五百四十一話 閃光のミレイヴァル


「ロロ、まずは形から入る」


 相棒は触手を俺の耳と首に絡ませる。


「ンン、にゃ――」


 と鳴いて、俺の頭部の上に乗ってきた。その間に右肩の竜頭金属甲ハルホンクを意識――魔竜王の蒼眼が煌めくと、衣服が竜の口の中へと一気に吸い込まれた。素っ裸状態だ。直ぐにスースと風を感じる股間にモザイク、もとい、右肩の竜の口から防具服の素材が全身に吐き出された。新しい防護服を装着だ。胸の上部だけ開閉が可能な釦付きのシャツ! 相棒にドヤ顔を決める。ジュカさんのような黒インナーを生かすパンクファッションをイメージした。

 シャツといってもヘビーオンズの厚さのある半袖。

 袖と裾に脇と胸の銀色の植物の蔦と葉のデザインを施した。

 金具とポケットも用意、ポケットの中にホルカーの欠片とキストリン爺の紙片があるはず。

 相棒は「にゃ」と鳴いて新しい衣服の感触を確かめるように肩ぽんをしてきた。


 肉球の感触は柔らかい。


「ロロ。鏡のアイテムを調べて起動する前に、この閃光のミレイヴァルに挑戦しよう!」

「にゃお~」

 と片足を上げて、やる気を示す黒猫ロロ

 直ぐに悪戯心が宿ったのか、先端がボクサーと化した触手で俺の耳朶を叩く黒猫ロロさんだ。耳朶がパンチングマシンとなったが我慢。

 さて、閃光のミレイヴァルの召喚では、まだ何が起きるか分からない。

 ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡をアイテムボックスに仕舞う。

 そして、閃光のミレイヴァルを見た。キズユル爺は……。


『名は閃光のミレイヴァル。神話ミソロジー級ですじゃ! 暴神ローグンを突き刺し、神玉の灯りを促した別名〝古の英雄ミレイヴァル〟を不完全ながらも召喚できるとありますじゃ……恐れ入る……わしもこの手の物は初めてじゃぞ……ただ、条件に暴神ローグンの一部と使い手の多大な魔力、その使い手に槍系戦闘職業と魔法戦闘職業の上位が必須とのことじゃ』


 と鑑定してくれた。


 小さい金属杭の後部と繋がる銀チェーンに重りのようにぶら下がる十字架。

 この十字架は〝光神ルロディス〟か〝神聖教会〟関係かな。

 朱色と銀色のゼブラ模様の小さい金属杭のほうは〝槍〟を意味すると分かる。

 ボールペンと似ている。柄頭と銀チェーンにも魔力が詰まっていた。

 無魔の手袋と夢追い袋を懐にしまってから、その閃光のミレイヴァルを素手で掴む。

 掌で回転、指で挟んでペンマジックを実行――。

 指の間で金属製の杭を回転させていく――この金属製の杭は軽くて硬い。

 ん? 表面に掠れた魔法の文字があるな……ミレイヴァルをここにルナ・ディーヴァ……。

 後は読めないや、その文字を指でなぞる。


「ンン」


 相棒は喉声を鳴らしつつ頭部を突き出す。金属杭の臭いでも気になるのか、ピンク色の小鼻をふがふがと動かす。その、やや興奮した黒猫ロロさんは閃光のミレイヴァルに肉球アタックをしようと前足を伸ばした。


 日向の臭いを擦りつけ『わたしの物にゃ~』とアピールしたいのかもしれない。


「ロロ、悪戯の肉球アタックはお預けだ」

「ンン」

「これに魔力を送る。何が起こるか不明だから、一応用心な」

「にゃ」


 相棒の声と肉球アタックを耳朶に感じたところで――手元のアイテムを見ながら、


『古の英雄ミレイヴァルさん! こい!』


 その英雄へと呼びかけるように金属杭へと魔力を注いだ瞬間――。


 小さい金属杭が光る。

 銀色のチェーンと繋がる十字架にも仄かな光が宿り、動く。

 十字架はするすると手首を這い上がり、アイテムボックスの腕環を越え二の腕に絡みつく。


 十字架の先端が腕に食い込んできた。


 ――痛い。

 光魔ルシヴァルな俺だが……。

 肌は人の肌と変わらないからな。

 鋼か岩石の皮膚を得て見た目が岩石になるのは勘弁だからこれはこれでいいんだが。

 そのうち、因子系のスキルを得て変身とか可能になるかもだが、二の腕の筋肉に食い込む十字架は俺の魔力をチューチューと吸いながら魔力を光線のように出しつつ、その魔力を用いて赤色の小さい十字架の紋様を俺の皮膚に刻む。


 痛みはない。


 すると、


 ※エクストラスキル多重連鎖確認※

 ※エクストラスキル<光の授印>の派生スキル条件が満たされました※

 ※エクストラスキル<ルシヴァルの紋章樹>の派生スキル条件が満たされました※

 ※<霊珠魔印>※恒久スキル獲得※


 ――光系のマークか。

 赤色の十字架を二の腕に作った金属の十字架は、俺の腕から離れて眼前に迫った。


 十字架はコブラが獲物を狙うように、俺の目の前で漂う。


 俺を攻撃するような意思はないと分かるが……。

 少し怖い――と思ったところで、その十字架から天道虫が現れた。


 天道虫は七色に輝きを発しながら宙を漂う。

 しかし、下の十字架が。俄に持ち上がる。

 天道虫とその十字架が重なると、眩しい一条の光が発生し、俺の額に、その光がくる。


 避けようのない速度だ。

 頭部に得体の知れないモノが刺さったような感触を得た刹那――。


『――素晴らしい魔力の持ち主。光に憧れ、光を得た魔人ダモアヌンの再来のように……』


 と脳裏に思念の言葉が響く。


『なんだ? 俺はダモアヌンじゃない』


 刺さった光に向け思念を飛ばす。

 この十字架に宿るモノが、ミレイヴァルさんか?


