四百八十話 ヴィーネとミスティとハンカイとの再会※
右足の踏み込みから左手に握った<刺突>が得意と聞く。
左足のフェイクに切り替えが可能な下段蹴りに続いて<鷺回し>という上段と中段に切り替えが可能な槍回しのスキルに繋げてからの<愚連・雷牙突>を繰り出すことが多いとも聞いた。そして魔人武術の連携組手だと擒拿系が得意とも。一方、俺は得意としている<魔闘術>の操作を微妙に変化させて威力と速度を変化させた<刺突>のことを告げた。
すると、デルハウトは無い眉毛をぴくりと動かす。
俺の攻撃を思い出したような表情を浮かべてから、
「陛下のアレは……」
と呟いた。そこからも戦闘談話は暫く続く。
濃い戦闘の話を聞いていた相棒は興奮したらしく急に速度を上げ、クラゲの群れに突進を開始すると槍使い同士の戦闘秘話は終了――。
「ンン」
「はは、逃げられるぞ~」
「ンン――」
むしゃむしゃと咀嚼音が響くと震動も起きる。
暫し、クラゲごはんを食べる行動に付き合った。
相棒の神獣に似合う量のクラゲを食べて腹を満たしたところで、ゆったり飛行へと戻る。ハイム川の絶景を煙で汚すように魔煙草の煙を吐いた。
ふぅ、魔煙草も気持ちいい、絶景もいいな。
ヘカトレイルの都市が遠くに見える。城壁は魔法ギルドが建てたと聞いたが……遠くの空で鷹かキジのような鳥の群れが連なり飛んでいる。
暫し……北上していくロロディーヌとまったり飛行を楽しんだ。
今の、飛んでいるロロディーヌの腹を見たら……。
クラゲをたらふく食った影響で、ぽっこりと膨れているかもしれない。
少しだけ速度を落とす。魔煙草を消してからスキルステータス。
取得スキル:<投擲>:<脳脊魔速>:<隠身>:<夜目>:<
恒久スキル:<天賦の魔才>:<吸魂>:<不死能力>:<血魔力>:<魔闘術の心得>:<導魔術の心得>:<槍組手>:<鎖の念導>:<紋章魔造>:<精霊使役>:<神獣止水・翔>:<血道第一・開門>:<血道第二・開門>:<血道第三・開門>:<因子彫増>:<破邪霊樹ノ尾>:<夢闇祝>:<仙魔術・水黄綬の心得>:<封者刻印>:<超脳・朧水月>:<サラテンの秘術>:<武装魔霊・紅玉環>:<水神の呼び声>:<魔雄ノ飛動>:<光魔の王笏>:<血道第四・開門>:<霊血の泉>:<光魔ノ蓮華蝶>:<無影歩>:<ソレグレン派の系譜>:<吸血王サリナスの系譜>:<血の統率>:<血外魔・序>:<血獄道・序>:<月狼ノ刻印者>new
エクストラスキル:<翻訳即是>:<光の授印>:<鎖の因子>:<脳魔脊髄革命>:<ルシヴァルの紋章樹>:<邪王の樹>
新しいスキルの<蓬茨・一式>をチェック。
※蓬茨・一式※
※蓬茨魔拳流技術系統:基礎突き※
※獲得条件に高能力、天賦の魔才、魔技系の心得数種、魔雄ノ飛動が必須※
※己心の弥陀と似た心根と組手系スキルのセンスが求められる※
※体幹を巡る血に、毒にもなりうる高濃度の魔力を浸透させて、その魔力を拳に流す正拳突き※
蓬茨魔拳流技術系統?
