六百六十五話 サイデイルで情報共有

 

「……ヘルメ、赤ちゃんを頼む」

「閣下も赤ちゃんには弱いようですね?」

「そうだよ、いいから頼む」

「あ、はい」


 俺の唇を引っ張る蛇人族ラミアの赤ちゃんを受け取ったヘルメ。

 ヘルメの指先から出た<珠瑠の紐>が乳首のように変化。

 その乳首を咥える蛇人族ラミアの赤ちゃんの唇の動きは……小さい梅干しに見えた。しかし、あの、ヘルメの指先<珠瑠の紐>の球根花。

 爪か指の中に格納されていると思いきや……。

 赤ちゃんが「ばぶぅ」と飲みやすいように……。

 球根花<珠瑠の紐>を哺乳瓶の乳首風に変化させていた。

 さすがは常闇の水精霊ヘルメ。

 暫し、小さいお手手でヘルメの指先をガシッと掴んで、ごくごくと、水を飲む蛇人族ラミアの赤ちゃんを見てから……。

 相棒を見ようと、片膝の頭で地面を突く――。

「ンン、にゃお~」

 足下に来た相棒の頭を撫でて……。

 俺の掌の中の匂いを一生懸命に嗅ぐ相棒ちゃん。

 ――痛ッ! 甘噛みしてきやがった!


 そんな相棒の眉間の薄い毛の頭部を、指先で突くように、頭部を撫でつつ――。

 片耳を摘まんで伸ばしてから――逃げるように立ちながら、


「下に行こうか――」


 相棒は耳を引っ張られて目が持ち上がるがまま気持ち良さそうな表情をしていた。

 今は黒豹だが、可愛い顔だ。そんな相棒の目元の毛並みを整えるように指の腹でなぞり、優しく撫でていく、そして、視線を外して……坂道の天辺からサイデイルの様子を見た。


 ――サイデイルの中心部。相棒は、尻尾で俺の足を叩く。

 が、無視――俺に無視された黒豹ロロは強めに尻尾で俺の足を叩き「ンンン――」と鳴きつつ階段を使わずに斜面を滑るように下った。

 そんな相棒の後ろ姿を見てから視線を上げる。


 天辺が丸いオブジェを確認。

 あのオブジェは嘗てエルフの街が……。

 ここにあったと思わせるパブリックアート風。

 古めかしさと近代さが巧妙に合わさった石オブジェ。


 前にも、あのオブジェを見ては色々と予想した。

 造られた年代は、ベファリッツ大帝国が繁栄した時期だろうか。もっと古い? 数千、数万、数億年前という古いものかもしれない。ミホザの聖櫃アークが眠っている遺跡だったりして?

 宇宙そらの上からハートミットの反応はないからそれはないか。


 結局、最後まで朽ちることなく残る遺跡って、その殆どが石の素材なことが多いと思うし――周辺の俺が作った建物は変わらず。


 農具と注連縄も増えている。俺が作ったオフィーリアたちの家も確認。 


 オフィーリアと小柄獣人ノイルランナーたちを発見。

 水車と水路の段差を利用した小さい段々畑で農作業中。


 あはは、馴染んでいる。


 わさび風の水草を栽培? 良網草ヨイモイかも。


 水路の一つでは小柄獣人ノイルランナーの親子が洗濯機のような盥を使い衣服を洗っていた。盥から水飛沫が飛ぶ。

 洗っている布もあるが、草を利用して布を染めている?

 が、ゼレナードの施設で囚われていた姿を想起。

 悪夢のような出来事だったが……元気に笑い合って畑仕事をする小柄獣人ノイルランナーを見て……とても嬉しくなった。


「ふふ、閣下……」

「……ご主人様」


 またも、顔に出ていたようだ。平和な姿を見る度に思い出してしまう。

 それは彼女たちも同じらしい。特にヴィーネとヘルメは、白色の貴婦人戦では、がんばってくれた。二人は俺の肩に頬を寄せてくる。

 豊かな胸の感触も腕から伝わった。

 そんな愛しいヴィーネとヘルメの肩をギュッとした。


「閣下……」

「ご主人様……」

「ンン――」


 相棒だ。

 黒豹ロロは坂の下から俺たちを見上げている。

 『イチャイチャしてにゃいで、はやくこいにゃ』って感じか?


