五百五十一話 輝く尻と銀船の船荷

 皆が興味を持った銀船。

 手すり側から砂浜に下りて桟橋の横に碇泊中の銀船に向かう。

 ヴィーネとミスティは空から金属鳥とゼクスを呼び寄せていた。


「レイ、悪いが先にいっててくれ――」


 と、俺は一足先に白い砂浜を走る。

 気持ちいい場所だ――。


 相棒と黄黒猫アーレイも走ってついてきた。


 走りながら――。

 エヴァたちに貝殻の水着を着せたいな。

 と、ふらちなことを考えていると……。

 背後から猛烈な速度で近付くエヴァの魔素を感じた。想いが通じたと振り向く――。

 セグウェイタイプの魔導車椅子を操るエヴァは速い。

 踝の横に出た車輪で砂浜に跡を作りながら近付いてきた。


「――ん、シュウヤが昔、頭をぶつけた場所と似ている?」

「似ている」

「貝殻?」

「バレたか」

「ん、えっちぃ顔してた」

「あはは――」


 と、笑いながら強引にエヴァをたぐり寄せた。


「ん、シュウヤ……」


 目を瞑るエヴァ。

 彼女の小さい唇を見た。

 その唇に自身の唇を当てる。

 唇だけのコミュニケーション。

 エヴァの上唇を優しくマッシージしていく。

 俺の気持ちを知ったエヴァは鼻息を荒くして……。

 自らの体を押しつけてくる。


 唇で俺の唇を掴むように労ってくれた。


 エヴァなりに可愛いキスだ。

 足に冷たい波の感触を得たところでキスを止める。

 と「こらぁぁぁ」と蒼炎を宿したレベッカの突進が――。


「ぐぉ――」


 小さい肩のタックルを、わざと、鳩尾に喰らった。

 レベッカを抱きながらDDTはせず。


 砂浜に一緒に倒れる。

 打ち寄せるジング川の蒼い波が冷たい。

 ――が、気持ちいい。

 腕枕状態だったレベッカを抱き寄せた。

 お返しだ! 

