五百七十七話 ユイの香り

 サラテンは直進。

 一つの建物ごと怪物の背中を貫く。


『わははは! 妾の餌だらけではないか!』


 あの辺は前と変わらない。


『人族のような存在もいるから見定めろ』

『――分かっておる! 娑伽羅のような者は大切にするのだな!』

『なんだそれは、まぁ、眷属たちは勿論だが、捕らわれた人もいるかもだ、ということだ』

『――次元を渡った神界菩薩をしらんのか!』

『しらん』

『ふん、ここは妾にまかせよ』


 ま、彼女は成長している。

 信じるか。

 その間に――。

 竜頭金属甲ハルホンクを意識。


 ボロボロだった防護服を交換だ。

 サラテンの一人のは、既にサラテンの中に戻っている。

 彼女の能力の<瞑道・瞑水>が作った半透明の和風防護服は消えた状態だ。


 もう俺のボロボロの服を補完していない。

 そのボロボロの防護服を右肩の竜頭金属甲ハルホンクの口が瞬く間に吸い取った。


 新しい防護服は軽装鎧。

 暗緑色と銀を強めるか――。


 と、次の鎧の装飾を瞬時に考える。

 素っ裸フルチンマン状態となった。


 股間が飽くことなくスースーする刹那、肩防具の竜の口から防護服の素材が吐き出された。


 俺は新しい防護服を纏う。

 魔竜王鎧を軽装風に、それでいて、パンク系のジュカさんの黒インナーのイメージを生かす。


 鏡がないから、正確に見た目は分からない。

 ま、俺のイメージ通りにできたのなら、いい感じのはず。

 変身してから戦いに参加しなかった相棒ロロディーヌを見た。


 光のカーテンを眺めている相棒ちゃんだ。


「相棒、下の戦いはいいのか?」

「にゃ」


 ロロディーヌはカーテン内で楽しそうに過ごしているラシュさんたちの動きに夢中だった。

 カカカカッとクラッキング音を鳴らし尻尾を揺らして興奮している。


 だからか、完全に遊びたいモードに入っていた。

 面白い姿だ。


 猫が窓越しに、鳥を追うような姿に見える。


 相棒は戦力外だな……。

 と、相棒の横っ腹から血が流れていた。


 え? まだ回復しきっていないのか。

 ただ遊びたいだけじゃなかった、すまんな。


 相棒に謝りながら――。

 上級:水属性の《水癒ウォーター・キュア》を唱えた。

 ロロディーヌの体を癒やしていく。


「相棒、そこで見とけ」


 相棒には休んでいてもらおう。


 魂の黄金道と蜂式ノ具を内包した光のカーテンが、そんな相棒ロロディーヌを包む。

 そして、光のカーテンは本当の戦旗になったかの如く、皆を応援するように揺れていく。


 不思議と高揚する気分を得た。

 相棒の触手が持つ蜂式ノ具は、この独立都市フェーンに干渉を及ぼしているのかもしれない。


「ンン、にゃ~」


 相棒の温かい喉声を聞きながら――。

 気になっていたキサラとヘルメの戦いを確認。


 地獄に居るような餓鬼か。

 あいつも地底神ロルガの大眷属なんだろうか。


 餓鬼の集合体の怪物が大眷属であるボス級か。

 キサラは、その部下のような存在と推測できる、小さい餓鬼たちと戦っている。


 大きい餓鬼の腹はデカデカと膨れていた。

 名前は通称、大餓鬼に決定。

 その大餓鬼の四肢は異常に細い骨武器で構成されていた。


 大餓鬼はそれらの細い骨武器を指のごとく繊細に扱う。

 キサラのダモアヌンの魔槍をタッチするように弾く。

 骨武器は、人の指と同じような動きが可能なようだ。

 ロボットのような硬い質の骨武器に見えたが、キサラの魔人武術の接近戦を器用に往なす。


 更に、裂けた胸元から、骨と肉の塊をキサラに飛ばしていた。

 エヴァたちが戦った大眷属と同様に、この餓鬼系の怪物も、頭部らしい頭部が見当たらない。


 裂けた部分もある。

 避けた内側は渦の蛇触手が渦巻く。

 ま、基本は分厚い肉の塊と骨。

 そして、骨の武器か。


 飛び道具もあるし、骨武器は器用で強い。 

