五百六話 光魔のスリーマンセル

 ジョディは上の空となるとユイは、集中していないジョディの表情を見て『どうしたの?』と、いうように視線を向ける。

「ジョディ、この扉の先、奥の方にロンハンの反応がある」

「……はい」

「先ほどから反応が鈍いけど」

「そうですか?」

「うん、鬼百合のような花模様の蝶を出していた時と違う」

「<光魔の白蛾>ですね」

「そんなスキル名なのね」

「……はい」

 ジョディは小声で返事をしながら自らの首を触る。

 イターシャが消えた方角を寂しげに見つめていた。

「あ、もしかして、首に巻き付いていたイターシャちゃんがいなくなったことを心配しているの?」

 ユイの指摘が図星だったジョディは頬を朱に染めて「……はい」と頷いて返事をした。その、ほんのりと、はにかむ表情を見たユイとヴィーネは……小さい鼬の剣精霊が離れただけで、あの<光魔ノ蝶徒>として強いジョディが動揺を示すなんて……と考えた。

「大丈夫ですよ。小さい剣に宿っていますがイターシャも立派な精霊に変わりないのですから」

「そうそう、心配しすぎ。笠をかぶった魔族系兵士は強いけど」

「はい、戦うことになったら心配ですね。しかし、素早い子ですし、まともに衝突はしないはず。わたしの扱う黒い小さい精霊ハンドマッドたちより賢いですから」


 ユイとヴィーネはジョディを励ますように語る。

 ジョディは、その二人の激励を受けて、頷き、


「本来の主、サラテン様のもとに戻られたのかもしれません」


 と再び斜め上の方角を見るジョディ。その視界には灰色のコンクリートに近い天井が映るのみ。しかし、見ている方角はシュウヤ&ロロディーヌが、ゼレナード&アドホックと戦う場所を正確に捉えているかのような視線だった。同時に神剣サラテンが神々の残骸に突き刺さっている方角だ。

「あ、ジョディの首に懐いていたからジョディが使役しているように見えたけど、実はシュウヤの左手にいる神剣様の眷属ちゃんだった」

「ご主人様も操作には苦労しているようですから、あまり変なことは言わないほうがいいかもしれないです」

 ヴィーネは、神剣なだけに真剣な表情を浮かべつつ語る。

 その言葉を聞いたユイは青ざめる。

 ジョディは……。

『わたしは神剣サラテン様に貫かれても平気です』

 というニヒルな笑顔を浮かべていた。 

 ユイは「……はは」と、ごまかすように片頬を上げて笑う。

 ヴィーネの言葉が嘘ではないからだ。ユイは瞬きを繰り返す。

 頭部を左右に揺らし『今の会話は気にしない』と考えてから『うんうん』と一人頷くユイ。頭部に乗せた般若仮面が揺れた。

 気を取り直したユイはヴィーネとジョディに視線を向け、

「……それじゃ本題といきましょう――」


 と発言し、右手に持った神鬼・霊風の鞘の鍔元を持ちながら、


「この扉の先にはロンハンだけじゃない。魔素だらけ、何かしらの結界もありそう」


 そう語りつつ神鬼・霊風ごと、細い右腕を扉の先に差し向けた。


「はい。ロンハンを含めた幹部たちを仕留めましょう」

「フムクリも必要ないですし先ほど・・・の戦いと同じように」


 ジョディの先ほどとは……。

 この廊下に来る前の戦いのことだ。

 転移陣から出現が続く敵たちのことではない。

 

 階段を幾つか下りた先の大広間に集結していた冒険者崩れたちとの戦いだ。


 彼女たちは事前に予定していた通りのフォーメーションで冒険者崩れとの戦いに挑んだ。

 建物制圧型の二列縦隊気味のフォーメーション。

 