『……え? わたしと同調コンタクトが取れる?』

『あなたはミレイヴァルさんではなく、十字架に宿る方なのですか?』

『昔は精霊でした。でも……わたしはもう微かな光の眷属ですらない。それなのに、貴方は、わたしと通じ合える存在。どういうことでしょう』


 と、不思議がる金属の十字架に宿る元精霊さん。

 微かな光の眷属ですらない存在か。


『……名はあるのでしょうか』

『勿論、あります』

『教えてください』

『はい、ルナ・ディーヴァ。別名〝輝けるモノ〟です』

『ルナ・ディーヴァさんは、もう力を失くしたのですか?』

『はい。かつては光の精霊フォルトナ様の眷属につらなる一人でした。それで、貴方はどのような力で、今、力を失っているわたしと接触ができたのでしょうか』

『……エクストラスキルの<光の授印>があるからでしょうか。それと、今、十字架から受けた光で<霊珠魔印>とやらを獲得した効果かと』


 と、無難に返す。


『なるほど、神印を持つ聖者の方でしたか。納得です。しかし、時空属性と魔界に関わる者の臭いを持つ方とは、意外です』


 まぁ、俺を調べればそうなるか。

 ダモアヌンだと砂漠地方のほうか?

 黒魔女教団の武人でもある魔人ダモアヌン。

 彼か、彼女か不明なダモアヌン。


 キサラたち黒魔女教団が俺を救世主と呼ぶように、ダモアヌンもまた俺と同じような光属性を持った槍使いだったようだな。


 そう考えてから十字架に宿るモノへと思念を飛ばす。


『ルナ・ディーヴァ様。ミレイヴァルとの関係を詳しく教えてください』

『……愛しい友です』


 愛しい友か。

 ごく短い言葉だが……凄まじい過去が秘められていると分かる。

 鑑定の文言にはなかったが、鑑定を弾くほどの深いものか。


 同時にゼレナードが使うことを断念せざるを得ない理由もありそうだ。


『ルナ・ディーヴァ様の愛しい友ミレイヴァルさんが、どうして、閃光のミレイヴァルという名の神話ミソロジー級のアイテムとなっていたのか、その解放の条件に暴神ローグンの素材が必要なのか。その理由をお聞かせくださいますか?』

『答えることは可能ですが……』

『言いにくいことでも?』

『わたしはもう命が、意識を保っていられる時間が短いのです。今は、この十字架に宿る、しがない微かな精霊……でしかないのですから……ですので神話ミソロジー級……と呼ばれていることも、どれくらいの時が過ぎ去ったのかも……知り得ません。それでもよいのなら、できるかぎりお答えします』


 ヘルメのような存在か。

 湖に棲んでいた外れ精霊だったヘルメ。

 あの時、一日しか生きられないと聞いていた。

 じゃ、早速。


『お願いします』


 と、念話越しだが丁寧に頭を下げた。


『暴神ローグンを倒したミレイヴァル。しかし、倒した直後、仲間と弟子たちの一部に裏切りが起きて、背後から殺されたのです。わたしは……すぐにミレイヴァルが持っていたアイテム類を使用し<精霊・空間想オラムガル>を用いて、彼女を助けましたが……』


 裏切り上等、背後から串刺しか?

 〝ブルータスお前もか〟と信頼していた部下に裏切られたガイウス・ユリウス・カエサルこと、ジュリアスシーザーの名を思い出す。

 そのことは聞かずにスキルのことを聞く。


『<精霊・空間想オラムガル>とは……』

『古の精霊王ディーヴァに伝わるエクストラスキル。精霊としての力を最大限に使う転移技です。しかし、その際に暴神ローグンの一部もミレイヴァルに絡みついてしまいました……が、一部とはいえ、救うことはできた』


 絡みついたか。


『一部とはいえ、魂と身体を救う? 神のような御業だ』


 と、凄そうなスキルについて聞いた。


『……勿論。わたし単体では不可能でしょう。ミレイヴァルが持っていた光封印石フォルトナ・マジクシールズと古代ドワーフの老僧マセティノが作った聖魔魂の大釜とフォルトナ山の地下にある魔命鉱の数々の鉱石たちに、聖槍の力と光神ルロディス様のお導きがあったからこそ成功したのです。それでも、不遜ですが、可能性は低かったと思います』

『ミレイヴァルさんは、今でもその転移した先に?』

『はい、その転移先で、暴神ローグンの一部に捕らわれ身動きが取れないミレイヴァルの一部が居るはず』


 なら、無理に召喚は止して鏡を試すか。


『そうですか。では、ルナ様。俺はこれで』

『ま、待ってください、聖者様。嘗ては〝輝けるモノ〟と信仰を得ていたわたしも……もう残り僅かの命。すぐにでも消えてしまいます……わたしが消えたら、ミレイヴァルも完全に消えてしまう……だから、どうか彼女を救ってください、お願いします』


 救ってくださいか。リスクはあると思うが……。

 『情けは人の為ならず』という言葉もある。

 そう、巡り巡って俺やヘルメのためになるかもしれない。

 精霊さんだしな……輝けるモノとしての信仰ってことは、よほど力を持った精霊さんだったに違いない。


『わかりました。俺にできることなら協力します』


 と、率直に気持ちを伝えた。


『ありがとう……』

『元は、俺が召喚しようと魔力を注いだ結果。たまたま、あなたとコンタクトできたことも、何かの縁でしょう』

『……なんと清々しい方。ありがとうございます!』

『転移先に向かうにはどうしたら?』

『それが、暴神ローグンの身体が必要なのです……一部、欠片でもいいですが……』

『それなら持っています』

『なんと!? 偶然とはいえ、運命? いや、これは神々の運気を超えている巡り合わせ……やはり、あなたは光神ルロディス様の使者様では?』

『なんですかそれは、自由とおっぱいと猫が好きな水を愛する、ただの風来坊でエロな槍使いです』

『行雲流水な聖者様なのですね……あ、もしや【光ノ使徒】や【見守る者ウォッチャー】たちを統括する救世主!? <光韻>が求めると噂がある救世主なのですね、聖者様は!』


 ルナ・ディーヴァさん……。

 おっぱいとエロボケをあっさりとスルーするとは。

 スルースキルが高いのも困りものだ。

 しかし、救世主に聖者か、俺にはさっぱりだ。聖者を聞くと、否が応でも思い出す。

 アーカムネリス聖王国で拳をぶち当てた教会重騎士長のクルードとその取り巻きたちを。

 宗教国家ヘスリファートの軍人たち、使節団の代表者でもあるクルードは聖王国側でも重要な人物らしいから、まだ、生きているだろう。魔族との聖戦はまだまだ続いているだろうしな。

