五百六十話 アルゼの街の領主フレデリカ

 応接室に通された。

 中央に長方形の無垢な机と椅子。

 右壁にソファ椅子がある。


 机に色々な菓子が盛ったお洒落な皿が並ぶ。


 菓子か……。

 と、レベッカを見る――。


 やはり……。

 蒼炎を瞳に宿し興奮したレベッカちゃんだ。


 鼻息を荒くしながらお菓子を凝視していた。

 すると、ストシュルマンが、


「ここで待機を頼む。領主様への説明は長くなる予定だ。しっかりと状況を理解してもらってからお連れしてくる」


 面倒な役回りを押し付けてしまったかな。


「ありがとう。ストシュルマン」

「なあに、領主様となる前からの古い付き合いだ。白色の貴婦人に関する説明は俺に任せて、ここで菓子でも食べて寛いでくれ」

「分かった」


 ストシュルマンはいい奴だ。

 自然と笑みを意識していた。


 そのストシュルマンは皆を見て、


「それでは皆様方、後ほど」


 そう喋ると騎士の所作を取る。

 鎧姿といい様になるから、マジマーンが目を細め、ひゅーっと口笛を吹いた。

 皆から微笑む声が漏れる。


 ストシュルマンは口笛に反応しない。

 さっとマントを翻していた。


 そのストシュルマンは応接間の出入り口で執事と召し使いに話をしてから廊下に出た。


「ん、お菓子類がいっぱい」

「うん、ペルネーテで流行の兆しがあるサウススターね。あ、これはプルプルホーンの新作、卵菓子ティラード!」

「ん、凄い皿に魔力が宿ってる」

「氷が溶けないような皿ってことね」

「でも、こっちのほうの菓子は何?」


 エヴァが指摘する。


「うーん……わたしも初。食線草ラセントのように細いけど、卵素材で作られた菓子なのかなぁ」


 俺的にはシガールのお菓子に見えるが……。


「お菓子のことならなんでも知っていそうなお菓子評論家のレベッカ様でも知らないのか」


 と、発言すると、皆がレベッカを注視。

 エヴァはレベッカのことを尊敬の眼差しで見つめていた。


 いつも美味しいお菓子の情報をエヴァの店に情報提供しているんだろう。

 ディーさんも応えて新作料理を作ったと前に聞いた覚えがある。


「って、皆でわたしを見ないでよ。ペルネーテのお菓子については、確かに? 自信あるけど分からないこともあるんだから、最近は皆と一緒だし」

「ん、新作菓子の情報はわたしよりも知ってる。ディーも褒めてた」

「ありがと。ディーさんの料理は美味しいから大好き」

「ん、ディーも喜ぶ!」

「あいすは順調?」


 と、天使の微笑を超えているエヴァに聞いた。


「うん、子供たちに大人気で、一時期、倉庫街にまで行列ができた」

「見た見た、わたしが手伝った時も凄い並んでた。けどさ、他に新しい料理は開発しないの? サイデイル産のフルーツと野菜以外の品で」

「ん、ディーも料理の質は落としたくないって話をしていたから、今のまま近所に愛される店でもいいみたい」

「それもそっか。ディーさんの大変そうだった」

「ん」


 二人は頷く。

 しかし、女子会話というか楽しそうだ。

 割り込むわけじゃないが……。


「レベッカは訓練が激しいと聞いたぞ」

「そう。実を言うと、ベティさんが新しい売り子ちゃんを雇ったから暇なのよ!」


 それは売り子をクビになったということか?

