五百五十話 闇のリストたちの理由

 皆、ヒストアンさんに注意を向ける。


 ボーイッシュで片方のピアスがチャーミング。

 黒と白のヘテロクロミアの虹彩に俺が映る。

 赤い亀裂が入ったほうの片目でウィンクを寄越してきた。

 一瞬、ドキッとした。

 可愛く美人さんだから嬉しい。


 だが……。

 まずは率直なピアノの感想からだろう。


「ヒストアンさん、感動しました。人の感情を芸術性のあるピアノ音楽で再現する高い技術。正直、ピアノの音階であそこまで感情を表現できるものなのかと、強い称賛の思いで聴き入りました。そして、美しい音楽を奏でるに相応しい壮麗な女性なことも、また素晴らしい」


 と、鼻を伸ばしながら語る。

 これには皆も同意見だったようだ。

 レベッカも両手を組んで何回も頷いていた。


「……ありがとう。そこまで率直に褒めてくれた男の人はひさしぶりです。でも、これはわたしの取り柄職業の一部でもありますから……」


 と、ヒストアンさんは恥ずかしいのか頭部を横斜めに向けた。

 手すり側の奥に広がる入り江を眺めながら……。

 自身を落ち着かせるように鍵盤を指で押していく。

 赤ん坊を寝かしつけるホワイトノイズ風の曲をピアノで弾いていった。


 次第にゆったりとした曲調へと……。

 ブルーの水面が寄せる波と……。

 白い砂浜に隣接する入り江を、音だけで表現するような……。


 癒やしの曲へと変化していく。


 ――凄いピアノの技術だ。

 そんな優しい曲で鍵盤を弾く細い指たち。

 爪のマニキュアは唇のルージュと同じく真っ赤。


 その真っ赤な指先から伸びた魔線たちが煌めきを起こすたびに鍵盤が美しい音を奏でていく。


 まさか、ここでミニコンサートを体験できるとは思いもしなかった。 

 一方、手すりの上のキサラも感動したことを示すように<飛式>の紙人形たちを出す。


 <魔倶飛式>も出た。

 侍風の紙人形の十兵衛。

 忍者風の紙人形の千方。


 二体は踊りながら前転と後転を繰り返す。

 他の紙人形たちも列を組む。

 回転を繰り返す紙人形の隊長たちのような二体の動きを追う。

 ヘルメも両腕から闇蒼霊手ヴェニューたちを出す。


 紙人形たちと踊り出すヴェニュー軍団。

 ピアノの音楽と同調する。

 ゆったりとした盆踊りだ。


 ヘルメの隣に居たジョディも跳躍した。

 宙で華麗に身を捻る。

 白色の蛾たちがジョディの背中から発生した。

 翼が羽ばたくようにも見える美しい蛾だ。


「いい曲です。ゆったりとした気分になりますね」


 ジョディはそう喋ると逆立ちから横回転。

 パンティが見えた。

 白パンティ。

 お尻に蝶のマーク。

 いや、パンティより曲だ。


 さっきの曲のほうが印象深い。

 眷属と仲間たちが、闇のリストたちの背後を取った時の曲。


 ジャズ系のリズムだったと思うが……。

 あれは高鳴った心臓音を宿した死に女神たちが、巨大な鎌を振るいあらゆるものを処断するような戦闘の音楽だった。


「ヒストアンなりのお礼の曲ですよ」


 クナがそう告げてくる。

 ヒストアンさんは頬を朱に染めた。

 クナを責めるように両目を細めつつも演奏は続く。

 細腕のヒストアンさん。

 しかしながら鍵盤を叩く指たちは力強い。


 その指先から繋がる魔線たちが輝く。

 すると、フォルテピアノがいきなり小さいピアスと化した。


 小さいピアスは揺れながら飛翔しヒストアンさんの耳朶にすっぽりと収まった。


 ピアノがアクセサリーと化すとは驚きだ。

 俺も閃光のミレイヴァルを持つけど……。


「ん、びっくり」


 エヴァに同意。

 ピアノがコンパクト化した現象を見た皆から感嘆の声が漏れる。


 だから片方のピアスしか嵌まっていなかったのか。

 もしかして古めかしいピアノその物がヒストアンさんの武器ってことかな。


 そのヒストアンさんはさっと慣れた所作で立ち上がると、皆に向け、お辞儀をしてくる。

 礼の仕方が演奏を終えたピアニストその者だ。


 ヒストアンさんは頭部をあげると……。

 クナとヒョアンさんを交互に見つめてから、


「……クナ。今日は【刺の毒針】の活動はしないのですか?」

「そうよ」


 クナはあっさりと肯定。

 【棘の毒針】はクナの冒険者の時のパーティ名。

 ヒストアンさんは、その言葉を受けて、クナではなく、贋作屋ヒョアンさんを見ながら、


「そうですか。わたしの予想が当たりましたね?」


 と、疑問風に聞いていた。

 贋作屋ヒョアンさんは、


「そうね、わたしの負け」


 ヒストアンさんと贋作屋ヒョアンさんは、クナのことで賭け事でもしていたようだ。

 その贋作屋ヒョアンさんが、クナを見ながら、


「でも【刺の毒針】の活動がないのは、がっかりよ。ひさしぶりにブローチに反応があったから、どんな重要なことかと思って身構えていたけど……」


