七百三話 縁とまじないの想い

 天井を旋回していた荒鷹ヒューイ。


「キュキュッ」


 そう鳴きつつ先を飛ぶ水鴉を追った。

 水鴉は帆翔状態から両翼の先端から水飛沫を発して速度を落とす。


 水鴉は背後のヒューイの声を理解している?

 速度の落とし方が『待ってっ』として聞こえていたかのようなタイミングだった。


 水鴉の両翼から出た水飛沫の軌跡が幻想的で美しい。

 ヒューイは、その幻想的な水鴉の隣に並ぶ。

 

 水鴉は、隣に来たヒューイを見ては片翼の初列風切をヒューイに向けると、その翼の形をヒューイの翼に似せる。

 ヒューイはびっくりした冠鷲のように冠羽を立ててから、笑ったような鳴き声を発した。

 そのまま前縁から初列小雨覆と連なる片翼を伸ばす。


 初列風切がいつもより伸びているような気がする。

 大鷲的な大きな翼になった。


 水鴉は「カァ」と鳴いて、その初列風切が伸びたヒューイを褒めるように鳴く。

 ヒューイは麻呂った∴の眉毛を回転させつつ全身を輝かせると、立派な嘴を開けて、


「ピュゥゥ」


 と、鳴いた。

 水鴉も「カァァァ」と鳴く。

 二匹は示し合わせたように互いの翼を傾け合ってから仲良く旋回を行った。


 その旋回し合う姿を見て……。

 ヒューイと水鴉は造形が異なるが、

 鴨の群れがパラグライダー的な小型飛行機を仲間だと思って並んで飛行する姿を連想した。


 水鴉とヒューイは俺の周囲を仲良く一回り。


「はは、水鴉は遊びたいようだ」

「みたいだな。水鴉の中は透けていると思っていたが、これほどの色彩が溢れているとは」


 そう喋るモルセルさん。

 興味深そうに水鴉の体内を見ていた。


 リサナはニコニコしながら、二匹に向けて指を伸ばす。

 俺も水鴉とヒューイに触れたくなった。

 ――腕を伸ばして、指先が水鴉に触れそうになったが、水鴉はサッと翼を傾けて急上昇。

 代わりにヒューイが「ピュゥ」と高く鳴きながら片翼を傾けて急接近。


 俺の指に向けて風切羽を衝突させてくれた――。

 翼の感触は柔らかい。


 そのまま翼で俺の指を押してから、さっと身を翻すヒューイ。

 水鴉を追いかけるように飛翔する。

 上に飛ぶ水鴉の下にヒューイが並んだ。

 そんな上下に飛翔する二匹で、∞の字を宙に描くようにスパイラル機動を行った。

 くるくる回り螺旋しながら噴水祭壇の頂上に向かう。


 すると、螺旋する二羽を出迎えるように噴水祭壇を構成していた岩階段と鴉の石像が光を帯びる。

 崩壊した岩場を流れる水も輝きを発した。

 

 更に、頂上付近の輝きを発した水の一部が浮かぶ。

 その浮いた水が複数の水鴉に変化した。

 それらの水鴉たちはヒューイの下に向かうと、水鴉はヒューイから離れて微かに上昇しつつ両翼を拡げた。


 両翼を拡げた水鴉は、誕生したばかりの水鴉たちの突進を受け止めるつもりか。

 その翼を拡げた水鴉と、水から生まれたばかりの水鴉たちが衝突する。


 衝突をくり返す度にヒューイと遊んでいた水鴉は七色に輝く。

 そして、体もムクムクッとトビのような姿へと大きくなっていった。


 モルセルさんが「おぉ」と驚く。

 俺も自然と「おぉ」と声を漏らす。


「あの現象も初?」

「あぁ、初だ。面白い!」

 

 モルセルさんは興奮したのか、唾を飲む。

 体が大きくなった水鴉を凝視。鴉って言うよりトビとか大鷹とか、鷲のようなヒューイ的な大きさだ。

 同時に岩階段で滝を形成していた水流の勢いも弱まった。

 逆に勢いが強まった滝もあったが、その滝の勢いも徐々に勢いを失うと、ちょろちょろとした水の滝となった。


 あの水が行き着く先も、マグマが行き交う地下水脈から地底湖か。

 または、ハイム川から海か。

 海の水も水蒸気となって雲となる。

 雲もまた、大地を潤す雨となって降り注ぐ。

 