 ま、家族だからそれはないか。

 ベティさんなりのレベッカの応援のつもりかもな。


「だからだから、ね、ふふ、前にも増してシャープにエレガント? な、腕となったの! ――クルブル流の訓練も着実に成果が出ているんだから」


 そう喋りつつ正拳突きをしてから、素早く肘を曲げる。

 小さい力こぶしを自慢気に見せた。


 訓練の効果で、やや引き締まった感がある細い腕。

 凝視すると、薄らと細く蛇のような血色が混ざった蒼炎が巻いていた。


 この辺は素晴らしい魔力操作と<血魔力>だ。

 マジマーンは口笛を吹かず、驚いて、武者震いのように身体を奮わせている。

 エヴァは頷いて、


「ん、アジュールの訓練も激しくなってた」


 すると、壁を飾る絵画と部屋の観察を続けていたヴィーネが俺たちに近寄ってくる。

 そのヴィーネはレベッカの細い腕を見て「素晴らしい魔力操作、炎の加護は血魔力にも影響を深く与えていると分かる」と褒めてから机に両の掌を置く。


 前屈みの姿勢となった。


「この菓子は……」


 と、呟くヴィーネ。

 机に置かれたお菓子を赤みが掛かった銀色の瞳で凝視していく。


 相変わらずヴィーネは美しい顔だ。

 そして、その美しい顔とお菓子よりも……。


 ヴィーネの双丘さんが気になった。

 綺麗な鎖骨の下から覗くおっぱいさんたち。


 俺の位置からだと角度的に絶妙。

 両腕にほどよく挟まれた桃源郷だ。


 俺の視線に気付いたヴィーネは微笑む。

 狙ったとしたら天才だ。


「……このお菓子はサーマリア風の筒菓子トーントンかと」


 聡いヴィーネは静かに語る。

 すると、そのおっぱいさんが悩ましいヴィーネの肩に手を当てて机を覗き込むユイが、


「――へぇ、本当ね。ひさしぶりに見た。トーントンの筒菓子ってかなり高級品よ。サーマリアの貴族社会で一時期流行ってた。トーントンの卵の白身と黄身に、あまり知られていない小麦粉が使われていると聞いた」


