七百十三話 クレインの告白

 キサラと宿に帰ると、庭が騒がしい。

 宙を飛翔していたヘルメがスパイラル機動で左目に戻る。

 視界に常闇の水精霊ヘルメの小型バージョンが映った。


『――閣下、キサラの眷属化おめでとうございます!』

『おう。で、宿の周辺に、何かいい匂いが漂っているが』

『はい。宿のお婆さんとお爺さんが作ってくれた料理を皆で食べていました。そして、エヴァが、リツさんから髪の施術を受けています』


 ヒューイと相棒は軒先で休んでいる。

 食事は済ませたかな。

 互いの体をグルーミング中。

 相棒はヒューイの体を舐めて、ヒューイは相棒の体の毛を梳く。


『リツさんの髪薬か。エヴァの黒髪に艶があるし魔力が内包されている?』

『はい』


 リツさんの戦闘職業は<天魔髪結い師>。

 渾名は戦髪結い師と紅の暗殺髪師。所属は盗賊ギルド系の【髪結い床・幽銀門】で、筆頭髪結い師という立場。


 そのリツさんは髷棒を軽やかに扱いエヴァの黒髪を梳いた。

 髷棒は短剣より長い。その髷棒を器用にカリィ的な短剣術のように扱う。凄まじい手さばきだ。髪薬がエヴァの髪の毛に馴染むと髪の輝きが増した。

 髪の一本一本に魔力が宿って見える。

 リツさんは見えない速度で髷棒を腰に差し戻す。今のはクレインっぽい棒術。リツさんは武芸者でもある? キサラとヴィーネも魔察眼でリツさんを調べている。リツさんは両手でエヴァの髪の毛を揉みつつ掌に魔力を通してから、エヴァの髪に魔力を送りつつ、頭皮マッサージを行った。

 エヴァの肩を上げて腕の血行を良くし、その二の腕も伸ばしては腋を晒す。

 腕のマッサージ。

 続いて、首筋の秘孔的なツボを片手の指の数本で押しつつエヴァの頭を片手で抱えるや、その頭部を引っ張り出す。


「ん」


 エヴァは気持ち良さそう。

 続いてエヴァの背中に両手の掌を当て、その手を振動させるや背中を揺らし始めた。

 エヴァの巨乳がゆっさゆっさと揺れている!


 すると、リツさんの魔力が高まる。


「少し痛いかも。でも、ここを突けば棒術の魔力の巡りが高まるから、行くよ――」


 とエヴァの肩甲骨ら辺を突くリツさん。


「ん、あん……」


 エヴァが感じる。

 ケシカラン。が、リツさんは真剣だ。

 更に髪薬がエヴァの髪に馴染んでいるのか、髪に宿る魔力の煌めきが激しくなった。

 頭皮にも栄養を与えているようだ。


 鬢盥の真上と、リツさんの手の甲の上に銀杏の魔力紋が浮かぶ。

 按摩系スキルでもあるんだろうか。

 両目を瞑るリツさん。

 盲目ではないが盲目染みた雰囲気がある。

 渾名は紅の暗殺髪師。

 髷棒に仕込みの刀、ドスを備えていそうだ。


「ん、シュウヤ、お帰り~」


 とエヴァが頭を上げた。

 髪の毛に付着した髪薬が泡状になって消えた。


「あ、あまり動かないで」


 リツさんは慌てた。

 エヴァの髪に液体をかけて頭皮マッサージを続ける。


「ん、ごめんなさい」

「わたしたちは料理を楽しんだとこさ」


 クレインだ。

 片手に瓶を持つ。

 魔力を含んだ酒を飲んでいたのかな。

 近くのテーブルには皆が食べ終わったあとの汚れた皿が並ぶ。

 そして、マージュ・ペレランドラ。

 ドロシー・ペレランドラ。

 ナミさんも一緒だ。


 そのドロシーが目を輝かせながら、


「シュウヤさんとキサラさん、お帰りなさい」

「はい、ただいまです」

「おう」


 そのドロシーが、


「わたし、ヴィーネさんとエヴァさんから聞きました。シュウヤさんは仲良くなった人たちを自らの一族に加えることができるのですね……しかも光属性を持つ吸血鬼の一族。黄昏の騎士たちの名はシュウヤさんたちに相応しい」