 地球と同じような森羅万象が、この惑星セラにもあるんだろうか。


 そんな感想を抱くと、モルセルさんが、

 

「……旭日はまだだが、もう水鴉の儀式が始まっているのかも知れない。頂上に行こう」

「おう」

「はい」


 皆で、水鴉とヒューイを追う。

 ちょろちょろと流れ落ちる水に足跡を残しつつ――。

 岩階段を駆け上がった――。

 走るモルセルさんが持つ水魔槍ネプルフィンドは輝く。

 杭刃は薄い青色で、螻蛄首も水色。

 柄の持ち手の色合いは黝色。

 柄全体から水色の魔力が放たれている。


 水魔槍ネプルフィンドはカッコイイ。


 一方、リサナは手元から伸びた蔦が絡む波群瓢箪を浮かせたまま跳躍。

 踝から生えて伸びた蔦と葉がスカートに見える。

 そのスカートには桃色の花も咲いていた。


 カタツムリの幻影も蔦の周囲を飛翔中。

 その可憐なリサナを見ながら岩階段を蹴って噴水祭壇の天辺に向かう。


 噴水祭壇の天辺に戻ってきた。

 水は冷たい。浅い泉にも見える天辺だ。

 

 噴水の中央にある石碑は輝きを放つ。

 一瞬、八大龍王ガスノンドロロクンの剣が岩に刺さっていた光景を思い出す。


 ガスノンドロロクン様的な水鴉?

 一瞬、そのガスノンドロロクンの剣を扱うビアの姿と、ムーの笑顔が、足下の水面に見えたような気がした。


 その透けた水の中には……無数の輝く魚?


 水鴉だと思うが……。

 未知なるモノが泳いでいる。

 七福神姿の闇蒼霊手ヴェニュー軍団?

 そんなヘルメの不思議な精霊世界とは違うが……。


 これらの未知なモノは水鴉なんだろうか。


「下の輝くモノが水鴉? いつもなのか?」

「この現象も初めてだ。いつもは旭日が石碑に当たるまで何も起こらない」

「水鴉の穢れ祓いの日とは聞いているが、その旭日が石碑に当たると、どんな風に?」

「黄金色の魔力が瞬く間に拡がり、そして散る。その散った際に、俺と水魔槍ネプルフィンドに水鴉の魔力が集約しては、体内の古い精霊様と水鴉の力が強まる」

「へぇ、水鴉に誘われた者だけの恩恵か。俺もそうなると?」

「たぶんな」

 

 すると、噴水の中央の石碑に、姿が大きくなった水鴉が止まった。

 俺たちを凝視する水鴉。


 双眸の太陽と月のマークが輝いた。

 透けた胴体には、毛細血管のような神経網が見え隠れ。

 その毛細血管のような神経網の中を濃厚な魔力が行き交っている。

 

 石碑の表面にも双眸と同じ太陽と月と、さらに鴉の紋様が薄らと出現。

 薄い魔線が幾つか石碑の表面から出ている。


 月は二つあるし、水滴のマークもある。

 双月神ウラニリ様と双月神ウリオウ様と水神アクレシス様の意味か。


 その石碑に乗ったままの水鴉は、


「カァ」


 と鳴いたが特に石碑に動きはない。


「ピュゥ」


 天井付近のヒューイだ。

 ヒューイは俺の竜頭金属甲ハルホンクの肩に戻ってきた。

 モルセルさんとリサナに視線を向けて、

 

「水鴉の双眸にあるマーク。これは太陽と双月神様に水神様の意味だろうか」

「そのようだが、太陽のマークか……」


 モルセルさんは思案気だ。

 太陽のマークが疑問なのか?

