五百七十八話 広間の戦い

 

 青白い光を発した金属の杭。

 杭は塵となってミレイヴァルを模ると実体化した。

 ミレイヴァルは頭を下げて片膝を地面に突きもう片方の膝に手を当てている。

 甲の十字架が光り輝く。

 騎士が君主に忠誠を誓う姿だ、渋い。

 足下に聖槍シャルマッハもある。


 黒髪の艶もいい。


「陛下――破迅団団長ミレイヴァルが、今ここに」

「おう、召喚直後で悪いが、この状況だ」


 <鎖>の壁を見る。

 間断なく<鎖>の壁に衝突する魔法弾。

 隙間から微かに漏れる魔法の残骸も花火の如く激しい。


 ――十字砲火。

 明智光秀が用いたとされる『殺しの間』を浴びるとこんな感じなんだろうか。


 激しく揺れて重低音を響かせる<鎖>の壁を見たミレイヴァルは事有り顔だ。

 今も、その<鎖>の壁の隙間から魔法弾の欠片がこちら側へと侵入しようと、淡い紫と黄緑が蟻のような軌跡となって消えている。

 その<鎖>に近寄れば魔法弾の欠片によって傷を受けるかもしれない。


 ミレイヴァルは表情を険しくした。


「実戦ですね」


 俺は頷く。


「立ってくれ」


 と、腕を出した。

 ミレイヴァルは俺の手を握る。


「ハッ」


 と言葉を発してから聖槍シャルマッハを持ち立った。


「これは地下都市の戦い。隣の女性は俺の眷属。名はユイだ」


 俺の手を離したミレイヴァルはユイに敬礼し、


「はい、ユイ様。わたしの名はミレイヴァル。破迅槍流の開祖です。以後お見知りおきを」


 と、挨拶。

 ユイも頷いてから、


「よろしく、ミレイヴァルさん。シュウヤの<筆頭従者長選ばれし眷属>の一人。接近戦が得意で<ベイカラの瞳>の能力を持つ」


 ユイは神鬼・霊風を左手に持ち直す。

 右手を翳した。

 俺はその右手が握る魔刀を見ながら


「その右手の魔刀は、元はサーマリアの豪商が持っていたとか」


 初めて会った頃を思い出しながら語る。


「うん、サーマリアの豪商・五本指のドルイ・リザロマね。サーマリア伝承に登場する、アゼロス&ヴァサージという一対の魔王級魔族の名が由来」


 そのユイが持つアゼロスの柄は格闘戦に備えたフィンガーガードがある。

 中手骨のアーチに合わせた金属。

 拳を武器とする柄だ。

 ミレイヴァルはアゼロスという魔王級魔族の名に関心を持ったのか、ユイの手元を凝視。


「魔界と地上が繋がる歴史ある武具……」


 と、思案気に呟く。

 サーマリア王国の建国秘話的な物語があの武器にはあるんだろう。

 しかし、二人とも黒髪の美人さんだ。

 着物を着たら大和撫子風で似合うはず。

 そのミレイヴァルに、


「で、ミレイヴァル。この<鎖>の壁の外は広間だ。その広間では、歪な神殿が多い。怪しい儀式も行われている」

「うん。わたしたちは、背後の通路から、この広場に出たところなの。その背後の通路からも、敵は増えている」


 ユイもそう喋る。

 ミレイヴァルは不安そうに<鎖>の壁を見ていた。


「追い込まれた状況なのですか? 背水の陣のような」

「いや、そこまでの状況ではない。今は精霊を宿した俺とユイだけだが、後方には味方も居る。そして、この<鎖>の壁は意外に頑丈だ。魔毒の女神ミセアの力を宿したマジックアイテムの攻撃を防いだ実績がある」