 冒険者たちが活躍するソール砦もある。そこでは『二剣の戦姫』が率いる一隊もまだ活躍していることだろう。

 段平系の両手剣を扱うマッチョな凄腕冒険者は凄かった。

 怪力無双で第一王女のシュアネ姫を助けているはず。

 あいつのほうがきっと救世主らしく人族のために魔族を倒しているだろうよ。


 第三王女のアウローラ姫はどうしているかなぁ。

 聖都でエルメスさんとクロエさんと一緒に過ごしているとは思うが。


 宮中晩餐会やら儀式とか公務で忙しいとは想像がつく。

 ロイヤルファミリーの権力争いとかもあると思うが……。

 あの性格の王女だ。内実は苦しんでいるかもしれない。

 桃色髪の美人姫さんの表情を思い出すと、会いたくなってきたが……。

 と、遠い北の国を思い出したところで、


『……いや、聖者じゃないから。聖者とか聖王とかあまりイイ記憶がないし、助けるの止めようかな~』

『分かりました……ミレイヴァルを助けるには、わたしと聖槍シャルマッハに魔力を注ぎ暴神ローグンの身体の一部に、聖槍シャルマッハを当てれば自動的に移動します』

『元の世界に戻ってこられる保証は?』

『暴神ローグンの一部を倒せば、すぐにあなたの世界に戻るはずです。<精霊・空間想オラムガル>とは仮初めの影世界のようなモノですから』

『精霊世界のことは分からないが、ヘルメの視界を知る者として理解はできる』


 ……箱船に乗った七福神系のヴェニューといい、あの神秘世界を体感して見ているからな。


『ありがとう。あ、あの最期にお名前を……』

『シュウヤ・カガリ』

『シュウヤ様……頼みます。このご恩は来世で……』


 と、その直後、十字架から光が失せた。

 ルナの思念も消える。

 チェーンごと、だらりと下がり、ただの十字架の飾りとして儚く揺れていく。


 ……本当に残り僅かな命だったようだ。


 しかし、赤い十字架マークの<霊珠魔印>は消えていない。

 精霊ルナ・ディーヴァは来世と語ったが……。

 俺にスキルをくれたようなもんだ。


 だから彼女の最期の願いを叶えてあげよう。


 と、暴神ローグンの魔皮膚を見た。

 欠片とはいえ、指で触れるのは見た目的に躊躇する。


 黄土色と紫色が混ざった魔皮膚。毒がありそうな皮膚だが……。

 と思いつつも、魔皮膚の表面に金属杭の先端を押し当て、その魔皮膚を貫く。

 金属杭は俺の魔力を吸うと、手から離れて回転を始めた。

 回転する金属杭に暴神ローグンの魔皮膚が近寄りながら巻き付いていく。


 巻き付いていない外側の魔皮膚は波打ち、たわみ、うずたかくなった。

 ――面白い。科学実験でも行ったような気分だ。

 続いて、回転している金属杭から白光が発生した。 

 金属杭に巻き付いていた魔皮膚が燃焼していく。


 その燃焼はテルミットのような閃光となって俺たちを包むと、視界が急展開。


 ――未知の半透明な空間に転移した。


 普段、肩にいる黒猫ロロがいない!

 不安を覚えたが、精神世界のようなモノとしての認識を強める。


 半透明だが地面の感触はある。

 しかも、地面の下で星屑のような様々な形をした欠片たちが地下の川を進む。

 木星の表面を間近で見ているような感覚に近いのか?

 しかも、どんぶらこと、桃のようなモノが流れていった。

 この下流にお爺さんとお婆さんが住んでいるのだろうか。

 不思議な光景だ。下は地面だと思うが……。

 と、周囲を確認。三百六十度が曖昧模糊の半透明世界となる。

 そんな感想を持った直後――視界がぶれる。

 転移をくり返すように一部分だけ山間に続く土の道が俺に迫ってきた。

 その場所に、ぐわらりと、いきなりワープ。

 視界が、不自然に横にぶれて鏡が反転したような、酔うような、千里の道を進んだような……。

 不可解な途方もない距離を移動したようにも感じた。

 そして、やはりヘルメとロロディーヌがいないと極端に心細い。

 『比目の魚』ではないが……。

 そんな目が一つしかない二匹並ばないと泳げない伝説上の魚が脳裏に浮かぶ。

 すると、一転して、視界は明瞭なモノとなった。一応、右目の横の金属素子に指を当てる。

 が、カレウドスコープは起動しない。やはり精神世界か。

 だとすると――右手に、魔槍杖バルドークを召喚、魔槍杖バルドークは普通に出た。

 <導想魔手>に聖槍アロステを召喚。これも大丈夫だ。


 その直後、女性の悲鳴が聞こえた。


 その悲鳴の場所を意識した途端、また視界が揺らぎ飛ぶ。

 ぐわりぐわりと揺れた先は……。


 また違う世界か?

 夕闇世界? いや、どこかの城門前だ。

 ――血の臭いが鼻を衝くように、戦場だった場所か。


 死屍累々、血の川が至るところにあった。

 まさに屍山血河の激戦地。

 その場所にモンスターが居た。

 黄土色と紫色の内臓群が盛り上がった歪な身体を持つヒトデのモンスター。

 そのヒトデの形をしたモンスターが黒髪の少女の身体に絡みついて、食べようとしている。


 あの黒髪の少女がミレイヴァルの精神か?


 ヒトデと似たモンスターは指向性のある奥義で仕留めてやろう。

 即座に左足を一歩前に出す。


 すると、俺の魔素の気配を感じ取ったのかヒトデのような内臓群が向きを変えてくる。


「――ウヌはだれぞ、この世界を構築した小娘精霊か!」


 リアルな歯がある口を持つのか。

 あれが暴神ローグンの残骸だろう。


 黒髪の少女は手に小さい十字架を持っていた。

 あれはルナ・ディーヴァが宿っていた十字架か?


