五百三十七話 ヴィーネの過去

 

 ここはロロリッザ王国、【タシュタムの滝】。

 生命の神アロトシュ様を信仰する高命僧ドミナシュのバランが修行しドミナシュ会を立ち上げた場所として有名だ。


 今も巨大な崖を削り作られたアロトシュ様の神像が滝の水を頭から浴びていた。

 足下の窪みに長い年月を掛けて形成された大きな泉もある。


 その窪んだ足下の泉を〝アロトシュの足湯〟と呼ぶ。

 温泉も湧くことから〝アロトシュ神の足癒やし〟と呼ばれ一般の人々からも人気を博する場所でもあった。


 そして、その泉の奥の崖下には、ドミナシュ会の連中が屯している洞穴もあった。

 水気が多い高台から、そんな滝と神像を眺めていると、

 背後から、


「ヴィーネ、お前さんのような優秀なダークエルフが、何故、奴隷になろうとする」


 そう聞いてくるマグルの奴隷商人。

 名はサーチ。

 風で靡く邪魔な髪を流しながら振り向く。


「そのほうが都合がいいのだ。南方の宗教国家ヘスリファートでは〝エルフ〟は捕まるか、すぐに殺されるのがオチと聞いたからな」

「そりゃ教皇庁を中心とした神聖教会が支配する国だから当然だ。が、ここはまだロロリッザ王国の北側だぞ」

「気が早いか」

「あぁ、早すぎる。ここはゴブリンと巨人の流入も多い。戦いは年々激しさを増している。冒険者、傭兵、腕の立つ者なら引く手あまたの状況だ。そんな中、使える戦士をエルフという理由だけで差別など……まず、ここでは起きない」

「神聖教会の一派は煩いぞ……」

「確かにな、聖鎖なんたら騎士団やら教皇庁の使節団が来訪する時はある。その時は知っているように差別を受ける。ロロリッザの高級役人が黙認したら捕まるか殺されるかもしれない」

「……」

 

 宗教国家の領内では籠の中で大人しくしておこう。

 南に向かう優秀な奴隷商人が見つかるといいが……。


「少なくとも、ここはアーカムネリスやヘスリファートのような一神教ではないから大丈夫だ」

「こことて、ダークエルフという種族に興味を抱く者たちは多いぞ?」

「そうか? エルフの亜種といえば、皆、大概はそんなもんかと思うが」

「マグルの雄よ、あまり調子に乗るな。ダークエルフだからこその価値があることは、今のわたしが証明している」


 すると、サーチの視線が強まる。

 自信がある自分の話術のスキルがわたしに通じないことへの苛立ちだろう。


 そして、戦闘に使えるわたしを引き留めようとしている。

 が、調子に乗りすぎだ。


「価値か。当然珍しい存在だからな。しかしだ。エルフならまだしもダークエルフが南に向かうのは、リスクが高すぎるような気がするが……」

「そんなことを言っても、わたしはダークエルフ。そして、ヘスリファートにわざわざ捕まりに行くわけではないのだから、気にするな」

「……まぁ、それはそうだが」

「だから、ここで、予め奴隷となっておくのだ」

「そうかい」

「何度も言うように、わたしは南マハハイム地方も見たい。それに、お前は優秀なのだろう?」

「おうよ」

「だからこそ優秀なお前に、〝南マハハイムに向かう〟強い意志、いや、もっとか、絶対に、南へと向かってやる! という特別な意志を持つ優秀な奴隷商人を探してくれと頼んだのだ。それまではお前の世話になる。金はあれで十分だろう?」


 サーチはいぶかしむようにわたしを見つめる。


「……確かに金はあれで十分だが、変わった女だな」

「マグル、口は禍の門だぞ」

「その、マグルという俗語はここでは通じないぞ?」

「だからなんだ、マグル」

「はぁ……しかし、そう言うが、俺の腕を信用したからこそ、真実を告げたのだろう?」


 真実? 勿論、そんな真実は幻想だ。

 マグルの男が好みそうな虚実をふんだんに盛った話をサーチは素直に信じたようだ。

 ま、力も魔力もないサーチに真実を告げたところで……無駄だ。

 わたしの一族の仇である【第五位魔導貴族ランギバード家】と【第十一位魔導貴族スクワード家】を潰したいとサーチに語ったところで……マグルの一奴隷商人が魔導貴族の、いや、地下社会のすべての出来事を理解できるわけがない。


