四百八十九話 談話会議と儀式

 レベッカを見てからハイグリアに視線を移す。


「もう少し待て、まだ続く」

「分かった」


 クナに魔法陣のことを聞こうとすると、

 ソプラさんの腕から生えた羽の揺れを見たアリスが俺をチラッと見て、


「エルザ、やっぱりシュウヤ兄ちゃんは凄い人なんだね」


 エルザにそう聞いていた。

 エルザはアウトローマスクをかぶる頭部を俺に向けてくる。


 マスク越しの彼女の瞳は変わらない。

 そのエルザが、


「あぁ……タザカーフの血脈のわたしも珍しい部類だと自負があったが、魔竜王を屠り死蝶人たちを眷属としているのは凄い……」


 ハスキーボイスでそう語る。

 左腕のガラサスは沈黙していた。

 ハイグリアだけでなくジョディからも話を聞いたようだ。


 彼女の注目と同じくして、皆の視線が俺に集まった。

 注目に照れる。


「うむうむ! そして、この凄いシュウヤと、わたしは決闘をするのだ!」

「ふーん、わたしも、その決闘に混ざろうかな」


 拳に蒼炎を纏うレベッカさん。


「では、わたしも<血蝶の舞>を」

「<銀蝶の踊武>で混乱を生み出しますか?」

「ん、サージロンの流星」

魔導人形ウォーガノフから<虹鋼蓮刃>?」


 ミスティが笑いながらハンカイを見た。


「なんで、俺を見る……斧か?」

「久しぶりに、アゼロス&ヴァサージの連携演武もいいかも」

「ふふ~なら、わたしも魔女槍で参加ですね。<補陀落ポータラカ>を望みますか? 神姫様」


 キサラ、あの<投擲>技か。

 樹海の果樹園に侵攻してきた地下軍団。

 歪な口が集合し激烈な臭いをまき散らしていた……怪物。

 その八本腕のナズ・オン将軍に向けて繰り出した技だ。

 亜神キゼレグを圧倒したように強かったから、防がれたが、強烈な槍技だった。


「では、わたしは特異血虎凱としての力を、虎拳流を生かした拳と蹴りの連撃を……」

「我の<麻痺蛇眼>なら決闘ごと止められる」


 皆の言葉を真に受けたハイグリアは必死な表情を浮かべて、


「だ、だめだ、わたしが選んだのはシュウヤなのだからな!」


 尻尾を激しく左右にゆらしながら叫ぶ。


「ふふ、神姫様。皆は冗談だから、本気にしないの」


 レベッカは余裕顔。

 そして、エヴァが用意した菓子袋の一つに手を突っ込む。


 袋の中から手を抜くと、その指先には、ポテチのようなモノを摘まんでいた。

 レベッカは、そのポテチを口に含む。


 サクサクッとした音が聞こえた。

 美味しそうだ。

 芋系の菓子……。

 ペルネーテで流行する新製品のようだが……。

 エヴァも食べている。


「ん、あげる」


 と、小さい袋をヴィーネとミスティとママニとキサラに手渡していく。


「アリスちゃんもおいで」


 レベッカだ。

 アリスの視線に気付いていたらしい。


「わーい」


 喜び勇んだアリスはレベッカの手前で転びそうになるが、ママニが素早くアリスの腰を抱いて助けていた。


「ありがと、ママニの虎さん!」

「はい」

「それじゃ、手を出して」


 レベッカから袋の一つを手渡されるアリス。


「アリス、お菓子を貰ったんだ。この方々に礼を言うんだ」

「あ、うん! レベッカとエヴァお姉ちゃん! ありがとう!」

「いいのよ~」

「ん、エルザさんも」

「いや、わたしはいい」


 エルザは断った。


「ホシイ」


 と、エルザの左腕から不気味な声が響いたが指摘はしない。


 皆、口にポテチを入れていく。

 美味そうだな……。


 そう思っている俺に視線を寄越すレベッカ。


「ほしい?」


 と、可愛らしくウィンクしてきた。

 彼女の蒼色の瞳は、キサラやリコと似たブルースカイだ。


 綺麗な瞳。

 ハイエルフとしての名残を感じる。


「あぁ……」


 と、素早く間合いを詰めた。

 そのポテチをもらい袋ではなくレベッカの指から直にもらう。


 ペルネーテでのデートを思い出した。

 サウススターを彼女にあげたっけ。


 肝心のポテチは、最初、サクッとした感触。

 次第に口の中の水分が、その潰したポテチに吸われていく。

 同時に、少しの甘さと塩加減を感じた……絶妙の味加減。


 同時に香りが鼻孔を充満した。

 舌の上で跳ねていく仄かな甘さと大胆な塩っぱさ。


 味と高低差があるといえばいいか、美味い。


 すると、カルードが、


「……わたしも負けていられませんな。野望を達成しマイロードに国の下地を捧げねば」


 と、ポテチのことではなく自身のことで、殊勝に発言する。


「カルードの野望、面白そうだよな。サザーデルリにはちゃんと送り届けてやる」

「はい、ありがとうございます。マイロードの部下として成長しつつ最高の組織を作り、それを捧げる気持ちは変わりません」

「そう持ち上げるな。眷属を得ようが、俺は俺。槍と冒険が好きな風来坊気質は……昔も、これからも変わるつもりはない。だから、カルードも自身が望むことを続けていけばいい」

「ハッ、しかし……」

「ンン、にゃぁ!」


 黒豹ロロもカルードに何かを話すように鳴いていた。

 触手はカルードに当てていない。

 気持ちは伝えていないが、その鳴き声的に黒豹ロロは……。


 カルードに対して応援の意味をかねた発破を掛けたのかもしれない。


「閣下とロロ様らしい言葉ですね」

「おうよ――」


 と、膝に乗っているヘルメを抱き寄せる。


「――あぅ」


 柔らかい双丘をダイレクトに頬から感じた。

 最高だ。グラマーな精霊様はいい!


