五百二十四話 偽宝玉システマの真実
「偽宝玉システマ。少し待て」
と、共通語で告げた。
「……了解した。マグルの言葉か」
共通語で返す偽宝玉システマ。
俺はユイに視線を向ける。
正面以外のモニュメントたちは煙と光線を出している。
俺を閉じ込める光の網は依然と展開中だ。
そんな光の網の外に居るユイ。
彼女の右手に持つガルモデウスの書は揺れている。
「それは使わないと思うが――」
そう喋りつつ右腕を上げ<血鎖の饗宴>を意識。
無数の血鎖を右腕から出し右斜め後方へ伸ばす――。
血鎖を檻を形作っていた光線の群たちへと衝突させた。
血鎖で光の線を溶かす。
アーチでも描くように血鎖たちを操作――。
瞬時に血の鎖の門を作り上げた。
「この中は罠のような場所だぞ」
と警告する。
しかし、皆、血鎖の門を潜り中に入ってきた。
「――もう遅い」
笑みを浮かべながらも語るユイ。
片方の瞳から白銀に近い霧状の魔力をだしていた。
素早い。
ヴィーネと相棒にジョディたちも続く。
少し遅れてリサナも入ってきた。
そのユイが、
「美人な頭部を持つ偽宝玉システマさんは喋れるようね。なら、このガルモデウスの書は使わないか」
ユイはガルモデウスの書をひらひらと泳がせる。
ガルモデウスの表紙の描かれている人の顔たちが蠢いていく。
「たぶんな」
そのタイミングで――<血鎖の饗宴>意識。
偽宝玉システマのほくろをポチッと押した指先だけではなく腕の血鎖のすべてを解除した。
間髪を容れず――。
ポールショルダー風の竜の口から暗緑色の服を吐き出させ二の腕に展開する。
「このガルモデウスの書の表紙も人の顔だらけだからね。そこの石碑に嵌まる頭部さんと合うかもと思ったけど」
ユイは書物を腰紐と連結してある金具に付けた。
そうして肩に神鬼・霊風を預ける。
偽宝玉システマを見ていく。
「魔道具の干渉が可能な書か。今の我に用いても意味はないと思うぞ」
と語る偽宝玉システマは武器を肩に預けたユイを含めてこの場にいる者たちの能力を調べようとしているのか、視線を巡らせていく。
俺は偽宝玉システマの美人な頭部を見ながらユイに向けて
「偽宝玉システマの額にある乳首さん。もとい、ほくろに魔力を送ったら俺のことを認識したみたいだ」
ユイは片方の眉を傾け変顔を作りつつ
「そこは普通にほくろだけにしなさい」
と、告げて俺を睨む。
偽宝玉システマは無言で皆の観察を続けていく。
すると、足下から俺とユイとの間を割って入ってきた相棒さんが、
「にゃ~ん」
と、チャーミングに鳴く。
ロロディーヌは頭部を傾けながらユイの足に自身の首から背中の黒毛をこすりつけていった。
触れられたユイも嬉しそうに「ふふ」と微笑みながら相棒の背中を撫でて応えると……。
ロロディーヌも嬉しそうに喉を震わせてから両前足を出し背筋をグイッと前に伸ばす。
ネコ科特有の伸びの仕草だ。
そして、伸ばしていた両前足を戻したロロディーヌはお尻の太股を揺らしてからくるっと回ってターン――。
そのまま黒豹の頭部をユイの股間に向かわせた。
見事に突っ込むロロディーヌ。
おーい、どこの匂いを嗅いでいるんだ。
と、小一時間
というように相棒は黒豹の姿に戻っていた。
「相棒、悪戯はだめだ」
「ンン」
俺の言葉を聞いた
振り返って――。
俺のことは見ない。
偽宝玉システマを見上げながらも側に体を寄せてきた。
鼻孔ちゃんが拡がって窄まっていく。
「にゃご」
鼻の動きは可愛いが声は不満そうだ。
胸元付近から出た数本の黒触手も偽宝玉システマの美人さんの頭部へと向けている。
