五百九十四話 フィナプルスの夜会

 かなり奥行きのある地下部屋が新たに生まれた。

 皆、感嘆の声を出す。


「ここは、魔法の実験場。魔練場でもありますが……魔結界主の部屋でもあるのです」

「……魔結界主は分からないが部屋の拡大か。空間に干渉できる魔道具とは分かる。もしや、この部屋自体・・・・が、魔術総武会の品なのですか?」


 ヴィーネが聞く。

 クナは真顔でヴィーネを睨む。


「ふふ、素晴らしい。初見で見破りましたか。魔法使いとしての才能も高く視点が鋭い。さすがは第一の<筆頭従者長選ばれし眷属>……」


 ヴィーネも地下と北方とで長い旅をしている。

 経験値はかなり高いからな……聡明だ。


「そんなお世辞はいい。質問に答えてください」

「うふ、女性の気の強さを感じる、鋭くて、いい視線……」


 クナのスカを食わす態度。

 ヴィーネは睨みを強める。

 クナは片方の眉をピクリと動かし、


「はいはい♪ この部屋が魔術総武会の魔道具。そこに魔迷宮の効果と、我傍の魔力と、触媒と、スキル効果などの相乗効果です。魔迷宮は我傍と関係しますが……」 

「我傍? オカオさんとヒョアンさんは?」

「オカオとヒョアンは、奥の部屋です。魔結界主が、〝我傍〟という名。繰り返しますが、その我傍の魔力と触媒に魔道具の力と、この魔迷宮の力が作用した、空間が、この実験場です」

「へぇ、転移陣のある研究室と繫がる魔法の実験場か。やけに広い」


 客人のルマルディさんも、


「魔術総武会の品を扱える技量を持つのですね。それにしても凄い……これほどの地下空間を一瞬で……」


 そうクナを褒めるルマルディさん。

 彼女の眼前の狭い範囲の宙が、わずかに、湾曲している。


 俺に〝同極の心格子〟を預けたルマルディさん。

 彼女の魔力は大きく減退している。


 弱点の心臓でもあると、彼女は述べたからな。


 それにもかかわらず……。

 魔力操作の技術は衰えない。

 むしろ、研ぎ澄まされている感覚を受けた。


 そして、素の魔力で……。

 魔眼を発動できる能力を有していることになる。 

 クナを褒めているルマルディさんも……。


 また、かなり優れた魔術師の一人だろう。

 もしかしたら、戦闘ではクナを上回るかもしれない。


「鑑定を弾く者の一人……クナは優れた魔術師だ」


 魔力量はたいして変化がないアルルカンの把神書の言葉だ。

 すると、ヘルメが、


「閣下、この魔迷宮は狭間ヴェイルが薄いです~」

「ンン、にゃ~」


 ヘルメと相棒が広い空間を楽しむように走る。


 華麗に走る常闇の水精霊ヘルメ。

 競泳水着風のコスチューム。

 ボリューム感の強い張りのある巨乳さんを包む。


 そのコスチュームの上に羽織る半透明の羽衣から水飛沫が出ていた。

 キサラもそうだが……。

 あの魔法の羽衣は仙女を彷彿とさせる。


 素材は煌びやかな雲かまたは液体か。

 そんな羽衣の端からも迸る水飛沫。

 黝色と蒼色の長髪からも水飛沫が放出。


 ヘルメは自らの水飛沫を全身に浴びる。


 精霊のリサナも桃色の美しい髪を持つが……。

 正直ヘルメのほうが美しい髪かもしれない。


 水が反射し様々な彩りを宿す綺麗な長髪が、半透明の羽衣の表面を撫でるように靡く。 

 その宝石染みた長髪には可愛らしい水滴の髪飾りもある。


 髪飾りは、自身が出した水飛沫を浴びる度に輝く。

 水飛沫は黝色と蒼色に岩群青色のピクミン風。

 その水飛沫が、振動を起こし、爆発するように弾けた。


 弾けたところに出現したのは、小さい手?

