五百九十五話 魔界四九三書の異世界

 ユイの血文字が消えた。

 そのユイの片腕は意識でもあるように旋回。

 周囲を偵察するように回っている。

 ユイが遠隔操作でも実行しているのか?

 それともユイの手が握るガルモデウスの書の魔法だろうか。

 ガルモデウスの書は複数の魔力を帯びている。


 クナも二つ同時に魔力を込めると語っていた。


 しかし、星々が綺麗な夜だ。


 星の位置が惑星セラと違う。

 夢? 幻影?

 いや、<血魔力>を出せるし……。

 頬を抓る……痛い。


 とりあえず、今は空より、このお立ち台のような足下の盆か。


「神獣! 俺を踏み台にするとは……それにしても、目が痛かった」

「にゃ~」


 相棒の声にびびったアルルカンの把神書の小声が聞こえた。

 その愚痴めいた言葉を耳にしながら……。


 位置を把握……。

 ここは標高が高い――。

 近くで土煙がもうもうと立ちこめている。

 巨大な何かが動くのが見えた。

 戦場でもあるのか?


 そして、俺が立つところは……。

 五重の塔のような建物。

 その建物の頂点の位置か。

 しかも、真下の小さい蓮型の盆は生贄台ときたもんだ。 


 その小さい蓮型の盆の中心に横たわっている少女の裸体がある。


「ンン――」


 肩に居た相棒がその盆に降りた。

 目を瞑る少女の頬に肉球タッチをしている。


 俺も盆に降りた――。

 風を股間に受け金玉がきゅっとなったが無事に着地。


 同時に血の臭いを感じ取る。

 少女の腹に短剣が刺さっていた。

 片膝を盆につけ少女の首にそっと指を当てた――。


 ……脈はある。

 よかった、生きている。


 腹から脇腹にかけて、斑点模様の傷と腫瘍めいた吹き出物があった。

 構わず腹から短剣を引き抜いた。

 しかし、ふざけやがって女の子の腹に刃物を刺すなよ。

 くそが――。

 素早く無詠唱で上級:水属性の《水癒ウォーター・キュア》を発動した。


 魔法は無事に発動。

 水球の周りを水の龍がとぐろを巻く。

 その水球が少女に衝突する勢いで向かう。


 いかん、怒りのあまり水の攻撃になってしまう。

 すぐに《水流操作ウォーター・コントロール》で《水癒ウォーター・キュア》を操作。

 水飛沫のシャワーにした《水癒ウォーター・キュア》を少女の裸体にかけていく。


 少女の腹の傷は塞がった。

 魔法が使えるなら、ここは惑星セラと同じ次元宇宙の違う惑星なのか?

 それとも魔界セブドラか? 


 どちらでもなく、フィナプルスの夜会の中だとは思うが……。


 ユイの片腕も降りてきた。

 アルルカンの把神書の側で浮遊している。


「アルルカン。想像はつくが、ユイはなぜ片腕を犠牲にした」

「ユイという眷属が速かっただけじゃねぇか?」

「詳しく説明してくれ」

「……ユイは、その腕が握るガルモデウスの書をシュウヤに届けることだけを意識していたような動きだった」

「だからか。ロロがアルルカンに乗っていた理由は?」

「にゃ~」


 前足を上げる相棒。


「その肩の神獣が俺に乗った直後、俺に爪を立て目を噛んで咥えて俺を操作しやがった。そのまま俺を操縦した神獣は、シュウヤがフィナプルスの夜会に吸い込まれた亀裂の中に飛び込んだんだよ。お前を助けるためにな!」

「……あの閉じた亀裂か」

「そう言うこった。時空間の歪みを感じたが、俺の力と神獣の力に、シュウヤの眷属の血肉と……気にくわねぇが、ルマルディの同極の心格子が機能したお陰で、ここに誘導を受けたようだ」


