七百三十九話 透魔大竜ゲンジーダの胃袋
<霊血装・ルシヴァル>を解いた。
しかし、まだソルフェナトスの四腕を拘束している雷式ラ・ドオラは外さない。
「
「ちょっ、身長がいきなり伸びた……」
「ンン――」
身長?
キストレンスが気になった――。
ソルフェナトスの拘束を解かずキストレンスを見た。
キストレンスは、襤褸の燕尾服を着たままだが痩躯と分かる骨人形のままで長身となっていた。
身長はタルナタムを超えている?
皆、そのキストレンスを見上げていた。
キストレンスの頭部は、特徴的な頭蓋骨のままだ。
キストレンスの燕尾服はマフラーと同じく襤褸。
穴だらけで破れている部分が多いが、魔力の質は凄まじい。
ま、異質な骨人形だし当然か。
装備品は最低でも……。
胸の表面には髑髏と魔族の印がある。
あの印はソルフェナトスの鎧の胸に刻まれていた魔印的な紋様と同じか。
他の魔族も体の至るところに魔族の証拠らしい印があった。
そんな、襤褸だが高級品の燕尾服の穴から覗かせる胸骨の表面では、紫色の血管擬きがドクドクと脈動中で、その迫力のある律動は不気味で気色悪い。
んだが、一種の魔法器官か?
なんらかの魔法効果の現れだとは思うが。
生きた粘液が呼吸でもしているように見える。
骨を強めているとか?
そのキストレンスはソルフェナトスのイヤーカフから伸縮自在な骨剣の攻撃を魔族に放っていた。
あの骨を剣とする攻撃方法は、相棒の触手骨剣的な動きで絶妙だった。
同時に今のキストレンスから異常な強さを感じ取る。
そして、強い骨と言えば……。
地下で戦った地底神グループを思い出す。
更に異質な子供を使役していた骸骨の魔術師ハゼスを思い出した。
樹海の混沌とした夜の戦いに味方してくれた骸骨の魔術師ハゼスは、シキの配下。
シキは通称コレクター。
宵闇の女王レブラの使徒。
シキは、今もペルネーテで活動中だろう。
ゴルディーバ族の配下にヴァンパイアの配下、霧の魔法生命体の部下もいた。
たぶん、滅茶苦茶強い方々だ。
が、俺としてはシキの強烈なおっぱいさんの印象が強い。
同時に地下オークションでの買いっぷりが凄まじかったのも印象的だな。
そんなことを思い出していると……。
キストレンスの赤いマフラーが少し輝く。
小さい骨人形の時はマントだった?
その赤いマフラーは風を孕んだカーテンのように靡く。
マフラーの表面に刻まれた魔印か魔族の印が輝きを放った。
マフラーの輝く印は……。
ソルフェナトスが装着中のイヤーカフの表面に刻まれている小さい魔印と同じ印か。
レベッカは目の前をチラつく赤いマフラーを見て、
「この魔力を有したマフラーをくれるっていうの?」
「いや、これじゃない」
キストレンスはそう喋ると――。
襟と一体化したような赤色のマフラーを縮ませつつ骨の両腕を左右に拡げた。
指揮棒のような長細い両腕だ。
すると、胸元の燕尾服が両脇へと収縮しつつ移動して、胸骨が露出した。
鎧の胸甲的な胸骨の中心には……。
血色の魔法陣とインディアン風のマークが刻まれてあった。
その血色の魔法陣が消えた瞬間――。
胸が、自然と縦に裂かれた。
そのまま無数の肋骨が生まれるように、胸がご開帳。
その開いた胸の中には、異質な内臓的な漆黒の魔力の塊と、紫色の毛細血管の集合体があった。
常闇の水精霊ヘルメの心臓部と似ている。
俺と本契約をした時のヘルメも、胸元から水晶系の塊を見せてくれた。
キストレンスは胸元の魔力の塊に骨の腕を突っ込んだ。
骨の腕に、紫色の毛細血管が絡みつく。
大丈夫か?