 ユイは壁に張り付くように移動する斥候を担当。

 先頭に小型の金属鳥を出したヴィーネは、ユイに少し遅れて進む。


 血を纏う金属鳥と連動し偵察を終えたユイ。

 血文字とコールサインを皆に送る。

 血文字とそのコールサインを確認したヴィーネは前進し大広間に出る。


 と、敵の集団目掛けてエクストラスキルの<銀蛾斑>を使用した。


 この大胆な奇襲攻撃から大広間の大規模な戦いは始まった。


 ヴィーネは、光線の矢で混乱した数十人の敵を一挙に殺す。


 続いて、ジョディが<血蝶の舞>と<光魔の銀糸>を連続発動しながら混乱する敵たちを捕らえては更なる混乱を巻き起こした。


 二人の蝶を用いた幻術作戦に嵌まった敵集団は大混乱となる。


 その混乱した大多数の敵たちをユイが迅速に処置。


 他の存在が剣術を見たら、血魔刀乱舞と呼びたくなるほどに、三刀の圧倒的な暗殺武術だった。

 

 何十という数を屠り、敵を一掃した。 


 ヴィーネは、そういった奇襲、迅速、猛攻を何事もなく行った仲間たちとの〝さきほどの戦い〟を思い出し、二人を見て頷くと、

 

「……この奥に潜む敵も派手に倒しましょう――」


 と宣言。


「この部屋には居ないと思うけどね」

「ふふ」


 ジョディの頷くような嗤い声が響く中――。

 部屋の扉をユイが抜刀術で鍵ごと切断した。


 切断された扉だったモノは床に落ちる間際にユイの芸術めいた剣術によって細かく両断されて塵と化していく――。


 床石と黄緑色の絨毯ごと切断した神鬼・霊風の刀身は煌めきを発しながらユイが持つ鞘の鯉口へと戻る。


 居合いを披露したユイは塵を纏うように、室内の絨毯に足を踏み入れた――

 ヴィーネはユイの洗練された剣術と暗殺歩法を見て尊敬の眼差しを向ける。


 銀色の虹彩は真剣だ。


『さきほどと同じくガドリセスの出番はあまりなさそうだ。しかし、ユイの剣術と暗殺者としての動きは本当に凄い。魔導貴族たちの中でも名のある剣豪は多く居たがユイの剣術の腕は別格だろう……』


 と感心しながら翡翠の蛇弓バジュラに光線の矢を番えて、


『そして、信頼し背中を預けてくれたユイの背後は絶対に守る』


 強い意志を込めて前傾姿勢で前を進むユイの背後を守る形でヴィーネも侵入――。


 そのユイの背後のヴィーネは中腰態勢だ。 

 ゴールドタイタンの糸が絡んでいるラシェーナの闇腕輪にも魔力を注ぐ。

 いつでも闇の精霊を腕輪から出せる。


 総合的に戦場を把握しようとするヴィーネには、うってつけの伝説レジェンド級の腕輪だろう。


 さらに最後尾に位置するジョディが<光魔の銀糸>を部屋の天井に這わせながら彼女たちの背後を守る。

 

 <筆頭従者長選ばれし眷属>と<光魔ノ蝶徒>のスリーマンセル。


 この凄まじい三人が狙う標的はロンハン。

 先頭のユイは足早に進んだ。

 <ベイカラの瞳>が縁取ったロンハンを追う。

 

 彼女たちが進む室内は広く明るかった。

 天井の光源は歪なクリスタル製の球体群。

 そのクリスタルの光源が室内を隅々まで調べるように明るく照らしていた。


 会議室のような長机も中央にある。


 青緑色の絨毯も敷かれ壁際には棚もあった。

 棚の上には、水差し、巨大な灰皿、水晶玉、象牙の歪なオブジェが置かれてある。

 ヴィーネはそれらの品物の価値を一瞬で把握。


「燭台といい価値が高いモノが多いですね。しかし、魔力が備わった秘宝類ではないです」

「宝は無視」


 三人は頷く。

 長机には、ヴィーネが指摘した銀色の燭台が置かれてある。

 椅子は横並びの、がらんどう。

 この室内で、会議が行われていただろう部屋には誰も居ない。


 奥にもう一つの扉がある。

 隠し扉がないか確認しながら歩くユイ。


 最終的に、奥のぽつねんと存在感を示す扉を凝視した。

 そう、ロンハンを含めた他の魔素の反応が、その扉の先にある。

 