 と、いたずら心で彼女の脇腹をくすぐった。


「きゃっ」


 二人で砂浜を転がった。


「はは、砂だらけになるぞ」

「いいの……」


 レベッカは身体から蒼炎を消している。

 俺の胸に顔を押しつけていた。

 上目遣いで俺の唇と目を交互に見つめてくる。

 その蒼色の双眸は欲情していると分かった。


 何気ない表情の変化だが、嬉しい瞬間でもある。

 自身の考えが読まれたと分かったレベッカ。

 頬を赤く染めていた。

 そして、小声で「ばか」と呟く。


 ははは。

 期待を寄せる感情が丸わかりの可愛いレベッカさんだ。


 愛しいレベッカのハイエルフとしての長耳とプラチナブロンドの髪に付着した白砂を払ってあげた。

 そのままレベッカの項に片手を回す。


「ん? なに、ふふ、くすぐったい……」

「ここも弱点だったよな」


 と、レベッカの長耳の裏を指でくすぐってから「ァ――」と感じている隙にレベッカの後頭部へと手を移動させた。

 その掌で彼女の首を優しく下に押し、レベッカの感じている表情を見ながら小さい唇を奪う。


 細い唇をやや強く押しながらのキス――。

 少しびっくりしたレベッカは目を瞑った。

 逆に俺の唇を強く吸ってくる。


 キスを互いに楽しんだ。

 レベッカは頭部を横にずらし、


「ぷは――もう、強引なんだから、でも嬉しい――」


 そう喋ると、俺の唇を強引に奪う。

 俺の唇と唾を吸う。

 舌ごと引っこ抜いてくる勢いだ。

 ――愛を感じる。

 レベッカの背中に手を回し抱く。


「――何してん、レベッカ! キスが長すぎる」


 ユイの声だ。

 イライラしているのか、声がなまっている。


「ご主人様、次の次はわたしで」

「次はわたしです!」

「あ、あの、わたしも予約」

「わたしもよ、チーズの続き」


 ヴィーネとキサラとジュカさんにミスティが傍に来た。


「何、遊び?」

「楽しそうですね、シュウヤさんとイチャイチャしたい」


 レネとソプラまでも……。


「閣下、皆と一緒にお尻ちゃんゲームですね」

「ふふ、楽しそうです」

「お話に聞いていた、お尻テカテカ作戦ですか。精霊様、お手柔らかにお願いします」

「わたしも参加です!」


 ヘルメとジョディにクナにオフィーリアまでと……。


「ぷはっ、あ……」


 レベッカは遠慮して立ち上がる。

 エヴァと距離を取った。

 そのまま皆と順番にキスすることになったが……。


 まぁいいやと……。

 このまま木製チェアもあるし眷属たちと黄金の酒でも飲んでまったりと微睡みたいな。



 ◇◇◇◇



 ラファエルが視界に入る。


「……おーい、いつまでラブラブとお尻シャンシャインを起こしているんだい! 銀船のレイ・ジャックも待っているし僕たちが居るってことを忘れてないかい! 小柄獣人ノイルランナーたちには子供も居るんだから、ちゃんと考えてほしいな」

「はは、ラファエル。シュウヤのことを理解していると思ったが……まだまだ若造か」

「旦那は旦那ですからね……。偉大な双丘たちを、双丘聖王の如く、揉みしだき、尻を光神の如く光らせ、生きる俺たちを走らせる――」

「あぁ……ツアンよ。それはシュウヤが語っていたすけべ詩吟か?」

「いえ、旦那のことを見てたら考えつきました」


 ハンカイとツアンのシュールな会話だ。

 ラファエルは沈黙した。


「それは単純に〝英雄色を好む〟で済むだろう」


 そんなラファエルの言葉を聞きながら堂々と眷属たちを連れて皆が遊ぶ砂浜に向かう。

 皆と合流。


 すると、ラファエルが、


「まったく羨ましい……」

「――求められたら求めに応じるってのが、男ってもんだ」

「少し悔しいが、確かにその通りだよ! でもさ、キスだけだったけど、子供たちも居るんだぞ」


 ラファエルは小柄獣人ノイルランナーたちに視線を向ける。

 小柄獣人ノイルランナーの子供たちはアリスとナナと黄黒猫アーレイとガラサスと一緒に白い砂浜で遊んでいる。


 アリスの影響か蟲のガラサスを怖がらない小柄獣人ノイルランナーの子供たち。

 小柄獣人ノイルランナーの親御さんたちと一緒にエルザもアリスの母親のように見守っていた。

 ママニとカルードと鴉さんは入り江を眺めている。

 エマサッドとダブルフェイスも一緒に居た。

 俺は眷属と仲間たちに手を上げつつ、近くにいるラファエルに、


「子供の教育によくないと言いたいのか?」


 と、発言。


「そうそう」

「んー子供だろうが、差別せず、すべてを見せるべきだと思うがな。男が好きな女とキスをする。愛を育み、えっちをして子供を作る。極自然な流れだ。隠すようなことじゃない」

