五百四十五話 紅虎の嵐たちの眷属化


 キッシュに報告するため下りていく。

 エヴァ、ヴィーネ、ミスティ、レベッカ、キサラ、クナが待つセーフハウスはまだ後だ。


 黒猫のロロディーヌは訓練場を駆けた。

 端からサイデイルの中央に向かう下り道を先に進む。

 俺の家はサイデイルの小山の高台。

 モガ&ネームスやバング婆の家は高台の下。

 俺の家を中心に俯瞰して見れば、右下。


 下りの階段付近に家が多い。

 が、立ち寄らない。

 中央のキッシュの屋敷と言うか、家屋に向かう。


 子供たちの遊び場のモニュメントの近くにある。


 黒猫ロロは子供たちと触れ合い遊んでいたが、キッシュの屋敷に向かう。


 もう村の規模じゃない。

 しかし、ここは村だった頃と地形的にそう変わらない。


 俺も黒猫ロロに続く。


「邪魔するぞっ」


 キッシュの屋敷の扉を押し開く。

 奥の間に向かった。

 司令長官らしい態度のキッシュと皆の姿を確認。


 キッシュは机に乗ったロロディーヌの姿を見るや否や――。


「――神獣様がいるということは!」


 期待を寄せるような、うわずった声だ。

 キッシュは俺の姿を探すように視線を寄越す。


 机の手前でキッシュと話をしていたシュヘリアとデルハウトは俺に気付いて、片膝で床を突く。

 

 俺はすぐに、


「二人とも楽にしてくれ」


 そう喋りつつ司令長官キッシュの衣裳を確認した。

 気品を感じるキッシュ。


 もっと近くで見たい。

 と、近寄っていく。

 美しい薄緑色の髪。

 翡翠の宝石を思わせる双眸も変わらない。


「ンン」


 机の端にいる黒猫ロロだ。

 俺に向けて頭を下げたシュヘリアのシュシュを叩く。


 そんな黒猫ロロらしい行動は放っておく。

 キッシュを見ながら、


「キッシュ、ただいま!」


 そう片手を上げて挨拶。

 キッシュは一気に破顔一笑。

 両手で机を突いて、


「シュウヤ!」


 と勢いよく立ち上がった。

 薄緑色の髪が揺れている。


 シュヘリアのポニーテールを叩いていた黒猫ロロはキッシュが叩いた音に驚いて、振り返る。

 

 片足を振るった黒猫ロロ

 キッシュの両手に向け『驚いたにゃ』フックを喰らわせていく。


 ぽんぽんと可愛い打撃を受けたキッシュは微笑む。


「ロロの肉球は柔らかいな」


 と、喋るキッシュ。

 彼女の透明感のある肌が作る笑顔は美しい。

 小さな唇も変わらない。


 そんな小さい唇に再び魅了されつつ、


「座って作業を続けてくれ」


 そう告げた。

 が、デルハウトとシュヘリア以外の皆も一斉に仕事を中止して立ち上がる。


 エブエとドミドーン博士とミエさんたちだ。


「皆もただいま。俺のことは気にせず」


 俺はそう語りつつ両手でジェスチャーを行う。

 キッシュたちがいる机の下に向かった。


 笑みを意識しながら……。

 キッシュの手前の樫の机を注視――。


 交易用の書類にサインをしていたようだ。

 交易ルートの地図と手紙もある。

 宛名はチェリ。そのチェリはキッシュの友だ。俺の友でもあるし抱いたこともある可愛い女性だ。

 今ごろ、可愛いチェリは【天凜の月】のヘカトレイル支部で仕事をこなしていることだろう。


 交易に関する書類のほうはトリトンの原木か。

 樹海で採れる貴重な材木のようだ。

 その径級と材質の違いから生じる取引額が記されてある。


 ヒノ村近辺での活動が多いリエズ商会の名もあった。


 他にも机には、嵩張った硬貨類、クラシックな羽根ペン入れとインク壺が置かれてある。


 忙しそうだ。

 と、机の品の確認を終えてデルハウトたちに視線を向けた。


 シュヘリアとデルハウトは副将然とした姿で並び立つ。

 デルハウトの頭部は相変わらず厳つい。


 元魔界騎士であり魔界の住人でもあるデルハウトだから当たり前なんだが、魔族らしい硬そうな魔皮膚だ。

 

 岩石や金属と違うし、魔界騎士だから魔族だからで終わるが、形容は難しい。


 その最たるものが……。

 フェイスガード風アイマスク器官だろう。

 口角挙筋と目尻の横下から、耳の横と肩の上を通り、背中にまで伸びた細長い顔の器官。


 海老や蝶の触角?

 ワイヤーを何重にも絡ませた感じだろうか……。


 その器官の先端は『シーケンシャルウィンカー』のように流れる光を発している。


 その細い器官顔の触角的なモノは……。

 今も風を受けた柳の葉のように揺れていた。


 ロロディーヌ的に気になるだろうと思ったところで本当に黒猫ロロが動く。

 キッシュから離れて机の端に移動してきた。


「ンン」


 と、微かな喉声を鳴らす黒猫ロロさんだ。

 後脚を使いスッと立ち上がる。

 しかし、デルハウトの細長い触角器官だけでなくシュヘリアのポニーテールも揺れている。


 黒猫ロロはどっちにじゃれるのか迷った。

 

 珍しくバランスを崩し、机の端から落ちそうになった。


 が、そんな落ちそうな相棒の長い尻尾をキッシュが掴んで助けてあげていた。


 しかし、キッシュの握力が強かったのか、握られた尻尾が予想外に痛かったようで、


「にゃ!」


 と、鳴きながら振り返り『にゃにするにゃ!』といった勢いで猫ボクサー風の連続的な肉球パンチをキッシュの手に繰り出していく――。


 肉球パンチを手に浴びたキッシュは俄に手を離しつつ、笑う。


 そして、「すまん、つい」と謝ると黒猫ロロは「にゃ」と返事をしてパンチを止めた。


 叩いていたキッシュの手をペロッと舐めてから、手の甲の上に首を乗せる。


 『いい運動したにゃ~』といったように、そのままキッシュの前腕にルーズスキンの横っ腹を預けながらゴロゴロと音を立てて微睡み始めた。

 

 瞼を閉じそうで閉じない、舌を少し唇から出したままの、なんとも言えない、まったり顔を披露していく黒猫ロロさんだ。


 黒猫ロロはピンク色の舌を出したまま、本格的に丸くなって眠ろうとしたのか長い尻尾を腹側に運ぶ。


 しかし、その動いた尻尾の先端がインク壺と衝突してしまった。


 すぐにキッシュが反応。

 