 リツさんは、ドロシーの言葉を聞くや、エヴァの髪を弄っていた手をビクッと反応させる。

 髪を洗ってもらっているエヴァは、そのリツさんの挙動から心を読んだようだ。


 少し首を傾げる。

 一方で、神妙な表情を浮かべた母親のペレランドラは、


「そうね。光魔ルシヴァルの眷属化は、リスクの少ない方法で人型種族を高位進化へと促す魔法儀式と呼べる代物。同時に、その眷属化の仕組みを知ろうと、解析しようとする様々な組織から狙われることになる。わたしたちに、その光魔ルシヴァルの秘密を教えてもよかったのでしょうか……」


 評議員の見地からそう語る。

 たしかに一理ある。

 すると、ヴィーネが俺をチラッと見る。


 ヴィーネのアイコンタクトの意味は、


『わたしが説明してもよろしいでしょうか』

 と言う感じだろう。


 ヴィーネとエヴァは俺たちのことを皆に教えたようだからな。


 俺は頷いた。

 ヴィーネは頷く。


「その辺りは……ご主人様の皆に対しての信頼、配慮でもあります。ある種の、貴女たちを救った対価と考えていただけたらよろしいかと」

「配慮と対価? どういう意味でしょうか」


 ペレランドラの問いにヴィーネは頷く。

 銀色の虹彩は俺を捉えつつ、


「ご主人様と関わったことです。魔界セブドラや、宇宙そらにさえ向かおうとするご主人様を知りつつ狙おうとする者たちは、まず尋常ではない。その者たちがわたしたちが救った貴女たちを何かの理由で察知した場合、貴女たちに対して、刃を向けるかも知れない。といった判断です」

「そういうことでしたか。それでも、わたしたちは命を救っていただいた。十分すぎる対価ですよ」

「はい、シュウヤさんがいるから、今がある」


 ペレランドラ親子はそう語る。

 ヴィーネはまた頷いてから、


「では、今後の可能性を。何ヵ月、何年の後、わたしたちと関係を断っていたとしても……突然、何かの切っ掛けや情報の差異で、貴女たちは襲われるかも知れない。ご主人様はセナアプアの評議会と関連する闇ギルドだけでなく、他の国々の密偵も注視するほどの人材です。貴女たちから、ご主人様の情報を得ようと、拉致されて拷問を受けるかも知れない。人質に利用される可能性も……その際に、わたしたちの情報を吐けと強要されるでしょう。ですから、わたしたちの秘密を知っていれば、ある程度の情報を小出しにしつつ生き延びる時間を稼げる。その点を考慮して、わたしたちは光魔ルシヴァルの情報を渡したのです」

「エヴァさんとヴィーネさんは、そこまで考えていたのですね」

「はい。ご主人様は別段光魔ルシヴァルについて隠したりしていませんが、わたしたちと関わった以上は、あらゆることを想定していたほうがいいかと思いまして」

「ん、けど、心を読めるスキルもあるから隠しても意味がない場合もある。ただ、心を直接的に読めるスキルを持つサトリの存在は少ないから、敵対勢力に捕まったら拷問を受ける可能性が高い。だから塔烈中立都市セナアプアのほうが、【天凜の月】のグループがいる範囲で商売を続けたほうが、ペレランドラさんたちは安心だと思う。心情的にいやでも、セナアプアに残るかサイデイルに向かうべきだと思う。女王キッシュは受け入れてくれると言った。説得しろとも頼まれた」


 そう語るエヴァ。

 リツさんに髪の毛を整えてもらっているが、真剣な面だ。


「……エヴァさんと、その女王キッシュ様が、わたしたちを守ろうとする気持ちは重に承知しています。でも、わたしは、お母様の判断もありますが、やはり、新しい場所を目指したい。わたしは子供の頃から、ずっとセナアプアで過ごしていました。将来は、魔法士隊か、空戦魔導師としてお母様を支えようと……でも、今回のことが切っ掛けで変わりました」


 ドロシーは友達が殺されてしまったからな。

 エヴァもヴィーネも、そのドロシーの言葉を聞いて何も言えなくなった。


 俺もだ。

 が、サイデイルならお勧めだと思うが。


「ですが、ドロシー。その新しい場所を目指すのにも、結局はシュウヤさんたちの力を借りなければいけません。ですから、暫くは塔烈中立都市セナアプアで過ごすことになりますよ。何回も話をしていますが、倉庫と商店の確認をして……それからです。わたしが生きていると知らせるべき人たちはたくさんいるのですから」


