五百四十四話 魔国イルハークのヴァーレーズ・ホロウ
「生きた人族の言語だと!? しかも地響きのような声とは……」
「隊長を含めて、皆、気を付けてください。わたしの<魔探知・クレハ>が〝何かの波動〟を弾いた反応を示しました」
魔探知・クレハ?
面頬かガスマスクかという感じの<霊血装・ルシヴァル>が齎す声の質を鑑定したようだ。
「ほぅ……挑発スキルを備えた精神波の類か」
「……轟く声を持つ人族は戦士系に多い」
「力を持つ奴隷があの中で生きている?」
「人族だとしたら奴隷なことは確実ですが、どちらにせよ禁忌の黒霧が動いたように普通ではないです……」
「しかし、そのようなスキルを持つ人族だとしても、なぜ、あの禁忌の黒霧の中で生きていられるのだ」
人族ではない方々が狐疑逡巡。
魔族たちの言葉かな。
ここは人族が居るにしても奴隷の場合が多いのか。
ここは魔界セブドラ?
なわけないか。
しかし、理解できるタイプの言語で助かった。
アウローラたちを救った時もグリズベルとマッカーヤという魔族たちの言語も理解できた<翻訳即是>の効果発揮だな。
古代狼族の歌。
古い英霊たちの歌は難解すぎたということだろう。
神狼ハーレイア様は神界の神様だしな……。
更に月狼環ノ槍を戻した壁画とホワインさんと関係のある狼と月の像たちの間を神域と呼んでいた。
一種の祭壇だろう。
俺の脳と心が意味があるような歌詞として受け取れただけでも<翻訳即是>は優秀ということかな。
――あ、神狼ハーレイア様が落としていった銀毛をヒヨリミ様に預けることを忘れていた。
ま、エヴァたちのセーフハウスに向かうから、その時にまた狼月都市に向かえばいいか。
刹那――。
その魔族たちの更に外側の位置から複数の魔素の動きを感じた。
恐慌を促すような不気味な声も……。
おどろおどろしい……。
「……隊長、他のホロウたちの呻き声が……」
「あぁ……禁忌の黒霧ゴウールに連動しようとするホロウたちだろう」
複数感じた魔素がホロウ?
呻き声の正体か?
魔族と仮定した方々にとって黒霧の他にも敵がいるということか。
そして、俺を囲う黒霧の名前は黒霧ゴウールか。
鏡の名前はゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡。
やはり関係はあるよな。
だが、このまま俺を囲う気なら禁忌の黒霧ゴウールを血鎖で強引に退かそう。
問題はその次か。
今の俺の姿はその血鎖で構成した鎧だ。
見た目は洗練された血鎖鎧だが、初見では驚愕すること請け合いな血鎖鎧なはず。
<霊血装・ルシヴァル>の装備も拍車をかける。
かといって防御的に、この不気味なエコー音を生み出す<霊血装・ルシヴァル>の面頬も外せない。
しかし、一応はフレンドリーさを意識する……。
ゴホンッと咳をしてから……。
この黒霧の向こう側に居る方々に向け、
「今動いたように黒霧になら抵抗できますよ。この声は気になさらず。俺に敵対の意思はありません」
エコーが掛かった声だが魔族言語で伝えた。
「わたしたちと同じ言葉?」
「キャレル、あの謎の声の主よりも禁忌が動いた事実が先だ。急ぎ【トレマーズ砦】に戻れ」
「しかし【ヴァーレーズ・ホロウ】の守り手はこのメンバーでしか……」
「いい、この場はわたしたちに任せるのだ。禁忌の黒霧ゴウールと他のホロウたちが動いた件をイシス様たちに伝えるのだ」
「分かりました。ではご無事で――」
馬と似た嘶きがこちらにまで聞こえた。
本当に馬か魔獣か不明だが乗り物に乗ったようだ。
あっという間に部下らしき人物と魔獣の魔素が遠のく。
魔族か不明な方々と話をしてから動くか。
「皆さん! ここは昔、家だったことは分かります。ですが、ご覧の通り黒霧に囲われた状況です」
「不可解な奴だ。そこの声を発した者、まずは名を聞かせろ! わたしの名はメジーム・ドスハハリ」
「名はシュウヤです、ここはどこなのでしょうか」
「ヴァーレーズ・ホロウ」
黒霧越しに、大声で教えてくれた。
ヴァーレーズ・ホロウが地名か。
「メジームさんは隊長さんですか?」
「そうだ! 守り手を率いる者だ、お前は魔族なのか?」
甲高くて可愛らしい声だ。きっと女性だろう。
「血を好む流浪の槍使いです!」
「血? 流浪の吸血鬼なのか。怪夜魔族といえど黒霧ゴウールに対抗できるとは思えないが……」
ヴァンパイアが普通扱いか。
続けて、血鎖鎧のことを暗に意識し、
「そういう
と、話をしてから片手を上げて血鎖を少し出す。
強引に血鎖を展開し、この黒霧を打ち払うか。
「身なりか……わたしたちでさえ、その禁忌の黒霧ゴウールに触れたら骨と化すのだぞ?」
「そうなのですか? 何分、流浪の身」
「吸血鬼よ、何か隠しているな?」
「当然秘密はあります。ですが流浪の身故、ご容赦を」
「……」
「あなた方と敵対はしませんので、外に出ようと思います。よろしいですか?」
「ふっ、声は不気味だが律儀だな。本当に吸血鬼なのか?」
黒霧越しの会話だけが逆に幸いしたか。
笑みがこぼれていると分かる。
「そうですよ」
「本当にそこから出られるのならば好きにすればいい」
鏡の名はでてこない。
ならば、背後のゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡を回収してから動くとしよう。