 周囲の餓鬼たちの存在もあるとは思うが……。


 あの大餓鬼は、四天魔女キサラを押している。


 そのキサラは大餓鬼が繰り出した飛び道具を、右へ左へと軽やかなステップを踏んで避けた。

 そのまま宙を舞うように回転しながらダモアヌンの魔槍を振るって、近寄ってきた餓鬼たちを倒して往なす。


 すると、キサラを攻撃していた餓鬼たちに氷槍が刺さる。

 ヘルメのフォローだ。 


 俺も即座にフォローを実行。

 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>。

 《氷弾フリーズブレット》。

 《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》。


 を続けて発動。

 餓鬼のような小さい怪物たちにスキルと魔法を連続的に喰らわせていく。

 餓鬼は光槍の穂先に触れた直後、青白い閃光を発して爆発。


 その爆発はレベッカが扱う蒼炎のように広がって、周囲の餓鬼たちを巻き込む。

 連鎖的な爆発を引き起こしていった。


 その直後――。

 魔素を感知――。

 左後方の通り沿いに集まっていたムカデ怪人たちだ。


 剣のようなモノを投擲してきた。

 ムカデ怪人の急激な魔力の高まりは消えている。


 <導想魔手>を蹴って身を捻り避けた――。

 ところが剣刃は俄かに分裂――。

 四方に広がる――チッ、速い。

 <血道第三・開門>――。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動――。


 だが、剣刃の周りの空間が歪む。

 空間と剣刃から魔印のようなモノが羅列しながら広がって剣刃が加速。

 頭部と耳に足の一部にも傷を受けた。

 王牌十字槍ヴェクサードで弾くが、新しいハルホンクの腕防具が裂ける。


 再び、傷を負う。


 そのまま、王牌十字槍ヴェクサードを回転。

 杭と柄で剣刃を弾きつつ宙空を旋回する。


 その機動から王牌十字槍ヴェクサード越しにムカデ怪人を見る。

 甲羅鎧を着た人型だ。

 頭部がデルハウトと似た魔人タイプ。


 魔力を消費するが……狙うか。

 そのムカデ怪人に向けて<闇の千手掌>を繰り出した。


 ――通り沿いに集まっていたムカデ怪人たちを闇の巨大な掌で押し潰す。

 ドゴォォッとした重低音が響き、通りの一角が掌型に沈み込んでいた。

 ムカデ怪人は甲羅鎧ごと潰れている。

 まさに圧殺だ。

 そのまま跳び跳ねて飛翔。

 近くに神殿のような建物と墓場のような場所があることを視認。


 血塗れの人族系の方々が、連なって樹木のようなオブジェと化している光景もある。

 血という血が道を作り、複数の地下神殿に繋がっているようだ。

 更に、樹木の一つに眼球型の怪物たちが集まって、魔線を浴びせていた。

 その魔線を受けている樹木オブジェは内臓の実を宿している。


 そこから蠅のような怪物が生まれていた。

 怖い……暗黒の儀式だ。


 暗黒果樹園職人と言ったように、俺たちには関わらないようだが……。

 トドグディウス系の【血印の使徒】のような奴らか。

 地上も魔界も地底も変わらないな。


 俺たちに攻撃をしてこないなら無視だ。

 ヘルメがキサラをフォローしている現場に向かう。


「閣下、傷を!」

「大丈夫だ。剣刃を飛ばしてきたやつらは潰した。このままキサラのフォローを続けよう」

「はい」


 常闇の水精霊ヘルメと笑みを浮かべ合う。

 宙空でヘルメと隣り合った俺。

 キサラを攻撃しようと、集結してくる餓鬼のような怪物たちに向け――。


 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>と《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》を繰り出していく。


