六百四十五話 八大龍王の大蛇龍ガスノンドロロクン

「おおおお――守り神様!」

「黒い龍が守り神?」


 ママニが不思議そうに聞く。


「そうだ。虎獣人ラゼールには分かるまい。大蛇龍ガスノンドロロクン様である。一族に伝わる<ガスノンドロロクンの目覚め>の反応は間違いではなかった!」


 興奮したヴェハノ。

 脇腹の鱗が撓んで蠢くと、真新しい鱗となって傷を塞ぐ。

 その真新しい鱗の表面に黒い龍のマークが浮かぶ。

 更に黒い龍から蜘蛛の巣のような魔糸が出現。


 蛇人族ラミア独自のスキルも持つようだし、守り神様効果かな。


 黒い龍は、そのヴェハノに向けて、


「……ヴェハノ区の者。そなたもよくがんばった」

「ハイッ――ありがたき幸せ……」


 蛇人族ラミアのヴェハノは片手で泉の底を突く。

 黒い龍に対して頭を下げていた。


 その黒い龍に無礼かもしれないが、


「初めまして、ガスノン様……」


 と恐縮する思いで略して告げた。

 俺の言葉を聞いた黒い龍は頭部を向けてくる。


 ――クリムゾンレッドの双眸が強く輝いた。

 ヤベェ、怒らせたか?

 双眸の前に、六芒星と五芒星の魔法陣が浮かぶと重なり合う。


 ――魔眼の力だろう。


「……ヌヌ? そこの蛇人族ラミアから得た魔力はオイシカッタが、我の<大蛇龍・鑑識>を弾く者たちなのか……」


 魔眼は鑑識的な能力があるのか。

 エコーが掛かった声だ。

 

 威圧感がある。

 鑑定眼を用いた、俺たちの観察は失敗したようだが……。


 黒い龍は双眸を点滅させつつ、


「そなた、一見普通の人族だが、違うのか。左目に……何かいる!」


 黒い龍は左目のヘルメを指摘。


「異質な左手に、んあぁ? 首は魔界!? 無数の異質なる神意の匂いを強く感じるゾ……呪いもあるのかえ!? 右手に小人も浮いては消えている? 怪しい。これほどの混沌とした神格を持つ定命の種族とはいったい……」


 左手の沙羅貂とイターシャに<シュレゴス・ロードの魔印>を指摘。

 右手はアクセルマギナか。

 

 視界に浮かぶ常闇の水精霊ヘルメは、頷く。

 胸元で両手を組んでいたポージング。

 その組んだ両腕の上に乗っている巨乳が見事な小山を作り上げていた。

 

 おっぱいさんが首の動きと連動して微かにタプンタプンと揺れる。

 そして、『閣下、あの黒い龍は、わたしの存在に気付きました!』と喋っているような顔付き。

 ヘルメの豊かな双丘は静止している。

 

 異質な左手と指摘は、沙、羅、貂とイターシャに<シュレゴス・ロードの魔印>か。

 そして、俺の尻には水神アクレシス様の加護のマークがあるようだし……。


 首には悪夢の女神ヴァーミナの力の一部を吸収した証拠の<夢闇祝>がある。


 呪いはココッブルゥンドズゥ様か。


 それらを分析して、混沌な俺のことを把握した。

 この黒い龍の大蛇龍ガスノンドロロクン様には……。


 優秀な感知能力がある。


『貂が、仙王鼬族と竜鬼神グレートイスパルに、うんちゃらなんちゃらと語っておる……この、まっくろ黒すけガス龍は、神界セウロスで、暮らしていたのだろう』


 サラテンの沙がそう思念を寄越した。

 グレートイスパルって、ガゼルジャンの海底にある次元扉と関係があるのか?