 俺は、


「太陽のマークに十字はないが、光神ルロディス様って意味では?」

「そうかも知れない……が、実は、太陽神ルメルカンド様という可能性もある」


 へぇ、太陽神ラー的な存在か。

 光神ルロディス様が太陽神的な存在だと思ったこともあったが……。


 月、双月の神様がいるんだから、太陽の神様がいるのは当然か。

 風の神様、水の神様、大地の神様、植物の神様……。

 

「光神ルロディス様と似た神様かな、太陽神ルメルカンド様は」

「そうかも知れない。ゼンアルファ婆は、俺に対して『……お前の体と関係した水鴉と関係するように、廃れた神の名が太陽神ルメルカンド。この田舎のネーブ村でも知るのは少数。とにかく、古い神の名だよ。陽の印は古文書に残っているし、遺跡に刻まれているが、光神ルロディス様のマークと瓜二つ。王都の考古学者も光神ルロディス様と間違えるだろうねぇ……燦々と光を齎すお日様の力は、毎日得ているというのに……。しかし、神界セウロスの神々も様々だ。わたしは、別だと思っているが、実は……光神ルロディス様と太陽神ルメルカンド様は繋がっているのかも知れないよ。兄弟か親戚とかね? だから何事も絶対はないのさ……』と語っていた」


 何事も絶対はないか。

 俺の口癖的な言葉だ。


 ゼンアルファ婆は、カザネのような力を持つ?

 思えばネーブ村の至るところに、古い神々の像が配置されていた。


 マンデラエフェクト的な見覚えのあるニケの石像もあった。

 

 石像の配置はランダムだったと思うが……。

 実は俯瞰してみたら何かの魔法陣的なシンボルマークが浮かんで見えたりするんだろうか……。

 デボンチッチも多かった。

 だからこそ、廃れた太陽神ルメルカンド様の像もあるかも知れない。


 ネーブ村はまさに秘境だ。

 大都会的な塔烈中立都市セナアプアが、ハイム川を挟んだ先にあることを忘れる。

 

「だからこそ、水鴉がシュウヤを選んだってことだろう」

「光と闇か」

「そうだ。黄昏を征き歩くシュウヤだからな」


 モルセルさんの言葉に頷く。

 

「そして、水鴉に誘われた者が……俺とモルセルさん」

「おう。水鴉の守り手の友! と言うことで、俺に〝さん〟は要らん!」

 

 笑顔が決まるモルセル。

 俺も自然と笑みを返して、


「分かった。モルセル」

「おう。モンスターも来ないし、旭日が上がるまで、暫く待機と行こうか……酒を持ってくればよかったぜ……」


 と突き出た岩に腰を落とすモルセル。

 肩に水魔槍ネプルフィンドを掛けている。

 そのモルセルに、

  

「これを吸うか?」

「魔煙草か! 気が利く野郎だ。もらっとく」


 笑うモルセルに魔煙草を渡した。

 リサナは、扇子を手から消去。

 

 そのフリーハンドの細い手に、魔煙草の葉巻を渡す。


「ありがとうございます!」

 

 ニコニコ顔のリサナ。

 桃色の魔力を全身から出しては――。


 腕から出した半透明な蔦で、波群瓢箪の表面を擦った。

 シュバッと音を立てて、摩擦熱で蔦の先が燃える。

 その燃えた蔦先で魔煙草に火を点けては……。


 魔煙草の煙を吸った。

 モルセルさんは自前の火打ちでもう火を点けていた。


 リサナは魔煙草を美味しそうに吸う。

 煙を『ふぅ~』と色っぽく吐くと……。

 煙に桃色の魔力粒子が混ざった。


「リサナ嬢は、シュウヤの女か」

「はい、見るのは自由ですが、エッチなことはシュウヤ様だけです」

「そうかい……ショック」


 素で愕然とするモルセルの言葉に笑った。

 

 ゴシック音楽の音程が狂う。

 煙の周囲に漂っていた幻影のカタツムリとナメクジの姿も消える。

 代わりに、てるてる坊主風のデボンチッチが出現していた。


 半身の不思議な精霊世界は煙で見えない。

 次第に、表情が恍惚としてくる。

 そのリサナが、

 

「――旭日が待ち遠しい。ドキドキしますね、シュウヤ様」

 

 その発言に頷いた。

 リサナの揺れたおっぱいのほうがドキドキする。

 とは言えない。


「そうだな」


 暫し、皆で魔煙草を吸いつつ、持っていた食材袋から食材を出しては簡単なサンドイッチを作って二人にプレゼント。

 気ままに噴水祭壇の景色を楽しみながら、水鴉とヒューイの会話を聞いては、楽しんでいった。

 