「坂はまだある、行くぞ」

「「はい」」


 茨と樹が構成する尾状花序の建物がある。

 あれは、ルシヴァルの妖精ルッシーとバング婆製の建物かな……。


 あの植物的な不思議建築だけを見ると……。

 狼月都市ハーレイアを想起する。


 そのまま坂を下りた。


「ンン、にゃお」


 相棒が鳴いているが、俺たちには菊門を見せている。

 黒豹ロロの頭部は家のほうだ。

 相棒が挨拶している存在は、魔素の形から推測はできたが……。

 建物の陰から現れたのは――。


 大剣使いのエルザだった。


「よう、エルザ、アリスはどうだ?」

「シュウヤ、アリスもわたしもお陰で元気だ。警邏チームが優秀なこともあるとは思うが、ここは平和そのもの……魔族殲滅機関ディスオルテの一桁リフター・クフイルツンも、魔印剥がしのノーランも、来る気配がない。今までで、こんな安らぎを得たことは…………わたしは……」


 泣きそうなエルザ。

 下半分はマスクで隠れているが、分かる。


「いいって。感謝してくれるなら、今まで通りキッシュに対して行動を示せばいいさ」

「……」


 無言のエルザ。

 顔の下半分はアウトローマスクで覆われているが、微笑んでいることは理解できた。


 ガラサスを追うヒュリオクスの眷属。

 幽鬼狩りの連中。

 外法狩りの集団。

 東亜寺院のメイハンたち。

 シジマ街のヒミカ・ダンゾウが率いる【死の踊り子】。


 それらの組織に追跡を受けた二人は、樹海に逃げるしかない状況だった。

 そして、狼月都市ハーレイアに潜り込めた。

 アリスが獣人だったお陰もあるだろう。


 タザカーフの血脈のエルザは……。


 大騎士レムロナと凄腕諜報員でもあるフランと同じく幽鬼族の種族。

 その系譜を持つ亜種だと語っていた。


 普通ではない実力を持つ。

 実際に大剣を使った戦闘は凄かった。

 ……そんな大剣使いで、ガラサスも左腕にいるのに、逃走を続けるしかなかった彼女たちの心情は、今の泣き顔で理解できた。


 獣人少女のアリスだって、狙われるほどに異質な力を有しているが、まだ子供だ。


 だからこそ……。

 二人にはもっと長く平穏を感じてほしい。


 そのことは告げず、アリスのことを、


「……エルザには、守るべきアリスがいる。警邏もままならないと思うが」

「その辺りは、アリスも戦えるから大丈夫だ。ガラサスもいる」

「ワタシ、アリス、守る。シュウヤ、前ヨリ、魔力、オオキイ、ツヨク、ナッタ?」

「ングゥゥィィ!」


 竜頭金属甲ハルホンクが声を出すと、エルザとガラサスは驚く。

 とくにガラサスは眼球の周囲の肉と皮のようなモノが波打った。エルザは一瞬、苦しそうな表情を浮かべる。


「エルザ、大丈夫か?」

「あぁ」


 ガラサスは眼球を拡大。 

 この辺りは、ヒュリオクスの元眷属らしい動きだ。


「ヌヌヌ、肩ガ、ウゴイタ!」

「オマエ、マリョク、アル! ゾォイ!」


 ハルホンクもガラサスに興味を抱く。


「……」


 エルザは、瞳孔を散大させる。


「アルジ、あのタマタマ、クエル?」

「ハルホンク。ガラサスは、エルザの大事な左腕だ。喰えないし仲間」

「ングゥゥィィ、ワカッタゾォイ!」

「……エルザ、ニゲル」


 眼球が特徴的なガラサスだったが……。

 瞬く間に、エルザの左手の魔界付与師製の特別なガントレットに引き込むガラサス。


