四百八十三話 秘密の地下扉

 アドゥムブラリに腕は無いが、ちゃんと乗り突っ込みの動作を行っていた。そのコミカルな動作を見たミスティは微笑みながら、

「ベキアさん云々の前に不完全ではあるけど中規模の魔法陣なことに変わらないし、たとえ、主導権が不明でも使用できれば契約に成功するかも?」

 とアドゥムブラリに聞いていた。真面目な問いにアドゥムブラリは眼球の上部にある薄い額に皺を作る。真面目モードの印象だ。

「……生贄の量を増やし器となるアイテムを犠牲にすれば成功するかもしれない」

 とアドゥムブラリが喋る、その眼球を見ながら、

「……たとえ契約に成功しても向こう側が支配する側だったら本末転倒だな」

 と否定的に述べた。

「ありえる。不完全な以上、どう転ぶかは不明だ」

 もう少し詳しく下の魔法陣について聞きたいな。理解はできないかも知れないが、と、そんな思いで、

「……この魔法陣のことを知っている範囲でいいから教えてくれ」

 俺の問いにアドゥムブラリは頷くように単眼球を下方に傾けた。

「了承した我が主……」

 敬う姿勢で喋るアドゥムブラリ。みなりは貴族風の衣裳できっちりとしているが単眼球付近はクレイアニメ風の生物という。そのコミカルな姿は素直に面白い。子供たちが好みそうな姿の面白さを助長するようにアドゥムブラリの口が素早く動く。

「召喚術と死霊術を組み合わせた魔法と推測。この魔法陣を使うには、メリアディ様に信仰を捧げることが重要だろう。さらにメリアディ様が好む本物の生贄も必要だ。だが、他にも必要かもしれない。なにしろ、この魔法陣は古い上に修復も中途半端だ」

 と、早口に語る。背中の小さい翼をバタバタと羽ばたかせていた。

 点滅している魔法陣の上で浮きながら動作だから、この魔法陣から生まれたモンスターに見える。そんな「コンゴトモ、ヨロシク」的な位置に居るアドゥムブラリの早口を聞いたミスティは片眉を下げて、

「一応、兄が残した資料を使って正確に素材も選んで修復をしたつもりだけど……専門外だからね」

 と、弁解するように語った。そのミスティを見ながら、

「何回もいうが、お前が責任を感じる必要はない。あくまでも、そのブローチと化した新型魔導人形ウォーガノフがメインの仕事なんだからな。だいたい、その改良を続けることが、ミスティのやりたいことなんだろう?」

「うん、そう。生徒たちを教えて指導する講師も楽しいけど、これがわたしの生きる道。マスターが示してくれた。金属の力と光魔ルシヴァルの力を生かす道だと思ってる」


 ミスティは胸元のブローチを触りながら微笑む。

 ヴィーネも、その発言といい輝かしさを持つミスティの態度を見て「……そうですね」と小声で呟く。

 ハンカイも血肉を提供する代わりに受け取っていた新しい手甲を見て、頷いていた。すると、ヴィーネが「生贄の件ですが……」と低い口調で話をしていた。

「遠慮せず話せ」

「はい、魔毒の女神ミセア様の声を聞く女司祭たちの儀式を思い出すぞ。やはり血を好む魔界の女神。メリアディ様も同じなのだな……」

 ヴィーネは素の感情を表に出して語っていた。

 冷然とした表情だが……。

 怒り、誇り、悲しみ、様々な感情が仮面越しから感じ取れる。

「儀式か、バーレンティンからも凄まじいダークエルフ文化の話を聞いたが……」

「わたしも【第十二位魔導貴族アズマイル家】出身。母者ラン様と姉者セイジャ様から〝薔薇の鏡〟を用いた……凄惨な儀式について、身内の範囲内ですが……聞いて育った面もありますから……」