 すると、魔素の気配。

 黄黒虎アーレイ白黒虎ヒュレミに乗った沸騎士たちだ。


「「閣下ァ」」


 下の方から咆哮的に俺を呼ぶ声が谺する。

 俺は、異獣ドミネーターとの出会いから独立都市フェーンを巡る戦いの話をしていたリサナとモルセルに目配せしてから、


「――呼んでくる」


 と告げて<導想魔手>。

 天辺の泉的な噴水祭壇から離れた。


「よぅ、お帰りだ。ゼメタスとアドモスにアーレイとヒュレミ! 頂上に来い」

「「承知!」」

「ニャァァ」

「ニャオォォ」

 

 沸騎士たちを乗せた魔造虎の二匹は華麗に跳躍。

 流れる水が少なくなった岩場を伝って、頂上に到着。

 俺もすぐに<導想魔手>を蹴っては、水面に着地。


「敵の気配がありませぬ!」

「ここは休憩基地でもあると!」

「おう、まったりと旭日待ちだ」

 

 モルセルは、沸騎士たちを見て当然驚いては、恐怖を感じたようだ。

 さり気なくリサナの背後に回っていた。

 

 リサナは振り向きながら、


「ふふ、大丈夫ですよ、モルセル」


 と優しげに語っている。


「リサナの言うとおり。怖がらずとも平気だ。沸騎士たちと魔造虎のアーレイとヒュレミだ」


 モルセルはリサナの前に出た。

 リサナは頷く。

 おっぱいさんが揺れる。

 

 モルセルも一度、その魅惑的なおっぱいさんに釣られたが……。

 水魔槍ネプルフィンドを握る手に力が入っていた。

  

 その沸騎士たちは黄黒虎アーレイ白黒虎ヒュレミから降りては、

 

「閣下、骨騎士を数十体に大柄な四肢を持つ魔獣、蛸頭のキュイズナーと遭遇しました」

「そのすべてを、粉砕!」

「ニャァァ」

「ニャォオォ」

「おう、よくがんばってくれた。ありがとう」

「「閣下ァァ、ありがたき幸せ!」」

「分かった。で、そこで見ている人がモルセルだ」

「「――ハイッ」」

 

 沸騎士たちはモルセルに近寄る。

 モルセルはビクビクッと体を揺らしては、俺と沸騎士たちを交互に見た。


 そして、


「……威圧感が凄まじい……魔力の煙は触れても平気か……しかし、魔界セブドラに棲まう存在か?」

「そうだ。俺と沸騎士たちは特別な繋がりで結ばれている」


 重騎士らしい佇まいの沸騎士たちは、骨盾の底で水面の底を突くや、


「――ハイッ。私は黒沸騎士ゼメタス」

「――我は赤沸騎士アドモス!」


 と、名乗った。

 やや遅れて大虎の二匹も片足を上げる。

 肉球から水が滴っていた。

 

「ニャアァ」

「ニャオォ」 

「あ、まさか、この虎たちも神獣なのか?」

「虎たちは魔造虎。生きているが猫と虎の陶器人形に変身が可能。今は成長して幻獣の力を宿して雷状の魔力を纏えるし、レッサーパンダの幻獣を出すことも可能で、空も飛べる。だから、神獣とも呼べるかも知れない……」

「……凄まじい獣たちと魔界騎士か。ゼメタス殿とアドモス殿とアーレイとヒュレミ。よろしく頼む」

「ハイッ、こちらこそ、閣下の戦友モルセル殿!」

「そうですぞ、よろしくお頼み申す! そして、素晴らしき魔槍とお見受け致す!」

「お、ありがとう。これは俺の父の形見でもあるんだ」


 形見か。モルセルの表情が解れた。

 当たり前だが、形見の水魔槍ネプルフィンドに愛着があるようだな。

 

 すると、

 

「ニャ」

「ニャオ」


 黄黒虎アーレイ白黒虎ヒュレミが、俺に向けて振り返る。

 

 噴水祭壇の水を弾き飛ばしつつ迫力ある行動のまま――。

 俺の胸元に飛び掛かってきた。

 

 ――大虎の二匹。

 突進してくるさまは怖いが両手を拡げて二匹を抱いた。

 ――ズシンと胸元が重い。

 ――が、この重さが可愛いんだ!