 あっけに取られるエルザ。


 ガラサスは、竜頭金属甲ハルホンクにびびったようだ。


 エルザは左手の感触を確かめるように――。

 グーとパーを作った。


 そのエルザは俺を見て、


「その肩の金属はハルホンクといったか、復活したんだな」

「そうだ。竜頭金属甲ハルホンクは眠りたいとか言っていたこともあったが……色々とアイテムを喰わせたら……眠気が、ぶっとんだらしい」

「アイテムを喰った、か……シュウヤがそう語ると、さり気ない日常の出来事に聞こえたが、とんでもないな……」

「いまさらだ」


 笑いながら答えた。

 と、飛行しているビアの姿が視界にチラつく。


「んじゃ、キッシュのとこに行くから」

「分かった」


 エルザと別れた。

 マグリグとスーさんの夫婦とパル爺に挨拶。


 サイデイルの中心であるオブジェに到着。 

 そのオブジェの回りを旋回するビア。


 ……獲得したばかりの<荒鷹ノ空具>の翼をバサバサと羽ばたかせている。


「――シュアァァァァ! 子供たちよ、この翼を見よ!」


 子供たちに自慢か。

 ゆっくりとした飛行だ。


 三つの乳房が揺れていた。

 ガスノンドロロクンの剣に絡む黒い龍も周囲に黒い稲妻を出している。


「わぁ~、ビア姉ちゃんが飛んでる!」

「黒い蛇もいるー」

「ばちばち、蜂のような音を出している?」

「へんなのー」

「うむぅぅ! 子供たち、我に樹の塊を投げるのだ!」


 興奮して叫ぶビア。


「えー?」

「投げるのー?」

「ゼメちゃん&アドちゃんと同じ訓練かな?」

「うん! それじゃ、ボクが最初に――」


 ビア目掛けて子供たちが一斉に樹を投げ始めていく。

 アッリとタークも交ざった。

 アリスとナナもいる。

 丸まった樹の塊は、柔らかそう。


 ルッシーの力が宿る樹かな。

 ムーも子供たちに交ざって<投擲>祭りに参加。義手と義足を巧みに使う。

 糸も使って、大きい樹を投げている。

 さすがにビアは避けていた。


「……っ」


 不満そうなムーは可愛い。

 ビアは子供たちから、わざと樹の塊を受け続ける。

 いいように子供たちに遊ばれていく。

 キャッチボールか、的当てゲームか。


「――ビア、背中の<荒鷹ノ空具>はヒューイなんだ。扱いは丁寧に頼むぞ」

「――分かった!」

「……楽しそうです」


 俺は笑いを意識しながら、


「ん? アシュラムの<投擲>か?」


 と、惚ける。

 ママニはクスッと笑ってくれた。


「あ、違います。空のほうです」

「あぁ、<荒鷹ノ空具>のヒューイを装着したいのか」

「はい」


 ママニが珍しい。

 ならば――。


「ビア、あとで、ママニにその翼を装着させる。満足したらキッシュのとこに来い」

「ご主人様、ありがとうございます!」


 ママニは嬉しそうだ。

 ヒューイが、たくさんあれば飛行戦隊ができあがるんだがな。


 そう都合よくはいかない。

 一個しかないから前衛系の戦闘職業の者にとっては貴重なアイテム。


 しかし、飛行に関しては魔法書がある。

 エヴァたちの買い物とセナアプアにある魔法学院関係にも期待だ。

 飛行術は無属性だから属性の縛りはないが、魔法系の戦闘職業は必須だから、ママニ、ビア、サザーは学ぶことは無理かもしれないが……エヴァ、レベッカ、ヴィーネ、フー、ミスティなら学べるはず。