 サーマリア出身で暗殺者として情報はある程度集まっていたか。

 続いて、マジマーンも、


「わたしも知っているよ。トーントンの卵は押収した積み荷によくあるものだねぇ」

「高級品だからいい値で売れるのか?」

「いや、氷で保存が必須な積み荷。ただの食料と変わらないから残念な部類の積み荷だね」


 鋭い口調で語りながらも……。

 俺のヴィーネに対する視線を見ていたのか、おっぱいさんを押し付けてくるマジマーン。


 頬も若干、赤く染めている。


 応えてあげたかったが、皆がいるし、鋭く睨むヴィーネとエヴァが居る。

 ここは無難に変態紳士を貫こう。


 すると。部屋の壁際に立っていた召し使いの方が、


「皆様、ご自由に召し上がってください」


 勧めてくれた。


「だ、そうだ。皆、頂こう! そして、お菓子大魔王レベッカよ、たんと食え」

「ンン、にゃお~」


 肩の黒猫ロロも前足をレベッカに向け上げていた。


「大魔王に変わっているし、べーッだ。おっぱい大魔神のシュウヤは無視して、ロロちゃん一緒に食べよう!」

「にゃお?」


 レベッカの掛け声に応じたように見えた相棒だったが、


「にゃ、にゃ、にゃ~ん」


 耳朶を両前足で連続的に叩く遊びを始めてしまう。

 肉球アタックは嬉しい。

 しかし、俺の耳朶はパンチングマシーンじゃねぇ。


「ロロ、俺の耳朶は遊び道具じゃない、って噛みつくな~」

「にゃ~、にゃ~」


 今度は尻尾で、口が塞がれた。


「あはは」

「可愛い~」

「もう、魅せつけてくれちゃって、だいたい、その、ふさふさした尻尾ちゃんは何よ!」

「ふふ、ご主人様の耳朶ちゃんが〝ぎょうざ〟の料理に見えるようですね……」


 ヴィーネ……。

 犬歯を尖らせながら語る言葉じゃない。


 前に餃子と語っていたことを覚えていたようだ。


 皆が俺と黒猫ロロの近くに集結。

 お菓子どころじゃなくなった。

 ロロディーヌのマッサージ祭りに発展。


 ヴィーネだけ、俺の耳朶をマッサージ……。

 耳朶に噛みつく気じゃないだろうな……。


 もみもみ、もみもみ、と皆のマッサージを全身に受けていくロロディーヌ。

 なすがまま……。


 肩から落ちそうになった黒猫ロロ

 その黒猫ロロの両脇を持ち後頭部にキス。

 日向の匂いを得ながら、胸元に軽い体重の黒猫ロロを運ぶ。


 黒猫ロロの背を腹に感じながら左右に揺らしていった。

 揃い伸びた後脚と、でれーんと腹を晒すロロディーヌだ。


 日向の匂いを感じていた鼻を離すと、


「ンン」


 と、さみしげに微かな声をあげるロロディーヌ。

 頭部を反らして俺を見上げてきた。


 逆さまに映っているだろうに。

 だが、つぶらな瞳が可愛い。


「もっと頭部にキスがほしいってことかな」

「ンン」


 髭が下がっているが、俺の睫か瞳の動きでも見ているんだろうか。

 微笑んだような顔つきにも見えた。


 しかし、依然と、ゴロゴロとした可愛い音を鳴らしながら腹を押っ広げた状態だ。


 晒している柔らかそうなお腹も魅力的だが……。

 産毛から覗かせるピンク色の小さい乳首さんたちも、たまらない。


「お菓子どころじゃないわ……」

「ん」

「ヤヴァイ」

「おい、それは俺のセリフだ」


 と、黒猫ロロの身体のマッサージをくり返す<筆頭従者長選ばれし眷属>たち。


「ンンン」


 暫し、黒猫ロロの気持ちよさげな喉の声が響いていった。

 ゾスファルトたちは遠慮気味にロロディーヌを見ているだけだった。


 そうして、菓子の団欒&眷属たちとの血文字連絡会となる。



 ◇◇◇◇



 キッシュにミスティが乗っている銀船について報告。

 レイのことからマジマーンのことを含めて、もうじき帰ると血文字交換を行なった。

 黒猫ロロの悪戯を浴びながら……。

 メルとも血文字交換を行う。


『総長、銀船の到着はまだですが、現在もミスティさんから連絡は受けています』


 メルの血文字の形はシンプルだが、一種の芸術性を帯びている。

 カルードが日本風ならば、西洋風と言えばいいか……。

 筆記体風で独特のセンスがあった。


『おう。ストシュルマンの態度だと、たぶん、マジマーンの船も手に入るだろう』

『はい、幻の四島を発見したマジマーン一味ですね。そこのマジマーンの一味だった者がペルネーテで冒険者として活動していますよ。結果も残しているようです』

『へぇ、元マジマーンの一味が冒険者か。そのマジマーンだが、彼女が所属しているサーマリアの海軍特殊ヘンラー部隊の名は聞いたことあるか?』

『あります。第二王子からオセべリア海軍とオセべリアの商船を何度も潰した軍隊の名の一つに海軍特殊ヘンラー部隊がありました。ムサカの戦争にも一部の部隊が展開しているようですね。ハイム川の確保、或いは緊急の輸送時に用いられているようです』


 強襲が可能な海兵隊って感じではないようだな。


「そうだよ。だが、わたしは戦争に参加してない。何度も言うがローデリア海での大海賊が主戦場」


 と、血文字を見ていたマジマーンが発言。

 菓子を食いながら偉そうな口調だ。

 俺は頷きながら、メルに向けて、血文字を作る。


『マジマーンは分隊長らしいが』

『四島のシマは港や街は複数あり巨大な縄張りですから、それなりに海軍の権限はあったはず。ただ、大海賊が本職でしょうから諜者の活動も海賊としての利益に繋がる一環かと思います』

『なるほど』


「凄いね、まだ会ったこともないのにわたしたちの仕事を当ててくる。メル副長とは馬が合いそうだ。ガゼルジャンとも交易ができるなら、わたしの知る四島のシマの港の権益も拡大する」


 と、発言したマジマーンにユイとヴィーネが四島はどこにあるのとか聞いていく。


『総長、話が変わりますが、マジマーンの船はともかくとして、銀船も手に入れたのですから海賊団の名を決めましょう』

『海賊団? 海賊行為は軍隊相手ならいいがなぁ』

『あくまでも名前のみですよ。ただ、船商会の相手に海賊たちも含みますからね、争いになる場合もあります』

『分かった。皆に聞いてから、返事する』

『はい』


 そこから皆の意見を聞いた。

 ヘルメの『黒猫のおしり愛軍団』の名を却下。


 やはり、シンプルに『黒猫海賊団』に決定。


 メルに報告し海賊団の名前は『黒猫海賊団』に決まった後……。


「領主様が、もうじきいらっしゃいます」


 と、召し使いの方が教えてくれた。

 その直後、領主フレデリカ様を連れたストシュルマンが姿を見せる。


 少し遅れて領主フレデリカ様。

 背丈はヴィーネかエヴァぐらいか。

 ゾスファルトたちとマジマーンたちは一斉に頭を下げていた。

 俺たちも頭を下げる。


 フレデリカ様も、


「皆様、このたびはアルゼの街をお救いいただきましてありがとうございました」


 お礼を言ってから頭を下げていた。

 ストレートパーマが掛かっていそうな金色の髪が揺れていく。


 そして、フレデリカ様は頭を上げて、


「ゾスファルトたちも生きて戻ってくれてよかった。でも、わたくしは余計なことをしてしまった」

「領主様。依頼を受けたのは俺たちです。そして、今、こうして、ほら、片腕だけですが、元気いっぱいに生きているんだ。結果オーライって奴ですよ。気にしないでください、ほら、笑って、あははは!」