「ふふ、閣下……」


 ヘルメも愛しげに俺を抱いてくれた。

 ぱふぱふの感触は最高だ。


「あなた様、精霊様ばかり!」


 と、嫉妬したジョディが無理やりに、


「ぬお」


 ヘルメを少し退かすようにしながらも、長い両足を少し広げながら頭上から突っ込んできた。

 ドロップキックの機動だ。

 先端がドリル形状だから怖い。


 そんな軌道を描く両足は、俺の左右、耳を掠めながら進んできた。

 そのまま大事な秘奥を俺に見せるように俺の頭部を太股で挟んでくる。


 一瞬、頬に冷たさを感じたが、すぐにジョディの太股の温かさを感じた。

 しかし、目のやり場に困る……。

 器用に上半身だけを上向かせたジョディは「ふふ、あなたさま……」と呟いた。


 腹筋が並ではない。

 まぁ<光魔ノ蝶徒>だからな……。


「シェイルの分も、しっかりと働きますからね」


 ジョディの相棒だな。

 いつかシェイルを治すためにマハハイムの東部にも向かわないと……。


「銀色の蝶……」


 ヴィーネの声が聞こえてきた。

 俺から見えないが、ジョディの体から蝶々が出ているようだ。


 ヴィーネはたぶん自分の頬にあるエクストラスキルのことを考えているのかな。

 と、思考した直後、座っていた波群瓢箪からも、


「わたしも!」


 と、リサナだ。

 桃色の粒子を発生させながら女体を生やしてきた。


「シュウヤ様!」


 キサラも魔女槍を置いて俺の右横から抱きついてきた。


「ロターゼはサイデイルに置いてきましたが、わたしも貢献します……」

「ありがとうキサラ……皆も、柔らかくて、最高な眺めだが……」


 キサラとリサナのおっぱいといい……。

 ジョディの太股に挟まれる感触はいい。


 このままジョディから至福のヘッドシザーズ・ホイップを喰らっても平気かもしれない。

 ウラカン・ラナ・インベルティダ、またはフランケンシュタイナーの技は強力だ。


「ず、ずるい!」

「ちょっと、ジョディ! わたしたちのスペースを空けなさい!」


 眷属たちが興奮し始めた……。


「ふふ、では――」


 ジョディは軽やかに飛翔しながら離れ、エルザとアリスの近くに移動し、そのまま宙を分断する勢いで巨大な鎌を振るい、横回転する動きは、華麗で繊細だ。


 両手持ち、片手持ちを切り替えも迅い。

 コンマ数秒の間に鎌の柄を自身の腕のように扱う。

 悩ましいくびれのある腰と、細い腕と長細い足先の動きは可憐だ。


 鎌の刃は、天井の一部は切り刻む。

 そのまま弧を宙に描く軌道で足先に鎌の刃を移動させていた。

 ドリル状の足を、その鎌の刃に乗せている。


 皆に傷を与えていないように、巨大な鎌の扱いは芸術の域。


 俺に抱きついていたキサラは体を少し離して、そのジョディの機動と鎌の技術を褒めるように拍手をしていた。


 白絹のような髪が揺れている。

 キサラからいい匂いが漂った。


 しかし、さすがは<光魔ノ蝶徒>だな。

 ジョディは持っていた巨大な鎌を消去すると、お辞儀をした。