「反応はあの奥」

「……ユイが斬った扉よりも高さも幅も小さい。ここが会議室とすると位置的に客間か他の出入り口に繋がる廊下でしょうか?」

「廊下の線が濃厚ね」

「はい、右と左にも魔素の反応がある……」

「位置的に壁際で向かい合って居るし、ロンハンの場所も近い。そこにも魔素たちが集結している」

「幹部たち&ごろつきの兵士たちでしょう。当然、わたしたちを警戒した動きです。狭い場所から出たところに向けて火力を集中させるつもりかと」

「うん。会議室に居た幹部たちは、わたしたちの存在を知り待ち伏せしやすい場所に移動したって流れかな。ま、退路も考えている動きだし、当然か」


 ユイはそう発言しながら扉の先を見る。


「……素直に進むとして、小さい扉は一つ」


 と扉を見ながら呟くユイ。

 敵が用意しているだろう罠を警戒しながらジョディに視線を向けた。


 ……ジョディなら、扉を破らずに転移斬りの技を使い部屋の中に侵入できるかな?

 同時にわたしたちも、この扉から廊下に突入すれば、幹部たちへ逆に急襲が可能になるかもしれない。

 

 と、ユイは考えていた。


「ジョディ、転移しながらの斬り技は、どれくらいの範囲が可能なの?」

「視界の範囲だけです。障害物があると難易度は高まります。昔のようにはいきません」


 ジョディの言を聞いたユイは正面から征くしかないかと考えた。


「距離が短いとはいえ転移が可能な<光魔ノ蝶徒>の機動力は正直、羨ましい」


 と、ヴィーネは呟く。


「ふふ、わたしも。と、いいたいけどヴィーネもわたしも十分速いから」

「ですね」


 ユイとヴィーネは<血魔力>を纏いながら妖艶な笑みを見せる。

 <筆頭従者長選ばれし眷属>として成長が続く彼女たちは、自身の強さについて認識している。


「昔のように内部に転移ができたなら……あなた様、シュウヤ様に多大な貢献ができたのですが……」

「死蝶人の頃か」

「はい。ですが、今の<光魔ノ蝶徒>としての能力も優秀です。<光魔の銀糸>から<血蝶の舞>を盾代わりにして強引に廊下に出ましょう」

「了解。その盾代わりの能力が破られても、わたしたちなら強引に対処できる」

「はい、最大のリスクはゼレナードが居る場合ですが……一人以外、膨大な魔力は感じませんからね」

「うん、膨大っていっても、白色の貴婦人とは思えない」

 

 ユイとヴィーネがそう会話している。

 しかし、ジョディは不機嫌となった。


「……ユイさん。わたしの能力をけなしている?」


 ジョディはプライドが刺激されたのか、口先が尖ってユイを見る。


「まさか、リスクの面を述べただけよ」

「そうです。ユイは光魔ルシヴァルの選ばれし眷属。吸血鬼の能力の不死系を利用しようということです。ご主人様ならば〝肉を切らせて骨を断つ〟という意味のある言葉を話すでしょう」


 ヴィーネは真面目にシュウヤの物真似をするが、ユイもジョディもスルーした。


「……そういえば、あなた様は、シュウヤ様は、そのような言葉を喋ってましたね」

「うん」

「ふふ、しかし、能力についての見解は釈然としません」


 ジョディはユイを睨む。


「はは、もう……」


 ユイはジョディの死蝶人を思わせる視線を見て恐慌状態になるがユイ自身も周囲に恐慌を促しているとは気付いていない。ユイの<ベイカラの瞳>も進化しているからだ。

 死神ベイカラの能力が光魔ルシヴァルの<血魔力>を得ることで進化していた。

 アドリアンヌが重視した理由の一つだ。

 その魔眼から漏れ出た白色の靄は口に咥えた神鬼霊風の魔刀と重なっていた。

 