「えっと……」
レベッカは驚きつつ、
「その胸の魔力の塊は、アイテムボックスとか?」
「似たようなもんだ、暫し待て」
苦し気なキストレンスは骨の体を振動させる。
キサラとヴィーネにイモリザが、そのキストレンスに興味を持ったのか、近付いて、
「胸元の魔力の塊は小さいですが、魔力の層が幾重にも重なっている?」
「時空魔法の技術もあるのでしょうか」
「魔造家と似たような魔法技術を備えていることぐらいしか推測できないけど……キストレンスって、クリシュナ魔道具店に売られているような不思議な骨人形なのね……」
「にゃぉぉ」
鼻を膨らませていた
その注目を受けているキストレンスは、魔力の塊にさし込んでいた骨の腕をさっと引き抜いた。
同時に赤いマフラーを輝かせる。
胸骨は自然に閉じると左右に切れていた燕尾服も元通り。
襤褸な燕尾服に変わりはないが、高価なマジックアイテムと分かる動きだ。
そのキストレンスの長細い指には、半透明の袋がぶら下がっていた。
漆黒の魔力の塊はやはりアイテムボックスだったということか。
取り出したアイテムもアイテムボックスのようだが……。
「その袋をわたしたちにくれるってことね」
レベッカはそう発言しつつ長身と化したキストレンスを凝視。
上から下に、そして、下から上へと視線を動かしていた。
キストレンスは頷いて、
「そうだ」
「ンン」
その
キストレンスの骨の匂いを嗅いでは、肉球でその骨を触ろうと、そおっと前足を伸ばしている。
「ぬぬ?」
匂いを嗅がれたキストレンスも驚く。
頭蓋骨の形を微妙に歪ませた。
「黒猫、俺の匂いを感知できるのか?」
キストレンスはそう発言。
そのコミカル的でもありホラー的でもある頭蓋骨の変化に相棒は驚く。
「ンン――」
触るのを止めて前足を引くと同時に、ヒュッと背後に跳んでエヴァの傍に寄った。
頭部を斜めに傾けるや耳も凹ませつつ横歩きを行った。
背中と尻尾の黒毛を逆立てていた。
今すぐにでも『シャァ』と威嚇的な声を発しそうな印象だ。
怒ったようで怖がっている姿かな?
面白い姿の黒猫。
普通の子猫にしか見えない。
するとキストレンスが、
「蟹でも食ったのか? 可笑しな黒猫だ。で、生意気な
相棒はエヴァに呼ばれている。
「……いいの? 高そうな魔法袋だけど」
「遠慮すんな。呪いもない。安全だ……早く取れ。でないと、そこの槍使い改め、〝鬼の魔人武術師〟が、ソルフェナトスの拘束を解かないだろうが!」
キストレンスはざらついた声を発した。
「うん。そう興奮しないでよ……でも、シュウヤが警戒するのは当然でしょ。武人同士で魔界の師匠たちと繋がっているような間柄のようだったけど、今の今まで知らない存在だったんだから!」
「おう。確かに、見知らぬ者同士。武人としての矜持しかねぇ……。ましてや、俺のような口の悪い供もいるから警戒するのは当然……。が、だからこそだ! この貴重な袋と、中身のアイテム類をお前たちが受けとることが重要なんだよ! お前たちが受け取れば、俺たちがお前たちに降伏した証しとなるんだからな!」
そう早口で喋りまくるキストレンス。
自身の頭蓋骨の形をまた変えていた。
「分かったわ。降伏の証しを受け取る。そして、お宝は嬉しい。ありがとうキストレンス!」
袋を受け取ったレベッカは素直に喜んだ。
キストレンスもまんざらでもない様子でレベッカを見てから、
「おう。その魔法袋はただの袋じゃねぇ、高級品だ。地上の冒険者たちが使うモンスター討伐のランクで評するならば……SSランクモンスターが持つ胃袋となる。名は、透魔大竜ゲンジーダの胃袋だ。略して透魔大竜ノ胃袋」
袋の名は、透魔大竜ノ胃袋か。
透魔大竜ゲンジーダの名は聞いたことがない。
SSランク級なら魔竜王バルドークを超える強さだと思うが……。
キストレンスはわざわざ地上の冒険者たちと言って評している。
だから透魔大竜ゲンジーダは地上ではなく魔界セブドラに棲息するモンスターってことかな。
んだが、もらった袋は、大層な名前と見た目が一致しない。
透魔大竜ノ胃袋の見た目は……。
真空パックされたビニール袋。
半透明な袋の表面は光を帯びているから近未来的な袋か。
袋の中には小物が入っている?