 それで自分を守っているようだ。

 そのヒトデのような物体から、にゅるりと肉塊が二つ生み出された。


 二つの肉塊は一瞬で大柄な鬼のような怪物となる。

 大柄の鬼は額から頭頂部までツクシのような突起した角が複数個、生えていた。

 その妖怪めいたツクシ以外の前頭部は禿げ気味だ。

 だがしかし、後頭部には山のように黄土色に燃えている毛がぼうぼうと生えていた。


 炎を宿した眉毛は大きく横長。眉間の彫りは深く、双眸は力強い。

 鼻息がむんわりと臭そうで野獣感が溢れ出ている。

 しかも、燃えた眉毛と顎髭と耳毛が、頭部の外側へと繋がって両耳か頭部の横を守る頭蓋骨防具のシンメトリーを形成していた。

 アメフトのヘルメットのように頭部全体を守るような防具ではないが……。

 肩の上で、耳の横に出た人の頭蓋骨を生かしたアクセサリー風の防具だからな。


 毛と金具と人の頭蓋骨を生かした新種の面頬と言える?


 鼻も大きく赤鬼と形容できるぐらいに、見事な厳つさを持っている鬼モンスター。

 首には巨大な数珠をぶらさげて、見事に筋肉質な腹がドデンと前に出ている。

 両腕には蛇のように絡む魔縄と繋がる流星錘を垂らし持つ。

 武器は古代中国風だが、全体的に、ザ・鬼の横綱って感じだし。

 しこ名をつけるなら〝覇王道〟って感じか。大柄な怪物おっさんの一言で終わるか。

 そんなハンマーフレイル的な特殊武器を持った鬼モンスターが俺のほうに突進してきた。


 <導想魔手>が握る聖槍アロステを左手に移しながら構える。

 棍は根を為す。風槍流の構えから魔槍杖バルドークの穂先も差し向けた。

 左足と右足で大地と呼べない感触の土を蹴り前進――。

 右手に魔槍杖バルドーク。左手に聖槍アロステ。

 念のため<導想魔手>を布石とする。

 ――前進しながら<魔闘術>を全身に纏う。

 続けて、<血道第三・開門>――。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動した。

 即座に鬼モンスターこと、覇王道たちが槍圏内に入るが、敢えて、攻撃を待つ。

 阿寒湖のマリモを彷彿とさせる丸玉金属が迫る。

 ――これが、武器としての流星錘か。左右の丸いマリモ風の表面にある突起物はそれぞれ違うようだ――が、すべては見ない。屈みながら避け、右側頭部の上をマリモの丸玉が過ぎたところで、地面を踏む右足の爪先を意識し、体を駒のように横回転させながら覇王道の首へと魔槍杖バルドークの矛を吸い込ませた。更に体幹の筋肉を強く意識。覇王道の首が飛ぶ姿を視界の端に捉えながら<魔闘術>の配分を左と右の半身にタイミング良く移すように変えつつ、次の覇王道目掛け逆側へと急回転する<双豪閃>を発動――。爪先からキュッと音が響く。

 左から迫っていた流星錘と似たマリモ風の金属玉を魔槍杖バルドークで受け、上方へ弾きつつ横回転を維持し、覇王道の流星錘のマリモ風の金属玉を<双豪閃>の左手が持つ聖槍アロステの柄が捉えた。そのまま流星錘のマリモ風の金属玉を逆側へ送るように弾きながら覇王道の首へと聖槍アロステの十字矛が吸い込まれた。

 微かな光を帯びた十字矛が覇王道の横太い首を半分切断した。

 切断面がズレた覇王道の頭部はズレてぶらりと揺れる。

 そのズレた切断面からブシャーッと紫色の血が噴き出た。

 が、ここは精神世界――その紫色の血が俺に降り掛かることはなかった。

 二体の覇王道の死骸は塵のごとく消える。


「冥土があるかわからねぇが、じゃあな――」


 と、言い残して前傾姿勢を取る。

 全身に<血魔力>を纏いつつ血のオーラを発散させながら半透明な地面を蹴った。

 視界に黒髪の少女を再び攻撃しようとしていたヒトデ怪物の背中が映る。

 切り札の<脳脊魔速>も発動――右手の魔槍杖バルドークを強く意識する。

 丹田から爆発的に魔力を発生させた。

 魔力を喰らい咆哮する魔槍杖はカラカラと嗤う。『従え……』と反逆の意志がありそうな魔槍杖に気持ちを伝えながら紫色の柄を潰すように握りを強めると魔槍杖は咆哮を発した。