 ミスティなら魔導人形ウォーガノフの肩に乗って飛翔できるから必要ないかな。


 んだが、訓練と相性も必要なようだ。

 光魔ルシヴァルの眷属だとしても、飛行術を身に着けるのは一筋縄ではいかないはず。


「ママニ、翼はあとってことで、キッシュ以外の仲間たちへの報告を優先しよう」

「東は東で色々とありましたから、教団セシードと……この琥珀のこともあります。レネさん&ソプラさんには、西の砦で世話になりました」

「ガォ!」


 ママニの言葉に合わせて吼える琥珀。

 その琥珀ちゃんを見て、和む。


 キッシュの家屋に移動。

 少しだけ改築が進んでいる。

 その家屋の扉を開けた。

 ――いい匂いが漂う。

 ――ホワイトムスクとシダーウッドの香り。


 微かにキッシュのトレードマークの匂いシトラスもある。


 この匂いはキッシュとレベッカが好きな匂い……家屋に入りながら……透明感のある笑みと悩ましいキッシュの姿を想起――。


 女王、いや、友のキッシュ……。

 キッシュへと会いに部屋に向かった。


 夕暮れと蜂の形をしたタペストリーの飾りも変わらない。容器に家具も並ぶ。


 オークの貴重な戦利品は城下町に卸したのか……ここにはない。


 そして、机の奥にいたキッシュ。

 直ぐにキッシュは立ち上がった。


 愛しい友のキッシュ。

 透明感のある笑みを見せてくる。


 血の炎が縁取る冠と司令官の衣装は似合う。


 あの王冠の名は蜂式光魔ノ具冠だったかな。


「――シュウヤと神獣様に皆! お帰りだ! そして、ヴェハノと、その子が、墓碑に封じられていた蛇人族ラミアの赤ん坊か!」

「おう」


 ――すると、ジョディが、


「シェイル!」

「あぅあ~」


 上の空のシェイルだったが……。


「――ジョディ?」


 ジョディはそのシェイルの下に駆け寄った。 シェイルのことを抱きしめてあげた。


「シェイル! 見つけたからね。貴女の魔心臓アルマンディンを!」

「ジョディ……あぅあぁ、ジョディ……ジョディ……」


 胸が少し熱くなる。

 皆、黙って抱き合う二人を見ていた。

 少し遅れて、細身の蛇人族ラミアのヴェハノを皆に紹介。


 ヴェハノは、流星錘を見せている。


 そこに、ルマルディが、


「シュウヤさん!」

「よう、<魔雄ノ飛動>を有した、光魔ルシヴァルの槍使いと、しんじゅう!」


 アルルカンの把神書!

 肉球マークを表紙に浮かばせている姿は愛くるしい。

 そして、あのアルルカンの把神書の渋い声を聞くと、妙な安心感を覚えるのは何故だ。


 ま、そんなことは絶対に言わないが。


「よ、空からの追跡はないようだな」

「はい、さすがは樹海。大丈夫なようです」

「ルマルディとアルルカンの把神書には、モガ&ネームスと闇鯨ロターゼと一緒に、城下町の安全を守ってもらっている。特にルマルディの魔法は芸術的で、クナが嫉妬する場面も多かった。だから、サイデイルは鉄壁に近い状況だ」

「キッシュ様、ありがとうございます」


 キッシュと見つめ合うルマルディ。

 美人さん同士だから絵になる。


「「お帰りなさいませ!」」

「お帰り~」

「サザーとフー!」

「ママニ!」


 ママニはサザーとフーと抱擁。

 兎人族のレネとソプラも笑顔を見せる。


 すると、


「「――吸血王!」」

「「――我が光魔ルシヴァルの主!」」

「ソレグレン派の偉大な吸血王!」


 墓掘り人たちだ。

 バーレンティンの掛け声に合わせて、一斉に俺に対して敬礼を寄越すと、片膝で地面を突いて頭を垂れる。

 光魔騎士の二人も続いた。

 勢いよく片膝で地面を突く。


 デルハウトの片膝を受けた床は少し凹んでいた……。

 キッシュから睨まれているが、俺は指摘しない。


「楽にしてくれ、といっても、そのままか」

「ふふ」


 ヘルメさんが喜ぶ。


「エブエと紅虎の嵐は、西の砦付近の警邏かな」

「そうだ」


 キッシュの言葉に、俺は頷く。

 現状、サイデイル最大の激戦地&弱点でもある西の砦。


 メルを含めたラファエルたちは船旅。


 モガ&ネームスは城下町の正門の守りについている。

 ヒノ村とヘカトレイルに向かう街道の守りも兼ねているとか。


 正面と西はオセベリア王国の兵士の侵入が多い。

 ゼントラーディ伯爵の紋章付きの兵士と傭兵。

 前にサ・レポン・マレデルで暗殺したゼントラーディ伯爵は本物だったか怪しい。

 俺が倒した小男のアツメルダもそうだ。彼の本体は別にいたと予想。

 消えたサンタクロースの人形を操る人形遣いの存在がアツメルダ。

 本物のゼントラーディ伯爵か? 貴族が人形遣いってことはないから……やはりアツメルダという名の小男が怪しい。ヘカトレイルに近い領地だからな、だが、影で蠢く存在を気にしても仕方ない。