 贋作屋ヒョアンさんはクナと同じ【刺の毒針】のパーティメンバーだったのか。

 そのクナは金色の眉をやや寄せ視線を強める。


「裏社会の仕事を期待していたのなら、素直に謝るわ」

「……」

「……クナから謝られるとは……」

「今まであったかしら」

「……ある」


 と、ピアニストのヒストアンさんは短く呟いた。

 彼女とクナは結構、仲がよかったのかな。


「謝ったからということではないけれど、もうわたしは昔のわたしではない」


 椅子に座りつつ喋るクナは独特の雰囲気を醸し出す。


 細い顎に両手を置くように指たちを組むと、闇のリストたちを見据えて……。

 どこかの司令の、第一種戦闘配置とか喋りそうな雰囲気だ。


「……シュウヤ様に引き合わせることが今回の最大の目的です。ま、昔風に言えば……優秀な闇のリストを出汁に、シュウヤ様に貢献したい。シュウヤ様の得点を稼ごうと狙ったのよ♪ うふ」

「そう、安心した」

「納得」

「ん、クナらしい」


 エヴァが頷く。

 イターシャが、そのエヴァから離れて宙を飛翔しながらジョディの首に収まった。

 エヴァは微笑むが、少し残念そうな表情を浮かべている。


「理由は分かった。けどね、期待していた分が大きかったのよ!」


 と、高い声を出したヒョアンさん。

 卓にあった魔導札系のアイテムを懐にしまう。

 ボディバッグのアイテムボックスか。

 ファッションセンスがある。


 クナはそれを見てから、


「わたしの仕事を当てにしてたってことは、金に困っている?」

「うーん、困っているというか……作品にまつわる話なんだけど、少し聞いてくれる?」

「はいはい、聞いてあげます。皆様も我慢して、ヒョアンの愚痴を聞いてくださいな」


 と、クナが発言したから、俺も、


「了解」


 了承した。それを聞いたヒョアンさんは、


「わたしはね、この集まった闇のリストたちを陰から動かして、オセベリア王国とセブンフォリア王国とサーマリア王国の転覆を狙うとか? 最近、はぶりのいいキーラ・ホセライと絡む五指の豪商潰しとか? ラドフォード帝国のいけ好かない大貴族の抹殺に動きつつも、裏でたんまりと儲けることができるとか? そんな大きくて楽しい取り引きがあると、思っていたのよ!」


 そのヒョアンさんの言葉を聞いた鑑定人のオカオさんは笑う。

 そして、


「贋作屋が、また、だいそれたことを。俺は鑑定を求められる品があるのかと思っていた」


 秘宝はキズユル爺に鑑定してもらった。

 夢追い袋自体の鑑定はしてないが。

 ま、必要ないか。


「勿論、そんなだいそれたことは冗談だから。わたしの贋作から派生した、いや~な依頼を、クナに頼ろうと、皆で、考えてくれるのかと思っていたわ」


 贋作屋ヒョアンさんの贋作から嫌な依頼があるようだ。

 それを聞いた火を熾ししトセリアさんはローブから手を出して、


「……その嫌なモノたちを、火を熾して、消す?」


 燃えたろ? というように指先に火を纏っていた。

 レベッカのような蒼色の炎ではない。

 赤く炭のようなモノが燃えた炎だ。


「あなたが行動したら、取り込まれた人ごと、わたしの作品を燃やしてしまうでしょう……」


 帽子をかぶる鱗人カラムニアンが、


「毎回思うんだが、その指、熱くないのか?」


 火を熾ししトセリアさんに聞いている。

 【七戒】のベニー・ストレインさんは、渋い顔色で、


「その火は俺に近づけるなよ?」


 と、注意を促した。

 引火が怖いのかもしれない。

 腰元のベレッタ系の魔銃は火薬かガス系の力で弾を飛ばしている?

 弾は長細い杭だから魔力系の力だと思うが。

 ミスティも、その銃の機構に興味があるようだ。


 すらすらと……。

 竹だけでなく羊皮紙に、ベニーが身に付けている装備類について考察しながら書いていた。


 一方、カリィはというと……。

 ベニーを見て悪態笑顔カーススマイル

 戦いたいという意思を感じるから、あまり繋がりはなさそうに見える。


 クナは不気味な笑顔を繰り出すカリィを睨みつつも、ヒョアンさんに視線を戻し、優しい表情を浮かべながら、


「ヒョアンの作品の依頼ね。でも、分身体にはめられて体がめちゃくちゃにされちゃったの、だから、昔のような干渉する力はない。命を削るような力はシュウヤ様だけに使うつもりだし、うふ」


 クナは妖艶な笑みを向ける。

 少し前なら鼻血を流していたタイミングだ。


「そうなの? 見た目は変わらないけど」

「顔が無事だったことは幸いかな。分身体に時斑系の金属を特殊加工した場所に閉じ込められて……内臓をむしり取られて、尻尾も取られて、朽ちていくしかない状況だったんだ。そんな時にシュウヤ様が現れて救ってくれて、契約までしてくれた。さっきもね、皆さんに貴重な薬を頂いて、キサラさんと精霊様の力も加わって、治療も施してくれたのよ……」