 遠大な地下社会の構造はこの蓋の上に生きるマグルたちが知るよしもないのだから……。

 そのようなことを考えながら、


「……そうとも言える」

「口も八丁手も八丁ってな。一度引き受けた仕事は最後までやり通す。んじゃ、俺は皆を連れてマガサンドの街で知り合いに当たってくる」

「了解した。律儀な奴隷商人。屑な冒険者崩れに襲われるなよ?」


 サーチが死んだところで別の奴隷商人を見つけるだけだが……。

 自称、優秀と語るだけはある奴隷商人だ。

 口が達者で商才もある。


 北の背丈が高い人族たちの王国では、意外に顔が利いたサーチ。

 装備が一級品なだけで、武芸の腕は、からっきしでお調子者だが、口達者。

 北の未探索地域に謎の商売ルートを持ち、背丈の高い人族の集団相手に、サーチの話術で争いにならずに済んだことがある。

 ゴブリンの支配する領域を小さいながらも奪った女傑ソーとも知己の間とか。


 ……ま、これは嘘だと思うが。


 奴隷商人だが意外に器の大きなところもある。

 そんなサーチは瞬きをくり返し、嬉しそうな表情を浮かべていた。


「はは、俺を心配するのか? ヴィーネ」


 そのサーチの言葉を聞いたとき、腰から長剣を抜いていた。

 雄なぞ、所詮は……。


「勘違いするな! 弱い雄よ」


 わたしがそう叫ぶと――。

 サーチが持つ、戦闘奴隷たちが次々に武器を抜く。

 サーチも優秀な奴隷商人だ。


 そして、サーチが死ねば、自分たちも死ぬことを知っている奴隷たち。

 他の奴隷たちは必死な表情を浮かべていた。


 ……自分たちの命が懸かっているのだから、当然か。


「武器を抜く動きが見えなかった……女で、美人なのによ」

「黙れ! 女だから、美人だからと、人殺しができないと思っているのか?」

「……俺を殺せるか? 意外に優しいダークエルフさんよ」

「その優秀・・な舌を切られたいようだな?」

「ははは~、そういった脅しには……」


 刃を首筋に当て、皮を少し切る。


「……ひぃ、俺を殺したら、他の戦闘奴隷たちが一斉に死ぬぞ?」

「それで脅したつもりか? 他の戦闘奴隷たちの命に興味はない」

「……」


 サーチは顔を青ざめさせて手を上げる。

 だが、他の戦闘奴隷たちに『武器を仕舞え』という意思を宿した視線を向けていた。


「わたしに殺されないだけマシと思え。多少は使えるから生かしてやっているのだ」

「分かったから刃を離してくれ……少し痛い」

「なら、さっさと用を済ませろ。宿の名はマッドリン。厳冬の十日過ぎに落ち合おうか」

「了解した。ヴィーネ様とお呼びしても?」


 にやにやしたサーチだ。

 わたしが殺さないと本気で思っている。

 ……雄のくせに生意気だ。


「奴隷に様づけする奴隷商人がどこにいる――」


 サーチの首に当てた剣を離した。

 腰の鞘に戻し口元を布で覆う。

 サーチは僅かに血が流れている首を手で押さえつつ、


「くっ……ここにいるだろうが。しかし……冗談の通じねぇ女だぜ……」


 そう悔しそうに語るサーチは、奴隷たちに向けて、


「おい、お前たち、マガサンドの街に戻るぞ」


 と語ると、すごすごと逃げるようにわたしから離れた。

 そのまま馬車を引き連れ下り道を進み出す。


 サーチがわたしを裏切っても別に構わない。

 逃げた先で、また別の奴隷商人にわざと捕まればいい。


 ダークエルフは南に向かえば向かうほど希少な種族となるらしいからな。

 しかし、わたしのように、マグルの世に出たダークエルフは少なからず存在するはずだが……。

 まだ遭遇したことがない。まぁ、マグルの世はダークエルフには厳しい。

 それに、魔導貴族の争いに敗れた者たち、門番ゾーンキーパーの【闇百弩】たちによって地下社会からマグル世界へと追放を受けた者たちのほとんどは地上で活動するよりも、再び、地下に潜る旅を選択するはずだ。


 ダークエルフにとって天蓋の上は未知の世界だからな……。

 今、こうして共通語を学べたからこそ、わたしは生きていられるが……。 

 

