七百二十四話 ゴドローン・シャックルズ

 

 貂の毛玉は狂眼タルナタムの鎧を凹ませた。

 分厚そうな胸甲の一部ごと毛玉が鎧に深くめり込む。


 すると、装甲の表面の文字が弾け飛ぶ。

 にょろにょろとした蝌蚪(おたまじゃくし)のような魔法文字だ。


「ングゥゥィィ、メダマ、チッコイ、ノ、マリョク、アル!」


 竜頭金属甲ハルホンクが反応。

 その魔法文字は狂眼タルナタムの周囲に浮かぶ。

 と、何かと争うようにパッパッと閃光を放ち消えた。


 狂眼タルナタムはそんな閃光ごと、その何かを斬るように――。

 三つの長剣を乱雑に振るい回した。

 そんな狂眼タルナタムだが……。

 口から覗かせる肉繊維に備わる複眼の群れを三百六十度ぐにょりと回していた。


 狂眼タルナタムは羅の音波によって混乱したか?

 いや、混乱ではないのか。


 長刀を振り回す狂眼タルナタムの体を凝視――。


 狂眼タルナタムの甲冑のあちこちに半透明の魔力の糸と鎖状の魔力の弦が突き刺さっていた。

 それらの半透明な魔力の糸と鎖状の魔力の弦の大本は……。


 羅の衣と半透明な琴から放出されている。


 羅の攻撃が狂眼タルナタムに突き刺さっていたのか。

 羅は音波と同時に<鎖>的な能力を衣と半透明な琴から発動していたようだ。


 魔察眼では気付かなかった。


 狂眼タルナタムは拘束を受けている羅の魔力の糸と鎖状の魔力の弦を三つの長刀で斬る。斬られた羅の魔力の糸と鎖状の魔力の弦は、宙に浮かぶ蝌蚪文字の魔印と触れて火花を散らす。


 火花を散らさない鎖状の弦は独自に鳴動しつつ涼し気な音を響かせるや、細かな繊維のまま大気へと染み入るように儚く消えた。


 すると、魔力の糸と魔力の弦を切断された羅がバランスを崩し、


「わたしの羅仙瞑道百妙技<仙羅・音隠刃>が!」


 そう叫ぶ。

 と、羅を援護する貂が複数の長い尻尾を靡かせつつ、


「まだです!」


 貂は体から魔力を放つ。

 狂眼タルナタムの鎧にめり込んだ一部の毛玉から黄色の毛が出た。

 その黄色の毛は狂眼タルナタムを拘束しようと――。

 <光魔ノ秘剣・マルア>の黒髪のように蠢きながら首の亀裂にも入り込む。


 狂眼タルナタムの首と鎖骨のひび割れが拡大。


『「「グヌゥァ」」』


 狂眼タルナタムは痛みの声を発した。

 毛玉の能力で狂眼タルナタムの動きが鈍ったか?


