五百六十一話 マジマーンの母船カーフレイヤー

 領主の館を出た。通りを歩くと竜の声が響く。

 ストシュルマンのルガイサッドだ。

 大きな竜が空を旋回していた。竜騎長が使役する竜のルガイサッドか。

 オセベリア王国の意匠が施された鎧を装着している。

 緑色と銀色の綺麗な鱗のインナーが、その鎧の下から覗く。

 インナーも美しい模様だ。そんな竜騎士が操縦する大きな竜が街を謳歌するように飛翔する姿は圧巻だが、この都市に住む方々は飛竜のルガイサッドのことを気にしていない。

 いつもの光景で慣れているようだ。ストシュルマンに向けて、


「大騎士のような存在がアルゼの街を守っているなら、皆も安心だろう」

「皆がそう思うのは分かるが、俺もやとわれの身。期間を終えたらルガイサッドと旅に出るつもりだ」


 旅か。少し羨ましい。しかし、ストシュルマンとフレデリカ様が見つめ合う視線を知っているだけに……彼は素直に旅に出られるのか疑問だ。

 そんなことを考えながらルガイサッドを見て、


「イリュゴッスの群れと竜の襲撃は、アルゼの街にはないのか?」


 と、聞いた。


「イリュゴッスの群れは遠くに見えるだけだな。竜のほうが街に対する襲撃は多い」


 あの歪なグリフォンの群れを見たことがあるのか。


「イリュゴッスの襲撃とかはないんだ」


 そう聞くと、ストシュルマンは指輪に魔力を集中させた。


「街への襲撃は少ない。昔から俺とルガイサッドがイリュゴッスを倒しているせいかもしれないが――」


 指輪から魔槍が出現し、その場に浮かぶ。

 魔槍はランスの形状。

 右手の甲と手首の防具の表面から浮き上がる黄緑色の魔線と、その魔槍は繋がっていた。


「ほぅ、群れを単騎で討伐?」

「はは、さすがに群れは無理だ。あんな数を倒せるとしたら竜騎士隊が二百は最低でも必要だろう。俺が倒すのは低空のイリュゴッス。基本的に群れからはぐれたモンスターだよ」


 と、武器を仕舞うストシュルマンは笑う。


 ま、そりゃそうか。

 俺たちが苦戦するほどの巨大イリュゴッスとイリュゴッスの群れだ。


「竜の襲撃はあると聞いたが、イリュゴッスは、アルゼ以外の地域を襲うことはあるのかな」

「めったにないな。アルゼの街と同じく竜のほうが圧倒的に多い。魔竜王は討伐されたが、バルドーク山の近くにはヴァライダス蟲宮の蟻たちが居る。竜と蟻の戦争がずっと続いている状況は変わらないし、常に危険が付きまとう」

