五百二十八話 ワインセラー※
と、言いながら首筋にキスをしてくるヘルメ。
ヘルメの愛しい表情はたまらない。
自然と額に唇を当てていた。
おでこにキス――。
「ア……」
喜ぶヘルメの表情を見ながら笑みを意識し、
「――左目に戻ってこい」
と、伝えた。
「はい」
瞬時に液体と化したヘルメ。
俺の左目に収まった。
すぐに皆を見て、
「相棒とジョディは皆を連れて地上に向かってくれ、そこで落ち合おう」
「にゃお~」
ロロディーヌは無数の触手を皆に絡ませた。
素早く自身の背中へと乗せていく。
すると、相棒の背中の上に着地したであろうラファエルが、
「おおおお~」
と、喜びの声を上げた。
ロロディーヌはそんなラファエルを気にしない。
俺たちが進んできた地下宮殿の空洞を支配するように悠然と黒翼を広げて飛翔していった。
ジョディも相棒の飛翔する姿を見ながら、
「あなた様、ラファエルが興奮する理由はよく分かりますね。神獣として飛ぶ姿は圧巻です」
そう語った。
「確かに」
と、答えながらジョディを見る。
一対の尖った足先で宙を突く姿だ。
尖った足から魔力の環を発して、斥力でもあるように反動を生む魔力の環の力で浮いていた。
宙に波紋を作るようにも見える。
その環から、小さい白い蛾たちが現れては消えていく。
そのジョディは反転し、俺を見る。
微笑むジョディ。
和風衣裳の裾から銀糸を出すと頭を下げてきた。
可憐に素早く頭を上げると、
「あなた様、先には狭い階段もありますから、その際は<光魔の銀糸>で皆を包みながら進みます」
「おう、頼む」
「では――」
再び素早く身を翻す。
宙をスキップするように飛翔するジョディ。
相棒を追う姿はヘルメのように楽しげだ。
無数の銀糸と蛾たちが揺らめき立つ光景は美しい。
宙に積雲が立つようにも見えた。
「ジョディさんはやはり速いわね」
「あぁ」
と、ミスティの声に同意しながら……。
離れていく相棒とジョディの姿を見ながらミスティとレベッカを両脇に抱いた。
「――え」
「――ちょ、強引なんだから」
レベッカはハルホンク越しに自身の頬を当てながら胸元の金具を指先で弄り出す。
ミスティは羽根ペンを落としてしまった。
が、すぐに血と金属を操作し器用に羽根ペンを拾う。
「ごめん」
「ううん――」
ミスティは素早く俺の頬にキスしてきた。
「あ、ちょっと! わたしはまだなのに――」
レベッカの小さい唇を強引に奪う。
彼女の上唇を優しく唇で労りながらキスを続け、
「ぷはぁ――もう!」
とキスを終えたレベッカは頬を膨らませる。
しかし、まんざらでもない表情を浮かべていることは丸わかりだ。
二人の鼓動と血の匂いから欲情していることも把握。
しかし、移動を優先だ。
<導想魔手>に月狼環ノ槍を握らせる。
<鎖>を前方に射出――。
アンカーとして機能するか<鎖>の強度を確認。
「このまま移動?」
「そうだ」
二人を抱えながら地面を蹴った。
僅かに跳躍――因子マークに<鎖>を引き込みながら地下宮殿の空洞を一気に前進した。
途中からレベッカとミスティの足下に<鎖>製のボードを作ってあげながら――。
「足場だ――」
「うん」
「少し光を帯びているのね。ありがと」
二人の声を感じながら――。
<血道第三・開門>。
<
「ンン――」
先を飛ぶ巨大な神獣ロロディーヌを追い抜く。
長い尻尾で俺を悪戯しようとした相棒ちゃん。
長い尻尾を避けて先をゆく。
――相棒も速度を上げたか?