 狂眼タルナタムの肉仮面が急回転。

 口が大きく裂けて、裂けた口が肉仮面の斜め上に移動。


 肉仮面は歪な火男(ひょっとこ)風に変わった。


 肉仮面から露出する肉繊維の複眼が蠢く。

 虹彩が異常に分裂していった。

 そのさまは蝌蚪おたまじゃくしが泳いでいるようにも見えた。


 その蝌蚪おたまじゃくしの魔法文字が宙空に大量発生した。


 続いて、毛玉を喰らっていない鎧の甲に刻まれた魔法文字が点滅を繰り返すと、その明滅に合わせて鎧の一部に古代文字的な異文が浮き彫りとなった。


 そんな古風で防御能力が高そうな鎧を装着している狂眼タルナタムが、


『「「グァ……」」』


 と痛がる声を出す。

 すると、表情を歪ませたカットマギーが、


「狂眼タルナタムが痛がるなんて久しぶりだよ――チキチキバンバン――」


 そう甲高い声を発しながら魔刃を沙・羅・貂に飛ばす。

 華麗な剣術を見せるカットマギーだ。

 更に焼け焦げたような肌に刻まれた不気味な紋章を輝かせた。


 その輝いた紋章と魔線で繋がる狂眼タルナタムは活力を得たように、


『「「ガァツゥ! 〝狂怒ノ霊魔炎〟を有シタ、我ニ、神呪ノ毛ナゾ! ムダ、ダ!」」』


 と叫ぶ狂眼タルナタム。

 狂眼タルナタムは体の内部から強い魔力を放出するや、狂眼タルナタムの鎧に嵌まったままの一部の貂の毛玉が赤黒く燃焼。


 そんな狂眼タルナタムの心臓がありそうな胸元に強い魔素を感知。


「ングゥゥィィ!! ツヨイ、マリョク、アル! オッパイ! ノ、オク!」


 まさか竜頭金属甲ハルホンクからおっぱいの言葉を聞くことになるとは。

 ま、反応するのも分かる。

 いきなりの強い魔力反応だ。


 濃密な魔素の塊は内臓の中に幾つかある。


『――複数の魔力源が複雑に内部で絡んでいます。魔道具の可能性も』

『大柄だし巨人だ。普通の心臓なわけがないか……魂が入った魔具か魔神具の可能性もある?』

『はい』


 分霊秘奥箱とか緊急幹部会でガルファさんが語っていたこともあるからな……と常闇の水精霊ヘルメと念話した直後――。


 <武装魔霊・紅玉環指輪>が反応。

 指輪の表面が半球の形に膨らむ。


 <武装魔霊・紅玉環>。

 アドゥムブラリが現れた。

 単眼球の半分だけの姿。


 余計にコミカルなアドゥムブラリだ。

 そのアドゥムブラリが、


「――驚いたぜぇ。廃れたとはいえ、あの狂剣の眷属かよ!」

「知っていたか」

「知ってるぜ! 狂剣タークマリア。魔界の地にその名があった。破壊の王ラシーンズ・レビオダなどの、神々の争いの余波を受けていない限り、その地域は今も現存しているはずだ。が、そんな過去より、あの狂眼タルナタムの内部だ。特別なモノが、少なくとも二つはある!」

「特別な物とはなんだ?」

「……狂怒ノ霊魔炎とやらは聞いたことがないが、俺の闇炎、いや、主の力となった<ザイムの闇炎>に近い契約の力か……それに近いモノ、或いは秘宝その物だろう」

「おぉ~、あのデカブツ、強いだけはある。魔大竜ザイムと同じような契約の力とか。または、ロルガの闇炎のような秘宝か!」

「似ているが獄界ゴドローンの品で喩えるんじゃねぇ。ま、狂怒ノ霊魔炎と、他の何かは、魔界セブドラの秘宝類だろう」

「アドゥムブラリには秘宝蒐集の趣味が?」


 と、聞いたら急に悲し気な表情を作る。

 単眼球の半分だが、その虹彩と瞳の動きで感情は分かる。


「……俺じゃないが、幼馴染みがな……有名なのは、アムシャビスの光玉、皇炎勾玉、霧雹ノ魔郡、土偶烈把、邪霊傀儡巣網、連獄炎塊、魔絶翔王鬼、精魔嵐謀、煉獄ノ木阿弥、密蛾剣雷刃、荒神反魂香など、無数だ――」


 途中からアドゥムブラリの早口が炸裂した。

 しかし、


「どれもこれも呪いがありそうだ……」

「――否、イナァ! そこのチキチキ野郎の皮膚に誤魔化されるな! 多少のリスクはあるが俺様も欲しい部類のアイテムだぞ! 自らに取り込めば主が強くなる代物ばかり! そして、主の<血魔力>系のスキルと<ザイムの闇炎>を利用すれば、あの狂眼タルナタムの心臓部に巣くう〝何か〟を奪い取ることは可能!」


 指輪の上で語るアドゥムブラリは渋い声だ。

 元魔侯爵の精悍な顔を持つ魔人の姿が見えたような気がした。


 すると、左目に棲む小型ヘルメが頷きながら指で紅玉環の膨らんでいるアドゥムブラリを指して、


『ふふ、アドゥムブラリの考えは面白いです。ですが、素晴らしい。閣下ならば、もしかすると……』


 ヘルメの勘が鋭い。


『おう。その勘は当たりだ。鋭いな』

『ありがとうございます』


 アドゥムブラリに向けて、


「んだが、闇属性はあまり通じないかもな」

「主は強い闇属性を持つ。狂言と狂眼と親和性が高いからこそだ。しかし、強い光属性もあることは事実。狂怒ノ霊魔炎と他の何かを奪うさい、狂眼タルナタムと一緒に貴重なモノも消えてしまうかも知れない」