血鎖を横と背後に向かわせた――。
カーテン状の黒霧は視界でもあるように血鎖を避けようと俄に窪む。
が、血鎖の数本はその窪んだ黒霧を突き抜けた。
穴を複数作った黒霧はくねらせて蒸発音を鳴らす。
バチバチと紫電めいた閃光をカーテン状に生む。
続けて「グガォォォ」と不気味な悲鳴を轟かせた。
黒霧は傷を拡げるように穴を拡大させる。
俺の囲いを崩し宙へと渦を巻く機動で廃墟から離れ空の彼方へと逃げていく。
「おおお、黒霧が退いたぞ」
「黒霧ゴウールが避けるように逃げていくなんて……」
「ホロウたちも静まった!」
魔族系の方々からの声だ。厳つい鎧を着た大柄な魔族たち。
ポポブムと似た魔獣に乗っている。しかし、見たことのない魔獣がいた。
上部は巨大な牛。下部は蜥蜴の多脚という。
が、今はやるべきことを優先する。両腕の血鎖を腕の中に引く。
アイテムボックスを、スマホでも扱うようにフリック操作を行い身を翻し、迅速に背後のゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡との間合いを詰めた。
鏡の端を素手で掴みながら身を横回転――同時に足下から血鎖を展開させた。
廃墟の一部を血鎖たちが破壊していく。
回転を続けながらゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡をアイテムボックスの中に回収した。逃げる黒霧を血鎖が追うが、追い付かない。
一方で足下から出していた血鎖の群れを斜め上へとロケットの発射台でも作るように伸ばす、その血鎖の群の上を走り蹴って高く跳躍した――。
青空を確認しつつ身を捻る。
――太陽の光を浴びながら視界が移り変わっていく。
――廃墟の屋敷は意外に小さい。
他にも朽ちた屋敷がある。
周囲は小さい屋敷と沼地が点在した土地だったのか。
沼地の畔に多数の大柄な魔族系兵士たちが集結している。
強そうな方々だ。
俺のことを見上げていた。
兜の庇に手を当てながら眩しそうに俺を見ている女性がメジーム・ドスハハリさんかな。
ここからでは兜で顔が見え難いが、とりあえず長身な彼女に挨拶しよう。
黒霧を追った血鎖と廃墟を少し破壊した血鎖の一部を自身の血鎖鎧へと格納するように収斂させた。
そして、宙空の位置から一気に下降――。
両足から逆噴射でもするように血鎖群を射出。
――血鎖の群をクッション代わりに着地した。
――着地した影響で、湿った土が円状に吹き飛んでいく。
そのせり上がった土を踏み潰し走りながらメジームさんたちに近づいた。
「――流浪の吸血鬼よ、止まれ!」
「吸血鬼シュウヤ、止まるのだ!」
と、メジームさんたちは慌てて俺の行動を制止してくる。
「――ご安心ください、止まってます。メジームさんとお呼びしても?」
と、エコー音を響かせながら挨拶した。
上部の頭部を晒すように血鎖の兜を解除。
<霊血装・ルシヴァル>は解除せず。
メジームさんの顔は厳つい兜で覆われて見えない。
「……構わん、メジームでいい。人族のような面だな」
「えぇ、はい」
と、メジームも兜を外した。
長髪を靡かせつつ頭部を晒す。
真っ赤な薔薇のような髪。
双眸は黒色の虹彩にやや茶色の瞳。
細い眉毛も真っ赤。右の頬に小さいほくろがある。
鼻は高く髪の毛から落ちる影がいい感じに鼻を隠す。
小さい唇はやや上唇が膨れているが、それがまた魅力的に感じさせた。
その唇には真っ赤なルージュを引いている。
美人さんだ。
左頬に魔族らしい紋様がある。
しかし、キースさんのように顎骨の一部が露出していた。
だが、ハイ・ゾンビという類いではない。
人族系に近いし明眸皓歯(めいぼうこうし)で美人さんだ。
そんな長身の美人魔族が乗っている魔獣はポポブム系だった。
鳴き声は馬のようだが魔獣だ。
ペルネーテの屋敷で暮らしているポポブムは元気かな。
お手伝いのミミが買い出しに利用していると聞いているが。
と、そんなことを思い出していると、
「その
彼女は血鎖鎧に興味を抱いたようだ。
「はい」
「ところでシュウヤはいつ、あの黒霧ゴウールの内部に入り込めたのだ。わたしたちは外で長いこと見張っていたが、気付かなかったぞ」
俺が回収したゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡は知らなかったようだ。
鏡の件は伝えず、
「……吸血鬼だからこそ。と、だけ告げておきます。それよりも、逃げた黒霧ゴウールとやらを追わないのですか?」
「追わない。他のホロウも厄介だ。このヴァーレーズ・ホロウを守ることが、わたしの任務であり、大事なことなのだ。戦乱が続く北の地に比較的近いからな」
と、メジームは途中で、沼地に点在する屋敷群を見つめながら語っていた。
黒霧ゴウールと俺が居た廃墟はその内の一つか。
ホロウとは……。
あの半透明の幽霊系モンスターたちのことかな。
幽霊のようなシャプシー系なら厄介だろう。
が、俺の種族は光魔ルシヴァルだ。
俺の血を振り撒くか血鎖で退治は可能なはず。
そのことを考えながら、
「そうですか。黒霧ゴウールの正体とは……」
「大魔術師ゴウール・ソウル・デルメンデスのなれの果て、とイシス様に聞いたことがある」
イシス様がこの地方を支配する魔族系の領主か王かな。
ということはゼレナードがゴウールを倒した結果とか?