 と、ゾスファルトが、虎獣人ラゼールらしい豪快さを感じる口調で語る。


「そうですよ! って、隊長の片腕は元々でしょうに!」

「あはは、しかし、カルード殿に転ばされて、刃を向けられた時はヒヤッとしましたが」

「あぁ、本当ならあそこで、俺たちは……」


 ゾスファルトのパーティメンバーたちがそう語る。


「はい。そして、黒髪の貴方がシュウヤ様で、机に座る黒猫ちゃんが、神獣ロロディーヌ様……」


 そう聞いて見つめてくる金色の瞳。


「にゃお~」


 と、黒猫ロロは片足を上げてフレデリカ様に挨拶。

 フレデリカ様は目をパチパチと瞬きさせて、


「ふふ、可愛らしいですが……」

「はい、怒らせては危険です。ルガイサッドが怯えていましたから……」

「にゃ?」


 ストシュルマンの語りように、黒猫ロロは頭部を横に傾けて、不思議そうに聞いていた。

 ストシュルマンの言葉を聞いて疑問に思ったわけではないらしい。

 黒猫ロロの黒色の瞳が追ったのは、ストシュルマンの耳を覆うイヤーカフと紐で繋がる小さい勾玉のような物だった。


 フレデリカ様のほうに頭部を向けた際に、そのぶら下がった勾玉のような物が揺れたことが気になったようだ。


 そんな黒猫ロロよりも、フレデリカ様だ。

 彼女の金色の眉は細く鼻は高い。


 綺麗な女性だから、少しみとれながら、


「ロロディーヌは大丈夫ですよ」

「はい、シュウヤ様と神獣様、改めて、このアルゼの街を救っていただきありがとうございます」

「にゃ」

「当然のことをしたまで、と、格好つけたいところですが、失敗がありながらも多数の命を救うことができてよかった。が本音ですね」


 と、そこで息を吐く。

 ヴィーネを見た。


 ヴィーネはフレデリカ様に返事をした黒猫ロロの小鼻に人差し指を当てている。

 寄り目となった黒猫ロロ

 そのヴィーネの指をクンクンと匂いを嗅いでから、その指の爪の感触がちょうどいいのか、頬を上下させて指を擦り始めた。


 そんな姿を見て……。

 俺もヴィーネの指に頬を当てて、頭部を鳩のように動かして混ざろうとか……。


 ふざけたことを考えた。

 が、止めてから真面目に、


「……眷属と仲間の命、人質の命、街の人々の命、そのすべてを守ることはできませんでしたが、今は戦いが終わった安堵感のほうが強い」


 と、語る。フレデリカ様は頷く。

 俺と眷属たちを見て、俺のことを凝視。

 小さい口が動いた。


「そのゼレナードは大魔術師でありながらモンスターや神々の力を自らの身体に取り込むような存在とか。そんな相手との戦いは怖くなかったのですか?」

「怖かったですよ。白色の紋章と化してしまうリスクはいつ何時起きるか分からなかったですから。そして、何度も仲間たちに話をしていたことですが、あの時の判断が一つでも間違えていたらと思うと背筋が寒くなります」


 と、にこやかに語る。


「正直な方なのですね。そして、勇気のある方……ストシュルマンが気に入るわけです」


 と、フレデリカ様はストシュルマンを見る。

 ストシュルマンは頷くと、俺に視線を向ける。


 彫りが深いイケメンに興味はない。が、無難に頷いた。

 やはり美人さんだろうと、にこにこしながら、フレデリカ様を見る。


 と、


「……ふふ、その笑顔を見せるシュウヤ様が勝利してよかった。ですが! アルゼの街に仕込まれた魔法陣を破壊した英雄的な行動の邪魔をしてしまいました。正式に謝罪致します。すみませんでした」


 領主様が謝ってきた。


「いや、謝る必要は……」


 ヴィーネにも何か喋れとアイコンタクト。


「領主様、謝罪は必要ありません」


 そう喋ったが、逆に冷たい印象しかないぞ。

 そして、銀色の虹彩は、俺を真っ直ぐと見て微笑む。

 満足そうなヴィーネちゃんだ。

 ま、彼女なりのフォローだ。


『ふふ、閣下、ここはやはり、閣下のポージングが必須かと』

『ヘルメ立ちはしないぞ』

『では、ヴェニュー立ちをご伝授します!』

『却下だ』


 ヘルメとの冗談念話を終わらせてから、急ぎ、


「フレデリカ様、俺たちもオセべリアの兵士たちの命を奪った。謝っても許されることではないが申し訳ない」

「いえ、本当にわたくしが悪いんです」


 フレデリカ様は自責の念が強いようだ。

 そのフレデリカ様が、


「あの時のアルゼの街を救ってくれたカルード殿たちの動きは納得です。襲い掛かる兵士たちをできる限り殺さないように努めていてくれた。そんなカルード殿たちに向けて、わたくしが兵士たちに、執拗に追うようにと、殺しても構わない。と、命令を出したのです……わたくしが間違っていたんです」