文字を連打した、すると、
※蓬茨魔拳流以外にも、蓬莱魔蹴流、崑崙双神流という武門は無数に存在する※
ま、世界のどこかにあるんだろう。
それ以外に何か情報が得られるかと……。
脳にツッコミを入れるように……文字を連打――。
隠しコマンドを試して文字を押し込んだが何も出なかった。
仙人系の技っぽいから気になるが出ないのでは仕方ない。
次のホワインさんとの絆っぽいスキルを調べよう。
恒久スキル<月狼ノ刻印者>をタッチ。
※月狼ノ刻印者※
※月狼環ノ槍が認めた相手に魔印を刻める者※
※月狼魔印を得た者は加護を受ける代わりに月狼ノ呪いを受ける※
この月狼環ノ槍の力で、ホワインさんを呪ってしまったらしい。
神槍系だと思ったが、ヒヨリミ様が語っていたように、呪われた聖杯と同じく呪槍だったようだ。
月狼魔印をタッチしたが、でない。
月狼ノ呪いも指で押し込むが……何もなし。
上上、下下、と、スワイプしてもだめか。
ホワインさんに謝った方が良さそうだ。
ま、カルードとユイがお世話になったアドリアンヌには、
その時にホワインさんにジャンピング土下座をしよう。
弟子たちの矢を浴びても我慢だ。
……頭部に矢を受けて落ち武者をやろうか。
なんなら斜塔から落ちてもいい。
そこでステータスを終了させる。
すると、ロロディーヌが鳥たちの方へと近寄っていく。
飛翔速度を少し上げていた。
鳥たちと遊びたいらしい。
神獣ロロディーヌは、鳥たちに混ざるようにジグザグ飛行から宙に旋毛を描くような機動で飛翔していく。
当然、乗っている俺たちは、その遊ぶ行動に付き合う形となる。
間近で飛翔している鳥たちは鷹のような姿だった。
茶色の大きな両翼がカッコイイ。
そんな鳥たちを食べずに飛行を楽しんでいく相棒ロロディーヌ。
「神獣様が近付いても逃げない鳥とは珍しいですな」
「確かに……」
先ほどのクラゲたちも逃げずに喰われていたが……。
デルハウトの言葉に同意だ。
彼の渋い表情と一対の長い髭というか触角の先端が光ったのを確認しながら、
「魔界には、空を飛ぶ生物は居るのか?」
と、素朴なことを聞いた。
「居ます。アムシャビス族以外にも無数に……そのほとんどがモンスターと呼ぶべき生物ですが」
どこも同じか。
と思いながら、相棒の触手を見た。
鷹のような鳥たちに向けて恐る恐るといったように小さい触手を向かわせようとしていた。
しかし、途中で触手を止める。
その止めている先端触手の裏側にある肉球がぷるぷると振動しているから可愛い。
姿の大きい神獣だが、猫と同じだ。
猫が前足で知らないモノに触れようとするのと同じ動作だから面白い。
そして、そんな飛行中の相棒さんだが……。
俺と<神獣止水・翔>のスキルで気持ちが通じている。
だから、ロロディーヌのわくわくとした楽しい気持ちがダイレクトに伝わってきた。
俺も楽しい気分となる。
そんな俺の楽しい気持ちを知ったロロディーヌ。
ふさふさな長い耳を傾けて俺の腕をくすぐってきた。
触手は使わずに耳を使うとは、やるな相棒!
「にゃ~」
返事の声をあげたロロディーヌは頭部を上向かせてくる。
あれ、その口先がいつもと違う。
大鷹のような嘴があった。
白が混じっているから自身の牙を元とした
嘴のようなモノを作るとは面白い。
しかも、嘴の表面に飾りのような造形もあった。
鳥たちに混ざっているから姿も少し似せようとしたのかな。
変身タイプは本当に色々あるな。
普段は小さい黒猫の姿。
狩りの場合は黒豹と黒獅子タイプが多い。
室内戦だと山猫の姿だな。
移動の時には、大きい黒豹タイプか黒馬の姿が多いか。
デルハウトを乗せる瞬間はグリフォンのように横幅を大きくしていたが……。
サイデイルを飛び立った直後は、ペガサスの姿と似た姿だったと思うし。
飛翔速度といい血鎖探訪並みの嗅覚といい……。
「本当に凄い神獣様だな! ロロディーヌ!」
「ンン、にゃ~」
『ふふ』
ヘルメが笑っているように……。
相棒は俺の言葉を聞いて嬉しかったらしく……。
俺は一瞬で、長い耳に生えているふさふさな毛に包まれた――。
巨大なフェザーダスターで全身を掃除されていく気分だ。
長い耳の幅が少し大きくなった?