 【魔金細工組合ペグワース】の面々もリツさんもナミさんも頷く。

 ペレランドラを頼っていた方々か。

 その方々を見捨てるつもりはないようだ。

 闇の界隈の連中にペレランドラが生きていると知られたら自らに危険が迫るのは理解しているはず。


 弱者のために命を懸けるか。

 俺たちの戦力を見越しての考えではあるが、ペレランドラは立派な政治家だ。


「はい、お母様……」


 ドロシーの返事にペレランドラは母親らしく頷く。


「ま、その下界の様子次第か。その後の選択は自由だ。ただし……」


 ペレランドラは俺の言葉に再び頷く。


「シュウヤさん。わたしも評議員ですから、ヴィーネさんとエヴァさんの忠告の意味を理解はしているつもりです」

「お母様や友達にリツさんやナミさんからも……そういったリスクについては口酸っぱく常日頃から教わっていました」

「ふふ、ドロシー。立派になったわね」


 母のペレランドラはドロシーを見て嬉しそうに語る。娘のドロシーも頷いた。

 すると、ふふっと笑ったナミさんが、


「今さらですわね。ドロシーちゃんは成長している。マージュの商売を手伝うようになった頃から急激に成長した感もある。でも、二人とも判断が早いわよ。セナアプアの動乱の余波はまだまだ続く」

「そうね。評議会のネドー一派も完全に駆逐できたわけではない。闇ギルドの下に付いているゴロツキは無数にいる。遠くの都市に逃げても、恨みから執拗に追ってくるかも知れない。だからエヴァさんの話すように数年間は【天凜の月】の保護を受け続けたほうがいいと思う。もしくは【天凜の月】に編入させてもらうとか」


 リツさんがそう語る。

 ナミさんも頷いた。

 ペレランドラが俺をチラッと見る。

 俺は頷いた。

 すると、ペレランドラは微笑む。

 ドロシーが「え、いいんですか……嬉しい」と小声で呟いた。


「【天凜の月】の事務所ならいくらでも仕事がある」

「ありがとう。考えさせてください」


 ペレランドラはそう答えた。

 すると、


「ペレランドラ、わしもいいかな」


 ペグワースだ。職人気質らしい鋭い眼光。

 顔の造形はまったく違うがザガのような印象を抱く。ペレランドラも鷹揚に頷いて、


「はい」

「普段なら、雇い主だった相手に、こんな発言はせんことを理解してくれ」

「勿論です」


 胸元に手を当てたペレランドラ。

 その態度は実に評議員らしい。


「……皆の説得を受けてセナアプアに留まる兆しのようで良かったと思う。実は、わしもシュウヤ殿に甘えるべきだと考えていた」

「甘えるとは……」

「まぁ聞け。ペレランドラの魔塔の五十五階に作る予定だった『戦神たち』は途中でご破算となった。大事な素材が幾つも消えた。ま、これはペレランドラの偉大な魔塔が崩壊したんだから当然ではある。そして、本来なら、その崩落でわしたちは死んでいたはず。それが、英雄に救われて助かり、このネーブ村に来ることになった。この村は普通ではない。欠けた神々の像と見知らぬ戦神の像が尋常ではない数設置されている……このことから、ふと考えるようになったのだ……」


 間が空くと、職人たちは、


「わしら全員の思いだ」

「はい、頭の思いと同じでっせ。このネーブ村には廃れた戦神様の像が多い」

「見知らぬ精霊像も多かった」

「はい、英雄様に救われたことは事実ですが、タイミング的に、何かの意思が働いたからネーブ村に来ることになったと……」


 と次々に発言する。

 シウは指を口に咥えて不思議そうに皆を見る。頷いたペレランドラは、


「ペグワース。その考えとはなんですの?」

「ふむ。もう一度我ら【魔金細工組合ペグワース】に神界セウロスの『戦神たち』の像を再建しろ。という神々の意志が働いたのではないかとな……」

「……再建をですか」


 深く頷くペグワース。

 髭が撓む。


「そうだ。神界セウロスの戦神ヴァイス様を主神とする戦神様に連なる眷属神様たちから……〝お前たちが作る『戦神たち』は本当の戦神たちではない。一から作り直せ〟とな。神々の厳しいお叱りだ。天罰の神の雷だと……」