 フレデリカ様は泣いてしまった。

 ストシュルマンが近寄り、


「なにを仰る! 死の旅人たちを追った聖ギルド連盟の幹部と兵士たちは帰らず、海賊たちの不審な動きに加えてサーマリア王国とは戦争中で、この街もいつ戦場となってしまうのか分からない不安定な状況の中……不明な勢力が領主の館に潜入し部屋を占拠したのです。こちら側からすれば、カルード殿たちの理由は分からなかったのですから、追っ手を出すのは必然。的確な判断です。友もそう言うはず」

「……ストシュルマン、ありがとう。貴方に街の防衛を依頼してよかった」


 フレデリカ様は微笑む。

 落ち着いたようだ。

 ストシュルマンは、はにかんだ。

 ふぅと、息を吐いたフレデリカ様。


 俺に視線を向け、


「シュウヤさん。取り乱してしまい、すみません」

「いえ」

「ところで……ストシュルマンから聞きましたが、施設の下に、地下都市があったとか。そこでも凄まじい数のモンスターと戦いがあったと」 

「はい」

「アルゼの街の人々も、そのような未知のモンスターに変化させられていた可能性があるとも聞きました……」

「あったと思います。地下は、巨大な魔神具と極大魔石に賢者の石の粉を使ったモンスター育成を兼ねた魔法の大実験場だった。それと同じ悲劇がアルゼの街に起きていたかもしれない」

「……怖い……」


 フレデリカ様は表情を青ざめていく。

 また泣きそうな面だ。

 すぐにストシュルマンが、


「しかし、そんな大魔術師相手にシュウヤは勝利を収めた。しかも、施設で回収した秘宝を自分の物にせず、聖ギルド連盟のために、いや戦友ドルガルのために、私欲に走らず、返しにくる男がシュウヤ。そんな英雄の男によってアルゼの街は救われたのです。今、この男と知り合えたことは、フレデリカ様にとっても僥倖なこと」


 と、フォロー。


「はい、感動的なお話です」

「そうは言うが、秘宝はたくさん手に入れたからな」

「ふ、そんな誤魔化しは不要だ。秘宝だぞ。力を得られることは確実な品のはず。そして、聖ギルド連盟に返す行為を、俺はしかと見たからな。子供に菓子でもあげるように、簡単に返すところを……」


 ストシュルマンは驚愕した面を浮かべて語るが……。

 事前に聖ギルド連盟からギルド秘鍵書のことを聞いていたから素直に返しただけだ。


 その話を聞いていなかったら返さなかった。


 フレデリカ様は「聖人様なの?」と疑問風に呟くと、俺を凝視、頬を赤く染めていく。

 持ち上げる流れになりそうだ。


 話を切り替える。


 ついでに、気になっていることも聞くか。


「死んだ兵士の家族たちは……」


 と聞いた。


「年金の倍額を出しました。死んだ兵士の家族たちは泣いて喜んで満足そうでしたよ。シュウヤ様たちもお気になさらず」


 フレデリカ様の言葉を聞いたユイは微笑む。

 安心したような表情だ。


 やはりアルゼの街から撤退戦を指揮した父の様子が気になったんだろうな。

 カルードたちだって、降り掛かる火の粉は払うしかないし、仕方がないんだが。


 そして、責任は俺にあるとカルードに言ったが……余計な言葉だったかもしれない。

 カルードも男だ。

 もう、隻腕のゾスファルトという闇ギルドの人員のスカウトに成功した闇ギルドのマスターなのだから……。


 そう考えてから、フレデリカ様に、


「……よかった」


 と、告げた。


「はい、死の旅人たちは殲滅されたとその家族たちに伝えます。皆、仇は討たれたと喜ぶことでしょう。しかし、街に脅威が迫っていた事実は、まだ伏せる予定です」


 そうか、うんうんと頷く。


 政に口を出すつもりはない。

 領主は領主の責任がある。


「無難なことかと思います。そして、いきなりで悪いのですが……」

「なんですか?」


 フレデリカ様はそう聞いてきた。

 チラッとマジマーンを見て……。


 またフレデリカ様に視線を戻し……。


 よし、ストレートに言うか。


「マジマーンの船と捕らえた人員を俺たちに返してほしい」

「あ、聞いています。ストシュルマンからシュウヤ殿に船は渡しておいたほうが今後のためと、聞きましたので船はお返しします。接収した荷物も運んでいるはず。水妖の魔導師チップさんもマジマーンさんの船に乗っていると思いますよ」

「話が早い! 交渉があると思っていました」

「ふふ、シュウヤ様は自覚がないようですが、貴方様は周囲の村落を合わせれば二千人以上は居る人々の命を救った。未探索地域を含めたら凄まじい数の命を救ったことになる……わたしたちには到底できないことをやってのけた英雄様なのです……そんな英雄様が望む船ですから返すのは当然ですよ」