「バーレンティンたちからも聞いているが、魔導遺族の頂点にたつ女司祭は、いつも凄惨な儀式を実行しているのか?」


 俺はヴィーネと地下都市ダウメザランを探索した頃を思い出す。


「……そうですね。中には、男の命の犠牲を拒む代わりに戦獄ウグラを捧げた風変わりな女司祭も居たようですが……」


 へぇ、それは驚きだ。


「男の命を大切にする司祭か。ダークエルフ社会では珍しい司祭といえるな」

「はい。当然、魔毒の女神ミセア様はお怒りになったようですね。内実は違うかもしれませんが、その魔導貴族が支配していた土地ごと、地下の一部が地滑りを起こしたと聞いています」


 ……魔毒の女神ミセア様。

 おっぱい女神さんを怒らせたくはないな。

 いつか、あの巨乳さんの双丘の上でトランポリン同窓会を立ち上げようと……ふざけたことを前にも考えていたが、止めておこう。そのタイミングでアドゥムブラリを見ながら、


「ま、ありきたりだが、何かしらの契約をするには、やっぱ対価が必要だよな」

「他にも魔神具系の道具が必要だ」


 アドゥムブラリの言葉に頷きながら魔法陣の窪みを見る。


「この窪みがあるように、その魔神具系の召喚用の貴重なアイテムだな? で、この窪みに……」

「入らないぞ?」

「冗談だよ。なぁ、皆」

「さぁ? 卓球大会の盛り上がった話を聞いていたように、体が柔らかいらしいし、嵌まりそうよね」

「そうですね……」

「眼球だが、実は眼球ではないのか?」


 ハンカイが斧の頭でアドゥムブラリを突こうと差し向ける。

 アドゥムブラリはひらりと避け天井に避難した。


 小さい翼をはばたかせて、ホバーリング機動をとりながら眼球を向けてくる。


「――面白いが、俺様を玩具扱いするな! 魔法陣は車軸のマークだけで幅と大きさを見れば分かることだろうがッ」


 偉そうに否定しているが面白がっているアドゥさんだ。


「武装魔霊とは、面白いな……」


 そう喋っているハンカイは笑っている。

 斧は下ろして、アドゥムブラリを見ていた。


 その宙に浮かぶアドゥは、


「いくら俺でも嵌まることは無理だぞ? 無理に押し込めば嵌まるかもしれないが……」


 と、語る。

 彼を魔法陣に押し込んでみたい気もするが、俺は笑いながら、


「分かってるよ。大丈夫だから下りてこい」


 と、アドゥムブラリに向けて喋る。

 すると、ミスティが、


吸霊きゅうれい蠱祖こそ


 と、呟く。


「あれか。ゾルの日記にあったアイテム。シータさんの魂を宿したアイテムといえばいいのかな」


 ゾルをかばったシータさん。

 彼女の胸の中にあったアイテムだろう。


 死霊術とゾルの技術で動いていたシータさんは……。

 あの時、はっきりとした人の表情を取り戻していた。

 魂が宿っていた……どの神様が作用したのか不明だが、あれも奇跡の範疇なんだろうか。


 俺が殺しておいて何だが……。

 ここを出る時に、亡くなった二人の墓にお祈りをしておこう。


 そんなことを思いながら……。

 吸霊の蠱祖が必要だと判断したミスティに同意しつつ口を動かした。


「ゾルがサビードから手に入れたアイテムか。今はその貴重なアイテムはない。生贄も犠牲を伴うのもな。どうしても必要ならいいが、できるかぎりは止めておきたい。しかし、〝俺の腕を捧げる〟とかの生贄なら、どんな風になるのか見てみたい気もする。だが、現時点では、この魔法陣は無視だな。次のミスティが暴いて出現させた地下扉を見ようか」