 倒れ掛かったインク壺を片手で押さえてインクが溢れるのを防いでくれた。


 そこに、


「お帰りなさい、シュウヤさん!」

「シュウヤ! 樹海の悪党を倒したようだな、偉いぞ」


 結局近くにきたドミドーン博士&ミエさんと、


「シュウヤ様と神獣様。お帰りです」


 エブエだ。


「おう! とんでもない奴だったが皆の協力もあって倒すことができた」

「うむうむ。で、シュウヤよ。聞いてほしいことがある!」


 ドミドーン博士は興奮している。

 そんな博士に、


「オーク語は苦戦しているとか。樹海の調べていることは順調なのか?」


 と、聞いた。

 ドミドーン博士は、


「オーク語は確かに難しい。が、エブエ殿のキルモガー族の知る情報は素晴らしいぞ!」


 と、称賛。


「前にも、巨大な地図に印をつけていたな」

「そうなのだ。お陰で【戦馬谷の大滝】へと辿り着くことが可能となるだろう地図ができた!」

「博士たちでは地形的に難しいとは思うが……」

「難しいができる。神獣様やロターゼ様に乗れば一瞬だがな? そして、旧神ゴラードの遺跡への道標となるサイデイル東南地域の樹海地図もできあがりつつあるのだ」


 樹海の詳細な地図か。

 今後はより便利になるかも知れないが……。

 樹海だからな……。


 視界に入る見た目が樹と崖が織り成す隘路だ。

 難しいかも。


 が、


「……そりゃよかったな」


 と、無難に褒めた。

 

 ま、俺がそう思うだけで……。

 専門家とかスキル持ちは違うか。

 個人の主観は様々だ。

 俺たち吸血鬼が持つ<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>のように種族と能力は皆違うのだから。

 

「うむ! そして、紅虎の嵐とロターゼ様のお陰で、このサイデイルから【茨の森】にかけての比較的安全な新しい道ができたのだ!」

 

 熱心に語る博士だ。

 そんな博士の腰にぶら下がる魔造書は揺れていた。

 

 エブエ・キルモガーは拱手の礼を取っている。

 俺はそのエブエに向け、


「博士たちとだいぶ打ち解けたかな?」

「はい、お陰さまで」

「戦馬谷の大滝に案内はしていなんだろう?」


 前は神獣ロロディーヌだからこそ進むことができたが……。


「はい。博士が言うように可能ですが、神獣女王様だからこそ、簡単に辿りつける場所に戦馬谷の大滝はありますからね」


 と、エブエは黒猫ロロに視線を向ける。

 キッシュの腕から離れた黒猫ロロがドヤ顔を向けてくると、


「にゃ、にゃ~」


 と、鳴いた。

 エブエはそんな黒猫ロロの姿を見て、尊敬の眼差しを向けて、ゆっくりと頷く。

 エブエの態度を見ると、すぐにでも黒豹に変身をしそうな感じだ。


 そのエブエは黒猫ロロからドミドーンとミエさんを順繰りに見て、


「……遠回りしつつ登山道具を使って壁を登れば徒歩ペースでもなんとか辿りつけるはず。そういった地図の件と、シュウヤ様と女王様と騎士様たちが活躍した地下の経験を博士とミエさんに説明を致しました」


 神具台を利用して地下に進んだ時か。

 アキレス師匠からもらったメダル。

 エブエは俺の胸元をチラリと見ていた。


「メダルはポケットの中だ」


 と、ハルホンクのポケットの中からホルカーの欠片ではなく、キストリン爺の紙でもなく、神々の残骸でもないメダルを取り出し胸にかけた。


「そのポケットは小さいですが、特別そうですね」

神話ミソロジー級の防護服。ハルホンクは優秀だ」


 と、エブエと話をしていると、ドミドーン博士が、


「エブエから色々と聞いたぞ。神具台で地下に移動して、ペル・ヘカ・ライン迷宮大回廊に出現するようなゼリウムボーンを倒したとな。その地下で、骨神ウォース王を信奉する穴熊族やらと地下都市レインガンから遠出してきた行商傭兵軍団コンゴード・マシナリーズ隊の話は面白かった!」


 俺は頷きながらデルハウトを見る。


「……その前はデルハウトと戦った」

「はい、陛下に見事、打ち負かされました」


 シュヘリアも俺とデルハウトを見て、


「愚王位を獲得したデルハウトの闇神アーディン様の加護がある<武槍技>を、陛下が受けきった時は……心底、驚いたぞ」

 

