四百八十二話 名とアドゥムブラリの過去
イケメンは幻だろう。
しかし、ふさわしい場所に己の魂を運ぶだと?
丸っこい姿のアドゥは俺たちに背中を向けて、そう、漢らしく語るが……。
『閣下、この魔法陣は歪な形で欠けた箇所もありますが、機能はしているようです』
と、左目に宿るヘルメが魔法陣を分析してくれた
すると、ミスティの側に居た新型
「――魔力ヲ探知」
――甲高い機械音で喋った。
さらに両肩の真新しい防具が自動的に出現。
新たに露出した防具は湾曲したスリット状の肩部位だ。
層のあるポールショルダーとなる。
その頂点に水晶球と五角形が混じったクリスタルが嵌まった状態で出現した。
前にも見たクリスタルだ。
女神が宿っていそうな五角形の造形が加わっている。
あのクリスタルは肩と胸元の内部に格納されていたのか。
どうりでコンパクトに見えたわけだ。
すると相棒が反応した。
「ンン――」
大きい喉声を鳴らしながら振り向く。
黒色の瞳が散大している。
アドゥムブラリより、機械の声音の方が気になったようだ。
背中の毛が逆立っている。
長い尻尾も少し拡大して、その太い尻尾を震わせていくと、
「シャァァ」
と、ひさしぶりに警戒した鳴き声を上げた。
四肢から伸びた爪も、地面に食い込んでいる。
魔法陣を削るような勢いだ。
さらに、新型
「
と、注意するも、相棒は首下から黒触手を伸ばす――。
一瞬、新型が反応するか?
と思ったが黒触手はゆっくりとした速度で震えながら止まる。
新型
鷹のような鳥に向けていた触手と同じだ。
あの時も、ぷるぷると触手を震わせて、結局、鷹に触らなかったし。
単に逃げない鷹に興味を持ち、その飛んでいる鷹に傷をつけたくないとか、その鷹に『触りたいにゃ~』といった気持ちの表れだったのかもしれないが。
ヴェロニカだったら「びびりんな神獣ちゃん」と表するだろう。
そこがまた
肉食のくせに意外。
ま 姿は肉食獣そのものだが、心は黒猫の姿とあまり変わらないからな。
そんな
頭部は人でいう双眸の位置にフォークの先端を模る溝が六つある。
溝の奥に魔眼風の丸い二つの光が煌めいていた。
センサーを内包したような目の煌めきが六つのフォーク穴の模様をより美しく照らす。
眉間の位置にある一本の角と繋がる線の模様が渋い。
俺的には両腕の機構が気になった。
内部から発している雷火の煌めきは、さっきよりも増している。
雷火の煌めきを帯びた腕の機構は芸術めいた作り。
時計のような細かな部品が幾重にも重なり組み合わせたような精密さがある。
木材と樹液、モンスターの素材、血肉、クリスタル、といった様々な素材が組み込まれていると分かる。
グラフェンやカーボンのような素材もナノレベルで、魔法とスキルを用いて、表面処理を施しているのかもしれない。
「血文字で報告済みだけど、声は、驚いたでしょ」
声よりも頭部と腕の機構に感心していた俺。
顔に出ていたようだ。
素直に、
「あぁ、声というかウォーガノフの機構に驚いたよ。その声は、前に話をした人工知能の一端か?」
とミスティに聞きながらもハンカイとヴィーネを見る。
ハンカイは『あぁ、またか』といった顔つきだ。
新型
ヴィーネの方もアドゥムブラリの丸い背中を見つめている。
そのアドゥムブラリは依然と点滅をくり返す魔法陣をのぞき込んでいた。
「うん。といっても、この喋りはね……今の探知の時と、魔力補充が必要な時だけ喋るんだ」
「自動的だったが、索敵時は喋らせないことも可能なのか?」
「勿論、喋りはオンとオフが可能」
ミスティも魔法陣の方が気になるようだったが俺に説明してくれた。
「そっか。本当に、かたこと、だけなんだな」
「そう。さすがにムンジェイの岩心臓とベルバキュのコアの効果があってもね」
「ペルネーテの頃か」
「うん、コアへの組み込みはザガさんとボン君のお陰。でもね、細かな命令文の作業は、わたしの技術だから」
「だろうな。前に披露していた時は喋れなかったし」
「うん。ムンジェイの効果は動力面に注がれる面が大きいし、その分戦闘にも特化できている。そして、まだまだ改良していくつもりだし――」
