五百九十一話 空極のルマルディ

 

 □■□■



 ここは塔烈都市セナアプア。

 己の富を象徴するかのような鮮烈な塔が空中に幾つも並び立つ。

 雲を弾く特殊魔層を備えた魔法の塔。

 その空中に浮かぶ魔塔の一つ一つが、曰くのある特殊な魔法の塔であり、また、その魔法の塔と密接に関係するのが、他次元のエセル界であった。

 そのエセル界以外にも複数の因果が、この塔烈都市セナアプアに作用し、惑星セラの三角州の重力場に干渉している。


 そして、空中都市の塔烈都市セナアプアも、古くから地上と大差なく人族の多い都市でもある。

 だが、この塔烈都市セナアプアの中枢と呼ぶべきエセル界の権益のほぼすべては、人族ではなく、永らくエルフの【白鯨の血長耳】が握っている。

 通称、血長耳。

 崩壊したベファリッツ大帝国の元軍隊。

 精鋭中の精鋭の血長耳は、各地で転戦をくり返しつつ内戦を生き残り、この人族の多い塔烈都市セナアプナに辿り着いて、古から続く評議員の支配階級を一人一人引きずり下ろす形で裏社会をのし上がった。


 しかし、評議員の数は多い。富もある。

 屈強な血長耳たちでさえ、苦戦する配下を多く持つのが評議員たちだ。

 今現在も血長耳は、その支配階級の多い評議員たちと熾烈な権力争いを続けていた。

 セナアプアの評議員は上院下院に分かれている。

 特に上院評議員たちは富裕層に多い。


 そんな富裕層が多い塔の一角で、貴族風の男が空戦魔導師の部下から報告を受けていた。


「炎邪セガルドの難は、未然に防がれたか」

「はい」

「使役か捕らえることができたのなら、南マハハイムを支配する力が得られたものを……で、ラスアピッド。その施設はどうなった?」


 と、眉のない貴族風の男が、目の前の部下に聞く。


 部下は、右耳が欠けている。

 名は、空戦魔導師ラスアピッド。


 彼は頭を下げてから、


「ピサード大商会の施設は半壊。炎邪宝珠の破片は一部回収できましたが、散らばった破片の多くは下層に落ちたかと、すべての回収は不可能でした」


 と、机に魔袋を置くラスアピッド。

 その魔袋の口に、警棒を入れて、中身を確認する貴族風の男。


 中身を覗いた貴族風の男は頷く。

 ジロリと睨みを強めて、部下の空戦魔導師ラスアピッドを見ながら、


「かなり回収したではないか。さすがは虚空のラスアピッド。で、炎邪セガルドを討伐した、その優秀な空戦魔導師はどうした?」

「評議員ヒューゴ・クアレスマの空魔法士隊【円風】から離脱し、西方へと逃走中です。わたしたちの手駒の空魔法士隊【空闇手】たちも追撃しています」

「派手に暴れた空極のルマルディ相手に追撃か……」

「はい」

「またの名を【アルルカンの使い手】と呼ばれた凄腕の空戦魔道師。そんな強者を捕らえることなぞ、不可能にしか思えんが……」

「わたしたちの手駒では無理でしょう。しかし、他の評議員たちも部隊を派遣しました。あの武闘派評議員ヒュリコ・ソルベルッシも、懐刀と呼ぶべきルマルディと同じく空極の位置にあるペイオーグを出した。そして、空魔法士隊【蒼穹】を出陣させたようです」

