五百六十二話 七戒のベニーとの激闘


 怯えた表情で立っていたのはトウブ。

 マジマーンの一味だが、新しく【天凜の月】の部下になったばかりの船乗り。そのトウブの背後に居るのが、ベニーだった。

 【七戒】のベニー・ストレイン。カウボーイハットをかぶる男。

 中年らしい精悍さの顔に無精髭が目立つ。

 銃口から杭状の弾の先端がトウブの首に当てられている。

 前はベレッタのような銃だったが、銃の形が変わっていた。

 ブルパップ方式のP-90やFNF2000とかイスラエルのタボールの銃とやや似た作りだが……魔力を内包した銃身はレールが付いたハンドガードと一体化した金属機構で銃剣かグレネードランチャーでも備えているのように角張って太く厚くなっている。

 グリップの位置は逆手だ。ナックルガード風の指が嵌まるタイプ。

 引き金の位置はここからでは判断できない。

 ワンピースストックとバットプレートの横にメーターと小さい噴射孔があり、噴射孔から出ている魔線は柔らかいチューブのように肩と胸元のハーネスの防護服と繋がっている。魔銃の後部の銃床にも大きい噴射孔と回転ノズル風の機械もあった。銃床から噴射する力で空でも飛べるのか?

 滑らかそうな金属の撃鉄はユニークな形だ。

 俺の持つナパーム製のビームライフルと違う。

 未来、ファンタジー、スチームパンク、様々な技術が融合したような魔道具の銃。

 

 そんなすこぶる格好いい武器の銃で、人質を取ったベニー・ストレインに対して、体勢を低く構えた相棒が、


「ガルルルゥ」


 と、唸り声を発した。山猫のロロディーヌだ。

 四肢に力が入り、両前足から伸びた爪が床にめり込んでいた。

 

 触手は出していないが、いつでもベニーに飛び掛かれる姿勢。


『閣下、ベニーは魔力操作が巧みな相手。気を付けてください』


 ヘルメが警戒した。


『おう。クナが俺に紹介した闇のリストだからな』

『はい、人族とは思えない強さを秘めた方かと……<精霊珠想>か、わたしも外に出ますか?』

『いや、現状の選択肢は少ない。出入り口は一つ。あいつを操舵室に入れずに対処する』

『はい』


「おっと動くなよ? 神獣」


 魔闘術を纏っているベニーは冷静にロロディーヌを牽制した。

 甲板を占拠したのは、こいつが率いている暗殺チームとして……。

 ベニーは闇のリストとして紹介された時『副長のトオと仲間は宿に居る』と語っていた。


 ベニーのような力を持つ者たちが他にも居る可能性が高い。

 俺の魔察眼を察知しただろうベニーはマジマーンを見ながら、


「マジマーン。そのミホザの聖櫃アークを寄越してもらおうか」

「渡さないと、トウブを撃ち殺すってのかい?」

「そうなるな」


 ベニーの目的はマジマーンの持つアイテム聖櫃か。

 マジマーンが掌から宙に展開させた石版は、もう小さい箱に格納されている。

 

 そのマジマーンが、


「七戒のベニー。あんたは七戒の中でも一、二を争うほど強い。が、この【天凜の月】の猛者相手に逃げ切れる自信でもあるのかい?」

「はっ、笑わせる。自信がなきゃ踏み込むかよ」


 ベニーは嗤いながら語りつつトウブの脇腹を撫でるように片手に握る魔銃を上下に動かした。

 相当に自信があるようだ。


 マジマーンの語りようから、とりあえずベニーとマジマーンは敵対している間柄と分かるが……。


「七戒ってのは渾名か組織か。七戒とマジマーンの一味は因縁があったのか?」


 壁に、七戒の糞野郎たちと記された紙を見ながら語る。

 マジマーンも、その壁に刺さる紙を見ながら、


「ある。七戒とは、渾名と暗殺チームの名。他にも七戒の幹部たちは居る。このベニー・ストレインは、そこの壁に刺さっている古い紙に書かれた賞金額より上だよ」


 落ち着いて語るマジマーンはさすがに修羅場は潜っている。

 しかし、ラファエルの話だとベニーの暗殺チームは南のセブンフォリアの王家に関する仕事が多いと聞いていたが……ベニーが、

 

「だからこそだ。マジマーンが持っているミホザの聖櫃アークはミホザの騎士団の物、俺たちが信奉するミホザの騎士団が持つべきアイテムだ、素直に返してもらおうか」

「いやだね。だいたい七戒はセブンフォリア王家お抱えの暗殺集団だろう。ミホザの騎士団を信奉しているからって、わたしたちが苦労して見つけたアイテムをなんで南の七戒の糞野郎たちに渡さなきゃいけないのさ」


 ベニーはマジマーンの問いを聞いて、間をあけた。


「……海賊風情が、七戒を理解しているように語るんじゃねぇよ」

「理解? 人質を取って、わたしたちの邪魔をする糞野郎だろう」


 マジマーンが感情的になる。

 トウブの頭部が吹っ飛ばされてしまうぞ。

 少し、落ち着けという意思を込めて視線を送りつつ、


「……大昔から、南のセブンフォリア王家も海に進出していたってことか」


 俺がそう発言すると、ベニーは頷く。


「他も関係するが……マジマーンが使えているように、聖櫃アークは個人能力を上げるだけではなく様々なアイテム能力を秘めている。七戒以外の奴らも使えるから厄介なんだ」


 七戒が信奉するミホザの騎士団か。

 七戒と言えば聖書の出エジプト記を思い出す。 


 ベニーの言い方だと……。

 そのミホザの騎士団は色々な国と関係したってことか?