ミスティはそう語った直後――。
自身の細い指先を
その細い指先から染み出た真っ赤な血は螺旋回転しながら新型
螺旋した血は細かく分散しながら外装に新しく空いた穴という穴の中へと吸い込まれていく。
フォークの先端部の形を持つ双眸の穴は兜のまびさし部位によって塞がっていた。
ミスティの血を取り込んだ新型は、即座に最初と同じ小さい人形と化す。
さらに小さい銀色のブローチ形へと変化した。
ミスティは微笑みながら――。
そのブローチの姿に変形した新型
腰元のお洒落な金属を仕舞う携帯ボックスには入れなかった。
そういえば……。
前もアクセサリー化していたっけ。
急に消えたように居なくなった新型
「ンン」
また喉声を響かせてから瞬きをくり返していた。
そして、俺に頭部を向けてくる。
「ン、にゃお~ん」
それは『消えたにゃ~』といったようなニュアンスの鳴き声。
その驚いたような
「新型の人形は消えたわけじゃないから心配しないで大丈夫だ」
と、説明。
「にゃ」
その前足をぺろぺろと舐めてから……。
耳に前足を当てていく。
ふさふさな耳の外側に当てた前足を上下させて、白髭の生えている頬にまで前足を流しながら……頭部を横に傾けていく。
同じ動作をくり返す相棒。
耳が痒いのか、頬が痒いのか、前足が痒いのか、分からない。
ネコ科動物が餌を食い終わった直後によくやるような『お腹いっぱいにゃ~』といった仕草にも見える。
すると、また片方の前足を口に付ける
肉球を自身の口につけていた。
その肉球の香しい臭いをふがふがと嗅ぐように黒豹らしいリアルな鼻を動かしてから、肉球に牙を立てる。
肉球の噛み噛み運動をやり出した。
ネコ科らしい肉球のお手入れだ。
あの肉球さんの溝も……中々に香しいのだよな……。
と、
ミスティに視線を向ける。
「その銀色のブローチ化も
「うん。わたしとヴィーネの血肉も利用して、前以上にムンジェイ効果が強まった。勿論、前にも話をしたけど、アーレイちゃんとヒュレミちゃんを造った古代魔法の技術を参考にしているから。そして、今は、ハンカイさんという、実験体も側に居るからね」
「……俺の腕と腹から取った血肉のことか」
ハンカイが少したじろぎながら語っていた。
「そう。大地の魔法石が埋め込まれている秘術に耐えた異常な体よ。魔迷宮に囚われ続けて、尚、生きている蘇り! その構造を少し解析したからね」
こりゃ、フランケンシュタインのような実験も近いか。
この辺りは兄のゾルの研究日記を読んだことも影響を受けていそうだ。
「……ハンカイも苦労をかけたな」
「構わんさ。俺も斧の修業ばかりではな?」
「ということで、新型のしゅうやんには、様々な効果が宿っているということよ! そこの小型の金属人形とは違う」
「待った。名前は変えるからな」
「マスター、気に入らなかった?」
「当たり前だ。この頭部の六つある穴でゼクスに決まりだ」
「……ゼクスね」
と、不満そうにミスティは呟く。
だが、しゅうやんよりは断然いいだろう……。
ヴィーネなら俺の意見に賛同するはず、と期待を込めて視線を向けると、
「はい、賛成です」
と、微笑みながら答えてくれた。
「そうだな、意味があるのか?」
「六つ。俺の知る言語でゼクスが六なんだ」
「ほぅ、よい響きだ。ゼクス。新型のゼクス」
渋いハンカイが語ると、余計に格好良く響く。
新型のゼクスは、角持ちのワンオフ機。特別だ。
『閣下、わたしはしゅうやんが好きです』
『……柔らかい感じがするしダメだ』
『では、おしりん』
言うと思った。
<
『却下だ。ハンカイも賛成してくれたし、ゼクスで決まりだ』
『……はい』
しかし、今はアクセサリーと化したウォーガノフの
そこで、丸い背中のアドゥムブラリに視線を戻す。
「その車軸のマークとアドゥムブラリはどういう関係があるんだ?」
「ふ……このマークをよく見ろ……」
渋いアドゥムブラリは地面の魔法陣に単眼球の体を傾けた。
その単眼が見つめる場所は……。
車軸のマークの部分。
「同じに見えるが……」