 と、発言すると、デルハウトに視線を向ける。

 そして、互いに微笑み合う元魔界騎士たち、今は光魔の騎士だ。


 ……その時、ふと、混沌の夜の戦いの最中で散った元魔界騎士を思い出す。

 俺の繰り出したサラテンが彼女の頭部をぶち抜いて倒してしまった。


 戦いだから仕方がないとはいえ……。

 違う形で出会っていたならば、この場に、その元魔界騎士が居たかもしれないな……


 そんな〝たられば〟な、仮定のどうしようもないことを思い出しつつエブエに視線を向ける。


 すると、どうしたことか。

 俺の表情を真似たわけじゃないと思うが気まずそうな表情を浮かべていたエブエの顔があった。


「……どうしたエブエ」

「いえ、博士たちに説明をしていたのですが、ブッチさんの機嫌が悪くなってしまったことを思い出してしまい……」


 と発言。

 そう喋るエブエのことを、ミエさんは見ている。

 ミエさんは意味ありげに微笑む。


 エブエは褐色の肌を持つ渋いアフリカンスタイルだ。

 胸元の牙ネックレスはカッコイイ。

 それでいて逞しい身体をしているから、エブエはモテるかもしれない。


 ミエさんと仲がよかったブッチ氏危うしか。

 ミエさんは俺に双眸を向け優しげに微笑むと、


「これで正式にシュウヤさんに旧神・ゴラードの遺跡調査をお願いできます」

「前に話は聞いていたが、また突然だな」


 黒猫ロロもミエさんの元気のいい声に反応。


「にゃ~」


 と、鳴いて片足を上げている。

 ぷにぷにとした肉球の判子を見せていた。

 『調査に向かうべきにゃ~』といった感じではないとは思う。


 そんな魅力溢れる肉球の判子を触ろうとしたドミドーン博士――。

 だがしかし、ドワーフの博士では神獣の動きについてこられるわけもなく。

 それに黒猫ロロは天邪鬼。

 黒猫ロロはさっと、神獣らしい速度で身を捻って避けた。


 そして、跳躍して床におりると俺の足下にくる。

 ドミドーン博士は両手を左右に広げるジェスチャーを出しながら、


「神獣様にふられたが、構わん! ということで、シュウヤよ! 紅虎の嵐に頼んだ依頼だが、新たに加わってくれ!」

「遺跡かぁ。古代狼族の領域と聞いたが」

「それなら大丈夫だ。神姫ハイグリアたちと既に話は通してある」

「ハイグリアと話をしていたのは、その件だったのか」

「はい【幽刻の谷】に立ち入る許可をもらいました!」

「ほれ、これが証拠だ――」


 ミエさんの言葉に同意するようにドミドーン博士は先端が丸い白銀の爪を掲げた。

 ハイグリアの爪鎧の一部か、爪切りで切ったような感じだが、鍵のような形に見える。


 一種の通行証か。


「神姫ハイグリアの爪鎧の一部をもらったのだからな!」

「小さい鍵のような爪だが、通行証のような感じなのか?」

「そうだ。古代狼族の縄張りを守る兵士たちと遭遇しても、これを見せれば大丈夫だ」

「なるほど」

「同盟を結んだこともある。これで安心して旧神ゴ・ラードの遺跡調査に向かうことができる!」

「ダオンの祖父さんが守っているところでもあるんだよな」


 と、キッシュに視線を送ると、彼女は頭を振っていた。

 否定の意思がありありだ。


「ドミドーン博士。悪いが、祖先たちの願いでもある聖域の奪還が先だ。それに、古代狼族との同盟は成立はしたが、樹海はモンスターの宝庫であり無数の勢力が犇めき合う場所。シュウヤが倒した白色の貴婦人勢力は跳梁跋扈する樹海の一勢力に過ぎない。まだまだ敵の勢力は多いのだからな」

「……分かって、いる。わしらは司令長官殿に従うぞ。このサイデイルに住まわせてもらっているのだからな」

「そうですね。ここも城となり、城下街も発展していますが、やることは多い」


 博士&助手は声のトーンを落としていたが、納得している様子。


「ありがとう」


 と、素直に二人のドワーフにキッシュは礼を言う。


「『魂の黄金道』の調査か。すぐそこの小山の穴からいける」


 そう発言するとキッシュは微笑みながら頷く。


「光魔ルシヴァルの紋章樹とルッシー様のお陰で、サイデイル地下からの女王サーダインやオーク大支族たちからの侵略は皆無となったが……やはりもっともっと堅牢にしたい想いもある。それに……」


 そこで間をあけたキッシュは俺を見てくる。

 

「それに?」


 と、発言を促した。

 キッシュはもう一度、深く頷く。


「うむ。チェリにはもう情報を伝えてあるが、ヒノ村と交易を開始したことでサイデイルの情報がオセベリア王国の有力貴族たちに漏れた。だから人族の貴族たちとの交渉の時期にさしかかっている」

「【天凜の月】の力を以ってしても情報は漏れたか」

「ヒノ村の小さい商会が利益を生めば、ヘカトレイルに様々な影響が出るのは必然。仕方がない」

「神童で有名なフェニムル村も発展しているからな、ここもバレるのは時間の問題だと思っていたぞ」


 そう指摘してくるドミドーン博士。

 俺も頷きながら、


「警邏が順調だと平和になる。平和となれば富が生まれる。富が集まれば自ずと、その富から美味しい汁を吸おうと、貴族と商人に冒険者たちが集まるか」


 と、発言した。


「ふむ……それを狙う盗賊も増える。そして、そんな増えた盗賊や隊商を狙うモンスターも集まりやすくなる」


 キッシュは負の螺旋を語る。

 ……と、気まずそう・・・・・に俺を見た。


 その視線の意味は分かる。

 この間も、その件についてキッシュだけでなく、メルと血文字で意見交換はしていた。

 

「キッシュの名代として、シャルドネとコネのある俺を使いたいわけか」

「そういうことだ。だからこそ、今後のため、サイデイル防衛強化のためにハーデルレンデの秘宝【蜂式ノ具】の奪還を是非成し遂げたい」


 今後とはオセベリア王国とも争うことも視野に入れているのだろうか。

 ま、それは考えすぎか。

 メルからの情報だが……。

 樹海を実力で切り取った俺たちに、ちょっかいを出してきそうな野心を持つオセベリア王国の大貴族たちはシャルドネ以外にもいるようだ。

 なんせ、ヘカトレイルを含めた各都市ではこの樹海は未探索地域に指定されている領域だろうし。

 

 そして、俺が【天凜の月】の総長だと本当の意味で理解・・している大貴族は少ない。

 ま、これは実際に表の総長代理で動いているのはメルだから仕方がないか。


 その闇の件は伝えず、


「……地底神ロルガ討伐か」


 と、言葉を漏らした。

 キッシュはそう指摘しながら<筆頭従者長選ばれし眷属>として俺を強く見る。

 すると、そのキッシュの傍に蜂を纏うラシュさんが現れた。


 建物内だが、ラシュさんは『魂の黄金道』があるだろう場所を指す。

 そのラシュさんの切ないような表情は『わたしたちの家族の願いでもあるのよ……』と声が聞こえたような気がした。


 エルフの祖先たちとキストリン爺の願いでもある。

 イギルと繋がりのある聖槍アロステも持っているし、これも運命って奴だろうか。


「ん、蜂か? ふふ、どこか懐かしい匂いがする」


 キッシュは妹のラシュさんの姿が見えてない。

 幽霊のラシュは優しげに微笑んでいる。


「さて、そのロルガ討伐と旧神ゴ・ラードの遺跡調査に向かうかどうかは、まだ分からない。が、クナのセーフハウスで行う話し合いで、その件を皆に告げよう」

「「おぉ!」」

「って、まだ分からないんだ。まずは、古代狼族を含む、白色の貴婦人関連に結果についての報告をしようか」


 と、気が早い皆を落ち着かせるように喋った。

 すると、足下に居た黒猫ロロが黒豹の姿に変身し、


「ンン、にゃおおぉぉ~」


 と、狼のように遠吠えを行う。

 凜々しい黒女王の姿は、カッコイイ。


 ま、様々な戦いがあったからな……。

 

 相棒も神獣としてがんばった。

 その直後、エブエも釣られて黒豹の姿に変身。

 

 二匹で遠吠えをやり始めた。


 そうして、神姫ハイグリアとの殴り合いという結婚の儀式の詳細と君主のようなヒヨリミ様に神狼ハーレイア様と双月神たちの導きがあったことから、オフィーリアとツラヌキ団の出会いからレネ&ソプラの存在を改めて正式に報告した。

 

 射手としての実力が高いレネの存在と姉に負けず優秀な弓使いでもあるソプラを引き入れたことは嬉しそうに聞いていたが……。

 【血月布武】を表する同盟相手の【白鯨の血長耳】の総長レザライサを狙撃したレネのことを聞くと、俺とメルから既に聞いて知っている情報だったが、やはり、生の言葉を聞くと、顔色を少し悪くした。