 秘密の地下扉。

 クナの店にあった魔法陣を思い浮かべる。


「了解」

「はい」

「おう」


 ハンカイの背中を見送ってから背後で黙って見ていたデルハウトを見る。

 彼は、魔槍を片手に持ちながらも宙に浮かぶアドゥムブラリに対して、頭を下げていた。


 元魔界騎士らしい、礼儀正しい所作だ。

 アドゥブラリは、デルハウトを見て、


「魔界騎士式か。シュヘリアから聞いている。魔侯爵ゼバルの麾下の者だったと」

「はい。そのシュヘリアからも、アドゥムブラリ様のことを聞き及んでおりました」


 単眼球体として、コミカルな部分を聞いていたのだろう。


「そうか。反逆の傀儡使いグンナリを知る金髪姉ちゃんだな。あるじに挑み敗れた。そして、その我が主に、忠誠を誓った魔双剣の女」

「そうです」

「しかし、これほどの男を放逐するとはな。ゼバルには相当な戦力が居るということか」

「地上任務が多かったので、魔界側の戦力にはあまり精通していませんが、わたしが知っている範囲ですと下級デーモンを従える魔界騎士は最低でも八名は居ました。ただ、前線が入れ替わる戦が多いですからな」

「ふむ。有名な言葉に『魔界騎士にも絶対はない』がある。ただ、その八人とは、いささか、新興勢力にしては過剰戦力のような気がするが……まぁ、傷場を占領していると聞いたからな。当然の戦力か」

「しかし、今のゼバルは弱まっている可能性もあるかと」

「ほぅ、その理由は?」

「俺たちを捨てた。地上任務とはいえ魔界騎士の三人を。そこに理由がある可能性も……」


 なるほど、「泣いて馬謖を斬る」の可能性もあるのか。

 これは考えすぎな面もあると思うが。


「うむ……」


 アドゥムブラリは昔の戦国の世を思い出している面を浮かべている。

 しかし、彼は単眼球だ……。


「そして、傷場の近くに砦も複数あります」

「傷場を巡り、連合を組むか争うことが常なんだからな。砦は必要なはず」

「はい」

「しかし、一つとはいえ、よく占領できたものだ。ゼバルは、どの神が背後に居るのか……不明だが」


 砦の戦は少し気になった。


「砦の戦はアドゥムブラリも経験したのか」

「そうだ。狂王ブリトラの勢力の砦を攻略する時には、魔大竜ザイムを引き連れて乗り込んだ覚えがあるぞ」

 