 

 だとすると、マジマーンが持つ聖櫃アークは相当な代物か?

 マジマーンが所有する四島の一つで見つけたらしいが……。


「ん、だからといって人質と武器で脅すのは良くない」


 エヴァが語る。


「そうですね。それでは、あなたさま、この船を壊しても?」


 ジョディは違う意味で落ち着いている。

 上の敵ごと大きな鎌のサージュで天井を切断しようってことか。

 

 すると、マジマーンが、


「え、こ、壊す……だ、だめだぞ」


 ベニーと人質のトウブよりも、今日一番、動揺していた。

 頭部を左右に激しく振っている。


「ジョディ、なるべく壊さずの方針でいこうか」

「はい、では、静観します」


 と、鴉さんが座っているソファの隣に腰を落とすジョディ。

 フェイスベールが似合う鴉さんは落ち着きながら姿がだんだんと薄くなる。

 隠蔽系が発展した<血魔力>系のスキルか。


 カルードは鴉さんを見ていないが、信用しているようだな。

 ま、この人数だ。

 傍にビアとロゼバトフにサルジンとスゥンさんが居るし、当然か。


 ジョディが暴れて、天井を壊しても、<邪王の樹>で修理が可能かもしれないが……。

 俺は船大工の経験はないからな。


「……シュウヤ様を脅迫しているのと同じですね、抹殺です」


 蜘蛛娘アキは蜘蛛としての複眼と鋏角の腕をブレード状に尖らせる。

 ユイの神鬼・霊風の鞘に押さえられていた。


「まだ、だめよ? アキちゃんとわたしたちは、どちらかと言えば……」


 と、ユイは天井を差す。

 ベニー以外の敵ってことを言いたいんだろうがけど、アキは分からないようだ。


「シュウヤ様、わたしと融合し、敵をめっためったに切り刻んで、吸収しちゃいましょう!」

「……」

「……」


 鴉さんとカルードは俺に視線を向けてくる。

 俺は無難に左右に振った。

 <蜘蛛王の微因子>のことを指しているんだろうけど、まだ実験もしていない。

 第四の腕としての布石となるかもしれないから、期待はできる。

 

 しかし蜘蛛脚とか生えたら……。

 額から蜘蛛脚とか、いやだな。

 因子は<鎖>と同じくどこでも刻めるから大丈夫とは思うが。

 

 そんな俺の態度を見たユイは微笑んでから、


「ベニー次第ってことかしら」


 と、ユイはベニーを睨みながら語る。


 ベニーは驚いて、


「蜘蛛だと……まさか、な、あ、ラファエルとエマサッドの……」


 アキを見て、デロウビンのことに気付いたようだ。 

 すると、エヴァが視線を強めて、


「ん、戦いとなったら、船を壊してもトウブは助ける!」 

「……わたしも蒼炎でできる限りは、燃やさないように気を付けるから」

「トウブは【天凜の月】のシュウヤの新しい部下……わたしたちの仲間だからね」


 エヴァとレベッカとユイが語る。

 その言葉にヴィーネが頷きユイと視線を合わせ頷く。


 頬にある銀の蝶々の力エクストラスキルは使わないようだ。

 ガドリセスの柄から手を離すヴィーネ。


 ラシェーナの腕環から闇の精霊たちを出して、一部を天井と足下に展開。

 同時に翡翠の蛇弓バジュラを背中から取り構えた。


 翡翠の蛇弓バジュラから出た薄緑色の魔力が彼女の青白い片腕を覆う。

 ラジェーナの腕輪も隠れた。


 翡翠の蛇弓バジュラの末弭と本弭を結ぶ弦は、緑の光線だ。


「……ベニー・ストレイン。闇のリストか戦闘のリストか知りませんが、この場から五体満足で逃げ切れると思わないことです」


 <筆頭従者長選ばれし眷属>のユイとヴィーネは体勢を変えて間合いを計る。


「……見たことのねぇ魔弓だな……」


 と、戦いの気配を察知したベニー。

 気を取りなすように、視線を巡らせながら、片目の光彩と瞳を輝かせた。

 不気味に光る双眸。

 光彩に傷痕風の小さい魔力印字の模様が、蛇のように蠢く。


 魔力を宿した小さい蛇たちが眼の前に浮いていく。

 立体的なエフェクトで小さい蛇たちが動く姿は綺麗だった。


 そんな魔眼を発動させて、表情を変えず、ユイたちを睨むベニー。

 明らかに魔察眼と違う。

 

 俺たちの挙動を把握しようとしていた。

 冷静な仕事屋。

 トウブの人質はあくまでも交渉としての材料の一つか。

 

 戦いに発展した場合の肉の壁か。

 俺たちが動揺すればお手の物という感じだろう。


 ベニーは魔眼の発動効果か不明だが、首の血管が膨れて窄むをくり返す。

 肩にある金属と革のハーネスの噴射口から出る魔力たちが強まった。

 

 体内魔力が更に活性化。

 魔闘術系と連動したスキルを発動したようだ。

 脹ら脛の防具も連動して薄い皮と金属が足に展開していた。

 魔力操作も極めて優秀。

 