 二人の様子を見て微笑むヴィーネ。


「二人とも、ご主人様なら〝そろそろ仕舞いにしろ〟と仰るはずだ。幹部たちの魔素の反応はこの奥なのだからな」


 ヴィーネは素の感情を表に出して語る。

 その注意を促す、シュウヤの物真似的なヴィーネの言葉を聞いて、微笑むが、シュウヤの存在を思い浮かべた三人は気合いが入った。


 ジョディは頷くと扉へと流し目を送る。


「気合いが入りましたし、では――よろしくて?」

「うん」

「はい」


 ジョディとユイは互いにささいなことと流す。

 頷き、ヴィーネとも視線を交わした直後――。


 <光魔の銀糸>を発動し、巨大な鎌のサージュを下から振るい上げる。

 扉ごと会議室の一部を両断するジョディ――。


 すると、


「――来たぞ、侵入者だ」

「やはり、ロンハン、お前がつけられていたんじゃねぇか!」


 扉の先の廊下から罵声が響くと、同時に短剣、氷礫、氷矢、雷撃、土礫、白色の魔法陣が飛び出してきた。

 やはり、罠。扉や会議室の壁ごと破壊しようという意思が込められた凄まじい集中砲火だ。


 対するは<光魔の銀糸>をカーテン状に展開していたジョディ。

 銀色の糸の群れは、それらの待ち伏せ用の一斉攻撃を弾き飛ばしていく。


「おい、なんだありゃ、この一斉攻撃を防ぐとか」

「ケマチェン、話が違うぞ!」

「知るか、構わず攻撃しろッ。【死の旅人】の総力戦だ、撃ち続けろ――」


 血蝶を無数に発生させるジョディ。

 カーテン状の<光魔の銀糸>を操作しながら廊下内に突入していく――。

 ユイとヴィーネもジョディに続いた。


 ヴィーネは廊下の角度が奥に行くにつれて横に広がっている待ち伏せ用の場所と、即座に状況を把握。

 乱戦用に、翡翠の蛇弓バジュラを背中に戻し二剣モードに変更しながら、廊下の横に居た兵士を横に寝かせたガドリセスで払い斬りながら前進。


「……俺のせいだってのか――え? いてぇぇぇぇ、えぁ?」


 そう喋った男はロンハンだ。

 気付いたら、ユイの十文字斬りを腰に受けていたロンハン。


 愛用していた扇子の武器が切断。

 切断部位が地面に落ちた。

 血の飛沫を顔面に浴びた彼は、ユイの口に咥えた神鬼・霊風の<銀靭・二>の袈裟斬りを頭部に受けている。


「あひゃぇ――」


 ロンハンのろれつが回らないように、その彼の視界は血に染まりながら斜めに分かれていく。

 ――最後には、「そんな言葉を出す資格もない屑が――」とユイの言葉と共にロンハンは喉に<虎突刀>を喰らう。

 

 そのままヴァサージを左に引きロンハンの首を裂くユイ。

 ユイは倒れゆくロンハンの血を吸わず、ジョディと対決している白い双眸を持つ魔杖から白い紋章を放っている魔術師の敵を確認した。


 そして、剣戟音が響くヴィーネの方も見る。 

 ヴィーネは白い紋章を足下に放って速度を加速している双剣の剣士と対決していた――。

 

 わたしも参加するかな――と、ユイは思うが――。


「ほう、【死の旅人】の実力者、あのロンハンが反応もできず死ぬとは――」


 男の低い声が響くと同時にユイに対して煌びやかな短剣が飛翔した。煌びやかな短剣の形はククリ刃に近い。

 柄に特異な紋が刻まれている。


 ……あの紋、シジマ街でも有名だった【焔灯台】?

 ユイは短剣の柄に刻まれた紋を見て、東方で幅を利かせている組織名を思い出す。


 アゼロスを微かに傾けて間合いを変えつつ、その煌めく刃を宿す短剣をアゼロスであっさりと弾く。

 

 弾いた短剣は床に突き刺さらない。

 宙空を奇妙な動きで反転する短剣は、その短剣を<投擲>してきた男の掌に戻る。


 <導魔術>系能力と白色の紋章魔法陣が加わっていることは一目瞭然な戦闘術だった。


 帽子をかぶる男が握る短剣の柄は回転。

 その回転する短剣の刀身には、魔力を内包した魔宝石が嵌まっていた。


 ユイはこの情報にない短剣を扱う男を凝視する。

 