キサラとジュカさんの声に混じってラファエルの悲鳴も聞こえた、が、無視。
壁際に到着。
階段と宝物庫と薬の保管庫が見えた。
「薬の保管庫の品を見ていくか?」
「うん」
ミスティは頷く。
抱えた二人を降ろす形で薬の保管庫の前に着地した。
ミスティとレベッカは薬の保管庫の中に向かう。
俺は出入り口付近で階段を見ながら魔煙草を吹かしつつ待った。
「ンン、にゃお~」
背後から相棒の声が響く。
皆を乗せているし速度を落としたようだと見る。
ロロディーヌは皆を地面に降ろしつつ姿を少し大きめの黒豹に変身させていた。
先端が平たい触手ちゃん。
裏側の柔らかい肉球ちゃんで『ぽん』と右肩を叩いてくる――。
他にもナナを包む触手群も見えた。
黒色のゆりかご風だ。
小さい
ナナの体内に戻ったのかもしれない。
その
地下宮殿の出入り口でもある階段に向かった。
階段に前足を乗せて一気に上がるかと思ったが身を捻り上半身を俺に向けてくる。
「にゃ」
と、鳴いた。
ネコ科特有の細い瞳の意味は……。
このまま『先に行ってもいいのかにゃ~?』といった感じだろう。
「いいから、先に地上で待っていてくれ」
ロロディーヌは両耳をピクピクと動かす。
頷く仕草をしながら頭部を持ち上げるように階段の方に視線を向ける。
何かのCMにでも使われそうな美しい姿。
しなやかさと力強さを合わせ持つ四肢の流線を光沢した黒毛たちが作っている。
黒豹としての凜々しい姿だ。
その美しい
「ンン、にゃお~」
と鳴いてから後脚の威力を示すように地面に爪痕を残し階段を上がっていく。
そして、銀色の髪のヴィーネと黒色の髪のユイも、
「ご主人様、先に進みます」
「シュウヤ、先にいってるからね」
と、
階段を上がっていった。
ダークエルフの端正な顔を持つバーレンティンも、
「主、我々も先に」
胸元に手を当てながら頭を下げて発言。
「おう、地上でな」
「はっ――」
ポーズを解くバーレンティンは踵を返し階段を上がった。
同じ仕草で挨拶していたロゼバトフ、キース、イセスも続く。
墓掘り人たちの仕草は軍隊然としているから自然と背筋が伸びた気分となった。
次にいい匂いを漂わせていたジョディが、
「あなた様、お先に失礼します」
と、発言しながら銀糸を出す。
ラファエルとダブルフェイスの身をその銀糸で縛る。
ジョディは二人を銀糸でぶら下げながら飛翔し階段の天井すれすれの位置から突入した。
ラファエルとダブルフェイスは階段にぶつかりそうだったが……。
魂王の額縁と魔眼風の印籠も浮遊しながらついていく。
「あぁ僕にも目的があったのに、でも銀糸は気持ちいい~」
ラファエルの声だ。
階段が続く空間から響いてきた。
「旦那、先に」
ツアンも先にいく。
最後に階段の手前に残っていたママニを見て、
「ママニも上がっていい、地上で待っていろ」
「はい、では」
礼儀正しいママニも階段を上がっていく。
これでロロディーヌが運んできた全員が階段を上がったことになる。
すると、保管庫からミスティが出てきた。
粗方の使えそうな品を回収したようだ。
「行こうか」
「うん」
「ふふ」
かなり嬉しそうなミスティとレベッカ。
彼女たちが喜びそうな化粧品とか若返りの薬品とか見つけたのかな……秘宝めいた品はないと思うが少なくともポーション類はあるだろう。
そんな喜ぶ二人に近付く。
二人を脇に抱えて、もにゅっとした感触を掌に味わう。
「あんッ、もう、えっち!」
「――マスターは抜かりない、アン!」
彼女たちの色っぽい声が耳朶を震わせる。
耳朶が伸び、いや、鼻の下が伸びたか。
と、心でボケながら俺たちも階段を上がっていく。