 俺はカルードに視線を移す。

 拍手していたカルードも、まったりムードになったのか、隣の鴉さんを見つめていた。


 口元を薄い黒布で隠している鴉さんも微笑んでいると分かる。


「……皆、カルードが呆れてるぞ。離れるんだ」


 カルードは呆れていないが、あえて、そう発言した。


「シュウヤ……血を吸いたい……」


 ユイ……。

 興奮した<筆頭従者長>の誘いは来るものがあるな……。


「ごしゅさま……」

「にゃ~」

「我もいいのか?」

「わたしも……」


 血獣隊と黒豹ロロも混ざっているようだ。

 集まってきて、もう把握できない。


「うぅぅ、決闘があるのに!」

「神姫様……かたなし?」

「尻尾がゆれて可愛い……」

「そうね……わたしもシュウヤさんに飛びつきたいけど、神姫様の尻尾で我慢?」

「姉さんもシュウヤさんに……」

「兎人族! わたしの尻尾は玩具ではないぞ……」


 と、ハイグリアのまんざらでもない声が聞こえたところで、


「ははは、マイロード。ある意味<血の饗宴>ですな? わたしは構いませんぞ。隣に鴉もいますから」

「はい、シュウヤさんも楽しまないとですね、カルード……」

「あぁ」


 というか、カルードと鴉さんはいちゃいちゃを始めたのか?


「もてもてだな」


 ハンカイが呟く。


「これも主の力……血の饗宴とは、ははは」


 バーレンティンが、カルードの冗談を聞いてツボにはまったようで笑っている。

 机を叩いて呵々大笑。


 お前なら止めると思ったが。

 と、思ったところで、ユイが、目の前に……。


 俺の瞳を占有するように視線を合わせてきた。


「……久しぶりに、血の交換会?」


 と、悩ましい表情を浮かべながら聞いてくる。


「いいぞ、ユイ」


 微かに頷いたユイ。

 そのまま俺の耳に熱い息を吹きかけながら、


「……シュウヤ、愛している……」


 と、切ない声で気持ちを伝えてきた。

 風に舞う小鳥の毛を連想させるから、心に沁みた。

 煩悩を刺激してきたユイは、俺の首に犬歯を突き立ててくる。

 微かな痛みを味わうが……興奮を覚えた。


「ユイ……」


 そう興奮しながら愛しいユイの名を呟くと……。

 血を吸ったユイは俺を見つめてきた。


 恍惚とした欲情した表情だ。

 俺の唇と瞳を交互に見つめてくる……。


 コケテッシュなユイの姿が目に焼き付く。


「……ふふ、シュウヤ、ここで興奮しちゃだめ」


 ユイは舌を出して俺に寄りかかりながら、えっちな表情を浮かべてそんなことを語る。

 ゾクッとした感覚を得たが、気持ちいいから仕方ない。


「わたしもマスターの血を……」

「ご主人様……お慕いしております」

「ん……」


 ミスティもヴィーネとエヴァもキスモードに入った。

 噛み付きが始まる。


「……あぁ魔力がぁ、匂うぅ、シュウヤ様、わたしも混ざりたい……」


 クナの切なそうな声が聞こえた。

 クナは血というより、血の魔力に酔ったような声だな……。


 魔法陣のことを聞こうとしたが……大丈夫か?