レベッカは、その透魔大竜ノ胃袋の魔法袋を触りつつ、
「凄い軽いんだけど! がわも薄くて、今にも破けちゃいそう……あれ? 中身って小物類?」
「安心しろ、頑丈だ。中身も小さく見えるだけ。そして、表面の輝く鱗に魔力を送ると、表面の薄皮が剥がれる。その剥がれた輝く薄皮を、使用者が飲んで透魔大竜ノ胃袋に使用者と認められたら、あとは念じるだけで、中身の二つのアイテムを自分の任意の場所に出せるようになるのだ! しかも、時空属性は必要ない。また、念じなくとも、輝く鱗に魔力を送ればアイテムを取り出せる」
キストレンスは早口で説明してくれた。
やはり、透魔大竜ノ胃袋は高級なアイテムボックスってことか。
しかし、透魔大竜ゲンジーダの胃袋……。
胃袋は最初からアイテムボックスだった?
それとも職人がアイテムボックスに加工したんだろうか。
最初から胃袋がアイテムボックスなら不思議なアイテムだ。
すると、皆が透魔大竜ノ胃袋を凝視。
ヘルメはレベッカの頭上に浮かびつつレベッカを注視。
「へぇ、薄皮を飲むってちょっと気になるけど、使用者になれたら便利!」
「不思議な便利グッズ♪ 輝く部分は鱗? なのですね」
「うん、不思議ね~、光の加減で七色に輝く? 鱗っぽい紋様があるし。あ、使用者となれば瞬時に装備が取り出し可能って、武芸者なら絶対にほしがるアイテムよね……」
レベッカはそう語りつつ……イモリザと頷き合う。
そして、皆の表情を確認するように双眸を巡らせた。
双眸に宿る蒼い炎が強まっている。
ヴィーネは、「確かに」と頷いた。
銀仮面は前頭部に載っている。
頬にある銀色の蝶のマークが一瞬光った。
エクストラスキルの証拠だが、美しい。
そのヴィーネが、
「使用者に認められるとは、透魔大竜ノ胃袋は透魔大竜ゲンジーダとして、まだ生きているのですか?」
と、尤もなことを質問。
「その透魔大竜ゲンジーダのアイテムボックスに意志が残っているのかは、不明だ。声とかが別段聞こえてくるわけじゃねぇからな。使ってみたら分かる」
「分かりました。そして、二つのアイテムの出し入れが瞬時に可能になることは、戦闘の大きなアドバンテージです。武器は限られるようですが、ご主人様の戦闘型デバイスのような運用が可能に……」
「うん。使うとしたらヴィーネ、キサラ、ユイが候補かな。複数の武器で、高い戦闘技術を発揮できるし」
レベッカがヴィーネとキサラとユイを褒めた。
ヴィーネは褒められて嬉しかったのか、笑顔を見せて、
「ありがとうレベッカ。中身のアイテムも気になるが、前衛戦力の強化に繋がる素晴らしいアイテムボックスということか」
「うん。でも、鬼婦ゲンダールの手足に、他のアイテム類と、この袋。降伏の証しにしては高級品過ぎるような気がする」
と、キストレンスを見る。
ヴィーネも皆もキストレンスを見た。
そのキストレンスは頭蓋骨の眼窩を俺に向ける。
拘束しているソルフェナトスを確認しているんだろう。
そのキストレンスは、俺の魔軍夜行ノ槍業を凝視して、
「いいんだよ。俺たちは正当な後継者に出会えた。そして、負けた。納得しているんだ」
同時に赤い小さいマフラーを輝かせる。
そして、自らの体も小さくし、骨人形と化す。
「小さくなった」
「おう。その透魔大竜ノ胃袋を出すために大きくなっただけだ。大きくなるのは魔力を消費する。今の姿が、俺にはちょうどいい」
「へぇ。小さくなったキストレンス。この、透魔大竜ノ胃袋の使用者の数って、上限とかあるの?」
「さあな。知っているのは薄皮を飲んだ後、暫くその透魔大竜ノ胃袋を持ち続ける必要があるってことぐらいだ」
面白い魔法袋のアイテムボックスだ。
薄皮、魚の鱗か……。
オブラート的な物を飲むとして、色々とあるんだと思い知らされる。
「へぇ」
すると、エヴァが、
「ん、その透魔大竜ノ胃袋をレベッカは使いたくないの?」
「わたしも装備が増えたから使いたいところだけど、ほら、ジャックポポスをもらったし、あと、本職は前衛ってわけでもないからね。やっぱり二剣と弓に魔法も使える万能型のヴィーネが使うほうがいいのかなって。あと、ユイも三刀流。複数の魔刀を扱う戦闘スタイルにも合いそう。エヴァは、このアイテムを使いたい?」