 とりあえず皆に向けて、


「ただいま。で、この子の名前はホルテルマ。蛇人族ラミアらしい長い名で、まだあるが……」

「ふふ」

「ばぶぅ?」

「緑色の髪に冠をかぶった女性がキッシュでちゅよ~」


 サザーとフーとの抱擁を終えたママニが、


「司令長官様! 帰還しました!」


 元気ある声で、そう発言。

 キッシュはママニに頷く。


 そして、恥ずかしそうな表情を見せてから……。

 俺を見て、蛇人族ラミアの赤ん坊を見る。


「赤ん坊は、精霊様が気に入ったのなら何よりだ。ジョディもよかったな。シェイルのことで色々とあるが……前進したと思いたい」

「はい! 前進しています」


 ジョディがシェイルの手を握りつつ……。

 そう返事をすると、亜神夫婦をチラッと見てから、俺に視線を寄越す。


 何か意味がありそうだが。

 そのジョディは、俺の背後で、モジモジとした動きで待機していたヴェハノの背中を押していた。


 ヴェハノはオロオロしていた。

 ジョディに対して頷くと前進。


 すると、黒猫ロロが、ヴェハノの蛇腹の横を肉球で叩く。


 ヴェハノはキッシュに近付くと、再び、頭を下げた。


「キッシュ様、わたしを受け入れてくれてありがとう」

「当然だ。こちらこそありがとう。サイデイルに貢献したいという優秀な戦士は嬉しい。大歓迎だ。それに、シュウヤと同じく、種族を理由に拒む理由は何一つないのだから。末永くサイデイルで過ごしてくれ」

「はい! ありがとうございます!」

「にゃお~」


 そのヴェハノを触手で撫でた相棒。

 すると、トコトコと、光魔騎士たちの下に歩いていった。


「「陛下と神獣様ァ」」


 デルハウトとシュヘリアが喜ぶ。

 主にデルハウトの声だった。

 が、黒猫ロロは、両手を拡げていたゴツいデルハウトを見事にスルー。


 シュヘリアのほうに向かう。


 相棒にスルーされたデルハウトの表情は、あまり読めない。


 が、少しショックを受けた面だ。

 顔の口角挙筋から背中側へと出た、一対の細長い器官の尖端が光る。


 形と伸びた部位は違うが……。


 『ドラゴ・リリック』のゲーム内で戦う銀河戦士カリームの女性の頭部を想起する。


 相棒はデルハウトが嫌いってわけではない。

 単に、シュヘリアのポニーテールが目的ってだけだろう。

 シュヘリアも理解しているようで、頭部を傾げてポニーテールを揺らす。

 黒猫ロロは「ンン――」と、肉球パンチを、そのシュヘリアの金髪に当てていた。


 俺も相棒の隣で猫パンチをするかにゃ、とか心の中でボケていると――。


 クナが、


「――シュウヤ様。報告通り、サイデイルの地下室に転移が可能です」

「分かった、ありがとう、クナ」


 俺が褒めると、


「はぅぅ♪」


 クナは体が震わせて倒れそうになった。

 隣のドココさんも驚く。即座に前進――クナを抱いた――。

 刹那、クナは背中を弓なりに反らして……。

 見事な、あへ顔を浮かべたまま失神。月霊樹の大杖を落とす。

 演技っぽいが演技ではない。クナは唇の端から涎を垂らしながら弛緩している。


「シュウヤ、罪深いな――」


 そう語るキッシュ。

 月霊樹の大杖を拾って机の横に立てかけていた。


「俺はクナを支えただけだ」


 俺の言葉を聞いたキッシュはフフッと笑ってから、


「ムキになるな、そこのソファに寝かせてあげたらいい。クナは癒えたばかりの内臓の傷を悪化させるつもりで転移陣構築を急いでいた。自身の魔力もかなり消費していた。無理もない」


 ……クナはがんばってくれたんだな、背中を少し撫でてから眠っているクナを……ソファに寝かせた。その際に隅に設置されている小さい魔法陣を見た。

 地下室に向かう簡素な転移陣。

 地下に設置しただろうヘカトレイルと行き来が可能な転移陣は、この小さい魔法陣と違ってもう少し大きいはず。地下にあるだろうヘカトレイルと行き来ができる転移陣を利用するには……。

 クナのセーフハウスにある転移陣と違って制限と条件があるようだが、あるだけマシか。


 キッシュのシャルドネとの交渉も楽になりそうだ。

 チェリをサイデイルに呼びたがってもいた。

 だから、ヘカトレイルへと、直に誘いに出かけられるだろう。

 普段は女王として忙しい彼女も気晴らしに、あのヘカトレイルで買い物をしたいはずだ。昔、キッシュとデートをした時……マジュンマロンを買ったことは覚えてくれているだろうか。