 俺に従うという意思が込められた咆哮だ。

 標的のヒトデらしきモンスターを睨みながら、その魔竜王の咆哮と俺は一体化した。

 ――<紅蓮嵐穿>を準備、視界は超特急――ぐんぐんと過ぎ去り前に進む――。

 瞬く間に、歪な黄土色と紫色の皮膚を持つヒトデが間近に迫った。

 こいつは先ほどの人型の鬼とは造形が異なる、まさに未知との遭遇系のクリーチャー。

 そのヒトデのモンスターの下で小さい身体を震わせている黒髪の少女を確認。

 <水神の呼び声>を発動し生活魔法の水を振り撒いた。

 <水流操作>で少女を囲いつつ少女を助けることを意識しながら――。


 水で黒髪の少女を囲う。

 ヘルメならもっと巧くできただろう。


 同時に、気色悪いヒトデモンスターの背中へと<紅蓮嵐穿>を繰り出す――。

 暴風魔力が吹き荒れる魔槍杖と一体化したような右手を前方に突き出した。

 濃密な闇と紫と紅の魔力嵐を纏う嵐雲の矛がヒトデを貫いた。

 蓮のような花の形をした衝撃波が周囲に広がった。


 ヒトデモンスターは爆発。

 内部から血肉のような物質たちを撒き散らす。

 更に、嵐雲の穂先から魔力嵐の渦を構成する魑魅魍魎の群れが出現し、ヒトデだった血肉めいた物質たちを、追い、捕らえ、喰らう。

 その魔力嵐の、髑髏模様の魔力オーラから血と紫の魔竜王の幻影が発生した。

 一瞬で闇の髑髏に噛まれていたイカの多脚に身の毛もよだつ魑魅魍魎群が互いを喰らい合いながらヒトデを食べ尽くす――。

 百鬼夜行を超えたような凄まじい魔力嵐は指向性のある動きで突き抜けていく。


 ――自分で使っておいてアレだが怖い。

 魔竜王槍流技術系統:魔槍奥義小。

 奥義小とはいえ、奥義に部類する魔槍技だ。


 水で黒髪の少女を守り、魔力嵐の方向をコントロールできているとはいえ、黒髪の少女が下に居るから、正直ひやひやもんだ。

 水で囲う黒髪の少女に被害はないと分かっているが……。


 少し心配。

 俺は不気味に見えて怖がるだろうと思い魔槍杖を即座に仕舞う。

 そして、神々しい聖槍アロステを肩において動きを止めた。


 夕方の世界が綺麗だ。

 綺麗な透き通る虹が空に出たのを視界の端に確認しながら……。


 黒髪の少女を見た。

 少女は驚愕の表情を浮かべていた。


 薄桃色の虹彩の中に、俺の姿と虹の架け橋が反射して映っている。


「大丈夫か?」

「うん、聖槍? 凄いお兄ちゃんはだれ?」

「槍使いだ」


 そう答えた後、紙切れのパズルが崩れるように黒髪の少女は消えていった。


 俺は<血魔力>と<魔闘術>を解除。

 その直後、視界が歪む。

 どこかへと引きずり込まれるように視界が反転しながらぐるぐると揺れた――。

 刹那、目の前に閃光――。


 眩しい世界に移り変わった。

 古代狼族の神域に戻ってきたと分かる。


 肩に可愛い体重を感じた。

 黒猫ロロ


「にゃ?」


 と、可愛い表情をすると黒猫ロロは俺の頬をペロッとしてきた。

 可愛い。


 しかし、見知らぬ土地を瞬間的に駆け抜けたな。

 数年のもの凄い旅でもしてきた気分だ……。


 右の壁に月狼環ノ槍が収まっている。

 それよりも、光が収まって、点に集約していく。

 すると、集約していた光が、ビッグバンでも起こすように爆発した。


 放射状に青白い粒を飛ばす。

 その飛んだ青白い粒は宙で波を打つ。


 波は行雲のように宙をくるくると回って渦を巻く。


 何か、俺が魔術を発動させたようにも思えてきた。

 まぁ召喚を試みているから実際にそうなのかもしれないが。

 それに、俺が立っている場所は魔法陣だからな。


 八角で鎮座する小さい狼像たちはとくに反応しない。

 今の光景を、他のやつが見たら、怪しいパンクファッションに身を包む若者が怪しい儀式か召喚でもしているように見えるかもしれない。


 すると、青白い積乱雲めいた青白い粒模様。

 青白い粒が作った渦のようなモノが、呼吸をするように、拡大し、縮小をくり返す。

 

 その渦のような青白い粒は、人を模り仕上げていく。


 ミレイヴァルさんだったら嬉しい。

 俺はルナの頼み通り、彼女を救えたのだろうか。


 そう思った直後、青白い粒は消える。

 そこには、黒髪の女性が立っていた。

 青白い銀光に縁取られた人族の女性。


 先ほどの少女の面影がある。

 どうやら精神世界で、彼女の魂を救えたようだ。


 彼女が閃光のミレイヴァルだろう。


 額を露出して、左右に流れて耳元をやや覗かせている長い黒髪。

 アシメに左は束感が強調されて右はタイト。

 細い眉で双眸は薄桃色。


 その薄紫にも見える双眸で、じっと、俺を見てくる。


 だが、光を宿していない。

 ……虚ろ? 彼女は立った状態だが……。


 肩を露出したノースリーブ。デコルテが魅力的。

 色白な肌がとても魅力的な人族の美人さんだ。

 黒色の魔力を内包したワンピースを着ている。

 巨乳ではないが、ほどよい大きさの胸を支えるような長い赤布。

 長い赤布は太股の表面を撫でるように足先にまで垂れている。 

 紐のような新種のブラジャーか。

 ほどよい双丘さんを支える、あの長い赤布は幸せな感覚を得ていることだろう。

 両手は細長い。右手は普通に槍を持つ。

 左手の甲には暴神ローグンの皮膚でも宿ってしまったのか……。

 紫色と黄土色の炎が灯っていた。が、悪質さ、先ほどの精神世界で感じた邪悪さはない。

 彼女が取り込んだ? と腰は細いし、スタイルがいい女性だな……。

 そのくびれた腰を強調するように銀色の金具とチェーンの細いベルトが綺麗だった。

 ベルトというか腰を二重に巻くネックレスにも見える。

 直ぐ下のお尻さんも、まずまずの大きさだ。

 右手が握る武器は銀色と朱色が混ざる槍。

 ダイヤモンドのような宝石も散りばめられている。

 柄の口金と螻蛄首は金属の網が幾重にも組み合わさった作り。

 網は綺麗で芸術性が高い溝の孔が幾つかある。

 しかし、穂先を支えるには金属強度が低そうに見えるが、孔には電子殻のような魔力が蠢いているから、意外に強度があるのかもしれない。その螻蛄首から伸びた三角錐は太く先端は鋭そうだ。小さいボールペンと少しだけ似ているが、造形は異なる。

 すると、女性の薄桃色と黒色の双眸に光が宿った。

 俺を見て驚いたように瞳孔が散大した彼女は視線を巡らせる。

 再び、驚いた表情を浮かべながら俺を見ては、


「――ここは何処だ? 暴神は何処に!! あぁぁ、神玉の灯りはどうなったのだ!!」


 共通語に近い言葉で、必死に大声をあげて叫ぶ。


「あの……」


 と、聞くと、


「お前が、お前が、暴神ローグンを倒したのか!?」


 地下神殿と呼ぶべき神狼ハーレイアの神域があった場所に彼女の必死な言葉が木霊していく。言葉は理解可能だ。先ほどの少女としての精神世界の記憶はないのか。

 手にしている銀と朱が綺麗な槍穂先を向けてきた。

 少しだけ古代のエルフ語に近いのかな。


「落ち着いてください。ここは戦場ではないですし、たぶん時代が違います。まずは初めまして。俺の名はシュウヤです。黒猫はロロディーヌ。俺が貴女を召喚しました」

「にゃ~」


 黒猫ロロが片足を上げて、美女に挨拶。

 黒髪の美女は黒猫ロロを見て、俺を見る。


「わたしを召喚? 時代が違う? この魔法陣の力を使った魔法召喚師か」

「戦闘職業は確かに魔法系も修めています。が、槍使いがメイン。下の魔法陣は関係がないです。二つの秘宝クラスのアイテムに俺の魔力を注ぎ、召喚を実行しました」

「そのようなことが……可能なようだな」


 彼女は訝しむ。周囲を見て俺を再び見て、無理に納得したような表情を浮かべている。


「はい。あなたの名はミレイヴァルさんですよね」

「そうだ」


 ミレイヴァルさんは頷く。


「ミレイヴァルさん。貴女を召喚したアイテムの名を聞きますか?」

「あぁ」


 小さく頷く黒髪美人。

 まずは、小さい金属杭からかな、といってももう消えて手元にないんだが……。


「消失した小さい金属杭と繋がる十字架だったアイテムと魔皮膚です。鑑定士キズユルによると、小さい金属杭と銀チェーンで繋がる十字架の名は閃光のミレイヴァル。もう一つの魔皮膚の名は、暴神ローグンの魔皮膚です」

