六百五十話 小さい琥珀

 

 相棒は、箱の中にいる小さい虎と会話している?

 偵察用ドローンの様に小さい虎だ。


「にゃお」

「がぉ」

「ングゥゥィィ、マリョク、アル、トラ! ゾォイ」


 ハルホンクは当たり前のことを叫ぶ。


 黒猫ロロは肉球アタックの悪戯はしていない。

 乳ミルクをあげようともしていない。

 黒猫ロロは香箱座り。

 大人しくなった。


 ――箱の中の小さい虎はエジプト座りに移行。

 小さい虎は、相棒のことを真ん丸い目で、見上げたままだ。


 この幻獣っぽい小さい虎が神虎セシードなのか? 

 二つの丸い瞳の色合いは琥珀色。

 魔造虎の黄黒虎アーレイ白黒虎ヒュレミに似ている。


 顔は鼻の毛といい虎らしい表情だ。

 全体的な毛の色は、生成り色、向日葵色、琥珀色の三色による優しいコントラスト。


 しかし、首輪から鎖が……。

 鎖は箱と繋がっているから囚われていたのか?

 鎖は箱の底の小型魔法陣から出ていた。


 封じられていた?


 四肢の先と尻尾の先端に墨色と樺色が混じる墨彩画風の炎を纏う。

 墨汁アートっぽい炎が迸る。 

 そんな墨彩画風の炎を獅子と尻尾に持つ神虎セシードっぽい幻獣か聖獣ちゃんか……。


 実はセシードではなく、魔法の虎?

 マハハイム語が理解できるか不明だが、一応、


「神虎セシードなのか?」

「ガォ? ガォ」


 と、疑問風に鳴いた。

 言語は理解している?

 すると、小さい虎は箱から出ようとした。

 が、失敗。箱から出られず、首輪と繋がる魔法の鎖は上下に張っていた。

 

 小さい虎は、首輪に前足を引っ掛けて、首輪を取ろうとしたが、取れない。


「ガォ!」


 これを外せといった鳴き声だろう。


 小さい虎は、前足を上げたまま腹を晒しつつ一対の後脚で立つ。  

 脚は子鹿のように震えている。

 墨彩画風の炎が、その手足から散っていた。


 皆、不思議そうに見ている。

 貂は、


「魔法の虎、幻獣の虎の一種でしょうか。神界の仙虎ならば、神虎と呼ばれていてもおかしくはないですが……」


 と、発言。


「幻獣か」

「ングゥゥィィ……」


 ハルホンクは納得するような感じだろうか? 


 ングゥゥィィでも声の質が微妙に変わるからな。

 しかし、神虎セシードってわけではないのか。


 俺はヴィーネに視線を向けつつ、


「首輪の件は知っていたか?」

「いえ、知りませんでした」

「封じられているのかな。貂が言うには神虎セシードではないようだが」

「ラシュマル・セシードさんとトルサルさんと、教団セシードの僧たちは、その箱をわたしに渡す前に口論をしていました。ロロ様が鳴くと、静まりましたが」

「ンン、にゃ~」


 俺の肩で、香箱座り中の相棒ちゃんが鳴く。

 それは『喧嘩を止めたにゃ~』的な鳴き声か?


「温厚そうな僧侶たちが口論するほど教団にとっては大事な物か」

「そのようで、その口論のあと、寺院の中で虎の形をした魔道具を中心に、ラシュマルさんとトルサルさんと僧侶たちの皆が、強力そうな魔法を発動。その神虎セシードの御守り箱に向けて魔法を放つと、箱の鍵が外れて鍵が消えるのを見ました」