「分かったから。皆、興奮するな。後でな……」


 皆を離そうとするが、眷属たちの力は強い……。

 血が吸われた。


「「いやッ」」

「だめよ、もう離さないんだから!」

「うん……淋しかった」

「血……ご主人様の……」

「……アリス、見ちゃだめだ」


 エルザが子供に見させないようにしているようだ。

 皆、妖艶さが出ているから仕方がない。


 だが、


「えー? いちゃいちゃ楽しそう!」


 楽しげなアリスの声が聞こえた直後、


「皆、閣下の言うことを聞きなさい!」


 と、離れていたヘルメが気勢溢れるニュアンスで大きな声を発した。

 皆が一斉に俺から離れてくれた。


 昔通りだな、懐かしい。

 脊髄反射という勢いだった。


 彼女たちの口から垂れた血と――。

 俺の血飛沫が周囲に舞う……。

 舞った血は眷属たちが争うように吸収していった。


 しかし、さすがは常闇の水精霊ヘルメ。

 皆が、俺から離れたところで、


「……なごりおしいが、今は会議だ。血の……」


 と、笑ってから、


「ということで、白色の貴婦人に対する話を続ける。俺がさっき語った作戦の内容は、あくまでも机上のモノ。地の利は敵側にある」

「「はいッ」」

「そのことを念頭に置く。そして、偵察から得られる情報とオフィーリアたちの紋章が、いつでも外せる作戦を基軸としたい。第一の目的は敵の殲滅ではない。囚われている小柄獣人ノイルランナーの救出が、第一の目的とする。救出後に、大暴れだ」


 眷属の長を意識して、多少、厳しい顔色を作って語った。


「「はいッ」」

「はい、閣下!」


 通じたようだ。

 一際、興奮しているヘルメは周囲に水の飛沫を無数に起こす。


 水の飛沫は知恵の輪が連なった鎖に見える。

 魔煙草から煙を吸い……煙を吹かす――。


「……」


 間が空いたが、魔力を充実させたタイミングで、オフィーリアを見ながら、


「今さっきのオフィーリアの魔法陣で分かっていると思うが、ツラヌキ団たちの体に、皆が協力しなければ外すことのできない紋章魔法陣を刻んだケマチェンという魔術師が居る」

「もう、この魔道具で記憶したから、皆さんの魔法陣は同時に消せます」

「クナさん。ありがとう。でも、フェウという魔剣士も居ます……」


 新しい衣を羽織っているオフェーリアがそう発言。

 自分たちを苦しめている存在を思い出すように語るオフィーリア。


 恨みがこもった彼女の言葉を聞いた皆は……。

 改めて、変な空気になったことを反省するように、頷きながら元の位置に戻った。


「……そんな凄腕たちの配下を持つ白色の貴婦人が相手だ。魔人ザープの言葉だと、その白色の貴婦人は、ここから遠い魔法都市エルンストと関係し、大魔術師級と予測できる相手だ」

「九紫院の出身者……【ミスラン塔】を統括する【輪の真理】という組織からの離脱者ですか」


 ヴィーネがそう呟く。俺が聞きたかったことだ。

 クナなら知っているだろう。


「そうだ。ザープが指摘してくれた話だな」


 ヴィーネが頷く。


「……【輪の真理】は知恵の神イリアス様を信仰しているとか。そして、ミスラン塔の魔法技術は、魔法都市エルンストの魔法技術を超えるという噂は有名です」


 血獣隊のフーが指摘してくれた。

 すると、エヴァが、


「ん、メルのお父さんから過去の話を少し聞いた。九紫院のワーソルナと〝賢者の石〟を巡る争いに巻き込まれたって」

「だとしたら白色の貴婦人って、ワーソルナ?」


 レベッカが俺にそう聞いてくる。


「いや、それならば魔人ザープがそう告げるだろう。違う大魔術師クラスか対人戦闘能力は不明だが、それ以上の魔術師系の怪物と考えた方がいい……そして、俺たちの行動に現在は気付いてはいないと思うが……本人が前に出ていない以上、狡猾な罠を周囲に張り巡らせて、襲撃に備えているタイプと予測できる」