 ダウメザランの出来事は覚えている。

 あの鏡の中に吸い込まれていたらどうなっていたことか。


「分かりました。わたしも陛下が率いる戦いに協力できて光栄です」

「戦いに期待する」

「はい、この聖槍シャルマッハで敵を突きましょう」

「作戦の概要はまだだが、ミレイヴァルなら、怪物を見逃すことはないだろう」


 ミレイヴァルは軍人然として慇懃に頭を下げる。


「――遺漏なく、お任せを」


 彼女は騎士というか……。

 軍を率いていた将軍の喋りだ。

 俺は少し緊張してしまう。


「……エヴァたちが来るまで待機ってのは?」


 ユイは意識的にそう提案してきた。

 ミレイヴァルに状況を説明する次いでだろう。


「いや、囚われたダークエルフを見ている。離れた位置ならいざ知らず、手の届く距離だ。助けを求められたわけでもないが……この都市の現状を見ると、あのダークエルフはどう見ても、生け贄だろう?」

「確かに。暢気に奴隷としての売り物って雰囲気ではなかったわね」

「だから救出を試みようかと」

「うん、それで助けたとして、ヴィーネとバーレンティンも居るから、敵対している魔導貴族で女性だったら……」


 嘗てのヴィーネやバーレンティンが所属していた魔導貴族と敵対していた可能性か。

 身内でさえ敵が多いダークエルフたちだ。

 その可能性は高い。

 そもそも俺の見た目はマグルだ。


 助けたダークエルフが女性の場合は……。


『雄のマグルに助けられただと!? 自害する』

『マグルなぞに助けられた、終わりだ』

『マグルめが、近寄るな!』


 ……エトセトラ。


 マグルを強烈にけなす確率は高い。

『強き雄なのか!? わたしと結婚するのだ』


 の場合もあるか?


 男の場合なら比較的対応は楽だと思うが……。

 そのことは告げずに、


「……それはそれ。そして、助けを必要としない狂信者だった場合は、この場に残して撤収だ。俺たちの第一目標である蜂式ノ具の奪還は果たしたんだからな」

「了解。それもそうね。でも、やったわね。地底を冒険して都市に乗り込んで、その地底神ロルガを倒して、本当に秘宝を奪還だもん。ハーデルレンデとキストリン爺との約束を守った。偉業よ」

「喜ぶのはまだ早い。キッシュに秘宝を返してから、盛大に喜んでくれ」


 ユイは深く頷く。


「……あっさりと秘宝を返すのは、実にシュウヤらしいけど……」


 自身の力に利用しないの?

 という問いだ。


「いいんだよ。力を得るならなるべく努力をしてから得たい。それに〝カエサルの物はカエサル〟ってやつだ」

「カエサル? 偉人さんのたとえ?」

「そう。俺の知るローマの歴史の偉人さんだ。元は宗教に関わる言葉でもある」

「それは税制や戒律に関わる〝王の物は、王に〟という諺でしょうか」

「ミレイヴァルの知るゼルビア王国の諺かな。今はゼルビア皇国と呼ばれているようだが」

「はい」

「ゼルビアのことはあまり知らないが、同じような諺かもな。その〝王の物は、王に〟は、社会問題と神々が関係し、他にも解釈が多いのなら……たぶん俺の知る言葉と同じだ」

「その通り、色々な話があります。偽銀貨を鋳造する逸話も有名でした」


 鋳造に関しては……前に聞いたことは覚えている。この星や世界だと、スキルと魔法とアイテムで、ある程度の見分けはつくだろう。【闇のリスト】の贋作屋ヒョアンのような存在も居るから一概には言えないが。


「それよりも、今だ。状況を説明する」


 ミレイヴァルは頷く。


「主な敵は蛸頭キュイズナーの魔術師軍団、その左奥に強そうな蛙系怪人。その蛙系怪人に囚われたダークエルフはユイと話をしていたように救助できたら助ける予定。更に、その左上の生贄台のような高台に、手の大きいキュイズナーがいる。そして、一番厄介な奴と推測する怪物は右の奥。こいつは……三つの蟲の頭部と四つの腕を持つ魔術師だ」