 ……形の変わった帽子をかぶるニヒルな男。

 その帽子も魔力を湛えたチェーンが備わって耳と繋がっていた。

 ニヒルな男は、宝石が嵌まる短剣をくるくると回す。


 それはカードのマジックを両手で行うような絶妙な動き。

 そんな短剣の動きに気を取られたユイに向け――。

 大量の短剣が飛翔してきた――。

 すると、ジョディと戦っている魔術師がいた近いところからどういう訳か帽子をかぶった男が、その短剣の群れの攻撃を見て「いきなりか――」と邪魔されたように言葉を言い放った。


 帽子をかぶる男はユイではなく、ユイに向けて短剣を放った女を見ている。


 ユイは三刀を用いた<銀靭・一式武>の防御剣術を使い迫る短剣の群をしのごうとしたが、ユイの周囲に血色の蝶々が舞う――ジョディ? とユイは思う。それは正解だ。血色の蝶々に続いてカーテン状の<光魔の銀糸>がユイをフォローするようにユイの体を狙っていた短剣の群れを、血の蝶々と銀糸が弾いていった。


 ジョディはユイのフォローを完璧に行うとサージュを斜めに傾けた。


「侵入者だ、殺せ!」


 と叫びながら襲い掛かってきた兵士二人の剣突を、そのサージュの柄で受けて防ぐ。

 経験豊富な兵士たちは、あっさりと剣突を防いだジョディの表情を見て、怯えた。涼しげなジョディは受けた剣を下に誘い込むようにサージュの柄を横に流し、妙なる動きでサージュの柄を回転させていく。剣を突き出していた兵士たちはサージュの動きに対応できず、サージュに剣と腕ごと引っ掛かったように巻き込まれたまま剣を離さない。 催眠術でも掛かったような兵士たちはバランスを崩した。

 ジョディはサージュを切り返しながら直進、大きな鎌の刃がバランスを崩した兵士たちの首へと滑り込む、一瞬で、兵士たちの首が飛ぶ。空間ごと断ち切るようなサージュによる一閃が決まった。

 前進していたジョディの背後で、刎ねられた兵士たちの首が天井にぶつかっていた。


 ジョディは、背後で倒れゆく頭部なし兵士のことは気にしない。相対する白いオーラを纏う魔術師が放った白色の紋章魔法陣に向けてサージュの柄を突き出していた。


 白色の紋章魔法陣とサージュの柄頭が衝突――。

 激しい魔力を伴う火花が大気に混ざるように散っていく。

 <光魔ノ蝶徒>のサージュの柄頭は強力だ。

 ジョディのサージュが白色の紋章魔法陣を打ち消した。


「――ジョディ、ありがとう」

 

 ジョディはユイの礼の言葉を耳にした。

 しかし、すぐに黒髪の<筆頭従者長選ばれし眷属>の礼に答えず――。


 紋章魔法陣が打ち破られた魔術師が、次なる手を繰り出していた。宝石が宿る捻れた杖から繰り出した白色の剣刃を避けるように跳躍していた。


 天井に両足の先端のドリル足を突き刺すジョディ。

 天井からぶら下がりながらユイに向けて「――はい」と少し遅れて返事を発していた。


 天井にぶら下がるジョディから発生する血色の蝶々たちが、この廊下の空間を占めて広がっていく。

 相対している魔術師は不気味に揺れて増殖していく血色の蝶々を見て、


「チッ、空間把握系の能力か?」


 と、分析しながら白色の紋章魔法陣を宙に放ち、血色の蝶々と衝突させて相殺させていく。

 そんな状況だが、楽しげな表情を浮かべているジョディは、その杖から射出が続く白色の紋章魔法陣を見て、


「貴方がケマチェンですね」

「……そうだが……蝶の……鎌とは、まさかな……」


 ケマチェンの脳裏に〝死蝶人〟と浮かぶが、否定したい衝動がせめぎ合っていた。

 一方、短剣を投擲してきた者を見たユイ。

 その人物は彼女の知っている人物だった。

 そう、シュウヤと一緒にロンハンを追跡していた時に見かけた女性だ。

 ロンハンの毒牙に掛かっている女性だった。

 