下りてきた道順を辿るだけ、楽ちんだ――。
コンクリート風の階段に両足の裏でステップを刻みつけるように駆け上がっていく。
風が身を突き抜ける感覚を味わった直後――。
階段の先に金貨の袋を抱えて死んでいる元冒険者たちの姿を発見した。
――仲間割れか。
金貨は無くなっているところを見ると強い奴が生きて外に出たってことかな。
争った後のような場所はいたるところにある。
殺されていたメイドたちの死体もあった。
沸騎士が暴れていた場所ではないだろうし、ま、いちいち気にしてはいられない。
あの気色悪い魔法絵画のアイテムとデロウビンに幽霊ゴブリンが居た実験室に向かうとして……。
まずは
そう、ゼレナード&アドホックと戦った場所でもある。
――廊下に出た。
ミスティを抱えている左手から慎重に<鎖>を出す。
「近くで見る<鎖>は面白い」
反対側で抱えているレベッカが呟く。
「不思議。光の文字が刻まれているし要チェックね」
と、ミスティは俺の左手の<鎖の因子>マークと<鎖>を凝視しながら羊皮紙と竹にメモっていく。
器用だ。魔法の羽根ペンの動きといい書き書きスキルとかありそう。
彼女が観察しやすいように<鎖の因子>マークからゆっくりと<鎖>を前方の床に向け伸ばしていく。
狙った床に<鎖>の先端が突き刺さった。
そのピアノ線が張ったように伸びた<鎖>を手首に収斂させていく。
自動的に左手首に収まっていく<鎖>の機動。
ミスティとレベッカにも僅かな反動が来ていると思うが……。
構わず、床を滑るように一気に前方へと体を運ぶ――。
「速くて楽~足場の板が楽しい!」
「うん、不思議な<鎖>製の板にマスターも楽しそう」
抱えているというより抱きつかれている二人の会話が気になったが――微笑むだけにした。
床に着地するや否や俺たちを運んだ<鎖>を消去。
また、床を蹴って素早く前進する――。
再び<鎖>を射出。
その<鎖>を収斂させつつ前に移動した。
『閣下、<鎖>の表面の文字が増えたようにも……速度も増しましたか?』
『そうかもしれない』
ヘルメと念話を行いつつ駆けた。
両脇に抱えたミスティとレベッカは<鎖>製のスケボーのような板に乗っているから安全だ。
しかし、速度を上げた瞬間、彼女たちが俺の体を抱く腕に力が込められたと分かる。
そして、ラファエルが使っていたショートカットの階段はさすがに狭い。
<鎖>を解除。
おっぱいは揉まずレディーファーストを意識した。
普通に階段を上がっていく。
再び、廊下に出た。
廊下を歩きながらワインセラールームに寄り道だ。
「結局、入るのね」
「ま、休憩がてらだ、地上での戦いをがんばっていたようだしな」
と、レベッカの細い手を握り愛情を込めた。
レベッカも白魚のような指で、ぎゅっと俺の手を掴む。恋人握りだ。
「こういうところは本当に紳士なんだから……」
真面目な顔で話をするレベッカは優しく微笑む。
照れたから手を離して物色を開始した。
見たことのない食材が多い。
それを含めてワイン類を幾つか拝借していく。
「たくさんあるから目が回りそう」
「レベッカはワインに詳しい?」
「解放市場で売られている品を知っているだけ、最近はちょっと詳しくなったけど」
「わたしも嗜む程度かな」
ミスティは貴族の頃があるからな。
「シュウヤはエブエさんの故郷の【
「座礁した船の中にあった樽か」
「うん、幻のワインとかかもよ、今度スロザの店に行こうよ」
「今度な」
ペルネーテに少し立ち寄るのもいいかもしれない。
鶏冠マーク模様が目立つ字が読めないワインの瓶を食材袋に入れていく。
ミスティも、