「あの迷想不敗ペイオーグを……しかし、我らは漁夫の利を狙うしかないとは情けない。ま、相手が相手だ、仕方がない」

「……ドイガルガ様、空戦魔導師は魔力消費が激しい。近い都市で休むはず。闇ギルドの【白鯨の血長耳】にも追跡の依頼を出しては?」

「ふむ……あやつらか、クアレスマと揉めているのを利用できるかもしれんな……」



 □■□■



 金色の髪の女性がヘカトレイルの東の空をゆく。

 遙か下にはハイム川が流れていた。


 彼女は最新式の飛行術を巧みに扱う。

 その飛翔速度は【玲瓏の魔女】たちのように速い。

 が、速度を緩めて振り返った。

 彼女が着る紅色を基調とした塔の模様が入った魔術師衣装が風を孕みマントのように膨らんだ。


 その衣装の左腕と右胸の位置に、七色に輝く両翼をバックとした一対の杖が掲げられているマークがあった。


 そのマークは【空極】。

 空戦魔導師最上位を意味する。


 そして、肩に紐でぶら下げていた魔術書が煌めく。

 それは厚い革で装丁された魔術書。


 その魔術書に金色の髪の女性が、


「追っ手は、また来そうね」


 と、語りかけた。


「……そりゃ、お前さんが欲を出したせいだ」


 腰元にぶら下がる魔術書が煌めきながら喋る。


「炎邪はわたしが倒したからね。破片ぐらいは回収したいでしょう。これからは金が何かと入り用だし」

「仕事に見合う対価は、確かに必要ではある。が――」


 そう喋る分厚い魔術書は、俄に、雨雲の方へと向きを変えた。

 それは金色の髪の女性が逃げてきた塔烈都市セナアプアの方角だ。


「優秀な<迷魔想>だけど、雲に隠れている?」

「あぁ、うようよとな……」

「追っ手か! アルルカン。準備はいいかしら?」

「ふむ、戯れ言を、俺が先に気付いたのだぞ」

「そうね――」


 金色の髪の女性は片目の<七ノ魔眼>を発動――。

 ヘテロクロミアと化した彼女は、周囲の状況を探る。


 この片目に宿す魔眼は錬金術師マコトによって強化が施されていた。

 そして、追撃者たちの<迷魔想>をあっさりと看破する<七ノ魔眼>。


 塔の模様の魔術師衣装が似合う彼女は……。

 金色の髪を靡かせつつ、使役している相棒と呼ぶべき魔術書を、眼前に掲げた。


 魔術書は嗤う。


「クククク……」


 不気味な音だが、迫力のある低音が周囲に響く。


「アルルカン、敵の正確な数は?」

「右手の下に敵が十、上に四、左手の上に敵が五!」


 アルルカンと呼ばれた魔術書が、迫力のある重低音で、そう発言。


「<把鮫・喰>で仕留める――」


 魔力を発した金色の髪の女性は、腕を伸ばす――。

 同時に、アルルカンと呼ばれた魔術書から、放射状に魔線が出た。

 その魔線は瞬く間に巨大な鮫のような頭部を模る。


 口を広げた巨大な鮫。

 濃密な魔力を内包した息を吐く。

 そんな魔息を吐き出した口内には、輝く魔法の文字が刻まれた牙が、これでもかというように、ビッシリと生え揃っていた。


 その巨大な鮫の<把顎・喰>は、


「ガギャァァァァ」


 咆哮音を轟かせつつ分厚い雲に向かう。

 獲物を逃がさない! といった勢いで、分厚い雲を喰う。

 雲の中にあった魔素も反応を示すが――遅い。


「ぐあぁ」

「げぇぇ」


 雲の中から金色の髪の女性を追っていた者たちの悲鳴が轟く。

 すると、雲の内部でも、巨大な鮫の形が分かるように<把顎・喰>が、閃光を発した瞬間――分厚い雲は消失。


 その閃光を発した<把顎・喰>も消えた。

 代わりに現れたのはバラバラになった肉片。

 <把顎・喰>の巨大な鮫に噛み付かれたような傷痕が目立つ魔術師たちも墜落していた。


 その場で漂う空戦魔導師は、たった一人。

 片腕を犠牲に<把顎・喰>を防いだ。

 傷痕から血が迸っている。

 <把顎・喰>を喰らい死んだ漆黒色の衣服の魔術師たちは、自分の位置を探知されにくくする<迷魔想>を発動していたことが、油断を招いていた。


 <迷魔想>。

 空魔法士系の必修科目の一つ。

 空魔法士隊を養成する魔法学院や魔法学校では、基礎中の基礎として教わる。