ゼレナードは黒霧ゴウールに対処できずに鏡を回収できなかったからこそ……。
宝物庫に片方の鏡だけ放置していたのかもしれない。
「そうでしたか。逃げた黒霧ゴウールは他の地域を襲うことになるのでは?」
「……だからこそ、トレマーズ砦に知らせを向かわせた」
トレマーズ砦が本拠?
前線基地か。
だいたいは流れが読めた。
しかし、黒霧ゴウールを禁忌と呼ぶメジームには悪いが……。
逃げた黒霧ゴウールに恨みはない。
むしろ、焦がしてしまってごめんなさいだ。
ということで多少脚色しながら……。
戦乱のことは後にして、まずはこの土地にゴウールとホロウを聞くか。
そして、見学ツアーかな。
少し楽しんでからサイデイルに撤収しよう。
「そうだったのですね。その黒霧ゴウールとホロウと呼ぶモンスターの退治&監視がメジームたちの任務?」
「そうだ。ホロウ相手ならば黒霧ゴウールと違い、わたしたち【守り手】の力が通じる。そして、ホロウが死ねば、幽魔の真珠に幽魔の水晶を落とす場合がある」
「幽魔の真珠?」
「イシス様が用いる時空魔法に用いられる素材だ」
どんな時空魔法か気になるが。
まぁ、北が戦乱では色々とあるだろう。
「だからこそ、ここの維持は大切なのですね」
と、俺の言葉に頷くメジーム。
「ただ、見ての通りホロウの数が多い。そして、倒しても倒しても、古くから湧くように出現するモンスターがホロウなのだ」
とメジームは語る。
厳つい兜を装備している他の大柄の部下たちも頷く。
「なるほど……」
「シュウヤなら……」
と、呟いたメジームは俺の全身を調べようと観察を強めていた。
彼女の隣に居る部下の一人に目配せしている。
部下の一人も女性か。
兜を外しながら、俺を魔眼のような力で観察していた。
いくら俺を観察しようと無駄だろう。
魔察眼を用いた有視界の情報で俺の力を判断するしかないはずだ。
だが有視界から得られる情報は極めて重要だ。
魔察眼という技術もあるが……。
表情筋と身体を巡る魔力操作。
微妙な身体の動き……。
とくに戦闘中は様々に変化するのだから。
部下の方を含めてメジームは何度も血鎖鎧に視線を寄越す。
皆、俺の血鎖鎧に興味津々のようだな。
そんな視線を逸らす目的ではないが……。
メジームに、
「ここは国でしょうか。地図をなくして長いこと放浪を続けていたので……」
「魔国イルハーク」
初めて聞く国。
だとすると、トレマーズ砦は前線基地か。
「人族の国や他の国々は近くにありますか?」
「北と西にあるぞ。ただ、先も話をしたが、北側は魔族を含めた大規模な戦乱が起きている」
北と西が人族の国か。
「北側の戦乱。さしつかえがなければ教えてください」
「構わん、北は魔界セブドラに通じる巨大な裂け目があるからだ。北の地上は魔国イルハークを治めるイシス様と同様に
魔境の大森林にあるような裂け目か。
やはりここは魔界セブドラではない。
「その北にある人族の国の名は」
「セブンフォリアという大国があると聞いた」
セブンフォリアが北って……。
ここは樹海地域からしたら南の遠い土地か。
ま、当然かな。
魔界に転移できるアイテムがあったら
神狼ハーレイア様とアルデル師匠も
パレデスの鏡といいゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡が都合よく魔界に通じているわけがない。
と、そんな風に断定するのは良くない。
なにごとも可能性に満ちた世界だ。
そこでふと、なぜか、宇宙を想った。
だからこそ次元宇宙内なら何光年も離れた他の惑星だとしても転移は可能かもな、と。
アイテムボックス。
カレウドスコープ。
ムラサメブレード。
ビームライフルとハンドガンのセット。
フォド・ワン・ガトランス・ユニフォーム。
フォド・ワン・カリーム・ユニフォーム。
カリームのユニフォームはヴィーネにプレゼントした。
宇宙文明なら宇宙戦艦もあるかも知れない、だろう。
ゴルディーバの里に来たばっかりの頃……。
空に衛星らしきモノを見たが……。
もしかしてあれは……。
と、そんな広大な宇宙に思いを馳せながら、
「……そうでしたか。ありがとう」
「いや、構わん。で、流浪の吸血鬼はどこからきたのだ? セブンフォリアを根城にしているパイロン家の分家か?」
どこからか。
転移したとは告げないほうがいいかな。
「パイロン家ではないです。東方の外れ吸血鬼とだけ。かなり迂回したようです」
「ほぅ、東……ローレイク海のほうか、アゴーニュの秘境辺りか」
東の海のローレイクは初耳。
しかし、ここでアゴーニュの秘境の名を聞くとはな。
あのチーズの国か!