 警戒しながら、


「……トウブを撃ったら目的の品も手に入らず、俺たちから攻撃を受けることになるが」

「そうだな」


 短い言葉だ。

 俺たちを相手に戦闘を想定済み。


 マジマーンは舵から手を離し、


「トウブ大丈夫かい? で、チップはどうした」

「マジマーン様、すみません。チップは撃たれて海にどぼんです」


 人質のトウブが喋る。

 チップは撃たれたか。


「そうかい。奇襲とはな。で、ベニー。これを渡したら、本当にトウブを解放してくれるのかい?」

「解放しよう。その聖櫃アークを俺が受け取り逃げてから、となるが」


 ベニーは勝ち誇った顔で語る。

 顎髭が憎たらしい。

 

「マジマーン。渡すなよ。これは俺に売られた喧嘩だ……」


 魔槍杖を右手に出す。

 左手の掌をベニーに向けた。


「総長……」


 ベニーは、


「……槍使い、俺の邪魔するのか」

「銃口を俺たちに向けて、どの口がほざく」

「……」


 ベニーは片頬を上げてにやりと嗤う。

 ベニーも人質を取るってことは、できるだけ、穏便に無駄なく秘宝を奪いたい思考があるはずだ。

 だから、人質を殺すことはしないかも。


 俺はそのベニーに、


「今回の仕事はセブンフォリア王家と関わるのか?」


 ベニーは眉をピクッと動かして、


「それを喋る義理はねぇな」


 ベニーの言葉を耳にしながら……。

 皆に視線を巡らせていく。

 その視線の意味は『俺が対処する』というアイコンタクトだ。


 ジョディとユイとヴィーネは即座に頷く。

 エヴァも頷きながら……薄い紫魔力を足下から発動する。


 薄い紫魔力は影のような動きで床と壁を伝う。

 天井に、紫魔力で覆う金属も展開した。


 一部の紫魔力は、そのまま階段側に居るベニーとトウブのほうに向かう。


 ベニーからしたら、死角か。

 エヴァは超能力的な力を持つ紫魔力で、直にベニーを襲うつもりかな。


 ベニーは、俺とユイとヴィーネのことを注視してきた。


 そのベニーに聖櫃アークを渡すつもりも、トウブの命を奪わせるつもりはない。

 俺は魔槍杖を消した。

 ベニーを攻撃するにもトウブを助けることを優先。

 カルードを慕うような視線を向けていた彼の命を優先する。

 

 ベニーは人質を盾代わりにしているが……。

 魔力操作を含めて相当な実力を秘めている相手。

 エヴァの紫魔力の動きも、わざと、気づいていないフリの可能性もある。


 仕掛けるなら切り札の脳脊魔速切り札がある俺のほうがいい。

 

 ……手っ取り早く<鎖>による不意打ちで脳天をかっ飛ばすのは、止めておこう。


 ベニーは戦闘と魔銃の扱いに自信があるから、勝算があるからこその、態度。

 加速系の力があると認識したほうがいい。

 

 船尾楼の上に、ベニーの仲間も居る。

 強引に、下の部屋の中に居る俺たちに向けて、あの杭の魔弾を撃ってくる可能性もある。


 ベニーと同じような杭の魔弾なら天井を貫通してくる可能性があるってことだ。

 エヴァが天井に紫魔力と金属の一部を展開させているから大丈夫と思うが。

 

 ……バンカーバスター的な貫通力を備えた魔法の弾とかだと貫いてくるかもしれない。


 そう予想しながら足を少し動かすと……。

 ベニーの茶色の瞳に内包した魔眼がギョッと動いて彼が持つ魔銃が少し動く。


 ――反応はいい。

 加速系に自信があるのなら、やはり俺の<鎖>に対応して魔銃をぶっ放す可能性が大か。


 その後、背後の壁をぶち抜いて船の外に退くとかやるかもしれない。


 その逃げたベニーを追撃ならできそうだが……。

 だが、トウブを助けるには、ベニーと間合いを潰すしかない。

 

 最速の技で間合いを詰めるとして、最悪、俺自身がトウブの肉の盾となればいいが……。


「相棒、皆を頼む」

「にゃ」


 ロロディーヌの声を全身に感じながら<脳脊魔速切り札>を発動。

 即座に魔闘術を全身に纏う。


 続けて<血道第三・開門>――。

 血液加速ブラッディアクセルを発動――。

 トウブを人質に取るベニー目掛けて、前傾姿勢で突進しつつ<鎖>を発動した。

 

 直進する<鎖>と俺を見たベニー。

 カウボーイハットの帽子と魔眼が煌めく。


「――な!?」


 驚くベニー。

 やはりと速度を加速するスキル持ちか。

 魔眼の力と魔道具の力もあるのかもしれないが――。

 俺の動きに対応してきた。


 だが、その速度は俺より遅い――。

 前に伸びた<鎖>で、人質のトウブを貫かないように操作――。

 そのトウブの腕を、俺の直の左手が掴む――。

 ――よしッ、強引にトウブを足下に引き倒すようにマジマーンのほうへと強引に投げた。

 

 一方、ベニーは魔銃から剣を伸ばした。

 