「ん、わたしも必要ない。<念動力>ですべてが使える。ヌベヴァ金剛トンファーとサージロンの球もある。レベッカの言う通り、ヴィーネかユイかキサラが使うべきだと思う」
「うん」
「わたしは姫魔鬼武装と百鬼道がありますし、必要ありません。ヴィーネかユイを推薦します。もしくは、サイデイルのキッシュ、光魔騎士たち、ハンカイさん、或いは、<従者長>たちが使うのもいいかも知れないです」
キサラがそう語る。
サイデイルの戦力強化もいいが……。
ヴィーネかな。
そのヴィーネとアイコンタクト。
「ご主人様に従います」
「おう。なら、今はヴィーネが持っとけ」
「はい、では」
「了解、じゃ、この半透明の袋ごとヴィーネに預けるから。中身が気になる~」
と、レベッカから笑顔のヴィーネが透魔大竜ノ胃袋を受け取った。
そのヴィーネは、
「これが透魔大竜ゲンジーダの胃袋。しかし、聞いたことのないSSランクモンスターの名です」
「ヴィーネが知らないなら遠い地域のモンスター?」
「ん、ペルネーテのモンスターブックには載ってない」
エヴァはそう語ると、相棒とヒューイに餌をあげ出した。
キサラはヴィーネが持つ透魔大竜ノ胃袋に頭部を近づけて凝視。
姿勢が魅力的。
胸元のノースリーブ衣装のおっぱいさんが寄り添い合って盛り上がって見えた。
「砂漠地方にもモンスターの胃袋を使った魔法袋はありますが、このように薄くて半透明な袋は見たことがありません」
「キストレンス、透魔大竜ゲンジーダってどこの地域のモンスター?」
レベッカがそう聞いていた。
「魔界セブドラだ」
やっぱりな。
「遠い西北か南か東かと思っていましたが、魔界セブドラでしたか」
「魔界セブドラの詳細は分からないけど、一応名を知っておきたいわね。その透魔大竜ゲンジーダが棲息する地名は?」
と、レベッカがキストレンスに聞いている。
ヴィーネも興味深そうにキストレンスを凝視。
そのキストレンスは、
「骨魔大公アブランボッチ様の領域だ。その領域は広大で、地名は大骨魔平原グンドール。そのグンドールの深い谷が並ぶゲンジーダの沼地に棲むモンスターが、透魔大竜ゲンジーダだ」
「へぇ……勉強になる」
レベッカとヴィーネにエヴァも頷く。
そのヴィーネは、
「はい、アドゥムブラリに沸騎士たちとデルハウトとシュヘリアから、ある程度の情報は得ていますが、初めて聞く魔界の諸侯と地名です」
「南マハハイム地方には魔界と通じるはっきりとした大きな傷場はないからな……だが、ひょっとしたら、俺たちも知らぬ隠れた傷場が存在し、魔界の凶悪なモンスターが地上に渡っている可能性もあるが」
渋い表情で語るキストレンス。
確かに魔王の楽譜にマバオンの角笛というアイテムは実在している。
キストレンスが言う可能性もありえる。
何事も可能性はなきにしも非ず。
「うん。三つの浮遊岩の乱を考えると、そう考えちゃうわね」
「ん」
「後、その魔界セブドラの見知らぬ地名を聞くと不思議とワクワクしちゃう。と言っても、樹海と独立都市フェーンのイメージしか湧かないけど」
俺はデビルズマウンテンを想起した。
「ん、ロロちゃんに乗って地底神ロルガ討伐を目指した地下の大動脈を巡る大冒険を思い出す!」
「バーレンティンたちも強かったわねぇ~」
「そうだな、その元墓掘り人たちと<従者長>たち、シェイルとジョディに女王キッシュがいるサイデイルは万全だ」
「ん、ルッシーちゃんもいる」
「あぁ」
すると、骨人形のキストレンスは俺は見る。
「で、強い槍使い。俺たちは降伏の証しとして、その透魔大竜ノ胃袋を渡した。そして、同じ魔城ルグファントに関わった者として、戦旗を持つ者に免じてソルフェナトスを放してくれ。この通りだ――」
骨人形のキストレンスは片膝を地面に突けて頭を下げてきた。
まさか、口の悪いキストレンスが頭を下げてくるとは。
仰け反り中のソルフェナトスもキストレンスの行動で気持ちが伝わったのか。
「キストレンス……俺のために……」
「了解、分かったから頭を上げてくれ」
「そ、そうか」
面を上げたキストレンスはゆっくりと立ち上がる。