「ま、何事も試す。強くなれるアイテムなら奪う価値はある」


 戦闘型デバイスの上にホログラフィックで浮かぶガードナーマリオルスも同意するように急回転。


 そのアドゥムブラリと右腕から狂眼たちへと視線を移す――。


 沙・羅・貂と戦う狂眼タルナタムとカットマギー。

 <神剣・三叉法具サラテン>たちに気を付けながら――。

 <夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>を無数に放った。


 カットマギーと体が赤黒く燃えている狂眼タルナタムは対応。


 カットマギーは三人の攻撃を往なしつつ加速するや魔剣を振るって<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>を切断。

 続けて魔刃を飛ばし俺の闇の杭を潰す。

 狂眼タルナタムも体格を活かしてカットマギーを守りながら長刀を振るい、刃の角度を斜めに下げて沙の連続的な斬り払いを幾つか防ぐ。が、沙も速い、返す神剣の刃が狂眼タルナタムの鎧と腕を斬った。


 狂眼タルナタムは幾つか傷を負うが、構わずカットマギーの加速に付いていく。


 魔界巨人狂眼タルナタムも素早い。


 カットマギーのオプション的な機動。

 その動作にサナさんが扱うことができる御守り様の【戦魔ノ槍師】こと通称〝戦魔〟を想起した。


 次は<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を数発放つ。

 続けて《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》も連続的に繰り出した。

 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>は沙と羅の間を抜けてカットマギーに直進。


 カットマギーはマジ顔で反応。

 血色の魔剣と青白い魔剣に盛大に魔力を込めると、迅速に振るう。

 魔剣から複数の魔刃が迸る。

 それらの魔刃が《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》を突き抜けて<光条の鎖槍シャインチェーンランス>と連続的にドドッと衝突。