 怪物どもを成仏させていく。


「――シュウヤ様と精霊様、ありがとうございます」


 そう喋ったキサラは低空を突進。

 烏と紙人形たちが、彼女の腰の魔導書と足下の魔法陣から散っていく。


 <魔倶飛式>を親分とする<飛式>たちだ。

 両手の数珠は消えている。

 百鬼道の何番か忘れたが、何かの加速技を用いたかな。


 そう考えた直後――。

 突進していたキサラが魅せる。

 両手持ちのダモアヌンの魔槍を迅速な勢いで扱い<刺突>系の技を繰り出した。


 大餓鬼は突き技を防ごうとするが、そのクロスした骨武器を壊したダモアヌンの魔槍。

 ダモアヌンの髑髏模様を発した穂先が大餓鬼の胸を穿つ――。

 大餓鬼の膨れた胸元を構成していた肉腫と骨たちが、その衝撃で飛び散った。

 骨の破片が砂漠烏ノ型の兜に衝突していく。

 キサラは構わずダモアヌンの魔槍を斜めに振るい大餓鬼の横っ腹を抉った。


 大餓鬼の腹を派手に切り裂いて吹き飛ばす。


 ダモアヌンの魔槍からも、振動波のような魔力の波動が拡がった。

 キサラの下に集まろうとしていた餓鬼たちは、その振動波を受けると、ぶるぶる震えて頭部が吹き飛んでいく。


 振動波には髑髏たちが踊るような光景もある。

 天魔女流のスキルだろう。


 そこに、新手の餓鬼たちが現れる。

 大餓鬼を助けようとした餓鬼たち。


 長細い両手を振るい、膨れた腹から歯牙を生やす餓鬼たちだ。

 ワーワー、わらわらと、キサラのおっぱいを吸うような餓鬼たちめが!


 俺もキサラの傍で暴れるか?

 おっぱいを守る!


 と、その餓鬼たちの首が一斉に飛ぶ。

 ダモアヌンの魔槍を背中に回しての、逆袈裟軌道の豪快な薙ぎ払いだ。


 うん、格好いい!