 俺はジェスチャーをしながら、


「そして、作戦だが、俺はキュイズナーを攻撃しながら、右側の強そうな蟲型魔術師に向かう。その間に、ミレイヴァルとユイの二人はダークエルフの確保を目指せ。俺とヘルメに余裕があれば、そのまま広場を力で制圧することを目指す」


 と、説明。

 二人は頷く。


「陛下は強敵を倒したあと、殿(しんがり)を行うのですね。わたしたちはダークエルフを手早く救出し、背後の通路に撤退、挟撃を目指すと」

「挟撃か。なるほど、ミレイヴァルさんはシュウヤの戦術を一瞬で見抜いたんだ。さすがは破迅団を率いていただけはあるのね」


 ユイがそう発言すると、ミレイヴァルが頷く。

 背後の通路に聖槍の石突を向けていた。


「ミレイヴァルとユイは、その作戦で頼む。で、最終的に、相棒たちと合流する。鏡を用いて、手早くサイデイルに帰還だ」

「分かった。<無影歩>を使った都市の見学もできなさそうだしね」

「正直に言えば、階段の下とか気になるし物見遊山としゃれ込みたかったが、仕方ない」

「うん」

「はい」 


 ミレイヴァルの頷きにユイも頷く。


「がんばりましょう。敵は魔法隊が多いわよ。ミレイヴァルさん」


 魔法弾の攻撃の一部は<鎖>の壁から漏れている。

 二人はそれを見ながら表情を引き締めた。


「はい、では、その手が大きいキュイズナーはわたしが突きます。ユイさんは、ダークエルフの救出を頼みます」

「分かった」


 ユイも魔刀を動かして応える。

 ミレイヴァルの戦闘は一度見ている。

 その実力を知っているだけに、彼女一人で、この場の怪物相手に対処が可能かもしれない。


 しかし、何があるか分からない。

 怪物も様々だからな……。


 攻撃力は神話ミソロジーだが、防御力は普通とかその逆も然り。


 一長一短な怪物が多い印象。

 すべてが高能力な怪物も居るが……

 そして、ミレイヴァルを見て、


「ミレイヴァル。あのスキルを使う」


 赤十字架の<霊珠魔印>だ。

 そして、竜頭金属甲ハルホンクを意識。

 剣刃で削れた防護服をチェンジ。


 魔竜王系の軽装を、肩パッド的防具でもある竜の口へと吸い込ませる。

 そして、自動的に暗緑色が混じる防護服に着替えた。


 肩が捲れ裏地の柄が見えるタイプだ。


「<霊珠魔印>ね。裏地の文字は古代文字?」

「そうだ。ハルホンクの言葉が刻まれている」

「……難解そうな魔法の字……あ、ボン君の力? あ、違うか。その肩のハルホンクの力。暴喰いハルホンクの金属皮膚。魔界で覇王ハルホンクとも呼ばれていた存在が、眠っているんだった。ということはシュウヤは歩く古代遺跡?」