 眼前に迫った俺の<鎖>を、その銃剣で器用に弾くと「チッ――」と、舌打ち。 

 両肩のハーネスから魔力オーラを噴出させつつの、身体を加速させてから、反対の手が持つ魔銃を向けてくる。

 ベニーは魔銃の引き金を引く。

 銃口からマズルフラッシュが炊かれた。

 宙を劈く杭の魔弾が、眼前に迫る。

 当然、動きが加速したベニーよりも、その杭の魔弾のほうが速いが対処はできる。


 俺は前屈みの体勢で逆手握りの鋼の柄巻を下方から引き抜く――。

 柄から出た黄緑色の光刀が、その杭の魔弾を両断――。

 

 同時に右手から<鎖>と<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>を発動させた。

 二つに分かれた杭の魔弾を、その<鎖>と<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>で対消滅させる。


 更に出入り口の床を踏み壊すイメージの踏み込みから蹴りを出す――。

 狙いはベニーの鳩尾。

 しかし、俺のミドルキックは、ベニーの片方の魔銃から飛び出た銃剣で弾かれた。


 ベニーは驚きながら、


「斬れねぇのかよ――」


 と、叫ぶ。

 俺の足を斬るイメージで銃剣を振ったようだ。

 しかし、神話ミソロジー級ではないアーゼンのブーツは削れてしまう。


 そのベニーは、反対の手が握る魔銃を至近距離でぶっ放す――。


 杭の魔弾は自動装填されるのか。

 杭の魔弾が眼前に迫る。

 俺は<鎖>で迎撃――下から打ち上げを喰らった魔弾は、天井に突き刺さり爆発。


 天井はエヴァの紫魔力が展開中、爆発の威力は減退されていた。

 

 刹那――。

 ベニーは加速した勢いをもって「<速突>」と小声を発しながら銃剣を繰り出してきた。


 目の前に迫った銃剣の切っ先を爪先回転で避ける。

 そのまま逆手握りのムラサメブレードで、連続的に迫る銃剣の突き技を往なしていく。

 銃剣とムラサメブレードの刃が擦れ当たるたびに、ブゥンブゥンと連続的に音が鳴った。


 ムラサメブレードと衝突する銃剣は溶けない。


 不気味な反響音を俺だけに轟かせてくる。


「剣術も使えるのか――」


 そう語るベニーは片方の腕を回転させ、


『ベニーも速い!』


 ヘルメの同意した思考の間に、魔銃を自身の脇で挟むベニー。

 銃口を背後に向けると、引き金を引いた。


 銃床に備わる噴射口から、火力が生み出される。 

 船の木材と鉄の一部が周囲に飛び散る。

 ぶっ放した杭の魔弾で船の壁に穴を開いた。


 その零コンマ数秒の後――。

 正面からヴィーネの光線の矢が――。

 天井と横壁からエヴァの紫の魔力が――。


 ベニーに迫る。

 しかし、ベニーは嗤いながら対応。


 カウボーイハットから出た金色の魔力でヴィーネとエヴァの攻撃を防いでいた。

 凄い防御能力だ。

 しかし、カウボーイハットの魔力は消失した。


 充電が必要なタイプの能力か。

 

 加速状態が続くベニーは、背後の壁に魔銃であけた穴から外に飛び出していく。

 エヴァの紫魔力は、さすがに階段の奥の壁にまで展開していなかった。


「ん、シュウヤ、倒して」

「動きが速いから、そいつは任せるわ」

「ご主人様は、そのままベニーに集中を」


 <脳脊魔速>中だが、選ばれし眷属たちのみ早口で対応してくれた。


「――おう、逃がすかよ」


 俺は血魔剣を抜く。

 二剣流となりながら、俺も壁に開けた穴から飛び出して、ベニーを追った。


 宙を逃げるベニーは、追ってくる俺を見て驚愕した顔つきを浮かべ、


「なんつう、加速だ――」


 と声を上げつつも魔銃を撃つ――。

 ベニーの魔眼が点滅していく。

 魔力消費が激しいようだ。


「お前もな――」


 俺もそう声を上げる。

 <導想魔手>で水を全身に浴びるように生活魔法の水を足下にも撒く。


『閣下の水~』


 <水車剣>を発動――。

 ヘルメの思念に応えず――眼前に迫った杭の魔弾をぶった切る。


 同時に右の掌に集めた水流操作ウォーター・コントロールの水の勢いを得た鋼の柄巻が水飛沫を発生させながら急回転していく。


 ――<飛剣・柊返し>を発動。

 <邪王の樹>を発動しつつ左手と右手の二剣を振るう――。


 無数の黄緑色の刃と紅蓮の刃が、宙に無数の剣の軌跡を生む。

 杭の魔弾を木っ端微塵に破壊した――。

 

 そして、切り札が切れて加速が落ちるが、ベニーも速度が落ちる。 

 魔闘術を解除。

 再び魔闘術を纏う。


 その間にも、俺の足先から宙に弧を描く軌道で向かう<邪王の樹>がベニーを追う。

 同時に左手首から伸びる<鎖>もベニーに向け繰り出した――。

 ベニーは加速しながら身を捻り、樹木を避けて銃剣を振るい<鎖>を弾く。


 ベニーの魔銃から出た銃剣を振るう速度も速い。

 剣術もかなりの凄腕だ。

 そのまま、ベニーは背中のハーネス部位から出た魔力の斥力と魔銃の銃床から噴出する火力を利用しながら宙を飛翔していく。

 ――追撃の《氷弾フリーズ・ブレット》を放つ。

 飛翔するベニーは氷の魔法を魔銃で撃ち銃剣で切りながら距離を取った。

 