 クナは俺を熱い眼差しで見つめてきた。

 さっき、彼女の背中に指を突っ込み治療もした。


 俺は『そうだな』と意思を込めて頷く。

 クナはすぐにパッとした明るい表情を作る。

 金色の髪を触りながらジッと俺を見てきた。


「うふ、お陰で回復できました」


 と、俺に告げてからヒョアンさんを見て、


「実は、戦闘職業も闇尾の魔術師から闇尾の光魔璉師という聞いたことのない戦闘職業に変化しているの。内臓と魔印は失ったけどスキルは失っていないし、また尻尾が生えるってことかしら♪ これもシュウヤ様に心臓を捧げたから――」


 クナは自身の膨よかな乳房を押して心臓を捧げるポーズを俺に取る。

 彼女なりの忠誠の意味か。

 ラ・ケラーダと少し近いしカッコイイポーズだ。

 するとヘルメが反応した。


「素晴らしい、わたしも捧げました!」


 くるくると中空で舞いながら円卓を越えてクナの隣に移動すると、同じポーズを繰り出す。

 更に、キサラとジュカさんとジョディにリサナが続く。

 即興とは思えないシンメトリーなダンスを披露してから同じ心臓を捧げるポーズを取る。


「素晴らしい」

「ん、かっこいい!」


 カルードとエヴァが拍手すると、皆も拍手した。

 すると、ヒョアンさんが、


「絶望的な状況で苦しんだからか。シュウヤさんの配下になった理由はわかったわ。もうクナにとって、シュウヤさんはかけがえのない大切な方になったのね」


 その言葉を合図に皆はポーズを解除。

 ベニーとカリィを見張っていく。


 クナが、


「そうなの! だからヒョアンもヒストアンも、トセリアもベニーもトムハルも、皆、【天凜の月】に入ろう?」

「うん、入るわよ。ヘカトレイルの取り引きが楽になるからね。盟主、よろしくお願いします」


 贋作屋ヒョアンさんは丁寧にお辞儀してくれた。

 俺も頭を下げてあげてから、


「こちらこそよろしく」


 と、挨拶。


「わたしは贋作屋というように種類は限定されるけど、アイテムの贋作を作る能力があるの」

「シュウヤ様、彼女の能力は便利ですよ。本物の芸術品を超える贋作を作ることができる」

「元の素材が重要だけどね。贋作に自信はあるわ」

「俺も認める。鑑定屋泣かせなヒョアンだ。鑑定結果も変わらない品を見たときは、正直、目を疑った……」


 と、オカオさんが喋る。


「了解した。取り引き云々の詳しい件はメルたちと詰めてください」


 俺はそう語りヴィーネたちに視線を送る。

 副長メルとヴェロニカとベネットには、皆が報告していく。


 闇のリストの贋作屋ヒョアンさんが【天凜の月】に新しく加わってくれた。 

 そこにベールで口を隠す火を熾ししトセリアさんが、


「無理。ブローチの力の維持は一日が限界。消える時に周囲を巻き込んで燃えてしまう時もあるから」


 火を熾ししトセリアさんが、そう語る。

 ブローチとは髑髏に槍が刺さっているブローチ。


 闇のリストのマークってだけではなく、魔力も内包しているし特別な力があるのか。


「……わたしも仕事があります」


 と、語るヒストアンさん。


「……俺は金次第だ」

「だな」


 ベニーとトムハルは金で動くタイプ。


「ヒストアンは今日もなの? 高級花魁っていっても、闇の妓楼町の仕事なんて、もういい加減放っておけばいいのに」

「そうは言えない事情があるのは貴女もよく知っているでしょう。では、わたしはそろそろ」

「え、もうなの……」

「うん、ごめんねクナ。ボスの指示があるし仕事もあるから」

「……」

「では、シュウヤさん。わたしのピアノと……容姿を本気で褒めてくれたことは、絶対に、忘れません……嬉しかったです……だから、その……お暇なら、名もなき町の妓楼ヨシゾウにいらしてください。そこでよく表向きの仕事をしていますから……サービスもがんばります」