「空極のルマルディ! てめぇ、【空闇手】のメンバーを……」


 そう叫ぶのは片腕を失った空戦魔導師。

 ルマルディが放った<把顎・喰>を防ぐ実力を持つ。


 空魔法士隊の【空闇手】の中隊を率いていた者だ。

 彼は丸薬を飲んで片腕の傷から奔る血を止めていた。


 ルマルディは眉をひそめる。


「当然でしょう。魔速のキュスコだったかしら?」

「そうだ。ルマルディ! セナアプア全体を、評議会のすべてを、敵に回すつもりか?」

「知れたことを、貴方も大人しく死になさい――」


 時間稼ぎが通じないと焦る魔速のキュスコ。


「――チッ」


 ルマルディが放った<魔弾・把>を避けたが、焦り顔は消えない。 

 片腕の裾から掌に出た丸玉をチラリと見てから、ルマルディを睨む。


 キュスコはルマルディ目掛けて、


「ガルブに喰われろ――」


 と、禍々しい色合いの丸玉を投擲した。

 丸玉は、魔界セブドラに棲まうガルブの群れに変化した。


「無駄よ――<炎衝ノ月影刃>」


 空極のルマルディの放った<炎衝ノ月影刃>。

 その魔力の衝撃波の中には、細かな月の形をした炎と風のダブルの属性が備わった朧気な影めいた刃が無数に群がっている。

 それらの様々な月の形をした刃が、ガルブという魔界の魔物たちを切断した。


 キュスコも対応。

 剣術の冴えを見せて月の形の炎と影の刃を回避しながら身に迫る<炎衝ノ月影刃>を愛刀で切断。

 愛刀は宝刀・一刃。

 数々の戦いを経験したキュスコの剣舞だ。

 黄緑色の刃で、月の形をした炎が彩る影の刃を、正確に、確実に、切り落としていく。


「へぇ、わたしの<炎衝ノ月影刃>をここまで完璧に切り崩したのは、三人目よ。さすがは……」


 魔速のキュスコはルマルディの言葉を聞いて『嫌みな女だ』と考えながら<飛剣流・大角豆>を繰り出して、身を翻した。


 しかし、「えぁ?」と奇声を発したキュスコ。


 最後の視界は――。

 自身の半身――血濡れた視界だった。


 空極のルマルディが放った<円速・虹刃>が魔速のキュスコの体を両断。

 強力無比な円速系の魔刃。

 六の属性を合わせ持つ空極のルマルディと、アルルカンの把神書の<魔霊術アルルカン>の能力があるからこそ、可能な魔刃であった。


 キュスコを仕留めた、ルマルディ。

 涼しげな風がルマルディを捉えていた。


 金色の髪を靡かせつつ空を睨む。


 もうセナアプアには戻れそうにないわね……。

 そう歎き思考する。


「【円速】のガキ共が気になるのか?」

「そりゃ気になるわよ……」


 アルルカンの把神書にそう答えたルマルディ。

 彼女は【円速】に所属していた二人の後輩を思い出す。


 腰のアイテムボックスから、高級魔力回復薬ハイ・リリウムポーションを取り出し、瓶の蓋を開けて、その先が細い瓶を口に含んだ。


「ふぅ、癒やされる……でも、魔力を消費しすぎたわ……」

「派手に暴れたから当然だ。俺も疲れたぞ」


 <魔霊術アルルカン>を発動中のアルルカンの把神書。


「え? アルルカン、笑わせないで、能力を発動中でしょうに」


 ルマルディの言葉通り、開いているアルルカンの把神書の上には、魔力の紐と結ばれた鮫と黒獅子のような玩具が乗っていた。


「俺にも疲れはあるのだ」


 アルルカンの把神書はそう答えると、その玩具を本の内部に閉じ込めるように閉じる。


 シュウヤたちが見たら、ラファエルの能力と、彼の扱う魂王の額縁を思い出すだろう。


「さて、城塞都市ヘカトレイルで休むから」

「……魔術総武会の支部が潰れた都市だぞ」

「……意外ね、アルルカンが嫌がるなんて」

「優秀な魔術師が死んだのだ、当然だろう」

「だとしても、魔霧の渦森に向かうわけにもいかないでしょう」

「そうだな……」


 いつもと違うアルルカンの把神書を訝しむルマルディ。


「戦争中だし、手薄なことも好都合」


 身を翻すと、迅速に飛翔していく。

 城塞都市ヘカトレイルが、ルマルディの視界に入った直後。


「――変な魔書の匂いがする」

「え? 匂いって」

「この感覚、久しく無い。禁忌の魔造書か、とてつもない魔術書……気を付けろ……」