「暴神ローグンの魔皮膚……ミレイヴァルはわたしの名だ……」

「アイテムの階級は貴女の時代と合わないかもしれませんが、鑑定士キズユル曰く、閃光のミレイヴァルは神話ミソロジー級のアイテムでした」


 と告げると、ミレイヴァルは一瞬、誇らしげな表情を浮かべる。


神話ミソロジー級のアイテムで通じる。が、わたしが神話ミソロジー級とは……え? わたしがアイテムなのか?」


 と、途中から動揺を示した。今、ルナの話を告げるか?

 少し迷うが……簡略的に言うか……。


「ルナが貴女を救ったようですね。ただ、不完全ながらの召喚と聞きましたから、またアイテムに戻ることもあるかもしれません」

「光精霊ルナか! そして、そのような感覚があるのもまた事実……」


 ミレイヴァルさんは片手の掌を見て語っていた。


「ミレイヴァルさんのアイテム化を促した物が、体内で同一化しているのか、あるいはスキルとしての能力が芽生えようとしているのか……」


 と語ると、ジッと俺の瞳を見つめてくるミレイヴァルさん。


「……ありえる。そ、その……」


 黒髪美人のミレイヴァルさんは頬を赤らめていく。

 まだ召喚したばかりだからな……動揺はするだろう。


「どうかしましたか?」

「うう、いや、なんでもない!」


 ハッとして急にそっぽを向く。機嫌を悪くしたか? しまったな。


「機嫌を損ねてしまったのならすみません、俺が召喚してしまったばかりに……」


 条件が揃っていたからと、できるからと、俺が召喚した事実は変わらない。

 救出したとはいえ、彼女は俺が助けた時の記憶もない。今は、意識を持つミレイヴァルさんを、無理やり身勝手に呼び出してしまった感覚のほうが強い。

 そのミレイヴァルさんは、


「いやあ、気、気にするな。その、損ねてなどいない、むしろ……」

「え?」


 と、チラッと俺を見てから視線を逸らす。

 あ、魅了の魔眼効果か。これは、あまり追及はしないほうがいいな。

 しかし、救えたことは事実か。ココッブルゥンドズゥ様に感謝だな。

 すると、清涼な風を感じた。黒猫ロロも鼻先を上げた。

 両目を瞑り、風の匂いでも嗅ぐように、その鼻をくんくんと上下に小刻みに動かす。


 気を取り直して、


「ミレイヴァルさん、話を続けても?」

「――うん、は、はい」


 と、勢いよく俺を見ては、また、視線を逸らし、また俺を恥ずかしそうに見る。

 その際におっぱいさんが微かに動くのを確認した。


 巨乳ってほどでもないが、なかなかの乳房と予想できる!

 と、いかん、おっぱい教として見てしまうが、我慢だ。


 すぐに視線を上げて、薄桃色の双眸を見る。

 神玉の灯りと暴神ローグンのことを気にしていたから、鑑定結果を教えてあげよう。

 殺された件は伏せておくか……。


「では、さきほどの話の続きです。鑑定の言葉を聞く限り〝神玉の灯り〟がどのようなモノか詳しくは知りませんが……神玉の灯りを促したのは貴女と聞かされた。魔皮膚を取り込んだようですし、暴神ローグンとやらも貴女が貫いて倒したはずですよ」


 と、キズユル爺から聞いたことをそのまま素直に告げた。

 俺の言葉を聞いたミレイヴァルさんは、安堵したように頬を緩ませる。

 唇の端を上げて笑顔を作った。


 笑窪がある美人さんだ。

 よかった。


「わたしが暴神ローグンを倒したようだな。あの時、このシャルマッハで彼奴の心臓を貫いたのだから当然か! そして、アイテムとなったわたしが神話ミソロジー級となったように【神玉の灯り】は潰えていない……ゼルビアの地も安息が訪れたのだな……善かった。本当に……」


 【神玉の灯り】とは何かの組織名か?


 ミレイヴァルさんは感慨深く沈黙。

 俺は自然と頷いた。

 そのミレイヴァルさんは目を瞑る。

 と、一雫の涙をこぼす。


 過去か……。

 その後、彼女は背中を……。


 俺は少し間をあけてから、ゼルビアの地について聞く。皇国なら聞いたことがあるが……。


「……暴神ローグンとは荒神や古の神でしょうか。そして、ゼルビアの地とはなんでしょう」


 と、聞いた。

 俺の問いを聞いたミレイヴァルさんは自身の左手を見て目を細めていた。

 そして、口を動かす。


「そうだ。神界、魔界か、分からぬほどの古い神々、一柱。暁の帝国の法力が宿ったラミエの神具を破壊し、各都市を襲った災厄級。そんな暴神ローグンを皆と協力して倒すことはできた。しかし、ゼルビアの地を知らぬのか? ここは遠い異国なのか……」

「ここは南マハハイム地方と呼ばれている土地です。マハハイム山脈の南ですね」

「ゴルディクス大砂漠を越えたマハハイム山脈の向こう側か。遠い……エイハブラ平原のゼルビアの地にあれほどの災害を引き起こした暴神ローグンを知らぬのも無理はないのか……」