『さあな。仙王鼬族と竜鬼神グレートイスパルか。大蛇龍ガスノンドロロクン様が自ら語った八大龍王と関わることは確実だろう。ま、詳しくは貂ちゃんから、今度直に聞くから』

『……なぬ。貂にちゃん付けだとぉぉぉ』

『沙ちゃんも大人しくな』

『ぁぅ……うん』


 と、急に静かになる沙ちゃんだ。

 姿は見えないが、可愛い沙の姿を想像した。


 すると、対峙している黒い龍はくねくねと胴体を動かした。

 自分の黒い龍の体と巻き付いている剣を見つめる。


「……ふむぅ。そんな異質な種族の魔力を得たから、か……我は……」


 と、語る。

 何かビアの魔力を吸って、大蛇龍ガスノンドロロクン様は変化しちゃったとか?

 ま、ここは素直に語るとしよう。


「……名はシュウヤ・カガリ。槍使いと自負があります。種族は光魔ルシヴァル。光と魔とあるように、光と闇の力を宿す種族でもあり、光魔ルシヴァルの宗主です。神々の加護は魔界や神界を問わず受けています。そのせいで混沌とした匂いを感じるのでしょう」

「そうであったか、礼儀正しい男なのだな、シュウヤ・カガリよ。面白き混沌とした男か……だからこそ、そこの蛇人族ラミアを従えているのだな」


 ビアのことを指摘する大蛇龍ガスノンドロロクン様。


「彼女は……」

「そうだ、我の主は絶対である!」

「だ、そうです」

「ふん! 蛇人族ラミアをここまで手懐けるとは、恐れ入る。見た目が人族で気に食わぬが、神格染みた強さのある種族なだけはあるようだ……改めて、礼を言おう。シュウヤ・カガリ!」


 黒き龍は魔眼を止めてから、そう言うと、頭を垂れる。


「大蛇龍ガスノンドロロクン様が。なんというお方なの、シュウヤ様は……」


 と、驚愕したような面を浮かべて俺を凝視するヴェハノ。


 彼女は体が震えて三つのおっぱいを荒々しく手で触る。

 そして、俺を凝視すると、蛇腹で浅い湖面を叩くように前進。


 ヴェハノは俺の目の前にくると、土下座を敢行――。 

 浅い湖に頭部を沈めた。


 水面から、ぶくぶくと気泡が上がる。


 つうか、あれじゃ、息ができないだろうに!

 死んでもらっては困る。

 俺は急いで、彼女の近くに移動。


「――ヴェハノ、いいから頭を上げてくれ」


 と、細い肩に手を当てながら強引に起き上がらせた。


「――あぅ」


 と、か細い声を発しながら、俺に抱きついてくるヴェハノ。

 鱗の皮膚は冷たい、が……ヴェハノの体の鱗皮膚から熟れた熱を感じた。

 女性としての強いフェロモンも感じ取る。

 蛇人族ラミアの匂いはビアの匂いを体感しているから知ってはいる。

 ……が、ヴェハノの匂いは、あまり嗅いだことのない熱のあるフェロモンだった。

 一瞬、股間が疼く。


 んだが、紳士を貫く。


「……ヴェハノ、大丈夫か?」

「……はい」


 と、ヴェハノは、ぽぁ~とした顔だ。

 頬に朱が出ていた。

 乙女的な顔になっている。


 美人さんなだけに嬉しい。


『閣下に惚れてしまったようですね』

『美人さんだ。気持ちは嬉しいが今はやることがある。その前に八大龍王の大蛇龍ガスノンなんたら様に聞くとしよう』


 火口に怪しいアイテムをぶっ込んで、シェイルの治療をしなきゃならんからな!