 相殺か。


 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>は通じず。


 カットマギーの追撃の魔刃が直ぐに飛来。

 魔槍杖バルドークの柄で、その重い魔刃を弾く。


 すると、狂眼タルナタムが空中で停止。

 俺たちに肉仮面を向けた。


 周囲に蝌蚪文字の魔印を散らしつつ、


『「「――オマエタチ、タオス!」」』


 そう叫びつつ長刀を振るい回した。


「それはわたしたちの言葉です!」


 貂の気合いの溢れる言葉だ。

 多数の尻尾が可愛く動く。


 尻尾の先っぽが傘のハンドルっぽい。

 魅力的な無数の尻尾と太股だ。


 その姿を見た神獣ロロディーヌが、


「ンン、にゃあ~」


 と、仲間だと思ったのか。

 可愛い声で反応。

 相棒の姿は巨大な黒豹的。

 だから可愛い声は似合わないかも知れない。


 ま、いつもの相棒だ。


 貂はそんな相棒の鳴き声を聞くと一瞬表情を和らげた。

 が、直ぐに表情を引き締めると、


「魔界のモノ! 滅します! <仙王術・神馬佳刃>――」


 貂は右腕ごと神剣になったように前進――。

 神剣が煌めくや馬のような魔力の幻影を纏う。

 しかし、カットマギーの魔刃が貂に飛来。

 その魔刃が貂の神剣と衝突してしまう。

 神剣の馬の魔力の幻影は散った。


 そして、カットマギーの重い魔刃の衝撃を受けた貂は右腕ごと上向く。

 フォローをと思ったが――。

 貂は豊かな胸元を晒すように左腕をサッと真横に伸ばしつつ横回転を実行。

 ――貂の巨乳が横に引っ張られるように揺れる。

 コンマ数秒も経たないうちに回転機動を活かす前傾姿勢となった。


 おっぱいが魅惑的な貂。

 カットマギーの魔刃の威力を自身の加速力に加えた。

 貂は宙を駆けつつ飛来する魔刃を受けずにあっさりと避けた。


 貂は更に加速。


「<仙王術・仙鼬籬装束>――」


 とスキルを発動。

 両腕と錦帛の衣と無数の尻尾から――。


 薄い肌色の魔力を大量に放出した――。

 すると、貂の仙女風の衣装から半透明の新しい戎衣が出現。

 鳩尾の板、栴檀風の板、籠手など色々だ、魅了される。


 仙女風の衣の各部位に合う小さい甲冑防具が個別に次々にパパッと出現した。

 その可憐さがある新しい仙鼬籬装束が点滅――。

 一瞬、衣と尻尾の大部分が透明化。


 おぉ~。貂の裸が見えたような気がした。

 尻尾の根元と、生のお尻が可愛かった。


 んだが、プリンちゃん的なお尻は幻かな。


『貂のキュートなお尻ちゃんです!』


 と、ヘルメが反応。

 よかった。お尻は幻ではなかった。


 傾城の狐獣人にも見える可憐な貂は剣舞を実行するように舞う。

 狂眼タルナタムの迅速に迫る長刀を避けに避ける。

 カットマギーの魔刃をも避けた。


『ふふ』


 左目に棲むヘルメも貂の機動を見て楽しむ。

 貂は、そのまま絶妙なタイミングで――。

 狂眼タルナタムの懐に潜り込むや神剣を振り抜いた。

 胴抜きが決まる。

 狂眼タルナタムの脇腹を切断――。


 その脇腹から紫色の血が迸った。


『「「――グァァ!」」』


 貂は、狂眼タルナタムの背後に上手く回り込む。

 そんな貂目掛けてカットマギーの魔刃と狂眼タルナタムの長刀の振り下ろしが迫った。その攻撃を冷静に見やる貂。


 茶色の混ざる前髪が揺れて鋭い瞳が見え隠れ。

 眉尻は細く、鼻は高い。


 妖狐風の娥娥が極まった女性だ。


 その美しい貂は、片手で宙を突くような側転を行う。

 カットマギーの魔刃と狂眼タルナタムの長刀の攻撃を避けた。

 狂眼タルナタムの横に移動。

 そこに、カットマギーが間合いを詰めて振るう魔剣の刃が貂に迫る。

 この魔剣の薙ぎを紙一重で避けた。

 貂は横回転を続けてカットマギーと狂眼タルナタムから距離を取る。


 勿論、パンティ見学委員会は発動した。


 貂のパンティは白色。

 ムチムチな太股が綺麗だ。


 魅力的な貂は側転から後転へと動きを切り替える。

 追撃に出たカットマギーが放つ魔刃を華麗に避けた。

 後転を終える所作に隙がない貂。


 すると、


「羅、妾たちも続くのじゃ!」

「はい――」


 沙と羅が神剣を振るいつつカットマギーを追う。


「チッ、人のことは言えないけど、素早い――」


 カットマギーはそう不満を漏らすと、反転――。

 沙と羅を二振りの魔剣で攻撃しようと、間合いを詰めようとした。


「――にゃご」


 相棒が反応。

 触手骨剣を繰り出した。

 俺も相棒の側に寄りつつ<鎖>を放つ。

 カットマギーは攻撃を止めて逃げに徹した。

 相棒は触手を引く。

 俺も<鎖>を消去。


「逃がしません!」


 貂だ。

 無数の尻尾から追撃の魔刃を出す。

 狂眼タルナタムは貂の動きに呼応。


 カットマギーを守るように大柄の体を反らして横回転――。


『「「――オマエノ魔刃、軽い! 斬リ、タオス!」」』


 巨大な二つの腕を背中側に回した。

 その腕が持つ長刀が、貂の尻尾が放った魔刃を切り刻んだ。


 貂の剣術と尻尾の魔刃に対応した狂眼タルナタム。

 あの腕は、イモリザのような自由な運用が可能なのか。

 肩の骨がない?

 一つの腕は失ったままで回復はしないが、脇腹の傷は回復していた。


 再生能力は限定的に有している?