「……武威を示すのではなく、攻撃すればいい」
偽宝玉システマはそんなことを語る。
俺は左手で不満げの
「今は我慢な?」
と語りかける。
相棒は頭部を揺らして俺の手を退かした。
そして、偽宝玉システマに向けて「ガルルゥ」と威嚇するような喉声を発して目を細めた。
「異質な獣よな……
偽宝玉システマは地下に生息する
首下に触手を収斂させていく。
その様子を見ていたヴィーネとジョディ。
「ご主人様……」
「あなた様……」
どこか心配そうな言葉の質だった。
ヴィーネとジョディはモニュメントに嵌まる女性の頭部こと、偽宝玉システマのことを睨んでいる。
「シュウヤ様に傷を負わせた……許せない」
「そうですね」
翡翠の
至近距離から矢をぶち当てたいらしい。
足下の
「――待った。ヴィーネ」
長耳に息を吹きかけながらヴィーネを止める。
まさか連続して、耳にえっちな不意打ち攻撃がくるとは思いもしなかったのか――。
ヴィーネは体を震わせ「は、はい」と喋りながら……。
おろおろと上半身をくねらせると喋翡翠の
そのまま熱情を帯びたヴィーネは俺に身を預けてくる。
切なそうな表情を浮かべているヴィーネ。
彼女の視線は俺の唇を見て……。
更に、下の腕に向かう。
――腕?
あぁ、偽宝玉システマの攻撃を手に受けたことを気にしているのか。
すると、俺の右手を青白い肌の両の手で大切な宝物でも包むかのように持ち上げてくる。
ヴィーネは目を瞑り「愛しいご主人様……」と呟きながら自身の頬に――俺の指を当て甲を合わせてくる。
銀仮面じゃない青白い肌……。
指と甲から得られる感触は少し冷たく柔らかい。
紫色の小さい唇にも俺の指を誘導するヴィーネ。
俺の指にキスをしながら……。
その小さい唇だけで、俺の指から甲を優しく労るように何回もキスを重ねてくれた。
ヴィーネはキスを止めると……。
やや憂いを残しつつの上目遣いを寄越しながら、
「……ご主人様は『物は試し』と語りながら、危険を自らの糧とする修行が大好きであることは、知っている……」
微笑みを浮かべながらやや素の感情を出した声。
銀色の虹彩は少しだけ厳しさがある。
ヴィーネは何を言おうとしているのかは分かったが……。
「わたしたちには心臓に悪いのだぞ……」
「そうですよ……素早いだけに追いつくのも大変なのですから」
「はい」
素のヴィーネとジョディの言葉だ。
そのジョディは和風ジャケットの胸元からしどけない襦袢ごと胸の膨らみを弾ませるように揺らしながら、フムクリから手を離す。
「今日はあなた様と活動できて嬉しかったのです。しかし、あなた様が傷を負うところを見た瞬間――」
涼やかな声で語るジョディは、
「――わたしの
と、喋りながら、俺の手を握り続けているヴィーネの手を払おうと細い手をヴィーネの手に向かわせる。
「
しかし、ヴィーネも素早い。
俺の手をさっと離しジョディの叩きを軽やかに避けてから、ジョディを横目で流し見る。
ジョディも優雅な裾さばきを見せるように髪と和風衣裳を靡かせて、俺の横をキープ。
ヴィーネのことを目を細めて見つめている。
互いに微笑んでいるが……。
眷属の女同士の争いは熾烈だ。
「その間に! シュウヤ様♪」
わおっ。
後頭部が幸せな双丘に包まれた。
幸せな不意討ちを繰り出したリサナ嬢!
横に頭部を動かすと、たぷんとした肉感が頬を打つ。
右の半透明だが、綺麗な乳房様だ。
しかも柔らかい。
おっぱい神なら『もう片方も確かめるのだ』と告げるに違いない。
だから確かめよう!