「アルルカンと同じ生きた魔書?」

「……分からないが、可能性はある、が、不気味だ」

「警告とは珍しい。気になる。その魔書の匂いの場所に急ぎましょう――」


 ルマルディは壁の高い城塞都市ヘカトレイルの内部にあっさりと侵入。

 ここの領主シャルドネが見ていたら、地下オークションの黒き戦神も案外使えないですわね、と評するかもしれないほどの、迅速な機動だった。


 そのルマルディは魔力回復薬リリウムポーションを飲みつつ着地。


 彼女が着地した場所は……。

 嘗て【茨の尻尾】があった事務所の近くだ。


 人通りは少ない。

 ルマルディは<隠身ハイド>を実行しながら周囲を窺った。

 <風探知>と<人外看破>も実行するルマルディは用心深い。



 □■□■



「了解~」

「はい」

「ご主人様、先に話をしていたように、わたしたちは手薄な西の戦力に加わろうかと」

「ママニたちは休んでいいんだぞ? ペルネーテに戻りたいなら送るし、東のフォロニウム火山はまだ先だ」

「いいのだ、我が主よ。我は、ここで活動する。東の件も大事だが、今は今だ」


 ビア、酒が抜けたか。


「わたしもです。新しい土の杖を使い、ルシヴァルの力で、皆のために、平和に貢献したい」


 フーもいい子。

 すると、サザーも、


「ごしゅ様! わたしは家族たちを、このサイデイルを守りたいです」

「サザーは当然だ」


 オフィーリアたちも頷く。

 ママニも、キャプテンらしく、アシュラムを掲げて、


「フーとサザーの言うとおりです。レネ&ソプラの戦いだけでなく、紅虎の嵐が護衛しているドミドーン博士の手伝い、そして、サイデイル城の新しい城下街を守る戦いもあります! ですから、わたしも、ここに残ります――」


 格好いいママニ。

 ビアとサザーとフーは揃ってママニのアシュラムに得物の先を当てた。


「サイデイルの治安を」

「皆の安全を」

「ご主人様に忠誠を」

「ルシヴァルに繁栄を」

「「おう」」


 と、皆で、気合いを入れつつ、武器を掲げる。

 酒の酩酊効果も、まだあるのか、濃厚な<血魔力>を発した彼女たち。


 体に新しい刺青でも作るように血が蠢く。

 更に、ママニが、


「墓掘り人たちとは連携が深まりましたが、新しい<従者長>たちと交流はあまりありません。ですから、彼女たちと交流を深めるつもりもあります」


 紅虎の嵐だな。


「分かった。家はこの間増築した部屋もあるし、城下街にもキッシュなら部屋を用意できるだろう」

「はい」


 話を聞いていたレベッカが、


「紅虎の嵐は、ドミトーン博士たちと一緒に樹海地図を生成中とか」


 と、聞いていた。


「地図があっても一般人は迷うかと思います。ですが、血の目印もちゃんと作っているようですからね」

「光魔ルシヴァルとしての、分泌吸の匂手フェロモンズタッチの血魔力を垂らしているようだから、今後、色々と戦術的に活用ができるはず」


 血の縄張りも樹海ならいい目印か。


「その件で、ヴェロニカ先輩が……」


 『古代狼族と同盟を結んだから有効ではあるけれど……匂いを辿る者は無数』

 『吸血鬼ハンター&冒険者に職の神レフォトを信奉する未開スキル探索教団』

 『光神ルロディスを信仰する神聖教会の一派と戦神ヴァイスを信奉する戦神教団』

 『ヴァルマスク家も反応しそう』


「と血文字で連絡してきた」


 未開スキル探索教団か。

 〝左長〟の直下組織【樹海狩り】メンバーとは前に遭遇した。

 リーダーのウノさんとか、戦乙女のアレイザさんは印象にある。


 一方、戦神教団は……。

 ラビウス爺さんと仲良くなったが、その部下たちとは揉めたからな。


「ルシヴァルの勢力だと気づけば、慎重な吸血鬼集団だから、手は出してこないはず」

「……黒の貴公子のような外れ吸血鬼は違うと思う」


 そこで、皆に、


「ま、紅虎の嵐のほうは大丈夫そうだな」


 と、発言。


「その冒険者の依頼を完遂しようと奮闘中の紅虎の嵐は、サラちゃんとルシェルの光の魔法がある。元々が強い存在で、今は光魔ルシヴァルの<従者長>だから、まったく心配はないけど……問題は、プレモス窪地の水晶池のほうよ」