 強い光属性の<光穿・雷不>が特別なだけか。


「――器様、後頭部にも複眼が現れました!」

「了解」


 狂眼タルナタムは、


『「「<カリカルの愚剣鉈>――」」』


 呪文的な言葉が周囲に響く。

 狂眼タルナタムが持つ長刀は形を変えた。

 俺が光の雷不で溶かした鉈の幅を持った巨大な鉈に変化。


「――わたしを忘れるな? ケケケ――」


 逃げていたカットマギーも反転。

 二振りの魔剣の角度を変えると前傾姿勢で貂に向かう。


「忘れるわけがない!!」

「はい――」


 そのカットマギーは沙と羅の神剣を受けた。

 カットマギーは眉間に皺を作り、


「――チッ、その剣、特別だねぇ。神界の勢力……」


 そう呟くカットマギー目掛けて――。 

 遠距離から<鎖>――。

 《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》――。

 カットマギーは沙と羅の神剣から逃げつつ俺の遠距離攻撃を的確に弾く。


「器、ナイスじゃ!」

「器様~、素敵!」

「フォローありがとうございます!」

「おう」

「見てて下さい器様――」


 沙・羅・貂は各自揃って笑顔を見せる。

 と、貂の体がブレた。

 消えた、いや分身した。

 その複数の貂たちが、


『『「<仙鐘剣狐>――」』』


 分身した貂たちはスキルを発動。

 複数の貂たちは、電光石火の勢いで狂眼タルナタムに向かう。

 そのまま自らが持つ神剣を神速の域で振るった。


 刹那、鈴と鐘にハンドベル系の綺麗な高音が幾つも響く。

 神界の曲にも聞こえてくる。

 同時に、神剣の軌跡が宙に幾筋も生まれた。

 一瞬、空域がセピア色に見えた。


 無数に斬られた狂眼タルナタムの体から血飛沫が迸る。


 仙鼬籬せんゆりの剣法か。


「サラテュンさまたちの攻撃は強い!」


 白鼬のイターシャの姿は見えないが、貂の首に巻き付いているんだろう。

 貂は同じ姿の幻影を背中から幾つも発生させながら神剣を振るう。


 狂眼タルナタムは長刀で防御する構えのまま、


『「「イタイ、イタイ! 神界ノワザ! キンシ!」」』


 そう発言しつつ後退した。

 巨大な腕の一つに受けた傷は深いようだ。

 紫色の血を大量に放出していた。


 カットマギーも側転しつつ沙と羅と相棒から距離を取る。

 退きながら皆に向けて複数の魔刃を放つところがいやらしい。


 その飛来してきた魔刃を魔槍杖バルドークの<刺突>でぶち抜く。

 続けて飛来した魔刃は避けようと思ったが――。


 追尾能力もある魔刃だった。

 素直に魔槍杖バルドークを斜めに動かして、柄で受けた。

 魔槍杖を下側に回転させて、重い魔刃を下へと弾く。


 カットマギーは一転。

 二振りの魔剣を振るい沙と羅の神剣を往なすや――。


 分身体の貂たちに近付いた。


「<狂四肢・刃焼門>――」


 とスキルを発動。

 カットマギーはスキル効果で両腕がぶれた。

 ぶれた腕は血の刃と青い門を模る。

 貂と同じく分身系のスキルか?