頭部を動かした――。
また、たぷんと頬を打つ。
リサナ嬢のおっぱいの極みだ。
ラファエルが、不満そうに、変な声を荒らげる。
一方、クールなユイは争いに参加していない。
「ふふ」と楽しげにふさふさな
ユイは
頷きながら視線を寄越すと、
「ちょっと、リサナちゃん? シュウヤを刺激しないで」
「……はい」
リサナは波群瓢箪に戻る。
下半身を納めた状態で扇子で口元を隠すポージングを取った。
「……見たことのない種族。魔族系も混じっているのか……」
偽宝玉システマはリサナの挙動に興味を抱く。
ユイは俺を見て、
「……エロなことはおいとくとして、毎日毎日、武術を訓練する姿を見ているからね。仕方ないわ」
ユイの言葉を聞きながらジョディはため息を吐くと、
「ユイは慣れているようですね」
「ううん、慣れていない。むしろ、シュウヤと一緒に危険に飛び込みたいんだから」
ユイは黒瞳で俺を責めるように見る。
『一人でツッコまないで、背中を預けなさいよ?』
または『修行を兼ねた斬り込みはわたしも役柄よ?』
という意味もありそう。
そう、責めるなって……という言葉はでない。
黙って受け止め胸にしまう。
「それはそれで危ないような……」
ヴィーネが呟く。
「そういうヴィーネも同じでしょう?」
「確かに、ふふ」
ユイとヴィーネは微笑む。
ジョディとリサナも釣られて四人は笑った。
背後で「まったく! 美女たちの微笑ましい会話はなんなんだい? マルゲリータに彼女たちの毛を煎じて飲ませてあげたいな!」
銀糸で雁字搦めになっているラファエルがそんなことを話す。
ダブルフェイスは「沈黙は金、雄弁は銀」を貫く。
偽宝玉システマはリサナからラファエルとダブルフェイスを見て、
「高位魔力層と違って普通のマグルか。妙よな……」
と、呟きながら俺を見る。
俺の種族を予想しているようだ。
ラファエルの言葉を耳にしたジョディは<光魔の銀糸>を少し強めてからサージュを手にすると、
「しかし、偽宝玉システマとやらは……」
偽宝玉システム睨みを強めていく。
「巨大な鎌で我を攻撃すればいいのだ」
ジョディを挑発する偽宝玉システマ。
自暴自棄になっているのか?
「皆、心配させて悪かった。しかし、ユイの言葉に甘えるわけじゃないが、俺の気質だからな」
「はい」
「分かっています」
「うん、でもこのわたしたちを囲っている光の網と侵入を阻む青白い結界はどうするの?」
「にゃお」
笑みを意識した俺は相棒を見て、
「ま、交渉次第だな。ということで、この偽宝玉システマとやらに、手を出すなよ?」
と、話をするとジョディの背後に浮かぶラファエルとダブルフェイスが、
「……僕は手が出せないよ?」
「……俺もだ」
彼らはジョディの背後に魂王の額縁と印籠魔眼と共に浮いている。
無数の<光魔の銀糸>を操るジョディに守られている二人だ。
「分かってるさ。なるべくじっとしといた方がいい」
「了解、ジョディさんに命を預ける」
「分かった」
ラファエルとダブルフェイスはジョディの行動を信頼しているようだ。
そのジョディはラファエルとダブルフェイスを胸元近くに近寄らせると微笑む。
そして、
「さきほどと同じく、わたしにお任せを」
和風衣裳の胸元は露出の幅が大きい。
巨大な双丘さんは見事に揺れていた。
「わぁ……ダイナミックバディだ!」
「……ふむ」
興奮しているラファエルと冷静なダブルフェイス。
そのラファエルは、
「シュウヤ、知ってたかい? この銀糸の周囲に白色の斑な蛾たちが飛んでいる! とてもいい匂いがするんだ」
「へぇ」
と、俺が発言するとジョディも振り返って、
「模様は前からですが、蛾の量は増えています。成長の結果のようです」
嬉しそうに報告してくれた。
「頼もしい! ジョディさん、この魂王の額縁に入るかい?」
ジョディの背中に向けてそう語るラファエル。
その声を聞いたジョディはイラッとしたような表情を浮かべると、