 へぇ。


「アムシャビス族の魔侯爵級ですから、派手な戦いだったのでしょう」


 と、話が長引きそうだったから、


「アドゥムブラリ、話はその辺りでしまいにしろ。戻ってこい」

「おう! 主ぃぃ――」


 ピンポン球のような勢いで迫るアドゥブラリを見て、思わず、卓球のスマッシュを放つような機動で横に一回転――。

 ドライブスマッシュは決めないが、紅玉環を勢い良くアドゥムブラリの顔面に差し向けた――。


「ひでぅ――」


 と、破裂するような奇声を出しながら、紅玉環と一体化するアドゥムブラリ。


 回転していた動きを止める。

 近くで黙って見ていた光魔騎士デルハウトに顔を向け――。


 『隣の部屋に行くぞ』と、意志を顎先に乗せて顎をクイッと動かした。


「こっちだ」


 と、声でも指示を出す。

 納屋と繋がり小屋の中へと促した。

 頷くデルハウト。


「はい、では先に」


 彼は了承し頭を下げると、大柄の彼らしい動き方で歩き出す。

 歩幅が広い。


 俺は相棒にも視線を向けた。


 ここに「戻ってくるか?」と声を出す。


 相棒は、耳をピクピクと動かし反応した。

 その一瞬の間で、黒豹から黒猫の姿に変身して走り寄ってきた。


 ロロディーヌは牙を見せるように顔を上向かせて、


「ンン、にゃぁ」


 猫声を発したロロディーヌ。

 首下からおそろいの一対の触手を、俺の腕へと伸ばしてきた。


 その二つの触手でミサンガと似た腕輪を作る。


 その作った腕輪を俺の二の腕に器用に絡めてきた。


 そして、腕に絡めた一対の触手たちを自身の首下に収斂。

 引き戻す――。


 触手を体内に引き戻す反動で俺の腕へと乗り移ってきた。


 着地も絶妙な黒猫ロロは、そのまま俺の腕に爪を立てながら登ってくる。

 幸い、着ている防具服は七分袖のハルホンク。


 神獣の黒猫ロロの爪が……。

 多少、暗緑色の服に食い込んだが……。

 少し衣服の表面が撓んだだけで、俺の肌に傷を作ることはなかった。


 しかし、神話ミソロジー級の防具服だが、黒猫ロロの爪先で裂かれる時がある。

 今回は爪が突き刺さらず、黒猫ロロは肩まで上ってきた。


 そして、俺の頬に小さい小鼻を突けてくれた――。


 頬が冷たい。

 が、ぷにゅっとした黒猫ロロの鼻の感触はとても可愛い。


 そんな可愛い感触を繰り出す黒猫ロロさんを見なかった。

 肩だから見にくいってこともあるが……。


 ミスティとヴィーネが回収した素材をデルハウトに見せている光景を見ながら――。


「俺たちも行こうか」


 と、肩に居る黒猫ロロに告げた。


「にゃ」


 相棒の鳴き声が耳朶を叩く。

 すると、本当に片足で耳朶を叩いてくる相棒さん。


 俺の片耳はパンチングマシーンではないぞ……。


「痛ッ」


 しまいには、耳朶を餃子だと思ったか、噛み付いてきた。


黒猫ロロ。耳で遊ぶな」

「ンン、にゃお」


 分かったのか肩で落ち着きを取り戻す黒猫ロロさんだ。

 尻尾で頬を撫でてくる。


 すると、視界の端に居た小型ヘルメが気になった。


 平泳ぎをしながら昇っていく。 

 パンティを見せる機動で平泳ぎをくり返すヘルメ……。


 小屋の屋根というか、上の方でパッと消えた。

 今度は下から俄に出現し、また宙を泳ぎ出す。


 そんな不思議な運動をくり返す常闇の水精霊ヘルメさんは、ダイエットかポーズを開発しているのか? 