 だから鍵がなかったのか。


「それで、教団セシードの寺院があった【レンビヤの谷】だが、グルドン帝国の軍勢を追い返せるほどの戦力はあるのかな」

「ある程度は押し返せるかと。獣人の傭兵部隊が多かったです」


 コンサッドテンの傭兵部隊もいたからな。

 ママニも過去に傭兵を率いていた。

 狼月都市ハーレイアにも獅子獣人ラハカーン 系の傭兵がいた。


「へぇ」


 そのタイミングでジョディとビアとヴェハノが近寄ってくる。

 視界に浮かぶ小さいヘルメも、箱の中を凝視。


 ヴェハノが、


「魔法の小さい虎……」

「それにしても小さすぎる」


 ビアもそう呟く。


「ガォ」

「ングゥゥィィ」


 竜頭金属甲ハルホンクが声を響かせると、小さい虎は怯えて耳を凹ませた。

 可愛い。


「コンラッド村の聖獣には、熊が多いと聞きました。遠い北東には、こんなにも小さい神虎がいるのですね」

「うむ。子猫よりも小さい虎とは想像もしなかった」

「はい。見てください、この小さい足に、絵のような炎があります。可愛くて不思議です」


 ビアが小さい虎の獅子と尻尾から出ている墨彩画風の炎に指を当てた。


「――ふむぅ……触れても熱くない? <筆頭従者長選ばれし眷属>の蒼炎継承者レベッカ様のように炎を操作できるのか……」

「……ビア様、勇気がありますね」

「我は光魔ルシヴァルの<従者長>ぞ。火傷なんてすぐに回復するのだ」

「あ、そうでした。見た目はわたしと同じ蛇人族ラミアなので……」

「ふむ。しかし、我の主は、本当にあらゆる物を引き寄せる」


 ヴェハノとビアの長い舌が宙を行き交う。

 蛇人族ラミアの上半身は人族っぽい。

 んだが、舌の動きと体は蛇的だから面白い。


 ビアとヴェハノの会話を楽しんで聞いていると、


「魔法の虎ちゃん~」


 と、言いながら貂が舞う。

 右から左に移動する貂。


 貂の和風衣裳と尻尾から煌びやかな魔法の粒子が迸る。

 あ、衣装の内部にイターシャの尻尾が見えた。

 白鼬のイターシャ、見かけないと思ったら貂の衣装の中にいたのか?


 貂の尻尾と魔法の粒子は連動。

 煌びやかに宙に散った。

 粒子は斜陽のような光に変化する。


 綺麗だ。


「惑星セラ固有の現象です。初めて見ます」


 そう語るアクセルマギナからBGMが響く。

 ガードナーマリオルスは頭部から小さい長方形の小型カメラをニョキッと伸ばす。

 カメラは点滅。

 球体胴体の溝模様の間もLEDのような光が点滅しながら溝の間を上下に行き交う。


 ガードナーマリオルスは、貂を録画?

 斜陽のような光を録画している?

 カレウド博士の映像を記録していたように、映像を記録しているのか。


 そして、ガードナーマリオルスもAIというより感情がある?

 ――刹那、左手の掌の傷に棲む沙が、


『――器よ。引き寄せの法則を使うとは、やりおるな。神々の残骸を集めているだけはある! スピッておるぞ! ワハハハ――』


 左手の奥から沙がスピリチュアルを叫ぶ。

 貂が作り出した斜陽の光に反応したのか?


 刹那、沙の幻影が出現。

 左手の前方に拡がっていた斜陽が、その沙の幻影を照らすと、突然、山の頂上に立つ沙の幻影に変化した。山はエアーズロック?

 アボリジニの遺跡の『ウルル=カタ・ジュタ国立公園』のような絶景スポットの頂上だ。


 サンセットを浴びた沙は、愛を叫ぶように、神々の残骸を空に掲げている。

 あの神々の残骸には何か意味があるのか。


 神剣サラテンが毎回の如く突き刺さっていた岩の断層と岩……。

 沙は〝神々の残骸〟を用いて、神々にお祈りをしている?


 風の神様か夕日の神様か分からないが……。

 とにかく、幻想的な光景だ。

 仙女のような衣装を着た沙のスカートが揺れて舞う。


 紐パンを晒す。

 まさか、本当にスピリチュアルを起こすとは、さすがは神剣様だ。


『――沙、この現象はどういうことだ?』


 と、左手の沙に念話を送ると、

 素晴らしい光景の沙は消えた。


『ん、夕日のような光か?』

『あれ? スピリチュアル的な、沙の姿が見えたんだが』

『妾は、器の手から出ていないぞえ?』


 やはり幻影か。

 神界セウロスの地か?