「わたしを使役するつもりでしょうか……百万年早い!」
彼女の背後で浮かんだままのラファエルの体に絡まる銀糸の量が増える。
口が塞がれ雁字搦め状態。
「窒息死はさせるなよ? ラファエルは友だからな」
「はい!」
「んん!?」
ラファエルはガムテープで口元を塞がれたように銀糸が口に絡まる。
俺の言葉を聞いて動揺しているが、しらんがな。
ヘルメの<珠瑠の紐>のような力はないから
さて、と偽宝玉システマを見る。
偽宝玉システマは俺たちの会話の分析でもするように視線を巡らせていた。
その偽宝玉システマの小さい唇が動く。
「――高位魔力層よ、汝の名はシュウヤなのだな?」
古い口調で聞いてくる。
偽宝玉システマの頭部は美しい女性だ。
そして、今さっきまで虹彩は蒼色が占めていたが……。
魔眼のスキルを使ったようだ。
虹彩が鳶色と白色と灰色と紫色が混ざり合っている。
瞳孔の中にΩの小さいマークが浮かぶ。
更にαと♯に∴といった様々なマークが規則正しく並んで瞳を形成していた。
少しだけ大きい魔印のようなマークはミスティの額にあるマークと似ている。
気のせいかな。
偽宝玉システマは魔眼の力で俺たちを分析しようとしているんだろう。
魔眼の能力はラファエルとダブルフェイス以外は弾くと思うから無駄だと思うが……ま、素直に名乗るか。
「偽宝玉システマさんよ。俺の名はシュウヤだ」
「……シュウヤの存在を高位魔力層と認識し、情報を統合、再構築、連結。ゼロハチハチハチハチ」
モニュメントに嵌まる美人さんは機械めいた声で喋っている。
「その、最後のゼロハチハチハチハチは意味あるのか?」
「……ある」
「教えてくれ」
「我らの魂の数だ。高位魔力層シュウヤ」
魂たちを集積していた数か。
ゼレナードが用いていたことは確実だ。
そして、俺の名前の前に高位魔力層と付いているが……。
「高位魔力層とはなんだ」
「シュウヤである。我にアクセス可能な方々の総称でもある」
さっきの魔力を送ったことがキーとなったのか。
「その
「否、ゼレナードとアドホックは高位魔力層の最上位。偽宝玉システマを、我を、作り上げたのはゼレナードとアドホックなのだ」
「ゼレナードたちが作り上げた偽宝玉システマに俺の魔力が食い込んだか。干渉したのか?」
「そうだ。なんらかのスキルを用いたのではないのか」
「使っていない……」
光魔ルシヴァル種としての力が作用か?
<霊呪網鎖>は使っていない。
だとしたら称号と魔力効果か。
「不可解だ。だが、この世は不可解こそが真実を映す鏡……複雑に絡み合う運命線が紡ぎ出す混沌の儚き一生……シュウヤの持つ種族特性の力か、高位ゆえの魔力の質か、または称号の力のせいだろう。あるいは、神々の悪戯……そのすべてか」
偽宝玉システマは詩人のような言葉で、俺の能力を予測してきた。
「……で、偽宝玉システマのお前にとって、ゼレナードとアドホックは親ということか?」
その途端、偽宝玉システマの表情が一変。
憎しみの色が表情に出る。
しかし「ぐふぇッ」と、突然、口から血を吐いた。
双眸から力が失われる。
「おい、死んだのか?」
「……」
偽宝玉システマは答えない。
「え? でも頭上の光線は出続けているけど」
と、ユイが指摘。俺も言葉にしないが、『生きているよな?』と語るように、不安げな表情を意識しながら、皆に対して頷く。
ヴィーネも静かに頷く。
ジョディも、ラファエルは数回、こくこくと、首を縦に振るってダブルフェイスは帽子を片手で押さえてクールに決めている。
西部劇に登場するような小銃を持たせたら似合いそうだ。
リサナは波群瓢箪の上で踊りながら、頭上を行き交う光線たちの動きを見ている。
俺は偽宝玉システマに視線を向けた。
双眸に力が宿る。
偽宝玉システマの血濡れた唇が動く。
「……一回、死んだ」
と、語る偽宝玉システマは微笑む。
冗談のつもりなのか?