「北のヘカトレイルとそう変わらないか」

「山や川があろうとも竜たちは食欲旺盛ってことだ」


 そんな会話を続けながら街を歩く。

 すると、隻腕のゾスファルトが、


「総長殿、俺は仲間たちと別れてくる。港で待っててくれませんか?」

「了解したが……」

「何か?」


 隻腕のゾスファルトと仲間たちが俺を見る。


 『仲間と離ればなれになってもいいのか』と、ゾスファルトに聞こうとしたが止めておいた。

 カルードのメンバーだ。

 深くは聞くまい。


「いや、ゾスファルト。港で待ってるぞ」

「はい! では、お前たち、そこの屋台で一杯付き合え」

「おう」

「はい!」

「隊長……」

「また、パーティを組めるんだよな? ゾスファルト!」

「勿論、付き合うぜぇ」


 と、彼らはゾスファルトを囲みながら離れていく。

 出会いと別れか。


 そんな思いで眷属たちを見ると……。


『気持ちは分かる』といったような微笑みを向けてくれた。


「ん」


 エヴァは俺の手を握る腕に力を込めて、紫の瞳を揺らしながら凝視してくる。

 その手を握る力強さと、アイコンタクトの意味はなんとなく分かった。


 少し照れながら、ストシュルマンに視線を向け、


「……なぁ、カルードたちを港に呼んでいいか?」

「いいぞ。一応、衛兵を見ておこう」

「ありがとう」


 許可をもらったから血文字でカルードたちを呼び寄せた。

 街の門でバーレンティンたちとマジマーンの部下とも合流。


 一応、カルードたちと墓掘り人たちに顔を隠すように指示を出したがあまり意味はなかった。

 衛兵たちはマジマーンたちを見ても、とくに反応はせず。

 ビアだけを見てから、すぐに豹獣人セバーカの旅人に視線を向けていた。


「けっこう暴れたが……大丈夫なんだよな」

「お前は余計なことを喋るな」


 スゥンから注意を受けるサルジン。

 赤髪のモヒカンが目立つ獣人のサルジンは肩を縮ませるように大柄なロゼバトフの背中に隠れながら歩く。


 そのこそこそした歩き方を見ていると……。

 某ピンクな豹のテーマ曲が流れ出す。


 その仕草は怪しさ満点だった。

 皆から笑いが起こる。


 通りに戻り和気藹々と右折。

 港に向かう。

 そこに、背後から付いてくる魔素の気配があった。


 領主の館からの歩きだからな。

 目立ったか。

 しかし、ひさしぶりの追跡だ。


 オセべリア王国の諜報機関ってわけでもないだろうし――闇ギルドか?


 と、振り返ると……。


 人族と、どこかで見たことのあるドワーフの女性が喧嘩をしていた。

 側で喧嘩を見ている懐に金魚鉢を抱えた修験道風の衣装が似合う猫獣人アンムルも気になる。

 屋台が幾つか倒れて、卵が割れて飛び散っていた。


「大事な卵がアァ」


 と牛刀を握った太った店主が吼えて喧嘩に混ざる。

 続いて、虎獣人ラゼール豹獣人セバーカの荒くれ者たちが、エルフと人族のイケメン冒険者にカード勝負で負けた腹いせに殴りかかる。

 ドワーフのコソ泥が店の素材に手を出し、それを止めるためにビアの魔眼が炸裂していく。


 喧嘩というか冒険者同士のいざこざか?