俺は頷いてから――。
ソルフェナトスの背中側で四腕を絡めていた雷式ラ・ドオラを引き抜いて関節技を解いた。
<血想槍>と<血想槍>で持っていた槍も消去。
ソルフェナトスは――。
「ふぅ、参った参った――」
と言いながら背筋を伸ばす。
四腕を回して背中を見るような素振りを繰り返していた。
キストレンスは自由になったソルフェナトスを見て、感動したような面を浮かべた。
頭蓋骨だが、表情は豊かだ。
頭蓋骨が面白いキストレンスは、ソルフェナトスに近付いてから、俺を見て、
「……槍使い。ソルフェナトスを……ありがとう」
「いいさ」
ソルフェナトスとキストレンスは暫し俺を凝視。
魔人と骨人形からの熱い視線……。
野郎の熱視線か……圧力に負けた。
ということで、さり気なくキサラとヴィーネに皆を見る。
ふぅ……癒やされた。
そのソルフェナトスと骨人形のキストレンスは互いの無事を確認するように阿吽の呼吸で頷き合った。
その二人は俺に視線を向け直すと、キストレンスが、
「槍使い。この烈戒の浮遊岩の地下には、ルグファントの戦旗に関係する魔骨魔人ガノッダと、魔城ルグファントの八槍卿の一人のトースン様が残しただろう碑文と魔印が刻まれた石碑があるから使え」
「おう、そのつもりだ」
「しかし、地下の遺跡だが、俺たちが来る前、それも遙か昔に争ったような形跡があった……ひょっとしたらだが……大昔の烈戒の浮遊岩は、ただの浮遊岩ではなく、大陸の一部として魔界セブドラにあったのかも知れねぇな。そして、もっと無数の石碑が……ここにはあったのかも知れねぇ……」
そう悲し気に語る。
俺の腰にぶら下がる魔軍夜行ノ槍業も震えた。
烈戒の浮遊岩は魔城ルグファントの一部だったと言いたいのか?
ソルフェナトスも頷くと、鋼色の魔槍を片腕に引き寄せた。
そして、片腕に装備する骨の魔武具を俺に見せて、
「その地下で、ある程度の魔人武術と、この骨魔武具に対応した技を……ルグファントの戦旗を通して学ぶことができた」
そう語るソルフェナトスは、骨人形のキストレンスのマフラーを引っ張る。
「そう、この戦旗があるお陰で俺は……」
と涙ぐむ。
「マフラーだと思っていたが、戦旗だったのか」
残りの腕で戦旗を拡げたソルフェナトス。
魔城ルグファントの戦旗の切れ端か。
「おう。どういう理屈か不明だが防御アイテムにもなる代物だ。魔界では、この魔城ルグファントの戦旗の切れ端がなければ死んでいた。だから、魔城ルグファントで一兵卒だったお陰でもあるってことだ」
そう語るや物欲しそうに……。
俺の魔軍夜行ノ槍業を凝視する。
「しかし。この烈戒の浮遊岩の地下では、大本の<魔槍技>か<武槍技>の理解ができなかった。ルグファントの戦旗に反応した他の遺跡では、もっと色々と魔人武術を学べたんだが……」
だからか。
きっと、烈戒の浮遊岩にある遺跡は、魔軍夜行ノ槍業と関わる他の秘伝書の槍譜と同じく、独鈷魔槍が必須な古代遺跡ってことだろう。
俺は魔軍夜行ノ槍業を見ながら、左手に独鈷魔槍を召喚。
「この魔軍夜行ノ槍業と、独鈷魔槍が必須か」
「おぉぉ……その銀色の魔槍は!! 塔魂魔槍のセイオクス様の!」
「やはり知っていたか」
「当然だ!! 我らの魔君主の一人、セイオクス様……セイオクス様は『一の槍』の絶招を極めては、『二槍極致』を超えて『八極魔魂秘訣』を獲得なされた。そして、基本を忠実とする魔人武術と<魔槍技>を愛用する……一槍二槍の槍使いでもある。何十という強者の魔族に囲まれた状況でも、一人二人と着実に銀の両矛で穿ち倒し、必ず勝利をもぎ取っていた。偉大な八怪卿で八槍卿の一人だ」
基本か――。
独鈷魔槍を使っているから分かる。
すると、ソルフェナトスはルグファントの戦旗の一部から手を離して話を続けた。
「……納得したぞ。塔魂魔槍のセイオクス様が認めた槍使いなのだな。俺は負けて当然。やはり、魔軍夜行ノ槍業を持つ者だということか……よし、ならば、この烈戒の浮遊岩はお前の物だ」
「突然、俺の物と言われてもな。下の遺跡をチェックしたら帰るぞ」
「……え? ま、好きにしたらいいさ」