 ――さっきの続きだ。

 

 ふさふさ、ふさふさ、お毛毛が頬を撫でてくれる。

 柔らかい腹の肉、そのまま胸元の毛の中に、俺は頭部を埋めた。

 腹のごわごわとした筋肉もいい。

 表面を覆う薄皮に柔らかい毛のバランスがなんとも言えない。

 日向の匂いもいい。

 

 ぎゅっと抱きしめを強くした。


「ニャァ」

「ニャオ」


 と二匹は鳴いて応えてくれた。

 首筋に荒い息がかかって唾が付くが構わない。

 

 ゴロゴロと大きい喉音を響かせる。

 床の水面に波紋的な震動が伝わっていた。


「よし! 二匹とも、元に戻っていいぞ」

「ニャア!」

「ニャオ!」

  

 元気のいい鳴き声を発した二匹。

 姿をムクムクとした動きで縮小させた。

 

 黄黒虎アーレイ白黒虎ヒュレミは猫の陶器人形に戻る。

 その猫の陶器人形でもある魔造虎をポケットにしまった。

 

 モルセルは沸騎士たちとリサナと話をしていた。

 もうリサナが波群瓢箪と合体した精霊とは知っているようだ。

 

 そのモルセルが沸騎士たちとリサナに礼儀正しく頭を下げてから、

 

「魔界騎士のような存在の沸騎士たちとリサナ嬢も扱えるとは、シュウヤは凄い槍使いだ」

「ありがとう。色々と積み重なった結果だよ」

「色々か……自然と想念が浮かぶ。武芸者のシュウヤの種族は、人族と魔族のハーフなのか?」

「そうだ。光魔ルシヴァルが正式な種族名。光と闇の属性を持つ吸血鬼ヴァンパイアの亜種と言ったほうが早いか」

「光と闇。まさに、ゼンアルファ婆の予言通りの本当の〝黄昏を地で征き歩く騎士〟。そして、輝きを放つ血の鎖を扱う能力からして、吸血鬼系の能力もあるんだろうとは思っていた」


 <血鎖の饗宴>は結構、使ったからな。

 

「光と闇、偶然も必然のうち、ってことかな?」

「……必然か。烏占ゼンアルファ婆から聞いた覚えがある。シュウヤは、アシュラー教団の信徒でもあると?」

「信徒じゃない。それより宿の主人のお婆さんか……そのお婆さんは初見で、俺の属性を言い当てた。鑑定スキル持ちなのか?」

「あれは鑑定スキルのようだが違うようだ。烏占系の戦闘職業と称号、感覚系と占い系の淵源スキルに、獣帯ゾディアックの星座を用いた占星術スキル。他にも多数の組み合わさったスキルのお陰とも聞いた」


 占い系のスキル……。

 カザネを連想するが……。


「そして、お針子が得意で、占い師でもあると……」


 モルセルは頷く。

 

「烏占と占星術の道具も多種多様。風神様と水鴉の石魔器を用いた水面に浮かぶ相で占う技術もある。婆は、俺の知らない難しい言葉を知っているし……老猫を、守護老猫長ミャロ造と呼んで、その老猫と喋るし……本当に謎が多くて不思議な婆さんが、『水鴉の宿』の主人のゼンアルファ婆だ」


 老猫と喋るお婆さんか……。

 あの空き地で会った老猫が、ミャロ造?