 

 白鯨の血長耳は巨大な闇ギルドの一つだからな……。


 続いてツラヌキ団たちの同胞である小柄獣人ノイルランナーの受け入れからアリス&エルザの件も告げる。

 次は黒魔女教団の生き残りのジュカさんに、ラファエルとエマサッドにダブルフェイスなどの人材を獲得し、その能力等の見たことの説明をじかにした。


 そして、クナが知る闇のリストの件をメルに血文字で伝えたことと同じ内容で語り合う。

 

 最後に白色の貴婦人討伐作戦の委細とその結果に伴う事象を丁寧に説明していった。

 

「その腰の吸血王の血魔剣の能力を生かしたのだな」

「ゼレナードに触れるのが怖かったこともある。だから遠距離戦の選択肢を増やし、近接は此処ぞという場面のみ、魔壊槍は頼りになる」


 俺の言葉を聞いたキッシュは尊敬の眼差しを寄越しつつ深く頷く。

 そして、


「……それはそうと、そのソレグレン派の墓掘り人たちは戦闘も優れていたのだな」

「だてに地下社会を永く放浪はしていない集団だったってことだ。神獣ハーレイア様の導きがあったからとも言えるが」

「確かに……」


 そこから地下宮殿の話に移る。


「ミスティから血文字で情報を受けたが、ゼレナードは賢者の石という素材の生成に成功したようだな」

「無数の生命を犠牲にしてな……」

「……星鉱独立都市ギュスターブの破壊と偽宝玉システマは惨い話だ」

「あぁ」


 ミスティと偽宝玉システムとのやりとりを思い出すと涙がこみ上げてくる。

 俺の気持ちが伝わったのか……。

 キッシュも目頭を熱くする。

 

 ……と視線を逸らし、頭部を横に窓へと向けた。

 窓の外にはオブジェが見えている。


 そのオブジェの周囲で子供たちが缶蹴りと鬼ごっこが合わさったような遊びをしていた。

 リデルにアッリとタークの姿もある。

 兎の尻尾をぶらさげてるアッリの姿が楽しげだ。

 アゾーラとパウも見守ってくれているだろう。


 札を掲げて怪しい術を繰り出しているバング婆の姿もあった。

 いや、怪しくなかった。

 婆は薔薇を地面に生やして子供たちを喜ばせている。

 あのバング婆も謎だよな……。

 レベッカとエヴァにあげていた札はなんの効果があったんだろう……。


 パルゥ爺はオブジェの縁に腰掛けて子供たちの様子を見て好々爺といったような表情を浮かべていた。


 キッシュはそんな平和で微笑ましい様子を慈しむように室内から見つめ続けている。

 優しげな母性溢れるような表情で、安堵したような……。

 それでいて同時に女性としての強さと故郷への想いも感じた。

 

 ……キッシュのサイデイルに懸ける想いか。

 よく分かるさ……。


 過去彼女は……。

 『いや、わたしは皆とは戻らない。ヒノ村に立ち寄りたい。それに、魔竜王を倒したのだ。故郷があった場所へ戻り、墓を建て、倒したことを皆に、家族に……報告したい』と、語っていたからな。


 俺の視線に気付いたキッシュはとして微笑んでくれた。

 まだ友と友の祖先が望む聖域を奪ったロルガの討伐を果たせていないが……。


 今回の白色の貴婦人討伐と古代狼族の同盟で少しでも友の想いに貢献できたと思いたい。

 

「……シュウヤ、ミスティの新型魔導人形ウォーガノフは順調?」


 俺の面を見たキッシュは話題を変えるつもりらしい。

 血文字を聞いて知っていると思うがわざとそう聞いてくる。

 

 笑みを意識した俺も乗った。


「順調だよ。偽宝玉システマが残した新しい骨素材と魔道粘液をゼクスに使うようだ。眼球はさすがに時間が掛かると語っていたな。眼の組織と金属との融合に小さい接合クリスタル系素材の埋め込みと同時に心臓部から得られる魔素転換も調整しつつの命令文を組み直すことを、咄嗟にやることは、ランダムな事象が伴う。とかで、非常に難しいらしい」

「……シュウヤはその難解な魔導人形ウォーガノフの素材やら術式の言葉をよく覚えているな……理解できているのか?」

「記憶力はいいから覚えているだけだ。内容はまったく分からない」


 <翻訳即是>があるから、まったくということではないが……。

 魔法と金属の関係性は本当に分からない。


「そうか。選ばれし眷属の中で、わたしだけが理解できていないのかと、少し不安を覚えたぞ……」

「安心しろ。ミスティ以外だとエヴァが感覚である程度理解できているぐらいだろう。ヴィーネも傀儡兵を造れるし、聡いが金属に関してはスキルもないし、詳しくない。<筆頭従者長>ではないがクナなら魔法部分に関してだけは理解が可能かもな」

「さすがは金属融合の天才、いや、魔導人形ウォーガノフの申し子と呼ぶべきミスティだな」

「あぁ」


 俺は頷く。


「その新型のゼクスか。魔霧の渦森の地上と地下で手に入れた素材とゾルの魔高炉の相性がよかったと聞いた」

「そのようだ。戦っている場面はまだ見てないが、聞くところによると強いようだぞ」

「片言なら喋れると」


 キッシュのその言葉を聞くと、博士とミエさんは二人で、


「喋れる? 未知の魔導人形ウォーガノフか。戦争から帰還した凱旋時に見たことがあったが」

「はい、喋る魔導人形ウォーガノフとは聞いたことがないです」


 と小声で語り合っていた。

 エブエは沈黙。


「そういや、まだゼクスから言葉は聞いてない。ヴィーネとミスティが、<傀儡廻し>を用いた、小さい鳥の合作にゼクスの心臓部の一部を流用し、そのゼクス自身も戦闘用に弄って改良を重ねたと言っていたから、喋れなくなったのかもな。仕様を変えたんだろう。飛翔したところは見たから、喋るよりも戦闘に特化させたのかもな」


 魔導人形ウォーガノフの機構は説明しろっていっても無理がある。


「……そうか。前に、ムンジェイの岩心臓とベルバキュのコアが融合した心臓部の出力がどうとかを……血文字で聞いてはいたが、理解はできなかった」


 ミスティはキッシュにも色々と血文字で送っていると分かる。

 ミスティは案外暇なのか?