 キッシュと視線が合うと微笑んでくれた。一緒に夜空を見た時を思い出す。この笑みがあるから、がんばれる……。

 とはいえ俺もヘカトレイルには用がある。血長耳の風のレドンドたち……イグとアルベルトのコンビ……まだ挨拶していないが、テルコ・アマテラスって名前の女性の冒険者……そんな皆と皇都を目指す合同依頼の件。エルフレドンドも言っていたが急ぎの依頼ではないから後回しにしているが、そして【天凜の月】の支部もある。

 贋作屋ヒョアンの裏社会の案件。その件はメルたちの仕事か。

 ……不死身のベネットと新しい渾名がついたように裏・光魔ルシヴァルの特攻隊長がいるから、俺が出張ることもないだろう。何かあれば、メルが血文字を寄越す。今はいないが、カリィとレンショウもいるからな。

 といった観点からしても、大都市でもある城塞都市ヘカトレイルと繋がりができたことは大きい。


 城塞都市ヘカトレイルは港も巨大。

 魚介類が豊富に流通しているハイム川黄金ルート。

 ノーラとアンジェにメリッサがいるホルカーバムにも近い。


 すると、ソプラが、


「シュウヤさん! 西の砦に出没が多い樹怪王と、オークの軍勢の、本拠地か拠点に、遠征軍を派遣して潰しに行きましょう!」


 オークの本拠地か。それは難しいだろう。

 氏族が無数過ぎる。樹怪王もどこが本拠地なのか分からない。


「……悪いが、今のところは防衛に専念だ」


 そう俺が発言するとキッシュも、


「その通り、西ばかりに注意はしていられない」

「旧神ゴ・ラードの勢力ですね」


 ヴィーネがキッシュの言葉を補足。

 キッシュは頷いた。


 ヴィーネは、もう、このサイデイルの周囲の状況を把握したようだ。


「はい、東のほうにはフェニムル村。遠いですが、鉱山都市タンダールがあります」


 レネがそう発言。

 ソプラが、


「わたしたちは、もっぱら、西の砦付近で、樹怪王とオークの軍勢と戦っていたから、東と南の広い範囲に跨がる旧神ゴ・ラードの勢力とはあまり遭遇していないのよね。紅虎の嵐のメンバーたちは不満そうだったけど」


 そう発言。

 キッシュとママニは頷く。

 血獣隊、紅虎の嵐、墓掘り人、ハンカイやらは東と西の防衛に関する意見で揉めたらしいからな。

 当初はドミドーン博士とミエさん繋がりで地図作りを奮闘していたこともあり、東を優先したかったサラたちだったようだが。


 <分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>とセーフハウス作りだけでも、東は良しとするべきだろう。

 樹海は高低差が深海なみに激しいし広いからな。

 それこそ『海洋深層水』的に理由があって栄養満点な食材が樹海に多いのかも知れない。


 そのキッシュは、


「わたしたちの戦力が拡充したといっても、限度がある。今まで通り西はレネ&ソプラに血獣隊&紅虎の嵐に任せたい。南の方面は、ハンカイたちがいるが……古代狼族たちにがんばってもらうとしよう。古代狼族たちでさえ、樹怪王とオークと、その旧神ゴ・ラードと地下の勢力と激戦中なのだからな。ハイグリアたちの一隊がいれば、わたしたちも多少は楽になるとは思うが……ハイグリアは神姫。狼月都市ハーレイアの古代狼族を代表してバーナンソー商会を追っているように、その立場は重い。だからわたしたちは、警邏をしつつ西の砦を優先! サイデイルを優先すべきだ」


 キッシュの言葉に皆が頷く。

 もう女王キッシュだな。


「うん、女王様に賛成」

「ところで、ソプラとレネ、琥珀が気にならないのか?」


 俺が、ママニの肩にいる琥珀を指摘。


「気になっていたけれど、会議的な話が続いていたから我慢していたの!」

「はい。琥珀ちゃん~」

「ウカさん繋がり……ふふ、魔法の虎ちゃん~」


 レネ&ソプラは琥珀を凝視。

 琥珀は「ガォ?」と鳴いてママニの肩から離れた。


 地面に着地。

 琥珀はトコトコと短い足で歩いて、レネ&ソプラに頭部を寄せていた。


 兎人族のレネとソプラの匂いが気になる?