 と、皆に向けて警告を促す。

 俺のそんな警告の言葉を聞いたレベッカは、


「うん……オフィーリアさんの魔法陣をまだ外していない理由でもあるのね」


 と、頷いて唾を飲み込んでいた。


「そうだ。外した途端、相手が知る可能性を考慮した」

「なるほど、人質の件を考慮しているのだな。シュウヤ……色々と考えているのだなぁ」

「当たり前だろう」

「ふむ。だが、その白の女大将は本当に存在する敵なのか?」


 そのハンカイの問いには、ミスティが、


「居るはず。さっきオフィーリアさんの体に埋め込まれていた紋章の素材に、賢者の石だと推測できる粉が混ざってた」


 と、指摘してきた。

 確かに、ぴかぴかと光るモノがあったな。

 ヴィーネも指摘していた。


「はい……」

「ん」

「あの時ね、月狼環ノ槍も自然と震えていたし」


 オフィーリアに刻まれていた紋章魔法陣を外そうとがんばっていたメンバーたちが頷く。

 立てかけていた月狼環ノ槍が震えていたことは気付かなかった。


 その中心を担ったクナが、


「やっぱりあんな高度な時空魔法陣を組み込める相手だもんね。九紫院の離脱者が相手か……」


 素の言葉を呟く。


「なるほど、クナ……お前は敵と気脈が通じているわけか、チッ」

「ハンカイ、そう事を荒立てるな」

「……敵を粉砕するための行動だと分かっている、が、腹にいちもつを持つような奴だぞ……俺はどうもこいつが好かん!」

「……理解してくれると助かる」


 答えは分かっているが、ハンカイに向けてそう話をした。


「……今、俺がこの場に居ることが証明だろう。だが、こいつを懐に置くということは、悪の道だぞシュウヤ」

「もとより、俺は悪だからな」

「そんな減らず口を利くための喩えではない」

「分かってるよ。クナが〝毒も薬にもならない〟ではなく、毒の皿だと重に承知しているさ。しかし、俺なりに〝気は心〟の精神も多少なりとも、理解しているつもりだ」

「しかし……」


 ハンカイは騙されたからな。

 このクナに……。

 そして、ハンカイの気持ちは涙が出るほど嬉しい。


 友としての言葉だ……。


「そうだよ。一度、騙された魔族クシャナーンを信用するのは馬鹿かもしれない。実際、馬鹿なんだろう。だが、それでいいのさ、馬鹿にされ嘲笑されようが、悪だろうが正義だろうが、見えない階段があろうが……俺は俺の信じた道を行く」


 話を聞いているクナは即座に片膝を床に突き立てていた。

 が、体勢をすぐに崩し倒れる。


「ゲホゲホッ」


 眼帯の紐を揺らしながらクナは咳き込んでいた。


 エヴァたちが助けようとしているが、盲目のクナは手を上げ、


「大丈夫よ――」


 と、皆の行動を制止した。

 頭部を上げたクナ。


 その口には……吐いた血があった。

 そんな状態のクナだが……。

 なおも睨みを強めるハンカイ。


「……強い信念か。まさにじゃの道は……へび。危険や代償を伴う覚悟か」


 ハンカイは、クナと俺を交互に睨みながら語る。

 その忠告を聞いたクナは、血に染まった口元を手で拭い……。


「……ハンカイ。貴方がわたしを信用しないのは当然ね。でもね、魔族もここで、地上で生きているのよ?」

「……だから、俺を迷宮の養分にしたというのか? やはり、斧でかち割らないと理解できないようだな」

「ンン、にゃ~」


 黒豹ロロが鳴きながら、触手を頬に当ててくれた。

 ハンカイの頬にも、触手の平たい部分を当てている。


 そして、いつもの温かい心が伝わってきた。


 『信じる』『愛』『クナ』『ハンカイ』『友』『くちゃい』『ハンカイ』『いい匂い』『舐める』『友』『友』


 友か。くちゃいといい匂いは、癖になる匂いという意味か? 

 何となく黒豹ロロがいいたい気持ちは分かる。


「そうだな、相棒」

「……分かった。神獣ロロディーヌよ。ありがとう……」


 ハンカイは瞳を震わせて、黒豹ロロに礼を述べていた。


 黒豹ロロの効果だろうか。

 クナへの怒りは静まったようだ。


 ハンカイはクナの方を見て、睨むと、


「クナよ。今は信じよう。だが、もしシュウヤを裏切ったら、俺が……お前を殺す」

「分かってる。でも、もしわたしが裏切ったらハンカイが怒る前に、シュウヤ様がわたしの胸を貫くわよ……あの、魂がのたうちまわる強烈な魔槍技でね……だからハンカイは、わたしを殺せないわァ」