 風槍流の『案山子引き』と似た動き。

 ――さすがはキサラだ。


 続けて俺は<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を二発発動。


 宙を引き裂くように直進する光槍。

 その<光条の鎖槍シャインチェーンランス>は、小さい餓鬼たちの体をあっさりと貫く。


 キサラは、ダモアヌンの魔槍を縦回転。

 柄孔から出たフィラメント群を扇状に展開。


 盾型に? と思ったが違う。


 ピアノ線のようなフィラメント群が、起き上がっていた強い大餓鬼を襲う。

 フェラメントは生きた蛇のように大餓鬼の体を捕らえると、肉腫と骨の塊を切断していく。


 しかし、大餓鬼の体は分厚い。

 ヴァンパイアのように再生も速い。

 動じないキサラは――間合いを詰めた。

 再生途中のぶらぶらと揺れて前に出ていた分厚い肉腫に、くびれた腰を生かすような、鋭い前蹴りを打ちこむ。


 追撃のダモアヌンの魔槍で肉布団を突き刺す。

 そのまま、ダモアヌンの魔槍を支えに、リズムのよい左右の蹴りを肉腫に喰らわせる。


 キサラは分厚い肉腫を、踏み台の如く、踏みつけてから高く跳躍した――。

 上空を駆けていく。


 空を天女のように舞う足さばきは、本当に美妙だ。


 まさに「る者くこと無し」。


 その可憐なキサラは、下方に向けたダモアヌンの魔槍を盾代わりに左右に振るい、飛来してきた肉腫の一部を潰しつつ<邪重蹴落>の踵落としを喰らわせる。


 ドドッと鈍い音が俺の位置にまで響く。


 キサラは悩ましいパンティを魅せつつ一回転。

 また大餓鬼を踏みつけるような<邪重蹴落>を喰らわせる。

 続いて、手元に戻していたダモアヌンの魔槍を振るい、大餓鬼の体にぶち当てた。


 大餓鬼を、またも派手に吹き飛ばす。

 キサラは流れるような所作から<投擲>モーションに入る。


 その吹き飛んで肉腫と骨が潰れて小さくなった大餓鬼に……。

 凄まじい威力の<補陀落ポータラカ>が決まった。


 必殺技系の投擲技だ。

 そして、大餓鬼は、ナズ・オン将軍のような特別な防御技は使えなかったということだ。


 やはり、果樹園を攻めてきたナズ・オン将軍は……かなりヤヴァイ相手だったようだな。


 まぁ、亜神夫婦を殺せると踏んだナズ・オン将軍だ。

 かなりの兵士を連れていたし、当然か。


 <補陀落ポータラカ>の衝撃を受けた生贄台がある小さい神殿が崩壊していく。


 そのキサラは上空でフォローしていた俺に向けて、


「シュウヤ様と精霊様! ダモアヌンの魔槍を拾ってから皆のところに戻ります」

「おう、そこら中にある神殿の地下に向かうか、撤収するか、皆の戦い次第だが、とりあえず、エヴァたちのところに戻ってくれ」

「はい!」


 キサラは大丈夫。

 眷属たちの掃討戦はまだ続いている。


「――ヘルメ、来い」

「はいっ」


 左目にヘルメを収めつつ、戦場を把握。

 さっき大眷属を倒したように、エヴァたちのほうの戦いは終わりつつある。


 一方、前線の一部を一手に引き受けているように戦うユイを確認。


 囮としての意味もあるのか、建物と建物の間の狭さを利用した戦い。

 囮でもあるが、当然か。


 黒衣裳が似合うユイも、またキサラと同様に強い。

 双眸から出る白銀色の魔力は背中側に靡く。


 <ベイカラの瞳>と連動した三刀流を駆使した剣法と、自身の強さに自信があるからこその戦術。


 そのユイが戦う相手は蟻地獄の頭部を持つ怪物。


 光魔ルシヴァルの<筆頭従者長>としての動きは冴え渡る。


 ユイは右手の魔刀を振り下ろす。

 近付く蟻地獄を倒した。

 手首を返し魔刀を振り上げ近付く二体の蟻地獄を同時に斬り伏せる。

 三体を瞬時に屠ったユイは、横壁を蹴り、小さく跳躍しながら左手首を基点に、体を捻るように回転させて、蟻地獄を斬る。

 そして、魔刀の角度を調整しつつ立ち上がり、両手の魔刀を振るい回し、矢を切断しつつ、近寄る蟻地獄を連続で斬り伏せる――。


『変な頭の人型ですね』

『あぁ、キュイズナーとはまた違う種族』


 ヘルメに念話を返しながら見学。


 ユイは着地の制動もなく、魔刀を振りつつスムーズに通りを駆けながら蟻地獄を薙ぎ倒す。

 白銀の軌跡を生み出しつつ駆ける。


 通りの出入り口に居た大柄の蟻地獄を狙うようだ。

 大柄の蟻地獄の武器は槍。


 魔力を内包した豪華な鎧を着ている怪物だ。

 兵士長のような存在か。

 俺が<紅蓮嵐穿>を用いて倒した巨漢大怪物の槍使いレターゲスよりは弱いか?


 迅速にユイは駆ける。

 その大柄の蟻地獄との間合いを詰めた。

 蟻地獄が繰り出した長柄の突きを、頭部を傾けて避ける――そのまま大柄の蟻地獄の横を駆けながら振り抜いた魔刀で、蟻地獄兵士長の胴体を一閃。


 そして、右手を突き出し、突きの動作を行なったような姿勢で動きを止めるユイ。

 彼女の背後で、豪華な筋肉鎧を身に着けていた蟻地獄の上半身がずれて倒れていった。


 輪切りの断面を残す下半身。

 そこから金色の血が噴出していく。

 ユイは、右手を真っ直ぐ伸ばしたポーズを決めたまま動きを止めていた。


 魔刀は、拳を保護する部位がある。

 アゼロスかな。


 そして、呼吸が乱れているわけではないはずだが……動きを止めているユイ。


 周囲の魔素の動きを把握しているとか?

 しかし、あの片腕を伸ばして、左足が前に出て、右足が後ろに伸びたヨガのポーズにも見えるポーズは……また魅力的。

 パンティが少し見えているし悩ましく美しい。


 白い太股もいい!

 しかし、ユイが出た場所は開けたところだ。

 地形的に少し分が悪い。


 そして、そのユイに向けて攻撃をしようと広間に集まっている次の相手は……。

 蟻地獄の兵士もいるが……。


 魔術師タイプのキュイズナーが多い。


 背後の通路からも、肉腫怪物と単眼の頭部に胸元が裂けている怪物が増えた。

 通路のほうの怪物は大丈夫だと思うが……。


 問題は広場の怪物たちか。

 儀式を行っていた高台に居る巨大な手を持つキュイズナーも気になる。


 その近くで、カエルと蜥蜴が合わさったような兵士の手が握る鎖に繋がれた裸の女性もいた。

 しかし、ここで囚われた人?