『……俺だけか』

『貂の<仙王鼬族の踊り>の影響を受けたか? まさか本当にスピッたのか!』

『そうかもしれない』

『おぉぉ、スピッておる! 素晴らしい! 器の能力が<仙王鼬族の踊り>に呼応したか!? 時空の神クローセイヴィスに干渉したかもしれぬぞ』

『時空の神か……』


 前に読んだ〝魔法基本大全〟の事典を思い出す。

 神の魔法力、式識の息吹があると。


 『詠唱文の文体は何れも似たようなモノになるが神やその眷族の系統により様々に変化するだろう。これは次元界から漏れ出る未知の現象力を利用しているためとか、神の魔法力〝式識〟の息吹を利用しているためとか、云われているが定かではない』


 と、魔法基本大全には記されてあった。


『そうだ。器の称号は覇槍神魔ノ奇想。戦闘職業も<魔印使い>を取り込んで進化した<霊槍印瞑師>なのだからな……八蜘蛛王ヤグーライオガの力である<蜘蛛王の微因子>を取り込み、呪力の源の<魔朧ノ命>も有している。そして、<神剣・三叉法具サラテン>の効果が、器に齎す効能は……シュレを取り込んだように運動機能だけではないのだぞ? ビアっ娘が持つ、剣に棲む、まっくろ黒すけガス龍が傍におるのも、大きいかも知れぬが……』


 そう念話を寄越す沙の口調は真面目だ。


『分かってるさ。剣術を学ぶ速度が上がったような気がするし、速度も魔力も回復速度も上がっている。感謝しているぞ、沙』

『あ、うん、ありがと……沐浴しつつの、特別なしとねも用意しておるからの』

『沙よ。俺のちんちん一日揉み揉み券は意外に高いってことを学べ』

『ぐぬぬぬ、素直じゃない器めがぁぁ』


 ま、その通り、俺もイチャイチャしたいが念話では伝えず――。

 沙ちゃんとの念話をシャットアウト。


 しかし、斜陽を浴びたサラテンの沙は幻想的で神秘的だったなぁ。


 山の頂から神々に向けて祈るように〝神々の残骸〟を翳していた沙。

 ライオンの子供を月の神に見せているようにも見えた。


 何かの儀式だろうか。


 そして、神秘的と言えば……。 

 視界に浮かぶヘルメさんだ。

 常闇の水精霊ヘルメは俺の視線に気付くと『ふふ』と笑顔を見せてくれる。


 刹那、真・ヘルメ立ちを敢行するヘルメさん――。

 左手を腰に添え、体を少し横に傾け捻りつつの――。

 見事な張りのある巨乳さんをぷるるんと巧みに揺らす。


 長い髪から流れた水滴が鎖骨に落ちた。お尻さんも輝く。

 姿は小さいが相も変わらず破壊力抜群のアメイジングなポージング。


 火口のせいで弱まったヘルメでもある。

 んだが、俺の魔力を得て活力を取り戻したようだ。

 

 ヘルメが元気だと心が弾む。


『ヘルメ、貂から出た夕陽のような明かりから、サラテンの幻影が見えたんだが、ヘルメは見えたか?』

『見えなかったですが、光の精霊ちゃんと時の精霊ちゃんのような、見たことのない不思議な精霊ちゃんが貂の周りで無数に踊っていましたよ。閣下、そんなことより、この魔法か幻獣的な精霊ちゃんにも見える、不思議な子供の虎を使役するのですね』