「違うから、いや、そうとも言えないかも」


 俺の表情を見たユイは微笑む。


「そういえば……ゾルの家で助けられた時、シュウヤは色々と書物を読んでいたわね。古代の魔法書も、解読に成功して、古代魔法の一つを覚えていた」

「ユイと一緒にお風呂も入った」

「……」


 ユイは思い出したのか、顔を真っ赤に染める。


「そんなことより、戦いだ」

「う、うん!」


 ユイは<ベイカラの瞳>を発動。

 二刀流でいくようだ。

 俺はミレイヴァルに視線を向ける。


「ミレイヴァル、スキルを使う」

「分かりました」


 ミレイヴァルも頭を下げてから騎士らしいポーズを取る。


「よし! <召喚霊珠装・聖ミレイヴァル>――」


 煌びやかな赤十字架群がミレイヴァルを包むと、変身は一瞬で完了した。

 正三角形が並ぶ防具となった。

 右手の甲が赤色に輝く。

 甲に刻まれた<霊珠魔印十字架>だ。


「二人とも、一、二、三、の、三のタイミングで<鎖>を解除する、準備はいいか?」

『ヘルメも』

『はい』

「了解」

「手が大きいキュイズナーを仕留め、ユイ様の行動を援護しつつ遊撃を実行します」

「おうよ。初っぱなから全開だ――手早く仕留める」


 右肘のイモリザの指で一、二、三を作るとしようか――意識すると、肘の肉腫が指の形になった。


 ユイは右肘を見て頷く。しかし、ミレイヴァルのほうは、目が点となって、俺の右肘を注視し続ける。


「……承知」


 驚くミレイヴァルも納得。


「イモちゃんね」


 と呟くユイと目配せした俺は微笑む。

 そして、


「一」


 と、視線を強めて、発言。


 ここで、いきなり三の文字は出しての、<鎖>の壁を消す悪戯はやらない。

 二人に、イモリザの一つの指と――。


 俺自身の左手の人差し指と中指を合わせてハンドサインを作る。


 ――二人は頷く。


 王牌十字槍ヴェクサードの握り手を強めた。

 血魔剣で百目血鬼を呼ぶことも想定しとくか――。


「二」


 で、イモリザの指が、チョキを作り、

 小さいヘルメも小さい指でチョキを作る。


「三――」


 <鎖>の壁を消去――。

 小さいヘルメが幻影の水飛沫を飛ばす。

 と同時に<血鎖の饗宴>を実行――。

 キュイズナーが放っていた魔法弾のすべてを血の鎖の群れ<血鎖の饗宴>が蒸発させた。


 俺は広間と群がる敵を確認しながら前傾姿勢で右に前進――。

 血の鎖の群れ<血鎖の饗宴>を、左側の蛸頭キュイズナーたちに向かわせた。


 左の蛸頭の魔法軍団を血の群れで屠っていく。

 ユイとミレイヴァルの二人の動きを視界の端に捉えた。


 血鎖が作った動線を突進する二人。

 ダークエルフの救出に向かう。


 俺は<血鎖の饗宴>を消去しつつ右に駆ける。

 蟻地獄の魔術師とキュイズナー軍団を視界に捉えつつ跳躍した――。


 <魔闘術の心得>を生かすように魔力操作。

 体を巡る魔力の配分を変える。

 背中の筋肉を意識しつつ足下の位置に出した<導想魔手>を蹴った――。


 腰を捻る。

 右手に持つ王牌十字槍ヴェクサードを背中側へと運ぶと、眼前に迫ったキュイズナー。


 接近戦タイプのキュイズナーとの間合いを、刹那の間に埋めた。

 ――<豪閃>を発動。

 その蛸頭を、王牌十字槍ヴェクサードで刈り取った。


 視界の端で踊るヘルメ。

 <豪閃>の振り抜き機動を生かすように体が駒のように回る視界を有効活用。

 回転しながら左右の位置に居たキュイズナーに向け《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》を放つ。

 更に<鎖>と<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を射出。

 《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》で隠した<鎖>と<光条の鎖槍シャインチェーンランス>が続けざまに、左右のキュイズナーにヒット。