 海賊同士の争いか。


 マジマーンは頭部を左右に振っている。

 知らないようだったが……。

 まぁ、賑やかな街だから色々とあるだろう。

 街と人の探索はせずに通りを進む。


 すると、喧騒から抜けるように隻腕のゾスファルトが走ってきた。


「総長! カルード殿!」

「おう」

「ゾスファルト。わたしたちはペルネーテに向かうことになる」

「了解した。隊長? ついていくぜ」


 隻腕のゾスファルトはカルードを隊長と呼んで笑みを交換。

 ゾスファルトは、ママニとフーと会話をしてからビアに丁寧に頭を下げ挨拶していた。

 そのまま一緒に通りを歩く。


 ストシュルマンに港を案内してもらった。

 涼しい風が少し強まる。


 海の匂いも、何か、心地いい……。

 視界に浮かぶ小さいヘルメも、どことなく気持ちよさそうに泳いでいた。


 造船所のような建物に到着。


「こっちだ」


 埠頭を歩くストシュルマン。

 ホルカーバムとは違う質の石灰岩系と木の素材で構成された波止場だ。

 板の間が多い。


 雪の下の花のような植物を大量に運ぶ船夫。

 レーメの毛商いを行う小柄獣人ノイルランナーの商人。

 重そうな両手剣を持つ革鎧が似合うエルフ。

 槍を持った甲冑を装備した虎獣人ラゼール

 オセべリア王国の軍人たち。


 足下から、カツカツ、コツコツと多重の足音が連鎖して音を奏でる。

 船夫たちの掛け声とタラップから重そうな荷物が運ばれつつその木車を縛るロープが軋む音が独特な効果音となった。


 港の喧噪音楽って感じだな。

 多数の種族たちが行き交う波止場を歩くと……ビアに、その船夫たちから視線が集まった。


 すぐにその視線は散る。

 ロゼバトフも居るが蛇人族ラミアはどうしても蛇の腹が目立つし仕方がない。


 しかし、やはり……。

 戦争中なのもあってか、兵士たちが多い。

 俺たちルシヴァルの一行も他から見れば軍人然としているのかもしれないな、と、振り返る。


 ユイが『なあに?』と言うように微笑んでくれた。

 その背後に見えたイセスとキースは、港を見ながら、何か話をしている。


 俺はユイに微笑みを向けてから、右に広がる港とハイム川の支流を見る。

 その支流と港から先頭を歩くストシュルマンの背中に視線を向けて、再び、港を見ながら歩いた。


 碇泊している船はキャラックの軍船と商船が多い。

 やがて、他とは違う一つの船が見えてきた。

 キャラック船とクルーザーを合体させたような作りの船。

 船首に神像が備わっている。


「総長、あれがわたしの母船カーフレイヤーだ!」

「おう」 


 そうマジマーンに返事をしつつ船を凝視。

 クルーザーってよりは、キャラック船に近い作りか。


 そして、サーマリアの海軍が関係した貴重な船だからか……。

 埠頭で船を警備しているオセベリアの兵士たちは多い。


 荷車と船夫は少ない。

 白金貨が運ばれている様子もない。

 本当に書類だけを調べていたようだな。

 事前に話をしていたように、フレデリカ様は、俺たちと仲良くしたいということだろう。


 オセべリアのルーク国王陛下にも正式に報告するようだし、俺もキッシュのためなら一肌どころか全裸になる覚悟はある。


 貴族にならない方向での話だが……。

 そんな考えをもってエヴァの手を握りながら歩いていると、先頭を歩くストシュルマンが手を上げた。


「お前たち、ここは大丈夫だ。離れていろ」


 と騎士らしいポーズで兵士たちに指示を出す。


「「はい!」」


 港の兵士たちは造船所の出入り口から出る。

 彼らの制服はアルゼ兵のか。

 ヘカトレイル、ペルネーテ、ホルカーバムで見たオセべリア兵士とは少し違う。


「総長、先にいくよ」


 マジマーンが波止場を走っていく。

 赤と黒が混じる長髪が靡いて綺麗だ。


 そのマジマーンは船の前で足を止めて振り返る。

 半身の姿勢で腕を船に伸ばした。

 腰に差した剣はグラディウス系の剣か。

 切っ先が細く柄にかけて幅広な剣だ。


 アイテムボックス系と思われる腕環と腰にぶら下がる羊皮紙類が気になったが、


「チップも無事のようだね!」


 マジマーンが仲間の名を叫ぶ。

 すると、その船から、


「マジマーン様! ハッカク! トウブ、皆!!」


 甲板の端から腕を振りながら叫ぶローブ姿の男。

 彼がチップか。


 両手に小さい杖たちが生えている?