 黒猫ロロとも仲良くしていたように見えた老猫。

 

 老猫といいお婆さんは不思議だ。

 

「運命占師カザネの名は聞いたことがあるか? またの名をムーサ・アロマン」

「カザネの名は知らない。が、ムーサ・アロマンの名ならゼンアルファ婆から聞いたことがあるな……羊頭狗肉の冒険者とは違い未踏の地を行く冒険者の一人。冒険者クランの名は忘れたが、東マハハイム地方や群島諸国サザナミをも旅したと聞いている」


 ゼンアルファ婆はカザネと会ったことがあるのか。

 カザネも過去に色々各地を冒険したと前に語っていたからなぁ。

 

「そのムーサ・アロマンとは知り合いだ。今はカザネという名を名乗っている」

「へぇ、ゼンアルファ婆とも縁があったか」

「あぁ……」

「ゲッセリンクの口癖ではないが、やはり〝何事も縁〟と言いたくなる」

「あはは、だなぁ。モルセルとも縁を感じる」

「確かに。同じ水属性で、水鴉の守り手同士。それに、水鴉の古精霊を俺は宿す」


 モルセルの言葉に頷く。


「そして、俺はリサナの他に常闇の水精霊ヘルメという名の精霊を使役している」

「リサナ嬢の他にも精霊が存在するのか! そのヘルメという精霊は?」

「ヘルメはゲッセリンクの神殿だ」

「精霊と完全な分離が可能なのか」

「そうだよ。ヘルメは人族風の女性の姿に変身できるし、共通語も喋れる。水精霊として、液体のまま移動も可能」

「凄まじい精霊……いや、精霊様か。俺も水鴉の古精霊を宿しているが……たまに〝カァ〟と鳴くだけで、水鴉は喋れない」

「そっか」

「おう。水鴉の守り手として、旭日が石碑に当たれば、成長に繋がる魔素を俺と、この水魔槍ネプルフィンドに与えてくれるから、水鴉には強く感謝しているが」


 モルセルは水魔槍ネプルフィンドを見る。

 管槍の形に近い水魔槍ネプルフィンドから水の魔力を強く感じた。


 俺の視線に気付いたモルセルは、

 

「シュウヤの槍武術は風槍流が軸だと分かる」

「そうだ。一の槍の風槍流。モルセルは?」

「船乗りだった親父から水槍流と風槍流を習っていた」

「あの<刺突>系のスキルは水槍流と風槍流の技術だったのか。見事な槍武術。親父さんは立派な船乗りで、槍使いでもあったと。強かったんだな」

「……親父を……ありがとう」


 照れたように見えるモルセル。

 その、ありがとうの言葉には、温かさと惻々とした悲しみがあるように思えた。

 

 そのモルセルは微笑むと、

 

「水槍流と風槍流を扱う親父だったが、基本は船乗り。武神寺に行ったことはない。だから、俺も我流に近い」


 モルセルの言葉に頷いた。

 

「そっか。俺も似たようなもんだ。しかし、槍の師匠のアキレス師匠の風槍流がなければ、今の俺はないと断言できる。だから、俺に槍と生きる術を教えてくれたアキレス師匠とゴルディーバの里の家族に感謝したい。そして、この出会いと水鴉にも感謝だ。すべての事象にラ・ケラーダ!」

「いい心意気と言葉だ。そのような心を持つシュウヤのお師匠様も、また偉大な方と分かる。しかし、そのラ・ケラーダ……不思議と胸をすく言葉ではあるが……聞いたことがない。遠い異国の言葉なのか? 良かったら、そのラ・ケラーダの意味を教えてくれ」

「ゴルディーバ族に伝わる一種のまじない言葉らしい。ラ・ケラーダには、神獣様の加護をお祈りし、故郷を想う心や感謝の意味があると師匠は仰っていた。だからモルセルに、もう一度送ろうか、ラ・ケラーダを!」


 同時に、胸元に手で印を作る。

 モルセルは俺が手で作った印を見てから、暫し、沈黙。

 そして、顔を綻ばせると……。

 水魔槍ネプルフィンドを肩にかけ直し、自身の胸元に手を当てた。


 俺の真似をする。

 

「――こうかな、俺も送ろう、縁とまじないの想いを、ラ・ケラーダという言葉に込めて……シュウヤに、ラ・ケラーダ!」

「おう。ラ・ケラーダ」


 刹那、互いの顔と態度を見て笑い合った。

 

「「ははは」」

 

 照れながら笑う仕種には、どこか哀愁があった。

 ヒューイも、

 

「ピュゥ」

 

 と鳴いていた。

 そうして、暫く話をしたところで、リサナは波群瓢箪に戻る。

 沸騎士たちは魔界に戻った。

 