「にゃ」


 足下の黒猫ロロも片足を上げていた。

 俺に子供ができるのか分からないが……。


「そして、俺は裸族でもある」


 と、冗談を飛ばす。


「なるほど! 助けてくれた時の会話に繋がるのか!」

「裸族は冗談だ。だろう。真に受けるなって」

「分かってるさ、ただ相棒ちゃんとシュウヤもお尻を輝かせて語るから……そっちのほうが面白いかな」

「……そか、すまん、ならば特別なモノを!」


 と、ヘルメ立ちを敢行。


「まぁ――」


 ヘルメが喜んで水飛沫を発した。


「ンン――」


 黒猫ロロもお尻をふりふり。

 ヘルメ立ちロロディーヌバージョンを繰り出す。


 ラファエルは「神獣様まで! ぷっは、あはは」と吹いた。


「旦那と神獣様が! あぁ、微妙にハルホンク衣裳を弄って、金玉を!? 服で遊ぶのは卑怯ですよ!」

「がははは、まったく面白いことを考える奴だ」

「あはは! 神話ミソロジー級のアイテムに、こんな使い方があるなんて、くそぉ、凄く面白い!」


 ツアンとハンカイが笑う笑う。

 いい笑顔だ。

 皆も笑ってくれた。


 ラファエルはうけすぎて、腹にきたのか、砂浜に両膝をつけて、大笑いしていた。


 肩を揺らして笑うラファエル。

 その肩の上に相棒は触手を置く。

 肉球で揺れる肩をぽんぽこぽんと音を立てるように叩いていた。


 相棒も輝きを放つ太股の毛が揺れる。

 菊門はふさふさな黒毛に覆われて見えないが、見えたら可愛いだろうな。


 しかし、ヘルメの力で尻が輝くのはなぜだろう……。


「ん、堂々としてシュウヤらしいけど、微妙に恥ずかしい」

「ふふ、ロロ様がまた可愛いです」

「ですね」

「ごめん、わたしのお尻が一段と輝いている手前、なにも言えない。服を着てても何故か分かるのね……」

「いいじゃないですか! キビキビとお尻が輝いてます」

「はい、美しい白い砂浜に合う、レベッカさんのお尻ちゃんですよ」


 と、ヴィーネとキサラが真面目なのか冗談なのか、分からないが、おおいに語る。


「わたしは初キッスを……」


 と、ジュカさんは俺を熱い眼差しで見つめてきた。


「髪と角を撫でてくださいました……」


 リサナの桃色髪は好きだ。

 ミスティは、


「おっぱい揉まれて、つんつくされちゃった。お陰で腰に仕舞っておいた大事な金属が反応しちゃって溢れちゃったけど、嬉しかった」

「兎の耳を引っ張られて……お胸を……」

「ふふ、わたしは耳裏に……」

「いいですわね……わたしは治療の効果を確認してくれるように背中を見てくださいました。凄く優しかったのですが、えっちなことを……してくれませんでした……」

「ん、シュウヤはクナのことを心配している」

「そうなのよねぇ。エロいくせに紳士なところが、またなんとも……」

「お尻ちゃんが輝いてしまったけど、ご主人様と、ちゅーしたかった」

「……サザーちゃん……」

「隊長! さり気なく混ざることに成功してましたね、さすが隊長です」


 と、ツラヌキ団のメンバーに囲まれるオフィーリア。


「僕たちも居るってことを忘れないように、ね? ダブルフェイス」

「……俺にふるな。主の行動に不満はない」

「……そうかいそうかい……ふん」

「ラファエル、まさか嫉妬しているの?」

「マスターは女性が好きだからね」


 と、イケメンのラファエルに対して発言するレベッカとミスティ。


「いや、僕も女性は好きだから勘違いしないように……」


 ラファエルはそう反論した。

 彼の扱う魂王の額縁と魔眼の印籠こと、はばき骸の魔眼印籠が輝いて見える。


 そういえばミスティが仕舞ったアイテムの中に……絵画の中に閉じ込められている幽霊のような女性が居たな。

 ラファエルの力を使えば助けることが可能と聞いた。

 新種のモンスターで命に別状はないとも教えてくれた。

 絵画からの救出にラファエルも魔力をかなり消費するようだから助けるのは今度でいいだろう。クナも協力すれば楽になるとかだが、ま、後だ。