 ユイは助けられるかもしれないとの思いから、


「貴女、ダヴィって人ね」

「……五月蠅い刃物女が、ロンハンを……わたしを愛して労ってくれたロンハンを……無残に、殺しやがって、許さない……」


 当然、目の前で愛していた男が殺されたダヴィは切れている。

 双眸に憎しみを宿すダヴィ。


「ダヴィ、落ち着け!」


 冷たい印象の男が、厳しい声音で発したが、ダヴィは制止を聞かず。

 一歩、二歩、前に出たダヴィは両腕、両足の剣ベルトに供えた短剣が射出する仕掛けのスイッチを押す。

 両腕と両足に備わる仕掛けが発動した瞬間――。

 再び、短剣群がユイ目掛けて放たれる。

 同時に、


「ウガァァァァ」


 と、発狂したダヴィも背中から長剣を引き抜いた。

 その長剣の切っ先をユイに向けて突撃する。

 ユイに向かう短剣の群れは蝶の形をした<鎖>のような飛び道具が防いでいった。


 そう、これもジョディの能力だ。

 天井にぶら下がるジョディは情報にない帽子のかぶる男にも注意を向けながら、下で見上げているケマチェンの行動を把握しつつユイとヴィーネのフォローを行っていた。


「<光魔のアルルン>です。ユイ、気にせず戦ってください」


 と、喋っている。


「うん、ありがとう――」


 その間にも、ユイと間合いを詰めていたダヴィ。

 ダヴィは左手に握る魔力が宿る長剣の刃をユイの喉に差し向けている――。


 暴走したような彼女も染みついた剣術の動きは失っていないように、ロンハンが気に入るほどの優秀な冒険者の一人であったが……相対するユイには悲しげな剣に見えた。


「――ごめんね」


 小声で謝ったユイは、白から白銀に近い色合いに変化した<ベイカラの瞳>を強めた。

 半身の態勢に移りながら身を捻る<舞斬>を発動――。

 回転しながらダヴィの片腕が繰り出した長剣の下へと潜り込む。

 彼女の懐に潜り込んだユイは<舞斬>の機動を生かすようにダヴィの鳩尾をアゼロスで真一文字に引き裂いた――。

 そのままダヴィの背後に回り込みながら反対の手が握るヴァサージで逆袈裟斬りを行う――。


 ダヴィの背中を両断――。

 このヴァサージの握り手の指を変えた斬り動作をシュウヤが見たら興味を抱くだろう。

 そして、前世を知る彼なら、カウンターダブル斬り、或いはエックス斬りと喩えるかもしれない。


「ひぎゃ――」


 ダヴィの上半身の一部は廊下の天井に激突し絶命。

 斜めに分断されていた下半身も人形のように倒れていく。

 血塗れの内臓と赤子になりかけの無残な姿が露見した。


 妊娠していたなんて……。

 だからか……。


「……」


 ダヴィを仕留めたユイは無言でアゼロス&ヴァサージを腰の鞘に仕舞う。

 シュウヤなら暗殺者としての表情に隠れた感情が存在しているのを見抜いただろう。悲しげなユイは口に咥えていた神鬼・霊風の柄巻きに掌を当てながら晴眼の構えに移行し、直ぐにフローグマン流の八構えに近い構えを取る。

 一見は薩摩示現流の八相の構えに近い。

 通称、赤翅のセロがよく愛用した剣術でゴルディクス大砂漠の砂漠都市に伝わっている剣術である筋では有名な剣術だがユイの剣術はカルードの介者剣術を活かした動きの影響を受けている。更に、最近の砂漠地方を旅した凄腕剣士と象神都市の手前の宿場街で戦ったことも影響を受けていた。


