知れない。


「そうなると……交渉が可能なら挑戦したいところではある」

「ん……」

「うん、マスター、わたしは交渉に賛成。でも仮ね。ゲラゲラポイポイが話ができるタイプだった場合」


 ミスティまでゲラゲラになった。

 ゲ・ゲラ・トーなんだが。レベッカは首を振る。


「魔法学院の生徒たちが死んでいるのよ、反対。蒼炎神様も許さないと思う」

「ん」


 レベッカとエヴァは許さないか。

 学者肌でもある魔導人形ウォーガノフの天才は交渉優先。

 ディアはおろおろ。

 ビーサは顎に指をおいて考え中。

 その下で相棒はビーサの足のにおいを嗅いでいた。

 近未来型の靴の匂いは特殊か。天然のマタタビ効果でもあるのか、必死に頬と耳を擦りつけていた。

 

 キサラはどちらだろう。


「シュウヤ様に従います」

「はい、ご主人様」


 ヴィーネも俺に従うか。


「キサラの祖先、ゲラゲラ、いや、ゲ・ゲラ・トーは、その魔槍の名と同じ一族かも知れないんだぞ?」

「構いません。過去は過去。黒魔女教団の歴史はシュウヤ様が紡いでいるのですから」


 キサラの言葉に自然と拱手。


「ありがとう、キサラ。さて、扉を開けるが、準備はできているな」

「はい」


 キサラの喜んだ顔を見ると嬉しい。

 黒いアイシャドウ的に残った線が魅力的。

 そのキサラの蒼い双眸が輝く。

 更に、一対の小さい角が濡れ羽色に輝いた。

 角から炎的な赤く赫くモノが出て、おでこを走り、細い眉と眉間を隠すように展開して濡れ羽色が縁取る。

 姫魔鬼武装のアイマスクが瞬時に展開された。

 そのまま蒼い綺麗な瞳を見ていると、そのアイマスクが溶けて濡れ羽色とルシヴァルの燃える魔力となりつつ小さい角に収斂。


「キサラ。アイマスクは装備したほうが」

「あ――」


 気付いてなかったか。

 意外におっちょこちょいな面があるところが、また可愛いキサラだ。

 そして、ディアを見て、


「さ、センティアの部屋の黄金と銀の扉を開けようか!」

「はい、行きましょう」


 ディアの手を握る。

 素早く黄金と銀の扉の前に移動。


 ディアと一緒にセンティアの手に魔力を込めた。

 前と同じく眩しく輝いた俺とセンティアの手は、角灯が融合。

 中身の猿と雉は角灯が閃光を発して見えない。

 センティアの手は半透明と化す。

 そして、センティアの女性の手となってセンティアの扉に浸透。


 この間の魔迷宮を開けた時のように、黄金と銀の扉が開いた。


「エミア、ハカが――」

「サン、前に出るな――」


 いきなりか、甲高い声だ。

 魔素の反応が鈍い、掌握察と魔察眼があまり機能しないか。

 暗闇の魔法の効果か?

 <夜目>も利かない?


 視界は悪いままだが、仕方ない。


「エヴァ、ミスティ、ディアを、だれが敵か味方か、要注意」

「ん」

「了解」


 皆の判断を信じよう。

 

 相棒と一緒に即座に暗闇の前に出た。

 そして、黒豹、否、黒虎と呼ぶべき神獣ロロディーヌが、炎を吐いた。


「にゃごおお――」


『ヘルメ、視界を貸せ――』


『はい』

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