 それにエヴァたちは、変態と一緒だから心配だ。

 ベニーのこともある。

 南のセブンフォリア王国は遠いし国も関わるから前途多難だが……。

 あいつの表情を見てしまうとな……。


『閣下?』


 小さい常闇の水精霊ヘルメは俺を心配してくれたようだ。


『気にするな』

『はい』


 ヘルメは微笑むと、くるくると回って舞ってからパッと消える。 

 俺はヴェハノさんから離れた。


 すかさず、ビアとママニにアイコンタクト。

 浅い泉を満たす水の具合を、ブーツ越しに感じつつ……。


 大蛇龍ガスノンドロロクン様に近寄った。


 長剣に絡む黒い龍。

 その黒い龍のガスノンドロロクン様は身を翻す。

 くねくねと、剣の柄の上のほうへと移動していく。


 昇る仕草は蛇そのもの、が、見た目は小さいとはいえ、黒い龍で立派だ。

 日本だったら完全に拝む。

 そう、倶利伽羅不動様。

 不動明王の力を示現した、あらゆる災厄を切り裂く利剣。


 そんな不動明王様のような神々しい黒い龍様だ。

 黒い龍のガスノンドロロクン様は、本当に不動明王様の眷属なのかもしれない。


 濃厚な魔力を内側に持ち外側にも放つ。


 表面の黒い鱗から沸騰するように魔力が噴出している箇所もある。

 その外に出た魔力は宙にプロミネンスを描くように広がりつつ、龍の飾りが綺麗な柄頭と衝突をくり返しては、黒色の稲妻を周囲に発生させているし……面白さもあるが……。


 何か、威圧的なモノも感じ取る。

 そんな黒い龍のガスノンドロロクン様と剣を観察してから、


「……八大龍王の一柱とは、神界セウロスと関係が?」


 と、恐縮しながら質問。

 俺の言葉を聞いた黒い龍こと、ガスノンドロロクン様は頷く。


「ある。今では、神界セウロスから堕ちた側の勢力だ……しかしながら、至る道から離脱した風紀の王と壁の王の諸勢力ではないからな? 実際に神界セウロスで過ごしていた八大龍王の一柱である!」


 風紀の王と壁の王?

 どっかで聞いたようなフレーズだ。キサラからか?


「堕ちたと離脱の差に、理解が及びませんが、この祭壇から姿を晒した理由は、俺たちに用があるからでしょうか?」

「ふ、単刀直入だのぅ。そうだ。そこの蛇人族ラミアに用がある」


 剣に蛇が蜷局を巻くようにわだかまる黒い龍。

 その黒い龍の頭部が、のっそりと向きを変える。

 ガスノンドロロクン様が向いた先は……ヴェハノではない。

 <従者長>のビアだ。


「ビアですか?」

「そうだ。そなた、シュウヤ・カガリでもよいが……実は……」


 そう語ると黒い龍のガスノンドロロクン様は、内側の腹を晒す。

 黒い鱗から沸騰するように魔力が噴出していた箇所が左右に開いて、内臓の一部が露出。


 そこにはルシヴァルの紋章樹とビアの絵が刻まれていた。

 黒い龍の頭部が、のっそりと動いて、ビアを見た。


「我の絵だと……」

「そうだ。ビアといったか、我を使う気はあるかえ?」

「な!?」


 ヴェハノは驚く。

 というか、俺も皆も驚いた。

 大柄のビアも珍しく驚いていた。


「――まてい! 我より、ドッパパル・アゴロンデ・ヴェハノ・ガスノンドロロクンこそ大蛇龍ガスノンドロロクンの剣を使うべきだと愚考する!」

「……それは恐れ多い! 秘宝は秘宝、秘宝の守り神様が決められたことは絶対だ」


 と、また湖面に手を突いて頭を垂れるヴェハノは叫ぶ。

 すると、大蛇龍ガスノンドロロクン様は、


「ふむ。ビアよ。ガスノンドロロクンの一族が守っていた裏ヴェハノ区の神殿も壊されたのだ。もう蛇人族ラミアの故郷はないのだぞ? そして、そなたも元は蛇人族ラミアであろう」