そして、ハイム海の先にローレイク海か……。
そこにアゴーニュの秘境があるってことかな。
「アゴーニュの秘境とは東の海の先ですね」
「やはり知っているようだな。特産品のチーズは有名。しかし、流浪の吸血鬼が船旅か? もしくは、十二大海賊団のメンバーか? あるいはハイロスン魔商会と通じる一派か……しかし、そのような輸送を行える特別な船を持つとなると……」
メジームは疑問を口にしながら俺の全身を見てくる。
観察されるのは飽きた。
「さて……それではそろそろ旅の続きを」
「待ってくれ……イシス様に会ってくれないだろうか」
「すみません。俺にも事情があるので」
「むむ、ならば、その血鎖で……」
と、メジームは数百はいるだろうホロウたちが蠢く沼地に視線を向ける。
俺の血鎖鎧と幽霊モンスターのホロウを見比べていった。
その視線と態度から……。
〝ホロウを倒してくれ〟と受け取ったが……。
なにぶん、会ったばかりの未知な俺だからな。
それに、ここを守っている立場のプライドもあるのかもしれない。
ここは素直に聞くとしよう。
「倒してくれ? でしょうか」
「そうだ……」
彼女は肯定した。
薔薇のような髪が揺れる。
綺麗だな。
よし、これも何かの縁。
「メジーム。イシス様とは会いません。が、友好的に接して情報をくれた貴女に礼はします――」
と、即座に沼地の内部に駆けていく。
「あ、シュウヤ!」
「おぉぉ、退治に動いてくれるとは……」
「なんという、我らの気持ちを汲んでくれるとは……」
「不気味な声は関係ないのだな。まだ我らと出会ったばかりだというのに……」
「顔は人族系だが、義に厚い吸血鬼。魔侠客の方なのだろう……」
と背後からメジームと部下たちの声が響く。
俺は背中を彼女たちに向けて左手に神槍ガンジスを召喚。
屋敷が点在する沼地に入り足場を確保。
湿った地面から這い寄ってくるホロウを視認する。
同時に自身の血鎖鎧を弄った。
両腕と腰の一部を露出させる形。
肝心の近づいてくるホロウの速度はそう速くない。
身体は半透明で人の造形に骸骨ゾンビ風か。
すると、胴の魔素の塊が不自然に蠢きつつ、胴の中心に亀裂が入り、そこから左右にパカッと裂けた。裂けた中央から半透明な触手の群れが現れる。
粘菌の塊にも見えた。左右に裂けた襞のような内側には、無数の歯牙たちが、びっしりと、生え揃っている。腹がご開帳状態のホロウ。
迷宮都市ペルネーテの五階層で戦った怪物を思い出した。
名は邪獣セギログンだったかな。その押っ広げた中央から――。
複数のアメーバ状の弾を飛ばしてくる。
即座に側転し避けた――血鎖で対処は可能だが――。
地形を把握するついでだ。地面にアメーバ状の弾がべちゃべちゃと音を立てぶつかるのを視認。地面は汚染されたように黄緑色の液体が広がった。
煙がもうもうとあがる。追尾はないから余裕だが。
……毒か。
右手で腰に繋げていた魔軍夜行ノ槍業を触りながら閃光のミレイヴァルを取る。
血鎖鎧の一部を解除するように新しい血鎖鎧を形成。
もう俺の見た目は軽装風の血鎖鎧かな。
同時に魔力を
二の腕の<霊珠魔印>を意識。
「ミレイヴァルよ、来い――」
即座に小さい金属杭は分散。
青白い輝きを縁取ったミレイヴァルが横に現れる。
状況を見た彼女は聖槍シャルマッハを握りつつ絶妙な動きで俺の横につく。
ミレイヴァルの温もりが風となって感じられた。
俺は笑みを意識しながら指環を触る。
紅玉環は触らない。
――アドゥムブラリよ。
また今度な。という気分から――。
沸騎士よ、カモーン!
その間に既に戦い始めているミレイヴァルに向け、
「分かっていると思うが、その半透明な敵はホロウと呼ばれている――」
「ハイッ――」
鈴のような声を響かせながら聖槍シャルマッハを振るったようだ。
「今、俺の周囲で召喚している者たちの名は沸騎士。騒がしいが仲間だから気を付けるように、そして、俺は右側を担当しよう。左はそのまま任せた。んじゃ、ホロウと呼ばれている敵を殲滅するぞ、準備はいいな?」
「ハッ」
ホロウ数体を一瞬で屠ったであろうミレイヴァルは、再び俺の横についた。
彼女の右側の背中が俺の左手付近に触れる。
長い赤紐ブラジャーも俺の腰辺りに当たった。
一瞬、細い腰に手を回して抱き寄せたくなった。
「主様の声は心に響きます……」
熱を帯びたミレイヴァルの声だ。
俺の<霊血装・ルシヴァル>の声が彼女に響いたのか?