 いや、すぐに、その手は小さいヴェニューを模ると、本当にヴェニューに変化した。


 それらの誕生したヴェニューたち。

 気合いを入れるようなポーズを取る。


「えいえい~」

「お~」


 元亜神のゴルっちより小さい妖精たち。

 闇蒼霊手ヴェニュー軍団だ。


 小さい手に七福神が持つようなアイテムを持つ。

 一匹、二匹の色違いのヴェニューは一対の赤色の短い魔槍を持つ。


 魔鯛を勢いよく振る、

 俺に挨拶するヴェニューも居た。


『……ひぃ』


 サラテンの悲鳴が左腕から響いてきたが無視だ。

 すると、走っている相棒の速度が増した。


「ンン」


 口を広げた黒豹ロロ

 やや興奮気味の喉声だ。

 黒豹としての膂力あるストライド。 

 ヘルメを追いかけていく。

 相棒の目的は、ヘルメってより、あのヴェニューたちか?

 いや、ヘルメから出る水飛沫のほうか。


 黒豹ロロは、ヘルメが出す水飛沫に飛び掛かる。

 水飛沫を食べる。

 口の中に入れていく。

 その黒豹ロロが食べた水飛沫の中には……。


 ヴェニューたちが泳いでいる。

 黒豹ロロは構わず水分補給を続けた。

 さながら、スーパーボールを追う猫だな。


 そんな遊びに夢中の黒豹ロロさん。


 あ――。

 すってんころりん。


 黒豹ロロは足を滑らせて見事に転ぶ。


「ふふ、可愛いですが、珍しいですね」

「ん、珍しい。ロロちゃんがこけた」


 確かに足は滑らせることがあったが、転けることはあまりない。

 助けて起こそうとしたが、必要なかった。


 相棒はヘルメの指先から出た<珠瑠の紐>で助け起こされている。


「神獣様は水玉をあめ玉だと思ったのでしょうか」

「ん、地面がすべすべしているのかも」


 びしょ濡れ状態で、起きた黒豹ロロ

 その場で、ヘルメに向けて頭部を上向かせて、


「ンンン、にゃおぉぉ~」


 吠えるような鳴き声を出した。

 体を左右に揺らす相棒。


 体毛に付着した水分を飛ばしていた。


「神獣様とヘルメ様~、中央の窪みと手前の石塔には触らないでくださいね~。また違ったモノがありますので」


 と、しゃべるクナ。

 俺はフィナプルスの夜会を試すつもりだが……。

 クナのあの口調だと、この魔法の実験場と呼んだ広い空間にも、何かあるのか。


 俺たちは……。

 そのクナの背中越しにヘルメと相棒が遊ぶ広い空間を進む。


 すると、エヴァとヴィーネが左の壁際に向かう。

 にこやかに、エヴァと語るヴィーネだ。

 そのヴィーネは、銀色の髪を両手で一つに纏めてポニーテールに変えていた。


 色っぽい女性の仕草だ。

 すると「ふふ――」と、楽しげな声を上げたユイが、俺の手を掴む。


 そのまま俺の顔を覗くように、自身の頭部を傾けて、


「シュウヤの手をもらった」

「はは、もらえもらえ~」


 そう言いながら、ユイの手をぎゅっと握った!