「神々からの……お叱り」

「シュウヤ殿たちが持ち帰った欠けた女神像には、戦巫女イシュランの魂が宿っていたこともある。わしらが知らなんだ戦巫女であった。その像が手にしていた聖槍ラマドシュラーには戦神ラマドシュラー様の魂の一部が宿っていたことにも驚いた。恥ずかしながら、その戦神様もわしは知らなんだ……が、更に聖槍は女神像を取り込んで形を変えた。奇跡を起こした。このネーブ村には神界セウロスの神々の像が多い。水鴉の噴水祭壇もあると聞いた。わしらの知らない戦神様たちの像がごまんとある。仲間も述べたが、わしらがここを訪れたことは偶然とは思えないのだ」


 職人たちは皆頷く。


 シウは、俺が出している聖槍ラマドシュラーを凝視していた。


 ペレランドラ親子は顔を見合わせる。

 皆も、そう言えば……という顔付きだ。

 まぁ、偶然だとは思うが……いや、これも必然か……。


「……だからこそ、シュウヤ殿」

「はい」

「シュウヤ殿が大魔術師から手に入れた魔塔ゲルハットの内部に神々へと通じる一大事業としての『すべての戦神たち』を造りたいのだ。このネーブ村の知見を活かしたい。まだ魔塔を見ていない手前勝手な物言いだが……わしは、聖槍ラマドシュラーを見て……女神像が自然と動いた奇跡を見て、シュウヤ殿は、キサラやクレインが話をするような……神界セウロスのクーリエでもあるのではないか? と強く考えるに至った。そして、魔塔ゲルハットにペレランドラたちが住むように勧めていたのもある……賃料を取らんという慈悲深い器量。わしたちを大切に扱う男の生き様は痺れる。女が無数にいるのも頷ける! だからこそ神々は、英雄シュウヤ殿をわしらの下に寄越したのではないかと。ペレランドラとわしたちを生かした理由が、そこにあるような気がしてならないのだ……」


 話を終えたペグワース。

 深呼吸をするように、息を強く吐いた。


「……確かに偶然とは思えない。鋭い話だと思います」

「お母様。わたし、セナアプアから離れたいと思っていたけど、皆の話を聞いていて、何か、心に力が湧いてきました。セナアプアを離れるべきではないのかも知れない……」


 ペレランドラ親子は再び悩み出すようにリツさんとナミさんに顔を向けては、親子で話を始めていた。


 ま、塔烈中立都市セナアプア次第だろう。

 すると、話を切り替えるようにナミさんが、


「でも、光魔ルシヴァルの一族は羨ましいわ」

「ナミ。ご主人様は眷属化を行うと凄まじい痛みを味わうのだ」

「痛いってもんではないが、まぁ、皆が強くなって幸せになるのなら、喜んで痛みを味わうさ。Mではないぞ?」

「ふふ……優しいお方ですね。そして、キサラさんも眷属となったようで、おめでとうございます。リスク・・・や誓約が少ないまま永遠の命が得られる種族進化は、本当に魅力的です」


 端から見たらそうなるか。


「そうですね、シュウヤ様の眷属化を望む方は多くなるでしょう……」


 キサラがそう語る。

 クレインは、


「眷属化は、若返りとはまた違うのかい」

若返りの秘薬グレナドソーマや人魚の肉とは違うと思います」


 ヴィーネがそう答えた。


「ヴィーネはそう言うが、案外効果があるかもな……ヴィーネ、エヴァ、キサラは元々肌が綺麗で若いから判断が付きにくいが……<筆頭従者長選ばれし眷属>になることで、多少の若返り効果を得ているのかも知れない……」


 クレインは俺の言葉を聞いてから数回頷いた。

 皆の顔を見てから、


「然もありなん。一種の光魔ルシヴァルの種族能力と言えるか」

「若返り効果もある! 非常に羨ましいですわね」


 ナミさんが興奮。

 手鏡を出して、自分の顔を確認していた。

 目尻とかが気になるのか?