 皆のお陰か、ありがとう皆。


「……しかし、腕は再生するから大丈夫と分かるが……ユイめ、無茶しやがって」

「そのユイのお陰で、いや、皆のお陰で、選択肢ができたのだ。感謝すべきだろう」

「当然、感謝はしている。しかし、選択肢? ガルモデウスの書のことか?」

「そうだ……皆の魔力が込められたガルモデウスの書は、我傍の力も内包している。このフィナプルスの夜会に干渉し続けているのだ」

「へぇ」

「だから、そのユイの片腕にシュウヤが魔力を込めたら元の世界に帰れるはずだ」


 アルルカンの把神書は目から妖光を発した。

 妖光はユイが握っているガルモデウスの書に当たる。

 すると、ガルモデウスの書の表面が変化。

 光り輝くルシヴァルの紋章樹に魔力が絡みつく幾何学模様が出現した。


 皆の光り輝く魔力が渦を巻いている。


「……光魔の力か。すぐに戻れるのか?」

「うむ」

「にゃお~」


 肩に戻ってきた相棒。

 アルルカンの把神書に同意するように、俺の肩をぽんぽこぽんと、叩く。


 戻れるのか。安心した。

 ヘルメも居ないし。


「選択肢とは?」

「この異世界を作り出している神と等しい存在のフィナプルスの夜会と本契約をする。それが、お前が偉そうに宣言していた、使いこなすってやつだ。クククッ」


 嗤うアルルカンの把神書。


「魔界四九三書の一つは、神か……腹を刺されていた横たわっていた女の子もフィナプルスが作ったとでもいうのか?」

「そんなことはわからねぇ。だが、可能性はある」

「可能性か」

「または、一つの異世界を内包した魔書なのかもしれない」

「……魔書の中に大容量の量子コンピュータでもあるのかよ……」


 宇宙が一つの本の中にあるとか、とんでもない。


「……ふむ。りょうしこんぴゅーた? わからねぇ」

「アルルカンの言った一つ異世界が入った魔書のことと、同じだよ。ただ、もし、そうなら、なぜ、名前がフィナプルスの夜会なんだろうか」

「異世界の中に棲む〝フィナプルスの夜会〟という名の何かが……この異世界を内包する魔書の表紙から、外に出ようとした結果……鑑定に、そのフィナプルスの夜会という名が出たのかもしれない」


 アルルカンの把神書はそう語る。


「異世界を内包した魔書か……フィナプルスの夜会という名は、その中に棲む力のあるモンスターに過ぎないかもしれないと?」

「そうだ。あくまでも、先の可能性と同じく、一つの推論にすぎんがな」

「モンスターの名かは分からないが、その一つの異世界を内包した魔書の可能性は高いと思う」

「ふむ。ともかくだ。当初の臭いから異質だったんだ! あの高飛車なルマルディも、お前を見た一瞬で、恋に落ちてしまうし」

「最初に接触してきたのは、ルマルディさんとアルルカンの把神書だろう?」

「そうなのだ。俺の責任でもある。すまなんだ、今日は濃密すぎる……戦いの連続に連続で、また連続で、この異世界に、あぁぁぁ……」


 アルルカンの把神書が鳴いた。

 もとい、泣いた。


「にゃお~」


 優しい黒猫ロロだ。

 触手の先端を、丸い黒豆のような形に変えていた。

 優しくアルルカンの把神書を撫でている。

 アルルカンの把神書は震えていたが、

 少しだけ、その黒猫ロロの触手に合うように形を変えている。


 肉球の感触を楽しんでいる?

 ま、あの柔らかさと臭いを味わったら、忘れることはできないだろう。


「……とんでもない魔書ってことだ。で、素直に帰るにしてもな……」

「ただでは帰れないってか?」


 アルルカンの把神書が聞いてくる。


「そうだよ。ユイは痛い思いをしているんだからな。俺もチャンスは生かさせてもらう」

「……ふむ。いい面構えだ。このフィナプルスの夜会に、いや、この世界に挑戦する気か……。いいだろう。俺も協力しよう――」


 ユイの片腕も、アルルカンの把神書と同じ気持ちなのか?