「……王国美食会が好みそうな濃厚な魔力が内包されているドッパガベルの高級ワインがある。魔力を一切感じない不思議な酒瓶もあるから……貴重な素材となるかもしれない」
と、話をしながら羊皮紙に魔力のバランスと匂いの強弱とかを細かく書いていた。
その話を聞いたレベッカは指先に灯した蒼炎で酒瓶の中身を調べながら、
「ドッパガベルなら聞いたことがある。美味しいお酒なら普通に楽しみたいな」
「そうね」
「魔力を漏らさない酒瓶は中身より瓶かな?」
「そう。
「別にいいさ」
「ミスティもたまには羽目を外して楽しもうよ! 新型に生かせるなら活用して」
「うん。魔力が入った高級酒はいい気分転換にもなるし、楽しみ」
はにかむミスティ。
気分転換か。自ら望んだ研究とはいえ……。
知らないうちにストレスも溜まっているのかもしれない。
今日はミスティと一緒に活動していたレベッカ。
ミスティの表情と会話から気持ちを察していたのかもしれない。
そんなミスティとレベッカに向け銀色の半透明な容器を持ち上げた。
表面は鶴のような動物をモチーフとした立体の造形が施されてある。
中で黄金色に輝く液体が揺れるさまを見て……。
味を想像した。
「……この酒も気になる。風味から変わった味まで色々とありそうだ」
と、魔力の札で封印されていた蓋を取る。
容器の注ぎ口に鼻をつけて中身の匂いを嗅いだ。
不思議だ……濃厚なチョコレートの匂いが漂った。
いや、途中からわさび?
なんでわさびの匂いが……。
「シュウヤ、まさかそれを飲むつもりなの?」
「……マスター。わたしたちでも魔力酔いがあることを忘れないでね」
「分かってるよ――」
俺だぞ?
と、微笑みながら……容器を傾ける――。
注ぎ口を咥えた――黄金色の液体を口内に含む。
舌で泳ぎかき混ぜるように液体を味わった。
――美味しい。蜂蜜と紅茶とチョコレート系の味だ。
しかも匂い通り……わさびの風味が鼻を突き抜けていく。
――新しい……甘さと仄かな辛み?
本来は相反する味。
だが、一緒くたとなってトランプのスピードゲームでも興じ楽しむように、舌から口内を甘みと苦みが仲良く連鎖しながら食道から胃袋を駆け抜けていく。
――魔力も漲った。
『……閣下の魔力が少し上がりました?』
『そのようだ、エナジードリンク。元気もりもり、なんとかCとか、赤い翼が生えるとかだよ』
『閣下、意味が分かりません』
『すまん』
ヘルメとのそんなやりとりを一瞬で済ませながら、飲んだ感想を、
「……美味い。魔力も回復するってより増える」
「へぇ……」
レベッカは興味深そうに銀色の容器に入っている黄金色の液体を見ている。
「飲む?」
彼女に銀色の容器を差し出した。
「うん」
レベッカは受け取ると容器の注ぎ口を口で塞ぐ。
らっぱ飲みだ。
「美味しい!」
「え?」
違う容器を見ながら羊皮紙にメモしていたミスティだったが、「美味しそうね、マスターも少し頬が赤くなっている」と興味深そうに俺とレベッカの表情を確認していた。
「ミスティも飲んだらいいさ、害はないはずだ」
「うん。けどレベッカの頬、さらに赤くなったわよ? 魔力酔いというか、本当に酔ってない?」
「えぇ? 大丈夫よ~そんなこと言ってると、美味しいから全部飲んじゃう!」
と、酔ったレベッカさん。
前にも酒入りアイスを食べて酔ったように頬を赤く染めていたことを思い出す。
「……待って、なら、もらおうかな。わたしにも頂戴」
「了解~」
そうして、ミスティも黄金色の液体というか未知の酒を楽しんでいった。
三人で飲む宴会と化した。
銀色の容器に入った酒はなくなる勢いだったが……。
この銀色を基調とした半透明の容器は他と違うようだ。