「アリスちゃんとナナちゃんに、ラファエルたちは眷属ではない」

「……ん、シュヘリアが居る。エマサッドとダブルフェイスも強いから大丈夫」


 エヴァはそう語るが、俺の手をぎゅっと握ってきた。

 心配しているんだろう。


「そう考えると、かなりの戦力ね、今のサイデイルは……でも、水晶池かぁ。子供たちから水蜘蛛様とか呼ばれているモンスター的な存在も気になっていたのよねぇ……アキちゃんも蜘蛛だしさ」


 そのアキは子供たちと遊んでいる。


「ん、水晶池はシュウヤのアイテムボックスにあった、〝古王プレモスの手記〟と関係する? だから重要かもしれない」

「それは、地下オークションで落札したアイテムです。わたしも、その地名と関係するのでは? と気になっていました」


 クナが発言。


「元々は分身体のクナが持っていた、俺のアイテムボックスだからな」

「はい、わたしもです」

「確かに、その水晶池は気にはなる。が、同時にすべては回れない」


 俺はジェスチャーをしながら、そう語る。


「うん」

「はい、わたしたちが居ます」

「わたしもね」


 レベッカが人差し指を俺に向けてポーズ。


『中々のポージングですね』

『腰あたりの動きがいいな』

『はい、クイッと動いてました。ここからでは見えませんが、小さいお尻ちゃんも可愛く揺れたはず』


 ヘルメの思念に、思わず笑う。

 と、古王プレモスの手記を指摘してきた、エヴァと視線が合った。


 紫の瞳は少し揺らぐと、


「ん、わたしも一緒にヘカトレイルに行っていい?」

「いいに決まってる。レベッカは? 相棒のエヴァはヘカトレイルに来るようだが」

「行きたいけど、ここで留守番&皆の協力をする」


 先の言葉に、エルザとアリスにナナのこともあるからな。

 エヴァとレベッカは頷き合う。

 互いを信じ合う親友としての顔付きだ。


「分かった」


 ユイは、


「ここで協力するのもいいけど、父さんと合流する。わたしもヘカトレイルまで一緒」


 ユイに頷いたところで、逸品居から出た。

 子供たちを見守っているサナさん&ヒナさんに手を振る。


 そこで、クナに向け、


「セーフハウスに行こう」

「分かりました」


 ジュカさんと話をしていたキサラはダモアヌンの魔槍に跨がった。

 四天魔女キサラ。

 修道服系の衣裳といい、ダモアヌンの魔槍に跨がる仕草もさまになる。


 キサラはロターゼに向け、


「わたしはこのままシュウヤ様と一緒に行動します。ロターゼはサイデイルに力を貸してあげてね」

「おう! ジュカと一緒に樹怪王の軍勢を狩りまくりだ」

「では、シュウヤ様、わたしは上に――」


 ジュカさんはロターゼの上に跳躍。


「ンン、にゃお~」

「……神獣か……」


 相棒の声にびびった闇鯨ロターゼ。

 逃げるように、ドット風の変わったオナラを出しながら離れていく。


 見た目も巨大な原子力潜水艦だが、シュールだ。

 天辺から、トマホークミサイルのハッチが開きそう。


 情けない姿の潜水母艦だが。

 サイデイルの守護獣かもしれない。


 黒猫ロロは、そんな離れていったロターゼを見上げていた。


 そのまま皆でサイデイルの山城に向けて歩き出す。

 肩の相棒はジャンプし、地面に着地。


 ピンと立った尻尾は傘の柄に見える。

 黒猫ロロは振り向きつつ、


「ンン、にゃお~」


 と、鳴くと、先に走り出す。


「ロロ、競争ってか?」

「ンン」


 走りながら喉声を発してきた。

 『ついてこいにゃ』といった気持ちだろう。


 ――追い掛けた。

 黒猫ロロを追い越した時――。


 その足下に居た黒猫ロロは、瞬時に黒豹の姿へと変身した。

 黒豹ロロは足を速めて、俺を追い越す。


 ――先を走るロロディーヌ。

 黒天鵞絨のような毛並みは美しい。

 しなやかなストライドだ――。


『閣下、<珠瑠の紐>で皆を運びますか?』

『いや、エヴァがクナを包んでいるし、必要ない。俺たちは、このまま普通に走ろう、走る~走る~ってな?』

『はい~』


 皆も走ってついてくる。

 樹海の大地にある城下街から、キッシュたちが住む山城を囲む隘路マラソン。

 あっという間に、イモリザが守っていた俺が造り上げた正門に到達。


 正門から城郭に突入。

 モニュメントを通り過ぎて、坂を二段、三段とホップステップジャンプ。

 と、一気に跳躍を繰り返し、駆け上がる。


 何故か、一緒に走ってついてきた、ぷゆゆとルッシーは無視。

 訓練場の柵と、その訓練場に聳え立つルシヴァルの紋章樹を見る。


 小山もチラッと見てから、二階の部屋に向けて跳躍。


 窓の縁に足をつけて、直に突入――。

 ミグスが寝ていた寝台と、パレデスの鏡とテーブル席を確認。

 箪笥と壁の飾りを見ながら、部屋を歩く。

 置きっ放しの、王牌十字槍ヴェクサードを回収。


 そのままゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡に近付いていく。


「今回は、この鏡だ。転移するぞ」

「「はい」」


 皆で、ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡に入る。

 次の瞬間、鏡から出た。

 鏡と鏡を用いた瞬間移動のワープは、一瞬で完了。


 このワープする仕組みは空間を折り曲げ畳むようなワームホール的な繋がりとか?