 まぁ5Gを超えたルシヴァル専用通信があるようなもんだからな。


「ヴィーネにハンカイとミスティは、素材蒐集だけでなく、呪神フグの眷属たちやらの戦いもあったから、そのせいもあるかも」


 ココッブルゥンドズゥ様がいる【魔霧の渦森】の地下も色々と激しい。

 樹海から北東か北。

 ヘカトイレイルを越えて、ハイム川を越えた対岸。


「地底神ロルガと地底神キールーの争いか。ロルガはハーデルレンデの聖域と似た場所を他から奪っているのかもしれないな」

「地下は地下で抗争は激しい。大鳳竜アビリセンやら地底湖の主やらもいる。実際、ゼレナードの施設の地下宮殿で、それらしい地震があった」


 オリジナル仙魔術の<仙丹法・鯰想>の鯰と関係があるかもしれない地底湖も気になるところだ。


「地底を揺るがす地震か……ロルガ討伐もそう易々とは……」


 キッシュは難しそうな表情を浮かべて喋る。


「……ま、俺に任せろ。と言いたいところだが、地下云々はまだ後だ」

「分かっている。それでゼレナードの白色の貴婦人ことで気になることがあるのだが」

「なんだ? イカ脚か? 樹怪王にもそれっぽい水棲怪物がいた……」

「いや、違う。ゼレナードは魔人ザープが語った九紫院の一人ワーソルナとは関係があるのかと思ったのだ」

「あぁ、ザープが争っていた相手か」


 血文字で報告済みだった。


「直接的には関係がないかもしれないが……ゼレナードの宝物庫で九紫院の階梯を意味するローブは手に入れた。だから、何かしらの因果はあるかもしれない」

「ほぅ、エルンストに行ったことのある〝隠れた大魔術師〟のようなクナも知らないのか?」

「推測の範囲でしか。まだちゃんと聞いていない」


 キッシュは俺の言葉を聞いてから、深く頷く。

 そして、切り替えるように、パッと明るい笑顔を作り口を動かした。


「よし、それじゃ堅い話はここまでだ」

「おう」


 キッシュは皆に目配せをしながら、


「デルハウトとシュヘリアに、博士たちも自由にしてくれて構わない」

「はい」

「了解した。部屋に戻る」


 博士たちはエブエに視線を向け窓の外を見て、歩き出した。


「承知」


 デルハウトの短い言葉の後、シュヘリアが、


「分かりました、では、わたしはソロボとクエマたちの訓練場に向かいます。サナさんとヒナさんも訓練がしたいと仰っていたので」


 金色の髪が似合うシェヘリアがそう発言。

 一方、デルハウトはこの場に残るようだ。

 俺にお辞儀をしてから、視線を窓の外に向けていた。


 ウィンカーのような光を帯びた触角の向きも変わる。


 すると、デルハウトは俺の視線に気付いたのか振り向いてくる。


「どうした?」

「いえ、ハンカイ殿はどうしているかと」

「クナの傍に居るはずだ」


 その瞬間、デルハウトは壁に立てかけてある魔槍グルキヌスをチラッと見た。

 そういえば、ハンカイの借りとか、どうとか、やりとりがあったな……。


 模擬戦を楽しみにしているようだ。


「そうですか」

「明日にはクナのセーフハウスに行くから、その時に話をしようか」

「いえ、気になさらず」


 と、また視線を窓の外に向けるデルハウト。

 

 その間に、


「わしたちにもできることはある」

「はい、博士。わたしたちだからこそ可能な遺跡調査」

「ふむ。ミエも立派になりつつある」

「ふふ」

「わしでさえ感心する偉人のようなトン爺からも……『何事も難しきことから始まることがある』から続いて……〝狭き門より入れ〟と説教をしてくれた。わしも熟々(つくづく)そう思うのだ。他のだれも気付かない、わしたちなりの探索道を進む……海のフリュードに負けてはいられまいて!」

「はい、博士!」


 ドミドーン博士とミエさんはそう語らいながら先に部屋を出た。

 キッシュは博士の言葉を聞いて感心するような態度を見せてから、近寄ってきた。

 

 キッシュは細い手を向けてくる。

 どうした? と俺が聞く前に、俺の腕を掴む。

 そのまま引っ張りながら――。


「ついてこい」


 と告げて出入り口に向け歩き出した。


「どこに行くんだ?」

「新しい城下街の施設を紹介しよう」

「デートかな。マジュマロンはさすがに流通してないだろう?」

「ヘカトレイルで一緒に食べた菓子か。奇遇にも狼月都市にも売っていたと聞いた」

「そうだよ、ロロや皆が全部たべちゃったからごめん」

「はは、べつにいい。さすがにあのような菓子ではない」


 そのまま屋敷から出る。

 黒豹ロロと黒豹のエブエもついてきた。


 歩きながら……。

 俺の家と訓練場にルシヴァルの紋章樹と……。


 魂の黄金道が続く小山を見て、


「あそこは昔のままだな」


 キッシュに指摘する。

 魔竜王によって破壊されたキッシュの一族たちの象徴……。


 『蜂たちの黄昏岩場』があった痕跡だ。


 夕陽が丁度よく痕跡を照らす……。


 そして、ルシヴァルの紋章樹の枝から垂れた……。

 微かな血の粒子たちが美しく夕陽と痕跡を輝かせた。


「……巨大な血の滴る紋章樹のお陰で、だいぶ景観は変わったが……黄昏は変わらない……」


 血の黄昏か。

 しかし、こう見るとサイデイルは……。

 

 もう城だな。

 

 そして、前にも思ったが……。


 俺の家とルシヴァルの紋章樹がある山は天守閣に見える。


 足下の黒豹ロロとエブエも見上げていた。


 ダブルな黒豹だ。

 なんか嬉しい。

 相棒はそんな俺の気持ちを理解しているのか、分からないが、片手を甘噛みしてきた。


 エブエは荒い息で本当の獣のように、息遣いでついてくる。


 そのまま獣使いの気分で、俺が作った大門を潜った。

 隘路のほうではなく、城の堀を彷彿とさせる山道を下りて城下街に向かった。

 

 坂の下に、街の出入り口が見えてくる。と、空にいる闇鯨ロターゼが見えた。

 相変わらずの黒光りした巨大潜水空母だ。

 後部のほうから、小さい粒の塊が放屁として噴出。

 現実にドット的な模様が存在とか、魔力の塊と分かるが不思議なオナラだ。

 そのオナラを行うロターゼは、サイデイルを空から守るための警邏活動中だったようだ。ロターゼは巨大な鯨の体格を活かすように――。

 

 俺たちを踏み潰す勢いで下降してくる。

 