「で、あるな」


 ビアは重騎士というように胸を張る。


「その蛇人族ラミアらしい表情も好し。まさにグリヌオク・エヴィロデ・エボビア・スポーローポクロンである」

「うむ……であるが……」


 ビアは表情を暗くした。


「……連綿とした古の蛇人族ラミアの武装騎士長の血を受け継ぐ、そなたの血と魔力と武術に強く惹かれたからこその、誘いぞ?」

「……」


 先の戦いでビアの魔力を吸った理由か。

 黒い龍はビアを脅すわけじゃないと思うが、胴体が、少し膨れると、


「――我の判断は間違いであったのか? グリヌオク・エヴィロデ・エボビア・スポーローポクロンの、ビアよ!」


 と、大蛇龍ガスノンドロロクン様の重厚な声が轟いた。


 湖面にも波紋が出た。

 韻を踏む度に、言葉の質に合うデボンチッチが出現するから説得力がある。


 神々しい説得力というか……。

 八大龍王と呼ばれる神意を感じる。


 ビアは動揺。

 頭を上げて見ていたヴェハノは頷くと、ビアを見上げている。


「……ビア殿、これも何かの運命……大蛇龍ガスノンドロロクン様からの誘いを直に受けるのは、我らの一族の中でも数名のみであったと聞く。誉れの誘いであるのだぞ、受けてはくれまいか」

「……そう言うが……我は」


 ビアは迷ったようにシャドウストライクのシャムシールを見る。

 そして、細身の蛇人族ラミアのヴェハノは、俺を熱い眼差しで見つめてきた。

 俺は微笑みを返す。

 と、恥ずかしそうな表情を寄越してから、視線を外してくるヴェハノ。


 可愛いかもしれない。

 そんな視線のやりとりに気付いたビアは、「ふん!」と鼻息を荒らす。


 と、鼻息を聞いて、ビクッとしたヴェハノは、


「ビア殿……このドッパパル・アゴロンデ・ヴェハノ・ガスノンドロロクンの命をも、もらってくれまいか?」


 そう発言した。


「我の子分になりたいのか……いや、我の主に惹かれた思いもある故だな?」

「そうだ。見た目はどうであれシュウヤ様は強い、そして、我を守ってくれた……惹かれた想いは事実である! が、その想いは差し出がましいと承知している。だからこそ、ビア殿に命を預けたい。どうか、我の信頼の絆を受けてくれないだろうか……」