 そして、俺自身はもう一人のキュイズナーに近付く。

 生活魔法で足下に水を撒きつつ回転を終わらせ、着地するや否やスライディングキックを実行――。


 小さいヘルメも滑っていた。 

 水色の衣が捲れて、ヘルメのあそこが丸見え。

 が、リアクションは取らない。


 キュイズナーは俺のスライディングキックに反応できず――。

 細い足に俺のキックをもろに喰らう。

 キュイズナーの足をへし折った。


 俺は両手首から<鎖>を地面とキュイズナーに打ちこむ。

 そのまま、倒れゆくキュイズナーを引き上げつつ、体勢を直した俺は――。


 下段の槍技の<牙衝>を繰り出した。

 刹那、左から魔素の気配が急激に近付いてくる。

 左の視界に両手に魔剣を持つキュイズナーが映った。


 急ぎ左手に神槍ガンジスを召喚――。


 下段技を放った王牌十字槍ヴェクサードの杭が、足を折ったキュイズナーの蛸頭を貫くのを感覚で得ながら――魔剣で胸元を突こうとするキュイズナーに向け――<鎖>を放つ。


 キュイズナーの魔剣を<鎖>で弾くことに成功。

 そして、その<鎖>でキュイズナーの腕を絡め、<鎖>を収斂。

 キュイズナーの胴体から腕を引っこ抜くように、強引に、その剣士型キュイズナーを引き寄せた。

 刹那、キュイズナーは胸元が手形状に陥没。

 そこから魔紋を生み出す。

 魔紋の力を使った剣士型キュイズナー。


 プロミネンスのような魔力が縁取る三角形の魔法陣を周囲に生み出すと、片手で扱う魔剣を加速させて、<鎖>が絡む自らの腕を切断した。


 マジか、<鎖>ごと自分の腕を斬るとは――。


 剣士型キュイズナーの腕から銀色の血が噴き出る。

 片腕が握る、その切れ味鋭い魔剣で、俺を攻撃しようとするが、動きは遅い――。

 切られた腕に絡む<鎖>を消去。

 神槍ガンジスの<水穿>で、キュイズナーを狙った。

 水を纏う方天戟は振動しながら煌びやかな水飛沫を散らしていく。


 僅かに、俺に刃を向けていた魔剣で防ごうとするキュイズナー。

 その<水穿>の方天戟が、キュイズナーの魔剣と衝突した。


『ふふ、水の精霊ちゃんたちが躍動してます!』


 方天戟の<水穿>は魔剣の剣身をあっさりと打ち砕く。

 その魔剣の破片ごとキュイズナーの胸元に吸い込まれる神槍ガンジスの方天戟――。


「ぎゃぁぁぁぁ」


 武器破壊能力を誇る神槍ガンジスの威力は凄まじい。


 同時に神槍ガンジスの蒼色の纓に魔力を通す――。

 髪の毛のように靡く蒼い纓の群れは、一瞬で、刃物の群れと化した。


 ――刃物の蒼い纓の群れは、煌めきながら縦横無尽にキュイズナーの体を切り刻む。

 剣士だったキュイズナーの銀色と紫色の臓物が飛び散った。


 俺は銀色の血飛沫を吸い寄せる。

 魔力をかなり得た。

 しかし、剣士型キュイズナーは鎧も中々の代物だったはず……。

 それを、キサラのフィラメントのように靡いて、切断していくんだから凄い。


 まさに、神話ミソロジー級に相応しい。


 神槍ガンジスだ。

 あの渋い店主のスロザも唸っていたからな。


『……こ、これは、凄まじい。神話級。名は神槍ガンジス。異界からこの槍が突然現れ、旧神ギリメカラを突き刺したと記されていますね。魔人武王ガンジスが好んで使っていたとか……』