 と、ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡を見る。

 分からないが、二十四面体トラペゾヘドロンとは違う仕組みのような気がする。


 俺たちが転移してきた場所は樹海の南端。

 ハイム川の八支流の一つサスベリ川。

 【名もなき町】の灯台にあるセーフハウスだ。


 そして、目の前にはヘカトレイル行きの魔法陣が設置されている。


「シュウヤ様、その転移魔法陣に入れば、すぐにヘカトレイルに転移します」

「分かっている」


 と、硬い口調で喋りながら、魔法陣をジッと見る。


「昔のことを思い出しているのですね。ご安心を! 冒険者ギルドに設置したものより、多少、自身の魔力を消費しますが、罠ではありませんことよ」


 クナ、その自信が逆に怖いんだが……。

 とは言えない俺だ。


「そう言うが、俺は『クナショック』という、ある種の、有名な心理的病気を患ったことがあるんでな」


 と、笑う。

 いや、苦笑する。

 キサラとヴィーネとユイとエヴァは微笑んでくれた。

 しかし、クナは「わたしのショック?」と呟いて顔を傾ける。


 疑問符を頭の上に浮かべている。

 そのクナは、顎から指を離して胸元に手を当てつつお辞儀。


 そして、


「では、お先に転移します」


 頭を上げたクナは、踵を返す。

 先にヘカトレイル行きの転移魔法陣に足を踏み入れた。

 魔法陣は点滅。

 足下の魔法陣から、光の柱のようなモノが、幾つも浮かんだ瞬間――クナは消失。


「本当に転移しました。これが転移陣……ペルネーテの迷宮にある水晶の塊とは違いますね」

「ん、二十四面体トラペゾヘドロンとは違う」

「……クナさんは、この魔法陣を構築したのですね。魔法の練度はやはり高い……」

「クナは転移したが、エヴァとユイは大丈夫として、キサラとヴィーネは不安そうだな。俺が先に入るか」

「ご主人様、一緒に……」

「お供します」


 と、俺の片手を二人で奪い合う。

 イモリザの第三の腕を使い二人の手を強引に握る。


 ついでに、その二人を抱き寄せた。


「あっ」


 と、切ない声を発したヴィーネ。

 その魅力的な紫色の唇を奪った。

 唇で、ヴィーネの唇の襞を優しく撫でてから、ゆっくりと唇を離す。

 ヴィーネはうっとりしてから、俺の腕を掴んで、キスをせがむが、俺は――。


 物欲しそうに、俺とヴィーネを見ていたキサラを見る。

 そして、そのキサラの桃色の唇を奪った。


 ジッと見ていたエヴァが、


「ん……」


 と、声を漏らす。

 エヴァは不満そうだ。

 俺はすぐに二人を離した。


 そのエヴァも抱き寄せて、やっこい感触を得た。

 耳元で、エヴァは「ん、シュウヤのキス魔。えっちぃの禁止」


 う、男の性だ。

 それに、こんな美人さんたちが傍で慕ってくれている。

 その思いに、男として応えるのが、義務だ。


 エヴァは俺の心を読んで、頷いた。


「ん、冗談――」