 しかし、命を救ったとはいえ……。

 あっさりと敵対している軍隊に所属していたマジマーンの船と荷物を渡してきたな。


「ありがとうございます。マジマーンもよかったな」

「うんうん、ありがたい! メル副長も喜ぶはずさ、レイの銀船とわたしのカーフレイヤーを黒猫海賊団に組み込めるんだからね」


 マジマーンは満面の笑みを浮かべていた。


「よかった。喜んでいただけて、そして、この一連の出来事は正式にルーク国王陛下にご報告致します。この胸に宿る感動を抑えることはできません」

「えっと、待ってくれ、王様は困る」

「どうしてですか? 報酬どころか大騎士の地位は確実です」

「領主様、シュウヤは俺と同じタイプと説明しましたが……」

「はい、ですが、この思いは……報告をしないと気がすみません」


 まあ、報告する義務は他にもあるだろうし仕方ない。


「ならば、好きなようにしても構いませんが、オセべリアに仕える気も王様にも会う気がないことをご理解ください。俺には友のキッシュが居ます。サイデイルの街を治める司令長官が居ますから」


 フレデリカ様がそう喋ると、視界の端で浮かびながら聞いていたヘルメが、


『ふふ、キッシュは、通称、緑の剣帝と呼ばれるようになるはず! 女王キッシュでもいいですが』


 そんな念話を寄越してきた。

 俺も、


『緑の剣帝か。女王なら緑の剣王とかじゃ?』


 と、念話を左目に宿る常闇の水精霊ヘルメに返す。


『却下です。剣王モガがいますから』


 強気なヘルメだ。


『俺的に友だが<筆頭従者長>は皇帝みたいなもんだからな。ヴェロニカのように女帝と、女帝キッシュと呼ぶべきか』

『女帝ですね。皆が自然と呼ぶ名前でいいかと思います』

『うん。ま、キッシュが偉くなっても、友のままだ』

『――ふふ、閣下に愛されている大事な友ですね――』


 と、小さいヘルメはヘルメ立ち。

 いつもの後ろ姿。

 悩ましい視線を向けてくる。

 お尻をぷるぷると震わせつつ、俺にウィンクを繰り出している。


 胸の一部を俺に見せるように細い腰を捻っている。

 あの体勢は沸騎士に再現は無理だろう。


 すると、目の前のフレデリカ様が、


「……友のキッシュさんが治めるサイデイル?」


 と、疑問風に聞いてきた。


「……はい、元エルフ。俺の眷属ですが、司令長官です。女王と皆に呼ばれています」

「女王様! しかし……そのような地名と国が樹海に存在するとは知りませんでした」


 樹海は未探索地域がほとんど。

 同じ樹海の最南端に位置するアルゼの街でも樹海深くに存在するサイデイルは知らないか。


「樹海は複雑ですからね」


 それも当然だ。

 深く窪んで地下に続く出入り口の地域もあればグランドキャニオンのような高低差を持った地域もある。


「はい、フェニムル村の向かう道も隘路ばかり。はっきり言って、ヘカトレイルとベンラック村に向かう陸上ルートの交易は無謀の極み。安全は保証できません」


 確かに……。

 ジャングルで複雑な迷路のような隘路が入り組んだ天然の要害だ。

 そこにぷゆゆ系の樹海獣人やら旧神勢力と樹怪王の鹿軍勢とオーク帝国が存在する。


 サイデイルと同盟となった古代狼族の狼月都市ハーレイアもあるんだから。


 ホフマンやゼレナード&アドホックが利用するのも頷ける。


「フェニムル村は神童が居るとか聞きましたよ」

「はい、鉱脈目当てに、ヘカトレイルからの流入も多いとか各商会の動きもあるようですね。しかし、ここアルゼからですと、高低差もあり、正直、厳しい道のりなのです」


 このアルゼの街からだと狼月都市ハーレイアよりも遠いし、樹海のかなり深い場所にサイデイルはある。

 サイデイルからはベンラック村やヘカトレイルのほうが近いか。


「そうですか」

「しかし、そのサイデイルを治める眷属のキッシュ様とは……」


 その言葉は疑問に思うよな。

 正直に語る。


「俺は人族ではなく、光魔ルシヴァルという種族なのです。だから、眷属とは俺の家族という意味になる」


 フレデリカ様は頷く。


「そうでしたか、普通の人族ではない。白色の貴婦人を倒せる理由ですね。人族と魔族のハーフ系種族ということでしょうか」

「近い。亜種の種族を聞いても、当たり前といった反応ですが、領主様的に俺のような種族はそう珍しくもない?」

「はい、普通です。このアルゼの街も多種多様な者たちが住んでいますから。そこの執事ハペディスも人族と魔族のハーフです。戦闘から家のことまでなんでもこなす優秀な執事ですよ」