『精霊ちゃんの虎?』

『はい。勿論わたしのような精霊ではないですが、アーレイとヒュレミが宿した幻獣のような印象です』

『なんらかの魔法生物ってことか』

『そうなるかと』


 常闇の水精霊ヘルメが、小さい虎を見て、そう分析した。


 すると、ジョディが近寄ってきた。

 ジョディの周囲に綺麗な白色の蛾が舞っている。フムクリの妖天秤の周りから出た魔線を巧みに避けている蛾の群れは美しい。


 地球のタイで有名なアオスソビキアゲハという美しいアゲハチョウっぽい。


 一対の尾の突起が、ゆらゆらと揺れて素敵すぎる。


 そんな蛾を扱うジョディから天然香料のいい匂いが漂う。

 ジョディは細い顎を斜めに傾けつつ俺が持つ箱を覗く。

 箱の小さい虎も、見上げた。

 ジョディのいい匂いに釣られて小鼻をくんかくんかする。可愛い瞳ちゃんだ。


「あなた様、小さい虎を使役するのですね。わたしも貂の意見と同じく、幻獣の部類と推察します」

「ヘルメは精霊の虎とか、魔法生物と予想した。魔法の小さい虎ってことでいいだろう」


 俺はジョディからヴィーネに視線を移して、


「ヴィーネ。ラシュマルさんは、この箱を神虎セシードの御守りって言ったんだろう?」

「ガォ~」


 と、俺の声に反応したのは、小さい虎。

 肩の相棒も合わせて、


「にゃお~」


 と、鳴いた。

 ヴィーネは相棒を見ながら微笑んで、俺に視線を向ける。


「はい」

「なら、この小さい虎は、皆が分析したように魔法生物ってことか。幻獣ってよりは、秘宝ってことのようだし、魔造虎の部類かもしれない?」

「そうですね。兎人族のウララ・ウカ・ウカ族とコンラッド村の秘宝と、ラシュマル・セシードさんは、お話をされていましたし、ご主人様が持つ魔造虎かは、分かりませんが、その小さい虎は神虎セシードを守るための魔法虎? その役割があったのかも知れません」


 聡明なヴィーネもそう判断。

 んだが、ウカ族で思い出した。


「ウカ族って名は、セナアプアでレネ&ソプラを助けた兎人族のキャラバン隊を率いた兎人族と同じ名前だ。関係がある?」

「多分あるかと。キャラバン隊を率いられる優秀な兎人族。きっと同じウカ族の方でしょう。兎人族の秘宝〝兎の羽種〟をウカ殿は持っていたのですから。まだキッシュに血文字は送っていないので予想でしかないですが」

「見た目は、小さい虎ですが、幻獣か魔法生物の類。ですからコンラッド村の秘宝の一つなのは確かでしょうし、ヴィーネの予想は正解でしょう」


 と、ジョディもヴィーネの意見を肯定。

 ヴィーネはジョディに、


「ありがとう、ジョディ」

「ふふ」


 美女の二人の言葉と態度に微笑みながら、


「オフィーリアたちツラヌキ団が、ウカさんが率いていたキャラバン隊から盗んだ〝兎の羽種〟か」

「はい。その〝兎の羽種〟はゼレナードの手に渡ったはずですが、地下の宝物庫にはありませんでした……」

「ゼレナード本人が使った? か、他の部下に与えたかもな」


 過去、レネ&ソプラは、


 『兎人族ではなくても腕に羽を生やせるようになる秘宝の種。しかも、わたしたち以上に空を飛べるようになるとか。エセル界に繋がる品らしいけど……』

 『うん、セナアプアで接触しようとした白鯨の血長耳たちは、わたしたちと敵対関係にあるからね』


 と、話をしていた。


「〝兎の羽種〟を使えば、腕に生えた羽で空が飛べるとか。セナアプアから行けるらしいエセル界でも使えるようだし、空を飛べるなら貴重だ」

「塔烈都市中立都市セナアプアは魔窟ですから、尚のこと」

「だなぁ。血長耳以外でも、上院下院の評議員たちは空魔法士隊と空戦魔導師をそれぞれに多く抱えている。魔法を用いず空を飛べる人材へと成れるんだから〝兎の羽種〟を欲しがる者たちは多いだろう。そんな評議員に雇われている傭兵部隊を抱えた商会も多いからな……」