「ふふ、閣下はおっぱい教より、お尻ちゃん教に鞍替えしつつあります」 


 ヘルメがサザーに向けて話をしている。

 サザーは真剣な表情だ。

 ヘルメの言葉を真に受けているのか……。


「お尻ちゃん! 尻尾が重要なんですね」


 影響を受けているがな……。

 そんなことを考えながら桟橋に足をかけた。


 桟橋から船の仲間たちと話をしていたレイが俺に気付く。


「あ、総長、これが銀船です」


 と、船のもとに案内された。


 ……モーターヨットに近い作りの銀船を見ていく。


 喫水は高く長細い船だ。

 テラスから銀船を見た感じだと……。

 細長く見えたが俯瞰して見れば違った形かもしれない。

 デッドライズは船底に向け深く傾斜している。

 船室があると分かる船底は厚そうだ。


 デッキの上に乗組員たちが居た。


「レイ、どういうことなの! こんな人数がくるって」

「船長、本当にその方々はクナの仲間なのか?」


 フォールディングアンカーを引き上げていた大柄な男は、そのアンカーを振り回しつつ話をしていた。


「……クナさんも居るから仲間だとは思うけど、こんなに、たくさん……」


 眼鏡をかけたエルフの小柄な女性だ。

 彼女は何かのスイッチを手で押しそうになっている。


 背後の船室を守ろうとしているようだ。

 褐色肌の女性はクロスボウを構えている。


 小柄獣人ノイルランナーたちを守っていたレネとソプラさんが、


「へぇ、あのクロスボウ、かなり高級よ。シャルアーンの顎と少し似ている」

「うん、フライクゲールのような武器もあるようね」


 武器の感想を漏らす。

 兎人族としての長耳さんが特徴的な二人。

 スタイルのいい姿は天然のバニーガール姉妹だな。


 一方、デッキの上の方々は不安そうだ。


「さっきも説明をしただろう、スタム、それは投げるなよ? カフーも武器を下げろ。リサは落ち着け。爆破はダメだ。だいたい船荷があるってことを忘れてないか」

「あ、そうだった――けど」


 スイッチから手を離した眼鏡をかけたエルフ。

 短剣を構えた。


「不安よ。皆強そうだし水飛沫を発してる綺麗な女神様のような女性も居るし!」

「――これから俺だけ、まずそっちの船に戻るから攻撃はするなよ?」


 レイは仲間たちに話をしてから、


「シュウヤさんたち、少しここでお待ちを」

「おう」

「にゃ」


 相棒が肉球を見せて挨拶。


 魔闘術を纏ったレイは微笑んでから踵を返す。

 ――颯爽と走るレイ。

 桟橋から銀船へと飛び乗った。 


 アズラ海賊団元六番隊隊長の実力者か。

 自然体の軽やかな動きだった。


 ベニー・ストレインと同じ強者だとすぐに分かる。


 武器は腰にぶら下げた長剣だけ。

 シンプルだ。それがまた強者らしい。


 そのレイが船長として乗組員の仲間たちに、


「話が変わったんだ。組織に入った」

「聞いたけど急すぎて……船荷の件を受け入れてくれる相手がいるとは思えないんだけど」

「船荷と俺たちの将来については……まぁ、相手のことを知れば納得するはずだ。あの暗黒のクナが靡く相手。そして、外で見ている方々だけじゃないんだ」

「大きな組織が相手か。しかし、リサの言う通り、急すぎる……洗脳系のスキルを受けてないだろうな……?」

「それはあるかもしれない。が、どちらにせよ。俺の勘がシュウヤさんに命を預けろと、何回も囁くんだ」

「レイの勘……何度も俺たちを救った勘なら信じられるが」

「男の勘か、女の勘のほうが当たると思うけど、船長のは特別だからねぇ、わたしは信じる。あの黒髪の男性、いい男よね……」


 カフーと呼ばれていたクロスボウを持つ女性が俺を見る。

 自然と『どうも』と笑みを返した。


「……黒色の瞳の男か。何か途轍もない強さと海の力を感じる。しかし、不思議だ。地上にこれほど海に愛される男がいるものなのか?」


 スタムという大柄な方が俺を評してくれた。