 下は川。

 まだアルゼの支流だと思うが、マジマーンの船から離れてしまった。

 と、思った直後――。

 俺の追尾していた<邪王の樹>の一部が、ベニーの足先に引っ掛かった。

 ――よし。

 そのまま枝をベニーの片足に絡めさせていく。


「――な!?」


 ベニーはガクッとつんのめるように体勢を崩す。

 宙を転がるように前のめりになったベニー目掛けて、<鎖>を射出。

 

 同時に<導想魔手>を蹴ってベニーとの間合いを潰す――。

 ベニーは腰を捻りつつ、冷静に下方に傾けた魔銃の引き金を引いた。


 杭の魔弾で<鎖>を弾き、右手の魔銃で足に絡まる<邪王の樹>を連続的に撃つ。

 足に絡みついた木材を打ち砕いたベニー。

 

 その刹那。

 ベニーとの間合いを零した俺は、片手ごと一つの刃としたようにムラサメブレードの切っ先をベニーに向かわせた。

 しかし、ベニーは銃剣を縦に構えた。

 盾代わりにムラサメブレードの切っ先を器用に防いだ。


 銃剣からジュジュジュと金属が融解するような音が聞こえる。

 が、まだベニーの銃剣は俺のムラサメブレードに耐えていた。

 

 そのまま船から離れた俺たち。

 銃剣が僅かに溶けたことが気に食わないのか、不機嫌そうに表情を醜くしたベニー。


「チィ、高級なセヴェレルスを――」


 反対の手の魔銃の銃口を俺に向けて、


「動きが速く、剣も鋭いが、まだまだ武器頼みだな! <速剣塔>――」


 と叫びつつも、剣のフェイントだったのか、杭の魔弾を撃ち放つ。

 俺は仰け反って杭の魔弾を避ける。

 <導想魔手>を蹴り、体勢を立て直すが、ベニーの銃剣スキルが眼前に迫った。


 その銃剣の切っ先を、左で額を隠すように熱かった血魔剣で防ぐ――。

 俺の胸元に向かう紅蓮の血で構成した血の剣身たちがブゥゥンと音が鳴る。

 

 血飛沫が俺の眼前で散っていく。

 が、ベニーの威力のある銃剣スキルを防ぎきった。


「――糞、本当に槍使いなのか?」

「そうだよ――」


 そう答えながら右手の鋼の柄巻をわざと宙に投げた。

 使い手を離れた鋼の柄巻は空しさを現すように、宙を回転しながら柄から出ていた黄緑色の光刀ムラサメブレードが消失。

 

 魔力の供給源を失い、ただの鋼の柄巻に戻りつつ、落下してくる。


「?」


 ベニーは一瞬、動揺。

 見逃さず、血魔剣を回転させて、突きのベニーの銃剣を払う。

 その瞬間、


『ヘルメ出番だ。鋼の柄巻を回収しつつ、周囲を警戒』

『はい!』


 左目から液体ヘルメが飛び出てヘルメに落ちていく鋼の柄巻を拾わせた。

 離れゆくヘルメは見ない。


「目から水? 魔素の塊だと!」


 銃剣を払った軌道を生かす――。

 身を捻り回転した機動で、左腕の血魔剣を水平に振るった。


 しかし、ベニーも踊るように横回転しながら銃剣を振るう。

 血の盆を描く血魔剣はあっさりと往なされた。


「――お前は何者だ!」


 そう叫ぶベニーは魔銃の銃床から出た火力で加速した。

 翼を得たように飛翔するベニーは、俺の頭上から銃剣を振り下ろしてきた。


 にわかに反応――。

 左手の血魔剣を横斜めに構える。


 そのベニーが振り下ろした銃剣を血魔剣で受け止めつつ、その血魔剣を下に傾けた。


 ベクトルを変える――。

 よし――ベニーの銃剣が血魔剣を滑っていく。

 その滑る銃剣を扱う腕ごとベニーの小手を斬るように、血魔剣を引くように振るった。


 が、ベニーは宙に円を描くように銃剣を柔らかく使い、血魔剣の引き切りに対抗。


 ――剣の技術が高い。

 ――銃使いってより銃剣使いか。


 ベニーは反対の手が握る銃剣の角度を斜めに向け、逆に、俺の首下を狙ってきた。

 鋭い切っ先が迫る――。


 俺は右手を意識しながら、首を傾けヘッドスリップ――。


「痛――」


 ベニーの迅速な剣突技で、首に僅かな傷を負う。

 が、俺は、振るった血魔剣を止めながら、右手で、ベニーの腕を掴んでいた。


 同時に左手の血魔剣の機動を突きに変化させている。

 ――血魔剣の切っ先でベニーの首を貫かんとした。


 しかし、ベニーは血魔剣の機動を見て――片方の魔銃の角度を変えてきた。


 突きの動きに反応。

 銃から縦に伸びた銃剣の腹を突きの血魔剣に衝突させて防ぐ。

 突きの軌道がずれた血魔剣は、ベニーの首に切り傷を与えただけだった。


 そのまま互いに、相手の首をちょんぎろうと剣を横に振るい合う――。

 宙空で屈み合うような姿勢となって、互いに回転しながら距離を取った。


 銃剣を下段に構えたベニーと視線がかち合う。

 二丁の銃床から噴出している魔力噴射と背中から出ているだろう魔力噴射の力で飛翔しているベニーだ。


「つえぇな……」

「同意見だ」

 