俺は一瞬、五点着地で転がってからのフライングボディプレスを偽宝玉システマに繰り出そうと思ったが止めといた。
ツッコミは入れずに視線を強めながら、
「ゼレナードとの関係は?」
と、再度尋ねる。
偽宝玉システマは、また口を動かす。
「……我は改造されたのだ。偽宝玉システマになる前は……ここの総領主長であった……」
「総領主長とは? 君主? とか王?」
「そういうことだ。聞いたことはないか? 【星鉱独立都市ギュスターブ】の名を、
ギュスターブに
まさか、ここでその名を聞くとは……。
「都市の名としては知らないが、ギュスターブなら聞いたことがあるし、
ミスティの名前と夢の話に出てくる古代都市……。
そして、スキルの名に繋がる……。
だとしたら偽宝玉システマに変わる前の彼女は、ミスティの祖先だったと?
あ、偽宝玉システマの瞳の中にマーク!
ミスティと同じ魔印もあった。
――マジかよ。
驚きどころか、鳥肌もんだ、寒気がする。
どんでん返しというか予測不可能すぎるだろう。
なんという運命だよ!
だが、つじつまは合う…………樹海はヘカトレイルの方にも繋がる。
だから、ミスティの一族は神具台か何らかの手段で、この南マハハイムの地上に脱出していたんだ。
そして、種族ギュスターブの能力を生かしたミスティの家系は……地上で連綿と暮らし続け……ミスティの代か詳細は不明だがオセベリア王国の貴族となっていたと……。
ミスティの兄、ゾルの能力も……すべてが合致する……。
こりゃ急いでミスティを呼ばないと……。
俺の会話を聞いているユイとヴィーネは気を利かせて、ミスティに血文字で連絡した。
「ロロ、すぐにここに戻ってこられるよな?」
「にゃ!」
元気良く鳴いた相棒は頷く。
俺は頷きつつ右腕を上げた。
半袖バージョンのハルホンクの袖口が揺れる。
指を差す――と、同時に右腕のアイテムボックスを壊さないように、その右腕から血鎖を繰り出した。
細かい血鎖たちが一直線に光の網が形成するバリアに向かった。
光線が形作るバリアをぶち抜きながら血鎖で弧を描くように展開させていく。
さっきと同じく、血の門を作る。
血鎖の門を形成させていく。
ロロディーヌは既に駆けていた。
「ミスティたちを連れてこい」
「ンン――」
血鎖の門を潜り抜けた相棒――走り高く跳躍する。
馳せるロロディーヌは素早い。
「さすがは神獣ロロディーヌ様。竜を超える機動力」
ヴィーネがそう感想を述べた。
「上のレベッカとミスティに連絡する」
と、ユイが血文字で報告していく。
「頼む」
ヴィーネも「エヴァやカルード、血獣隊にも個別に報告します」と血文字を送り合っていく。
一方、相棒のロロディーヌは小さい恐竜の死体を前足と後脚で踏み蹴りながら坂を駆け上がっていた。
首下から伸ばした触手骨剣を上方の坂に突き刺す。
そして、その触手を首に収斂し、一気に体を坂の上に運んでから両足で坂に着地し駆け上がりながら――。
まだ生きていた小さい恐竜たちへと触手骨剣をプレゼント。
小さい恐竜を串刺しにして、その触手を上下に振るいつつ走る。
そうやって無数の小さい恐竜たちを屠りつつ骨剣に刺さった死体を投げ捨てながら坂を上がっていた。
ロロディーヌは、また跳躍し、出っ張りの石を踏み壊しながら颯爽と坂を上がっていく。
黒豹の姿から、やや太めの馬の形に変身した。
胴体の横から漆黒の翼が生えている。
ここからでも分かるぐらいの大きさだから、姿はかなり大きくしたようだ。
神獣ロロディーヌは膂力のある動作から後脚の蹴りで坂を破壊しながら高く跳躍する――。
一瞬で見えなくなった。
俺は血鎖を消去しながら偽宝玉システマに視線を向けて、
「改めて聞くが、ここは地下都市だったんだな」
「……そうだ。ゼレナード&アドホックに破壊された」
クレーターのような隕石が落下したような跡か。
ゼレナード&アドホックの戦略級古代魔法か?