 クナはわざとらしく嘲笑した。


「……チィ、目が見えないくせに喰えない奴よ」


 ハンカイはクナの皮肉交じりの冗談を聞いても、笑わない。


「シュウヤは優しいけど厳しいからね。そして、〝やろうという意思があれば、できないことはない〟を実践しているしひたすら突き進んでいる」


 ユイがそう語ってくれた。


「我が娘ながら、いい言葉の引用だ。サーマリア建国の際に活躍した武人レンブランドの言葉だな……」

「とっさに出たけど……ヒュアトスの親戚らしいからね」

「出自に罪はないうえに死んでいる。構わんだろう。そして、確かにマイロードらしい言葉でもある……」

「ふふ、聞いたことがある言葉ね。わたしが初めて命を賭けた存在がシュウヤ様なのだから、当然よ」


 クナは巨乳さんをアピールするように胸元に片手を当てていた。


「命を賭したか。俺の魔力と繋がった魔印契約のことか」

「そうです……シュウヤ様」

「クナさん。悪いけど、そのオフィーリアさんの体に刻まれている魔法陣のことから分かる情報をよろしく」


 ユイが魔法陣のことをクナに対して促す。


「そうね。相手は狡猾。ケマチェンは相応な魔術師よ。そして、ケマチェンよりも上の実力を持つ存在が確かに関わっている」


 ユイの方に顔を向けているクナがそう語る。


 エヴァはそんなクナを凝視して睨みを強めた。

 そのクナに近寄っていくエヴァ。


 魔導車椅子タイプで、両側の車輪を回して、すぅっと床を移動していく。


 セグウェイでも足タイプでもない。

 クナの目の前に移動したエヴァは、手を出して、クナの手を握った。


 気になったから俺も移動。

 リサナの波群瓢箪から離れて、クナに近付いて、エヴァを見る。


 エヴァは小さい唇を動かした。


「……クナは知っている? 九紫院を知っているの?」


 そう聞いている紫色の瞳は鋭い。

 握っていたクナの手を離したエヴァは指先で、そのクナの甲の部分をなぞるように、触っていく。


 双眸を包帯で隠している盲目のクナは微かに反応した。


 顎先を揺らすように頭部を微かに左右に動かす……。

 エヴァの指の感覚を楽しむような表情を浮かべながら、


「……エヴァさんは、わたしの心を読めるのね……」


 と、発言。


「ん」


 エヴァは頷いた。

 その首の動きを察知したようにクナも頷く。


 彼女はオフィーリアの魔法陣を弄っていた時、<時空の目>というスキルを使っていた。

 だから、第三の目のような能力を持つのかもしれない。


「そうなの。魔法都市エルンストに行ったことあるし、ミスラン塔を見たことがある」


 マジか。


「――行ったことがあるのか、転移魔法陣を使って?」


 俺は思わず、クナの頭部に顔を近づける。


「あぅん……そうです。もうその転移魔法陣はないのですが……」


 クナは吐息が激しくなっていた。

 大丈夫か?

 近くに居るエヴァは、また、俺のことを睨んでくるが、構わず、


「詳しく頼む」


 と、クナの耳元で話を促した。

 クナは切なそうに眉間を寄せて、


「……わたしが造れる規模ではないですぅん……。行きと帰りだけの古い巨大な魔法陣でしたから……うふ……ん」


 何か、厭らしい声だが……。

 やはり、まだ小康状態か。


 明日のハイグリアとの決闘の儀式の後は白色の貴婦人討伐に向かう予定だし、あまり無理はさせられない。


「そうか、ありがとう」


 素直に礼を言う。

 と、その途端に頭部を真っ赤に染めた彼女は震えて失神してしまった。


 巨乳さんが揺れている……。


「しゅうやのえっち!」


 おぃぃ、なんでそうなる。

 確かにおっぱいは見たが、仕方がないだろう。


 エヴァはクナを抱きしめながらソファの一つにクナを寝かせてあげていた。


 皆、俺の様子を見て微笑んでいく。

 背もたれに寄っかかる形のクナは、すぐに目を覚ました。


「……エヴァさん。シュウヤ様に罪はないわ。わたしが勝手にシュウヤ様の気配と魔力と言葉を身に感じてしまうことが悪い……さっきの濃厚な血と魔力の饗宴で感化されていたしね? ふふ……」