 琥珀は小鼻を動かし、ふがふがと、興奮気味に彼女たちの足を嗅ぐ。


 レネとソプラは、体勢を屈めた。

 パンティさんが見えた。


 二人は構わず、琥珀の頭部を撫でる。

 琥珀はレネとソプラの手首に興味を移す。

 腕に生えている白色の毛を、入念に嗅ぎ出した。


 微笑ましい。

 すると、キッシュは、気まずそうな表情で、


「シュウヤ」

「なんだ、いいぞ」

「蜘蛛娘アキが西の地に巣を作りたいと……」


 そんな血文字報告はなかったが……。


「巣?」

「うむ、蜘蛛娘アキは、西の砦と連携するためと言ってな。わたしとしては冒険者を呼び込む迷宮を作るようなことになるのではないかと懸念して、反対したんだが……勝手に作ってしまった」


 勝手にか。

 デロウビンの言葉を思い出す。


「そっか。蜘蛛娘アキは<蜘蛛王の微因子>と関係があるから蜘蛛王の血の影響もあるかもなぁ」

「……シュウヤと合体できるという八蜘蛛王ヤグーライオガの力か……」

「閣下以外の命令には、あまり意味がないようですからね。ですが素晴らしい! 閣下の神聖ルシヴァル大帝国の礎が着々と進行中です!」


 ヘルメさんはいつもの調子だ。


 しかし、迷宮なんてもんを作ったら……。

 冒険者と国から討伐対象者、魔王になってしまうだろう。

 俺は冒険者なんだぞ……本末転倒だ。

 が、ここは樹海だ。大丈夫か? バレても、俺も迷宮に挑戦中と言えるが……


「……冗談に聞こえない。が、まぁサイデイルの強化の一環と捉えよう」

「そうですね、ご主人様の言うとおり、サイデイルの防御が硬くなるのは重要です。そして、ここは樹海。迷宮の一つや二つ増えても、別段支障はないはず」


 秘書らしい言葉遣いで、ヴィーネが語る。

 俺と同じことをすぐに考えるヴィーネさんはやはり、いい女だ。

 キッシュは頷いた。


「一理ある。オークの大氏族の出入り口も無数に存在し、プレモス窪地や水晶池などに多いゴブリンの巣もある。更に、ペル・ヘカ・ライン大回廊に通じた穴なんてそこら中にある。だから、なんとでも理由はつく。迷宮の存在が冒険者ギルド側に露見したとしても、蜘蛛娘アキの背後に、冒険者のシュウヤがいるなんてことは、だれにも予想がつかないだろう」


 迷宮を兼ねた新しい簡易砦はあっさり承認の流れとなった。


 新しい拠点と西の砦を活かすため墓掘り人たちと、ジュカさん、ダブルフェイス、ソロボ、クエマ、ハンカイ、その蜘蛛娘アキ、エブエ&ドミネーターの魔獣と異獣コンビで行う警邏チームの話し合いに移行。

 墓掘り人のロゼバトフとモガ&ネームスも時折参加するようだが、イモリザの代わりの門番長はネームスとロゼバトフが務めることが多いようだ。


 ハンカイを隊長にした警邏チームは城下町に滞在しつつ臨機応変に活動している。キース、サルジン、スゥン、イセス、バーレンティンは蝙蝠に変身が可能だから遊撃に適している。


 東から西、南へと大活躍してくれたようだ。

 バーレンティンは超がつくほど優秀だからな……。

 そこで亜神夫婦を見た。


「シェイルの治療を実行しようか」


 亜神キゼレグが、


「はい、シュウヤ殿、わたしも協力します」

「……妾も、できる限り協力しようぞ! 時の翁ファーザータイムはまだあるのだろう?」

「ある」


 亜神夫婦は互いに顔を見合わせてから頷く。

 夫婦はジョディたちに近寄った。

 ジョディは神妙な顔つきを浮かべてから……唇を震わせて、ゴルゴンチュラとキゼレグに対して、


「……いいのですね?」


 と聞いていた。 

 シェイルの治療は亜神夫婦にリスクでもあるのか?