 ジョディとヴィーネは俺の言葉を聞いて、顔色を変えていた。

 レベッカ、エヴァ、ユイたちが、そういった勢力が争う魔窟にいるからな。


 ビアは頭部の上に疑問符。

 ヴェハノは俺を凝視。

 その視線をビアが動いて隠していた。


 ジョディとヴィーネは、


「……そう考えますと、その〝兎の羽種〟を盗んだツラヌキ団といい……色々なことが絡み合っています」

「……マハハイムの遠い東も、西も、連続とした出来事の積み重ねがあるからこそ、今があると、熟々思いますね」

「あぁ」


 ……確かに。

 二人の言葉通りだ。

 時間は刻々とリアルタイムに続いている。


 現在サイデイルで活躍中のレネ&ソプラ。

 そのレネは元【梟の牙】の幹部だ。

 そして、魔窟のセナアプアでかなりの勢力を誇る【白鯨の血長耳】の盟主or総長のレザライサの顔を射貫いた。


 ……あの組織の長のレザライサを射貫いて、生きているレネだ。

 どんだけの射手、スナイパーなんだよ。

 俺を射抜けるわけだ。


「ご主人様、サイデイルのキッシュに、兎の羽種とウカ族の名が出た件を伝えますか?」

「おう」

「はい」


 ヴィーネは、レネ&ソプラに東の地で教団セシードを率いていた獣人たちを助けたと血文字を送る。

 直ぐにキッシュからの返事の血文字が浮かんだ。

 キッシュの個性が出た血文字、フォントに少し渋さがある。


 しかし、レネが所属していた【梟の牙】か。

 ……総長のビルといい【梟の牙】がどんだけ優秀だったか分かる。

 裏帳簿、隠蔽私掠船、ウォーターエレメントスタッフ、あの金貨の数々。


 私掠船は、オセベリアの海軍派の大貴族とも関わりがあるから、事実上のオセベリアの海軍としての動きもあったわけだ。

 オセベリア王国としても、海賊としていつでも斬り捨て可能な兵隊としての扱いなら便利だっただろう。


 だからこそ、【梟の牙】を支配していたエリボルは大物だったわけだ。

 レムロナから第二王子ファルスに渡った裏帳簿が、氷山の一角だったとしたら……。

 エリボルの屋敷にあった大量の金貨。

 あれも、極一部で【梟の牙】のエリボルは、巨大な聖魔中央銀行の歯車の一つに過ぎなかった?

 シャルドネが語っていた聖魔中央銀行と海賊繋がりで関係があったのかもしれない。


 エリボルの屋敷には、見知らぬ海図があった。

 それらしいアイテム類も……。


 聖魔中央銀行か。

 セナアプアにも支店がある?

 巨大な民間銀行だとしたら、聖魔中央銀行は、王国や帝国以上の権力を持つかもな。

 金貨という貨幣が巧妙に流通している理由の裏は深そうだ。

 

 聖魔中央銀行の本部は、珊瑚に浮かぶ島々にある自由都市ハイロスンにあるとヴィーネが教えてくれた。

 荒神カーズドロウ・ドクトリンが高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアのロンバルアと旅立った地域。

 荒神大戦では荒神マギトラこと白猫マギットと同じ勢力。

 ホウオウの勢力で、アズラの勢力と戦っていたんだったっけ?


 今も多数のアズラ側の荒神とか呪神の眷属と戦っているのだろうか。


 そのカーズドロウが旅立った南。

 バルミントとサジハリたちが生活しているだろう北西とは逆。


 リーンのお爺さんのフリュード冒険卿が冒険した南の大海。


 リーンから『はい。海光都市ガゼルジャンや霊霧島のもっと南。大海の先の先には、海賊たちが集まる【虹が島】があります。そこの【酒場ラズナル】では、数々の有名な噂話がありました。その中の一つにはビッグザフットライン巨人の足航路という……未知の航路があるとか、まことしやかに語られているようです』と、噂話を教えてくれた。