 そんなロターゼの上に紅虎の嵐の面々が乗っていた。

 地面に震動を起こしつつ着地したロターゼ。

 紅虎の嵐の面々は、そのロターゼから跳躍して、着地。


「「――シュウヤ!」」

「シュウヤさん!」

「おぉ~シュウヤだ」

「よぉ~、主よ! キサラはどうした~」


 最初はサラが俺の胸元に飛びついてきた。

 フライングボディプレスを味わう。

 ドッとした衝撃が伴うほどの勢いだったが、サラの体重は軽い。

 サラは細い両手を俺の首裏に回した。


 ベリーズとルシェルたちもサラに遅れて左右の腕を抱いてくる。

 ブッチ氏も俺に抱きつく勢いだったが「ンン――」と鳴いた黒豹ロロの触手に動きを止められていた。さすがは相棒だ。ナイス。

 野郎の抱擁はキャンセルしたいからな。


 そんなロロディーヌは紅虎の嵐たちの抱擁に混ざったようだ。


「ふふ、ロロちゃんの感触はひさしぶりね」

「はい、昔を思い出します」


 紅虎の嵐たちの美しい足たちに頬を擦りつけているのかな。

 一心不乱に匂いつけの作業か、甘えているようだ。

 

 そして、ブッチ氏は横にいた黒豹のエブエを睨む。

 キッシュも当然、俺の様子を見て機嫌が悪くなった。

 が、紅虎の嵐たちの気持ちも分かるのか……。

 キッシュは蜂マークのある頬を掻いてから、城下街の門柱に背中を預けて待っていた。

 そんなキッシュは視線を横に逸らし、片足の先端で地面をトントンと、つつく。


 サラのマフラーの感触やら、おっぱいの感触をじかに味わいながらも、そんなキッシュの姿を見ると……駅で彼氏を待って暇そうにしている彼女のような姿に見えてくる。


 しかし、抱っこ状態のサラの体は軽いなぁ。

 と、サラのお尻さんを触ってしまった。一瞬、びくっと身体を震わせるサラは、


「……シュウヤ、寂しかった」

 

 俺の胸に頭部を預けてくるサラの紅色の髪は変わらない。

 

 ネコ耳がスコティッシュホールドの猫のように凹む。と、猫の耳の内側までが真っ赤に染まる……可愛いな。


「隊長ばかり、こちらを見てください」

「ルシェル、額のサークレットが綺麗だな」


 ルシェルは体をビクッと揺らして瞳を揺らす。


「……間近で、もう、シュウヤさん♪」

「シュウヤ君? マフォンちゃんを忘れないでよ?」

「忘れるわけがないだろう」


 と、ベリーズの長耳から金髪に美しい瞳を見て……、

 腕に感じる圧迫感を楽しむ。


「……うん。できれば、二人だけで、け・ん・ぞ・くのお話をしよっか」


 べリーズはおっぱいを腕に押しつけながら、熱い吐息を耳に吹きかけてきた。

 耳と耳朶と脳が……とろけるぞ、と、俺の腕がヤヴァイ。

 爆乳さんに挟まれて幸せな四面楚歌状態だ。


 と、対抗意識を出したルシェルも俺の片腕を引っ張り胸元に押し当てながら、


「――わたしも一緒ですからね! 期待しています」


 意外に胸があるルシェルだ。

 彼女の優れた光の魔法のことを聞きたいところでもある。

 魔竜王でさえ動きを止めた、あの魔法は凄かった。

 

「二人とも何を言ってる! 眷属化はわたしが先だ!」


 サラはそう発言しながら俺の首に回していた両手を離した。

 足を地面に下ろしつつ、ベリーズとルシェルの肩を掴む。


「えぇー隊長は一足先にシュウヤさんと結ばれたでしょう」

「それはそれ、これはこれだ!」

「だめよ~。友情より愛。もう隊長に負けられないから」

 

 と、ルシェルとベリーズは目配せすると、同時に動く。

 俺の両頬に彼女たちはキスをしてきた。


 その直後――。

 興奮したサラの気配を阿吽の呼吸で察知したベリーズとルシェル。


 笑いながら素早く身を翻す。

 サラから逃げた。

 

 サラは二人を追い掛けていく。


「サラたち、わたしたちは先に逸品居で酒を飲んでいるぞ!」


 と、キッシュが発言。


「はーい、司令長官殿~」

「後でね~」

「ブッチの機嫌も直さないと」


 紅虎の嵐たちはブッチとミエさんのことについて話をしながら、俺たちの後からついてくる。

 エブエは気にしていない、と思うが、黒豹だから分からない。


 俺は黙っていたロターゼに向け、


「ロターゼ、キサラは四天魔女として仕事をがんばったぞ。ジュカさんという十七人の高手を救うことができた」

「なんだと、黒魔女教団の生き残りも捕まっていたのかよ」

「しかもメイド兵の一人だった」

「……白色の貴婦人とやらは、ちゃんとぶっ殺したんだろうな?」

「ロターゼ、愚問だな」

「ならいい、キサラに、お前の救世主は女を連れているぞと告げ口してやろうと思ったが。やめとこう」

「……で、キサラと離れても平気なのか?」

「寂しいが、ガキじゃねぇ。それに、俺様も協力したこのサイデイルは餌も豊富でネームスが面白いから好きなんだ」


 その直後、キッシュは俺の手を掴むと、ロターゼに向け、


「ロターゼ殿、シュウヤには女がたくさん居る。キサラに告げ口したところで、意味はない。その巨大な面に穴ができるだけだ」

「けっ、整備を手伝ってやってる俺様にいう言葉かよ!」

「あ、手伝ってもらっていることには感謝している。ロターゼ殿済まなかった」

「ふん、わかっているのならいい――」


 ロターゼは照れるような仕草を取ると逃げるように飛翔して離れていった。

 

 キッシュは唇を尖らせるような表情を浮かべながら歩く。

 そのまま、俺の掌を強引に広げて指と指を重ねて、手を握ってくる。

 同時に眷属としての力を手に込めてぎゅっと俺の手を握ってきた……。

 キッシュは嫉妬しているのか、少し怒っていた。


 黒豹ロロもついてくる。


 街道を歩いて城下街にできたばかりの酒場〝逸品居〟に到着。

 ネーミングは軍師のような発言が多いトン爺。

 その逸品居の出入り口は、まだ簡素な木組みが目立つ。


 が、中は広々とした食堂があった。


 中央の奥に布で仕切られた厨房が見えている。


 左は、これまた布で仕切られた大小様々な個別の部屋も用意されていた。

 

 そこの一室に俺たちは進む。


「よぅ~司令長官殿!」

「ムベドの親父殿も楽しんでいたか」


 赤髪ドワーフのおっさんだ。

 鼻がイチゴーンなほうだ。


「おうよ、商売も大事だが、ここの酒は格別だからな」


 と、ムベドが飲んでいるお猪口を掲げる。

 揺れる酒を見ると魔力が内包した蜂蜜酒と分かった。


「うん、楽しんでくれると嬉しい。では」


 そうキッシュが発言。

 ブッチはムベドと一緒に飲むらしく席に座っている。

 俺たちはムベドの親父に挨拶してから皆と奥の間に向かった。

 

 あの酒って、果樹園製か?