 ここからだとよく見えないが。


 え? 額にあるのはなんだ……。


『おでこちゃんに小さいお尻ちゃんがあります!』


 そう、ヘルメが楽しそうに指摘をしたように……。

 船から手を振る方の……額が特徴的すぎた。


 こぶりでぷっくりと膨れた小さい袋が二つ……。

 しかも、魔力が大量に入った金玉、おいなりさんのような袋だ。


 水系の魔法使い系の源なんだろうとは思う。


 その表面の筋模様が、これまた珍しい。 

 魚系のマークから水滴のマークもあるし幾何学模様で綺麗だ。

 小さいお尻と割れた顎にも見えるが……。


 耳も魚のエラのような形。首にもエラがあるから魚人さんだろう。


「ん、初見」


 しかし、エヴァ以外の皆の視線が泳いでいく。

 女性陣的に目のやり場に困るよな、笑いたいが笑えないという面でもある。エヴァは別段に気にしていないようだ。


「えっと……魚人さんなの?」

「たぶんな」


 動揺したレベッカは俺に聞いてきた。

 ヴィーネはガドリセスの柄に手を当てている。


「……」

「……」


 ユイと同じく沈黙しているヴィーネ。

 その表情で分かる。

 女性社会で育った元ダークエルフとしての矜持が試されているんだろう。


 『我慢しろよ?』と『最初だけだ』とヴィーネにアイコンタクトで意志を伝える。

 ヴィーネは「はい……」と呟いて大きく息を吸い吐く。


 深呼吸してから柄から手を離していた。

 肩を落とすヴィーネだ。珍しい。

 冷静沈着なヴィーネが動揺するほどの種族は滅多にいない。

 そして、北方諸国を含めて北のゴルディクス大砂漠に、チップさんのような、額に金玉がある種族の方はいないということだ。


 そして、耳の形はソサリー系だが……。

 首に鰓のような部分もあるし魚人系かもしれない。


 すると、


「チップの見た目は面白いだろう?」


 マジマーンが笑いながら聞いてくる。

 そうは言うが、笑ってはだめな気がするので無難に、


「特徴的だな。やはり魔術師系か」


 と、答えた。


「額の金玉の魔力溜まりが、海神様の加護だ。種族はチップヨークの魚人。通称は、水妖の魔導師チップ。チップでいい」


 マジマーンが教えてくれた。

 彼が、水妖の魔導師チップ。


 そのチップが、


「新人たちですか。しかし、なんで俺は領主から解放されたんでしょう」

「いいから持ち場についておけ。そして、新人ではない。この隣に居る方は、わたしたちの新しいボスだ。総長シュウヤ様だよ。よく覚えておけ、チップ」

「へ? マジマーン様が人の下につく? マジマーンの一味が終わったんですか?」

「お前の眼は節穴か? 終わっていないから、ぼさっとするな」

「は、はい!」


 チップは急いで、ロープを回収していた。

 マジマーンの仲間たちも母船カーフレイヤーに乗り込むと、碇を上げていく。


「で、マジマーン、すぐに出航は可能か?」

「可能だよ」


 ストシュルマンに視線を向けるマジマーン。


「もう、港に往来する船の数で分かっていると思うが、港を封鎖している鉄条網は解放してある」


 ストシュルマンが答えた。


「分かった。ペルネーテに向かう」

「西の支流を進んでハイム川に出るルートか?」


 サスベリ川のほうが西。

 名もなき町がある方角だ。


「そう。東南からの湾岸都市テリアか王都ハルフォニア経由だとアズラ海賊団の追っ手やら、戦争状態のハイム川を進まないといけないからね。ただ、城塞都市ヘカトレイルに向かうなら、その東の支流からハイム川に出たほうが近いよ。途中セナアプアも通るが」