「その魔界に楔を打てる闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトの指輪も普通ではない」

「ゾルって一級魔術師が持っていたアイテム。大本は、闇神の七魔将のサビード・ケンツィルの魔道具だったようだ、俺の眷属になったクナも関わっている。他にもゾルの妹のミスティとユイやら……」

「そうか、様々な思いが詰まったアイテムなのだな。しかし、闇神の七魔将とは恐れ入る。その迷宮の名なら蟲宮の名と一緒に聞いたことがあるぞ」


 と、ヘカトレイルの魔迷宮サビード・ケンツィルを思い出したところで――。


 噴水祭壇の石碑の光が強まった。

 続いて、洞窟の内部と外から地響きが――。

 更に、噴水祭壇の石碑にいた水鴉が消えた。

 ヒューイは驚いて、俺たちの頭上に飛翔していった。

 

「そろそろ旭日の時間だ。一瞬で、水鴉の祝福の儀式は終わるはず」

「了解」

 

 刹那、洞窟の奥の壁が光を帯びる。

 と、光が反射したのか、光が俺たちに迫る。

 視界が、周囲が光に包まれた。

 

 ヒューイもだ。

 俺たちのいる噴水祭壇の天辺が、旭日を受けた。

 

 ――暖かい。

 

 噴水祭壇の石碑が黄金色に輝く。

 瞬く間に、足下の水がお湯に変化。

 

 その足下の水が持ち上がった。

 水は、細くなって宙に弧を描き、俺たちと衝突。

 不思議だ。水は湾曲しているし、斥力的に押されている?

 

 水はヘルメの<珠瑠の紐>的な能力ではない。

 痛みもない。

 俺たちに吸引を受けたようにも見える水に触れても指が濡れるだけ。


 透き通った水。

 ――聖水って印象だ。

 更に周囲に散る水飛沫が花模様を描きながら、複数の水鴉に変化。

 

 水鴉たちは俺たちを祝福するように、回って回って巡る。

 踊るように飛翔しつつ水色の爛漫とした幻想花が咲き溢れた。


 水飛沫的でもある水の花を咲かせて飛翔を続ける水鴉たちを見たモルセルは、


「こんな沢山の水の花? に水鴉の出現は初めてだ……」

「モンスターを大量に倒したことと関係がある?」

「あるとは思うが……」


 モルセルが呟いた直後、俺たちが浴びたお湯の線が消える。

 足下の水が黄金色に変化。


 同時に噴水が止まると、その黄金色の水がすべてパッと消えた。

 石碑は黄金と化していた。

 

「黄金とか、たまげた」

「あぁ、魔力で黄金に変化とか、水鴉の力は錬金術?」

「さぁな……やはり普通の〝水鴉の祝福の儀式〟ではないようだ」

 

 モルセルさんは動揺している。


 水が消えた下の岩から魔線が迸った。

 更に、黄金の石碑からも魔線が噴出していく。

 

 魔線は俺と衝突。

 他の魔線はヒューイの足に当たる。

 モルセルさんの胸元にも当たった。

 

 続いて、その黄金色に輝く石碑から黄金色の輝きを発している水鴉の幻影が現れた。

 石碑は普通の石碑に戻っていた。


 水鴉は非常に眩しい。

 ――水鴉ってより、黄金色の鴉か?

 

 間近で太陽の光を直視している気分だ。

 が、不思議と視力が潰れる感じはしない。


 

 労り?

 愛情も感じた。

 何か遠い祖先的な慈しみ深い思いを感じる……。

 

 ……黄金色の鴉は大きな翼を動かした。 

 同時に俺にだけ強い風が吹き、当たる。

 

 その風を寄越した黄金色の鴉は、

 

「カァア――カァカァ、カァ、カァ――」


 と鳴いた? いや、微笑んで笑った?

 黄金色の鴉は左に向かう。

 

 左を見ると、黄金色の鴉はいない。

 視線を黄金だった石碑に戻すと、黄金色の鴉はパッと目の前に出現。

 

 転移したのか? 