 ヘテロクロミアの片方の赤い亀裂が煌めく。

 ヒストアンさんは微笑むと、その片方の目を瞑りウィンクをしてくれた。


 やや遅れて小さい唇を窄めると、指を当て、投げキッスを寄越す。

 美人さんからのお誘いときたもんだ、思わずすぐに反応。


 ピコーンとスキル獲得音のように手が反応した――。


「――はい、分かりました」


 と、片腕を上げたら――。

 エヴァとミスティにレベッカたちから、その片腕を叩かれまくった。


 ジョディとヘルメは高みの見物。


 そんな様子を見ようとしないヒストアンさん。

 火を熾ししトセリアさんと奥に向かう。


 頑丈そうな鉄扉の取っ手を引き鉄扉を開けて、トセリアさんに向けて頭を下げながら、先にどうぞと遠慮するヒストアンさんだ。


 トセリアさんは頷くと扉を潜り外に出た。

 ヒストアンさんも鉄扉の先に入り姿を消す。


 クナは自然と閉まる鉄扉を眺めながら、


「……シュウヤ様なら【闇の八巨星】たちがせめぎ合う妓楼街のいざこざも治めることは可能ですのに……ヒストアンは……まだ気にしているのね」


 へぇ、この名もなき町は【闇の八巨星】たちの影響があるのか。

 ヒストアンさんは妓楼の花魁か……。


 高級遊女の一人として働いているとは予想外。

 まぁ、ピアノの演奏も……。

 遊女の一環としてのサービスなら分かるような気もする。

 ヒストアンさんの見た目は清楚でなおかつキャリアを積んだピアニストだが。

 花魁とは……分からなかった。


 そういう裏があるからこその闇のリストか。


 刹那。

 魔力を放出する鱗人カラムニアン

 皆、驚きながら鱗人カラムニアンを見る。


「【天凜の月】の盟主よ。俺も正直に話をしよう。さっきも実利を取ると言ったように、依頼は降りる」

「なんの依頼を受けていた?」

「銀船を追う。レイ・ジャックとその乗組員の情報と船荷の奪取。無理ならすべてを殺せという依頼だ」

「なるほど」


 本当っぽい。


「クナの呼びかけに応じたのは、ついでだったんだ」

「君もついでだったのか」


 カリィが話をしてきた。

 鱗人カラムニアンは帽子の眼球ごと双眸をレイ・ジャックに向ける。


「……で、レイ・ジャック……単純な興味がある。あの銀船の中身はなんなんだ?」


 鱗人カラムニアンはあえて、陳腐な問いをレイに発していた。

 頭部の魔力を宿す単眼は視線を巡らせている。


 あの帽子と視界を共有しているってことかな。 

 猫獣人アンムルのように三つ目になれるなら、便利そうだ。


「またかい? ボクが言うのもアレだが、君は素直すぎる。闇の交渉事は苦手のようだね」


 と、小柄な鱗人カラムニアンと知り合いらしいカリィがそう指摘した。


 影翼旅団にいなかったぞ。

 あんな魔眼を備えた帽子をかぶる鱗人カラムニアンは……。


 そんな短い思考の束の間……。

 レイ・ジャックは銀船を一度チラッと見てから……鱗人カラムニアンに鋭い眼差しを向けて、


「……言うわけがない」


 と告げた。


「うん、当然だヨ」

「……だろうと思ってたよ」


 帽子をかぶる鱗人カラムニアンはそう語ると、俺に視線を寄越してくる。


「んじゃ、帰る前に槍使いシュウヤさんよ。遅れたが自己紹介するぜ、俺の名は龍撃のトムハル。クナ繋がりということで、一つよろしく頼む」

「おう、よろしくな、龍撃のトムハル」


 カリィと仲がよさそうだから怪しい奴かと思ったが、意外に話せる奴のようだ。

 争う気はないと、意思を示すように、魔槍を見せてくるトムハル。


 特別そうな魔槍だ。穂先は蜻蛉切系。

 本多忠勝が愛用した大身の槍と少し似てカッコイイ。

 柄は特別そうだ。

 何か意味のあるような文字と印が刻まれている。


「見ての通り槍使いだ。最近は裏稼業が増えたが本来は龍系の討伐を得意とする冒険者だ。ある地域ではドラゴンスレイヤーと呼ばれたこともある」


 竜専門か。

 高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアのバルミントはどうしているかな。


「ほぅ……」

「古竜系の眼球は高く取り引きされるってのもあるが、俺にはドラゴンを狩らねばならない深い理由があるんだ」


 龍撃のトムハルとしての理由か。

 頭部の帽子の呪いとか? 

 鱗人カラムニアン系種族の理由とか?