 ユイも微笑んで応えてくれる。


 可愛いユイ……手を握り合う。

 不思議とユイの心と俺の心が繋がった気がした。

 手のひらから伝わる暖かさとは違う。

 胸の奥から、じんわりとした、優しさの塊のような、温かく掛け替えのない気持ちを得られた。


 手を握るユイに、


「ユイの手は、こぶりだな」


 訓練でできた胼胝が掌に残っていることは言わない。


「うん。この手は、母ゆずり」

「サキお母さんか。ユイと似ているなら美人だったんだろう」

「そう! 覚えててくれたのね、母の名前」

「昔から記憶力には自信がある。さ、俺たちも壁際を歩こう」

「うん」


 ユイは俺の腕に頬を寄せて、抱きつく。

 彼女の胸の柔らかさを二の腕辺りに得た。


 鼻の下が伸びている自信がある俺だ。

 が、そんな俺を、じろっと見ているルマルディさん。


 そのルマルディさんと、視線が合うと……。


 悲しそうな顔つきを浮かべていた。

 そんな彼女にかける言葉は見つからない。

 だが、装備していた同極の心格子ブレスレットを見せると、パッと明るい表情となる。


 頬を赤くしているルマルディさん。

 微笑んでくれた。


 しかし、アルルカンの把神書は片目を出現させる。

 いや、怒っていなかった。

 目を細めていた。


 そのルマルディさんは、アルルカンの把神書を撫でてから、フォローに来たエヴァと話をしながら壁に向かう。


 その壁は、スケルトン。

 内部が透けている。

 その透けた壁の中は、土もあるが……。

 生き物らしきモノが泳いでいる。


 壁だから、あくまでも、らしきモノだ。

 不思議な魔力を宿した魚らしきモノたちが棲んでいた。


「ん、ここは広いし、壁も透けてるし、普通じゃない! 魔法の印が刻まれているところもある」

「……アルコーブの窪みに何かの小さい像が嵌まっています。透けた壁と連動しているのでしょうか」

「魔女と戦ったことは数度ありますが……その秘奥は仲間でさえ、あまり見せることをしないことが常。その一部をシュウヤ様だけでなく、わたしたちに見せるクナさん。……先ほどの、貴女を疑う無礼な態度が、わたしは恥ずかしい」

「キサラさん、先の言葉と同じですが、気になさらず」

「はい」


 ユイは壁の造形と魔法にあまり興味を示さず、俺を見ている。

 黒色の瞳と視線が合うと、ユイは、手の握りを強めてきた。


 黒色の瞳は微かに揺れている。

 微笑む、その仕草と表情だけで、愛が伝わってきた。


 桃色の小さい唇に、キスをしたくなった。


「クナさん、この壁に棲むモノと地形が拡大する技術は〝エセル魔熱土溶解〟でしょうか?」


 ルマルディさんが、クナにそう未知の言葉を出して、聞いていた。

 すると、ふふっと色っぽい声を漏らしつつ振り返ったクナ。


 よくぞ、聞いてくれました!

 といった顔つきだ。


「――その通り、もう一つ〝魔融の連魚結〟もあります!」

「最後の魚のアイテムか技術の名は、分かりません。しかし、エセル界の技術情報が漏れているとは驚きです。先の我傍という者と関係が?」

「我傍はともかく、そのエセル界の技術情報が漏れているとは、〝エセル魔熱土溶解〟のことか?」


 ルマルディさんは、『そうよ』と頷く。


「うふ、そこは、わたしの情報収集能力を褒めてくださいな♪ と、自慢したいですが、単にセナアプアに【魔塔アッセルバインド】の知り合いが居るだけなんですよ。我傍の魔力はこの部屋自体なので、【魔塔アッセルバインド】関係とは、またちょっと違います」

「【魔塔アッセルバインド】? 傭兵は有名だな。しかし、あの小さい商会に、エセル界の技術を持つ者が居たとは、しらなんだ……」


 そう語るのはアルルカンの把神書。

 エセル界の技術を持つ人物なら、粗方知っている喋りっぷり。


 ルマルディさんは、そのアルルカンの把神書の古びた口調を聞いて、同意するように頷く。


 そして、口を動かした。


「わたしも魔塔の傭兵は聞いたことがあります。少数精鋭で仕事ができると評判でした」


 少数精鋭か。

 【銀の不死鳥】を率いていたレイ・ジャックたちを思い浮かべる。


「魔塔アッセルバインドの規模は小さいですが、優秀な商会の一つ。中でも、配下の【流剣】の二人組と【銀死金死】の女エルフ傭兵は【白鯨の血長耳】の幹部たちと渡り合える実力を持ちますから、昔は、よく取り引きに利用していましたよ」


 小さい商会ってより、魔塔アッセルバインドは、独立した闇ギルドか?