 魔剣も増えたように見える。

 貂の分身たちは、カットマギーの本体と血の刃と青い門的な魔刃を無数に喰らって消える。

 カットマギー本体は両腕で円を描くように魔剣を扱うと、血の刃と青い門を二振りの魔剣に戻しつつ貂に向かう。


 すると沙と羅が、


「――沙神那由他妙技<御剣・十六夜>」

「羅仙瞑道百妙技<仙羅・絲刀>――」


 沙と羅がスキルを発動しながら前に出た。

 二人が持つ神剣で、カットマギーを守る狂眼タルナタムの長刀を弾きつつ、沙は神剣から夕焼け色の魔刃を出す。

 羅は糸のような細い刀を伸ばす。

 が、素早く前に出たカットマギーが、二人の神剣から出た夕焼け色の魔刃と糸のような細い刀を、二振りの魔剣で見事に防ぐや「チキチキバンバン――」と発言。


 同時に肌にある不気味な紋章が輝いた。

 紋章と連動した狂眼タルナタムは長刀の一つから血の膜を展開。

 相棒も八つの触手骨剣を繰り出すが、その血の膜で、皆の攻撃が防がれることが増えた。


 と、カットマギーが血の膜から前に出る。

 <血鎖の饗宴>を発動――。

 血鎖の群れを見たカットマギーは「チキチキバンバンってねぇ――」と、素直に後退しつつ上昇――月が照らす雲間に逃げ込んだ。


 <血鎖の饗宴>は消した。

 その雲から、二振りの魔剣を振るったのか――魔刃が飛来。


 魔刃を魔槍杖バルドークの<刺突>でぶち抜いた。

 カットマギーは迅速に宙を駆けて逃げる。


 カットマギーは素早く強い。

 狂眼タルナタムもそのカットマギーの近くを飛翔。

 カットマギーと狂眼タルナタムの巧みな飛行術だ。

 カットマギーは魔靴を使いこなしているといったほうがいいか。


 貂は沙と羅の側に移動。

 三人は阿吽の呼吸から神剣の角度を揃える。その三つの神剣の周囲にデボンチッチが湧いた。


『ふふ、頭がぴょこんと出て、注連縄を装着しているデボンチッチちゃんが可愛い!』


 ヘルメが指摘。

 デボンチッチの一部は個性的だ。

 注連縄を腰や頭部に巻いていた。

 俺的にはヒャッハーを行くモヒカンのデボンチッチが気になる。


 沙・羅・貂は互いに顔を見合わせて頷く。


「よーし、妾たちの見せ場じゃ! 最高の秘術、<神剣・三叉法具サラテン>の<御剣導技>の大技を実行ぞ!」

「はい! 【雷臥・アモイ】を突き抜けたようにですね!」

「懐かしい。その通り!」

「ふふ、貂のことが気になっている器様に最高の神飛行術も見てもらいましょう。【藤ノ三法具院】の仙女たちを超える機動術を!」

「うん。神足通ね! あ、器様はわたしの尻尾に夢中?」

「ぐぐ、貂のモフモフはたしかに魅力的である! が、否じゃぁぁ。器は妾だけ! ときめきトゥナイトな運命メモリアルである! 妾のことが、とってもうちゅう、いや、夢中なのじゃぁ!」

「あはは、沙、興奮しないの。それよりも、あの魔剣師! あの魔剣、ミツミタマって言ってたかしら? 異質だから、あの武器だけでも破壊しないと! 貂、沙、がんばりましょう」

「うむ! よーい――」

「「「ドン――」」」


 ――三人は重なり合い神剣の上に立って飛翔を開始。


 ――『『『<御剣導技・沙剣桜花擢>』』』


 と、スキルを発動。

 沙が桜色の戦装束に変身しつつ突進。

 沙を主力にした大技か?