「スタムがそんなに褒めるなんて、珍しいわ。船長があっさりと傘下に入ると決めた理由の一つかしら?」

「……そうみたいね。スタムは船長のことを信じる?」

「信じる。今まで大海賊に囲まれても突破してきた船長の神懸かった操船技術は本物だ。交渉も失敗はない」

「そっか。でも、わたしは……怖いわ」

「だから…」


 と、説明を続けていくレイ・ジャック。

 船長としてがんばってくれ。



 ◇◇◇◇



 暫し、桟橋の上で待つ俺たち。

 俺はツアンとラファエルとハンカイと共に魔煙草を吹かす。

 レネ&ソプラさんにリサナは小柄獣人ノイルランナーたちと打ち解けている。

 リサナは桟橋の上で蔦を垂らし釣りを始めていた。


 家族のような雰囲気だ。

 エルザとアリスが羨ましそうに見ている。


 俺は喫水が高い船だなぁ……と船を見ていく。

 表面は銀色が占めているが、やや黒が混ざった小さい丸い孔たちもある。

 通気孔か、噴出孔か。

 縁の銀製の取っ手に魔力を備えた網もある。


 すると、ヴィーネとキサラが両脇にきた。

 彼女たちにも魔煙草をプレゼント。

 一緒に煙を吹きながら……。


 桟橋からクルーザーのような銀船を見学していく。

 船の上が静かになった。


 レイの仲間たちが落ち着いたようだ。

 そのレイが、船の端から、


「――シュウヤさん、お待たせしました、どうぞ」


 と呼んでくれた。

 俺たちはそうして銀船のデッキの上に移動。


 レイから、


「【銀の不死鳥】のメンバーです」


 と、仲間たちの紹介を受けた。


「こんにちは皆さん、新しい仲間ってことで一つよろしく、【天凜の月】の盟主とか総長と呼ばれている。武器は槍がメインだ。肩の黒猫は相棒のロロディーヌ。愛称はロロ」

「にゃお~」

「見ての通りロロは頭がいい」

「か、可愛い」

「それが神獣様……」

「なるほど、海に愛されるだけはあるのか」

「……幻獣とはまた違うようね」


 と、仲間さんたちが語る。

 俺は黒猫ロロの紹介を続けた。


「ロロは獣の習性に左右される場合もあるが、言葉もある程度は理解している」

「にゃ」

「そして、今の姿は子猫だが、黒豹、黒馬、黒獅子、黒グリフォン、黒ドラゴンといったように巨大な神獣の姿に変身が可能なスーパー猫ちゃんでもある」


 自慢げに語った。

 続けて、肩の相棒も、


「ンン、にゃ、にゃにゃおおお」


 ドヤ顔を示しながら鳴く。


「素敵な猫ちゃんですね!」


 黒猫ロロを褒めてくれたのはリサさん。

 眼鏡が似合うメカニック風のエルフの女性。

 ミスティ風と言えばいいか。

 さっきまで怖がっていたようには見えない。

 いや、手が震える瞬間があった。

 我慢しているのかもしれない。


 船に乗った眷属たちが名乗り始める。

 俺は腕を桟橋に向け、その桟橋で暇そうにしていた仲間たちのことも紹介した。


 レイも続く。


 アンカーを投げようとした壁のような大柄な男。

 名はスタム。スキンヘッドだ。


 初見で、俺を海に愛される男と評してくれた。

 実は魚人系の血が入ってるのかもしれない。


 カフーはクロスボウを持った軽戦士の格好。


 そうして……。

 最初は戸惑っていた【銀の不死鳥】のメンバーたちだったが、皆と自己紹介を行なった。


 俺は手短に挨拶を済ませ仲間たちにバトンタッチ。


 相棒を肩に乗せたままデッキを見学。

 ソファベッドのような座席が横に並ぶ。

 デッキの中央に大きな帆柱と合体した机がある。

 船の後部のクエでも釣れそうな釣り道具の隣にバリスタのような武器も一つ備わっていた。


「ンン」


 相棒が早速、ソファの感触を確かめる。

 すると、そこに、


「主様~ヒュレミちゃんを捕まえました!」


 蜘蛛娘アキの声。

 太陽光が眩しい崖上からだ。


 えっと……。

 空は飛べない蜘蛛娘アキだが……。