 エヴァは笑いながら俺の頬にキスをしてくれた。

 そして、「……シュウヤ、わたしには?」


 と、<ベイカラの瞳>を発動しているユイを見る。


「はは、能力は発動しなくても大丈夫――」


 ユイが反応できない速度で、ユイとの間合いを詰めた。


「あっ」


 と、そのぽっと小さく膨らんでいるユイの唇に、俺は自身の唇を重ねた。

 赤く染まったユイの耳も弄りながら、血を送った唇を離すと、体を震わせたユイ。


「……あん、もう……えっち」 

「……ふふ、ご主人様、皆を、安心させるキスですか?」

「……」


 ヴィーネに、無言のまま笑顔で応えた。


「ンン」


 肩の相棒が喉声を鳴らす。

 鼻を膨らませていた。


 エヴァとヴィーネとキサラとユイの頬を触手で叩いていった。

 可愛い動きだ。


「ふふ、シュウヤ様の優しさ満点のキス……」


 キサラはそう語りながら黒猫ロロの小さい触手を握る。

 肉球の感触を楽しんでいた。


『まったく、ちゅっちゅっちゅ、と生意気なのだ。妾にも寄越せ』

『我はいらん』

『大主さまとちゅっちゅ~』

『閣下……』


 と、サラテンとシュレゴス・ロードとイターシャにヘルメの思念が五月蠅くなったのでシャットアウト。

 女性陣を労りつつ魔法陣に突入――。


 到着したところは、部屋。


 天井に頭蓋骨に槍が刺さっているマークがある。

 LED電球ほどの明るさのあるランプが、壁の四方にあった。

 ランプの形は戦っている人形たちだった。


 洗練されたランプだ。

 クナという存在を感知して自動的に点灯しているし、かなりの高級品だろう。


「シュウヤ様と皆様、ここは、わたしの隠し部屋。こちらです」

「ここはもう、ヘカトレイルなんだよな」

「はい」


 クナは先を歩く。

 行き止まりだが、クナは足を止めた。

 そのクナは、壁に手を当てる。

 すると、壁が内側にぐにゃりと凹む。

 行き止まりだった壁が、湾曲し、内側に吸い込まれていく。

 それは、空間が転移したような錯覚を起こす勢いだ。


 周囲の土壁が奥へ奥へと誘うように、土壁と天井と床を吸い込んでいった。

 クナより先の廊下と壁が生き物のように蠢き続ける。

 そして、その凹んだ場所に新しい地下道が出現した。

 すげぇ。

 セーフハウスの時も思ったが、迷宮でも作れそうな仕組みだな……。


 すると、クナが、


「こちらです」


 と、発言して、先を歩く。


「ん、地下道」

「今のは、土系の魔道具が作用したのでしょうか」

「そうですよ、あくまでも魔道具の力なので、勘違いしないように」


 と、クナが苦笑しながら発言。


「その魔道具が普通じゃない」

「うふ♪ 魔術総武会の品です」

「黒魔女教団の敵……」

「暗黒のクナと呼ばれるような表情だし」


 ホクロといい、妖艶なクナ。

 昔を思い出す。


 地下道を進むと……。

 木片、看板、書物、籠、鉄の檻、銅の檻、が置かれている道に出た。


 あ、ここの通路って、あの時のサーカス会場に続いている?