不思議と黄金色の液体は残っている。
「エヴァたちにもあげよう」
「うん。この容器とお酒は特別かも。少しだけ量が減ったような感じだけど、まだまだ入っているし」
レベッカが鶴模様のラベルがある容器をアイテムボックスに仕舞う。
俺はワインセラーの仕組みを見ようと部屋を調べていたら……。
壁の一部に不自然にも埃がないところを発見。
その壁を押し込むと、案の定、壁がめり込む。
地響きが聞こえて壁が扉のように自動的に左右に開いた。
隠し部屋だ。
天井は低く横幅も狭い八畳ぐらいのスペース。
羊皮紙といった書類棚と発酵した匂いを漂わせるチーズ系の食品が大量に積まれた棚もあった。
食事を管轄する幹部が独自に作ったのかもしれない。
「隠し部屋ね、研究のおつまみ用にいいかも!」
と、書類をチェックしていたミスティだったが、チーズの香りに誘われていた。
「なに、この香しい匂い!」
蒼炎を纏うレベッカ。
ユイ並みの速度を出して隠し部屋に突進。
「わぁ! お菓子!」
と叫ぶ彼女は大量にチーズを回収していく。
どれどれと俺も物色……。
セミハードタイプのチーズが多い。
つまんで口に含んだ。
味はクリーミー「ゴーダチーズ」っぽいし芳醇な香りといい……。
――やべぇ、凄く美味しい。
湿った布袋の中にはフレッシュチーズのような食材もあった。ブルーチーズも、臭い……。
レベッカが変顔を披露。
「ロロちゃんに嗅がせたら、どんな顔をするかな?」
「ふふ、くしゃみをしそう? あ、でも味は確かだから、すぐに食べちゃいそうね」
「うん。あ、また小さいのを発見!」
楽しそうにチーズお菓子を発見した二人は食べていく。
「これはエヴァへの絶対的なお土産ね! 血文字の連絡はまだ内緒よ? びっくりさせるんだから!」
二の腕に小さい瘤を作るレベッカさん。
彼女はアイテムボックスの中身がチーズ臭くなる勢いでチーズを詰めていく。
デラースが使用していたトンファーのお土産もあるし、エヴァも喜んでくれるだろう。
『ん、お手玉が上手くなった』
と、天使の微笑を浮かべながらのエヴァの言葉が実際に聞こえたような気がした。
エスパーなだけにありえる。
笑みを意識しながらエヴァの表情を思い出しつつ、
「了解」
と、答えたが、レベッカは両頬を膨らませて、もぐもぐとしている。
「そんな急いで食うなよ」
「……フグフガ……」
頷きながらゴックンと音を立てて食べていたチーズお菓子を飲み込んでいた。
「――魔力が濃厚! 美味しいけど、ただのチーズじゃないわよ」
と、また、ぱくぱくと食べ続けていくレベッカ。
お菓子大王の異名を発揮する。
大王ってより女王か。
それにしても美味しそうに食べるな……。
異世界料理番組のレポーターを任せようか。
蒼炎をオーラのように発しているレベッカを見ながら、そんなことを考えていると、
「気になる? シュウヤにはこの濃いのをあげる!」
俺に差し出してきた。
お望み通りレベッカの白魚のような細い指ごとパクリと――。
「あう、もう、わたしの指ごと食べないでよ?」
味はヘーゼルナッツ風味で濃厚だった。
そのまま舌で、
「……あぅ、えっち!」
と、わざと細い指を舐めてからレベッカから離れた。
彼女とペルネーテでデートしていたころを思い出す。
一方ミスティはワインを片手で泳がせて歩く。
彼女が向かった先は立ち椅子が並ぶカウンター。
酒樽もあるしバー的なカウンターだ。
そこの立ち椅子に一人腰掛けるミスティ。
やや細身の体型に足を組んだ。
博士っぽい仕草は魅力的だ。
実にミスティらしい。
その仕草からして、大人の女、お姉さんと一緒にお酒の時間はどうですか?