薄桃色の瞳を近くから見たい。
と、思ったが、そのミレイヴァルに視線は向けない。
――今は戦いの場。
それに彼女の聖槍シャルマッハを扱う機動は見ているからな。
破迅槍流を信頼している。
ミレイヴァルから離れた――。
最初に飛び道具を飛ばしてきたホロウに視線を向けつつノーモーションで血鎖を射出――。
俺の胸元から伸びた血鎖がホロウに触れた瞬間――。
ホロウは青白いエフェクトを発しながら蒸発し、悲鳴のような音を発して消えた。
右胸部位から伸びた血鎖を消去。
右側の奥にいるホロウたちに足を向けた。
右側は湿った沼が多くて危険。
しかし、俺は水がある――水神アクレシス様に感謝――。
<水神の呼び声>を発動。
生活魔法の水を地面に引く<水流操作>で滑るような機動で前進――。
前傾姿勢で滑りつつ突撃しながら中級:水属性を意識――。
連続した《
しかし、魔法の牽制はホロウに通じず――。
即座にホロウの目の前で《
――アンチマジックか。
さすがは普通ではない幽霊系。が、俺も普通ではない――。
<
三つの光槍は、瞬時にホロウたちを貫く。
<
後部がイソギンチャクになることもなく一度に十体以上のホロウの群れを貫く。
何十ものホロウたちを貫いた<
半透明なダンゴを刺した串となった直後、爆発するように閃光を発しながら散った。
その爆発した<
しかし、数が多い。
いつの間にか、右の手前から迫っていたホロウ。
慌てず半身の姿勢を維持。
一歩後退させていた左足を前に迅速に動かす踏み込みから左手が握る神槍ガンジスを、その右から迫ったホロウに差し向けた。
左手が一つの神槍にでもなったかのごとく突出した神槍ガンジス。
風を纏うような軌跡を生む方天画戟と似た穂先の<刺突>がホロウの頭部を穿った。
ホロウは不気味な音を発しながら頭部が一瞬で散る。
が、まだだ、神槍ガンジスを消去――。
胸元に戻した左手に神槍ガンジスを再召喚。
――纓は使わない。
左手一本でホロウをぶち抜くイメージで、左手ごと体を突き出すように神槍ガンジスの<刺突>を出し、穂先がホロウの胴体を捉え、貫いた。
零コンマ数秒の間に二連続の<刺突>を喰らったホロウ――。
瞬く間に湾曲したような青白いエフェクトとなったホロウは分散し、蒼色の纓が靡くガンジスに降りかかるような青白い雨粒となって消えていく。
連続の<刺突>だからこその威力だが、さすがは神槍ガンジス。
聖槍アロステもあるが幽霊系には格別に効くだろう。
特効武器だな。
「「閣下ァァ」」
左後方で召喚を終えた沸騎士たちの声が響く。
周囲を警戒しながら振り向いた。
「よう、敵は今のように半透明なシャプシー系だ。ここは素直に囮を頼む。それと黒髪の美人槍使いは仲間のミレイヴァルだ」
「「承知――」」
沸騎士たちは一歩、二歩、前進。
「――黒沸騎士ゼメタスが見参!」
「赤沸騎士アドモスが見参なり!」
即座に沼地の中央部で、沸騎士たちらしい激情のある口上をあげた。
俺が転移してきた廃墟があった場所に比較的近い、あそこは地面が固い。
沸騎士たちはその廃墟を迂回し、他の屋敷も点在している場所に向かう。
どしどしと重量感溢れる機関車のような動きだが、煌びやかなマントが美しい。
星屑のマントが似合う。
だが、ホロウは物理属性が効かないと予測できる。
「幽体めがぁぁ、塵に――」
「構わぬ、閣下のためぞぉぉぉ、敵を灰に――」
「ぬごおおお、我が魔素に――」
ホロウたちに向けて武器を振り回すが、骨なんとかという武器と骨塊なんたらという盾は空を切る。
そして、固い場所が多くても地面には柔らかい場所が多い。
アドモスが自虐の言葉を叫んでいるように……。
重い沸騎士たちはぬかるんだ地面に足が取られて動きが鈍くなる。
案の定、
「わたしたちの悪式・亜連骨突が効かぬ!」
とか、聞こえてきたがホロウたちから注目はしっかりと受けていた。
わらわらと沸騎士たちに纏わり付くように集まっていく幽霊のようなホロウたち。
「今、向かいます――」
ミレイヴァルだ。
可憐な動きで沸騎士たちをフォローする。
腰元で揺らぐ赤紐ブラジャーが魔力を帯びていた。
雷光が迸る聖槍シャルマッハで<刺突>らしき技を繰り出した。
目の前のホロウを胸元から爆発させるように潰す。
俺はその瞬間、<召喚霊珠装・聖ミレイヴァル>を発動――。
煌びやかな赤十字架群が彼女を包み変身するミレイヴァル。
正三角形が並ぶ新防具を装着し右手の赤い<
沼地だろうと、水面を跳ねる機動で軽やかに動く。
聖槍シャルマッハを同時に振るう。
両手から片手に持ち替えつつ振るう聖槍シャルマッハが、ホロウたちを薙ぐ。
払い打ち倒し縦横無尽にホロウたちを倒しまくる――。
連続に聖槍を振るいつつ半身の姿勢を維持する。
重心を安定させながら前進するミレイヴァルの槍技術は高い。
青白いエフェクトを各地に作り上げていった。
黒髪に青白い閃光を宿すミレイヴァル。
黄色い閃光を全身に発したミレイヴァル。
沸騎士の周囲を舞うように青白いエフェクト灯籠を次々と作り出していく。
「おぉ!」
「閣下の新しい眷属殿か!」
「なんという槍捌きだ」
沸騎士たちの言葉に同意。
まさに――光騎士無双だ。
カッコイイ! 槍使いとして刺激を受けた――。
俺もがんばろうと――。
<導想魔手>に聖槍アロステを召喚させつつ、左から迫るホロウたちを視認。
手前のホロウの速度を測りつつ、右手にその聖槍アロステを移す――。
<水流操作>を生かすように水面を蹴る。