 髪は黒っぽく見えるが、ダークエルフかな。


『あそこの怪物たちを倒して救いますか?』

『助けることができたら助けるとしよう。が、今はユイのほうの敵を倒す』


 助けたとして、余計なお世話だったらどうしよう。


『はい』


 ま、襲い掛かってくる手合いなら……。


 しかし、高台の巨大な手を持つキュイズナーは魔力操作といい強敵と分かる。

 周囲の魔術師タイプのキュイズナーも数と質は高い。


 更に――。

 魔力を隠蔽していた怪物だ。


 魔力が急激に膨れ上がった怪物を視認。


 装備が整った怪物……。

 その怪物は、蛸頭ではなく、エヴァたちが戦ったように巨大でもないが……。


『閣下、あの蟲のような頭部を持つ者は魔力量が凄まじい。魔力操作も巧みです』

『だな……』


 三つの蟻地獄の頭部。

 四本の腕に形の違う杖を持つ魔術師系の怪物。

 俺が対峙したルゲマルデンの蛸頭キュイズナーとは、また違うと思うが……。


 魔力量は地底神ロルガ級と推測。


 思わず、ギョッとして魔察眼で凝視したが……。

 あんな奴もいるのかよ……。


 てっきり、独立都市フェーンは地底神ロルガが支配していると思ったが……。

 さっき、皆と協力して倒したばかりのゴジラ級の四角形といい……。

 キサラがぶっ殺した大餓鬼といい……。


 都市の内部でも群雄割拠の強者ぞろいな状態だったのか?

 地底神ロルガは蜂式ノ具の力を取り込んでいたから強かっただけ?


 歪な骨と肉で構成された神殿はそこら中にある……怪しい階段もあった。


 地底神ロルガが封じた地底神?

 または、その眷属たちか?


 ロルガが死んだことで、封印が解かれたとか?


 ……そういえば【雀虎】の総長リナベル・ピュイズナーが、神話ミソロジー級の大太刀でロルガの額を突き刺したとき……餓鬼のようなモノにロルガは絡まって亀裂の中に引き込まれていた。