 そのユイと分けた凄腕の剣士は完全に流れの者で帝国の西へと去った。

 ユイはその八相の構えを取りながら帽子をかぶるニヒルな男を睨む。そして、


「来ないの?」


 と帽子をかぶる短剣使いに話しかけた。

 攻撃を誘うような喋り口。


「はは、死にたくありませんので……見逃して頂けますかな?」

「待ち伏せしといて笑わせないでよ、短剣使い。そこで戦っている双剣士とケマチェンとは違うとでもいうの?」


 ユイが指摘しているように戦いは進行中だ。

 二剣を扱うヴィーネと衝突していた双剣士。

 ガドリセスと蛇剣を扱うヴィーネの剣術を双剣士は巧みな動きで凌いでいた。


 互いの剣突が衝突し、両者は間合いを取ると、


「……ダークエルフか。珍しい種だな」

「……白い紋章を後光に宿す凄腕の剣士。貴方がフェウですね。聖ギルド連盟の方々を屠った一役を担った……」

「……そうだ」


 その瞬間ヴィーネは……、


『ご主人様、すみません、こいつの命はわたしが貰います』


 と、血文字ではなく心で思いながら左手の蛇剣を<投擲>――。

 

「剣だと――」


 驚くフェウは左手で握る宝刀・白邪剣で蛇剣を弾く。

 白色の紋章陣を宿す宝刀の攻撃で、蛇剣には罅が入っていた。

 

 その<投擲>を防ぐ間に、ヴィーネの斜め前方に飛んでいた金属の鳥から手裏剣が、三つ、フェウに放たれていた。

 ヴィーネは『宝箱から手に入れたご主人様から頂いた黒蛇を……』と考えながら左手に翡翠の蛇弓バジュラを持つ。

 

 まだ黄緑色の弦は出ていない。

 これは武器を破壊された怒りを宿したヴィーネの布石だ。

 

 最初の手裏剣は白蝋剣で弾くフェウ。二つ目の手裏剣も、左手の白邪剣で弾くが、


「――痛ッ、迅い――」


 微妙にタイミングが狂う速度で飛翔する三度目の手裏剣は防げず。

 フェウの右肩に手裏剣が突き刺さった。

 白絹の衣裳の間から血が滲み、動きが鈍るフェウ。

 この小さい鶯の金属鳥が口から発した手裏剣だが、勿論、ただの<投擲>ではない。


 巧妙な秘奥の技がある。

 上向いた手裏剣の刃が前に傾く、その刃は、相手にしたら入射角が点に変化する。

 更には、血によって加速する手裏剣を避けるのは初見では難しいだろう。

 そして、蛇剣の<投擲>と、この避けにくい手裏剣を二つ凌いだフェウがいかに優秀か。


 だが、フェウが相対している相手は光魔ルシヴァルの宗主が生み出した最初の<筆頭従者長>。


 第一の選ばれし眷属としての力を象徴するようにヴィーネは膨大な<血魔力>が宿る魔闘術を生かす。

 そして、「痛ッ」と痛覚を覚えたヴィーネで分かるように、これはミスティとの協同研究で獲得したある仕掛けを実行。


 雷魔力も得たヴィーネは、迅速な機動でフェウに向かう。

 ガドリセスの剣突はフェウの胴体に向けられたままだ。


 フェウも鬼気めいた表情から、


「――<残像三死>」


 と発言し、半身後退しながら宝刀・白蝋剣を扱う。

 灰銀色の軌跡を宙に生み出す三つの剣軌道で、胴体に迫るガドリセスの剣突に衝突させ、カウンターを狙う。


「無駄だ、痺れ死ね」


 と冷然と語るヴィーネ。

 彼女は銀色の蝶と炎の薄膜に雷の魔力を身体に纏いながら剣技の<闇虎剣>から派生したアズマイル流剣法<雷竜牙剣>の構えで突進していた。

 その言葉通り、触れたら痺れるような雷撃を纏ったヴィーネは速く強い。

 魔導貴族たちが有する剣豪たちを知る、嘗て【闇百弩】に所属していたバーレンティンが彼女の剣術を見たら唸るだろう。

 