アドゥムブラリは『下の魔法陣のマークと、自身のマークは違う』とでもいう感じだが……。
ホイールのような環が二つとシャフトのような棒も変わらないが、いや、あった。
「あった」
アドゥムブラリには無いこの魔法陣だけに薄い環が刻まれてある。
「凝視しないと気付かなかった。似ているけど違うマークなのか。では、己にふさわしい場所とはどういう」
俺の言葉に合わせるように、アドゥムブラリはぶるりと体を震わせる。
そして、悲しそうな声で、
「……これは幼なじみの戦旗のマークだった」
泣いている姿を見せたくないように、より一層と魔法陣に眼球を寄せていくアドゥムブラリ。
「……」
そういうことか。
支配していた領域の大地が、破壊された際に巻き込まれた……と、前に聞いた。
アドゥムブラリは傾けていた体を俺に向けてくる。
額に刻まれたAが、かっこよく見えた。
「この魔法陣も……死んだ、大好きだったベキアが使っていた紋章魔法の魔法陣と似ているんだ」
単眼の瞳を震わせながら語るアドゥムブラリ。
ベキアさんか。
アドゥムブラリ……。
「……すまん」
「いや、主を責めているわけじゃない……俺様が単に弱かっただけ。弱者だった俺の責任なんだ……シュミハザーに仕えざるを得ない状況になったしな……」
切なさを込めて語るアドゥムブラリは、間をあける。
俺の顔色を見て、
「……魔界は魔界で、争いは、常なのだからな……」
いつか向かうことになる魔界のことを注意するように語ってくれた。
「樹海、魔霧の渦森を超えた争いがあるんだろうとは想像がつく」
「でしょうね」
「はい、神々同士と諸侯に連なる眷属たち……」
ミスティとヴィーネも同意する。
「魔界だからな」
ハンカイもしみじみといったように頷いた。
「魔大竜ザイムとは契約できたようだが、モンスターとの争いもありそうだ」
アドゥムブラリは頷く。
そんなアドゥムブラリにデルハウトは尊敬な眼差しを向けている。
少し間があいた。
泣き止んだアドゥムブラリは、コミカルな口を動かしていく。
「そうだ。地獄火山デス・ロウに近い領域を治めていた門閥貴族の一人がベキア・ラモレンだった。そして、マークはメリアディ様の勢力下でもあった頃の戦旗の一つでもあるんだ。だから、運命だと思っただけだ」
戦旗。魔界も諸侯を含めて魔界王子とか居るようだし、戦いは激しいだろう。
そういえば八怪卿の方々も〝ルグファントの戦旗を取り戻せ〟と凄まじい思念を込めて飛ばしてきたっけ……。
そのことは告げずに、
「……なるほど。紋章魔法の魔法陣と関係する幼馴染も同じ系統の部族だったのか?」
「そうだ。彼女のアムシャビスの紅光は……背中に立派な翼を持つ……」
また、アドゥムブラリの背中から、彼がイケメンだった頃の魔侯爵級と呼ばれていた姿が見えたような気がした。
「よく分かった。悲しい思い出だな」
「ふ、主が泣きそうな顔を浮かべてどうする。しかし、まさか地上に……歪でまだ不完全ではあるが、俺の古い身内の紋章魔法陣を見ることになるとはな」
「これで不完全なのですか?」
ヴィーネが質問していた。
聞かれたアドゥムブラリはヴィーネの方を見る。
「そうだ。美しい銀髪を持つ者」
アドゥムブラリはヴィーネの全身をあますことなく見ていく。
このエロい視線は、昔、イケメンだった頃の自然な行動だろう。
「素材と兄の残した資料を利用して、魔法陣の修復を試みたけど……失敗していたのね」
「ミスティだからこそ、ここまでできた。という面もあると思うが」
と、フォロー。
「そうです。
ヴィーネもそう発言。
ハンカイも頷く。
「ありがとう。でも、マスターと契約したアドゥムブラリさんと関係があったなんてね? 奇妙な縁……」
確かに……と、皆を見据えているアドゥムブラリを見る。
「それでアドゥムブラリ。その魔法陣の窪みに、顔面の眼球を埋めてみるか?」
と、笑いながら話す。
「――おう! ベキアと合体。って、何を言わせるんだ、主よ!」
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