 しかし、闇のリストは違うらしい。

 そのクナの言葉を聞いていたエヴァが、少しだけ動揺を示す。


 紫色の双眸を俺に向けてきた。

 が、俺に向けて言葉は発さなかった。


 俺はクナにアイコンタクトをしてから、ルマルディさんに向け、


「ルマルディさん、そのエセル界に繋がることで、聞きたいことがある」

「何でしょう」

「……白鯨の血長耳とは、どんな関係なんだ?」

「競争相手の一つ。厳密に言えば……殺し合う・・・・関係かな」

「……そっか」


 【天凜の月】の名は、まだ言わないほうが無難か。


「……血長耳は、セナアプアの裏社会を牛耳る闇ギルド。わたしが所属していた【円空】を持つ評議員ヒューゴ・クアレスマ様と、何回も揉め事を起こしていた」

「要は、腐れ縁の一つってことだ。あの怪物、化け物エルフめが……」


 アルルカンの把神書も補足した。


 こりゃ……ルマルディさんと、レザライサの間には、何か、あるな……。

 俺は、クナに向けて、顎を動かした。


 クナは、しずしずとした動作で頷く。


「当時、魔塔アッセルバインドの事務所は下層のセーフハウスの近くでしたので、わたしの転移陣を貸したこともありましたよ」


 セナアプアの下層にも転移陣があるのか。

 驚いたルマルディさんは、


「このような施設が、そのセナアプアにもあると? ここからも、セナアプアに転移が可能なのですか?」


 と、聞く。


「いえ、さすがにここからセナアプアへの転移には無理があります。レフテン王国のコムテズ男爵領にあるセーフハウスならば、可能です」

「ん、クナ。セーフハウスは全部でいくつ残っているの?」

「分身体が弄っていなければ、エルンストに向かう転移陣の数を含みます……と、三十は残っているはず……」

「ん、凄い!」


 エヴァが興奮。

 ヴィーネとユイも驚いている。

 キサラは、


「ゴルディクス大砂漠にも転移陣が?」

「まだ残っているか不明ですが、ラド峠の地下にある小さい転移陣が残っていれば可能かと」

「……魔法ギルドが撤退したヘカトレイルに、一人で転移陣を設置した優秀な魔術師が存在するとは、噂で聞いたことがありましたが……」

「冒険者としても活動していましたから、ね♪ ウフフ」


 と、皆を魅了するように、ウィンクを繰り出すクナ。

 精神耐性のない冒険者たちが、コロリと墜ちるのも頷ける。


 今も、紋章魔法陣黒の牢獄ブラックプリズンに閉じ込められている冒険者が居るのだろうか。


「その魔眼は……星惑か。俺の鑑定を弾く魔女の類いだ。そして、散らかった部屋に〝旭ノ魔拳抄〟と〝徒然の魔女リアウルゴンの物語〟といった貴重な本が、ゴミのように転がっていた理由でもある。無数の錬金素材に魔道具を融合させることが出来る希有な女魔術師なのだな」