 <迅暗血刃>ではなく、新技<血饌竜雷牙剣>を発動するヴィーネ。

 ルシヴァルの血魔力で覆われた右手が握る古代邪竜ガドリセスの剣身も血に染まっている。


 これは<血道第二・開門>に最も近づいた証拠のルシヴァル剣技といえよう。

 真っ赤なガドリセスの表面に雷竜の牙が纏わり付く。 

 その切っ先が伸びた。


「――ダブル属性の長柄刀だと?」


 傷を負いつつも対応しようと動くフェウは驚く。

 刹那――ラシェーナの腕輪から黒い小さい精霊ハンドマッドが飛び出てフェウの二つの剣軌道を潰す。

 腋の下に迫るガドリセスの刃に対応しようとしたフェウは声も発せられず、硬直した。


 涼しげなヴィーネは右足の踏み込みからフェウとの間合いを零とする。

 硬直したフェウが扱う白蝋剣の上部とガドリセスの血濡れた剣身の下部が擦れ合う――。


 が、<血饌竜雷牙剣>のガドリセスは止まらない。

 フェウの右肘の内側を、ガドリセスが貫き、フェウの腋に、そのガドリセスの血濡れた刃が滑り込む。

 ヴィーネの剣突が衣裳防具の弱点を突いた形だ。

 

「ぎぇぇ」


 悲鳴を上げたフェウ。

 さらに、ヴィーネの左手が持つ翡翠の蛇弓バジュラがフェウの首に向かう。

 フェウは後退するが間に合わず、翡翠の蛇弓バジュラの光線の弦が、フェウの首を半ばまで切断した。


 フェウの首から血飛沫が飛び出る。

 その血を遠慮無く吸い取るヴィーネは、左足で更に踏み込み、真っ向からガドリセスを斬り下ろした。


 フェウの意識は真っ二つ。

 完全に斬り取られる。

 翡翠の蛇弓バジュラを背中に戻したヴィーネは横回転するように腰を捻り、血を吸い取ったガドリセスの剣身を赤鱗の鞘に収めた。

 呼吸は乱さず倒れたフェウを横目で視認。


 ジョディが魔術師の身体を両断するところを視界の端に捉えつつ回転しながら周囲を警戒した。

 ヴィーネは、抜刀体勢で帽子が似合う人族風の男と交渉しているユイの背中側に、ユイと同じ抜剣できる体勢で並ぶ。


「ふふ」

「さすがねヴィーネ」


 ユイの言葉を背中越しに聞くと、微笑むヴィーネ。

 その姿は種族が違うといえど姉妹に見えることだろう。


 惨殺姉妹が見たら、何を思うか。

 そんな血の姉妹の上に浮いているのは、ジョディだった。

 ケマチェンを屠ったジョディは帽子をかぶる男を睨み、


「皆、死にましたが貴方も武器をユイに向けたことは変わりませんことよ? だから、皆と等しく死にますか」


 と脅迫を行うジョディの表情には迫力がある。

 更に豊かな乳房とくびれた腰を活かせる白が基調の胸元が分かれた衣裳が、そのジョディの脅迫の言葉が真に迫る物言いなのだと周囲に思わせる効果を齎していた。


 そんなジョディは非常に美しい姿だったが途中から口先が尖り出した。死蝶人の姿を彷彿するジョディとなる。

 ジョディは、塵のように処分したケマチェンの時のように目の前の帽子をかぶる男も聖ギルド連盟を屠ったメンバーなこともあり殺したい思いが強まっていた。

 ジョディは聖ギルド連盟の洗練された和服系統の衣服に影響を受けていることも拍車がかかっている。


「ジョディ、待ってね」

「……ユイ、この男を生かすのですか?」


 聖ギルド連盟の方々の衣裳は素敵でしたのに……。

 聖ギルド連盟の方々を殺した連中です、許せない。

 わたしなら、あの帽子ごとドリルで頭部に穴を開けて、クンナリーで吸い取って殺します。と思考するジョディ。


「うん。ロンハンを殺してしまった手前、わたしが言うのもおかしいけど、ケマチェンも死んだし、この男しか、古代狼族の秘宝の場所を聞き出せないのよ」

「あ、それもそうですね」


 ユイは冷静ですと、ジョディは思う。

 そして、魔宝石が柄に嵌まる短剣を持つ男の側頭部と耳を繋げる金具から伸びたチェーンとイヤーカフのデザイン製の高いファッションを見ては……。


 ――たしかに殺すのは惜しいかもしれません。

 耳の装備はユニセックスですし、いい装備品です?

 クンナリーを差し込みながら、尋問を兼ねて、耳を引き千切りましょうか。と、気まぐれだが死蝶人の面影を残すように<光魔ノ蝶徒>として思考していた。

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