 過去、シャルドネも、


『……さすがはシュウヤ様の側近ですわね、随分と南の地理に詳しい。七つの自由都市を知るダークエルフとは、人魚や魚人に龍人のように、南海に住み処があるのですか?』


 と、ヴィーネのことを褒めていた。

 だからこそ【八頭輝】の名を冠していた巨大闇ギルドの一つ【梟の牙】の名は伊達ではなかったということだろう……。 


 そんな過去の出来事について血文字が行き交う様子を見ながら思考していると――。

 肩にいる相棒が尻尾を俺の頬に当ててきた。


「どうした?」

「ンン」


 喉音の返事のみ。

 黒猫ロロは大人しい。


 香箱スタイルで、俺たちの会話と血文字の様子と下の小さい虎の様子を見ている。 

 幻獣の虎か、小さい聖獣の虎も、箱の中で相棒と同じ香箱スタイルで待機。


「小さい虎は大人しいですね」

「相棒も大人しい」

「にゃ」


 黒猫ロロは眠い?

 気にせず、ヴィーネを見て、


「さて、この虎だが、契約とかあるのか?」

「ラシュマルさんは何も言っていませんでした。強引に渡してきてから、すぐに、獣人たちの会議があると離れたので」

「にゃお~」


 相棒は香箱スタイルを崩して起き上がる。

 首から出した小さい触手を魔法の虎に向けていた。


「この首輪が鍵か。セオリー通り、首輪に俺が魔力を通すってことかな」

「にゃ」


 黒猫ロロの『そうだにゃ』という感じの鳴き声だ。


「そのようですね」

「なら、契約といこうか」

「……」


 箱の中の小さい虎は俺を見上げている。

 その首輪に向けて、指を伸ばし――首輪に触れた。


 ひんやりとした首輪。

 魔力を感じる首輪。

 その首輪に魔力を送った直後、首輪からパリッと乾いた音が響く。

 首輪は外れて、鎖も消えて、虎が入っていた箱が崩れるように散った。


 小さい虎は浮く。

 ふあふあと羽が風に漂うような柔らかい機動で、俺の掌に乗ってきた。


『ほぅ、ちっこいの、妾を踏みつけるとはいい度胸だのぅ……器、さっさと撫でてやれい! 貂も、微笑んでないで虎を退かすのだ』


 沙は無視だ。

 小さい虎は掌の運命線の傷を舐める。


『ひゃぁん、な、舐めるなァ』


 と感じてしまった可愛い念話を寄越す、沙ちゃんだ。

 小さい虎は<シュレゴス・ロードの魔印>も舐める。


 シュレは、


『……もっと右を希望する』


 と渋い念話を寄越した。

 シュレゴス・ロードなりに小さい魔印を舐められて嬉しかったようだ。


 掌をペロペロと舐めまくって、くすぐったいが、可愛いから我慢した。

 小さい魔法の虎は、俺の指に小さい口を当てる。


 と、おもむろに頭部を指から離して……。

 俺に小さい頭部を向けてきた。


「ガオォ?」


 疑問風に鳴いた。

 その疑問の意味は、なんとなく分かった。

 つぶらな瞳が、可愛い!


「魔力を吸うんだろ? いいぞ、<血魔力>も出してやろう」

「にゃお~」


 相棒の声を聞きながら、指先から<血魔力>を出した。


「ガォ――」


 そう鳴いた小さい虎は、礼儀正しく頭を垂れる。

 再び、俺の指の根元に小さい鼻先を突けた。

 小鼻は湿っていて冷たい。可愛い小鼻の感触だ。

 直後、俺の<血魔力>を吸い取った小さい虎。


 小さい虎の毛が輝いた。

 生成り色と向日葵色と琥珀色の三色の毛だ。


 それら全身の美しい毛の表面に血色を帯びた魔力が展開。 

 琥珀色の丸い瞳にルシヴァルの紋章樹が宿る。

 ――成功?

 スキルの獲得はない。

 ということは<血の統率>か<精霊使役>の範疇か?