「エンジンを付けたらセナアプア限定の空中要塞運用で遊べるかも知れない。が、それはミスティに話をしてからだ」
「エンジン? この浮遊岩を空中要塞? 意味が分からないが、そのミスティとは魔人なのか?」
「いや、俺の優秀な<
「ほぉ~、眷属か。鴉に、血を纏う魔槍を扱う修道女……紫色の魔力を扱う黒髪の美女……蒼炎使いの
ソルフェナトスはイモリザを見て驚く。
金髪と薄青い瞳のピュリンになっていたからだ。
額から墨色の線が目元に延びている。
そのピュリンはツアンに変身。
「なな!? なんだ? 女から男だと?」
「イモリザはツアンとピュリンの精神と肉体を持つ。三人で一人でもある<光邪ノ使徒>だ」
「……そ、そか」
と、驚きつつも垢抜けた感があるソルフェナトス。
すると、レベッカから興奮したような声が上がった。
気になるお宝があったようだな。
俺としては、鬼婦ゲンタールの魔腕と魔足が気になった。
錬金術師マコトに頼んで、その腕と足を、カットマギーに移植できれば……。
そう思考しているとソルフェナトスが肩を動かしつつ、
「それにしても、先ほどの、俺を拘束した強烈な打撃を組み合わせた関節技は見事だった」
「咄嗟の発想だ」
「あの機動を咄嗟かよ! 風槍流を軸にしているとしても……なんて機転の良さなんだ!」
「そう言うソルフェナトスも魔人武術に魔槍と魔剣、凄まじい腕前だな」
「まぁな。そんな俺の魔槍と魔剣も悉く封じられたが……」
背後を取られた瞬間はそうとは言えないと思うが。
「そりゃ買いかぶりだろ。あの裏取りは見事」
「あの<影取り>か。が、お前は反応していた。槍使いの反応速度は……俺が戦ってきた中でも文句なしにナンバーワンだぞ。きっと、強者が犇めく闘技者としても成功するだろう……」
「闘技者か、最近耳にする機会が増えた。やはり都市では有名か」
「当たり前だ。闘技場の戦いは面白いぞ。人族も魔族も問わない。ま、神聖教会のアイテムが反応するような強い闇属性持ちは弾かれることが多いようだが」
「へぇ……」
「で、槍使いは、一槍の風槍流を基本として、二槍流はどこで学んだんだ?」
「二槍流は我流と言えばそれまでだが……俺にとって〝一の槍〟の風槍流がすべてと言える。二つの槍も、結局は一つの槍に過ぎない」
アキレス師匠の姿を想起しつつ普通に語る。
ソルフェナトスは驚いていた。
意外だ。
「……ずば抜けた機転と槍武術の発想力を持ちつつ戦いの最中に成長を遂げる漢の言葉か……痺れさせやがる。しかも、自然と出てくる言葉の質じゃねぇ……」
いや、自然だったんだが……。
アキレス師匠ならなんて言うだろう。
「……」
「なんだその顔は、気付いてないのか。まったく、クソつえぇ一槍に、二槍流までも熟しつつ、血の魔力を合わせた魔技の<導魔術>も楽に扱う激強い槍使い……そして、風槍流の<槍組手>と魔人武術の格闘系に独自の武術を合わせる近接の応用力。そう、最後のあの関節技だ! あれは本当に驚きだった。槍をフェイクに格闘で組み伏せられるとは、まったく予想できなかったぞ!」
武人ソルフェナトスは熱い。
「……ありがとう。ソルフェナトスも俺の背中を取った攻撃は見事だった。普通の人族ならあそこでお仕舞いだ」
ソルフェナトスは頬を赤く染めつつ、
「フハハ、普通の人族なら、この烈戒の浮遊岩に来られんぞ。ま、俺も<愚導魔>系の連携攻撃と<影取り>、<魔紫発導>を合わせた戦闘技術についてはかなり自信を持つからな。素直に、その褒め言葉は嬉しく思う」
武人ソルフェナトスの表情は晴れ晴れとしている。
どこかスッキリとした表情だ。
やりきった感があるんだろう。
「おう。戦えて光栄だった」
と、拱手して頭を下げた。
「何を言う、俺もだ。強者の槍使い……」
「照れる、が、俺をそう評してくれるのには嬉しく思う。ありがとう。ま、最初に風槍流の師匠に鍛えられたことが大きい」
「……さぞや立派な師匠なのだろう」
「あぁ、俺に槍使いとして、いや、生きる切っ掛けをくれた偉大な師匠なんだ」
「……チッ、ムカつく面だぜ。だが、同時に羨ましい面でもある……お前は恵まれている」
「あぁ、その通りだ」
アキレス師匠にラ・ケラーダ!