こうやって、相棒が色々な姿に変身できるのも……。
ホルカーバムで枯れた大樹を再生させたからだな。
大地の神ガイアと植物の女神サデュラに感謝。
神々の祝福という証しの
今もあの時は覚えている。
ほおずきの形に入った神酒を、そして、神様たちの力を宿した濃い液体を、
相棒は真の神獣としての姿を取り戻した。
その血の盟約といえば、ヒュプリノパスの尾もある……。
しかし、まだアイテムボックスの中に仕舞っておこう。
ローゼスの精神世界でも語っていたが、もう一つの重要アイテム〝智慧の方樹〟も気になるところだ。智慧の方樹。エヴァの力でイグルードの過去の記憶を見た時……。
その智慧の方樹をホフマンたちは探していた。しかし遠い昔だ。
ホフマンたちはもう智慧の方樹を手に入れている可能性が高い。
ヴァルマスク家の<筆頭従者>でもあるホフマンだが……デルハウトと戦った混沌の夜の時にコレクターの配下と遭遇し、俺と交渉しようとしてきた。
結局、神界勢力の邪魔が入り交渉はできなかったがホフマンは俺と戦う気配を見せなかった。あの場の訪問は、彼の独断か?
または、背後の女帝ファーミリアを頂点とした【血法院】、【大墳墓の血法院】と呼ばれた場所を本拠とするヴァルマスク家の指示か。
またはその両方か。郊外の墓地で邪教と戦った時にも……ヴァルマスク家と推測できる
偵察は変わらず続けていたようだ。
そのヴァルマスク家の方はヴェロニカを追っているんだろう。
ホフマンだが……俺以外にも内と外に敵がわんさか居る状況だろうと予想。
魔界、邪界、地底、宇宙……人族側も、国と組織と宗教は多種多様だ。
混沌の夜での戦いで、ホフマンの幹部を屠っていたように……。
神界勢力のブーさん系にめっちゃ強そうな方も居たし。ノーラの家系のような
そう思考したところで相棒は急激に速度を落とした。
向かい風も緩まる。
すると、もうハイム川を越えているから近いとは思っていたが……前方に魔霧の渦森と分かる霧に覆われた土地が見えてきた。着いた。
「――早い! さすがは相棒だ!」
「神獣様ぁ~くすぐりはだめですぞぉ」
「にゃぉぉぉ~」
神獣らしい鳴き声で応えてくれたロロディーヌ。
相棒の触手手綱も声と一体化したかのように振動した。
触手と繋がる俺の首もぶるりと震える。
デルハウトに悪戯をしているようだが、無視だ。相棒の心は理解できる。
自然と『あぁ、そうだよな』と以心伝心で通じ合う。
その直後――先ほどよりも飛翔速度が遅くなった。
同時に周囲からモンスターの魔素を感じ取る。
この魔霧の渦森は、ハーピーとガーゴイル系のモンスターが多いからなぁ。
『――閣下、至る所に魔力が、狩りますか?』
『ロロに任せよう』
左目に宿るヘルメにそう答えた。
「陛下、神獣様が狩るかもしれませんが、地上ならば動けますのでご命令を」
「大丈夫だよ」
そう笑みを意識しながらデルハウトに答えた。
ユイをポポブムに乗せて移動していた時もモンスターは大量に湧いていたな。
ここを去る時……沸騎士たちと相棒にモンスターの処分を任せたが……。
空も地上も昔と変わらず。モンスターは湧き続けているようだ。当然か。
聡明なヴィーネは、この魔霧の渦森を修行場所として選んだように……この粘り気のある霧といい渦森は他とは明らかに違う。モンスターの増殖スピードが速い――。
今も霧の中から見たことのない饅頭のような頭部を持ったガーゴイル系のモンスターが現れている。どんな風に出現しているんだろう。
やはりヴィーネが見つけたような地下遺跡が原因か?
交尾して卵から羽化する速度が異常に速いとか?