 エイハブラ平原か、その名は聞いたことがある。

 ここから北西の方角だ。

 サジハリとバルミントが修業を行っている場所。


 そして、ダンジョンマスターのアケミさんと血骨騎士ミレイにソジュが居る場所。

 ミレイヴァルとミレイさんの名がかぶるのは偶然だろう。


 サジハリから聞いたゼルビア皇国と同じなら見た覚えがある。

 ……アフターバーナーを行うように空を駆け抜けていた際に見えた景色の中に、城下街があった。


 俺がルナとアイテムたちが作り上げた精神世界で見た、あの城と戦場跡はゼルビア皇国で起きた戦いかな。


「ゼルビア皇国なら知っています。遠い北西地方の地域ですね」

「皇国か。国としての名は変わったようだ……」


 ミレイヴァルさんは表情に影を落とす。

 この地域とゴルディクス大砂漠の過去はだいたい分かってきたが、正直、北西のことは分からない。


 彼女も気分を悪くしているようだし……。

 俺は話を切り替えようと、彼女が右手に持つ、銀色と朱色の槍を見ながら、


「……その槍の名は〝シャルマッハ〟と言うのですか?」

「そうだ。聖槍シャルマッハ。光の精霊フォルトナ様に導かれたのだ。標高が高いフォルトナ山脈にある寺院と、その山脈の地下寺院を巡る闇僧ガッジルルが率いる【魔王スエルハード会】との戦いに勝利し、サージロンの鋼球寺院を解放。そこで〝嘆きの法具〟を三日三晩叩き、鬼竜ペデルロッパを呼び寄せ……皆で協力して倒した際に手に入れた〝銀鋼の心臓〟と〝嘆きのシャルトール〟の神器から流れ出た朱魔法液を使い……あ、あれ? わ、わたしの仲間が作った? はずの聖槍シャルマッハだ。どういうわけか分からないが、詳細を思い出せない」


 記憶が飛んでいる?

 ん? 待てよ……。

 サージロンの鋼球寺院って、エヴァが持つサージロンの球と関係があったりする?


「サージロンの鋼球寺院とは……」

「光神ルロディス様と生命の神アロトシュ様を信奉する【サージロン会】だ。繰り返すが、黄金のルロディス像とアロトシュ像がある白髪の老ドワーフたちが密かに暮らしている秘境とされていた。そんな秘境を荒らす闇僧ガッジルルの手勢が、魔王スエルハードの復活にと、その秘境ごと土地を利用しようと占拠していたところをわたしたちが乗り込み老僧たちを解放したのだ。老僧マセティノたち古代ドワーフの生き残りもそれで数をさらに減らして各地に旅立ってしまったが……」


 へぇ。エヴァが聞いたら興味をいだくかもな。

 ……槍使いのことも少し聞くか。


「槍使いとお見受けしましたが、何か流派はあるのですか?」

「破迅槍流のミレイヴァルだ」


 破迅槍はじんそう流か。

 槍に関しての記憶はある程度あるということか。


「そうですか。俺も槍使いで風槍流という槍武術を主体にしています」

「ほぅ、魔法召喚師や召喚を得意とする魔術師というだけではないのか」

「はい。戦闘に特化した霊槍印瞑師という戦闘職業です。当然、種族は人族ではなく光魔ルシヴァル。光属性を持つ、ヴァンパイア系の新種、亜種と言えば話が早いでしょうか。そして、当然、眷属たちや家族たち、仲間たちが居ます」


 俺の言葉を聞いて、驚くミレイヴァルさんは聖槍シャルマッハを向けてくる。


「……吸血鬼の新種!? 光属性を持つが、魔族と同じ、眷属もちか!」

「はい、ですが、襲うことはありませんので、戦いたいのなら別ですが……」

「……本当なのか怪しい……」


 ま、当然か。<光の授印>と二の腕の<霊珠魔印>に気付いたら、納得するかもしれないが。

 危険かもしれないが、知っている記憶の部分を聞くか。


「今は俺の態度と言葉を信用してください。ミレイヴァルさんは、さきほど仲間と仰っていましたが……」

「……仲間か。そうなのだが……どういうことか覚えていない。いつも一緒に居た光の精霊ルナ・ディーヴァ。彼女のことは微かに覚えている。王子の顔も覚えている。王と王妃に貴族たち。更にわたしが破迅槍流の開祖として獲得した技と戦場の出来事はほぼ覚えているが……十字聖槍流に閃皇槍流の幾つかの技は忘れてしまった……破迅槍流の教え子たちの姿も思い出せない。切磋琢磨した仲間たちも、父と母に妹も……オカシイ……わたしは……」


 動揺したように顔を強張らせるミレイヴァルさん。


「……何もかもが曖昧だ。父と母の顔も……あぁ、微かに見えていたモノも消えていく。ど、どういう……光神ルロディス様と光精霊フォルトナ様……た、助けて、か、かみさま……こわい、あぁ…ァ…ァ……わ、わたしは、本当にミレイヴァルなのか? いや、分からない……わたしは、だれなのだ……アァァァァ……」


 彼女は慟哭し、手に持っていた聖槍を落としてしまう。

 自身の両手を見て、胸元の衣服を見て、両頬を手で押さえていく。


 ミレイヴァルさんの左手に宿っていた暴神ローグンの力と推測できる紫色と黄土色の炎は消えている。絶望を瞳に宿らせて俺を見たミレイヴァルさんは凄く苦しそうだ。助けてあげたい。

 薄桃色の虹彩は充血したように見えて黒い瞳は不安そうに散大し、縮小をくり返す。そのまま、俺の方に救いを求めるように、腕を伸ばして、その場に、尻餅をつくようにへたり込む。


 アイデンティティの崩壊?


 不完全ながら召喚とは、このことか……。

 召喚できるアイテムで条件が揃っていたとはいえ、俺が強引に呼び出したせいでもある……。


 なんか非常に気まずい……。 

 その瞬間、黒猫ロロが肩から跳躍。下の魔法陣に着地する。

 その神狼ハーレイア様と関係のある魔法陣に肉球マークの波紋を作りながらトコトコと優雅に歩く。

 ミレイヴァルさんに近寄っていくロロディーヌ。

 動揺し泣いている彼女の足下に移動した相棒。小さい頭をミレイヴァルの膝に当て胴体も寄せた。ミレイヴァルさんの膝から脹ら脛に頬と体を優しく当てるように擦っていく。足を一周してからまた、ミレイヴァルさんの右足に頬を当てて頭部を一心不乱に前後させる黒猫ロロさん。