 その黄金色の鴉は、額から第三の目を出現させる。


 閃光が更に強まった。

 その黄金色の鴉は、

 

「カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ、カァ」


 と、鳴いて右に向かうとまた消えた。

 視線を石碑に戻すと黄金色の鴉が目の前に現れる。


 その黄金色の鴉は、

 

「カァ、カァ、カァ――」

 

 と鳴いてから、黄金色の鴉は閃光を俺に照射するや――。

 

『光アレ、オマエ、闇ガ、ツヨイ。ガ、光デモアル。オマエ、ダイジナ、ケンゾク。ナカマ、水鴉、オマエ、ミチビク!』


 と思念が伝わってきた。

 刹那、黄金色の鴉の胸元から小さい黄金色の鴉が出現。


 分身?

 その小さい黄金色の鴉は俺に向かってきた。

 避けることはできず、一瞬で、額から小さい黄金色の鴉が、俺に入った。

 眩しかった黄金色の景色が消えた。


 鐘の音は響かず、視界もぶれず――。

 爽快な気分になった瞬間――。


 ※ピコーン※<旭日鴉の導き>※恒久スキル獲得※

 スキルを獲得した。


 すると「ピュゥゥ」と甲高い鷹の声を発したヒューイ。

 そのヒューイを見ると、足の爪が輝いている。


 水色と金色が混じる爪の武器を装着していた。


 ヒューイは武器を獲得したようだ。

 一方モルセルも……。


 衣装が新しい防護服に変化を遂げていた。 

 鴉の刺繍が入った新しい防護服。


「モルセル、衣装が変化を」

「おう。装備品の獲得は初めてだ……そして、頭の中に水鴉? の言葉が聞こえた……」

「水鴉だろう。俺も聞こえた」

「ピュゥ」


 ヒューイは足の爪の武器を、自慢気に出現させては消してを繰り返す。


「俺は<旭日鴉の導き>というスキルを獲得した」

「……スキルか。シュウヤの親指の一部が旭日を受けているように、輝いている」


 親指? 本当だ――。

 バルミントの契約の証とルシヴァルの紋章樹の紋様が変化。

 小さいが、旭日に輝く鴉が追加されていた。

 魔封じの力がある霊宝武器の独鈷魔槍と同じ反応をするとは……。


「俺たちは水鴉と呼んでいるが、実は旭日鴉が正しいのかもな」

「旭日と関係しているとしても、スキルや戦闘職業は個人で様々に変化する。だから、いつも通り水鴉でいいんじゃないか?」

「それもそうだな。よし、シュウヤ。短いパーティーだったが、これで仕舞いだ」

「了解。俺も、仲間が待つ宿に戻るとする」

「ギルドか。これから冒険者の依頼を受けるとは、タフだな」

「そりゃな? ま、皆強いから楽はできる」

「ふ、そうかい。戦いが好きそうな男が楽をするとは思えんが。じゃ、俺は通路から帰るとしよう。ネーブ村の酒場で見かけたら一杯奢るとしようか、同志よ!」

「おう」


 快活なモルセルは鷹揚に頷く。

 そして、

 

「――洞穴は上下左右に分かれることが多いから迷うなよ。じゃあなー」


 と喋りつつ肩に掛けた水魔槍ネプルフィンドを横に振るう。

 新衣裳の胸元の水鴉のマークが、水魔槍ネプルフィンドから迸る水飛沫に呼応するように連続的に渋く輝いている。


 モルセルは巧みな魔力操作で素早く足に魔力を溜めると――。

 足の魔力を爆発させるような見事な魔闘脚で走り出した。

 噴水祭壇の端に到達すると、縁の岩場を蹴って跳躍――。

 

 水魔槍ネプルフィンドから出た水の魔力が、背中に生えた水の翼に見えた。

 まだ旭日が俺たちを射しているから、その水の翼が七色に輝いて見える。

 

 水魔槍ネプルフィンドを回転させつつ華麗に飛躍するモルセルは旭日に照らされて燃えたように見えた突兀的な岩を踏みつけて前方に跳躍しつつ下降していく。


 壊れていない岩階段を蹴っては、跳躍を繰り返して、洞窟の奥に消えた。

 ネーブ村の方角はあちらか。


 俺はヒューイに向け口笛を吹いた。


「ヒューイ、戻るぞ。ヴィーネとエヴァたちが泊まる宿に!」

「ピュゥ」


 冒険者ギルドでちゃちゃっと依頼を受けるとしよう。

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