 ドルガルやゼレナード戦を経験していなかったら首は跳んでいたかもな。

 息を吐く。

 その瞬間――ハーネスの一部と魔線で繋がる魔銃のスイッチを押すベニー。

 ハーネスの一部が朽ちたように消えるが、代わりに、魔銃の銃剣が突出。


 俺の<鎖>のような機動の雷属性がありそうなワイヤーが下部についた銃剣が飛翔してくる。

 銃剣が加速しながら飛ぶとか――。


 が、軌道は単純。

 その紫電を帯びた銃剣を血魔剣で払いのけた。

 

 川に一直線に向かう銃剣は、川を突き刺すように沈む。

 魔銃から連なるワイヤーが伸びに伸びていくが、ベニーは気にしていない。

 

 そのベニーは、


「まぁ防ぐよな。これは一回こっきりの奇策。使いたくなかったんだが――」


 ベニーはそう発言しながら魚でも釣るように下から魔銃を振るう。

 川底に巨大な岩でもあったのか、巨大な岩が刺さった銃剣を俺に向かわせてきた。


「奇策もたまに使えるもんだ――潰れ死ね」


 ――ハンマーフレイルかよ。

 と、驚くがここは宙だ。

 足場の<導想魔手>を蹴って、軽々と、銃剣に刺さった巨大な岩を避ける。

 

 ――水飛沫が気持ちいい。

 また、水が滴る巨大な岩が下から迫る。

 避けたところで、


「そこか!」


 と、ベニーは片方の魔銃の銃口を向けて撃ってくる。

 杭の魔弾を迫った。

 が、これまた<導想魔手>を蹴り反対側にへ飛翔するように杭の魔弾を避ける。

 そこに、また、巨大な岩が迫る。


 しつこいが、ベニーは色々な戦闘経験があるからこその攻撃だ。


 そして、一瞬<闇の千手掌>で巨大な岩を打ち砕くのもアリか?

 と思ったが止めた。

 全身に纏う魔闘術と魔手太陰肺経を意識。

 <導想魔手>のタイミングを巧妙に変え巨大な岩と杭の魔弾の連射を避けていく。

 

 杭の魔弾の弾切れか、ベニーが片方の魔銃の角度を下げ、

 

「――チィ、なんて、機動だ……クナが下る理由か――」 

 

 また、巨大な岩を差し向けてくる。

 銃剣が刺さった箇所からひび割れていく巨大な岩が見えた。


 割れそうだが、随分と深く突き刺さっているようだ。

 マジマーンの船と距離が離れているが、ここでベニーを逃せば、あの巨大な岩で、マジマーンの船を攻撃するかもしれない。


 対処するか。


「閣下!」


 ヘルメの声だ。


「大丈夫だ」

「はい、マジマーンの船が見当たりません」


 船の速度は落ちたはずだが、船と結構離れたからな。


「分かった。が、今はこいつだ」


 と、ベニー・ストレインを見る。


 同時に<血道第四・開門>を開門――。

 <霊血の泉>を発動。

 ――<霊血装・ルシヴァル>も発動。


 口元が一瞬でガスマスク状の防御マスクとなった。


 そして、血の湖面は作らない。

 片腕ごと半身が血に染まる勢いの<血魔力>を血魔剣へと注ぐ。

 俺の半身から出た<血魔力>から血鎧を纏う人型樹木たちと「――ちゅどーん」と声を出したルッシーと似た妖精たちが出現していくが、すぐに血の中に埋没していく。


 彼ら彼女らは血の中で蠢きながら血魔剣に向かった。

 

 呼吸でもするように心臓音を高鳴らせながら、俺の血を喰らう血魔剣――。 

 <血外魔・序>も意識するが、<十二鬼道召喚術>の百目血鬼は使わない。

 火傷しそうな勢いで髑髏柄と剣身から血の炎が噴出した。

 

 アーヴィンの髑髏の杯が合体している髑髏の柄から十字方向に血が噴出する。

 噴出した血の炎は十字架を象る。

 吸血王らしい血魔剣は脈を打つように聳え立つ。


 対照的に腰の魔軍夜行ノ槍業の書物は震えた。


「閣下の半身が血の輝きで眩しい!」


 丁度、声は左のほうだ。

 その血の輝きに阻まれてヘルメの姿は見えない。

 

 その左腕と左腕が持つ血魔剣を下方に差し向ける。

 血魔剣から噴出する血が激しく鳴り響く。

 ルシヴァルの血脈とソレグレン派の血脈が融合していくようなある種の熱と怨嗟を感じさせる。


『――ドュッカ! ドュッカ!』


 ブゥゥゥン――。

 シュバババ――。


『百代の過客である不死者イモータル。<光魔の王笏>を認めようぞ、我らの吸血王――』

『……心地よい血である。かつての吸血王サリナスと血賢道の大魔導師アーヴィンが築いた地下祭壇を巡り、血を捧げるのだ……』

『新しき吸血王よ、黒き環の末裔たちを繁栄させるのだ』

『真っ赤に熟した血の稲穂なり!』

『早く名前を決めろ――吸血王』


 ジュヴァァァァ――。


 血外魔の大魔導師アガナス。

 血内道の中魔導師レキウレス。

 血獄道の大魔導師ソトビガ。

 血月陰陽の魔導師ゼノン。


 四人のソレグレン派の吸血鬼の魔導師たちか。

 血を響かせながらの、独特の音声だった。


 それにしても、けたたましい音。


 ――鐘の音も響く。


 その燃え滾る血を、全身で受け止めるように――。 

 ハルホンクを意識。

 一瞬で肩の竜の口が俺の神話ミソロジー級の防具服を吸い込んだ。


 素っ裸となった。

 構わず<血鎖の饗宴>の血鎖鎧を生成。

 