 沙・羅・貂の三人は消えては出現を繰り返しつつ凄まじい螺旋回転を始めた。


 気流の嵐を周囲に作り出す。

 嵐的な機動の<御剣導技・沙剣桜花擢>の三人はカットマギーと狂眼タルナタムに迅速に向かう――。 


 見た目は華やか。

 技の性質としては獄魔槍の<魔槍技>系に近い。

 <血鎖の饗宴>を用いた突貫槍にも似ている。


 しかし、ここは空だ。

 相手も速い。

 <御剣導技・沙剣桜花擢>にも追尾能力はあるようだが……。


 止まっている人形ならいざ知らず。

 カットマギーには当たらないだろう。


 フォローしよう。

 動きを封じることが先決。


 ――<血魔力>を活性化。

 <生活魔法>で足下に水を撒く。

 そこから<水神の呼び声>――。

 続けて《水流操作ウォーターコントロール》を用いて水を体に纏う。

 魔槍杖バルドークは水を嫌うように蒸発させるが、それが二次、三次の効果を齎す。


 ――<血道第三・開門>。

 ――<血液加速ブラッディアクセル>。

 ――<水月血闘法・鴉読>を発動。

 ――アドゥムブラリの額にエースを刻む。


「ブラァァァァ」

 ――血と水鴉に<ザイムの闇炎>を活かす。


 ――アドゥムブラリが叫ぶ。

 迅速に宙を駆けた。

 そして――。

 カットマギーと狂眼タルナタムが逃げる方向を予測しつつ――<光条の鎖槍シャインチェーンランス>と<鎖型・滅印>を実行。


 両手首を交互に突き出す。

 手首の内側に備わる<鎖の因子>のマークから出た<鎖>がカットマギーたちに向かう。

 凄まじい速さの<鎖>だが、カットマギーには当たらない。

 その<鎖>が消えて再び<鎖>が出る。

 マシンガン的な速度で<鎖>たちがカットマギーに向かう。


 避け、躱し、魔剣で往なすカットマギー。

 が、さすがに高速で<御剣導技・沙剣桜花擢>からも逃げつつだから――。


 対処に隙ができた。

 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>がカットマギーの耳を掠めた。


 二つの<鎖>もカットマギーの足を掠める。

 が、狂眼タルナタムは三つの長刀で宙に円を描く。


 長刀で<鎖>は弾かれることが多くなった。

 狂眼タルナタムはカットマギーの背中を確実に守ることを優先したか。


 狂眼タルナタムを従わせているように見えるカットマギーも高速で飛翔しつつ二振りの魔剣で防御を優先。


 狂眼タルナタムとカットマギーは連携度が高まったようにも見えた。

 一瞬、白い貴婦人ことゼレナードとアドホックのコンビを思い出す。


 と、相棒が前に出た。


「にゃごぉ――」


 細い槍のような炎がカットマギーに向かう。

 しかし、これまた狂眼タルナタムが対応。


 仮面の上部が縦に裂ける。


 と、内部の肉繊維の塊から複眼が飛び出た。

 その飛び出た複眼から積層型魔法陣が発生。


 相棒の細い槍のような炎を、その積層型魔法陣で防ぐ。


 が、隙がある。


 <導想魔手>を蹴って素早く前進。

 瞬く間に大柄の狂眼タルナタムとの間合いを詰めた。

 <血魔力>を操作――。

 血を全身から出しつつ下から振り上げた魔槍杖バルドークを途中で消去。


 ――フェイクに掛かる狂眼タルナタム。

 三つの長刀は魔槍杖バルドークがあった位置を通り抜けた。


 俺は<刺突>のモーション。

 に移るや否や――。

 《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》と《氷刃フリーズソード》を連発。それらの魔法攻撃は二つの長刀と狂眼タルナタムの懐に衝突。