 と、ヴェハノは自らの三つの乳房を絶妙な掌の技術で触る。

 腰をくねくね動かして、自らの身体を、ビアではなく、俺にアピールするように動かしてから、再び、蛇人族ラミアの挨拶を実行してきた。


 確か、服従の意味もあるんだったな……。

 そして、ヴェハノは、ビアにも同じように頭を下げている。

 湖面から水飛沫がその度に起きていた。


「……我は構わぬが……」


 と、ビアは俺を見る。

 長い舌を仕舞いつつ、俺と黒い龍ガスノンドロロクン様と自身の武器であるシャドウストライクを見比べてから、ヴェハノに視線を戻して、優しい表情を向けていた。

 蛇人族ラミアとしての信頼の証しを受けるのは嬉しいことのようだ。

 いつものような、我は顔だが、誇らしい気持ちが強まった優しい雰囲気を醸し出していた。


 俺も何か嬉しさが込み上げてきた。

 ビアとの出会いを思い出す。


 昔があるから、今がある。と分かるが……。

 あの大商人のキャネラスから、ビアを買うのも一つの運命だったんだろう。


 そのビアに向けて、


「……俺のことは気にするな、ビアの判断に任せる」

「主……我は光魔ルシヴァルの<従者長>。主は命令しないのか」

「しねぇよ。個人の自由だ。いつも通り、ビアの好きなようにしたらいい」


 ビアは俺の言葉を聞いて体が震える。


「……分かった。主……主の言葉は、いつも我の心臓の鼓動を速くさせる……」

「あはは、大袈裟だなぁ。毎回だろう、なぁ?」


 と、俺は笑いながら、皆に同意を促す。


『ふふ、そうですよ~』

『妾もそう想う』


 ヘルメも沙も素直だ。

 ジョディもママニも頷いてから、微笑んでくれた。


「優しい主。ならば、我は自由に……」


 と、ビアは俺に近寄ると両手を広げた。


「主……」


 ビア、珍しい切なそうな声で、いつもの力強さはない。

 今回はお望み通り……ビアの胸に飛び込んでみた。

 ビアは俺の体と触れると「ぁん!」と感じたような女としての声を出す。


「……主ぃぃぃ」


 と、体を震わせながら嬉しそうに声を出しつつ……。

 三つのおっぱいを一生懸命に、俺の顔やら体に擦りつけてくる。


 同時に、彼女の力強い両手が俺の背骨を折る、いや、折らないが、そんな調子で抱きしめを強くしてきた。


「――主、あるじぃぃ! あるじぃぃぃ!」


 はは、よっぽど嬉しかったようだ。

 ビアが一気に可愛くなった。

 大人しく……おっぱいロマン派協会会長として、三つのおっぱいから頬を叩かれるという洗礼プレイを浴びよう。

 ――おっぱい神の新たな一頁が、心に秘めたおっぱい手帳の中に刻まれていく。


 百六十手の御業は増えないが、これも修業だ。

 興奮したビアはキス顔を寄越す。

 そのビアの唇を奪うと、大柄のビアは倒れそうなぐらいに体を弛緩させる。


 と、ビアの長い尻尾が俺の体を包んだ。


「はぅあ……ビアとご主人様が……」


 ママニの声だ。

 彼女は内股を擦るように両足を動かしていた。

 そんなママニからは、大蛇が獲物を殺すために蜷局を巻くようにも見えていることだろう。


 しかし、何回も味わってはいるが、やはり、心地いい。

 温かい――蛇人族ラミアに抱かれるのもいいもんだ。


『ふふ』


 ヘルメも嬉しそうだ。

 ビアは満足したのか。

 尻尾の力を緩めて両手を離すと、長い舌で俺の頬を舐めつつ熱い吐息を寄越してから俺から離れた。


 息を荒くしていたビアは息を整えると、


「……主、我は決めた」


 そう発言する美形のビア。

 その視線は厳しい。


「黒い龍こと、大蛇龍ガスノンドロロクンの剣を使うことを決めたんだな?」

「――いや! 我は主の嫁になる!」


 と、宣言するビア。


「「な!?」」


 皆は驚く。ジョディの周囲の白色の蛾が散っていく。

 俺も驚いたが、膝が崩れるように、前転の受け身をとりたくなった。


 ビアは笑うと、


「ふはは――冗談だ。それに我はもう主の嫁である! 光魔ルシヴァルの<従者長>の家族であるのだからな!」

「おうよ」

「ふふ、あなた様をお慕いする想いは皆、同じ」

「はい。わたしもご主人様に、血の誓いを立てました。いつもの夜伽を何回でも待っている状態です!」


 ママニとジョディは手を握りながら語り合う。


『……いつもの夜伽だとぉぉ。妾専用の褥はいつかのぅ~、器んぅ?』


 念話だが、妙な感覚だ。煩悩をツンツクされたような。

 ……サラテンの沙とはどんなプレイになるのやら。


 そんな沙に思念は送らず、


「さて、用は他にもあるから、ビア」

「分かった」


 ビアは黒い龍が巻く剣に近寄る。

 黒い龍ガスノンドロロクン様は、黒光りする頭部をビアに向けて、長い舌をシュルルと出すと、


「――ビアよ、我を使うなら、更なる血と魔力を寄越せ――」

「あい分かった!!」


 と、気合いの入ったビアは体から<血魔力>を展開。

 両手首から血を出して、黒い龍が巻く長剣に、その血を浴びせた。


 ビアの濃厚な<血魔力>を浴びた黒い龍ガスノンドロロクン様――。

 黒い龍に血の紋様が浮かぶ。

 刹那、黒い龍ガスノンドロロクン様は、半透明と化す。


 と、巻き付いていた剣身に浸透。

 剣身は閃光を放つ。

 同時に、輝いた剣身に、血色の小さい古代文字が浮かぶ――。

 グリヌオク・エヴィロデ・エボビア・スポーローポクロンの名が剣の表面に刻まれた。更に、極めて小さい文字、サンスクリット語でkulikah? 