しかし、人族系の種族が地下に定住している?
血文字で連絡中の地下に詳しいヴィーネに視線を向けた。
宙に浮かぶ血文字越しに、
「知りません、地下も上下左右に入り組んで複雑ですから」
と、ヴィーネは語った。
エヴァとカルードとリアルタイムで血文字会話中だ。
俺は偽宝玉システマに向け、
「偽宝玉システマの頭部は人族のように見える。種族ギュスターブとは、人族とは違う種族なのか?」
と、聞くと、偽宝玉システマは美しい表情を少し崩すように口元を動かして、
「違う種族のはずだ。しかし、シュウヤが似ていると言ったように、我らはそのマグルと似ているゆえ、地下で暮らす種族たちからギュスターブは忌み嫌われた」
昔を思い出したように語る。
「そっか、地下だと敵も多かっただろう」
「うむ。多かったが、我らも技術を有している。そして、皮肉だが、この場所は数多くの神々が神秘化された場所であった……
針鼠神の名ドレッドンと、魔神ルクサードは初耳か?
針鼠神の彫像なら見たことがある。
ラングール帝国に所属する地下都市レインガンから遠出してきた
熊鍋風の料理は汁は濃くがあって肉は柔らかく美味かった……。
「ギュスターブとは
「そうだ。超貴重素材アルマリギットとエンチャント高度技術に秀でた古代ドワーフに抵抗できるだけの技術を有していた。ただ、アウロンゾの一族に負けるかもしれぬ」
アウロンゾの方は愛用している魔槍杖バルドークを作り上げたボンとザガのドワーフ一族の名前だな。
華やかそうな都市を想像する。
デビルズマウンテンの地下都市を想像したが、違うんだろうな。
「死神ベイカラにも?」
ユイが小声で呟く。
ユイは周囲を見る。
神殿の跡地のようだから、ベイカラに関する何かがあるかもしれない。
その死神については指摘はしない。
種族ギュスターブと人族のことを偽宝玉システマに、
「……そっか、あくまでも似ているだけか」
と、発言した。
「魔印を持たぬマグルなどと、一緒にするな」
皮肉だが、マグルと化しているミスティを見たらどう思うか……。
「その語り口だと、偽宝玉システマとなる前の記憶が残っている?」
俺の問いに偽宝玉システマは微かに頭部を震わせてから、頷く。
「我の与えられた魔神ルクサードの恩寵と汚れたとはいえ、神々を祀った場所のお陰か、ゼレナードの干渉に僅かながら抵抗を示したようだ。闇に覆われ完全ではないが……僅かに記憶を持つ。しかし、シュウヤたちが戦った種人と他の領主たちの記憶は失われていた……」
偽宝玉システマは他のモニュメントに嵌まる頭部たちを悲しげに見る。
汚れたか、ホルカーの欠片が揺れ続けているのは、これかな。
「……能力のある者たちのすべてが……ゼレナードの道具、傀儡と化した……の、だ」
小声で語る偽宝玉システマ。
彼女の鼻から血が垂れていく。
「ん? 弱っているのか?」
「そうだ。我は、所詮はまがい物……宝玉システマのレプリカにすぎないのだからな……」
偽のアイテムか。
「これも皮肉だが、だからこそ自我を僅かに保てていたのかもしれぬ……そして、既にゼレナードとアドホックとの繋がりは失われているゆえに、我の偽宝玉システマとして機能は尽きようとしている」
「機能が尽きようとしているとは寿命のことか? お前は死ぬのか?」
「そうだ、死ぬ。死ぬ我よりも種人たちはどうなった。高位魔力層シュウヤが倒してくれたのか?」
種人とは小さい恐竜とか魔兵士のことだろうか。
さっきアマウルフが語っていたが……。