 すると、ミレイヴァルさんの左足にトコトコと移動し、長い尻尾を脹ら脛の裏に当てながらミレイヴァルさんを見上げている。


「にゃ」


 と鳴いて挨拶をした。

 ゴロゴロと喉の音を立てていく。黒猫ロロの癒やしの鳴き声だ。

 泣いていた黒髪のミレイヴァルさんは自らの頬から手を離した。

 見上げてきた黒猫ロロを凝視すると微笑む。


「心配してくれているのか? 黒猫よ……」


 と相棒に語りかける黒髪の美女。

 黒猫ロロはその言葉に同意するように首下から触手を伸ばす。

 ミレイヴァルさんの頬に触手を当てた。先端がお豆の形の触手さんでミレイヴァルさんを労っていく。神獣としての気持ちも伝えているんだろう。


「……なんという暖かい心だろうか。ありがとう。暖かい心を伝えることのできる癒やしの黒猫。いや、黒き神獣か……」


 俺も近寄っていく。

 片膝で地面を突きながら、ミレイヴァルさんに手を伸ばした。


「ミレイヴァルさん、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。ありがとう――」


 と俺の手を、右手で掴むミレイヴァルさん。

 その直後、彼女の右手の甲に魔印か授印のような十字の紋様が浮かぶ。

 俺の二の腕の<霊珠魔印>と似ている。

 胸の<光の授印>と形が異なり小さいが十字架系のマークだ。

 魔力が、そのミレイヴァルさんの十字架系マークに吸い込まれる――。

 俺の胸も光を帯びた途端に衣服を意識したわけではないが、ハルホンクの防護服の胸の衣装が開いて胸が露出した、これはあれか万国共通運動を行うタイミングか! 乳首さんがこんにちは! と胸筋を動かす、ではなく<光の授印>の十字架のマークが強く輝いた――。

 多分、レベッカがいたら華麗なツッコミが来たことだろう。

 俺の頭部からスコーンッと乾いた音を響かせるような愛のツッコミが。

 その代わりに、


「にゃ~」


 と相棒の声が来た。

 レベッカの代わりに小さい触手を使ったツッコミを期待した……が、来なかった。しかし、なぜか俺の乳首を肉球でツンツクしてくる触手が来た。

 ではなく光を帯びた<光の授印>を触っていた。と自分の乳首を、否、<光の授印>をよく見たら絵柄が前と違う。鎖が絡んでいるのは前と同じだが、ルシヴァルの紋章樹らしきモノも背景に描かれている。

 そして、ミレイヴァルさんは今日一番、カッと目を見開いていた。

 虹彩の薄桃色が濃くなって吸血鬼ヴァンパイアのように血走っているようにも見える。


「……そ、それは聖者の神印!? なんたることか!」


 その驚きの言葉を助長するように胸の<光の授印>マークから宙に向け光十字が浮かんだ。浮かんだ光十字はミレイヴァルさんの手の甲に誘導されるように向かう。ミレイヴァルの十字架のマークと俺の光十字が合体。


「……あっ」


 と微かに色っぽい声を上げたミレイヴァルさん。

 光十字と十字架は人が寄り添うように優しげに重なり合う。

 俺の胸だけでなく、二の腕の<霊珠魔印>も赤く輝きを発している。

 ミレイヴァルさんの手の甲に重なる十字架も、俺の二の腕の<霊珠魔印>と連動して輝いた。一方、俺の胸の<光の授印>から繋がる光十字は、まだ、そのミレイヴァルさんの十字架と重なったままだ。すると、ミレイヴァルさんの双眸に光十字が浮かび盲目のアメリの幻影が浮かんだ。しかし、一瞬で、そのアメリの姿は消えた。

 アメリがどうして、ペルネーテに居るはずだが……。

 同時にミレイヴァルさんの体が煌めいた。


 ※エクストラスキル連鎖確認※

 ※エクストラスキル<光の授印>の派生スキル条件が満たされました※

 ※ピコーン※<光神の導き>恒久スキル獲得※

 ※<召喚霊珠装・聖ミレイヴァル>スキル獲得※ 


 おぉ、スキルをゲット。

 <光の授印>から出ていた光十字は消えている。

 すると、俺を見ていたミレイヴァルさんは、ハッとしたような表情を浮かべた。


「……あ、あぁ……」


 唐突に薄桃色の双眸から涙を流し始める。

 どうしたんだ。


「えっと、ミレイヴァルさん?」

「……わ、わたしを助けてくれた……槍使いのお兄ちゃん?」

「思い出したのか」

「……」


 首を縦に動かして頷くミレイヴァルさん。そのミレイヴァルさんは泣きながら俺との間合いを詰めて片膝で地面を突く。


「……頭をあげてください」

「いえ、先ほどまでの態度をお許しください……お兄、いや、陛下」

「いや、別に気にしていないが……ってなんで陛下?」

「……ありがたき幸せ……わたしを救ってくださったお兄ちゃん。そして、新しい<霊珠魔印>の契約主となった方が陛下だからです」

「陛下か、俺はシュウヤがいいな……」

「では、マスターと……」

「できれば、シュウヤがいいんだが、無理なら好きなように呼んでいいよ」

「では、陛下。<霊珠魔印>を使用して、わたしをアイテムに戻す前に、お願いがございます」


 願いか。なんだろう。国があった場所を見たいとか?


「……願いとは?」

「誓いの申し出をお願いしたいのです」


 アレか……流れに乗るか。

 右手に魔槍杖バルドークと左手に神槍ガンジスを出現させた。

 そして、<導想魔手>で血魔剣を抜いた。


「……いいぞ」


 ミレイヴァルは血魔剣を見て表情を強張らせる。

 が、俺の双眸を見て微笑むように頬を弛緩させた。

 ミレイヴァルは肩で息を吸い吐き、深呼吸をしてから、らぎを得たかのような『信頼をしています』といった表情を浮かべる。


 ミレイヴァルの薄桃色の虹彩と薄い黒色の瞳を見てから頷いた。


「……では、このゼルビア王国所属破迅団団長ミレイヴァル。今から陛下の盾と槍となり、命を捧げることを、古今の神界の神々セウロスホストにかけて誓います」


 胸元に手を当てるミレイヴァルさん。

 彼女の肩に神槍ガンジスを置く。ロロディーヌも触手を彼女の肩に置いた。


「いいだろう。俺も誓おう。いかなる時もミレイヴァルに居場所を与え名誉を汚すような奉仕を求めることもしない。そして、自由の精神と笑いの精神を大事にする。これを、この神槍ガンジスと水神アクレシス様にかけて誓おう」

「イエス・ユア・マジェスティ――」

「にゃおぉぉぉ」


 シュヘリアやデルハウトと重なったが……。

 これで新しい仲間というか眷属の誕生だ。

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