 片手を上げ血魔剣を伸ばす。

 血狂いの戦士状態のまま巨大な岩に向けて跳ぶ。


 巨大な岩目掛け突進だ。

 片腕が握る輝く血魔剣が巨大な岩と衝突した。

 あっさりと巨大な岩を貫きベニーの銃剣ごと粉砕――。


「うあ――マジかよ」


 粉砕劇を見ていたベニーの声だ。


 ラファエルといい野郎に裸を見せる趣味はないが、血鎖鎧を解除。

 ハルホンクを意識して暗緑色の防具服を身に纏う。


 そして、普通の<鎖>をベニー目掛けて射出した。


 銃剣から切り離されたワイヤーを<鎖>で絡める。

 俺の手首の因子マークへと、そのワイヤーに絡んだ<鎖>を収斂させた。

 ベニーは魔銃から伸びたワイヤーごと、引き込む<鎖>によって俺に近付いてくる。

 

 ワイヤーを切り離すことはできないようだ。

 咄嗟だからか、魔銃も放していない。

 目の前に迫るベニーの面は驚いている。

 魔力を失ったカウボーイハットは飛んでいく。

 

 俺に近付いたベニーだったが、即座に反対の手が握る銃剣を差し向けてきた。

 驚いた面だが、戦闘経験の本能か――。

 ――俺は尊敬の眼差しをベニーに向けながら、右手に魔槍杖を召喚。

 嵐雲の矛で、ベニーの銃剣を受け流しつつ前進し――左手が握る血魔剣でベニーの首を狙う。

 しかし、ベニーは器用に銃剣を傾けて、血魔剣を防ぐ。


 火の粉めいた血飛沫のような血が衝突した銃剣と血魔剣から散って俺たちに降り掛かる。

 その瞬間、第三の腕イモリザを使う。


 聖槍アロステが握る第三の腕で<牙衝>を繰り出した。

 太陽の光を浴びた聖槍の十字矛。

 

 光神の恵みを得たように聖槍アロステを輝かせつつ、ベニーの太股を貫く。


「げぇ――」


 悲鳴を上げたベニー。

 だが、魔銃を操作。

 聖槍アロステの十字矛に向けて魔銃をぶっ放す――。

 まだ、弾があったのか。

 杭の魔弾が聖槍アロステと衝突。その衝突の力を利用するように十字矛から脱したベニー。

 僅かに後退しつつ腰ベルトにあるポーション箱を手で潰し使った。


 あっという間にベニーの傷が回復していく。

 更に、ベニーはポーションの副作用か不明だが首と腰が膨れていく。

 

 しかし、隙ありだ――。

 一呼吸、いや、二呼吸。三呼吸目を狙う。

 ――ユイから絶妙な間と教わったことは忘れない。


 魔槍杖を消してからの、右手の掌底を血魔剣の柄に衝突させた。

 押し出された形の血魔剣は突出――。

 弾くように銃剣を越えて、ベニーの首と耳を少し切って飛翔していく。


「――ぐぁ」


 その叫び声を上げた瞬間――。

 再び俺は<脳脊魔速>を発動――。

 ベニーは首と耳から血を出しつつも双眸の力は弱まっていない。 

 

 薬で力を得ているのか。

 ベニーは傷に構わず、身を捻り銃剣を振ろうとしている。

 しかし、<脳脊魔速>で加速した俺は銃剣を振るうベニーを無視。

 

 ベニーを追い越し――宙を突き進む血魔剣の柄を右手で掴む。

 百目血鬼の<虎口天狗斬り>を脳裏に浮かぶ。

 が、基本を大事にする!


 そのまま握りを強めッ――。

 一気に反転しながらベニーに目掛けて<血外魔道・暁十字剣>を発動。

 

 ベニーはギラリと魔眼を点滅させて使う。

 俺の切り札<脳脊魔速>の速度に対応してきた。

 血魔剣を見ている。

 まだ、残っていたハーネスから魔力を噴出させた。


 体勢を立て直そうと僅かに加速したベニーは銃剣を掲げる。

 が、遅い――。 

 銃剣を掠めながら弾いた血魔剣の<血外魔道・暁十字剣>が、ベニーの肩を捉えた。

 そのまま血魔剣は肩口に侵入し、ベニーの腕を切断し、魔力を放っていたハーネスごと防護服に脇腹を斬る。

 

 裂けたような傷口の肩からベニーの血が迸る。

 ――その放物線を描く血の螺旋を全身で吸い取った。


 加速中だったベニーは加速を失ったが、悲鳴も出ない。

 回復系スキルもないようだ。

 が、そう簡単に死ねると思うなよ――。


 と、ベニーの顎に肘鉄を喰らわせる。

 

 気絶してもらった。


 聖槍を消した第三の腕で、ベニーの切断した腕を掴む。

 切断した腕がくっつくかどうか微妙だが……。

 肩に腕を合わせて上級の《水癒ウォーター・キュア》を発動。

 水の塊が項垂れるベニーの眼前で散った。

 水のシャワーとなって、ベニーに降り注ぐ。


 二十秒経過し<脳脊魔速>が切れた。

 ベニーの腰ベルトの金具に繋がるポーション袋からポーションを奪う。

 そのベニーの身体に振りかけていく。


 幸い、ベニーの腕はくっついたようだ。

 