 しかし、古竜と言えば双子の姿を思い出す。


 Sランククラン【蒼海の氷廟】のアレンとアイナの双子。

 魔竜王の蒼眼の片方を売ったが、まだ愛用しているんだろうか。

 十天邪像を持つ双子。

 邪神の使徒だとしたら、ペルネーテで活動中なはず。


 クナと繋がりがあったら、正直びっくりする自信がある。

 そう思いながら魔竜王の姿を思い出す。


「俺も魔竜王と戦ったことがある」

「ドラゴンスローターズだな。ヘカトレイルの未探索開拓ミッションで活躍した話は有名だ」


 アルゼの街にある聖ギルド連盟の連中も知っていた。


「皆でバルドーク山を攻めたからな……」

「おう、ヘカトレイル近郊の酒場ではよく吟遊詩人たちが歌ってるぜ」

「へぇ……歌か」

「英雄グリフォン隊隊長の名と、個人参加で唯一活躍した陰の英雄としての槍使いの歌をな」


 自分で気ままに歌うのはいいが歌われるのは……。

 光栄の前に恥ずかしいかもしれない。


「陰の英雄! うんうん、僕の知るシュウヤらしい秘められた歴史だね、まったく、そういうことを自慢もせずに隠しているとは格好良すぎる!」


 ラファエルが興奮した。

 無視だ。


「ヘカトレイルの噂は聞いていたけど」

「ん、侯爵様からもらった指環を見た時はびっくりした」

「シュウヤお兄ちゃん、すごいんだ!」


 と、皆が発言していく。

 龍撃のトムハルは、数回頷くと口を動かした。


「昔も今もだが、俺はそのヘカトレイルの冒険者ギルドを利用することが多い」

「今もか。思えば……冒険者として初めての依頼もヘカトレイルだった。古代金貨もな」

「……あ? あぁ……あの時か! 偶然とはいえ……」


 と、発言したのはオカオさん。

 彼も思い出したようだ。


 冒険者ギルドでアキレス師匠から頂いた古代金貨を鑑定してくれた。


 そして、おっぱい受付嬢は忘れない。

 キッシュとチェリと、紅虎の嵐とも出会った。


「不思議な縁か。俺も冒険者依頼と闇の仕事を幾つかこなしていたから……すれ違っていたかもな?」

「ありえる。トムハル、闇の仕事とは?」

「【軍港都市ソクテリア】を支配する【雀虎】のリナベル・ピュイズナーや〝ゴーモックの親父〟との闇の仕事だよ」


 天凜堂でいいところを持っていったリナベルか。

 ガルロが召喚しかけた地底神ロルガをぶっさした大太刀は忘れない。


 俺も、知らずに迷宮ですれ違っていたりするのかもしれない。


 そのゴーモックの部分でママニが反応を示す。

 ママニの故郷だから当然か。


 ラーマニ部族出身の虎獣人ラゼールのママニ。

 【フジク連邦】繋がり。

 そのフジク連邦の豪商ゴーモックと繋がる商隊は各地域に出没する。


 ホルカーバムの東門でも見かけた。

 遊牧民風で、様々な物を売っていた。


 ゲルのようなテントは印象深い。


「……俺もゴーモック商隊なら見たことがある」

「だろうな。グルドン帝国との戦争のせいで虎獣人ラゼールやら豹獣人セバーカたちの民族大移動が起きている」


 ママニも頷く。


 俺は遠慮していたママニに向けて発言していいぞ。


 と、アイコンタクト。

 ママニはパッと明るい表情を作るように白髭を動かすが、


「――はい。フジク連邦内は悲惨な状況です。破壊の王ラシーンズ・レビオダ。〝侵略王六腕のカイ〟が率いる軍は強い」


 途中から、憎しみが込められた表情に変化した。

 虎の顔だけに少し怖い。


 トムハルも、


「ドナーク&ジクランが居なかったらどうなっていたことか。グランドファーザーと呼ばれた、あのゴーモックの親父も戦争では悲劇に見舞われたようだった。その話に移行すると、いつも肩を落として暗い表情になっていたことを思い出す」