 美人さんだし……年齢は三十もいっていないと思うが……。

 そのナミさんが、


「リツの一族も魔人や幽鬼系でした。そういった方々には、眷属を増やせる血脈が幾つかあると聞いたことがあります」 

「ん、ナミさん、詳しい」

「先ほどから興味深い話が続いていますが、エヴァさん、もう頭を動かさないで。今、少し重要なポイント」

「あ、はい」


 リツさんの足下には鬢盥の小箱が並ぶ。簾的な棚が斜め上へと伸びて小箱が開いて展開中。

 棚の小箱の中には、エヴァの髪に使用された薬品の瓶と髪結い道具がビッシリと入っている。

 エヴァの黒髪には薬品の魔力が掛かっていた。

 リンゴと蜂蜜が混ざったような匂い。


 すると、クレインが、キサラに向けて、


「キサラは光魔ルシヴァルの血の操作も学んだのかい?」


 と聞いていた。


「はい、戦闘職業も変化。<筆頭従者長選ばれし眷属>のスキルも得ました」

「その<筆頭従者長選ばれし眷属>の名は、エヴァと同じ位だね」

「そうです」


 クレインは頷いてから、俺に視線を寄越しつつ、


「光魔ルシヴァルの眷属たちにも、種類があると聞いた。<従者長>が一番下。で、<筆頭従者長選ばれし眷属>が一番上か。<筆頭従者>ってのは、少し違うのかい?」


 そう聞いてくる。


「そうだ。宗主の俺が生み出せる眷属は<筆頭従者長選ばれし眷属>と<従者長>だけだ。そのヴィーネ、ユイ、エヴァ、レベッカ、ミスティ、キッシュ、ヴェロニカ、キサラの<筆頭従者長選ばれし眷属>が自分の眷属として、三人の<筆頭従者>を作り出せる。そして、<従者長>のほうは、一人の<従者>を生み出せる。俺は、<従者>は作れない。その<従者長>の一人のカルードは、ユイのお父さんだ。で、そのカルードは、鴉さんを<従者>にした」 

「宗主は<筆頭従者長選ばれし眷属>と<従者長>だけで、<従者>は生み出せないんだね」

「そうだ」

「ユイの父のこと、たっぷりと聞いたさ。愚痴もだが。ということは、エヴァたちは<筆頭従者>を三人も生み出せるんだねぇ」

「ん、そう」


 クレインはエヴァを見る。

 髪の毛を整えてもらっている弟子のエヴァをジッと。


 クレインは、エヴァから眷属にならないかと申し込まれた?


 それともエヴァは、クレインに俺の<筆頭従者長選ばれし眷属>か<従者長>になるように望んだか?


 その件は聞かず、


「エヴァたち<筆頭従者長選ばれし眷属>は<筆頭従者>を作ることが可能。ペルネーテでアメリを見守り中のヴェロニカの<筆頭従者>はメルとベネットだ。メルは知っているように【天凜の月】の副長。その光魔ルシヴァルの分派的なメルとベネットも、皆と血文字交換は可能」

「その血文字ってのは、すこぶる便利だねぇ。そして、遠距離通信が可能な魔道具は貴重だ」

「遠距離通信が可能な魔道具は地下オークションでも見る機会は少ないと聞きます」

「ん、【白鯨の血長耳】は幾つか持っている」

「それでも距離が限られているはず」

「はい。情報を共有できることは、様々な場面で有利に働きます」


 ヴィーネの言葉に頷くクレイン。

 クレインは、俺を見ながら、


「その血文字以外の<筆頭従者長選ばれし眷属>の仕様は、吸血神ルグナド様の産み落とした高祖十二支族と同じってことでいいんだね?」

「……正確なことは分からないが、たぶん、そうだと思う。俺の光魔ルシヴァルに吸血神ルグナドと同じヴァンパイアの血が入っていた証拠でもある」


 クレインは頷くと、微笑みながらキサラを見て、


「納得だ……光神ルロディス様、水神アクレシス様、神獣ロロディーヌ様、魔毒の女神ミセア様、悪夢の女神ヴァーミナ様に導かれているシュウヤ。亜神ゴルゴンチュラと亜神キゼレグを救い……キッシュも眷属化。サイデイルを復興させて戦巫女イシュランの魂も救い、聖槍ラマドシュラーをゲットして、黒魔女教団の四天魔女のキサラも眷属化。……光と闇、正義と悪、清濁あわせのむ。そして、弱き者たちを救おうとする強い男か。本当にシュウヤが救世主なのか? と考えてしまう。だからこそ、キサラがよく語る光と闇の運び手ダモアヌンブリンガーという言葉を強く意識してしまうんだ」