 雷模様が美しいレッサーパンダを発動している白黒虎ヒュレミにぶら下がっている。


「捕まっているの間違いでは?」


 と、聞くが、ぶら下がっているアキはスルー。

 そんな蜘蛛娘アキを出迎えるように向かうヘルメとジョディ。

 ヘルメとジョディとアキは空中でハイタッチ。


 俺が魔国に旅して鏡を回収しサイデイルに帰還している最中に仲良くなっていたようだ。

 そのまま三人は笑いながら空中で回転。

 帆柱の周囲を螺旋状に急降下してきた。


 アキは鋏角から糸を器用に出す。


 大虎のアーレイも雷模様のレッサーパンダを頭上に召喚すると、浮遊して出迎えた。


 桟橋から、その光景を見た小柄獣人ノイルランナーたちは大興奮。


 キサラとジュカさんにエルザとアリスも空を飛ぶ大きな虎を見る。


 二匹の大虎は四肢をつけて着地。

 唸り声を発しながら走り寄ってきた。


 レイたちは驚いて後部に逃げる。

 気持ちは分かる。

 いきなり空から猛獣の襲来だ。

 メイドキャップが似合う蜘蛛娘アキも居るが、あの蛇人族ラミアよりダークエルフのほうが珍しい地域が多いこの地方だ。

 更に言えば、雷模様が美しい幻獣レッサーパンダを頭上に展開している大虎たちは空を飛んでいたんだからな。


 まぁ、レッサーパンダの両手をあげて『がぉぉ♪』はすこぶる可愛いが……。

 その威嚇している可愛いレッサーパンダを擁する黄黒虎のアーレイと白黒虎のヒュレミは――。

 俺ではなくて、ソファにダイブした。


 腹を見せて、ゴロにゃんこを始めた……。


「にゃ」

「ニャアァァ」

「ニャオォォ」


 肩に居る黒猫の相棒に対して、大きな腹を見せながら、背中をソファに擦りつけていく。

 黒猫ロロも影響を受けた。


 肩からソファに移ると背中を擦り始めていく。


 エブエの故郷でも同じことがあった。

 デルハウトが暮らしていたところでもあったが……。

 あのソファの感触と臭いは、魔造虎たちにとって刺激的で未知の臭いなんだろう。


 天然のネコタッチ。

 天然の分泌吸の匂手フェロモンズタッチみたいなもんだ。

 仕方ない、と思いつつ机を調べていく。

 埋め込まれたボタンが気になった。


 机は帆柱と一体化しているから……。

 このボタンをポチッとな。

 と、押せば……柱の帆が開くのかな。


 髑髏の親父のような方が出現して、〝ウッハッハ〟とか〝やったも○だ〟とかの音楽が流れてくるのか?


 銀色に輝く帆は畳まれた状態。

 柱が小さく下に畳む機構かもしれない。 

 柱は筒のように段々と下へ下へと格納できる仕組みとなっているようだ。

 要所要所で、魔力の紋様が浮かんでいた。


 オーバーテクノロジーって印象。 

 どこでこの船を手に入れたんだろう。

 帆柱を見ながらメモっていたミスティが、


「軽い金属と木材のすべてに魔力が均一に宿っているし、流れている。どういう技術かしら……」


 と、呟く。

 色は白だが、グラフェンのような素材とか使われていそうだ。

 防御力も高いだろう。

 拡げた帆は見ていないが、風を受ける本来の帆ではないのかもしれない。


「帆は風を受けることも可能ですが、囲まれた場合の緊急的な防護膜が主な使い方です」

「やっぱそうなのか」


 レイがそう教えてくれた。

 ミスティが興味深そうに観察を続けていく。


「ん、凄い船、黒猫号の立場がない」

「素人だけど、海賊たちが欲しがるのも分かる。表面もつるつるしているし」


 エヴァとレベッカがそう語る。

 銀色に輝く船の素材を調べるように指で触っていた。


 階段下が気になったが……。

 とりあえず上だ。

 中央の段を上がったところは狭いが周囲を見渡せるコックピット空間だった。

 ジョイスティックとハンドルが付いた席が二つ。

 横に魔力が詰まった液体ボンベがある。

 ボンベは床の中にめり込んだバルブと繋がっている。

 これ、ニトロ系のスーパーチャージャーのような噴射機能があるのかな?