 あれはロルガの能力かと思ったが……。

 ロルガと敵対していた怪物の能力だとしたら辻褄が合う。

 内部は内部で争いのある混沌とした都市ということか。


 そして、ユイの推測は当たりだ。

 この神殿が多い狭い一部の地域だけでも、この異質な怪物たちの量だ。

 広い都市の内部には、他にどんな怪物たちが棲んでいるか……。

 壁の外も広大な地下街だったし、何度も思うが、とんでもない場所だ。


 アムたちは……こんな都市を有する魔神帝国と争っているのか。

 二十四面体トラペゾヘドロンをすぐに利用できるようにポケットに入れておく。


 ……遠距離から見学&支援は止める。

 <導想魔手>を蹴り、そのユイの近くに向かった。


 ユイは広間の手前の左右に陣取るキュイズナーから攻撃を受けていた。

 ユイは落ち着いている。

 間断なく魔法弾が来るのを冷静に斬っている。


 続けざまに右から迫った魔法弾を右手で払うように振るった魔刀で切断した。


 魔刀を持つ右腕の肘を上げる。

 そして、その右手首を、ぐわらりと下から回し、左から飛来した魔法弾をぶった斬る。

 魔法弾が散る最中、左手が握る魔刀を右に運ぶ――。


 左から迫った魔法弾を真横から切断した。

 その返す刀で、続けざまに飛来した魔法弾を斬る。


 小さい口が咥えた神鬼・霊風も振るう。

 眼前に八の字を作るように神鬼・霊風を動かし、正面の魔法弾を消し飛ばした。


 ベイカラの瞳の力が宿る三つの魔刀。

 双眸の輝きと三つの魔刀が織り成す軌跡は実に美しい。


 左右の腕が握る魔刀を胸元で交差させた。

 身を反らしつつ両手をしならせ広げたユイ。

 魔刀で、八の字から∞の模様を宙空に描く。

 白銀色を灯す三つの魔刀は、波紋のような軌跡を宙に残して美しくブレる。


 魔刀と衝突していく魔法弾。 

 斬られ散る魔法弾でさえ芸術の花と化す。

 そのままスムーズに流れるように三つの魔刀を振るっていく。


 ユイは自身の黒髪を魔刀で切ってしまうようにも見えた。


 が、まったくそんなことはなかった。


 魔刀が幾重にも連なるさまは千手観音の腕のようだ。

 岩菲のような五つの花弁が生まれて儚く散る。


 死神ベイカラに愛でられているユイだが……。

 ユイの剣法は華やかさがあるし、色鮮やかだ。


 そんなユイに背後から肉腫怪物が迫る。

 フォローに魔法を放つかと思ったが、ユイは背後の気配を察知していた。

 お立ち台で剣舞を披露するような動きから――。

 右肘と左肘を下げ自身の脇腹を斬るように、魔刀の切っ先を背中側へと向けた。


 沸騎士の切腹ではない。


 背後から迫った肉腫怪物を、その魔刀で突き刺し蹴り飛ばす。

 と、俺がよく使う爪先回転の技術で横回転――。

 背中に回した右手と左手の魔刀を交換。

 前転を実行――。

 魔法弾を避けつつ次に飛来してきた魔法弾に向け立ち上がりながら魔刀を振るい上げる。

 下から魔法弾を切断――。


 斬った魔法弾がユイの眼前で散る。

 黒髪を焦がす。 

 迅速な機動だ。

 双眸から白銀の魔力が漏れていることは分かる。


 その白銀の魔力は、三つの魔刀を覆っている。

 白銀に輝く三つの魔刀を、より強く輝かせると、反撃に移った。


 <血魔力>を用いた魔闘脚で駆けていく。


 迅速に、素早く、元暗殺者としての実力を示す歩法と、その剣法。

 そして、地を蹴り跳躍――。

 ユイの視線は左、広間の左のキュイズナーを狙う。

 体を回転させつつの<舞斬>か。

 ユイは迫る魔法弾を下から斬り上げ切断し、自身は体を捻って飛来した魔法弾を避けた。


 続けざまに飛来してくる魔法弾は、ユイの足の間を通り抜けた。

 ユイは<舞斬>をキャンセルしたように片膝を地面に突け着地、キュイズナーとの間合いを零とした。

 ユイは制動もなく、その屈んだ姿勢から流れる所作で右手の魔刀を水平に右へと振るう。


 キュイズナーの足を斬った。

 そして、左手を斜め上に突き出す。

 キュイズナーの胸元を魔刀が捉えると、ほぼ同時に立ち上がったユイ。

 口に咥えた神鬼・霊風の刃が、キュイズナーの股間を捉えていた。

 ユイはそのまま頭部ごと体を反らす。


 神鬼・霊風の刃はキュイズナーの胴体の半ばまでを両断した。


 更に、神鬼・霊風から風刃が無数に出る。

 斬られたキュイズナーは内側から爆発するように、体が細切れとなった。


 散っていく銀色の血を身に吸い寄せるユイ。

 剣術の進化が著しい。

 俺は<飛剣・柊返し>を覚えたが……。

 まだまだだと実感する。


 と、感心してばかりはいられない。

 ユイをフォローしつつ、直接戦いに参加だ。

 ――ユイに集中している反対側のキュイズナーたちを狙うとしよう。


 ――蛸頭野郎ども!!

 眼前が、いや、俺の先の空間ごと血に染まる勢いの<血鎖の饗宴>がキュイズナーたちに向かう。

 波頭の形の血鎖の群れが、ある種の獅子吼を促すようにキュイズナーを急襲した。


 熱弁に口角沫を飛ばす勢いのキュイズナーたちだが、意味はない。

 <血鎖の饗宴>を浴びて溶けていく。


 始末を確認してから、すぐに全身から伸びていた血鎖たちを消去。

 <導想魔手>を蹴ってユイに近付いた。


「――ユイ」

「あ、シュウヤ」


 着地しつつユイの背中に、俺は背中を合わせた。

 互いに死角を無くしつつ回転。

 接近戦が得意なキュイズナーを王牌十字槍ヴェクサードで潰すように吹き飛ばす。

 背中のユイの温もりを感じながら、左の視界に入った単眼怪物目掛けて、<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を放つ――。