 厨房に視線を向けた。

 ん? と、思わず二度見する。

 厨房で働く中にトン爺とスゥさんに亜神夫婦の姿があった。

 軍師のような存在のトン爺は料理も鉄人だから分かるが、なんで、キゼレグと小さいゴルゴンチュラが働いているんだ。

 

 俺が視線を向けると……。

 イケメンのキゼレグは指先に銀色の綺麗な花を生やしつつお辞儀をしてくれた。

 もう片方の手にはフライパンが握られている。

 姿はエプロン姿だし、なんかな。

 小さい妖精を思わせるゴルゴンチュラは両手に瓶を抱えて傾けている。

 胡椒のようなクルックの実が詰まっている瓶か。

 キゼレグが持つフライパンの調理している素材にその香辛料を振りかけていた。

 

 すぐ近くの椅子に座っているシェイルの姿もある。

 囓ったリンゴを持っていた。

 俺の姿には気付いていないようだ。

 彼女の治療に東の方に向かいたいところだが……。

 すまないな。

 と、謝りつつキゼレグに片手を上げ挨拶しながらキッシュたちと逸品居の酒場を進む。

 

 黒豹ロロとエブエはシェイルの座っている場所に向かう。 

 黒豹たちはシェイルに話しかけているようだ。


 すると、キッシュが足を止める。

 左の奥だ。

 風通しが良いから布が風に揺れていた。


「ここだ」


 と、キッシュは大きな布仕切りを捲った。

 そこの部屋は、大きな掘り炬燵のような机と椅子がある。


 しかも、その席では、モガ&ネームスが酒を飲んでいた。

 机の上には野菜とフルーツの前菜料理が置かれてある。


「わたしはネームス!」

「お、シュウヤじゃねぇか!」

「モガ&ネームスじゃないか、休憩中だったか」

「おうよ。ここの酒はネームスも飲めるからな!」


 そう語るように、鋼木巨人のネームスは巨大な丸い器に入った酒をごくごくと飲んでいく。

 途中の喉らしき部分で酒が盛大にこぼれたが、すぐに身体の中へと染み入るように消えた。

 そう言えばモガ&ネームスと仲良くなった時は、ペルネーテの迷宮だからな。

 

 二人は黒の甘露水をたくさん採っていた。

 すると、ネームスの肩に住んでいる鳥たちが――。


 ネームスが酒を飲む度に飛翔。

 天井の梁に移動していった。


「わたし、は、ネームス」

「気に入ったようだな。ネームス。いや、楓さんか」


 と、肩の文字を指摘する。


「……わ、た、し、は、ネームス!」


 ネームスはそう喋りながら、持っていた巨大な丸い器を机に置く。

 そして、クリスタルの双眸を向けてジッと俺のことを見つめてきた。


「ネームス、豪快に酒をこぼしているが、と、足先からも吸えるのか」


 と、キッシュが指摘。

 続けて、キッシュは、


「さ、シュウヤと皆、座ってくれ、皆で楽しもう」


 そう発言すると、「トン爺ーキゼレグ料理長! とっておきの料理を頼む!」


 と、キッシュは厨房のトン爺たちに料理を持ってくるように頼んでいた。

 

 亜神が料理長かい! 

 とツッコミを入れたかったが、我慢した。


 席に座ると、


「シュウヤよ、銀毛のねーちゃんはどうした?」

「ハイグリアなら、ヒヨリミ様という……」


 俺は酒を飲みながら……。

 これまでの経緯を説明していった。

 そんな説明にがんばっている俺を巡り、紅虎の嵐たち&キッシュが席を奪い合う。 

 順番に変わることになって落ち着くと、皆で和気藹々と酒を飲み合い語り合っていく。


 そして、キッシュの長耳のピアスがいいとか……。

 俺が指摘していくと、酒の力を得たキッシュがうっとりとして、俺の頬にキスを始めてきた。

 