 と、語った。

 グランドファーザーって虎獣人ラゼールは知らないが……。

 今のママニのようにか。

 フーとサザーも見知っているだけに心配そうな表情を浮かべてママニに語りかけていた。


 ツラヌキ団を含めた小柄獣人ノイルランナーたちは、そんなママニを不思議そうに見ている。


 俺はヘカトレイルの冒険者ギルドを思い出しながら、


「……ヴァライダス蟲宮、魔迷宮サビード・ケンツィル、ペル・ヘカ・ライン迷宮大回廊を冒険した」

「三つの転移陣だな。その転移陣のお陰か、ヘカトレイルは冒険者の質が高くパーティも組みやすい」

「ふふ」


 クナは龍撃トムハルの言葉を聞いて微笑む。

 そういえばそうだった。


 冒険者ギルドの内部に設置した転移陣はクナのお陰だ。

 同時にギルドマスターの爺さんことカルバンとの会話を思い出す。


 娘のエリスも元気かな。

 昔を思い出していると、


「なるほど、俺はその魔迷宮でシュウヤに助けられたってわけだな」


 ハンカイの言葉に頷く。

 そのハンカイを騙したクナが目の前だ。

 本当に色々と繋がるから今がある。


「そうだな……色々とある」

「ガハハ。生きていればこそだ。当然だろう」


 ブダンド族の猛将。

 特殊黒授千人隊を率いた羅将軍ハンカイ。

 そんなハンカイだからこその、重みのある言葉だ。


 ベファリッツ大帝国から独立戦争当時のヘカトレイル地方は相当凄惨な状況だったはず。


 そのドワーフ支族ブダンド族は地下に消えたようだが……ハンカイはクナを睨む。


 だが、前にクナを殺そうとした憎悪の睨みではない。


 凜々しさを持つ武人ハンカイだ。


「……なぁ、冒険者なら闇のリストなんて関係ないじゃないか。バルドーク山の近隣に湧く新種のドラゴン退治とかに挑戦しようぜ」


 新種のドラゴンか。

 しかし、そう簡単に約束はできない。


 正式な依頼ではないが……。

 血長耳の〝風のレドンド〟と口約束をした。


 彼は長命なエルフだ。覚えているだろう。

 ベファリッツ大帝国の皇都に繋がっていると聞くマハハイム山脈の地下に広がる古代迷宮の件。


「悪いが忙しい。ヘカトレイルでは、風のレドンドとの約束もある」

「【血月布武】繋がりか。闇は闇らしく大人しく退こう。機会があれば一緒にパーティを組みたいもんだ」

「その機会があれば、また頼む」

「おうよ! バルドーク山から無数のモンスターたちが犇めく樹海にかけて未探索地域だらけだ。機会は幾らでもあるだろう」

「確かに」

「それじゃ、これで顔見せは終わりか……しかし、冒険者は無理でも、闇の仕事があるなら引き受けるぜ?」

「それは、雇えと?」

「そういうことだ」


 仕事は降りたと判断できるが素直に鞍替えなら、まぁ乗ってもいい。

 クナは頷いていた。

 雇ったほうがいいってことかな。

 ヴィーネに視線を向けると、彼女は頭部を左右に振っていた。


 やめたほうがいいか。


 冒険者としての短期的な狩り活動なら共通的な目的で動けるが……。

 金で裏切る可能性がある以上リスクは避けるか。


 それに地底神ロルガ討伐に挑むメンバーもたくさん居る状況。

 今は事足りている。

 サイデイルの戦士として冒険者の立場で、雇うのはいいかもしれない。


 エヴァもレベッカもミスティも『信用はできない』と言うように頭部を微かに横に振る。


 一方で、エマサッドは龍撃のトムハルを無視。

 銃使いベニーを睨む。


 そのエマサッドが俺に近寄り、


「龍撃のトムハルも闇のリストもまったく知りませんが、このベニーは汚れ仕事が多い屑野郎です、はばき骸の部隊を壊滅させたと噂があります。気を付けてください。トロイア家からわたしを狙いにきた刺客かもしれない。そして、この落ち着きようから見て……デロウビンの確保をわたしが成功したと判断しているかもしれない」


 と、小声で伝えてきた。

 アキがこの場に居なくてよかった。

 蜘蛛娘を見たら、一発でデロウビンの子孫だと分かるだろうし。


 しかし、彼女の息が耳の奥を刺激する。

 くすぐったい。

 ラファエルはガントレットが異常に似合うロゼバトフの背後から頭部を傾けて俺たちを見ている。


 この美人さんのエマサッドはブロアザム家の三女だったっけ。

 王家同士のいざこざか。

 同時に、このベニー・ストレインという銃使いは、元軍罰特殊群の五番隊隊長のエマサッドを狙えるほどの実力を持つってことになる。


 だが、銃撃は避けやすいはず。

 魔法なら無詠唱でどんな体勢からでも不意をつける。


 杭のような弾だし、銃口を向ける時の隙が必要だ。

 それとも、両腰の二丁拳銃はフェイクか?

 両足も魔力を内包した靴を履いているベニー……。


 そのエマサッドは魔剣の柄に手を当てている。

 いつでも攻撃は可能って意思表示。


 俺の傍で参謀役に徹してくれたカルードはエマサッドの表情を見て……。

 彼女の事情を察したのか身を退いていた。


 鴉さんに小声でサーマリア関係のことを聞いている。


 ユイもカリィよりベニーに注意を向けだした。

 だが、ベニーは今は手を出すような間抜けではないことは確実。


 この状況で喧嘩を売るアホが闇のリストなわけがない。


 そして、ベニーのことではなく……。


 ヘルメなら……。

 ルシヴァル神聖帝国の兵士として龍撃トムハルを雇うことを勧めてくる。

 と、思ったが何も言ってこない。

 ヘルメは足下から水を出しながら、キサラとジュカさんを連れて歩く。


 再び、手すりの近くに移動していた。

 皆で、ブルーとエメラルドグリーンのコントラストが綺麗な水面を眺めている。


 ラファエルはロゼバトフさんの背後から動かない。

 ま、そのトムハルに聞くだけ聞くか。


「幾らだ?」

「白金貨が十ってとこだ」

「高いな、無理だ」

「なら、おまんま食い上げだ。素直に退くとしよう」


 龍撃のトムハルは踵を返す。

 その言い方だと、白米、ご飯を知るのか? 