 ユイが遠隔操作しているように、旋回中。

 そして、アルルカンの把神書は黒猫ロロに慰められて嬉しかったのか、書物の横の部分が肉球のマークに変わっていた。

 面白い奴だ。

 アルルカンの把神書も、ユイの片腕の近くで旋回。

 そして、すぐに戻ってくる。


「……高度な術には、巧妙に弱点が隠されていると聞くが……分からん」


 そう報告したあとも、アルルカンの把神書は急回転。

 周囲の分析を続けていく。


「……解析は無理だ。少し先で、巨大なモンスターか不明だが、戦争のような激しい戦いが起きているぐらいしか分からねぇ」


 と、早々に諦めるアルルカンの把神書。


 戦いか……。

 足下で、寝ている少女は可愛い。


 そのまま建物の下のほうを見ると……。

 焚き火の明かりが見えた。


 その明かりが、祭壇を囲うような集団を晒し照らす――。

 黒頭巾に黒ローブを着た集団。

 手前には、杖を掲げた魔法使いたちが、俺たちの立つ祭壇に向けて魔力を放っている。


「アルルカン、あいつらはなんだ?」

「さあな……その寝ている子供を生贄にした連中だろう」

「なら……下に降りてみるか」


 ――少女を肩に担ぐ。

 蓮型の盆から飛び降りた。

 ――<導想魔手>を足場に利用して、跳躍しながら下降。


 着地した。


「……おお 霊槍使いか! 成功だ!」

「ルエルの言うとおりだった! 霊槍使いの召喚に成功した!」


 黒頭巾と黒ローブを着た方々は、スケルトン系の種族だった。

 しかし、


「霊槍使い?」


 と、質問。


「「はい」」


 スケルトンだが、眼球、頬、顎、耳は普通の人族のように肉と皮膚がある。

 その他、ほぼほぼ骨という未知のスケルトン。


 墓掘り人のキースと少し似た種族。

 ハイ・ゾンビ集団と呼べばいいのか?


「だが、槍を持っていないし、生贄に捧げたアニュイル人を肩に担いでいるぞ? 猫も居る……」

「血塗れの片腕と魔術書も浮いているが……」

「とにかく、この霊魔神殿で行った儀式の召喚は成功した。これで、奇怪フィナプルスとアニュイル人どもを打ち倒せる!!」


 召喚は受けたつもりはないし……。

 なぜか、その奇怪フィナプルスとアニュイル人と戦うことが前提となっているが……。


 スケルトンの魔法使いのことを聞いてみるか。


「あのぅ、あなたたちは?」

「我らの霊槍使いよ! わたしたちはウェーズ・ドルライ会。世界を滅ぼす奇怪フィナプルスと、同じく世界の害悪であるアニュイル人たちを打倒するものです」


 世界を滅ぼす奇怪フィナプルス?

 世界の害悪アニュイル人?


 助けた少女の種族が害悪なのか?

 そうは思えないが……。

 視線的に、腹にある腫瘍のような病気のことを指摘しているのか?

 症状で害悪と決めつけたような一方的な勘違いの差別だとしたら、許せんが……。 


 いまいち、把握はできない……。


 ま、ここはフィナプルスの夜会という魔書の中だ。

 奇怪フィナプルスを打ち倒す霊槍使いの召喚が登場する物語ということで、納得しておくか。


 それら黒ローブを着たスケルトン集団の背後では……。

 本当に……そのウェーズ・ドルライ会と戦っている巨大なモンスターが存在した。


 アルルカンも言っていたが、あいつが奇怪フィナプルスか。


 多頭の個性ある蛇頭。

 鋼鉄の歯牙を持つドラゴンの顎。

 ゴーレムの湾曲したブロックとブロックが重なった岩の胴体。

 摩滅する辺りのブロックを繋ぐジョイント系の砂時計風の魔道具からフィラメントのような熱線めいた魔力が放射し、その下に淡い舗道の陰影を幾つも作る。

 更に、巨大なハリネズミのような骨針を擁した大きい翼。

 足はない、スカートのようなブロックがある。


 それらが組み合わさった超自然的存在を超えた凶悪な姿。


「あの戦っているモンスターが、奇怪フィナプルスですね?」

「はい、我らを救ってくだされ!」


 名は奇怪だが……。

 あのモンスターは、フィナプルスの夜会の大本だったりするのか?


 そのモンスターと戦っている他のグループも居る。

 額に角が生えているから、アニュイル人?

 戦士の格好をしている。


「戦っているルエルたちに連絡し――」


 と、今喋った魔法使いは、胸に骨牙が生えていた。

 背後からの攻撃の串刺し。

 尖った骨牙は、巨大モンスターの奇怪フィナプルスからではない。


 今の骨牙の攻撃は、アニュイル人の戦士だ。


「アニュイル人を滅する!」


 黒ローブを着た魔法使いたちが、その戦士風のアニュイル人に向け反撃に出る。

 生贄の少女を助けようとしたのか?