 当初は……いや、あまり思い出したくはない。

 それに、魔導貴族としてのプライドを捨て、マグルから共通語を学び、雄が多い奴隷商人に頭を下げるダークエルフなんてわたし以外にいるはずがない。

 しかし、こうやってマグルの世を経験した今では……。

 追放を受けたダークエルフたちのことが同胞のように思えてくる。


 だが……。

 わたしの家だった【第十二位魔導貴族アズマイル家】を討った憎いモノたち……の【第五位魔導貴族ランギバード家】と【第十一位魔導貴族スクワード家】のモノたちは同じダークエルフ同胞とは思わない! いつか必ず、打ち倒す……。


 司祭である偉大な母者、ラン様。

 偉大な姉者、セイジャ様。

 一人一人惨たらしく殺された妹たち……。


 わたしのわがままを許しておくれ……。

 のうのうとマグルの世で生き恥を晒す……わたしを。

 その代わり……わたしはもっと、強く、賢くなる!

 そして、必ず! 【地下都市ダウメザラン】に帰還を果たし! 一族の仇を討ってみせる!


 ……さて、わたしも仕事だ。


 ――サーチに渡した硬貨が持ち金のすべて、もう金はない。

 マグルで言うスッカラカンだ。

 だから金を稼ぐとしよう。


 既に討伐依頼は受けている。


 ――滝の横に続く街道を足早に駆けていく。

 目的は〝ホブゴブリン・グレート〟の討伐依頼だ。


 Aランクの依頼、峠を占拠しているゴブリン・テルカ亜種の一団を率いている知能が高いゴブリン種。

 正式名はホブゴブリン・グレート種。

 素材回収が雄の証拠という嫌すぎる依頼だが仕方がない。


 わたしの戦闘職業は……。

 <魔幻弓剣師ファントムソードシューター>。

 戦闘には自信がある――。

 戦いと復讐が好きな魔毒の女神ミセア様も見守ってくださるだろう。



 ◇◇◇◇



 <隠身ハイド>。

 魔力を双眸に集める……。

 魔察眼を行いつつ……岩場の陰から高台を覗く。

 ここの高台を占拠していると話には窺っていたが……。

 いた……大柄の剣士タイプのゴブリン。

 しかし、まだ上半身の一部のみ、視界が悪い……。

 右の段差を利用しよう――膝から蹴りを出すように斜め上へと跳躍をくり返した。

 体勢を低くしながら見つからないように岩の陰に移動した。


 ――見つからずに移動できた。

 地下の経験に比べたらたやすいこと……。 


 ここなら狙える……。

 まだ低い位置だが、高低差はない。


 奥の斜め横に出っ張った岩の隙間にある細い山道も見えた。

 そして、手前の広場のような岩場を占拠しているのが……。


 ホブゴブリン・グレートだろう。

 笠と一体化したような茸のような頭蓋骨。

 鬼と呼ばれる種族に近いのだろうか?


 首は細いが筋肉質だ。

 厳つい両肩に巨大な頭蓋骨を装着している。

 頭蓋骨には一つの眼と三つの眼の眼窩があった。


 元はサイクロプス系の巨人と分かる。


 分厚い胸板が露出しているように、肩防具のみ。

 しかし、右半身を覆うほどの魔力を宿した刺青が目立つ。

 下半身は、そのほぼすべてを性器ごと露出していた。


 しかし……あれは……。

 雄としての証拠だと分かるが……。

 竿が小さく袋が異常に大きい……。

 貴重な素材の竿のことはおいておくとして、あれでちゃんと歩けるのだろうか。


 手前のゴブリン・テルカ亜種たちは玉の大きさは小さいが、異常に数が多い……。

 思わず、頭を振ってしまった。

 姉者……たすけて……。

 はぅ、いけない――。


 強い雌になるのだ!