「ガォ」


 小さい魔法の虎は跳躍――。

 俺の肩に乗ってきた。


「にゃ」 

「ガォ」


 相棒の隣に着地。その相棒と鼻先を合わせて挨拶していた。

 互いの尻の匂いは嗅がないようだ。


 俺の肩の上だから狭いか。


「契約はできたかな」

「可愛らしい! 幻獣虎の眷属ちゃん」

「名前は何にしようか。セシードってわけじゃないしなぁ……」


 瞳が琥珀色だから、琥珀にするか。


「琥珀って名前はどうだ?」

「ガォォ」


 と、了承するように肩から跳躍する琥珀。

 胴体から小さい翼を生やす。

 四肢の先と尻尾の先端から墨色と樺色が混じる墨彩画風の炎を発しながら飛翔した。


「ングゥゥィィ、コ、ハ、ク!」


 ハルホンクも挨拶している。


 重低音で不気味すぎる声だから、振り返った琥珀は耳を凹ませて、怖がった。

 琥珀には悪いが、その仕草も可愛い。

 

 小さい虎の琥珀よ、可愛いぞ!


 ふぅ、少し興奮してしまった。

 そして、墨汁アートっぽい炎で飛翔とか面白い。

 尻尾の先端にある墨彩画風の炎は芸術性がかなり高い。

 その尻尾が持ち上がった。


 金玉袋のωはない。雌なのか!

 肛門と大事な秘部がちゃんとあった。


 小さい琥珀ちゃんだ。


「可愛いです……」

「んじゃ、ママニのところに合流&スポーローポクロンの滝壺に向かうか。あ、俺は火口で、姥蛇ジィルの数珠を投げ捨てる。相棒、変身を頼む――」

「にゃお~」


 肩を蹴るように跳躍した相棒。

 宙空で黒猫の姿から黒豹に、そして黒馬のようにむくむくっと体を大きくした。


 ――神獣に変身。

 その神獣ロロは胸から出した黒触手で小さい琥珀を捕まえようとする。

 が、小さい琥珀は素早い。相棒の黒触手をすべて避けた。

 宙に弧を描く機動で神獣ロロディーヌの頭部に急降下する琥珀。


 と、一回転して、ストンッと頭部に尻を突ける琥珀ちゃん。


 エジプト座りで待機。

 その姿は、虎というか、子猫にしか見えない。


 神獣ロロは琥珀を頭部に乗せたまま「ンン、にゃおおお~」と鳴いて旋回。


「んじゃ、皆は、先に暴れているか偵察に徹しているのか不明だが、ママニと合流しててくれ。ヴェハノはリザードマンと遭遇しても、さっきの戦いのように無理はするな」

「承知した!」

「「はい」」


 俺はヴェハノに回復薬ポーションを渡した。


「……ありがとうございます」

「ヴェハノ、戦闘になったら我を盾に使うのだ。我はガスノンドロロクンの剣を試す」

「はい、使わせていただきますよ。〝魔星砕き〟でリザードマンを倒しましょう」

「承知――」


 ビアが蛇人族ラミアらしい走りを見せる。

 火口に続く山道を先に進んだ。

 岩とリザードマンの死体を吹き飛ばす豪快な走りから彼女のやる気が伝わった。

 途中、リザードマンの首を回収している。


 ママニが向かった先は巨大な蛇人族ラミア像の右の奥か。

 火口から漂う硫黄の臭いが濃いが、<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>は優秀だ。血の匂いを辿れば、すぐに分かるだろう。


 少し遅れてヴェハノも走る。


「ご主人様、では先に」

「あなた様、火口には手強いモンスターが棲んでいるかもです。気を付けてください――」


 ヴィーネとジョディも続いた。


「おう、何か出てきたら戦うさ」


 そう発言した俺も走る――。

 跳躍したところで、宙の足下に<導想魔手>を生成――。

 その<導想魔手>を蹴って――高く跳んで、飛翔――。


 旋回中の相棒にアイコンタクト――。


 背後の相棒は「ンンン――」と鳴いた。

 獣の威嚇する声に近かった。俺が先に飛翔したことを怒ったようなニュアンスだ。


「――相棒、火口まで競争か?」

「にゃおおお」

「ガォ」


 と、小さい琥珀ちゃんの声も背後から聞こえた。

 

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