 サラとルシェルにベリーズも頬を奪い合うと、女同士でふざけて頬にキスを始めていく。


「はは、ルシェルの頬ってすべすべね」

「うふふ」

「そう言う隊長もベリーズもぷるんぷるんですよ?」

「ここの果樹園は栄養が豊富ってことかしら――」


 と、隙をついたベリーズが俺の唇を強引に奪ってきた。

 俺も調に乗ってそのベリーズの柔らかい唇を堪能。


「てやんでぇ! モテ男め! んじゃ、ネームス行くぞ」

「わたしはネームス――」


 モガ&ネームスは席を立つ。


「悪いな、ネームス」

「わたしは……ネームス……」


 と、俺をクリスタルな双眸で見て、寂しげに語るネームス。

 しかし、ネームスは巨大。天井の梁に頭部がぶつかって酒場が振動してしまう。

 その際に、鳥たちが一斉にネームスの肩に戻っていく。


 本当にあの肩に巣があるようだ……面白い。

 そして、モガは去り際に、


「シュウヤよ。楽しい酒だった。モガ族の中でもこれほど楽しませる相手は、いないだろう! また飲んでくれるか?」

「おう。友である剣王様。タイミングが合えばな」


 ペンギンにそっくりなモガ。

 喋りは江戸前風の親父だが、可愛い生物だ。


「ふっ、嬉しいことを、分かっているじゃねぇか!」

「当たり前だ」

「……シュウヤ、俺たちはここに落ち着いたが、一応はイノセントアームズのメンバーだぞ? 地下に向かう際はついていくつもりだ」

「分かってるよ」

「よし、明日もプレモス窪地や水晶池で湧くモンスターを狩りつつ、サイデイル街の整備に協力だ。なぁ、ネームス」

「わたしはネームス!」


 と、腕を伸ばすと、布の仕切りがネームスの腕に引っ掛かり布が剥がれて天井の梁が傾いてしまった。


「ネームス! 亜神夫婦がいるから修理は簡単だが……何度壊せば済むんだ」


 モガが怒った。


「わたしはネームス……」

「ふむ。外に出るぞ。ネームス、本格的に動くのは外に出てからだ」

「わたしはネームス」

「んじゃな、シュウヤ」

「おう」


 と、宿の外に向かうモガ&ネームスのコンビ。

 俺はあのコンビが大好きだ。


 すると、頬に少し冷たい感触が、キッシュの指だった。

 振り向くと、指ツンを頬に喰らう。


「ふふ」


 微笑むキッシュに可愛い悪戯を受けた。

 俺はすぐにお返しだッと、そのキッシュの指を取りつつ、キッシュの唇を強引に奪う。


「あ、ずるい!」

「わたしも~」

「うふ、シュウヤさんの手って堅いわ……」


 サラとルシェルにベリーズも加わりつつ、酒を飲み合いつつのキス合戦となった。


「シュウヤはキス魔か!」

「……まぁ、キス向上委員会の会長職に就いているからな」

「なんだ、その〝キス向上委員会〟とは、シュウヤの語る〝おっぱい委員会〟と同じか?」


 強がっているサラがそんなことを聞いてくる。

 キスを強請るように俺の唇を見ていた。

 ――お望み通り、


「似たようなもんだ――」


 と、サラの唇を強引に奪った。

 そこから濃厚なイチャイチャタイムとなった。

 抱き合いながら一物を押さえられながら空中エッチ的なわけわかんないぐらいの勢いで……場所を俺の家に移す。


 激しい夜となった。キッシュは先にダウン。


「タフなシュウヤ……わたしは先に帰るぞ」

「おう」


 と言うよりは、遠慮したのか。

 先に帰ったキッシュ。


 俺はサラとベリーズとルシェルに腕を引っ張られた。


 寝台に倒された。

 またまた三人とえっちな夜を楽しんでいく。


 ムアーン、むっしゅ、むらむら、だだーん。ぼよよんぼよよんって違う。

 と、イイ感じの夜は続く。


 夜も半ばとなったところで休憩を挟む。

 そして、サラはブッチを呼びに外に出た。


 サナさん&ヒナさんの声は聞こえない。

 皆、空気を読んだようだ。

 

 そして、ブッチが到着。


「シュウヤの眷属か。隊長と皆は分かりますが……俺もいいんですね」

「いいんだよ。正直言えば男は遠慮したい。が、そんなもんは建前だ。ブッチとは一緒に戦った仲間。そして、俺は居場所ができた。だから、あの時は断ったが、皆を、紅虎の嵐を受け入れる」

「……」


 皆、微笑んで頷く。

 ブッチは動揺したように瞳を揺らしてから、片膝をつくと頭を下げる。


「いや、頭を垂れるのは必要ない。仲間として受け入れる」

「了解だ。シュウヤはシュウヤだな。分かった」

「ま、眷属と化したら、暫くは血の作用で俺に跪きたくなるとは思うが」

「今でも、そんな気分よ? 激しい夜だったし……」


 と、爆乳をタオルケット一枚で隠すベリーズさん。

 頬は斑に赤いし……妖艶さを醸し出すベリーズ・マフォンは魅力的で、視線に困るがな。ブッチは視線を逸らす。

 そんなブッチに、


「個人の成長と共に変わってくるだろう。とにかく男のルシヴァルの血を用いた眷属は珍しいんだからな? カルードぐらいだ」

「おう。シュウヤの一族に迎え入れて感謝している。こんな斧だけが取り柄の俺を……家族に……ありがとうシュウヤ」

「ブッチ……」


 皆、ブッチを見て涙ぐむ。


「今まで紅虎の嵐として活動してきたけど、これで、本当の家族になれるのよね」

「そうだ」

「うん、隊長とルシェルにブッチも、家族よ。そして、ルシヴァルの皆とキッシュの姉さんともね」


 サラとベリーズが優しみの込めた言葉だ。

 その言葉を聞いたルシェルは微笑む。

 

 神秘的な風貌のルシェルの微笑みは破壊力が高い。

 そのルシェルも涙ぐむと……。


「うん、そう、そうよね。これからずっと紅虎の嵐は一緒……」


 涙を流していくルシェル。


「シュウヤを冒険者クランに誘って、断られた時が懐かしい」

「隊長……」

「わたしも諦めないでよかった……ふふ」


 ベリーズはウィンクを繰り出す。

 爆乳さんがぽよよんと揺れているがな。

 

「それじゃこっちだ」


 二階の一室で紅虎の嵐たちの眷属化を開始だ。


「従者長でいいんだな?」


 ユイの父のカルード。

 ママニ、サザー、ビア、フーの血獣隊。

 オークのクエマ&ソロボ。

 そして、紅虎の嵐のサラ、ベリーズ、ルシェル、ブッチ。


 順調に<従者長>の大事な家族が増えていく。嬉しい。

 しかし、深い責任も感じる。


「……うん」

「お願い」

「わたしもお願いします……シュウヤさん」


 ルシェルの潤んだ瞳を見て頷く。

 複数同時の眷属化はやらない。


 前は失神してしまったからな。

 あのまま爆睡して神界に……セウロスに至る道を進んでいたらどうなっていたことか。


 神界セウロスに住まう美女天使たちが出迎えてくれただろうか。


 さて、冗談はほどほどに……まずはサラからだ……。


「おう、まずはサラからだ」


 <光魔の王笏>を発動。

 俺の全身から噴出した血は一瞬でルシヴァルの紋章樹を模った。

 

 巨大だったが、すぐに血の紋章樹は収縮。

 その直後、ルッシーがどこからともなく現れる。


「あるじ~しゅくふく~たーいむ!」


 そんな発言を繰り出すルッシー。

 ルッシーは血の団子を皆に投げつけていく。


 俺は構わず<光魔の王笏>意識した。

 ルシヴァルの血は、血の子宮となってサラを包む。


 彼女の鼓動が手に取るように分かる。ジッと俺を見てくるサラ。

 猫耳が若干、内側に凹んでしまっていた。ま、仕方がない。

 刹那、陰陽のような光を帯びた血の螺旋状の渦が、無数に血の子宮の中から生まれた。

 それらの血の渦が、サラを労るようにサラを囲う。が、労るのは最初だけだ。

 血の子宮ごと、サラの体を血の螺旋の渦が突き抜ける――。

 そんな血の群れをサラは眷属の証しを示すように取り込んだ。


 ルシヴァルの血を体内に取り込むサラの表情は痛々しいが、突如――

 

「んあぁン」


 と、彼女は興奮。すべての血を飲み込むと着地した。

 少しふらついたサラは意識がある。


 サラはルシヴァルの洗礼を受けきった。


 ……恍惚とした表情を浮かべていく、と、失神。

 

 すぐにフォローするように彼女を抱いた――。

 俺に抱かれたサラは、目を開けて微笑んだ。


 よし、また一人<従者長>の誕生だ。


「これがルシヴァルの力……わたしもシュウヤ様と呼ぶべき?」

「様はだめだ。シュウヤにしろ」


 と、真剣に語る。


「ァン! わ、分かりました。しゅうや、分かったから手を離して、感じやすくなってる……」

「すまん」


 と、手を離しつつ、ルシェルとベリーズを見る。

 ベリーズとルシェルもがんばらないとな。

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