というフレーズが頭に浮かぶほど魅力を醸し出す。
机に広げた書類に文字を書きながらワインとチーズを食べていった。
書類の横で血を帯びた金属たちが蠢く。
あれはミスティが動かしているんだろう。
金属の研究も同時に行う器用さと姿に魅了された。
このままミスティを鑑賞するのもいいが俺も考えるか。
と、視線を逸らす。
チーズが大量にある棚を見る。
これはこれでチーズ卸会社を作って……。
異世界立身伝の続きを夢見るのもいいかもしれない。
そんなチーズの一部を口に含む。
乾燥したポテトチップスでも食べるようにもぐもぐとしながら、俺も羊皮紙の束を紐解いた。
書類を確認していく。
ワインの出所は商会を経由したルートが多く産地の記載は少ない。
……問題はチーズか。
元はハイム海を越えた異国【アゴーニュの秘境】で作られた品だったのか。
イメージするとフランスにありそうな地名だな。
大陸が異なる秘境?
南マハハイム大陸から地続きの秘境かも。
アゴーニュという場所についてレベッカとミスティにも聞いたが、
「知らないわ」
「へぇ、アーゼン朝とか?」
「あ、それで聖ギルド連盟の話を思い出した」
「リーンさんとの話ね、無事だといいけど」
「そうだな、彼女は偉大な冒険家の孫だ。俺としてはもっと仲良くなりたいところだったが……」
「うん、フリュード・バッセリーニの冒険譚は血文字でも聞いたけど、やはり有名だからね。海光都市ガゼルジャンや霊霧島の先にある南の大海から戻った話はとても面白かった」
「海賊たちが集まる【虹が島】の【酒場ラズナル】とか、どんな場所なんだろう。と、お孫さんの話を聞いてワクワクしたわ」
そういった会話が続いたから俺は少し離れた。
酒場ラズナルか、前世の地球でも北欧で有名な「ラグナル頌歌」を思い出す。
ラズナルとラグナル。一文字違うが……。
海賊なだけにヴァイキング系をイメージする。
一応、血文字で地上に向かっているだろうヴィーネにアゴーニュの秘境についても聞く。
ヴィーネも知らなかった。
航海中の出来事に関する記述は少ない。
誰が書き記したのか分からないがチーズ類は海賊の手に渡り【海運都市リドバクア】で商会たちに売られたようだ。
リドバクアか。
ペルネーテの自宅の警備隊長を任せているアジュールが流れついた海に面した都市。
最後の方はマレリアン大商会の名が多い。
そして、ここに貯蔵されたということは死の旅人たちが大商会の隊商ごと襲ったようだな。
ツラヌキ団に関する記述はない。
当たり前か……。
ツラヌキ団は白色の貴婦人側が秘宝奪取用に特別に編成した特殊外国人部隊のような扱いだっただろうし。
ノイルランナーたちの人質を用意して最後には……。
用済みといわんばかりに処分が待っていただろう。
星鉱都市ギュスターブの残骸を見ているだけに……。
オフィーリアたちを助けることができて本当によかった。
『閣下、わたしは外を見てきます』
『おう』
ヘルメが左目から出ると一瞬で女性の姿になりつつ歩いて廊下に出た。
俺は書類を見ながらミスティが仕事を続けている場所に向かう。
隣にある椅子の手前で、
「隣、いいか?」
「変なマスターね? どうぞ」
「そうだな」
「あ、この動いている金属が気になるの? 偽宝玉システマが残してくれた……」
「いや、魅力的だなと――」
と、羊皮紙と素材と金属のことを説明しようとしてくれたミスティの首筋にキスをしていた。
「――ァん……」
ミスティも応えた。