 ベニーの片腕を握っていた第三の腕を離す。

 右腕の肘に擬態をするように肘の小さい肉腫状態に戻ってもらった。


 ベニーは、まだ、使える人材。

 七戒の他の幹部の情報……。

 元軍罰特殊群のエマサッドとラファエルと交えての尋問もありか。

 セブンフォリア王家に関する貴重な情報源となる可能性もある。

 

 闇のリストの会合の場で起きたエマサッドとベニー・ストレインの視線のやりとりは忘れていない。

 トロイア家の支流ブロアザム家の三女のエマサッドを追う依頼もあったはずだ。


 そして、ベニーの所属する【七戒】がローデリア海でも活動していたのなら……。

 サーマリア王家筋かローデリア王国筋との繋がりも予想ができる。

 

 そういった闇のリストとしての情報をできるかぎり吐いてもらうとしよう。

 メルかクナか、マジマーンに預けるかな。

 喋らなかったら……悲惨な未来が待つと思うが……。


 ま、これはベニー次第か。

 二丁の魔銃も回収。

 ベニーは魔銃の名を呟いていた。

 銃剣が少し溶けた時だった『セヴェレルス』と。

 銃剣の名前かもしれないが、どちらにせよ、他ではあまり見たことのない武器だ。

 

 貴重な武器だろう。

 片方のその魔銃は銃剣が出たせいで、変形している。

 

 神話ミソロジー級か。

 伝説レジェンドか。


 その判断は分からない。

 ま、この魔銃の詳細は後だ。


 魔銃と、まだ残っていた杭の魔弾をアイテムボックスの中に放り込む――。

 魔弾の補充はミスティに頼らないと無理そうだ。

 ま、ベニーから杭の魔弾についても聞く機会はあるだろう。

 

 ベニーが身に着けていたハーネスと防具服は残念ながらボロボロ。

 もう機能もしていないから捨て置く。


「ヘルメ。ベニーを縛れ」

「<珠瑠の紐>ですね!」


 水の衣を靡かせながら即座に近づいたヘルメ。

 細い指先から生えた球根から伸びる輝く紐<珠瑠の紐>で、瞬く間に気絶中のベニーを縛っていく。


 光り輝く紐に縛られて雁字搦めとなったベニー。

 亀甲縛り。

 その紐から、いい匂いが漂った。

 しかし、気絶していてよかった。


 おっさんのあへ顔を見ても仕方がないからな。


 魔闘術と血液加速ブラッディアクセルを解除。

 血魔剣とムラサメブレードを腰に差し戻す。

 二十秒が過ぎた。


「んじゃ、船に戻ろうか」

「はい……しかし、ここは支流だと分かりますが、どこでしょうか……」


 ヘルメの問いに頷きながら、周囲を見る。

 マジマーンの船から離れてしまった。


「戦いに夢中で距離感が掴めない……ロロの匂いも頼れないから、困ったときの<血鎖探訪>を発動!」

「なるほど! 錠前のような血の鎖で、皆の血を追えます!」

「そういうこった――」


 振り子時計のように揺れた血鎖の先端。

 が、止まった方向を示す。

 あちらか。


「ヘルメ、いこう」

「はい」


 その碇にも似た先端が指し示す方角に向け――前進を開始した。

 足下に出した<導想魔手>を蹴りつつ、転転と跳躍をくり返す。


『ベニーを確保。今、戻る、離れたが直に俺の姿が見えるはずだ』


 といった内容の血文字を皆に送る。

 カルードにだけ、


『ベニーの処遇はカルードに任せるかもしれない』

『はい、ペルネーテでメル副長と同席の上で吐いてもらうほうが好都合でしょうか。今、ヴィーネさんとエヴァさんが副長のトオから情報を得ようと尋問中です』

『了解した』


 ヘルメは<珠瑠の紐>で縛ったベニーをぶら下げつつも、速度を維持して俺の隣を飛翔してくれた。

 そのヘルメの水飛沫を感じながら、眼下を見る。


 行き交う小型の商船がいくつか見える。

 アルゼの支流は大河のハイム川と似た幅だからな……

 船の甲板に居た船乗りの方々は俺たちを見て、驚く。


 指差してくる。

 なんだあれは!

 怪しい! 空飛ぶスパゲッティ……とか、ウルトラマンとか、たけちゃんマンとか、そんな風に思っているかもしれない。ここはサーマリア王国にも近いはず。

 ノーラたちのオッペーハイマン地方がどこか分からないが……。

 

 活動的な吸血鬼ヴァンパイアハンターが脳裏に浮かぶ。

 しかし、気にしていられない。船は離れてしまったようだ。

 掌握察を展開しつつアルゼの支流を進んだ。<血鎖探訪>があってよかった。

 と、安心しながらマジマーンの船を探す――見えた!

 船尾楼の上にジョディの紐に捕らわれている男女たちの姿が見えた。

 血文字の報告通り、戦闘は終わっているようだな。

 七戒のメンバーで死んでいる兵士もいるようだ。

 ベニーと同じ装備を身に纏う兵士たち。


 ヴィーネとユイが逸早く俺たちの姿に気付いて、手を振った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る