 といった鑑定内容はフルに覚えている。

 喰らった側は、たまったもんじゃないだろう。


 俺はバラバラになったキュイズナーの血を吸い取る。

 そして、その蒼い纓が躍動している神話ミソロジー級の神槍ガンジスを左手から消去。


 足下に散らばったキュイズナーだった肉片を踏み潰し前進――。


「――異質な槍使いめが! この都市の中枢にマグルか!」

「儀式の邪魔を! 糞マグルめが!」

「グンドァンの手合いだろう」

「壁から出るとは思えんが……」

「うむ、そして、ここは聖域ぞ?」

「だが、こうして、我らの邪魔をしている。そして、異質な槍を持つ、特別なグンドァンが壁の中で誕生した、ということだろう」

「グンドァンの救世主か!?」

「生意気なグンドァンどもめ!」

「殺せ殺せ、どちらにせよ、我らの聖域に侵入だ――」

「喰らえ<魔衝刃>――」


 気色悪い攻撃だ。

 魔力の渦を発している眼球を宿す三角魔法陣を飛翔させてきた。


 蛸頭たちは動揺しながらも、攻撃を放つ。


 眼球を宿す三角魔法陣。

 極彩色が強い魔法弾。


「……魔力の質が高い……極めて優秀な魔力操作だ。普通のマグルではないぞ!」


『ヘルメ、<精霊珠想>――』

『はい<滄溟一如ノ手ポリフォニック・ハンド>』


 左目から出た神秘的な色合いの液体ヘルメも即座に反応。

 無数の群青色を基調とした、これまた煌びやかな溶液の手が突出していく。

 俺の<白炎仙手>に近い動き――。

 ヘルメの<滄溟一如ノ手ポリフォニック・ハンド>は、三角魔法陣を握るように捕らえると、三角魔法陣の眼球は破裂し、その三角魔法陣は蒸発するように消える。


 魔法弾の攻撃のすべてを、ヘルメの<滄溟一如ノ手ポリフォニック・ハンド>は吸収していった。


 ヘルメの波打つ神秘的な液体。

 その中では……。

 色々な姿の妖精ヴェニューたちが、泳いで、競争を楽しんでいた。


 俺たちの激烈な外の戦いと……。

 その神秘的な液体の中で繰り広げられているほのぼのとした水泳大会との、圧倒的な落差に、一瞬、膝から崩れそうになったが我慢した。


「左目に魔造生物が棲んでいる!?」

「――急激に高まる魔力量の質は強者の証し!」

「気を付けろ、地底神ロルガを討った者だ。魔素の動きが極端すぎる」


 最後の味方に警戒を促した奇怪な声の主は、蛸頭のキュイズナーではない。


 三つの蟻地獄の頭を持つ魔術師だ。

 通称として、蟻地獄の魔術師と呼ぶか。


 雄と雌の違いはあるのか?


 気色悪い蟻地獄の頭たちだ。

 二等辺三角形の体格で、痩せ型。

 細まった両足が頂角。

 肩幅のある底角。

 腕は四つ。それら腕は細長く、手に四つの大小様々な杖を持つ。


 そんな蟻地獄の魔術師よりも、まずは手前のキュイズナー共だ。

 剣士のようなキュイズナーたち。


 そんな剣士型キュイズナーたちにとって背後の蟻地獄の魔術師は……教祖的な立場なのか?


 蟻地獄の魔術師のことを守るような動きだ。


 その剣士的な動きの蛸頭たちのことを凝視しつつ<闇の千手掌>を発動――。


 さすがに<闇の千手掌>の連発はキツイ。

 胃の中が、掻き回されるぐらいの魔力消費。


 が――我慢だ。


 闇杭で構成する闇色の巨大な掌が、生き残っていた剣士型キュイズナーたちを潰す。


 地面を巨大な掌の形に窪ませた。


 俺はすぐに標的の蟻地獄の魔術師に向かう。

 しかし、<闇の千手掌>から逃れた素早いキュイズナーが二人並ぶ。


 その剣士キュイズナーの背後で、闇色のオーラを纏う蟻地獄の魔術師は、俺を見据えながら四つの杖を掲げた。


 魔法か?