左足の踏み込みからホロウの胴体に向け――。
<水穿>を繰り出した。
聖槍アロステが水を纏う十字矛がホロウの胸元を貫く。
胸元に十字架のような穴ができあがる。
感触はあまりない。
ホロウは十字架の穴ごと胴体が湾曲し劈く悲鳴と共に青白く輝きを発しながら散る。
聖槍アロステを握る右手が真っ直ぐ伸びた状態を見た他のホロウたち――。
槍の退き際の隙でも知るのか、俺が動きを止めたようにも見えたのか――真正面から迫ってきた。
左から回り込んできたホロウが裂けた腹から触手たちを伸ばしてくる。
迎え撃つ――。
左足の軸となる爪先体重移動を駆使。
素早く前傾姿勢を取りながら右手の聖槍アロステで<刺突>を放つ。
やや被せ気味だがシンプルに打ち出した
触手たちを十字矛が切断しつつホロウの身をその<刺突>の十字矛が貫いた。
十字架めいた光の現象が現れた刹那――。
青白いエフェクトが視界を埋め尽くす。
その青白いエフェクトを血で消すように群がってきたホロウたちに向けて<血鎖>たちを放つ。
そのすべてのホロウたちを処分した。
――<導想魔手>を足場に跳躍し状況を把握。
近くにホロウたちはいない。すべて倒したようだ。
沸騎士たちに群がっていたホロウのほうもミレイヴァルが華麗に倒していく。
ホロウたちが消滅した代わりに幾つかの水晶のような球と水晶の塊の群れが足下に出来上がっていた。
まだまだ、奥にはホロウがいるが……。
メジームがくれた情報のお礼はこんなもんでいいだろう。
沼地に着地。
「沸騎士は魔界に帰れ、ミレイヴァルはアイテムとして戻ってこい」
「「承知」」
「ハッ」
三人は片膝で地面を突く。
ミレイヴァルを中央に左右に沸騎士たちが並ぶ。
星屑のマントが綺麗だ。
そのマントの効果か不明だが手前のミレイヴァルが映えた。
輝きを発しながらアイテムに戻っていく。
沸騎士たちも消えたか。
俺はアイテムと化した閃光のミレイヴァルが腰に備わるのを確認。
<導想魔手>に移したアロステごと聖槍を消しながら、メジームたちの下に駆け寄っていく。
メジームたちは俺というか俺たちの行為を見て言葉を失っている。
目が見開いていた。
んじゃ、
「メジーム。またどこかで――」
と、跳躍――。
下から「あ、待て!」とメジームの引き留める声が響いたが無視だ――。
情報をくれた彼女たちの望み通りにホロウのほとんどは処分した。
美人さんだしメジームと仲良くしてもよかったが……。
今回転移した用事はあくまでも〝鏡の回収〟だ。
それに黒霧ゴウールとの戦いに巻き込まれる可能性大。
イセスと間違えそうなイシス様という存在から、この辺りの地域の厄介事に巻き込まれることは予想できる。
だから、ここまでだ。
血鎖と<導想魔手>を使い宙を素早く駆けていく。
と思うが、一日か二日は未知な場所を楽しむ旅行としよう――。
空のモンスターたちを避けながら魔族の争いがあるという北に向かった――。
血鎖を完全に解除。
衣裳を整えつつ標高が高そうな山脈を確認。
草原や森を細筆で描いたような蛇のような道が続く。
歪な建物群が建ち並ぶ街を発見。
ホルカーバムのように鍛冶が盛んなのか、煙があちこちからあがっていた。
戦をしている場所もあるから、違うか。
その時、空飛ぶマンタを操る魔界騎士風の格好をした空軍のような存在たちを視認した。
――意外に速いぞ。
魔力風を起こしているようなマンタたちから避難だ。
地上の森に<鎖>を撃ち込み樹の陰に逃げた。
<無影歩>を発動――事なきを得る。
別にバレてもいいが戦いは避けたいところだからな。
ほっと安心しながら<無影歩>を解除し、<鎖>を用いた機動に移る。
左右の腕から伸びていく<鎖>たち――。
ターザンのような気分で樹木に突き刺さった<鎖>を収斂させて、宙を移動。
視界に迫るその樹木を蹴って<鎖>を消去し、再び右手から<鎖>を射出。
違う樹木に<鎖>を突き刺し、手首に<鎖>を引き戻す。
そうして、素早く、迅速に、空を駆ける忍者をイメージしながら森を抜けていった。
拳と刀のような奇妙な岩場が乱雑に並ぶ場所に出た。
そこでは<鎖>のスケボーで風にのって移動を楽しむことにする。
そのスケボーに乗りながら、高低差のある崖を一気に下降――。
ヒャッハァ――と。
いった気分を心で叫びながら川底へとダイブ――。
レファとの遊びを思い出す。
底が深くてよかったと思いながら潜水――。
昏い川底をスイスイと平泳ぎで進む。
泳ぎに飽きたところで、川面を蹴るように<導想魔手>を蹴って進む。
緩やかな川になった。
そこでは石を<投擲>して遊ぶ。
あまり力は込めていないが、当然、光魔ルシヴァルの俺が投げた石は強烈だ。
ズボッとした音と共に水飛沫が高く上がる。
死んだか気絶した川魚たちが川面に浮かぶ。
大きなザリガニも浮き上がってきた。
変な形の魚を挟んでいるザリガニ。
そのまま、その魚ごと、ザリガニの死骸を掴みアイテムボックスに回収。
川を越えて村も幾つか見えた。
再び<導想魔手>を用いて、宙を駆け上がる。
空から魔国イルハークの見学を続けていく。
旅人風の衣裳が似合う角持ち魔族たちが道を進む。
ゴルディーバ族が持つような角ではなく、複数のツクシのような角だった。
上半身は人族に近いが下半身は一つの太い足の魔族も、特徴的な走り方で進んでいた。
そして、下を見ていて、思わず二度見した。
ロロディーヌではないが、大きい猫魔獣の乗り物が行き交っていた。
なんたる光景か!