 今すぐにでも……この位置ならば魔輝の鋼矢で狙撃できる。

 <精密射撃>で頭部を狙い、素早くゴブリンたちを始末したいところだが……。


 討伐依頼を受けていた冒険者連中がいた。

 しまった……。

 小さい村と町で依頼を受け続けていた、くせ、が出た……。


 マガサンドの街は北の要衝の一つ。

 他と違い規模が大きいことを失念していた。


 この北の要衝の街を拠点とする冒険者は多いのだから、パーティーを組む者たちが多いのは、自然の流れ。


 両手剣使いの重戦士が前衛。

 幅広なクレイモアを軽々と扱う。

 鎧もプレートアーマーを着込んでいるが、素早い。

 傭兵上がりか、ロロリッザ王国の騎士団上がりか。

 戦闘職業は、<重剣師>、いや、<剣闘重剣師>か。


 バスタードソードを扱う戦士は強襲前衛。

 タセットが付いた身軽そうな革鎧。

 腰ベルトに巻き付く緑色の布と一緒にぶら下がる書物は儀典・ウズノハだ。

 戦巫女ダイティアを信仰する者だな。


 戦闘職業は、<祈祷剣士>だろうか。

 <軽業祈剣士>という名も聞いたことがある。


 弓使いと魔法使いは後衛か。

 戦闘職業は予想が付かない。


 四人のパーティー。


 少し様子を見ることにしよう。


 魔法使いと弓使いがホブゴブリン・グレートをそれぞれの得物を使い牽制していく。

 矢と魔法を避けていくホブゴブリン・グレート。


 しかし、毒の矢と風の魔法弾を喰らった。

 傷を負ったホブゴブリン・グレート。

 牽制は成功し、一気に前進する戦士たち。


 ゴブリン・テルカを仕留めていく。

 しかし、ホブゴブリン・グレートの速度が上がり出す。

 胸元の刺青が輝きを放っていた。

 スキルを使用したか?

 ――毒の矢と風の魔法弾を避けることが増えていく。


 すると、巨大な雄の金玉袋が黄金色に輝く。

 玉袋が収縮し小さく変化していた。

 わたしは男を知らないから、分からないが、雄とは皆、あんな感じなのか?


 不思議なホブゴブリン・グレート……。

 その間に、クレイモアの両手剣を軽々と扱う重戦士とバスタードソードを扱う軽戦士は二人だけの連係でゴブリン・テルカ亜種たちを確実に仕留めていった。 


 リーダーは重戦士か。

 冒険者パーティーの質は高そうに見える。

 ところが、ホブゴブリン・グレートの速度が上がった。

 ホブゴリン・グレートの体から魔力が迸る――。

 動きが、横にぶれ、にわかに――ゆらりと前後に分裂するような機動で前進。

 巧みに杖から風の魔法弾を放っていた魔法使いとの距離を詰めたホブゴブリン・グレート。

 大柄の体格に見合わない迅速な踏み込みから逆袈裟斬りを行った――。


 ――肩の頭蓋骨と腕が小さく見えるほどに、身を畳ませながら振るう長剣。

 モンスターとは思えない。


 下方から宙に弧を描くホブゴブリン・グレートの長剣が、魔法使いの着込むローブを巻き込みながら魔法使いの下半身の一部と上半身を斜めに切断する。


 ホブゴブリン・グレートは隙を見せずに体を沈ませながら横回転。

 切り返し機動に移行した。

 ――迅い。

 踵の骨が変化したのか?