 そう語尾のタイミングで俺に頭部を向けるクナ。


 彼女に双眸はない。

 だが、何を考えているか……は、だいたい想像が付いた。

 俺の想像通りだったら嬉しいが……相手はあのクナだからな……。


「……ん、分かってる。クナはできるだけ安静にしてて」


 俺の代わりに答えたつもりのエヴァッ娘。

 眼帯を装備しているクナに対して、彼女は優しげに微笑む。


 俺はクナからカルードに視線を向けた。


「……ということで、まだ会議は続く。忌憚なく議論を進めてくれ、カルードも頼む」


 カルードは鴉さんと小話をして微笑んでいたが、すぐに会釈し、


「ハッ、【月の残骸】いや、【天凜の月】の筆頭顧問としてですな」


 俺が作った闇ギルドの役職を覚えていたようだ。

 渋い表情を浮かべているカルードに向けて『そうだ』と意思を込めて頷く。


 彼のフローグマン家は……。

 サーマリアとレフテンとの戦争の中で活躍した武の貴族。

 カルードから聞いた範囲だと……。

 戦国時代なら足軽大将か足軽頭ぐらいの位置だと思うし、だから様々な状況下の戦場を経験しているだろう。


 そのカルードはキリッとした表情に切り替えた。

 ――皆を射貫くように睨みを強めて、口を動かす。


「――では、おのおの方……これから細かい調整に入る前に、マイロードの強行偵察を主軸とした作戦に賛成ということでよろしいか?」


 カルードは戦国武将と化した。

 渋い口調で語る。


 決闘の式を明日に備えたハイグリアは神姫として頷く。

 ダオンさんも、隣の移動してきたエヴァとレベッカと小話をしていたが中断し、口を動かす。


「賛成です。我ら神姫隊もついていきたいところですが……」

「ダオン、わたしたちではシュウヤたちに比べたら機動力が数段劣るのだ仕方がない」


 神姫ハイグリアが真面目に諭す。

 ユイもヴィーネもエヴァもレベッカもこの言葉に頷いた。


「了解」

「ん」


 クナも笑みを浮かべて頷いた。

 双眸は、魔力が備わった眼帯を装備している。

 特別な物と予想。


 俺がそのクナを凝視していると……。

 彼女はうっとりとした表情を浮かべていった。


「わたしも戦場を知る者として奮闘するつもりです」

「ボクもがんばるよ!」

「我は主の前で先陣をつとめたい! が……沸騎士ふつきし殿たちに譲ることになるだろう」

「わたしもがんばります!」

「フーの魔法は頼りになるから頼む」


 ママニがそう発言。

 アシュラムを掲げている。

 ビアは太い胴体を突き出し、片手を上げていた。


 フーは細い腕をぐるぐると回す。

 そして、エルフらしい長耳をピクッとうごかしてから、口を動かした。


「うん、皆のフォローというかビアのフォローは任せて。そして、作戦は流動的だしね指示通り動く」

「ごしゅ様の血文字だけではなく、臨機応変に!」


 サザーの言葉だ。

 サザーは、水の妖精の双子剣を、血獣隊隊長ママニが翳した円盤の上に重ね置く。

 ママニは、そのサザーの動きに頷いた。

 そして、虎獣人ラゼールらしく、うなる声を上げてから、口を動かした。


「そうなるだろう! バーレンティン殿たちと連携もある。ご主人様の作戦は樹海地域から、アルゼの街にかけて多方面に及ぶ可能性があるのだからな」

「うむ!」

「そうね」


 血獣隊の面々は隊長の言葉を聞いて気合いを入れるように敬礼。


 墓掘り人のバーレンティンは胸元に手を当て、俺を敬う仕草を取った。

 ソレグレン派の敬礼だろうか。

 彼はダークエルフのイケメンだ。

 その将校のような所作を受けて、自然とラ・ケラーダで応えていた。


 彼の側に居るスゥンさんも墓掘り人たちへと向けて指示を出すように頭部を向けた。


 スゥンの合図を受けた、イセス、キース、サルジンの墓掘り人たちは、一斉に敬礼の所作を取ってから頷いていく。


 血獣隊も「皆――」と隊長のママニが指示を出す。


 ずらりと特殊部隊が並ぶように整列する<従者長>の血獣隊とソレグレン派の墓掘り人たち。


 ――敬礼か。

 多士済々たしさいさい、面構えもいい。

 墓掘り人と血獣隊。


 この合同隊だけでも……。

 人族の軍隊、モンスターの軍の一隊は楽にはねのけることはできるかもな。

 いや、何事も決めつけるのはよくないか。


 ……拡大しても指揮する側の俺は冷静に判断しなければ……。



 ◇◇◇◇



 ハイム川の支流は沢山ある。

 その支流の一つジング川の村宿と周辺地域一帯について議論を重ねていた。


 ジング川、ハイム川の支流を含めた周辺の地理に詳しいオフィーリアが主役になって説明していく。

 <筆頭従者長>のヴィーネ、ユイ、エヴァ、ミスティ、レベッカ、<従者長>カルードが各隊長として意見交換していった。