 そうクナを褒め称えるアルルカンの把神書。

 散らかった部屋にあったアイテムを隅々まで分析していたようだ。


 そのアルルカンの把神書の表面には片目が浮かぶ。


 キサラが、


「天魔女功を知っているクナさんですから、当然かと」


 そう褒めると、クナは真面目な表情を浮かべ、


「ありがとう。キサラさんも大恩人です。治療のため、シュウヤ様に師事をしてくれたキサラさんが居たからこそ、今のわたしがある」


 と、発言してから丁寧に頭を下げた。


 キサラも恥ずかしそうに応えた。

 互いに頭を上げ笑顔を見せる。


 微笑ましい雰囲気となった。

 そして、優しい雰囲気を出すクナは、


「では、シュウヤ様、そのフィナプルスの夜会をお試しになるのなら、中央部に行きましょう。そこで、また違った仕掛けがありますので……」

「仕掛けか、ただの実験場ではないんだな」

「はい、この実験場は、魔力の流れが少し違う。先ほどの話と通じていますが、その理由も複数あるんですよ。では、先に行きますね」

「分かった」


 クナは妖艶な笑みを浮かべたまま身を翻す。

 月霊樹の大杖に魔力が灯っていた。


「部外者のわたしが見ても、いいのでしょうか」


 ルマルディさんはフィナプルスの夜会をチラリと見て、そう聞いてくる。


「いい。観察に挑戦したかったら、ご自由に……」


 俺はそのタイミングで双眸に力を込めて、


「だが、アルルカンの把神書。火は出すなよ?」


 そう威圧を意識して語った。

 すると、アルルカンの把神書の表紙に浮かんでいた片目が、怪しくぶれる。

 小声で呪文めいた低音が聞こえると、その片目が、瞬く。


 刹那、炎の燃え滓のようなモノを散らしながら片目が消えた。

 震動しているアルルカンの把神書が、


「……分かっている。大人しく見学しといてやろう」


 と、偉そうに発言。

 ルマルディさんは、そのアルルカンの把神書を叩く。


 そして、素早く俺に視線を寄越す。

 ニコッと笑顔を浮かべてから、頭を下げていた。


「すみません」

「かまわんさ。俺も戦うことが好きだ。アルルカンの把神書の乱暴なほうが合う」

「……クククッ」


 アルルカンの把神書から響く低音の嗤い声。

 ルマルディさんは眉をひそめた。

 嗤うアルルカンの把神書を叩く。


 そのルマルディさんの金色の眉の片方は薄い?

 あ、薄いのは、傷か。その傷は銀色の星印のようだ。


 魔力を内包しているから、あれも魔印なんだろうか。

 しかし、魅力的な蒼い目だなぁ。


 すると、ユイが、


「クナは、このガルモデウスの書を使うように言っていたけれど、そのフィナプルスの夜会を写し取るってことなのかな」

「どうだろう。中央にも仕掛けがあるようだし、謎だ」

「うん。でも、わくわくする」

「はは、確かに、あの石塔と窪んだ部分は怪しい」


 古代の遺跡のような雰囲気がある石畳。

 手前に小さい石塔と円状の窪みがある。


 クナとロロディーヌにヘルメは石塔に近づいていた。

 エヴァが振り返って、『ん、早く!』と、腕を振る。


 ルマルディさんは、エヴァたちに歩み寄りながら、両腕に魔力を集めていた。

 胸元でも、魔力を巡らせている。


「ん、片目が変わった」


 と、エヴァに指摘を受けたルマルディさん。

 俺からは見えないが、何か観察するための魔法を実行中か。


 そんな皆の下に、俺たちも到着。

 魔界の書物を持ち上げながら、


「このフィナプルスの夜会を試す、皆、準備はいいな?」


 と、発言。

 その直後、アルルカンの把神書が開く。


 風でも受けているように、ひらひらと頁が捲られていく。

 そのたびに立体的な生物のようなモノが、紙の上にアニメーションで表現されていく。


「アルルカンの把神書……無駄だと思うけど」


 クナがそう発言。


「クナ、わたしのガルモデウスの書も?」

「あ、それをこちらの――」


 クナが石塔の天辺を触ると、石塔ごと窪みが急回転。

 その窪みに胡座をかいたミイラ化した者が出現した。


 涅槃の大僧正ってイメージだ。


「うあ」

「ん!?」

「……驚きです」


 俺も驚いた。


 胡座の下には、石の盆もある。

 その盆の上に古びた金属の独鈷があった。


 チベット仏教風の法具?


「これは……」

「名は魔結界主【我傍】。魔迷宮の養分として吸われ続けていた方。我傍のすべてを魔迷宮に吸い尽くされる前に、わたくしが、この特別な時空属性の部屋に閉じ込める形で、救えました。そして、この我傍は自らの力でミイラ化している。まだ魔封じの力があるように、かろうじて魂は残っているのです」

「ん、このミイラの状態で、まだ生きてるの? 吸血鬼?」

「どうでしょう……吸血鬼の力はありそうですが、判断は難しい」

「その下の武器のようなアイテムは?」

「砂漠地方にありそうな霊宝武器は、どんな効果か不明です。が、シュウヤ様ならば、触れることも可能だと思います。扱えるかもしれません」

「それは普通ならば、触れることもできないと?」


 俺の言葉を聞いたクナは、アルルカンの把神書をチラッと見る。

 アルルカンの把神書と同じく、その霊宝とやらも、意識を持つ?


 特殊な独鈷なのか?