 単眼怪物の胴体に風穴が空いたのを確認しつつ、周囲に魔術師のキュイズナーが増えたことを確認。


「新手か、壁を作る」


 と、ユイに告げた。

 俺は<鎖>で防御陣を瞬く間に構築――。


 カマクラ風の円形を作る。


「了解――」


 ドドッドドッドドッと、キュイズナーが放った魔法弾と衝突する<鎖>の壁。

 雨霰と降り注ぐ魔法弾の攻撃は激しい。


 <鎖>の僅かな隙間から覗く、眩い光は紫色と黄緑色が混じっている。

 ビーム弾を浴びている印象だ。


「ふぅ、一息つけるわね」

「そうだな、油断はならんが……」


 俺の言葉を聞いたユイは、魔刀の一つを腰に差しながら横回転。

 <鎖>の壁と衝突する魔法弾が散る中――。


 俺の頬にキスをしてくれた。

 突然のキスに驚いた俺は、ユイを見る。


「……でも、ありがと、助けに来てくれて」

「なあに、いつものことだ」

「……ふふ……嬉しい」


 俺がジッとユイの表情を見ていると……。

 彼女も見つめてくれた。

 瞳を揺らすユイは微笑む。


 と、チラッと視線を逸らす。


 そして、やや遅れて俺の唇を見てから、視線を寄越し、また視線を逸らす。


「どうした? 何を急に恥ずかしがってるんだ」


 と、ユイを凝視。


「もう! ジッと見ないで……女心を弄ぶつもり?」

「俺をだれだと心得ている? レベッカじゃないが、エロ大魔王だぞ」

「……ふふ」

「ということで、可愛いユイをジッと見るのだ、ぐははは」

「わざと変顔を作って笑わせて! あ、ロルガは倒したのよね? さっき怪物たちは一瞬動きを止めていたから……」

「倒したはずだ。蜂式ノ具も取り返してロロが持っている。ただ、地底神だからな……神が付く以上、何事も絶対はない」

「うん」

「そんなことより、怪我とかはないよな? 心配だ」


 ユイの体をチェック。

 ほどよい大きさの胸を露出した黒を基調とした戦闘服。

 黒インナーと革ベルトは前と違って見える。

 ベックルの形が変化している?

 そして、魅力的な太股さんだ。


「うん、大丈夫。回復が遅れるような地味な攻撃もあったけどね」

「光魔ルシヴァルに通じる毒系の攻撃か……」


 相棒の姿が脳裏に浮かぶ。


「今のように、激しい魔法弾のような飛び道具と矢の攻撃もあったから、どれがどの攻撃か不明だけど」

「さっきの蟻地獄の頭を持つ兵士長のような存在は?」

「たいしたことはなかった。強さなら、霧のような体を持つ怪物のほうが上だと思う」

「霧? 見てない」

「うん、斬ったと思ったら地面の亀裂の中に吸い込まれるように消えたの。斬った感触は微かにあったけど……逃げられた。だけど、しっかりと<ベイカラの瞳>で捉えたから、追跡は可能。今も、地下を蠢いていると分かる」