 ユイは最初からヘルメとツアンを内包した俺と行動を共にする予定だ。

 血獣隊隊長ママニ、ジョディ、神姫ハイグリア、バーレンティン、ダオンさん、レネとソプラさんが次々と気になる要点の話をしていく。


 古代狼族の神姫隊のダオンさんは、白色の貴婦人の討伐作戦に参加をしないが意見はしてくれる。

 一方、沈黙が多いレネは「……機動力戦ならわたしの出番はなさそうね」と呟いていた。


 そして、この中で一番幼いアリス。

 彼女なりに理解しようと、がんばって皆の話を聞いていたが……。

 途中で、うとうとと、眠り出す。


 それを見ていたエルザが、


「では、わたしは先に失礼する」

「おう」


 そうして、作戦会議は終了となった。



 ◇◇◇◇



 次の日の夜。

 星空が綺麗な日だ。


 星々の煌めきもあるが、大月の残骸と小月の輝きが一層、輝きが増して見えた。


 ハーレイアの神像の前に俺たちを含めて古代狼族たちが集結している。

 だから、月の神様たちが祝福しているのかもしれない。


 そろそろ始まるかな。

 神像前の広場は、若い木々の根っこが寝そべる形で整えられている。


 ここで神姫ハイグリアとの決闘を行う前に大事な会議が行われると聞いたが……。

 狼幹部会、大狼幹部会と呼ばれる会議を……。


 巨大な絨毯が敷かれている場所に厳つい古代狼族の方々が集結してきた。

 配下の兵士たちを従えながらの登場だ。


 あれが狼将たちか……。

 奥には王が座るような壇の上に設置された専用の椅子がある。

 狼将たち用の席も中央の卓状の壇を囲うように、それぞれ用意されていた。


 中央は卓状の石材が敷き詰められている。

 形は、円形闘技場と似ていた。

 舞踏大会か、本当に闘技場か、やはり、決闘という名の儀式通り、戦う場所か。


 周囲にある専用の椅子はまだ、空いている席がある。


 今、座っている狼将の中に……。

 ダオンさんの祖父ビドルヌ爺さんは居るのだろうか。


 【銀皮の狼男伝説】を地で行く古の狼将らしいが……。

 まだ挨拶をしていない。

 ジョディと分けた強い狼将。


 そのジョディはバーレンティンたちと宮の中で留守番だ。

 この式が終わり次第、宮に戻り、皆と合流し白色の貴婦人討伐に向かう。


 しかし、狼将らしき方々の睨みは……怖い。

 俺に恨みでもあるような強烈な睨み……。

 月狼環ノ槍を睨む視線も怖い……


 それは……


『……人族が、何故、儀式を……』

『あの槍はアルデル……』

『我らの神姫様を……ふざけよってからに』


 といった声が聞こえるぐらいの厳しい視線だ。


 昔、地下オークションの前にあった会合を思い出す。

 闇ギルドのボスたちが持つ雰囲気を超えていた。


 ……緊張してきた。


 思わず、隣に居る神姫ハイグリアに『俺はここに居て大丈夫なのか?』という意味を込めた視線を送る……。


 彼女は嬉しそうに微笑むのみ。

 ハイグリアの衣裳は銀色と紅色を基調とし花飾りもあるし、綺麗だった。

 俺も、そんな彼女とお揃いの古代狼族に伝わる決闘用の衣裳を着させられている。

 馬子にも衣装といった雰囲気だろうか。


 着る際、嫉妬したレベッカとヴィーネにミスティが衣裳を引き裂こうとしていたが、エヴァとヘルメが止めていた。


 ユイは魔刀を肩に当て静観。

 クールビューティだが、視線はハイグリアの尻尾を見ていた。


 そのハイグリアからは、


『アルデルが使った月狼環ノ槍も忘れずに持てと』


 と、注意を受けた。

 他にも祝福の依代となるアイテムを用意しろとか。


 ……依代? 

 と疑問に思ったが、ポケットの中にあるアイテムを使うことにした。


 そして、拳に纏う魔力を帯びた包帯とか。

 儀式に使うだろうアイテムを巾着袋ごと手渡されていた。


『神楽の儀式用の衣裳もあるのだが、あれはまだシュウヤに見せられないのだ』


 と恥ずかしそうに語っていたハイグリア。

 彼女は俺が眷属たちを呼び集めている間に、百迷宮に潜ったりと色々と準備を進めていたからな……。


 俺も彼女の期待に応えよう。


『閣下、ヒヨリミ様が現れましたよ!』


 左目に宿るヘルメの指摘通り――。

 左右に花を撒く古代狼族の女性たちを従わせながらゆっくりと歩くヒヨリミ様が現れた。


 黒色の衣が似合う古代狼族の女性たちだ。

 各自、楽器を持っているのは最初に見た通り。


「大狼后ヒヨリミ様!」

「ヒヨリミ様!」


 キコとジェスの笛の音は相変わらず、美しい旋律だ。

 しかし、笛というか杖にも見えるな。

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