 続いて、その小さい文字がルシヴァルの紋章樹と重なった。

 更に、その長い名は、大きな古代文字の〝ビア〟に纏まる。


 ビアの文字の周囲は、龍門のデザインだ。

 大蛇龍ガスノンドロロクン様の意味もあると分かる。


 ビアは、そのタイミングで、もう一度、俺に視線を寄越してきた。


「ビア、何を躊躇う。その大蛇龍ガスノンドロロクンの剣は、もうお前の物だ」

「……主、だが、我には、主からもらった大切なシャドウストライクがある……」

「いいんだよ、ビア。気にするな。その剣は俺が預かる」

「は、はい――」


 ビアは差し出した俺の手にシャドウストライクを渡してきた。

 重い反った剣。シャムシールのシャドウストライクか。


 シャドウストライクを少し眺めてから、ビアに視線を戻し、


「ビア」

「主」


 ビアと俺は頷き合う。

 ……俺も素直に嬉しい。

 色々とペルネーテで魔石集めなどをがんばってくれたからな。


 そのまま大蛇龍ガスノンドロロクンの剣に視線を向けて、柄巻に手を当てる。

 そのビアの指は震えていた。


 なんだかんだ言ってもビアは女性だ。

 怖い部分もあるんだろう。

 ビアは、その大蛇龍ガスノンドロロクンの剣の柄巻を握った。

 ――勢いよく引き抜く。


 ビアは大蛇龍ガスノンドロロクンの剣を掲げた。

 誇らし気な表情は絵になる。


「――おお、伝説の言葉にあったように抜いた! 大蛇龍ガスノンドロロクン様、そして、ビア様、おめでとうございます!」


 剣の柄から出現した淡い黒い龍がビアの腕に絡む。

 その黒い龍は身を翻すと、剣の柄巻に戻って、ぐるぐると剣身を巻きながら昇っていく。


 と、ヴェハノは拍手。

 ビアは新しい従者のようなヴェハノに対して、満足したように頷くと、


「我は、大蛇龍ガスノンドロロクンの剣を得た――」


 と、宣言した。

 大蛇龍ガスノンドロロクンの剣の切っ先から、黒い龍が飛翔していく。

 黒い稲妻が剣の周囲から迸る。


 ――皆が拍手。いい気分だ。

 俺も続くとしよう。


 拍手しようと、シャドウストライクをアクセルマギナに仕舞うかと思った刹那――。


『――ングゥゥィィ』


 竜頭金属甲ハルホンクだ。


『ハルホンクか!』

『……喰ウ、喰ワレ、ノ、螺旋ヲ、司ル、深淵ノ星ニ、吸イ込マレテ、イキテタ、ハルホンク! デェェアァル……主に喰ワレテモ、イキテタ、ハルホンク! デェェアァル! ングゥゥィィ』

『ははは、ハルホンクだ!』

『……主ノ熱イ心ヲ、我ハ、ヒサシブリィ、ニ、感ジタ、ゾォイ』

『おお、今後も反応できるのか?』

『……ングゥゥィィ……イヤ、少シダケダ』

『そうなのか、ま、話がしたかったんだ』

『ングゥゥィィ、我モダ』

『そう言ってくれるとは、嬉しいもんだ。んで、僅かに反応したということは』

『ングゥゥィィ、ソウダ、ソノ剣ヲ、我ニ、喰ワセロォ……ゾォイ』


 と、肩の竜頭金属甲ハルホンクの口が蠢いた。

 金属だから動きは機械仕掛けの玩具のようで、面白いが……。


 とりあえず、ビアに聞くか。


「ビア、大蛇龍ガスノンドロロクンの剣の獲得おめでとう。んで、喜んでいるところ悪いが、このシャドウストライクを、一時的に復活した竜頭金属甲ハルホンクに食べさせてもいいか?」