哺乳類のように子供を産む? 成長速度が速いとか。
交尾した瞬間、いきなり、子供が生まれるのかも知れない。
または、
どこか異次元に繋がっているとか。
神と魔力を含めて……そのすべての可能性が高いな。
樹海もそうだが……とにかく至る所にモンスターが湧く。
そして、この魔霧の渦森には大事な神様も居る。
ココッブルゥンドズゥ様だ。
ここの地域は呪神や荒神の像が祭られた跡が多い。
ということで、空の上から無礼かも知れないが……。
お祈りをしておこう。絶対的な信仰ではない……。
まったりとした心で南無――。
と、片手を鼻に当てながらお祈りをした。
ココッブルゥンドズゥ様にプレゼントした祭司のネックレスは役に立っているのだろうか。ネックレスにパワーを溜めるには時間が必要だと語っていたが……。
そんな托鉢僧の辻立ち気分で祈っていると……。
ロロディーヌはゆっくりとした速度で魔霧の渦森へと突入した。
雨の匂いを浴びるように冷ややかな霧を抜けていく。
――先ほどよりもモンスターたちの反応が強まった。やはり危険な地域だ。
「ンン、にゃごあぁ」
ひんやりと湿った空気を吹き飛ばすようにロロディーヌは口から炎を吐いて進む。
――紅蓮の火炎が周囲の霧を吹き飛ばす。
霧は蒸発するように消失――俺たちに近付こうと急接近していたガーゴイル系のモンスターたちもそれは当然の如く、一瞬で、火達磨と化し炭化した塊に変質する。
モンスターのほとんどは塵のように消えていく。
視野が少し開けた。火炎に耐えた頭部を無数に持つ巨大モンスターも居るところが、この場所の異質さを物語るが、神獣の炎を浴びたくないのか、すぐに逃げていった。
その霧の中に逃げていくモンスターは追わない。
しかし、いつ見ても相棒の火炎息吹は凄い。まさに「汚物は消毒だー」だ。
そんな紅蓮の炎のブレスに加えて嗅覚と方向感覚もあるんだからな――。
魔霧の渦森の霧という霧をあっさりと突破した。
何回も来ているから当然か。遠くにミスティの兄の家が見えてきた。高台の家は忘れない。屋根に新しい金属の煙突が見えた。あれはゾルが残した資料を参考に小型の魔高炉をもっと効率よく運用するために必要だから簡易的に作ったと聞いている。
簡易的にそんなものを作れるミスティも凄い、さすがの金属の専門家だ。
煙突があるように兄が残した魔高炉の研究も進んでいる。
あの真新しい煙突の素材も……迷宮の宝箱から手に入れた金属だけでなく……。
この渦森に出現するモンスターから集めた素材も使っていると血文字で聞いた。
更に新型
しかし、ミスティの語るゾルが残した研究論文と研究用語は難解すぎて……ほとんどスルー気味だった。その兄のゾルの件では事前に血文字で連絡を取り合った。
ゾルは手記に書かれてあった記述通り……。
ヘカトレイルの魔法ギルドに所属していた一級魔術師。
だから、ミスティも魔法ギルドの幹部組織である魔術総武会の名を聞いて驚いていた。
【玲瓏の魔女】の名は知らなかったが。知らなくて当然か。
ヘカトレイルとレジーピックも離れた都市同士だし、魔法ギルドには妹のミスティは所属してなかったんだからな、と、庭が見えた――。
ミスティとヴィーネにハンカイの姿も確認。皆の足下に荷物がある。
狼月都市ハーレイアに向かう準備は整っているようだ。
ハンカイが手を振ってきた。熊の毛皮帽子はかぶっていない。
え? いきなり、そのハンカイが手斧を投げてきた――。
というか、ハンカイは眼がいいな、まだ遠いぞ。射手でも躊躇するような位置だ。
手斧は勢いよく俺たちの方に向かってくる。飛翔してくる手斧は、黄色い魔力の閃光を放つ。黄色い魔力を帯びた手斧は右の方へと離れていった。斧が向かった先は妖鳥だ。
鳥と女性が合体したような姿を持つ
一見は女性の姿に近いモンスター。その妖鳥の眉間に黄色閃光を発した斧刃が衝突した。 ハンカイが放った斧刃は切れ味を見せつけるかのように妖鳥の体を縦に真っ二つ――。