 彼の故郷には米があるのかもしれない。

 鱗人カラムニアンの龍撃のトムハルは、背を向けてヒストアンさんが使った扉と同じ扉に向かった。


「それじゃ俺も鑑定の仕事がある。さらばだ。ヘカトレイルと名もなき町にいることが多いから、用があれば呼んでくれ。鑑定料金はクナ繋がりで、無料としよう」


 と、オカオさんも続く。

 あの頑丈そうな鉄製の扉から先は【名もなき町】に通じているようだ。


 すると、バーレンティンが、


「主、トムハルの件はいい判断かと。主には我らが居るのですから」

「そうよ。切羽詰まった状況ってわけではないし、今は必要ないと思う」


 イセスがそう述べた。

 黒色の毛に白色のメッシュが入った髪はいい。

 おっぱいの上半分が見えているプランジング・ネック風の革鎧系の防護服がお洒落だ。

 大きさ的に<従者長>となった爆乳のベリーズには敵わない。


 が、敬礼をしたくなるぐらいに、魅力的なおっぱいさんだ。


「そうだな。トムハルはクナ経由の伝で連絡はできそうだし、急ぐこともない。んじゃ、顔見せはここまでとしようか。ベニー・ストレインさんもいいかな?」

「……ああ、こと・・を荒立てる気はねぇ」


 エマサッドはそのベニーの言葉を聞いて目を見開く。

 警戒は解いていないが、予想外だったようだ。


 ラファエルとは知り合いの銃使いのベニー。

 【七戒】の組織で暗殺チームを率いている。

 南のセブンフォリア王家の仕事が多いとラファエルは教えてくれた。


 ベニーの言葉の意味は『藪を突いて蛇を出す』といったニュアンスだと受け取った。

 カリィに視線を向けて、


「カリィ、お前の任務も銀船ごと確保、或いはレイ・ジャックの暗殺ってとこか?」


 少し間をあけ、俺は少し突いてみたくなったから、


「そこのベニー・ストレインさんも同じか、或いは……」


 と、二人に聞いてみた。


「……」


 ベニーは答えない。

 視線をレイジャックとエマサッドにラファエルに向けている。


 レイ・ジャックを狙いつつも、エマサッドの依頼もあるような面だ。

 そして、俺を見て、眉をピクリと動かししたベニー・ストレインは……。


 溜め息を吐く。

 そこに、


「うん。銀船の確保はお金になるから狙ったヨ。レイも強かったら戦おうと考えていた」


 カリィの声が響いた。

 沈黙を続けるレイはカリィを睨む。


「やはりそうか」

「もう諦めたから、大丈夫だヨ。でも、銀船はついでなんだ」

「ほぅ、ついでか。しかし、諦めたとかで、はい、そうですか。と俺が納得すると思うか?」


 と、カリィを責める。


「うん、ボクと槍使いの仲なら、わかってくれるかと思ったんだけど」


 悪態笑顔カーススマイルだ。


「……何が、仲だ。友のような言い方をするな。お前は、メルに〝毒〟を喰らわせたことを忘れているのか?」


 俺は魔力を発しながら魔槍杖を右手に召喚した。

 瞬時にヘルメとジョディが身構える。

 キサラとジュカさんに皆が続いた。


 オフィーリアたち、小柄獣人ノイルランナーたちが小さい悲鳴をあげている。

 そうだった。今は興奮を抑えよう。戦わない。


 カリィも魔槍杖を見て、すぐに口を動かした。


「……ゴメンナサイ」


 と、ボサボサの髪を掻きながら素直に謝ってきた。


「前にも聞いたような気がするが、本当に悪いと思っているのなら……カリィさんよ……なぜ、今、ここにお前が居るのか。もっともな理由を喋ってもらおうか? そうしたら、許すかもしれない」

「簡単だヨ。二重スパイって奴サ」


 まぁ、そうだろうと思ったが……話を聞く。


「……ほら、槍使いと初めて遭遇した時と同じ。ボクが潜り込んでいた闇ギルド【茨の尻尾】と同じ任務中ってこと。その次いでに楽しそうだナァ。という戦いの流れから、ここに辿り着いたんだ。ウン。ボクって、運がナイ? イヤ、あるか! 皆と知り合えた! 強者たち!」


 初めて遭遇した時か。

 茨の尻尾に潜り込んでいた時だな。


 懐かしい。


「かつて所属していた闇ギルド【茨の尻尾】が潰れたことは……シュウヤ様に助けていただいてから知りました。そして、当時、なりを潜ませていたカリィの存在……覚えていますよ……この人を舐めるような視線。不気味な笑顔……偶然とは恐ろしいですね」


 分身体のクナの記憶かな。


「それは本物としての記憶か」

「はい」

「だからか……」


 と、カリィが俺を見ながら喋る。


「俺が分身体のクナをあっさりと殺せた。と、言いたいんだな」

「そうだヨ。ボクが知るクナは魔術師のくせに隙なんてなかったからね。魔道具の質もかなり高い物ばかりだし、殺せるタイミングがあったんだけど……次の瞬間には、なぜか、ボクが死んでいる絵を思い浮かべるほどの殺気を向けられていた。だからこそ、槍使いの登場は嬉しかったナァ」

「そう思えば……不思議な縁か」

「ウン。ボクのこと好きにナッた?」

「ならない」

「ソッカ♪」


 黒猫ロロ黄黒猫アーレイが足下でこける音が響く。

 黄黒猫アーレイはリサナから離れていた。


「にゃ」

「ニャア」


 と、俺の足下に来た二匹は頭部を向けてくる。

 二匹は鼻先を合わせて……ほにょほにょと小鼻が動く。

 ピンクな小鼻さんの、なんともいえない臭いを嗅ぐ仕草が絶妙に可愛い。


 カリィも二匹を見て嗤う。

 あれで精一杯な笑顔か。


「……思えば本当に奇遇だヨ。あの時、ボクと一緒に協力して二剣のライザを倒したんだから」

「……違うだろう。俺がカリィごと、そのライザを倒したんだ」


 カリィめ。

 わざとボケてやがる。


「あ、そうだった。そして、ボクは槍使いシュウヤと戦って生きている数少ない人間だと思うんだけど……」


 それは……そうかもしれない。

 女性以外と戦えば、命を大概は奪うからな。


「確かに男で生きている奴は少ない」


 実際に戦った野郎で生きている奴は……。

 えっと……カルードとハンカイとレーヴェ……。

 三人は訓練と模擬戦だからな……。

 ホフマンは戦っていないし……。

 まさか……いあ、だ、だれか居るはずだ……思い出せないだけだ。


「……」

「ん、シュウヤ、どうしたの?」

「カリィと仲良くしちゃだめよ。本当の変態になっちゃう」

「シュウヤ様、危険な男と……」

「僕という男は危険だよ! 僕が言うんだから確実だ」

「ラファエルはややこしくなるから、隠れてなさい」


 レベッカからツッコミが入った。

 そのレベッカは嗤い声を上げたカリィに視線を向けて、


「カリィ、舌をださないでよ。気色悪い!」

「へへへ」

「――あのぼさぼさな髪の人、へんたい~? ビアのように、べろべろが、長い!」

「ナナ、見ちゃだめよ……」


 とミスティが近くに寄ってきたナナを奥に連れ戻していく。

 すると、カリィは細い目を見開く。


「――アハ、ショックかも」


 アハ体験ってか?