俺の頭部に手を回し胸元に押し当ててから「マスター……わたしの首が好きなの?」と聞いてくる。
鳶色の瞳は熱い。
「どこだろうと好きさ――」
俺は自然とミスティの唇を奪っていた。
彼女は目を瞑る。弛緩して頬を斑に朱に染める。
痺れたように揮えたミスティの身体……倒れそうになった。
すぐ、細身の背中に手を回す――。
唇を合わせながら抱くミスティを……下に押し込むように彼女の肩甲骨に指でマッサージをしながら、力強く、強引に、ミスティの唾ごと舌を吸う――長いキスを続けた。
書類が散って――。
ワインが入った容器が傾き――。
チーズが床に落ちる――。
「――なに、おっぱじめてるのよ!」
と、必死なレベッカを迎える。
レベッカも一緒に交えてつかの間のお楽しみ時間となった。
ロロディーヌが呆れたような声が轟いたかもしれない。
激しく攻めたせいか二人とも先にダウン。
ミスティとレベッカは魅力的なチーズの香りを漂わせながら、しどけない姿を晒している。
興奮を促すが……ハッスルタイムは抑えよう。
倒れていた立ち椅子を直しその椅子に座った。
ミスティの書いた文字を見て……。
難解すぎる異世界語を堪能。
金属が不規則に動きながら文字の部分と合う。
混乱する。
魔法文字と金属の吸着が繰り返しているところは分かるだけに……。
翻訳スキルも便利だが融通は利かない。
エロい気分は吹っ飛んだ。
俺はやはり武術でがんばろうと……。
チーズとワインを食べていく。
さて、気を利かせたヘルメを待つかな~。
とステータスを確認。
名前:シュウヤ・カガリ
年齢:23
称号:覇槍神魔ノ奇想new:血魔道ノ理者
種族:光魔ルシヴァル
戦闘職業:霊槍印瞑師new:白炎の仙手使い:血外魔の魔導師:血獄道の魔術師
筋力27.2→28.0敏捷28.0→28.9体力24.5→26.9魔力29.5→31器用25.4→25.9精神29.5→32運11.0→11.4
状態:高揚
称号からチェック。
※覇槍神魔ノ奇想※
※神魔表層ノ奇想ヲ祓イ突ク覇槍使イ※
※神魔感応現象楽進、全能力小上昇、成長補正+※
いつもと文字が違うし、意味が難しい。
高位過ぎる称号が俺の精神に食い込み過ぎた感じか?
タッチしてもでない。
神魔の表層とか奇想を祓い突くとか、一種のお祓い?
分からないが……。
神々の力を槍使いらしくぶち抜くってことだろう。
次だ。
霊槍印瞑師をタッチ。
※霊槍印瞑師※
※是空霊光と魔印瞑道を歩む槍武人※
※因果律壊変戦闘職業の一つ※
※水属性必須、霊槍魔印系最上位クラスに初めて到達した無双なる槍使い※
※鎖、武、血、魔力、精神、身体能力の全てが、最高水準とされる※
※<光ノ使徒>に関する装備及び<法具>の装備が可能※
魔印瞑道を連打。
※魔印使いと瞑水使いの上位戦闘職業を意味する※
連打しても上下左右を指で操作しても駄目だった。
法具もタッチして連打、説明はでない。
次はスキルか。
取得スキル:<投擲>:<脳脊魔速>:<隠身>:<夜目>:<
恒久スキル:<天賦の魔才>:<吸魂>:<不死能力>:<血魔力>:<魔闘術の心得>:<導魔術の心得>:<槍組手>:<鎖の念導>:<紋章魔造>:<精霊使役>:<神獣止水・翔>:<血道第一・開門>:<血道第二・開門>:<血道第三・開門>:<因子彫増>:<破邪霊樹ノ尾>:<夢闇祝>:<仙魔術・水黄綬の心得>:<封者刻印>:<超脳・朧水月>:<サラテンの秘術>:<武装魔霊・紅玉環>:<水神の呼び声>:<魔雄ノ飛動>:<光魔の王笏>:<血道第四・開門>:<霊血の泉>:<光魔ノ蓮華蝶>:<無影歩>:<ソレグレン派の系譜>:<吸血王サリナスの系譜>:<血の統率>:<血外魔・序>:<血獄道・序>:<月狼の刻印者>:<シュレゴス・ロードの魔印>new:<神剣・三叉法具サラテン>new