ジュバッと凄惨な音を響かせる。血飛沫を浴びた黄色く光る手斧はリモコンで操作を受けているようにハンカイの手元へとブーメラン軌道で戻っていく。
二つに分かれた妖鳥の血濡れた肉塊は落下していった。
ロロディーヌは、その落下中のモンスターの肉塊を眺めていく。
しかし、珍しく頭部をわずかに揺らしただけで肉は食わず我慢した。
「ンン」
と鳴く。気にしないにゃ~といったようなニュアンスかな。
可愛い声で鳴いたロロディーヌはハンカイの下に戻る黄色い手斧を追うように、僅かに下側へと片翼を傾ける。相棒は旋回機動に移った――。
ハンカイたちからは相棒が傾きながら飛翔しているように見えているはず。
操縦している俺は、そよ風にでもなったように気持ちよさを感じた。
そうした機動のまま青白い光の範囲内に入った。
坂の下から放たれている光の範囲に入った途端、周囲のモンスターの気配が遠のく。
これは魔法ギルドの証しの光だ。対モンスター用の結界の光。
チェレンコフ放射と似ているような眩い蒼い光を放つ塔だ。
ペルネーテの魔法街にも設置されていた。
本当に小さい塔の内部に、光より速い速度で荷電粒子が通過していたら凄いことだ。
しかし、それはないだろう。
内実はモンスターが嫌う波長を出す魔力の結晶が集まったフォトニック結晶の類と推測。
「――ロロ、ありがとな」
「ンン」
蒼い光を感じながらロロディーヌの首元を触り撫でていく。
相棒はお返しに数本の触手を勢いよく伸ばしてきた。
俺のおでこをピンッと叩いたり、耳を引っ張り、ほっぺを餅のように叩いたりと……。
髪形を壊すように、毛髪をわしゃわしゃとかき乱す。
元々、俺は短い髪だから髪型は崩れようもないから別にいいが。
肉球で派手な肉団子でも、頭部に作るように撫で回してくる。
――だが、この鼻を……。
「――ロロ、耳と鼻をほじくるのは止めてくれ! 気持ちは十分伝わったから、前を見させてくれぃ」
俺の、ふがふがといった笑った声を聞いた巨大な相棒は、
「にゃ、にゃ~」
と大きな声で笑ったような、了承する声を発してきた。
「神獣様、わたしの頭部にある鼻は……」
相棒はデルハウトにも悪戯していたらしい。悪戯娘の神獣ロロディーヌだ。
相棒はゆっくりと庭に向けて下降していく。
さて、
「降りるぞ」
「はい」
「ンン――」
俺は一足先に飛び降りた――デルハウトも後から続く。
相棒もすぐに変身したはずだ。三人が待つ庭へと片足を突けて着地――。
懐かしい空気を感じながら起き上がった。
湿った空気だが――嫌な感じはしない。
足下に黒豹の姿に戻ったロロディーヌの感触を得ると、
「ご主人様――」
と耳ではなく、俺の胸を衝く、ヴィーネの愛しい声だ。
光沢した銀髪を靡かせて走り寄ってきた。銀仮面が似合う。
銀色の虹彩を持つ瞳と青白い肌と紅色のブーツが映える長い足――。
――ヴィーネ。
切ない表情を浮かべているヴィーネを抱きしめる。
光沢した銀色の長髪も変わらない。彼女の懐かしい匂い。
ペルネーテで愛し愛されていた頃を思い出す。
花の茎のような項と……長い耳も愛しい……。
「……淋しかったです」
そう呟く彼女は微かに体が震えていた。
そんなヴィーネを『大丈夫』と気持ちを込めて、
「ヴィーネ……待たせたな」
と喋り、抱きしめを強くした。
「マスター!」
「シュウヤ、久しぶりだな!」
少し嫉妬気味なミスティとハンカイも側に来た。
ヴィーネはミスティの気持ちを理解しているのか、すぐに俺から離れる。
代わりにミスティが俺の胸に飛びかかってきた。
細い両手を俺の腰と背中に回す。そのまま強く俺の背骨を折る勢いで抱きしめてきた。
「――寂しかったけど、研究は順調なんだから、ね」
耳元で喋るミスティの声には、熱があった。
ハンカイはその様子を見て頷いていた。
「あぁ」
俺はそう返事をしながら、ミスティの肩越しに頬を朱に染めているヴィーネを見た。