 違うか。


「カリィもそんな感覚を持つのか」

「心外だァ」


 カリィの頭を抱える姿を見たクナたちが笑った。


 俺は視線を鋭くしながら、


「で、二重スパイの件を教えてくれ」

「サーマリアのロルジュ公爵とオセべリアのシャルドネ侯爵のことだよ。アルフォードはサーマリアで、レンショウはオセべリアで、というようにボクは両国と繋がっている。今回は女狐側にも顔を立てる仕事として、そのサーマリアの公爵系の仕事で外に出ることが多かった【ビヨルッド大海賊団】のバッソリーニとニールセンの【通称・邪道兄弟】を暗殺したってこと。その仕事はもう完了♪」


 オセベリアとサーマリアの両方の仕事をこなしているのか。

 まさに〝薄氷を踏むが如し〟で危険すぎる。

 だが、笑中に刀ありを超えた悪態笑顔カーススマイルを持つカリィだから……。


 当然と言えるのか?


「邪道兄弟、邪道武術の使い手か……呪い島ゼデンに伝わる邪道流の門弟だとすると、危険を好むカリィさん……わざと?」

「はぁ……邪道流の本家筋を殺したとなると、必ず追っ手を出すわね」


 カルードとユイがそう発言。

 聞いたことがあるようだ。


「うん、そうそう。ボクを追う手練れがワンサカくる! もう楽しみで楽しみで……」


 急に元気もりもりといったように導魔術を発動したカリィ。

 鴉さんも、


「邪道武術ですか……わたしの古い小刀……」


 と呟く。ユイとヴィーネも


「父さんがプレゼントした芸術品」

「はい……ふふ」


 と、鴉さんと見つめ合うカルード。

 ユイは<ベイカラの瞳>でカリィを睨みつつ、


「黒霧の呪い島ゼデンから外に出るだけでも実力者ってことなのにカリィは強いわね……」

「アムロスの孤島の先にあるという島ですね。ガゼルジャンの東の海とか、髑髏旗の海賊たちの根城もあると。ネビュロスの三傑で暗殺した相手に、その島から脱した相手が居たと、前に聞いたことは覚えています」

「うん、凄い。よく覚えてるわね。ヒューマ・ダンゾウよ。ヒュアトスの商談を潰して暗殺対象になった太刀使い。シジマ街の仕事のことも色々と話をしたっけ」

「はい」


 ユイとヴィーネは微笑んで頷き合う。

 二人は中庭で、剣術の談義をよくしていたな。


 カルードと共に俺の剣の師匠たちでもある。

 そして、迷宮では息の合った剣術姉妹って感じの剣術を披露していたっけ。


「……十二大海賊団のメンバーを暗殺とは……メルさんに紹介しようと思っていましたのに……貴重な闇のリストを……」


 クナが冷めた眼差しでカリィを見る。

 そこで、ぴゅ~と口笛を吹くベニー・ストレイン。


「お前があの兄弟を殺したのか、しかし、邪道相手に喧嘩を売るとは」

「強い者が好きだからネ♪ 槍使いとも戦ったし」

「もう一度、戦うか? 俺も強い奴は好きだ」

「――遠慮しておく。一度戦ったし、懲りたよ。槍使いとは本当に仲良くしたい」

「そうかい」

「そうサ。その証拠に、リスクを承知で二重スパイの件もすべて話をした」

「嘘は言ってないように、見える」

「うん、嘘はよくなイ、化けの皮が剥がれたら、案外いい奴なんだ、ボク」


 カリィはツッコミを受けたいようだが、だれもツッコミを入れない。


 ま、戦う気がないなら戦わない。

 この調子なら、ライザを一緒に倒したという冗談ではないが、いつか共闘が可能になるだろう。

 オセべリア王国とも通じているようだから、色々とコネはあるほうが、キッシュの今後のためになる。


 地下の件が済めば、俺は砂漠地方か帝国か、アキレス師匠のところに向かうのだから。


「……分かった。じゃお開きだ」

「うん。信用してくれて嬉しいヨ。じゃ、またどこかでね……槍使いシュウヤ」

「おう」


 カリィは悪態笑顔カーススマイルとは微妙に異なる笑顔を見せつつ髪を掻いてから、去っていった。

 あれは、あいつの照れなのか?


 珍しいものを見た気分となったが……。

 さて……【天凜の月】に加わることになったヒョアンさん以外に残ったのは、ベニーだけだ。

 そのベニーは、


「……顔見せは終わりだな。で、俺を雇うのは金次第と言いたいところだが……止めておこう。俺も外に出る」


 ベニーはエマサッドとラファエルを一瞥してから立ち上がる。

 そして、皆が出た鉄扉のほうに向かった。

 歩き方で分かる。

 魔闘術の技術が高い……。

 ベニー・ストレインは強者だと。


 この分だと、彼の暗殺チームの部下たちも強者だなあ。


 エマサッドは安心したようにベニーの背中を見ているが……。

 ま、後々だな。


 さて、銀船を見て皆をサイデイルに送るか。


「レイ、船と船荷を見せてくれ」

「はい、では……こっちです」


 立ち上がった俺たちは手すり側に歩いていく。

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