 その執事さんは、礼をしてから、


「ハッ、ありがとうございます。領主様……皆様……」


 また、頭を下げてきた。

 近くに居たユイが胸に抱えていた神鬼・霊風の角度を変えて、すぐにお辞儀を返す。


 ハペディスさんの所作を見て……。

 一瞬、キャネラスの下で働いていたモロスさんを思い出す。


 イザベラたちを雇う際にお世話になった。

 そのハペディスさんを見てから、フレデリカ様に視線を戻し、


「アルゼも多数の種族の方が住んでいるんですね」

「勿論です。四つ目で蛞蝓の刺青を全身に持つアーゼン朝の未知種族の方々、魔族の血を引く長い尻尾が生えている種族、兎人族、銀髪に五つ目を持つ鬼人系という種族も居ます」


 銀髪に五つ目の種族か。

 ペルネーテでも居た。

 ザガが馬車を作った相手だったはず。


 アーゼン朝の未知の種族は初耳だ。

 リーン繋がりとか?


 南の大海から帰還したフリュード冒険卿の船団に乗っていたのだろうか。


「……アーゼン朝とは驚きです」

「八支流の街や村をあまり知らないと、そうかも知れません。とくにアルゼは大河のハイム川と繋がる八支流の中でも大きい港街の一つですからね」


 納得だ。

 人族も、様々な船と倉庫もあった。


「その港を少し拝見しました。建物も多く小売も人もたくさんで繁栄してましたね。川幅も喫水も大河のハイム川とあまり変わらないようにも見えましたよ」

「このアルゼの街がオセベリアで重要な証拠です。アルゼの西は穀物地帯で国王直轄領とデレッケン伯爵領へと続いてます。そして、支流地域を出たらララーブインとペルネーテはすぐですから」


 聖ギルド連盟のアソルもそんなことを語っていた。


「八個の支流は繋がっている?」

「繋がっているはず。しかし、聖ギルド連盟が追っていた運び屋が台頭しているように、普通の船の運行は難しい。そして、未探索地域も混ざるので、樹海側の詳細はまだ分からないことが多いのです」


 納得だ。

 【戦馬谷の大滝】にあった沈没船のように、敵対勢力が多い未探索地域の調査なんて海軍があってもそう簡単にできるわけもないか。

 ヘカトレイルから樹海側に出て博士たちを護衛しながら樹海の探索を行なった紅虎の嵐がいかに優秀かということか。

 少人数だからこそ可能だったとも言えるかな。


「大海賊たちの話に繋がるってことか」


 マジマーンは微笑みながら頷いた。

 銀船を扱うレイ・ジャックの操縦の腕は一流。


「……確かに大海賊と言えば支流も東西南北と多岐に渡りますからね。その大海賊だけが知る支流ルートがあるかもです。ジングの村、名もなき町、【トラッド湿地城】はオセベリア王国の城で別ですが、ノイル村、エホーク村、湾岸都市テリア、王都ハルフォニアと、通じる交易ルートを確保できれば、第二の黄金ルートに成り得る。闇ギルドと大商会絡みに貴族たちが暗躍する理由の一つ」


 そのタイミングで、話を聞いていたストシュルマンが、


「だからこそ、サーマリア海軍の動きが気になった」


 マジマーンを見ながら語った。

 すると、そのマジマーンは、


「船にあった作戦資料の一部も見たんだろう?」


 と、聞き返す。

 ストシュルマンは頷いて、


「海図と補給路に暗号文の一部をな」


 ヘンラー部隊が特殊部隊なら、結構重要な資料だと思う。

 諜者としての資料。

 偽物の可能性もあるとは思うが……。


 もし、本物の資料ならもう用済み。

 カーフレイヤーをマジマーンに返す理由か。


「サーマリア関係はそれぐらいしかなかったはずだ。そして、アルゼの領主様も安心したのではないか?」

「確かに、アルゼの街に派兵する情報は資料にありませんでした。ただ、マジマーンさん本人が必要な箱と椅子に操縦桿は調べることができなかった」

「それに関してはなんとも言えない。しかし、箱もわたしの魔力と指と声で開けられる特別な箱。その中身が、オセべリア王国に敵対する証拠だとしても、渡すつもりはないよ……わたしの総長だけに、渡す大切な代物だ」


 と、マジマーンが語った。

 俺だけに渡す特別な箱か……。


 ローデリア王国のセリス王女が持っていた真珠王の心臓と似たようなアイテムかな?