 とは問わなかった。

 そんな光景を見ながら……。

 昔、傷を負ったユイを乗せた寝台があった納屋から隣の小屋へと移る――。


 台所のある広間だ。

 俺が使ったフライパンと鍋も置いてある。

 昔、この台所で料理を作ったな。


 皿を洗った水瓶も並ぶ。

 水桶に向けて、ヘルメが水飛沫を指先から放出する幻影を繰り出していた。


 囲炉裏の場所も変わらない。

 榾もある。


 俺が知らないのは、この食材らしいモンスターの肉と骨ぐらいか。

 あ、白いキノコもあるな。これは、ヴィーネが血文字で話をしていたアイテムか。


 と、観察を続けながら……。

 嘗て、ゾルの書斎&研究室だった奥の部屋に、皆から遅れる形で入った。


 奥の部屋は、天井と壁の一部以外、変わりない。

 机を含めた積み重なった書類類は、ほぼ、ミスティ関連に染まっている。

 ゾルが残していた書類もあるが、ほぼミスティの研究室と化していた。


 しかし、散らかっているなぁ……。 

 菓子が盛られた皿とメモが書かれた紙片は分かる。


 だが、実験の結果だと思うが……。

 髪の毛のような束の繊維が、蛇のように蠢いていた……あれは少し気色悪い。


 他にも色々だ。

 ……モンスターの腕、キノコ、貝殻、モンスターの鱗に各種ポーション。

 血肉とナイフに魔力を灯すランプといい、無数に散乱していた。


「……ごめん、これでも整理したんだ」

「わたしも整理を手伝いましたが、狼月都市ハーレイアからの白き貴婦人対策の行動は、どうなるか不明との話し合いから、色々とアイテムが散乱してしまい……」


 ヴィーネも責任を感じているのか、そんなことを語る。


「だいたいは持っていくことにしたの。散らかってるのは、もう不要になったアイテム類だし、自由に触ってくれて構わないわ」


 と、にこやかなミスティが語る。

 しかし、ねばねばしている液のようなモノが覆う髑髏の器には触る気はしなかった。


 左のLの棚は変わらない。

 ユイの治療に使った薬が入った瓶もある。


 だが、右辺にある魔高炉。

 その魔高炉と繋がっている天井の煙突部分は、かなり変わっていた。


 そして、肝心のミスティが暴いた地下扉を見る。


 巨大な錠前と一体化した金属製の扉か。

 硬そうな地下扉だなッと確認してから――。


 リズミカルな指の操作で、クナの鍵束をアイテムボックスから取り出した。


「血文字で話をしていたように、この鍵束の中に、解錠できる鍵があるかもしれない。しかし、この金属扉を開けて大丈夫かな」


 俺のいわんとすることは、頭のいいミスティはすぐに察知する。


「それもそうね」

「錠前も巨大ですし、金属扉の奥に封印されたモノは普通のモンスターとは違うモノと推測します。魔界、神界に纏わる眷属が封印されたのか……または、荒神と呪神といった旧神の場合も……」