「種人とは繭と卵から誕生したモンスターたちだよな? だとしたら粗方倒したぞ。また増えてきているが……」
「種人たちを倒してくれていたのか……高位魔力層シュウヤ」
安堵のような魔息を吐く偽宝玉システマ。
どことなく顔が曇る。
……まさか。
「ひょっとして、種人たちの卵や繭の大本は、この地下都市に住んでいた方々の命か?」
「そうだ。基の素材は種族ギュスターブが占めているはずだ」
「……マジかよ」
「姿と形に性質のすべてが、ゼレナードとアドホックによって書き換えられているが、同胞だ」
あの小さい恐竜も魔兵士も、種人とは、種族ギュスターブたちを基にしていたのか……。
「だが、大半の種人を倒してくれたようだな」
偽宝玉システマはそう呟いた。
仲間が殺されて倒してくれたとは……。
俺たちは顔を見合わせる。
皆が皆……顔色を悪くした。
俺たちの様子を見た偽宝玉システマは「何を悲しむ……」と告げながらも睨みを強める。
憎しみがあるわけじゃないと分かるが……。
厳しい視線だ。
「……僕は見ていただけだよ? だから怖い視線を向けないでくれ」
ラファエルがそう発言。
「俺は戦った……」
青ざめているダブルフェイスはイヤーカフの魔力を強めていた。
まだゲストな彼らは感情は理解できる。
俺は、ユイとヴィーネとジョディと視線を合わせて頷き合う。
「ご主人様、あの場、あの量、あの敵が襲い掛かってきたのです。仕方がないかと」
「うん」
「なにか、後ろめたい気持ちがあります……」
ジョディは胸に手を当て泣いていた。
良心の呵責を初めて感じ取ったようなニュアンスだ。
そんなジョディにユイとヴィーネが寄り添ってあげていた。
俺は偽宝玉システマに視線を向ける。
偽宝玉システマに『済まないことをした』と謝ったところで行為は行為。
「取り繕う気はない。殺しは殺しだ」
「ふ、正直な高位魔力層シュウヤ。安心しろ……責めているわけではない」
そう微笑みながらも、偽宝玉システマは、魔眼らしき力を強めている。
「俺たちは同胞を殺したんだぞ。偽宝玉システマにとって俺たちは仇だろう? 責めるというより、さっき光の魔法で直接的に俺たちへと攻撃をするべき相手だと思うが」
「しない。さきほどの絶対防衛機構の攻撃は、シュウヤを高位魔力層と認識する前のこと」
あ、そうか。当然だよな。
俺の存在は偽宝玉システマにとって未知。
「……我らから見ればシュウヤの存在は危険な侵入者であり未知の侵略者。攻撃手段に出るのは当然であろう。そして、ゼレナードの支配が消えたからこその危険がある。地上の樹海も人族勢力、樹怪王軍団、オーク勢力、地下では、旧神から地底神キールーと呪神フグの争いなど、他の争いは未だに続く……ゼレナードとアドホックも地底勢力に種人を送り対処を施していたのだからな」
なるほど。
「それにゼレナードが危機に陥るか、死んだからこそ、我、偽宝玉システマが密かに起動していたのだ。同時に種人たちへと魔力が供給された」
「あの大軍はそうして生まれたんだな」
「うむ。種人たちはゼレナードを守るというよりも、ゼレナードと敵対する者や魔神具に近づく者だけでなく、最初から出会う者のすべてを片っ端から破壊するように共生細菌の因子たちが埋め込まれていた」
そういうことか。
「アマウルフという知能がありそうな種人と呼ぶ魔兵士たちも居た」
「……記憶がないが、基は優秀な
戦った魔兵士たちの挙動を見るに納得だ。
ただ、
このクレーターの底を含めて、縁の坂の周囲にも見当たらなかったが……。
いや、巨大なモニュメント群がそうなのか?