 しかも、あの動作は……。

 アズマイル流剣法の居合いの型、<鈴の型>に似ている。


 マグルの世にも剣術は数多あるからな……。

 ホブゴブリン・グレートは斬り上げた動作を生かした横回転を終えると、足をジリッと動かした。


 体の向きを弓使いへ向けると、駆けた。

 前進するホブゴブリン・グレートは口を広げる。


「ゴアアア」


 黄色い乱杭歯を露出させながらの咆哮――。

 クレイモアを扱う重戦士とバスタードソードを扱う軽戦士はゴブリン・テルカの攻撃を受けて仲間のフォローに回れない。


 弓使いは仲間に何かを告げていた。


 そして、突進してくるホブゴブリン・グレートを見ても逃げない弓使い。

 矢を放つ。またも矢を放つ。続けて、また矢を放つ弓使い。

 ショートボウの扱いは中々だ。


 突進していたホブゴブリン・グレートだったが、肩を下げ速度を落とす。

 頭蓋骨の防具を盾代わりに飛翔してくる矢を弾く。

 が、矢が首に刺さると、さすがに失速した。


 強烈な矢を放った弓使いを睨むホブゴブリン・グレート。

 弓使いの冒険者も指に複数の矢を挟み、スムーズにショートボウに矢を番える。


 <速連射>らしきスキルを発動し複数の矢を射出した。


 ホブゴブリン・グレートは、全身に矢を浴びていく。

 が、無数の矢を全身に受けながらも、カッと眼球を見開きながら前進――。

 胴体の刺青の輝きを強めた。

 体に突き刺さった矢を一気に体の外に飛ばす。

 同時に、一対の眼球から魔力の波動を放つ。


 波動をもろに喰らった弓使いは、その場で止まった。

 矢を持つ腕が震えている。


 ゴブリン・テルカを倒したクレイモアを扱う重戦士が叫びながらホブゴブリン・グレートの背中に近づくが間に合わない。

 更に加速したホブゴブリン・グレートは弓使いに下段蹴りを繰り出した。

 弓使いの足が脛から下を失うようにひん曲がる。


 ホブゴブリン・グレートと弓使いでは圧倒的な体格さがある。

 当然だろう。

 弓使いは巨大なカギ爪に引っ掛かったように一回転する。


「ゴァァァァァ」


 わたしの位置にまで聞こえる咆哮。

 近くで戦う冒険者たちの耳から血が流れた。


 方向感覚がやられる攻撃か。

 地下でも経験済み。

 ホブゴブリン・グレートは咆哮を上げながら流れる動作で長剣を振りかぶり、振り下ろす。


 宙の位置で回転する弓使いの頭部を縦に両断――。

 ――強い。

 が、ホブゴブリン・グレートの胸からクレイモアの切っ先が突き抜けていた。

 そう、リーダーらしいクレイモアを扱う重戦士の一撃だ。


 血を吐くホブゴブリン・グレート。

 足の膝にも、軽戦士のバスタードソードが突き刺さった。


 ――倒したか。

 ――いや、ホブゴブリン・グレートは生きている。

 うめき声を上げたホブゴブリン・グレートは身を捻りながら自身の胸から出たクレイモアの切っ先を叩く――。

 当然、ホブゴブリン・グレートの右の掌に穴が空くかと思われた。

 ところが、甲の金具を掌に移していたようだ。


 ホブゴブリン・グレートは頭がいい。

 無理やりクレイモアを押し戻すことに成功していた。


 クレイモアを握る重戦士は、そのクレイモアの柄ごと押し戻される。

 更に、腰を捻ったゴブリン・グレートは横から長剣を振った。

 その長剣は研ぎ澄まされた刃なのか、重戦士の胴体をプレートアーマーごと切断。

 続けて、ゴブリン・グレートは膝に刺さったバスタードソードごとの回転回し蹴りを軽戦士の頭部に喰らわせていた。


 軽戦士の頭部がひしゃげて、脳漿が弾け飛ぶ。


 連係が取れていたパーティーだったが全滅か。

 悪いが、その勝利の瞬間を狙う。


 わたしは――<精密射撃>を発動。

 宙を突き進む魔輝の鋼矢がホブゴブリン・グレートの側頭部を捉えた。

 頭蓋骨は硬そうだが、優れた矢だ――無事に通じた。

 続けざまに<精密射撃>、<精密射撃>、<精密射撃>、<精密射撃>。

 ホブゴブリン・グレートの頭部を蜂の巣にする。


 矢が無数に突き刺さったホブゴブリン・グレートはふらふらと千鳥足で歩く。

 その瞬間、玉袋が金色に輝いて膨れた。

 あれは回復スキルか?

 ――タフで強い! 暗黒街道の闇鮫ルファードを思い出す。


 念のため胴体への<雷絶矢>も混ぜた。

 雷撃を纏う矢がホブゴブリン・グレートの胴体に突き刺さった。

 矢から出た青緑色の雷撃がホブゴブリン・グレートの肉を焦がしていく。

 魔力を発していた刺青が点滅する。

 と、その刺青が萎れて消えていく。


 呼吸するように膨らんでいた玉袋が、また輝く。

 回復はさせない。


 下半身に向けて<速連射>を発動。

 貴重な魔輝の鋼矢をすべて使い切るつもりの<速連射>。

 魔輝の鋼矢を使いきり、普通の鋼の矢も残り数本のみとなったところで、ホブゴブリン・グレートは倒れた。


 魔素の反応も消えた。

 ――よし、倒した。

 仕留めたホブゴブリン・グレートの下に向かう。


 討伐依頼の証拠である、玉袋と小さいモノの回収が憂鬱だが……。

 生きるためだ……。

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