 木製のハンドルとメーターらしき物もある。

 下で眷属たちに説明を続けているレイに、


「なぁ、レイが運転しているのか?」

「はい」

「これ、速度が急に加速する装置とかある?」

「あります。しかし、初見で、よく分かりますね」

「これだけの装置だからな、だれしも思うはず――」


 と、喋りつつ下りた。

 俺は階段下に視線を向けて、


「船荷を見せてくれ」


 と話す。


「わかりました」


 船室の扉を開けた先は……。

 高炉と似たエンジンがあるエンジンルームに人が居た。

 頭巾付きの外套だ。


 顔は分からない。

 その方が頭を下げてきた。

 俺も、


「どうも……」


 と挨拶してからエンジンルームを確認――。

 コックピットと直に繋がる太いバルブと連結した魔高炉のような機械があった。

 魔導船らしい機構だ。


 すぐ背後に居たミスティも船荷の人物に挨拶。

 しかし、やはり魔導人形ウォーガノフ作りの名人として……。


 エンジンの仕組みが気になるようだ。

 すぐに黒光りしている機械の下に移動した。


 鼻息を荒くしたミスティは、


「ちょっと、見たことない魔術紋様があるんだけど!」


 と興奮している。


「ん、レベッカ、先に詰めて、見えない」

「エヴァ、押さないで、前にヴィーネとユイが」

「ここ狭いし……ヴィーネ、あ、おっぱい膨らんだ?」

「いえ、分かりません。ァ……揉まないでください、今、横にずれますから」

「よしっと、あん、もう、今、触ったでしょ? ここ狭いわね……」


 階段付近で<筆頭従者長選ばれし眷属>たちの色っぽい声が船内に響く。


 俺はわざとらしい咳をしてからレイに、


「レイ、この方が船荷なんだな?」

「はい、彼女の名はセリス・ハイネス・ローデリア。ローデリア王国の第二王女様です」


 え?


「王女様かよ」


 と、ツッコミ。

 その紹介を受けたセリスも驚いたのか、急いで頭巾を取る。


「レイ、どういうことですか、わたしのことは秘匿しなければならないのに!」


 と、語尾を荒らげたセリスさん。

 頭巾を脱ぐと頭部を晒した。

 金色の長髪でくりくりとした丸い碧眼。

 鼻筋はそんなに高くない。

 唇は少し横に大きいが、顎のEラインが整った女性だった。

 ん、よく見ると、首に切り傷がある。

 しかし、気品を感じるのはやはり王女だからか。

 首の下に僅かに覗かせるネックレスは魔力が内包していると分かる。


 自分に注目が集まったことを知ったセリス王女は……視線を巡らせて、


「こんにちは、セリスです……あなたたちはいったい……」


 目を細めながらレイを見る。

 俺は、なんつう船荷だよ……。

 とレイを責めるように見てから……。

 セリスを見て、


「……これはご無礼を、セリス王女。初めまして……俺はシュウヤ・カガリと申します」


 そう喋りつつ頭を下げてすぐに上げた。

 ここでは形式張った片膝を突くようなことはしない。


「シュウヤ様ですね。レイとはいったいどういうことで……」


 俺が説明していいのか?

 というメッセージを込めたアイコンタクトをレイ・ジャックに送る。

 彼は首を縦に短く動かした。


 セリス王女に向けて、


「……俺は槍使い。と名乗りたいところですが、多数の眷属と仲間たちを従えた【天凜の月】という闇ギルドの盟主。総長と呼ばれることもある者です。レイは、その【天凜の月】の傘下に加わったから、今がある。で、ありますから、おのずとセリス王女様の身柄も、俺たちが預かってしまったということになる」


 レイ・ジャックも色々とやってくれる。

 てっきりアイテム関係かと思っていたが……。


 重荷を寄越しやがって……。

 王女となるとメルどころか、俺もそれ相応の対応をしなきゃならんだろうに……。


「すみません、総長。ですが、これが一番だと思いましたので」

「こうなった以上、仕方ない。で、預かるとしてだが……姫様。詳しい理由を聞かせてくれるかな」


 セリス王女は動揺しているのか瞳を揺らしながらレイを見る。

 その間にヴィーネが、


「……ご主人様、お供も居ないようですし、誘拐では?」


 と小声で告げてきた。

 かもなぁ……王女の座っていた椅子の足下を見る。

 王家の紋章入りの袋のみか。


「……」

「王女様、独断で決めたことですが、今までの逃避行を思い出してください。俺が裏切ったことがありましたか?」

「いえ、ありません……分かりました。シュウヤ様、お話し致します……国のサウルお兄様から逃げてきたのです」

「兄……兄弟喧嘩か?」

「……喧嘩といいますか、実の妹のわたしを……血が繋がったわたしを欲望の目で見て、ついには、何度も何度も、襲おうとしてきたのです。怖かった……それでもなんとか貞操は守り続けていましたが……わたしを守ろうとしてくれた侍女ヨルバが、兄に殺されたのです……そして、そのことを姉様とお父様にお話をしても……信じてもらえず……だれも……助けてくれなかったのです」