停留所もあるぞ。
猫魔獣のバスか。
あれは正直気になる……。
座る部分とかモフモフしているんだろうか……。
――硬貨はないが下りて乗ってみよう。
<無影歩>を使いつつ着地し、通行人風な気分で、さり気なく<無影歩>を解除。
停留所にお邪魔した。
「お前さん、人族のような面だな?」
と、
三つ目ではない二つの双眸で一見は獣人と人族に近い。
が、頬骨の形が斜めに少し突き出ている。
マリン・ペラダスのソサリーという種族を思い出す。
あまり注視すると怪しまれるから、鼻の中にある毛と鼻クソを見ながら、
「……そうですね、気にせず」
と、発言し、通りを行き交う魔族たちに視線を移した。
そこに大きい猫魔獣がきた。
色合いは白。
先ほど見た時は三毛猫魔獣だったが、大きい白猫魔獣だった。
内腹がパカッと開いて客を乗せるタイプではない。
白色の猫魔獣は屈むと、上部の背中が凹んで、毛たちが蠢く。
一瞬で、その蠢いた背中の毛が、はしごの段のようなモノに変わる。
そのはしごの段を停留所前に下ろしてきた。
続けて、大きな頭部を俺たちに寄せてくる。
「ニャゴォォォォォォ」
と大声を出した猫魔獣。
強烈な風だが、臭い。
待っていた客たちは傘のようなモノを使い、その風を防ぐ。
そんなモノが必要とは知らなかった俺は、手で頭部を隠すのみ。
そんな息を出した猫魔獣の瞳たちを凝視した。
ギョロリとした縦割れた瞳。
オッドアイのお目目たちだ。
怒ったような不機嫌そうな猫さんだが……。
乗っている客たちは気にしていない。
顰めっ面の猫ちゃん顔がデフォなんだろう。
その時、ラファエルの扱う〝魂王の額縁〟が作り出していた光景を思い出す。
あの立体世界の中に、似たような魔獣を見かけた。
しかし、リアルに浮世絵の大きな化け猫を見ているような気分だ。
その白猫は口を開けた。
すると、待っていた魔族の方々が、これまた大きい石のような硬貨を、その口の中に投げていく。
やはり、金か餌が必要だったのか。
予想通りだったが、この国の硬貨は勿論ない。
他の石とか肉の餌で代用が可能かもしれないが、ここは無難に……。
そう思考した直後――。
<
無駄に切り札を生かす。
速度が倍加した俺をだれも捕らえることはできず。
背中に続くはしごに足をかけて、速やかに上がった。
背中の毛で構築された座席たちを手で触りつつ、奥の席に移動。
毛の椅子に座った。
<
切れた瞬間、アーゼンの靴底越しにぎゅっとした感触を得た。
そして、背もたれに寄っかかる――。
背中が毛に包まれるやないかーい!
と、ワイングラスをどこかにぶつけたくなるテンションとなった。
それぐらいに柔らかい。
猫魔獣が動き出すまで背もたれに埋没しよう。
<無影歩>は維持した。
混雑するほど席に客たちは乗らなかった。
俺は<無影歩>を解除。
座席のふんわり感を背中で味わいつつ……。
ふわふわと軽やかに移動していく猫魔獣の乗り物を楽しんでいく。
相棒とはまた違う乗り心地だ。
下の毛の席に頬をつけ、頬で撫でるように、毛なみを味わったり匂いを嗅いでみたりと、猫魔獣の乗り心地を満喫した。
座席はすべてが毛だ。
その毛を指に巻き付けたりして遊んでいると、その巻き付けた毛が少し抜けてしまった。
一瞬、ブザーとか鳴って止まるとか思ったが、猫魔獣さんは気付かない。
と、怪しい行動を取る俺の行動に、周囲に乗っていた魔族の方々から視線を浴びる。
うん、<無影歩>は切ったし当然だな。
周囲の客からは、突然、人族風の怪しい男が乗ったようにも見えたはずだ。
無賃だし、逃げる前に挨拶しておこうか。
「――こんにちは、猫好きマイスターな怪人です。では、さいなら――」
と、一歩踏むごとにぎゅっとした柔らかさを感じながら外へ跳躍――。
<導想魔手>と<無影歩>を発動し宙を駆けていく――。
下のほうから「なんだァァァ」「幽霊モンスターだ!」「怪人三十八面相だ!」「怪人フォックスか!」
「いや、鬼族だったような」「力を持つ奴隷たちの叛乱か!」「魔人ムトゥとその一派ではないのか!」
と、猫魔獣に乗っていた客たちが騒ぐ。
本当に怪人がいることに驚いたが、無視だ。
<導想魔手>を発動し宙を高く跳びながら遠くに逃げていく。
そして、違う街道のような場所に出た。
商人然の格好をした四つ足の魔族は路上で露店販売をしている。
蔓で縛った団子、飴玉お菓子、大きな鮎のような魚、豚鼻の仮面、魔刀、骸骨、腕環、瓢箪、喇叭、鬼のような片腕、大きい魚骨の矢、灯籠、漢字の紋様を刻む丸形の牌、鯉のぼり、米俵、等が、それぞれのアイテムと合う枠の中に置かれて売られていた。
それらのアイテム類は気になったが……。
あまり高度は下げない。
いや蛇のような頭が二つある。
その蛇モンスターと戦っている魔族は、魚の頭部の和風衣裳を着た戦士集団だった。
戦国武将のような厳つい兜が似合う四つ眼の魔族たちも視認。
四つ眼と四つ腕の魔族の方々は、樵なのか、巨大な斧を使い樹木を打ち倒している。
あの四つ眼の方々はルリゼゼと近い種族たちだろうか。
邪界というペルネーテの迷宮世界に飛ばされた種族。
俺が助けたルリゼゼは北マハハイム地方にある魔境の大森林の〝傷場〟に向かった。
ここは魔族ばかりだから、ルリゼゼ的には安全だったかもしれない。
ま、ペルネーテから南はオセベリア王国の領土が続くし、南はセブンフォリア王国もある。
この魔国イルハークに辿り着くまでに幾つの人族たちの領域を越えることになるのか。
西は、ここからだと北西にラドフォード帝国か。
戦争やら他の国々もあるだろうし、傷場に向かう道のりは、北にせよ、南にせよ、どちらにせよ大変か。
と、考えながら観光をしていると、獣人と似た魔族も見つけた。
数珠の武器を振り回して、スライムのようなモンスターを倒している。
無視して<導魔魔手>と<鎖>での移動を続けていく。
小さい山間が続く場所を越えた。
すると、弁慶のような姿の魔族集団と髑髏衣裳を身に纏う魔族の集団同士が争っている地域に入った。
人族たちは見えない。
そこで少し北東へ方向転換――。
マンタの飛行軍団に遭遇するかもだから高度は上げない。
北東地方の下は……荒れ地ばかりだ……。
一瞬、サジハリと出会った場所を思い出す。
荒野だから、裂け目から出た魔族たちが支配する国らしいと言えるか?