 ヴィーネも聡いし、地下で様々なモノに出会っているいるからな。

 当然、警戒するだろう。


「そういうがシュウヤ。謎を残したままにするような男ではないだろう?」


 皆と違うハンカイだ。

 彼は半笑いの表情を浮かべながら、そんな言葉を投げかけてきた。


「あぁ。好奇心が勝る」

「分かるぞ。ミスティから、この金属は金剛樹系を超えたモノと聞いたからな。俺も興味がある」


 自身の愛用している手斧の金属を超えた素材か。

 荒神カーズドロウを封じていた巨大な部屋のような箱も、金剛樹だったからな。


「陛下、封印したまま方が良いのでは?」


 デルハウトは止めてきた。

 ヴィーネと同様に警戒を怠らないデルハウト。


 彼の言わんとしていることは分かる。

 下は、パンドラの箱かもしれないとう意味だろう。


「気持ちは分かる。だが、俺の気質はこうなんだ」


 そして、肩に居る相棒に向けて、


「――ロロ、降りてろ。皆も、念のため少し離れていた方がいい」


 と、鍵束を持ちながら皆を見る。


「にゃお~」

「了解」

「はい」


 黒猫ロロとミスティとヴィーネは指示に従う。

 俺の背後から離れた。


「陛下、お側に」


 俺を守ろうとするデルハウトが家来らしくそう語る。


「大丈夫だ。ありがとう」

「……承知」


 ハンカイとデルハウトはロロディーヌの尻尾に促されるように、部屋の出入り口に戻った。

 俺は振り向き――。


 巨大な錠前を持ち上げた。

 引っ張ると伸びた錠前の下部。


 錠前と繋がっている下部の金属は、スズの素材でできているのか異常に柔らかい。

 それでいて頑丈のようだ。不思議だな。


 ミスティが血文字で愚痴をこぼしていたが。

 分かる気がする。


 そんな不思議な錠前の上部にある固い穴を触りながら確認していく。


 ……錠前を凝視していると、薄い灰銀色の魔力を内包していることが分かった。


「んじゃ……早速――これは合わないか、これは……どうだろう、だめか……次は……」


 と、鍵穴にクナの鍵をさす。

 合わないが、何回か、くり返した。


 がちゃがちゃと音が響く。

 合う鍵があるかもしれないと、思いながら、錠前の穴にさし続けていった。


 そうして、数個目の鍵を触った時。

 その鍵というかキーが、錠前と同じ灰銀色の魔力を示した。


 この鍵か……。

 と、錠前の穴にさすと、すんなりと、頑丈な鍵穴の金属が回った。

 同時に錠前と繋がっている地下からガチャッと小気味よい音が響いた。


「音が下から響きました!」

「うん」


 ビンゴッ――開いたようだ。

 背後の美女たちの弾んだ声に、思わず、背中を向けながら親指を立てた。


「開けるぞ」


 と、発言した直後――。

 下から自動的に左右に扉が持ち上がるように開いた。

 呪文とか要らないらしい。


 錠前も開いた扉に運ばれていく。

 ささったままの鍵は、外れて落ちた。


 その鍵束を拾い回収。

 研究室の床面を叩いた金属の扉は重厚な銅鑼音を轟かせる。


 それは、巨大なドラムをずぶとい撥で打ち砕いたような音だった。 

 即座に、その開いた地下から魔素の反応を感じ取る。


 掌握察の範囲内か。

 地下はそんなに深くないと分かる。


 魔察眼で確認しながら、回収したクナの鍵束をアイテムボックスにしまった。


 壁に沿う形で下に続く岩階段が見える。

 その直後――中央の暗闇から積層型の魔法陣がだんだんと宙に持ち上がってきた――。


 積層型の魔法陣の中には白銀色に輝く紙片が混じっている。

 紙片が織りなす立体的なシャンデリアを彷彿する魔法陣は、俺たちの目の前でパッと消失した。

 紙片は空間の中に溶け込むように消えていく。


「封印が解かれたって感じの魔法陣だったわね」


 確かに。


「ゾルは、クナとサビードに通じていたと知っていたが……」

「ご主人様が倒した一級魔術師ゾルは、このようにわざわざ封印しなければならないモノを得ていた?」


 ヴィーネの言葉に頷きながら、


「クナがここに合う鍵を持っていた以上、ゾルとクナは深い繋がりがあっんだろう。日記にもそれらしき言葉が記されてあった」

「……どうだがな。クナは俺を騙した魔族だぞ。ゾルという魔術師が認知しないやり方で、何かを仕込んでいたのかもしれん」


 ハンカイは顎髭を触りながら語る。

 魔迷宮に閉じ込められていた昔を思い出しているのか……。

 表情が段々と険しくなっていく。


「……まぁ、ここの家屋は森の中でもかなりの高台だからな……」


 実はピラミッドのような形だったりして……。


「遺跡、何かの墓ってこと? 兄の残した日記や暗号文には、それらしきことは記してなかったけど。だとしたら、前にも血文字で話をしたけど……兄がこの場所を選んだもっともな理由かしら?」


 声音から、少し動揺していると分かるミスティだ。

 彼女の不安を取り除くように、彼女の瞳を見ながら、


「何はともあれ、先に俺が調べるからな」


 と、強めな声音を意識して語る。


 別に対面にこだわった訳ではないが、この世に絶対はない。

 光魔ルシヴァルの俺でさえ死はあるだろう。


 だからこそ、俺がこの場に居る以上は、皆にリスクを負わせることはしない。


「……うん」

 うるみ揺れる焦げ茶色の双眸は、その揺れを抑えるように俺を強く捉えていた。

 虹彩に俺の顔が映る。そんなミスティの額にある魔印が輝いた気がした。そのまま、頬と一緒に細い顎を撫でたく触れたく唇を奪いたいと思ったが紳士らしい態度を心がけて再び下を見る。井戸よりは広いが巨大な筒の形だ。

 縦長の作りの……巨大魔法瓶といった感じか。

 階段があるから塔の内側という感じかな。

 内壁の中央の宙へと出っ張る形で段を形成している階段の形は、それぞれ違う。

 幅は数メートルはあるだろう。見た目も固そう。

 しかし、足を当てた瞬間、壁の段が崩れやしないだろうな……。


 ……この間、ホワインさんと戦った斜塔を思い出す、階段は歪な形が多いが床へと続く螺旋した階段であることには変わりない。

 そんな階段の端には小さい印が真上に浮かんでいる。

 魔法印字。

 月狼環ノ槍の柄に刻まれているルーン文字たちとは、また形が違う。

 文字の意味は分からない。魔法書を読めたり古代の魔法書を解読できたりするエクストラスキルの<翻訳即是>を持つが……そのスキルでさえ完璧ではない。

 特殊なエクストラスキルがあろうと、この世には分からないモノがたくさんある。

 思えば、最初に選ぶ時も……。


 ※エクストラスキルは希少性が極めて高い固有スキル。更にエクストラスキルは相性があります。スキルや他のエクストラスキルと連鎖、多重リンクを起こし様々に派生していく特殊スキルを覚えることがあるでしょう。成長と共に進化を遂げるだけでなく、エクストラスキルを取得するだけでも貴方に変化を及ぼし、更なる飛躍を齎す可能性があるのです。ただし貴重なエクストラスキルもあくまで人の範囲での話です。千差万別、多種多様な世界。転生予定の世界は何があるのかまったく分かりませんので、覚えておいてください※