「メルはペルネーテのほうが都合がいいから、西からにしてくれ」

「了解」


 すると、カルードが前に出た。


「マイロード。わたしはゾスファルトたちと一緒にマジマーンの船に乗ります」

「分かった。マジマーンは裏切らないと思うが」

「はい。分かってますが念のため」

「心配性だねぇ。もうリスクは負ってるんだ。闇ギルド【シャファの雷】の面子を潰して、レイを引き渡す予定だったアズラ海賊団と敵対したことになる」


 カルードたちは頷く。


「……そんなことは百も承知。操縦席を含めて、どんなものか血文字でマイロードに報告する」

「マジマーン、東ルートで進めば、アズラ海賊団の追跡を受けると考えているの?」


 と、ユイがマジマーンに指摘。


「そうだ。湾岸都市テリアはオセべリア王国だが、アルゼと領主が違うからねぇ。上が違えば兵士の動きに違いもでる。それにヘヴィル商会と繋がる連中も動いているようだ」


 ヘヴィル商会と繋がる連中か。


「狼月都市ハーレイアに侵入していた幻獣ハンターと繋がるバーナンソー商会とヘヴィル商会ですか……やはり……」


 ヴィーネの言葉に頷く。

 ヘヴィル商会は民間軍事会社のような商会だったな。

 バーナンソー商会はハイグリアも追っている。

 セナアプアに向かったのだろうか。


 そんなことを考えながら、


「マジマーン、ヘヴィル商会を知っているのか?」

「獣人系の傭兵商会だろ? 白兵戦用の護衛として、海賊たちや船団に雇われている連中でもある」

「そっか」


 ……戦争中だしな。

 色々とした「見えざる手」の動きは至る所で蠢いていることだろう。


「色々と絡むか」

「そうだね、サーマリア王国とアズラ海賊団もローデリア王国が絡む。商会や各国と結びついた海賊団は無数に居るから、どうなることやらだ。東の海も荒れるだろう」


 海賊団と商会に国か。

 魔族やモンスターだけではなく色々な諸勢力があるとつくづく考えさせられる。


「……カルード。後で、鏡で合流しよう」

「マイロード。地下に向かうメンバーから省いてもらってもいいですから、キッシュさんの望みを叶えてあげてください」

「分かった。ま、委細は血文字で、それに俺たちも途中まで一緒だ。マジマーンの船に乗る」

「はい」


 ユイはカルードを見て、


「父さん、悪いけど、わたしはシュウヤと一緒にサイデイルに戻る。地下に向かうから」


 背後に居たユイが宣言。


「うむ」

「シュウヤ様、わたしはカルードと共に船に乗ります」

「はい、分かっていると思いますが、鴉さんもカルードのフォローを頼みます。帝国に送り届けることは遅れるかもしれないですが」

「マイロード、旅も修業。ペルネーテもまた修業の場に最適。優秀な者を勧誘しつつ副長の仕事を手伝いますよ」


 カルードは和やかに話をする。

 ユイは微笑んでいた。


「分かった。サザーデルリに向かう旅は少し遅れると思うことを念頭においてくれればいい」

「承知」


 そこでストシュルマンに視線を向ける。


「んじゃ、ストシュルマン、ここでお別れだ」

「分かった。シュウヤ、アルゼを救ってくれてありがとう」

「おう。またな」


 と、片手を泳がせる。

 ストシュルマンは片頬を上げて笑った。


 短い間だが、彼と友になれたような気がするのは、俺だけではないはず。

 言葉には出さないが笑みを意識した。


 皆に視線を向け船に乗るように促す。


「さ、乗ろう」

「はい」

「ん」

「さっきの魚人さんも乗っているのよね」

「レベッカ、びびるな」

「びびってないけど……」

「ほら、腰が引けているぞッ――」


 と、レベッカのお尻ちゃんをぽんっと叩く。


「あう、もう! すけべ大魔王!」

「ちげぇ」


 レベッカから逃げるように、マジマーンの船に繋がるタラップを駆けていく。

 先に船に乗り込んだ。


 甲板は檜とか樫の木って感じだ。

 鉄の部品も多いが、近代の船にない魔道具の部品が備わった船の甲板と分かる。

 帆柱に付いているランタンめいたガラス容器の中に閉じ込められている妖精のような光を帯びた生物が気になった。


 魔力の量からして、センティアの手のような秘宝ではないと分かるが……。

 ただのランタンってわけでもないだろうし。


『ヘルメ、あれって』

『ヴェニューちゃんとは違いますね。光を発する小さいモンスターだと思います』


 ……まぁ見た目通りだが。

 妖精とか精霊の類いではないようだ。


 マジマーンたちも甲板にくる。

 そのランタンのアイテムのことは指摘せず、とりあえず、


「マジマーン船長。操縦席と、例の箱を見せてくれ」


 と、指摘。


「了解。少し待ってくれ。出航してから箱を見せる」

「分かった」


 マジマーンはそこで皆に向けて、


「皆、すぐに出航するよ。チップと同様に持ち場につきな」

「「はい」」


 トウブとハッカクにマジマーンの一味たちが、持ち場につく。

 帆柱と繋がった紐を引っ張るトウブ。


 と、帆が広がった。


 魔力を発した帆のデザインは四島らしき絵が描かれてある。

 帆が膨らんだ。


 普通のキャラック船と同じように風の力で進む?