極大魔石がやけに多く嵌まっていたし……スイッチのような機構もあった……。
「……納得だ」
と、正直に告げた。
偽宝玉システマは静かに頷く。
そして、周囲の煙を出しているモニュメントを見ながら、
「……このまま待てば、我は死ぬ。シュウヤは、今すぐに我を滅したいのか?」
「いや、そういうわけじゃないが、死んじゃうのか」
「……いいのだ。我は偽とはいえ、ゼレナードとアホドックの魔神具……」
その瞬間、血の涙を流す偽宝玉システマ。
「やっと死ねるのだ。この地獄の日々から、解放される……」
「しかし……」
「否、我はゼレナード&アドホックが無数の人々を無残にも白色の紋章と化すことに力を貸した。魂を奪うことに協力した罪深い魔神具が、この偽宝玉システマなのだぞ!! だからこそゼレナードの道具と化した領主と種人たちを殺してくれて……感謝しているのだ」
双眸と鼻から血の涙を流し続ける偽宝玉システマ……。
美女な顔だけど、鬼気迫るモノがあるし、心を打つ……。
「感謝か……」
沈黙が流れる。
「うむ。絶対防衛機構は破られ散った。そこの偽宝玉システマから出ている頭部だけの領主たちもシュウヤに倒され本望だろう。そして、じきに我も、この偽宝玉システマとしての<絶対防衛ギュスターブ>も終わる」
偽宝玉システマがそう語った直後――。
本当に俺たちの頭上を囲っていた光線たちが消えた。
周囲の地面から突出していたモニュメントたちも、完全に沈黙。
バリア網と光る鞭のような攻撃と光線ビームが<絶対防衛ギュスターブ>というスキルか魔法だったんだろうか。
この偽宝玉システマについて、もっと知りたいが……。
目の前の偽宝玉システマは、いつ寿命が尽きるのか分からない。
だから、速くミスティに会わせてあげたいが、
一応、
「回復魔法を試すが、いいか?」
「いいが、我は魔神具に部類するアイテム。普通の回復は無理だ。アイテムだろうと魔法だろうと無駄だぞ」
「試しだ――」
水属性:上級。
《
水のシャワーが偽宝玉システマに降り掛かる。
モニュメントは水を吸収しないで弾く。
頭部が濡れただけ、まったく効いていない。
聖花の透水珠もあるが……。
仕方ない。今は結界のことを聞くか。
「偽宝玉システマ。奥の塔に入りたい。結界を解除できるか?」
「塔ではない。扉もないぞ」
「塔ではないのか、やけに縦長だな」
「我の一部でもある。星鉱の都市を形成していた無数の金属群とギュスターブの人々と魂を素材として利用したとゼレナードとアドホックは語っていた。種人たちの魔力の源でもある……そして、結界の解除なら簡単だ――」
双眸を、塔に方へと向ける偽宝玉システマ。
その瞬間、青白い結界は萎れていく。
待っていれば結界は消えたかもな。
偽宝玉システマのモニュメントからも煙が出る。
美しい頭部の周囲に嵌まる極大魔石たちも光を失いつつあった。
しかし、塔に出入り口がないのか……。
巨大なだけの魔道具&魔神具だったということか。
とりあえず視線と顎先でヴィーネとユイにジョディたちへと塔の下に行けと指示を出す。
「うん」
「はい――」
ユイたちは足早に塔に向かった。
その直後、血文字が浮かぶ。
『マスター、今から向かうから!』
『了解した』
さすが、相棒は神獣!
もう地上に到着していたらしい。
『こっちの戦場は精霊様が氷の城を築いてから落ち着いた。だから、わたしたちもいくから。ナナちゃんはロロちゃんに包んでもらう』
『頼む』
ミスティとレベッカに短い血文字を送る。
そこで、偽宝玉システマに向けて、
「今、仲間を呼ぶ」
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