ひょっとして、この地域の人族たちは駆逐されたとか……?
ん?
土埃が舞っている道に鉄格子が目立つ魔獣車が走っている。
俺が乗った猫の魔獣バスではない。
角を生やした大きな魔獣が引っ張る護送車か。
御者は魔族の兵士。
高度を下げつつ<無影歩>を発動――。
ゼレナードにも通じた気配殺しスキルの<無影歩>だが……。
この世は千差万別だからな。
勘の優れた凄腕御者なら俺の存在に気付くかもしれない。
と、考えながらも――宙空から護送車の横につけた。
鉄格子の中には……。
男女の人族と獣人の奴隷たち。
鎖で繋がれた魔族の姿もあった。
皆、死んだように虚ろな目だ。
悪いが助けはしない。
身を翻し、荒野に下り立った。
土煙がもうもうとたちこめる。
さて、短い旅行も終了だ。
メジームたちも気になるが……。
二階の寝台とぷゆゆと
設置したゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡もあった。
ゲートの中に入り、サイデイルに帰還。
部屋の様子を確認し、ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡を回収しながら、
「ただいま、ロロ。後で土産をあげよう。そして、ぷゆゆ、寝台を汚すなよ」
「にゃ~」
「ぷゆゆ~」
さて――。
と、ぷゆゆとの間合いを詰める。
ぷゆゆが逃げる前にぷゆゆを捕まえた。
「ぷゆっ、ぷゆゆん!?」
じかに柔らかい頭部をもしゃもしゃと弄ってモフモフを堪能……。
よーし。と楽しんでいるとロロディーヌも触手をぷゆゆに伸ばす。
一緒にグルーミングに参加。
一通りやっこい感触を楽しんだ。
さて、エヴァにヴィーネに皆が待つセーフハウスに帰るとして……。
キッシュたちに報告だ。
ヒヨリミ様に神狼ハーレイア様の銀毛を渡すのも忘れないようにしないと。
「んじゃ、ぷゆゆ。外に出るから、またな」
と、ぷゆゆを解放。
「ぷゆ!」
ぷゆゆはキャットウォークのほうに華麗に走って逃げていく。
相変わらず、着ぐるみダンサー的な動きだから面白い。
さて、血文字でも古代狼族と白色の貴婦人関連を伝えてあるが
じかにスキンシップをしながら語り合うことも必要だ。
というか面と向かって話すことは重要だ。
彼女はがんばっている。
肩のマッサージでもしてあげよう。
おっぱい聖人としての力も役に立つはずだ。
そして、キッシュも忙しいとは思うがナナにアリスとエルザのことも頼んでみるとしよう。
エルザとアリスを追う存在も気になるが……。
はっきり言って、ここの守りは強い。
<
補佐する光魔の騎士シュヘリアとデルハウト。
それでいて<従者長>ソロボとクエマ。
まだ眷属化していない紅虎の嵐たち。
黒豹に変身できるエブエ。
モガ&ネームスも居るからな。
トン爺は料理が上手い。
人材の宝庫だからな。
紅虎の嵐たちとドミドーン博士&助手のミエさんも馴染んできたようだし。
オーク語は難解なようで博士は苦戦しているようだが。
後は、キサラと離れて色々と仕事をがんばっているロターゼにも挨拶しておこうか。
と、屋根上から跳躍――。
<導想魔手>を足場に使い跳ねてサイデイルの空を俯瞰――。
ルシヴァルの紋章樹を確認した。
ソロボとクエマと一緒に訓練しているムーとルッシーを確認。
<従者長>のソロボとクエマは血魔力を操作しながら、ムーの槍を受けている。
ルッシーは近くで血の結晶のような粒たちを撒いて踊っていた。
その様子を見ながら紋章樹の前に下りていく。
ムーは俺の姿を確認すると、走り寄ってきた。
「よっ、ムー、がんばっているようだな」
「っ――」
こくこくと一生懸命に首を縦に振るうムー。
鼻息が少し荒いが可愛い。メッシュの髪が揺れると片手と片足の義手と義足から糸を出しながら槍の型を見せてくれた。
そこからムーと訓練を行った。
俺の知る格闘術を組み合わせた槍組手から風槍流の基本を手取り足取り――教えすぎて本当に義手と義足を取ってしまった。
そこからクエマとソロボにルッシーと会話をしてから一緒に集団戦の訓練を実行、といっても俺対四人だが……。
ボコられている気分を味わいながらムーの機嫌を取る。
弟子に甘いとかアキレス師匠に言われそうだが……。
たまにはな……と訓練後、夕日を感じながらキッシュが仕事している屋敷に向かった。
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