 そのクナが、


「……普通では弾かれますし、魔力を吸われて死にますので」

「試したことがあるのか」

「グフフ、勿論です♪ その時は、死にかけちゃいました」


 そう遊楽風な体験をしたように語るが、死にかけたって……。

 よほどの代物だな。


「霊宝は、そのミイラ化している我傍が使っていたからでは?」


 と、ヴィーネが聞いていた。


「たぶん、そうだと思います。何分我傍はわたしより古い。サビードなら何か知っているはずですが、もうコンタクトは取れません。取ったら戦うことになりますから」

「……魔封じの力を扱う者なら知っています」


 キサラがそう発言。

 皆が注視した。


「砂漠地方か?」

「はい、【八百比丘尼】と【阿毘】に使い手が多かった。三紗理連盟の闇ギルドに所属する幹部の武人たちです」


 キサラがそう語る。

 ミイラ化とその名前から、武闘派の僧侶とか?


「霊宝は、ともかくとして、フィナプルスの夜会に、この我傍の魔封じの力を利用するのですね」

「はい」


 ヴィーネの問いにクナが返事をした直後、ユイが、


「で、このガルモデウスの書に魔力を込めていいの?」


 と聞いていた。


「まだです。シュウヤ様がフィナプルスの夜会に魔力を込めて……何かが、起きてから、この魔封じの結界主さんの体に、ガルモデウスの書を展開してください」

「分かった」


 ユイは意味でもあるように、目配せする。

 俺も彼女の感情を探りつつ頷いた。


「シュウヤ様がフィナプルスの夜会に魔力を込め次第……わたしも、この〝逆絵魔ノ霓〟を用いて、わたしの魔力・・・・・・を、フィナプルスの夜会とガルモデウスの書へと、同時に送ります」