 と、時間制限がある中、選んだエクストラスキルの説明にあったからな。

 ……あの白い世界も謎だが。

 だれかに拉致されて転生するしかなかった状況も状況だ……。


 地下世界で放浪していた時の悩みを今更だが……思い出していると……。

 その地下を彷徨っていた時にもあったデザインと似ている浮き彫りが視界に入った。それは横壁だ。

 怪物たちと闇の尾を持つ魔術師が戦っている浮き彫りがあった。

 職人さんが彫ったのか? 魔法の効果によって自然とできあがったものかは分からないが見事な作り。

『……暗く狭間ヴェイルも薄いです。魔素もありますし、罠でしょうか……』

 常闇の水精霊ヘルメがそう指摘してきた。カザネの占い館のような場所か。または、邪神ヒュリオクスの使徒パクスが潜んでいた地下空間か。

『可能性はある。あの浮いている魔法印字が罠かな? 意味とか分かる?』

『分かりません。水の精霊ちゃんと闇の精霊ちゃんが遊んでいますが』

『ま、小さい光源だろう』

 パクスの屋敷も地下に続く螺旋階段だったと、下を見続けていく。

 狭間ヴェイルが薄いせいか、地下に感じる魔素の大きさは不明。

 ミスティの兄のゾルがメリアディの魔法陣を使っていたように魔界の怪物、魑魅魍魎のモンスターをを召喚し、契約をした何かを封じ込めた線が濃厚か? それとも魔族のクナが何かを封じるために、この金属扉を用意したのか? 詳細は不明だが……魔素の反応がある以上、何か・・が下に潜んでいることは確実。近くに来た黒猫ロロは、開いている金属扉に肉球パンチを繰り出していく。

 そして、パンチに満足してから井戸の底を見るように覗いていた。


「落ちるなよ」

「――ンン、にゃお~」


 皆に警戒を促すつもりかな?

 それとも熱湯風呂のコントのように、ふさふさとしているモフモフのお尻を押して欲しい? 『おしりをおすにゃ~』と密かな期待をしている? 

 そうではなく……地下に封じられていると推測できる存在が、自分の神獣としての猫声に反応を示すか確かめたかったのかもしれない。

 どちらにせよ。相棒の可愛い声だ。その猫の声は、地下に届いていないのか、特に下からの反応はない。代わりに視界の端に浮かぶヘルメが反応していた。美しい仙女を彷彿する衣が似合う常闇の水精霊ヘルメさん。

 悩ましい腰に片手を当てながら、もう片方の細い手を黒猫ロロのお尻に向けていた。爪先からハートマークの魔力波を出している。

 気持ちは分かる。黒猫ロロ嫋々じょうじょうとした尻尾の動きといい無邪気な行動は癒やされるからな。魔力波は黒猫ロロの太股を構成しているモッフモフな黒毛に衝突したようにも見えた。黒猫ロロが少し動いているだけだから気のせいだろう。そんなことより地下を調べないとな。すると、ヴィーネが<血魔力>を足に纏っているような速さで間合いを詰めると、

「――ご主人様、この金属人形で偵察しますか?」

 そう聞くヴィーネの吐息は近い。銀仮面を外している。

 仮面が頭部の髪飾りのようにその頭部についていた。

 そのお陰でヴィーネの前髪が捲れている。横に捻じられ気味の髪はボリューム感が増していた。この髪型も実にヴィーネらしく大人っぽい雰囲気があっていい。長耳に掛かった光沢した銀髪はやはり、すこぶる魅力的だ。自然と綺麗なおでこを注視する。

「大丈夫」

 と愛しいヴィーネに短く告げた。ヴィーネは俺の唇の動きをじっと追っている。フェロモンの匂いと銀色の虹彩の動きからしても欲情していると分かった。一瞬、キスしたくなったが……我慢だ。

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