 それともアーカムネリス聖王国のアウローラ姫が持っていた魔造家マジックテントか。


「フレデリカ様とストシュルマンも箱は気になることと思うが、そこは了承してほしい。そもそも、オセべリア王国と喧嘩するなら、もっと違う手を使う。直に天辺を狙うほうが確実だ。俺は空を進めるからな」

「……怖いことを言いますね」

「シュウヤ、ルーク国王を討つ気なら俺が相手となるが……」


 ストシュルマンは笑いながら語る。

 冗談と分かるが、一応真面目な表情を意識して、


「勘違いするな。たとえだよ。だいたい、今、こうして説明している手間を考えてくれ。このアルゼの街のことを考えているからこそ、この場で領主様にも会っているんだからな。二人に、俺の意志は通じていると思いたい」

「ははは、確かに通じている」

「はい。それもそうですね。ゼレナードが設置した魔法陣を壊さず、アルゼを放っておくこともできたのに、シュウヤさんはしなかった。とても優しい方です」


 フレデリカ様とストシュルマンは頷き合う。


「そんな総長の下に居るわたしだ。納得だろう? 四島発見と言っても大海賊としての名はアズラ海賊団に劣るからね」


 マジマーンは俺にのっかる形で説明。

 フレデリカ様とストシュルマンは、マジマーンをジッと見てから、何回か頷く。


 二人ともマジマーンのことは信用はできないだろう。

 しかし、俺の配下ならば……。


 信じるといった面だ。

 んじゃ、許可を得たってことで船のことを聞くか。


「ということで、フレデリカ様、そのマジマーンの船は……」

「はい、さきほど接収した荷物類を戻すように指示を出しました。ストシュルマン、船まで案内をお願いできますか?」

「喜んで」


 ストシュルマンとフレデリカ様は通じ合っている。恋人ってわけでもないが、何かあるな。


 さて、最後に挨拶しよう。


 そして、マジマーンに母船をペルネーテまで運んでもらうか。

 その後の委細はメルに任せる。


 街の外で待機しているカルードたちも入り口付近なら呼んで大丈夫かな。

 後で聞くか。


「では、フレデリカ様、俺たちはこれで失礼します。ストシュルマン、船まで頼む」

「分かった」


 と、皆に向けて、


「外に出よう、アルゼの街の見学もしたいところだが、今はやることがある」

「ん」

「そうね」

「本を少し買いたかったですが、そうですね、キッシュの下に戻りましょう」

「サーマリア公爵と繋がる闇ギルド関係を少し調べたかったけど……うん。そうね、わたしたちには、わたしたちしかできない仕事がある。サイデイルに帰ろう」


 ユイの言葉に俺は強く頷く。

 さっきは何か気にしていたような面を浮かべていたが、気のせいか。

 可愛い黒色の瞳で俺を見つめてくれるユイだ。


「ンン、にゃ」


 相棒が肩に乗った。

 ぽんっと、俺の肩を叩く。


 そんな相棒の可愛い体重を肩に感じながら、出入口に向かう。


「あ、シュウヤ様! アルゼの街を救っていただいた報酬としてトニライン軍事栄誉勲章を差し上げたいのですが……」


 そうフレデリカ様が述べると、素早く召し使いが俺の下に歩み寄る。

 両手のマフに、小さい竜の形をした伯爵家勲章が載せられてあった。


「騎士という意味でしょうか」

「大丈夫です。オセベリア王国ではなく、これはトニライン家独自の感謝状みたいなもの。多少の箔がつく程度の物ですよ。そして、スヴェリ・ブロッセンに並ぶと評されるミオン・グローブスという魔金細工師が作った品。魔法防御能力が上がるとか聞いています。いやでしたら、眷属の方でもいいのでもらってください」

「そうですか。ならば感謝の印として、喜んで頂きます」

「はい、嬉しい」


 フレデリカ様の嬉しそうな笑顔を見て、心がほっこりと温まる。

 マフに載っているブローチ系のアイテムを受け取った。


 これはこれで、お洒落だな。

 だが、今は身に着けず、ポケットの中にしまう。


 ハルホンクが目覚めて食ってくれたら便利なんだが……。

 食ってくれれば、釦と金具と同じく服装の一部として自然に出現が可能となるだろうし。


 ま、そう都合よくはいかないか。

 サラテンもシュレゴス・ロードもまだまだ起きそうにないし。


「……では、皆、行こう」

「ん」

「はい」

「ンン、にゃ」

「うん」

「おう! あたしの船に向かうよ!」


 快活なマジマーンはストシュルマンを追う。

 ゾスファルトたちも続く。

 対象的なハッカクの魚人さんは俺に頭を下げてきた。


「ハッカクさんもよろしく」

「総長。マジマーンの姉御をよろしくお願いします」

「おう」


 当然だが、慕われているマジマーン。

 そんな彼女の過去が少し気になった。

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