 変態兄からの逃避行。

 兄のサウルってのは妹狂いか。


「だから逃げたのか」

「はい、銀船のレイ・ジャックとは、たまたま王宮内で出会ったんです。彼は大きな仕事を成し遂げた直後でした。そのレイに、〝わたしを連れて逃げて〟と、強引にお願いをしました」

「そうか……しかし、兄も兄だな。妹の人格権を無視し、一方的な自分の欲望を果たそうと実の妹を襲うとは……そのサウルという兄は、屑。天誅だな」

「天誅とは……」

「あぁ、頭をかち割って殺すに値するって感じの、天罰だ」

「そんな、殺すだなんて……」

「そういう類いは殺さないと一生付きまとわれるぞ?」

「しかし……家族ですから」

「王女様には、余計な世話に聞こえるかもしれねぇが……家族とは思えねぇ……屑だぞ。そいつは」


 俺のぞんざいな口振りを聞いた姫様は悲しげな表情を浮かべていた。

 優しい子か……。


「家族を大事にするのは分かる……しかし、女を蔑ろにすることと同じ。セリスの気持ちを考えず、自らの欲望を押し通そうとする。普段は何食わない顔をしているんだろ? へどがでるな。俺からしたら最悪な奴だ」

「……でも、幼い頃は、まだ大丈夫だったんです」


 かばっているのか? 

 兄として優しい頃もあったんだろう。


 殺してほしくないって顔に出ている。

 優しいからこそ逃げるという選択か。


 というか国を飛び出してきたのなら、ローデリア王国も追うよな……。

 はぁ……敵だらけじゃねぇか。


 レイ・ジャックもよくこんな依頼を引き受けたもんだ。

 と、思考していると……。


 おっぱいを俺の腕に押しつけているヴィーネが、


「ご主人様、もう考えているかと思いますが、王女様の身柄はキッシュの下で、管理するほうが安心かと」

「いや、考えていなかった。さすが冷静で大事なヴィーネだ……」


 ヴィーネの肩を抱く。

 俺の首にキスをしてくれた。

 くすぐったい。

 だが、唇の微かな感触と冷たさが気持ちいい。

 そのまま、ヴィーネの背中を掌で撫でていると、レベッカとエヴァから腕を叩かれた。

 サザーもなぜか優しく叩いてくる。


 『サザー、お前もか』

 と、笑いながら皆に向けて、


「……そうだな。ヘカトレイルはオセべリア王国、川も陸も追っ手は確実にあるだろう。その点サイデイルは樹海。輸送ルートが確立されつつあるが、樹海という天然のモンスター要塞に守られている」

「はい、<筆頭従者長>のキッシュ。シュヘリア&デルハウトの元魔界騎士。空中要塞ロターゼ。クエマ&ソロボと紅虎の嵐の<従者長>たちといった大戦力を有したサイデイル町、いや、神聖ルシヴァル帝国は、武術街にあるペルネーテのお屋敷より安心です」


 確かに……。

 って、ヘルメのようなことを……。

 そのヘルメは船の上だ。


「セリス王女、逃げる目的地はあるんですか?」

「目標はゴルディクス大砂漠を越えた先の遠い異国でした」

「北ですね。当事者のレイは何か意見はある?」

「補足しますと、当初はハイム川に連なるどこかの都市で下ろす約束でした。その分の報酬は得ています」


 レイは懐から真珠が大量に詰まった宝石箱を見せてくる。

 中央の大きい真珠に心臓のようなモノが埋め込まれていた。


「なんじゃそりゃ……」

「ローデリア王国の秘宝の一つ。真珠王の心臓です」


 また、曰くがありそうな品だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る