 杖から白銀色に輝く剣が二つ伸びる。

 続いて、違う杖の先の魔宝石から紫色の巨大な刃が二つ生まれた。


 紫色の巨大な刃はフランベルジュの形。

 ドラゴン殺し級の大きさ。


 ――<血道第三・開門>。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動――。


 前傾姿勢で加速――。


「加速だと!?」


 驚く声を上げた。

 蟻地獄の魔術師は俺の速度に対応できるようだ。

 手前の剣士型のキュイズナーに近付く。


 だが、まずは――。

 蟻地獄の魔術師を牽制する――。


 肩の竜頭金属甲ハルホンクを意識。

 魔竜王の蒼眼から氷礫を連続で射出――。


 何人かの剣士型キュイズナーも速度に対応。

 魔竜王の蒼眼が放った氷礫を打ち払う。

 しかし、幾つかは防げず。


 背後の蟻地獄の魔術師に氷礫は向かう。

 そして、<邪王の樹>を意識。


 邪界ヘルローネ製の樹木群を――。

 剣士型キュイズナーと蟻地獄の魔術師に向かわせた。


 蟻地獄の魔術師は異質な呪文を呟いている。

 三つの口のような形を構成している触手群から魔印を刻む歯牙を覗かせていた。


 蟻地獄の魔術師は氷礫に反応。

 杖から出た白銀色の輝く剣をぶれる速度で扱い、氷礫を弾く。 


 弧を描く機動で蟻地獄の魔術師に向かった邪界製の樹は、魔線が集合した波のようなモノに受け止められた。


 蟻地獄の魔術師の手前で、<邪王の樹>で作った樹は止まる。


 エヴァ系の念導力スキルか?

 アキレス師匠から学んだ魔技系の導魔術か?


 どちらにせよ――。

 ただの魔術師じゃないことは確実――。


 俺は左手首をクイックネスに動かした。 

 ――両手首の<鎖の因子>マークから<鎖>が伸びていく。

 左手首から出た<鎖>は、蟻地獄の魔術師が出した魔線が集合した波<導魔術>系の力のようなモノをあっさりと貫通。


 相性がいいらしい。

 しかし、片腕が持つ杖から出た魔剣に<鎖>は弾かれた。

 王牌十字槍ヴェクサードに隠れる形で出した右手首の<鎖>も、杖から出た紫色の巨大な刃で弾かれる。


 構わず前に出ながら剣士型キュイズナーごと<導想魔手>で殴りつける。


 剣士型キュイズナーの一人は魔剣で歪な魔力の拳<導想魔手>を防ごうとした。

 だが間に合わず――<導想魔手>の魔力の拳をもろに喰らう。


 剣士型キュイズナーは吹き飛ぶ。

 蟻地獄の魔術師は、


「――<霊琶の呼び声ハーム・レンギヌス>」


 と、呪文を発動。

 積層型の小麦色の魔法陣が<導想魔手>を見事に防ぐ。

 しかも、その表面は<導想魔手>の拳を包む形に窪んでいる。


 その魔法を構成する技術は恐ろしく高い。


 やるな――。

 とリスペクトを送りつつ<導想魔手>を消す。

 そんなリスペクト効果ではないが――小麦色の積層型魔法陣の左縁から細い魔線が飛び出て弧を描く――。


 一人の剣士のキュイズナーを越えた上空で、その魔線の一部が停まり蠢く。


 魔線が急拡大し平たい魔法陣ができる。

 その魔法陣は空間に干渉していくように、幾重にも折り曲がった。

 魔法陣と同じく空間も折れ曲がる。

 折れた部分に亀裂が入った。

 その亀裂から闇と灰のオーラが噴き出ると、剣士のキュイズナーを闇と灰のオーラが吸い込んだ。


 生贄か?

 魔法陣の亀裂が広がる。

 そこから闇と灰のオーラを纏う大きな目が出現。


 その大きな目が、銀色の血を滴り落としながら、


「――また随分と遠き星からよの? ダ・ゼ・ラボム。我を呼ぶほどの相手かえ?」


 喋る口がどこにあるのか不明だが、理解できる言語で喋った。

 三つの蟻地獄の頭を持つ、通称、蟻地獄の魔術師は、ダ・ゼ・ラボムという名なのか?


「つべこべ言わず、攻撃しろ」


 蟻地獄の魔術師ダ・ゼ・ラボムは大きな目に命令。

 大きな目は気合いを入れるように時計回りに一回転。

 小さい魔印をくるくる回してから、灰色のオーラを光彩から生み出す。


 その灰色のオーラで攻撃してきた。


『ヘルメ、あれ灰色のオーラには手を出すな』

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