 それだと銀船に追いつけるとは思えないから、この魔力を宿した帆も防御としての機能を有した帆だろう。


「では、総長と眷属の方々、操舵室に行こうか」


 船楼の扉を開けたマジマーン。

 船室が左右に並ぶ廊下。


 幅は広い。

 ビアもロゼバトフもなんとか通れる。

 廊下の奥に扉があるが、つきあたりに向かわず手前の右の扉を開けるマジマーン。


 そこに小さい階段がある。


「すぐ上だよ」


 階段を上がると、広々としたコックピットに出た。

 船尾楼の上辺りか。

 船の大きさから当たり前だが……。

 銀船より広い。

 操舵席は本当に鉄格子に囲まれていた。

 操舵室は環状で結構大きい。


 近くの椅子の上に箱が置かれていた。


 箱は魔力が宿っている。

 マジマーンが話をしていたように貴重な箱だろう。

 意味深な音が箱から響く。


 ジョディと共に船長室もかねている操舵室を見学。

 壁にローデリアの海図と群島諸国サザナミ地方だと思われる海図がある。


 先ほどの帆柱にもあったランタンがあった。


 群島諸国サザナミのほうの海図に記された島のあちこちと海に○印がある。

 紐と紐で線が作られて魔法陣の模様となっていた。


 暗号のような感じだ。

 何を調べていたんだろうか。お宝でも隠しているのか。

 それとも秘密基地とかあるんだろうか。

 他にも『グレデナス大海賊団』殲滅リストと記された紙。

 『七戒』の糞野郎たちと記された紙もある。

 賞金が記された汚い絵が並んで、その汚い絵に×印が書かれて、ナイフが刺さっていた。


 まだ×印が書かれていない賞金首も多い。


 机と椅子に箪笥がある。

 床と繋がった固定机に天候予測器だと分かる『ストームグラス』のガラス容器があった。

 天井のガラス窓とも関係があるようだ。固定床とガラス容器の中は結晶化した白色の物質と銀色の物質がぷかぷかと浮いて輝いていた。

 先端の一見はスノードームっぽい容器だ。魔力が内包されていた。

 アルコールとかが使われているんだろうか。


 使われていないのなら、俺の知る天候予測器とは違う。


 壁際に、白金貨が大量に入っていそうな箱が山積み。

 丸机にワインボトルとゴブレット。

 小さな海図が描かれた布。

 ソファーベッドもあった。

 ベッドを跨ぐように紐と紐が壁を繋ぐ。

 そんな紐に、ガーターベルトとブラジャーとインナー下着が吊されてある。綺麗な下着類だ。洗濯物を挟む木製の洗濯ばさみは生活感がある。

 下の籠から溢れたマジマーンの下着類に化粧品と私物が散乱していた。


 紐パンは色っぽい。

 他にもポーション系のアイテムと葉の束に魔煙草が入った箱が無数に転がっていた。


「……散らかっているが、適当に座ってくれ。総長はこちらに」

「おう」


 マジマーンは鉄格子の出っ張りに指の腹を当てた。

 すると鉄格子たちが幾重にも分かれる。

 ガシャッガシャッと音を立てて、小さい鉄の棒に変化すると、操舵席の周囲にある小さい穴の中たちへと収納された。

 ロボットが変形するような動きで面白い。


 思わず、


「指紋センサー?」

「指紋せんさー? ではない。わたし専用にこの席が作られているんだ。他人が触ると魔力を感知して、今のように鉄格子が囲む」


 便利なセキュリティ機能だ。

 魔力か。


「周囲の魔素を取り込んで成長する本人の魔力と、他人の魔力を区別する方法って、どんな仕組みなんだ?」

「さぁね。知らないよ。作ったのはわたしではない」


 ありきたりだが、


「ドワーフとか?」

「いや、チップヨークの魚人。あ、チップヨークは種族名だけじゃない。四島の一つの名でもある。作った船大工の名前はエンガ・レベリツキ。レベリツキ造船財団たちだよ。レベリツキは、四島の一つのマジナハルに住む海神セピトーン様を信仰する司祭でもある」


 チップヨークは種族と島の名でもあるんだ。

 で、この船を作った責任者がエンガ・レベリツキか。

 その方が率いる財団がこの船を作りマジナハルという島に住み、海神様を信仰していると……。


「……なるほど、大陸ではついドワーフだと思ってしまう。古代ドワーフは地下と地上をつなぐ神具台という人を運べる道具を、世界の各地に作ったからな」


 ゴルディーバの里に神具台と特別な炉がある。

 そういえば、あの炉をミスティとエヴァに見せたらどんな反応を示すだろう。

 ……師匠のところに向かう時は大人数となりそうだ。マジマーンは、


「ドワーフが器用なことは有名だが、地下に人を運ぶ道具とは、けったいなもんを作るんだねぇ」


 神具台は海では見つかっていないだけかな。

 島のどこかに存在するかもしれない。


「ローデリア海にドワーフはいない?」

「いる。が、大陸に比べたら極端に少ないね。何か信仰的な理由があるかと思っていたよ。知り合いのドワーフも島出身で、大陸の文化は知らない」


 ハンカイはなんて言うかな。あとで聞いてみるか。


「……へぇ。で、その箱だが、結局なんなんだ?」

「ふふ、念のため、出航してからのほうがいい。少し待っててくれ――」


 マジマーンは席に座る。

 組み木細工のように木材が窪むと、自然と座高が上がる。

 コックピット席が斜め上に突き出て変形した。

 腰掛けは、あり継ぎ、鎌継ぎ、あい欠け継ぎで構成されている。

 正直、格好いいぞ。マジマーンは、小さい箱を片手に握る。反対の手で舵を握っていた。人差し指で、舵の中央にある金属のボタンを押す。舵と席からチューブ状の環が連なった防具のような物が飛び出して、マジマーンの口元に装着された。その環から蒸気のような冷たい空気が漏れていく。