 クナは魔力の部分で、意味があるニュアンスで喋る。


 ルマルディさんは、一歩、二歩と後退した。

 この場の異様な雰囲気を感じていたのか。


「……防御術式・<影鮫油>」


 ルマルディさんはそう呟く。

 スラリと長い足から黒っぽい筋模様が全身を巡るように走る。

 更に、アルルカンの把神書も魔力を微かに発した。


 すると、アルルカンの把神書の、表紙の一部が、ぱっくりと裂ける。

 ぱっくりと小さく裂けた部分は口のような形だ。


 その小さい口から、金色の小さい鮫たちが次々と出現。

 金色の小さい鮫たちは、ルマルディさんの黒色の筋模様が入った衣装のところどころに付着。


 金色の鮫は簡易的なチェーンメイルを作ったように変わった。

 衣装のアクセサリーにも見える。


 面白い防御魔法かスキルだ。


「閣下、左目に入りますか?」

「いや、相棒と共に見ていてくれ」

「ンン、にゃ~」

「分かりました」


 相棒とヘルメは俺の近くに来たアルルカンの把神書に並ぶ。


 その横に居るクナが、


「そのフィナプルスの夜会を使う前に……」

「何だ?」

「はい、フィナプルスの夜会は、呪いの品ではないのに、鑑定を弾きました。その事実は重要です……」

「魔界四九三書でしょ?」

「そう。使いこなせれば有能な魔界の魔術書だとは思いますが、魔王の楽譜のようなモノかもしれない。だとしたら、どのような危険なことになるのか……」

「魔王の楽譜……魔界に通じる傷場で使う予定の楽譜ですよね?」

「はい」

「……クナがそう不安がると、わたしも不安になる」

「……」


 俺は、ミイラの我傍の力が宿るこの部屋を見ながら、


「クナ、危険は危険だが、ある程度の推測の元で動いているのだろう?」

「……その通り。準備はできています」

「なら、やろうか。フィナプルスの夜会を使いこなす」

「ンン、にゃ~」

「ん、もしもの時は<念導力>でシュウヤを守る」

「ガルモデウスの書はすぐに使うから」

「ご主人様……」

「正直、心配です」

「ヴィーネもキサラも心配するな」

「……はい」


 ヴィーネは嫌な予感でもあるようだな。

 俺もあるが、何事も体感して得られるものがある。


「……魔界のモンスターが出た場合は、対処します」


 キサラだ。

 ダモアヌンの魔槍の穂先をフィナプルスの夜会に向けている。


「頼む――」


 俺は王牌十字槍ヴェクサードを地面に刺す。

 そこで、間をあけてから、


「相棒、もしもの時は、皆を頼む」

「……にゃ」


 黒豹ロロは、珍しく不安そうな声を出す。

 俺は安心させるように笑顔を向けつつ、


「よーし、この魔界の書物! フィナプルスの夜会に魔力を込める!」


 気合いを込めて宣言。


 フィナプルスの夜会に魔力を送る。


 その直後――。

 フィナプルスの夜会が極端に重くなった。


 が、すぐに軽く、いや、俺の手元から離れて浮く。

 頭上に浮かぶフィナプルスの夜会からキラキラと輝く流砂的なモノを内包した漆黒色の粘液が溢れ出る。


 輝く漆黒色の粘液は、巨大な漆黒色の片手を模った。

 その巨大な手は、皆が反応できない速度で俺を包む――。


 <血道第三・開門>――。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動――。 

 同時に<脳脊魔速切り札>を発動。


 だが、巨大な手の拡大速度は尋常じゃない速度だ。

 俺の切り札の速度を超えてきた。避けることはできない。

 ならば、受ける。そのつもりで魔力を全身から発した。

 すると、巨大な手は粘液状に変化しつつ魔力を発した俺を避ける。


 ――いや、避けたというより単に俺を囲うだけか。

 輝きを発した漆黒色の粘液は、俺に触れず、俺を囲うように湾曲しながら外側をぐるりと回る。


 刹那、視界が真っ暗となった。

 いや、遠くに明かりが、宇宙か?

 三百六十度が宇宙的な真っ黒い空間となった。


 遠くに銀河団らしきモノが見える……。


 ――足下がスカスカ、落下した感覚はないが怖い。

 皆の感覚も消える。


 バチバチといった音が激しく鳴り響いた。 

 右腕に装備していたブレスレット同極の心格子が光る。

 同時に真上の、宇宙的な空間から女性の悲鳴が響いた。


 刹那、その悲鳴が響いた真上の空間に亀裂が入る……。


 宙に亀裂という……。

 何度か見たことのある亀裂だ。

 その亀裂から、


「にゃごぁ~」


 と、黒猫ロロだ!

 その相棒を乗せたアルルカンの把神書と、血塗れの片腕が現れた。


 ――亀裂はすぐに閉じた。


 アルルカンの把神書の表面に、浮かぶ片目は黒猫ロロに噛みつかれている。


 しかし、血塗れの片腕が握っているのは、魔法書?

 あの形、ガルモデウスの書か!

 え? あの血塗れの細い片腕は、手は……見たことがある……。


 ……ユイの片腕だ。

 母ゆずりと楽しそうに語っていた……ユイの片手……


 ユイは大丈夫なのか? 皆は……。

 ……一瞬、過呼吸気味になった……落ち着け、俺……。


 とりあえず、相棒だ。


「ロロ!」

「ンン、にゃぁぁぁ」


 相棒が珍しく高い声で鳴く。

 相棒を乗せているアルルカンの把神書が下降してきた。

 近づいたアルルカンの把神書が、


「……よう、シュウヤ。俺を扱うとは生意気だな?」


 と、聞いてきた。


「扱う気はないが……」

「ンン、にゃ」


 相棒が肩に乗ってくる。触手を俺の首に当てながら、小さい頭部を俺の頬に当てて髭がとれる勢いで擦ってきた。


 黒猫ロロは俺に甘えながら……


『いた』『あんしん』『しんぱい』『あいしん』『だいすき』『いた』『きえた』『たべた』『たべられた』『たべた』『すき』


 気持ちを伝えてきた。相棒のぬくもりを感じていると、血塗れのユイの片腕も降りてくる。ユイ……そのユイの片腕から離れた血が浮く。

 血文字らしき、欠片の血文字が、薄らと浮かぶ。

 こんな薄く欠けた血文字は初めてだ。


『シ……………す……、助……か…、……に………、……し…ち……、大…夫……ら、ガル……』


 読めないが、なんとなく分かる。嫌な予感――。

 その予感はビンゴ……。


 血文字を送るが、皆の血文字が返ってこない……。


 すると、さっとした涼しい風を肌に感じた直後――。

 周囲の宇宙的な膜めいたモノが消失。

 本当の夜空となった。足下に祭壇? 風が土の匂いを運ぶ。

 見知らぬ世界が、眼前に広がった。

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