「ふん、元々は妾が生んだ眷属ぞ……妾に、いや、元上級亜神に任せてくれ!」

「ジョディよ。もうキッシュ殿にも話を通していたことだ」


 キゼレグがそう発言。

 キッシュは知っているようだな。

 俺がチラッと見ると、気まずそうな表情を浮かべていた。

 ジョディも知っているようだった。


「……はい、そうでした」

「ふ、ジョディ。そんな表情はしないでくれ。それではシュウヤ殿……早く、果樹園に行きましょう」

「おう。しかし、キゼレグとゴルゴンチュラ……」

「気になさらず。シェイルの治療には、あの果樹園が最適なのです」


 亜神キゼレグは、やつれたような顔。

 その言葉に頷きはしたが……亜神夫婦は清々しい笑顔を作る。 

 その傍らのゴルゴンチュラに向けて、


「ゴルっち、無理なら……」


 そう発言すると……。 

 ゴルっちは、俺に決意を持った表情を向けて、


「……槍使い。何を語るつもりだ?」

「……」

「……我と亜神キゼレグを救った偉大な槍使いシュウヤよ。そのような情けない顔を作るために、アルマンディンを探しに遠い東への旅に出たのか?」

「いや……」

「なんのためのアルマンディンか? なんのための、行動か? オマエの行為は、そんな感傷のためのモノであったのか? すべては、シェイルを救うための行動だったのだろう?」


 そう語る姿は妖精に見えない。

 亜神ゴルゴンチュラ様と言いたくなる迫力だった。


「……おう、そのつもりだ」


 俺がそう発言すると、ゴルっちは破顔。

 いい笑顔だ。そのゴルゴンチュラ様は、


「そうだ。それでいい。ならば行こうか。果樹園に――」


 と、小さい腕で差す。

 妖精の粉のような粉末が、ぽろぽろと、彼女から落ちる。


「分かった。じゃ、俺は果樹園に向かうとしよう。ヴィーネたちは、旅の続きの報告と皆との血文字連絡をしててくれ」

「はい」


 ヴィーネとママニは、セシード教団の方々をレンビヤの谷に送ったことを告げていく。リザードマンの巣と化していた蛇人族ラミアの故郷のことも話していった。


「んじゃ、ジョディとシェイル、行こうか」

「はい」

「あぁあぁ」


 亜神夫婦とジョディはシェイルの手に手を繋ぐ。

 ヘルメと一緒に部屋から出た。扉から出ると、子供たちを全身に乗せたビアがミニ列車状態のビアが近寄ってくる。

 背中の翼にも子供たちが……これでもかというぐらいに、ぶら下がっていた。


「……ビア、その<荒鷹ノ空具>を外すぞ」


 一瞬、眉を寄せるビアだったが、


「なぬ! わ、わかった、子供たちよ、離れるのだ!」

「はーい」

「ええ、やだー」

「もっとあそぶーーー」


 よっぽど<荒鷹ノ空具>が気に入ったのか。

 が、すぐにビアの背中に装着されていた<荒鷹ノ空具>は外れる。


 大鷹のヒューイに変身。


「わ、鳥さんになった!!」

「すげぇ、鳥だぁぁ」

「どうして、翼が鳥になるのーー?」

「ボクには分からないー」

「綺麗な魔力が出てるー」


 大鷹ヒューイ、荒鷹ヒューイと呼ぶべきか?

 そのヒューイは、俺の肩に乗ってきた。


「キュ!」


 ママニの翼にと思ったが、俺の顎に頬を寄せてきたから……。

 可愛い。そのままにした。すると、下から相棒の肉球パンチが。


「にゃお~」


 鳴いた相棒は、ヒューイが止まる反対の肩に乗ってから、トコトコと、肩の上を歩いて俺の頬に頭部を寄せてきた。


「……あなたさま?」

「あぅあぁ?」


 シェイルは大鷹に興味を持ったように手を伸ばす。


「分かった、すまん」

「シュウヤ殿、行きましょう」

「大鷹とは、珍しい。神獣を従えているから分かるが、魔獣使い的に次々と新しい眷属を増やすとは……この男ならば、妾たちも……」

「ゴルゴンチュラ、今はいい。行くぞ」


 そう、発言した亜神キゼレグ。背中の翼は欠けている。

 が、前よりも萎れている?

 回復していたように見えていたこともあったが……。

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