「「え?」」


 皆は驚く。

 とくに、細身の蛇人族ラミアのヴェハノは俺に恐怖したように見ていた。

 まあ、剣を肩の金属の竜頭に食わせると語る、見た目が人族の吸血鬼だからな。


 芸人の、剣を呑み込む芸を見せる姿を想像しているのかもしれないが。


 そこに――巨大な魔素の反応!

 これは!


「ンンンン――」


 相棒の巨大な鳴き声だ。


「ご主人様――」


 愛しいヴィーネの声も!

 相棒の姿、巨大な神獣ロロディーヌが見えた。

 その神獣としての巨躯が一瞬で、黒豹の姿に変身しつつリザードマンの死体を四肢が踏み潰す。

 翡翠の蛇弓バジュラを構えながらのヴィーネも華麗に着地。

 彼女に体に巻き付く神獣ロロの触手が解かれて相棒に戻っていく。

 その様子は近未来の特殊な戦闘服が自動的に解かれていくようにも見えて不思議だった。

 俺は綺麗な泉の浅い湖面を両足で掻くように小さい祭壇の縁に向かう。

 縁から上がる――すると、ヴィーネが向こうから走ってきた。

 片手を上げて、ハイタッチとは行かず――。

 走るヴィーネは必死な顔色だ。

 <血魔力>を全開にしたヴィーネさんだ。


 紅色を基調とした衣装が似合うヴィーネ。

 豊かな胸元を隠す鎧の表面の黄色と紫色の模様がエッチなマークに見えてしまった。


 彼女から、俺は胸に肩タックルを喰らうように抱きつかれた――。

 暗緑色のハルホンクの薄着に彼女の温もりを感じ取る。


「――強烈なおかえりだな」

「はい!」


 と、笑みを浮かべるヴィーネ。

 長耳ちゃんをツンツクしたくなったが、しない。


「教団セシードからもらった箱ってのは」

「あ、これです」


 ヴィーネはアイテムボックスから箱を取り出す。

 虎の絵柄が刻まれている。


「にゃおお~」


 相棒も膝に頭部を寄せてくる。

 はは、と笑った。ヴィーネも微笑みながら相棒を見て離れた。

 俺は相棒の頭部から耳元を弄りながら、


「これが神虎か……」

「ンン、にゃお~」

「ロロ、箱を開けてほしいんだな」

「にゃ」

「待ってろ」


 虎のマークの金具を外すか。

 背後から、皆も集まってきた。

 ヴィーネはビアの新しい大蛇龍ガスノンドロロクンの剣を凝視。

 俺の肩の竜頭金属甲ハルホンクは顎を上下させて開閉をくり返す。

 歯牙を衝突させてガチガチと音を立てていた。

 ヴィーネはその音に気づいて、「ご主人様、もしや……」と、呟いた。


「そうだ。ハルホンクが一時的に復活した。このシャドウストライクを欲しがっている。ビアが持つ武器は、大蛇龍ガスノンドロロクンの剣。詳しくは、ビアと、蛇人族ラミアの新しい仲間のヴェハノから聞いてくれ。ママニは補足か、周囲のリザードマンの気配を探れ」

「はい――」

「ンン――」


 下の相棒は、片足を上げて、肉球を見せて、『早く、神虎の箱を開けろにゃ』と催促してきた。

 前足で甘えるように、爪の出し入れを行う。

 臭い肉球の溝を触りつつ揉み揉みしたいが、箱を開けてみるか。


『ングゥゥィィ』

『この神虎は喰わせないぞ?』

『剣ディィ、カチカチヒカル、ノ、喉ツマル……ゾォイ』

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