 火球と雷球といった魔法攻撃が、アニュイル人のグループの一部を吹き飛ばす。

 しかし、巨大なモンスターの奇怪フィナプルスの尻尾攻撃が、ウェーズ・ドルライ会を襲う。 

 魔法使いたちが、祭壇を守るためか不明だが……。宙に放っていた半透明の防御用魔法は、その強烈な圧力のある尻尾攻撃を喰らい崩壊した。


 地響きが凄い。 

 障害物を潰した奇怪フィナプルスは、尻尾を振るい回す。

 複数のウェーズ・ドルライ会のメンバーは薙ぎ倒されて吹き飛んでいた。

 一部のスケルトンの方々こと、ウェーズ・ドルライ会のメンバーは地面ごと陥没。


 スケルトンだから骨と肉だけだが、悲惨だ。

 更に、奇怪フィナプルスは、


「ガァァァァァ」


 と、咆哮――。

 アニュイル人の戦士の一団にも、翼から生えた巨大な骨針を飛ばす。

 アニュイル人の戦士の方々は、ランスのような大きさの骨針を受けて、串刺しとなった。


 アニュイル人の方々のほうが、悲惨だ。

 血肉がぐちゃぐちゃだ。

 地面にただの肉として縫われていく。

 アニュイル人のほうは、血液を持つ種族だからな……。


 まさに、屍山血河。


 血の海と化してウェーズ・ドルライ会のメンバーと同じく潰れるように死んでいく。


 更に、ギリシア神話のヒドラを彷彿する蛇と似た多頭の口が広がる。

 頭部は蛇だが、口は竜の顎か――。

 そんな口から粘液状の臭そうな息が吐き出された。


 アニュイル人の戦士団は、粘液を浴びる。


「ぎゃぁぁぁぁ」


 粘液に触れた箇所は溶けた。

 全身に浴びた戦士は、悲鳴をあげることなく溶け死ぬ。


 黒色の魔法使い軍団こと、ウェーズ・ドルライ会。

 人族の戦士団こと、アニュイル人。


 今の粘液を吐いた奇怪フィナプルス。


 ……三つ巴か。

 二つのグループと巨大怪物の構図。


 ウェーズ・ドルライ会の魔法使いたちは劣勢か。

 骨種族の魔法使いたちの数は減っていく。

 今も、アニュイル人の戦士から投げ槍を受けて、その場で貫かれた魔法使いは倒れた。

 一人、また一人と倒れていく。


 大柄な魔法使いが、背後から攻撃を受け吹き飛ぶ。

 生贄台の下に衝突、その大柄な魔法使いは即死。


 と――巨大な火球が連続して降りかかってくる。

 急ぎ、竜頭金属甲ハルホンクを意識しつつ――。


「ンン――」


 ロロディーヌは黒豹と化した。

 口を広げるが、


「相棒、ここは俺がやる」


 右手に魔槍杖を召喚――。

 魔竜王装備を身につけた。

 脇を締めて腰を瞬間的に沈ませる。

 ――同時に魔闘術を活性化。


 <血魔力>を足下から太股へと――。

 大腰筋にスムーズに纏わせつつ右手が握る魔槍杖を出す――。

 巨大な火球を<刺突>で貫いた。


 巨大な火球はボシュッと音を立て霧散。

 続けて<血道第一・開門>を意識。

 <血鎖の饗宴>――。

 迫る巨大な火球をすべて、血鎖がぶち抜いた。


 周囲に衝撃波のような火炎が吹き荒れる。

 骨種族のウェーズ・ドルライ会に乗せられたようにも感じるが、攻撃は攻撃。


「――奇怪フィナプルスのデカブツ! 俺に喧嘩を売ったと認識した」


 そして、第三のイモリザを意識。

 地面に下ろした少女をチラッと見てから、


「イモリザ、下に出ろ。出番だ」


 と、宣言した。

 肘にある第三の腕にもなる肉腫が、下にぽろりと落ちる。

 肉腫は、黄金芋虫ゴールドセキュリオンに変身。


 イモリザの芋虫ちゃんは、


「チュイ、チュイ、ピュイ♪」


 と、可愛く鳴いた。

 すぐにその黄金芋虫ゴールドセキュリオンはイモリザと化した。

 次は、沸騎士を試す。


 紅玉環ではなく闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトを、


「――使者様ァァァ」


 指輪を触ろうとしたが、イモリザに抱きつかれた。

 形を自由に変えられる銀髪で、泣くような顔文字を作るイモリザ。


 器用だ。


「うううううう、わたし、わたし……」

「今までよく腕として頑張ってくれた。ありがとう。イモリザは、こうして、人の姿で会いたかったんだな?」


 と、すぐに頭部を上げたイモリザ。

 涙を流していたが、満面の笑みを浮かべて、


「はい!」