 さすがはユイ。

 <ベイカラの瞳>で、赤く縁取った霧の怪物が見えているようだ。


「その霧の体といえば、コレクターのシキの配下に居たが……」

「さすがにシキと繋がりがあるとは思えない。今も地下を彷徨っているような動きだし、たぶん同じ種族系か、そのような種族ということでしょう」

「地下からの不意打ちには気をつけるとして、さて……」

「打って出るタイミングなら合わせるから」

「いや――」

「――あっ」


 と、ユイを抱きしめる。


「ユイの匂い。いい香りだ……」


 ユイの耳元で語る。

 そのユイは、一瞬、体を震わせた。


「ば、ばか、戦闘中なのに――」


 と、構わずユイの唇を奪った。


 瞬きするユイは、ゆっくりと、嬉しさがこみ上げていくように、微笑む。

 体を弛緩させると、もう片方の手が握っていた神鬼・霊風を落とす。

 そのまま両手を俺の背中に回して、ぎゅっと、強く抱きしめてきた。


 俺もユイの気持ちに応えた。

 魔力と血を送る。


 ユイは紅潮して唇を離すと……。


「シュウヤの血で興奮しちゃったじゃない……」

「はは、俺もユイの血が欲しい」

「うん、宗主でしょ、それに、もう、いちいち許可なんていらないから、吸って……」


 ユイは首筋を晒す。

 その首筋にキスをして舐めるように唇を当て、「ん」と甘い声を上げたユイの首筋に牙を立てた。


「あん」


 と、ユイの声に欲望という鋭い牙で表現はしない。

 優しくユイを抱きながら血を少しだけ吸う。


 ユイは体が震えて倒れそうになった。

 腰と背中でユイを支えながら血を吸うのを止める。


 ユイの高鳴った鼓動を感じながら、


「……ユイ、大丈夫か?」


 ユイは、むあんと女らしい愛しい匂いを、漂わせながら、俺をじっと見て、


「……うん……昔を思い出した」

「初めて抱いたときか」

「そう、恋人にしてくれた日、愛してくれた日――」


 その愛しいユイの口を、俺は唇で強引に塞ぐ。


 そこで『閣下、お楽しみはそろそろ……』

 と、ヘルメからツッコミが来たように、ユイの肩に手を置いて、彼女の唇から離れた。


「ぷはっ……」


 甘い吐息を漏らすユイは、俺から離れず胸と腰を押し当てながら、


「シュウヤの、ここ、硬い……興奮しちゃってる」

「あぁ、滾ったが……今は戦闘中だ。切り替えるぞ」

「……うん」


 潤んだ目のユイの気持ちは嬉しい。

 内股で、切なそうに、もじもじといじらしく動くが、仕方ない。


「……魔法弾の数が増えている。広間の敵がここに集結しつつあるようだ」


 <鎖>の壁が凹みつつある。

 手が大きいキュイズナーが放ったのか?

 蟻地獄のような形の頭部が三つもある魔術師の怪物が繰り出しているのか、不明だが……。


 強烈な魔法弾が増えた。


「わたしは左右のキュイズナーを狙う」

「分かった。俺は広場の正面。手が大きいキュイズナーか、三つの蟲の頭を持つ怪物を狙う。それと味方は優勢だ。エヴァたちは巨大な怪物を倒したから、じきにここに来るかも知れない。血文字での連絡がないから忙しいと予想はできる」

「うん」

「んじゃ、ミレイヴァルを出すとして……」


 と語りつつ、腰に備えた朱色と銀色のゼブラ模様の小さい金属杭を触り握る。


「腰のアイテムね。シュウヤは、ぼーるぺんとか言ってたけど……美人さんとも」


 ユイはキッとした表情を浮かべて語る。

 俺は視線を泳がせつつ、


「そ、そうだ。で、沸騎士たち&リサナに神剣サラテンは他で活動中」

「精霊様は?」


『ここです!』


 ユイの問いにすぐに視界の端に登場する小型のヘルメちゃん。

 お尻をふるふると震わせたヘルメ立ちを行う。


「左目だ。で、ヘルメだが、俺は直に蟻地獄の魔術師を狙う。防御と攻撃を兼ねるからヘルメを内包したまま戦うことになるだろう」

『はい、<精霊珠想>か<仙丹法・鯰想>ですね』

『たぶんな、まだ分からん』


「そう。ミレイヴァルさんはかなり強いようだし、大丈夫だとは思うけど……正面の蟲の頭部を持つ魔術師は、ヤヴァイ・・・・と思うわよ?」

「分かってる。ミレイヴァルを呼んでから、この<鎖>の防御壁を消す。あ、<霊血の泉>も試すか」


 ――<霊血の泉>を発動。

 俺の足下から光魔ルシヴァルの血が広がるが止まった。

 血が盛り上がった箇所もあるが……。

 ルッシーは出ず。


「あ、魔力を得た。でも、ルッシーちゃんは来ないわね」

「そのようだ。さすがにサイデイルと距離が離れすぎている。ま、少しは眷属たちに効能があるから、よしとしよう」

「うん」

「じゃ、ミレイヴァルを呼ぶ」


 そのまま、杭を掌で回転。

 指で挟んでペンマジックを実行――。

 <霊珠魔印>を意識――。


「閃光のミレイヴァル、出番だ!」


 ミレイヴァルに魔力を込める。

 と二の腕のマーク<霊珠魔印>と同時に胸元も輝く。

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