「――皆、準備はいいかい?」 

「あいあいさ~」


 ハッカクさんたちの声が響く。


「出航――」


 マジマーンの声が響くと船が後退しながら回転。

 港を出たカーフレイヤー。

 船はあっという間にアルゼの支流に出ていた。


「速いな、銀船を追い掛けられるわけか」

「ん、不思議」

「帆って風を受けているわけじゃないわよね?」

「銀船と同じような魔道具がある?」


 ヴィーネの言葉に頷くマジマーン。

 口元のチューブは外れていた。


「レイが操作している魔機械とスキルが必要な特別な物ではない。だが、風を生み出す魔道具の力を利用している」

「その風を生み出す魔道具は船底に設置しているのかな」

「そうだよ。それを無数につけた特別な船がカーフレイヤーってことさ」


 スクリューのような役回りか。


「風を生み出せるなら空でも飛べそうだが……」

「空船か。研究しているようだが高度を少しでも上げるとモンスターの餌になるから、すべてが無駄となる。そして、巨大なモンスターをおびき寄せる代物になって大災害を齎す危険もあるんだ。実際に島ごと消し飛んだ話は有名だよ」


 イリュゴッスの群れを知るから納得だ。

 消し飛んだって聞くとトマホークに積まれた核にでも撃たれたような印象だが……。


「しかし、この速度といい、このような船を造れるレベリツキ造船財団は凄いな」

「ふふ、総長。わたしが所有するマジナハル島に来てみるかい?」

「行ってみたいが、やることがあるからな」

「そうかい。もう、総長に命を預けたんだ。合わせるよ。で、この箱だけどね」


 マジマーンは片手を掲げた。箱を握り、え? 握って窪む箱。

 箱だったモノは丸い物体に変化した。その丸い物体は回転を始めていく。窪んだ跡から閃光が迸った。ぐるぐるぐると高速回転していく。


『閣下、これは二十四面体トラペゾヘドロンと似ている?』

『あぁ、俺もそう思ったが……』


 と、丸い物体は花が咲くように開く。中心から石版のようなモノが出た。マジマーンの手の上で石版が浮かぶ。


「これは失われたミホザの聖櫃アーク。七戒が刻まれた古の石版だよ。幻の四島の一つ、サッサルーに、ミホザの騎士団が封印していた古代神殿で見つけたのさ」


 どんな効果があるんだ? と聞こうとしたら船が大きく振動した。見知らぬ魔素を同時に感知。その見知らぬ魔素たちは俺たちに近寄ってくる。

 乗り込まれた? 甲板の仲間たちの魔素が次々に消えていく、殺されたか……船尾楼の上にも、人の魔素だ。囲まれたようだ。やけに動きが迅いな……軍隊か。しかし、今は高速移動中だぞ……。


「……侵入者のようね」

「ん、海賊?」

「え、でも、今航行中よ?」

「……もうすぐそこまで来ているようです。敵ならば……」


 ガドリセスを抜くヴィーネ。

 ユイも神鬼・霊風を構えた。


「斬る」

「はい」


 ヴィーネとユイは自然と隣り合わせの動きを取る。

 その歩法は完全に武芸者コンビ。エヴァは新しいトンファーを出している。しかし、皆のことを考えて後退していた。


 バーレンティンも骨喰厳次郎を抜く。ロゼバトフとビアは遠慮して動かない。ジョディと蜘蛛娘アキと鴉さんはソファに座ってくつろいでいる。

 サルジンはマジマーンの魅力的な下着を注視。

 モヒカンの髪をパンティで隠すつもりなんだろうか。変態サルジンになるのは反対だ。カルード、キース、イセス、スゥン、フー、ママニは各自武器を構えた。幸い、このコックピットは広い。鋼の柄巻に手を当て反対の手は血魔剣の柄に当てた……百目血鬼の出番はないか。イモリザの第三の腕はまだだ。<導想魔手>の聖槍で二剣一槍流でもいいかな。

 単純な二剣流を脳裏に描きながら……魔槍杖バルドークでもいいが、剣を見せつつの無難に<鎖>か無詠唱の魔法で先制か。


「にゃ」


 相棒も肩から降りると、山猫の姿に変身。

 室内戦を想定したんだろう。


「皆、白兵戦に備えろ、って、マジマーン?」


 マジマーンの視線の先は階段。

 そこに立っていたのは……。

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