 と、元気のいい声を出してくれた。


 ココアミルク色の肌を持つ美少女。

 そして、その元気さに、俺も気持ちがスカッとした。


「……イモリザ、この少女を守ってくれ」

「はい♪ 角ありを守るのですね。では、使者様は、周囲の骨の種族と、あの頭部が複数あるデカブツモンスターを退治するのですか?」

「骨の種族は無視だ。味方だと思え」

「はい」

「俺の標的は頭部が複数あるデカブツだ。名は奇怪フィナプルス。今、沸騎士が召喚可能か試す。無事に魔界と通じて沸騎士が召喚できたら、彼らと連携して、その少女を守れ」

「はーい♪ 骨ちゃん、出番ですよ~♪」


 両腕を左右に振るい、指で宙を突くように小さい魔法陣を作る。

 瞬時に、魔骨魚を出していく。


「ふふふーん♪ 骨、骨、大好き~骨ちゃんず~♪」


 はは、可愛い。


 さて、魔界と通じているか、試すついでだ。

 闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトに魔力を込める。


 来い! ゼメタス、アドモス!


 闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトから、魔糸が出た。

 弧を描いて地面に付着する、その魔糸を把握。


 相棒は「神獣様ァ」と、小躍りするイモリザの銀髪触手と、自身の触手でハイタッチを交わしていた。


 その黒豹の相棒とアイコンタクト。

 俺が頷くと、相棒ロロディーヌも頷く。


「相棒、戦いだ」

「ンン、にゃ」


 相棒こと黒豹ロロはすぐに、黒馬に近い姿に変身。

 俺は――相棒の触手手綱が体に絡む前に、その相棒に跨がった。


 沸々とした音が聞こえ煙が見えた。

 沸騎士たちの召喚は成功だろう。


 そして、触手を避けられた相棒だったが――。

 騎乗した俺の目の前に手綱として触手をちゃんと用意してくれた。


 その触手手綱を片手で掴む。

 むぎゅっとした感覚。

 その触手手綱の先端が少し伸びて、俺の首筋に付着した。

 冷えピタのような感触は気持ちがいい。


 黒馬のような相棒は、馬が、ヒヒーンと鼻息を荒らすように魔の息を出す。

 同時に両前脚をあげた。


「ンン――」


 ウィリー状態。

 構わず、


「よーし! 行こうか! 神獣一体、<神獣止水・翔>の力だ」


 すると、


「閣下ァ、ゼメタスが、今ここに見参!」

「アドモスですぞ、閣下ァ」

「おうよ、お前たちはイモリザと連携。その寝ている少女を守ってくれ」

「了解しました、イモリザ殿!」

「お任せを!」

「アドちゃんとゼメちゃんは左右の位置!」


 俺は相棒の腹を、足で叩く――。


「にゃご~」


 その瞬間、相棒は地面を蹴った。

 競走馬なら、凄まじい末脚とたとえられるだろう後脚の蹴り――。

 地面を抉ったと感覚で理解しつつ、向かい風で髪がオールバックと化した。


 神獣の膂力を感じさせる勢いのまま直進。

 途中で急カーブ――旋回しながら……。


 デカブツの奇怪フィナプルスを遠くから把握していく。


「おーい、速いんだよ! 俺にも戦わせろ~」


 アルルカンの把神書の声だ。

 神獣としての速度についてくるアルルカンの把神書。

 アルルカンの把神書は、魔力の線でユイの片腕を絡ませて連れている。


『妾もだ!』

『我も戦うぞ、主!』


 沙とシュレゴス・ロードだ。


 分かってるさ、と、左手を出す。

 同時に<サラテンの秘術>を意識――。


 左手の運命線のような傷が開くのを感じた。

 一瞬で、左手付近から三人の美女が中空に躍り出た。


 いい匂いがする。

 <シュレゴス・ロードの魔印>も蠢く。


「やっとかぁぁ! 誉れある神界の那由他の沙剣が、沙なり!」

「うふふ、誉れある神界の網と帷子が、羅! お任せくださいまし!」

「うん、誉れある神界の仙王鼬族の、貂が参ります」


 宙を常闇の水精霊ヘルメのように飛翔する沙・羅・貂の三人娘。

 彼女たちは、足下にそれぞれの個性を感じさせる長剣を出現させて乗っている。


「御剣導技を見せてやろう!」


 沙が叫ぶ。

 長剣に乗った三人は奇怪フィナプルスに突撃していく。

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