 そして、プレセンテ魔獣商会と書かれた看板を見つけた。

 やはり、そうだ。

 薄暗い洞穴の先に、クナはライトボールを走らせた。

 そこに階段がある。


「ヘカトレイルの店だな」

「はい、階段は封じられて、いないようですね」

「シャルドネはいじらなかったのか」

「……そのようで」


 クナはシャルドネと面識があるような表情を浮かべた。

 すると、ヴィーネが、


「クナ、贋作屋ヒョアンさんと鑑定人のオカオさんは、ここに?」


 と聞いていた。


「これから向かう転移先ですが、はい」


 クナはそう答える。

 皆で階段を上がった。

 そこには魔法陣と閉まった鍵付きの扉があった。


「シュウヤ様は、この転移陣の先にある秘密の部屋を、気にしておられた」

「そうだ、魔迷宮の部屋に転移するんだったよな」


 初めてここを訪れた時から、随分と経った気もあるが。

 一年、いや、二年ぐらいか。

 季節は九十日単位だからな、まだしっくりこない。


「はい、わたしの分身が変なことをしていなければ、そのまま残っているはず」

「ん、シュウヤ、転移する?」

「そうだな、レイの銀船とマジマーンのカーフレイヤーを引き連れたメルとカルードたちの合流はまだ少し先。だが、その転移陣に入る前に……」


 俺は、夢追い袋から、フィナプルスの夜会を取り出した。

 ――骸骨とモンスターの皮で装丁された魔法の書物。

 今、気付いたが宝石と金属も混じっていた。


 中世の魔術書のような印象の書。

 他にも、〝センティアの手〟。

 アドホックが使っていた魔法系と推測できる紋章理派の〝器雲術書〟。


 などがあるが……。

 今は、これをクナと皆で調べてみようか。


 フィナプルスの夜会の魔力は濃密。

 皮質は、ごわついていて、感触といい、見た目もヤヴァイ。


 が、不思議と呪われるといった類いはないと分かるが、貴重な魔法の書物だろう。


「!?」


 クナは驚く。

 ヴィーネとユイにキサラは、あまり驚かず。

 エヴァも驚かない。


 そのエヴァは、両足の骨に装着しているレア金属を操作。

 魔導車椅子モードとセグウェイモードの変化をくり返しつつ周囲の壁に紫魔力を沿わせていた。


 俺はクナに向けて、


「……このフィナプルスの夜会を調べてみるか?」

「シュウヤ様……凄まじい魔力を、その魔法書から感じます」

「呪いの品っぽいけど」


 ユイの言葉通り、骸骨とモンスターの皮だしな。


「ゼレナードが集めていた秘宝の一つ。ご主人様が鑑定してもらった、キズユル爺のお話では、魔界の四九三書の一つとしか分からない物」

「弾かれたようだった」

「……優秀なアイテム鑑定を弾くアイテム。魔女がいかにも好みそうな魔術書……魔造書の類いでしょうか」


 キサラとヴィーネがそう発言して、警戒。

 皆の様子を見たエヴァは無言で、自身の紫色の魔力を展開。

 フィナプルスの夜会を、その自身の紫魔力で、直に干渉しないように、避けつつ、俺たちを包んで守ってくれている。


 そのクナは、フィナプルスの夜会を凝視……。

 黄色の魔眼をこれでもかという勢いで、発動させた。


 同時に、俺の腰の魔軍夜行ノ槍業が振動する。

 腰に差す血魔剣と閃光のミレイヴァルは、銀チェーンと十字架が揺れるだけで、変化なし。


 クナは唇を震わせて、


「……魔界四九三書。その魔法書は相当危険な部類ですが挑戦しますか?」

「相当危険? クナに渡したばかりの朱雀ノ星宿とは違うのか?」

「はい、シュウヤ様のお力とユイ様の持つ書物を使えば、解読も可能だと思いますが……シュウヤ様・・・・が居ても、危険が、あるかもです」


 思わず息を呑む。

 ユイは「ガルモデウスの書?」と呟く。

 クナは頷いた。


 しかし、俺という存在が居ても、


「……フィナプルスの夜会」


 は、危険があるかも、か。

 古代狼族お抱えのアイテム鑑定人キズユル爺は……。

 〝階級は不明。魔界四九三書の一つ。鑑定が弾かれたわい! 神話ミソロジー級かもしれぬ〟と鑑定してくれた。


 その時、膨大な魔力の気配を扉の先に感知――。


『閣下、魔素です』

『うむ』


 形を悟らせないほどの魔力の質。

 クナの店に、凄腕の誰かが、来たことは確実。


 皆も魔素の気配に気付く。

 キサラ、ユイ、エヴァ、ヴィーネはそれぞれに得物を抜く。


 一瞬、贋作屋ヒョアンさんとオカオさんと同じ闇のリストかと思ったが……。

 違うようだ。

 驚いているクナは、杖に手を当てつつ腰のマジックベルトに付いた袋の中に指を突っ込んでいた。


 慌てて、その袋から出した指は火傷を負ったように焦げている。

 その焦げた指を咥えたクナと視線が合うと、頭部を左右に振った。


 想定外か。

 妖艶なクナだが、慌てる素振りは初めて見る。

 可愛いクナだ。


 そんな彼女も、扉の向こう側の存在は知らないようだ。

 

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