『「「グァ」」』


 同時に下半身の筋肉を意識。

 腰を沈めつつ右手の腋を締めてから、その右手に魔槍杖バルドークを再召喚。


 槍の間合いから<闇穿・魔壊槍>、は使わない。

 腰に溜めた魔力を右腕と魔槍杖に伝搬させるようにして突き出した魔槍杖バルドークで<血穿・炎狼牙>を繰り出した。


 体から出た血の炎が魔槍杖バルドークを覆い尽くすと一瞬で大きな狼を模る。

 ゴォォォと轟音を立てた炎が彩る魔槍杖の穂先から、炎の狼の頭部が突き出た。

 嵐雲の穂先が狂眼タルナタムの鎧に突き刺さると同時に炎の狼の頭部が狂眼タルナタムの鎧ごと下腹部の一部を喰らう。


『「「グアァァァ――」」』


 魔法鎧の表面に刻まれた蝌蚪の魔法文字が瞬く間に消し飛ぶ。


 腹筋と骨と複眼を備えた内臓が露出。

 複眼たちの眼球が一斉に剥く。

 その複眼を擁した内臓が魔法陣を構成している。

 その内臓の魔法陣の中に、二つの巨大な魔素の塊があった。


 勾玉らしき物と黒色と白色が混ざる炎玉。


 どちらか一方か。

 戦闘型デバイスに浮かぶあるアイテムを見ながら<ザイムの闇炎>を宿した両手の貫手技で勾玉らしき物を奪おうとした瞬間。


 カットマギーがフォローに来た。

 が、二振りの魔剣を振るうモーションはもう見慣れた。


 左手首から<鎖>を放つ。

 <鎖>は一直線にカットマギーの左手に向かった。


「血の炎の狼は使わないのか!」


 カットマギーが叫ぶ。

 構わず、片方の青白い魔剣に衝突した<鎖>で青白い魔剣を上方に跳ね返す。

 血色の魔剣にも<鎖>をぶち当てつつ牽制の<刺突>をカットマギーの胸元に繰り出す。

 牽制の嵐雲の穂先は青白い魔剣で叩き落とされたが、構わず竜魔石の石突でカットマギーの顎を狙う。


「――対応が早すぎる!」


 仰け反って避けたカットマギー。

 竜魔石の機動を凝視していた。

 そのカットマギーに向けて、


「長いこと<闘狂言術>とその剣法を見学させてもらったからな――」


 そう発言しながら魔槍杖の持ち手を短くしつつ捻り下ろす機動の<豪閃>を発動。

 カットマギーの首から斜めに胸元の切断を狙う。

 カットマギーは半身になりながら屈みつつ、横にズレる形で<豪閃>を避けた。

 そのカットマギーは血色の魔剣で俺の胸元を狙ってきた。


 <導想魔手>を蹴って横に移動。

 血色の魔剣を避けた瞬間――。


 沙・羅・貂の<御剣導技・沙剣桜花擢>がカットマギーと狂眼タルナタムに決まる。


 カットマギーは一瞬で右手と右足が吹き飛んだ。

 狂眼タルナタムは二つの巨大な腕が細切れとなって消えた。


 肉仮面の半分が千切れて飛ぶ。

 上半身が切り刻まれていった。


『「「グァ――」」』


 悲鳴が小さいことが威力を物語る。

 が、まだ生きているということだ。


 大技を放った沙・羅・貂は成人女性から少女の姿に縮みつつ神剣の中に吸い込まれた。


 そのまま三つの神剣は一つに重なる。

 神剣も小さくなったような気がした。

 かなり力を消費するのか?

 その沙・羅・貂たちは、<神剣・三叉法具サラテン>として、俺の左手の掌の中に戻ってきた。


 その<神剣・三叉法具サラテン>たちに心でよくやったといいながら――。


 傷だらけのカットマギーに向け――。

 <超能力精神サイキックマインド>。


「――グアァァァ……なんだ、これ!!! 動けない!」


 衝撃波ではなくカットマギーの動きを封じる。成功だ。

 念のため<破邪霊樹ノ尾>の樹木でカットマギーを雁字搦めにした。

 窒息死を避けるため頭部を覆う樹木の一部には穴を開けておく。


『「「……マギー」」」』


 と、まだカットマギーを守ろうとしている狂眼タルナタム。

 その胴体目掛けて<ザイムの闇炎>で燃えた手で<死の心臓>を繰り出す。


 貫手技の<死の心臓>の狙いは巨大な魔素を内包した勾玉らしき物。

 ぐにゅりと狂眼タルナタムの内臓に侵入した指先で、その勾玉らしき物をえぐり取った。


 よっしゃ、成功!

 狂眼タルナタムは体が萎縮したように震えた。

 まだ体に残る黒色と白色が混ざる炎玉は燃えている。


 あのアイテムも気になるが、構わず、勾玉をアイテムボックスに仕舞う。

 その戦闘型デバイスに浮かぶアイテムボックスからゴドローン・シャックルズを取り出した。


 鑑定はしていないが、効果は分かる。


 素早くゴドローン・シャックルズに向けて胃が捻り曲がる勢いで膨大な<血魔力>を込めて、傷だらけの狂眼タルナタムに使用した。


 魔法の枷ゴドローン・シャックルズから青白い鎖と血色の鎖の群れが迸る。


 その青白い鎖と血色の鎖が狂眼タルナタムの体に絡まった。

 邪神シテアトップに鎖が絡んでいた姿を想起。


 鎖から影響を受けたか、狂眼タルナタムの肉仮面が崩壊。

 体が収縮して人族風に小さくなった。

 青白い鎖と血色の鎖が狂眼タルナタムの体に染みこむと、その体のあちこちに真新しいルシヴァルの紋章樹が刻まれた。更に、内部にあった黒色と白色が混ざる炎玉が反応しつつ一つに集約すると、血の鎧的な皮膚の硬質変化が起きていく。


「にゃお」


 相棒が触手を繰り出した。

 狂眼タルナタムのまだ柔らかそうな体の部位に触手骨剣が突き刺さる。

 攻撃ではないと分かる。

 ロロディーヌは自身の魔力を狂眼タルナタムに移したのか?

 狂眼タルナタムの一部に肉球マークが誕生した。


「にゃごおぉ――」


 満足した相棒は素早く触手を引く。


 すると、狂眼タルナタムの頭部の複眼は人族の双眸の位置に集約。

 羅のような瞳が六つ誕生。

 鎖骨と肋骨が膨れた。

 まだ残っていた前の鎧の部位は崩壊。

 そして、体中の傷は再生を果たす。

 魔力を含めた内臓も変化している?

 体の構成も変化したのか?


 <霊呪網鎖>は用いていないが、イモリザの変化と少し似ている。


「主……すげぇ、俺の想像を超えている」

「にゃおおお」

「ングゥゥィィ、ウマソウ!」

「はい……」

『はい! まさに、お胸がどっきりんこ!』


 三本の腕が持っていた長刀は萎れて消える。

 が、失っていた腕の場所に、真新しい腕が生えた。


 その腕は……。

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