エクストラスキル:<翻訳即是>:<光の授印>:<鎖の因子>:<脳魔脊髄革命>:<ルシヴァルの紋章樹>:<邪王の樹>
最初はこれか。
※<双豪閃>※
※独自二槍流技術系統:上位薙ぎ払い系亜種※
※下地に高水準の筋力と器用さが求められる、また、豪槍流技術系統:基礎薙ぎ払いの<豪閃>を獲得し、戦闘職業の魔槍師、槍武奏、魔槍武迅のいずれかの獲得が必須※
次は――。
※無天・風雅槍※
※独自三槍流技術系統:奥義系亜種※
※下地に風槍流神級技術全般が求められる※
※多腕種族、及び、脳脊魔速と風槍流と豪槍流の技術が必要※
これは分かる、大本のイメージは師匠の動きを真似た風槍流の『風雅の舞』だからな。
次はこれか<飛剣・柊返し>。
※飛剣・柊返し※
※飛剣流技術系統:選ばれし銀河騎士マスター独自剣武術:光属性&修練場所に惑星セラ必須※
……飛剣流と選ばれし銀河騎士に光属性か。
ユイとカルードとヴィーネは独自の剣術だった。
ダブルフェイスは短剣だが、飛剣流の技術か。
相対した相手に飛剣流の使い手は多数いたな……。
あ、サザーの剣術は飛剣流か。
そして、選ばれし銀河騎士とあるが、ムラサメブレード専用というわけではないらしい。
連打すると、出た。
※柊の花冠のように宇宙に四つの深裂を生む選ばれし銀河騎士マスター剣術※
あの時、無我夢中で光線を弾いていたが……。
端から見たらそんな風に見えていたのかな。
次は気になる奴だ。
※シュレゴス・ロードの魔印※
※魔印を有した血肉者と法具体現者を条件にシュレゴス・ロードを呼び出せる※
ほぅ、法具はサラテンが目覚めないとだめだな。
タッチしていくが出ない。
上下左右に半透明のウィンドーを触る。
連打のタイミングを変えると――。
※知能を有した群生旧神※
※【旧神たちの墓場】の次元領域の一角を支配していた※
これ以上は連打してもでない。
旧神たちの墓場か。
水神アクレシス様も警告していたが。
さて、次も気になる。
サラテンが眠ったままの状態となったが、タッチだ。
※神剣・三叉法具サラテン※
※使い手の三叉魔神経網が拡充、知覚根と運動根を発展させる※
※沙、羅、貂、が同時に目覚める時<サラテンの秘術>が完成する※
連打すると、出た。
※サラテン※沙※羅※貂※。
※沙、誉れある神界の那由他の沙剣なり※
※羅、誉れある神界の網と帷子が羅なり※
※貂、誉れある神界の仙王鼬族が貂なり※
これが神剣らしいサラテンの意味か。
神界から堕ちたことはやはり事実だったようだ。
最初の喋りもやけに古風だったからな……。
最近は、こじゃれて変な喋りになったが。
そして、沙、羅、貂。
これが、あの三人の名前だったりする?
あ、そうか……。
イターシャのことも納得がいく。
数多くいた剣精霊の中で、なぜか、鼬のイターシャだけが懐いた理由が貂ってことか……。
色々と繋がっているんだな……。
運命神アシュラーさんよ。
今も見ているのか?
と、ワインセラーの天井を見たが、なにも起こらず。
廊下の方に視線を向けると、ヘルメが現れた。
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