「フハハハ。いい武人の面だな。しかし、何か、お前とこうして話をしていると不思議と活力が漲ってくる。また戦いたくなってきたぞ」
「――魔人ソルフェナトス。調子に乗らないでください。シュウヤ様は忙しいのです」
「そうですね。ガドリセスで、その尻尾をちょん切りますよ」
「……こえぇぇ。銀髪の
笑うキサラとヴィーネはお辞儀をして応えていた。
「ンン」
そのソルフェナトスは四腕の一つで髪の毛を掻いてから……。
俺を見て、
「で、槍使い。まだ、名を聞いていないんだが……」
「そうだった。名はシュウヤ。シュウヤ・カガリ」
「槍使いシュウヤか。で、そこの黒猫の名は?」
「にゃ?」
「相棒の名はロロディーヌ。愛称はロロだ」
「ンンン――」
相棒は肩に乗ってくる。
ドヤ顔をソルフェナトスと骨人形のキストレンスに見せる。
「ふ、猫もいい面だ。あ、なるほど……これが酒場で聞いた噂の槍使いと黒猫。こういうことか……」
「おう、そういうこった」
「にゃおおお」
「ははは、黒猫よ。その触手から骨剣が出せるってのは知っているぞ」
すると、透魔大竜ノ胃袋を見ていたレベッカが、
「ねー、武術マニアさんたち、もらったアイテムの中にある魔剣と魔槍だけど、シュウヤが持っとく?」
「おう、使わないなら、俺が持っとこう」
すると、エヴァが<念動力>で浮かせた魔剣と魔槍を持つと、
「ん――」
と走り寄ってきた。そのエヴァの扱う紫色の魔力が魔剣と魔槍を包むように浮かせていた状態を見て、改めてエヴァの可能性を感じた。
<念動力>は色々と応用が可能。魔槍使いと魔剣使いとしても発展できそう。
ま、金属の刃でことが済むか。フェンロン流棒術もある。
そのエヴァから受け取った魔剣と魔槍を戦闘型デバイスに仕舞った。
「んじゃ、俺たちはここまでだ。老兵は去るとしよう」
ソルフェナトスはそう語る。
「老兵って面ではないが?」
そう俺が返すと、骨人形のキストレンスは豪快に笑う。
「フハハ、確かにな。ソルフェナトスは若々しい。それでは槍使いシュウヤと黒猫ロロディーヌに、その眷属たち。ソルフェナトスが世話になった! 然らばだ」
「おう」
骨人形のキストレンスはソルフェナトスのイヤーカフに吸い込まれた。
「シュウヤ、俺はルグファントの戦旗を持つ。だから、また違う場所で会うかもな!」
「そうだな。またどこかで」
「おう。槍使い、然らばだ――」
反転したソルフェナトス。
地面を蹴ってドッと衝撃波を放ちながら跳躍。
同時に周囲に突き刺さっていた魔剣と魔槍が自然とソルフェナトスの周囲に集結しつつ、それらの武器がパッと消えた。
飛び方が威風堂々なソルフェナトス。
そのまま電光石火の勢いで宙を駆けていった。
これで、一先ず烈戒の浮遊岩の乱は治まったかな。
すると、ヴィーネが近付いてくる。
「ご主人様、中身のアイテムの鬼婦ゲンダールの腕を確認しますか?」
「そうだな」
頷いたヴィーネ。
透魔大竜ノ胃袋から魔腕を一つ出す。
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