 声に魔力が宿っているぐらいに、熱く語った。

 瞳には熱が籠もっている。


「――はい!」


 キサラは当然と言うようにダモアヌンの魔槍を掲げて声を発していた。

 クレインは頷く。


「わたしもキサラの熱い気持ちが理解できる。黒魔女教団に入信してしまうぐらいに」

「え?」

「冗談だ」


 と笑う皆。

 俺も笑った。

 俺の笑い顔を凝視するクレインは、


「……で、笑顔もいいシュウヤ……」


 クレインの目力は強い。


「なんだ?」

「わたしも眷属にしてほしい。<筆頭従者長選ばれし眷属>でも<従者長>でも、順番もあとで構わない。可能か?」

「ん……先生、酔ってないよね?」

「酔ってない。もう酒で誤魔化しが利かないのさ。胸が焼け付くほどに恋い焦がれている……強い男のシュウヤ……わたしはシュウヤの女の一人になりたい。英雄の傍にいたのさ!」

「眷属化は可能だが……急だな」


 すると、視界に浮かぶ小型のヘルメが、


『大賛成です。<筆頭従者長選ばれし眷属>となったクレインならば閣下の訓練相手にも好都合。とにかく強い棒術使いですから、個の強さは申し分ない。大幅に光魔ルシヴァルの戦力が上がる。そして何よりも、美人さんですし、お尻ちゃんも可愛い……』


 ヘルメも大賛成。

 指先から水飛沫を出している。

『俺も大賛成だ』


 と思念をヘルメに返しつつエヴァをチラッと見た。

 エヴァは黙ったままだ。

 何かクレインと眷属化について話をしていたのかな。


 クレインは優しげに微笑んだ。


「そうさ。エヴァから直に<筆頭従者>にならないかと誘われたさ。嬉しくて、同意しようと思った。が……わたしもエヴァの師匠である前に一人の女。弟子の男だろうと、この時勢だ……好きな男に出会えて仲良くなれる機会なんて早々ない。エヴァには悪いが、わたしは自分の想いを貫くよ……」

「ん、先生、分かってるから。でも、いちゃいちゃは負けない」


 髪の毛を整えてもらっているエヴァの声は渋々だが納得した感じだ。

 こっちを早く確認したいように腕をばたばた動かしていた。


 クレインはエヴァに対して頷く。

 そして、胸元に手を当て、覚悟したような表情を浮かべると、俺に視線を再び寄越して、


「――わたしはシュウヤのことが好きだ! そして、がさつで古い女で、皇帝の庶子でもある。ベファリッツの残党やら様々な組織に追われているわたしだが、受け入れてくれるかい?」


 クレインから告白された。

 がさつで古いと自らを卑下するが、綺麗なエルフなのに変わりはない。

 がさつな面もあるが所々に高貴さを感じるし、笑顔が可愛い。

 洗練された戦闘服も魅力的だ。


「当然、受け入れるさ。ただ、眷属化はキサラを迎え入れたばかりだ。暫し時間が掛かるかも知れない」

「やった――」


 と、クレインが俺の腕に抱きついてきた。

 クレインの胸元の感触がダイレクトに伝わる。

 腰に装着しているトンファーが微かに揺れていた。


「ん、先生、今シュウヤに何かした?」

「え? し、知らないねぇ。今はリツのスペシャルな術を受けているんだから、大人しくしていなさい」

「ん……シュウヤ、あとで、めっ!」

「わ、分かった」

「ふふ、エヴァに弱いご主人様でしょうか?」


 ヴィーネが反対の腕を掴むと、これ見よがしにクレインの片手を払う。

 続いて、キサラがさり気なく、俺の背中側に回る。

 おっぱいを押し付けてきた。

 素晴らしい。キサラから白檀の香りが漂った。


 しかし、クレインとヴィーネが……。


「へぇ、ヴィーネ……何様のつもりだい?」

「何様でもありません。ご主人様の〝第一〟の<筆頭従者長選ばれし眷属>です」


 胸をどーんと突き出すように語るヴィーネは自信満々だ。

 この態度と言葉を見て聞いたクレインはショックを受けたように体を退いた。

 キサラも何故か、少し背後に下がる。


「……う、迫力に負けた。やはり女の争いは慣れない……な。しかし、わたしはそれでも好きな男に賭ける……シュウヤ、今度一緒に酒を飲もうよ」

「おう。ま、明日のセナアプア次第と言ったところだがな?」

「分かっているさ」

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