青白い肌は変わらない元ダークエルフ。
その彼女は目尻から涙を一筋すっと流しながら……。
微笑むハンカイと一緒にゆっくりと首を縦に動かしている。
ミスティもそんな皆と同調するように頷く。
そして、彼女の癖である糞、糞、糞といった小声が聞こえた。
ミスティは癖の言葉を呟きながらも……。
「……ふふ、可愛いロロちゃんも久しぶり」
相棒に語りかけているミスティの横顔を見たら涙を流していた。
そのまま、泣いているのか微笑んでいるのか分からないミスティは、俺の匂いを嗅ぐように首下にキスをしてくる。
血を吸ってこなかったが、くすぐったい。
しかし、寂しい思いはお互い様だ。
俺もミスティの細い体を強く抱きしめた。
「あぅ」
ミスティはビクッと体を震わせて切なそうな小声をあげると耳元で「……ありがと、血を少しもらううわ」と熱を込めた声音で語ると、俺の首に犬歯を突き立ててくる。
切なさと同時に様々な感情が血の流れと共に俺に伝わってくる。
いいさ、いっぱい吸え――。
すると、足下に居た
しかし、俺も素直に嬉しいや。三人とも元気で凄く嬉しい。
「ミスティ」
「うん?」
上向かせたミスティの頬を伝う涙を親指で拭ってあげた。
額の魔印も変わらず。
しかし、彼女の焦げ茶色の瞳が震える。
小さい口紅は俺の血色に輝いていた。
「……ありがと、まったく優しいんだから、あ、その親指にあるバルミントの契約の証しも同じね……」
涙で濡れた親指を見て……『そうだな』と頷く。
バルミントは高・古代竜サジハリとの生活をがんばっているはず。
あの健気な幼い竜……会いたい。
凄く……だが、それは俺の甘えだ。
荒野の魔女サジハリから
俺がいけばその学びの邪魔になるだろう。バルのためだ。
この親指の契約の証しからは……。
不思議とバルの想いが伝わってきている。だから、大丈夫なはずだ。
と思いたい。そんな淋しい思いは顔に出さないようにしていると……。
「お? 俺の匂いを調べるか?」
ハンカイの言葉を聞いた
「ンン」
と喉声を発しながらそのハンカイの短い足へと豹パンチ。
そのハンカイの膝頭に頭部を寄せていた。
ハンカイは嬉しそうに頬を斑に朱に染めて、その
長い耳を引っ張っている。あれは俺がよくやる奴だ。
だがしかし、あまのじゃくな
相棒は、ハンカイのふっくらとしたふくらはぎに噛み付いていた。
「ぬお、俺は餌じゃない!」
甘噛みだな。ハンカイは筋肉質だと思うが……。
「ふふ」
ヴィーネも微笑む。
『懐かしいですね、ペルネーテの頃もよく噛み付いてました』
『あぁ』
ヘルメに同意。というか、両手に小さい棒を。
あれは、レジーが持っていた折れた魔槍をモデルにしているのか。
エヴァのようなトンファーに見えてくる。そのことは指摘せず相棒を見た。
ハンカイの酩酊したような悲鳴を聞いて、ロロディーヌは噛むのを止めると、ふくらはぎを優しく舐めてから、ヴィーネのふくらはぎに頬を寄せると、少し匂いを嗅いでから、猛烈な勢いで頭部を前後させる。頬を擦りつけていく。脇目も振らず、頬と白髭をヴィーネの脛と脹ら脛に擦りつけていった。ヴィーネから漂う違う匂いが気になったのかな。
そういえば
可愛い相棒ちゃんの、ネコ科らしい行動を見て、自然と笑顔となった。そして、ミスティの研究者らしい細い両肩を優しく持ち、
「……もう準備はできているな?」
と目の前の三人に問いながらミスティを離した。
準備はできていると分かっていたが、あえて、聞いていた。
俺から離れたミスティは足早に動く――無我夢中にヴィーネの足へと頬を擦りつけている
「――勿論よ! 白色の貴婦人は聞くところによると、ヤバイ相手なのは確実!」
と白い歯を見せて、発言。
ハンカイも特殊な金剛樹製の手斧を掲げ、
「――配下の数も多いと聞いた。シュウヤが知っているように俺は戦場を知っている。かつてはエルフ共と戦争をした仲だ……だから斧使いとしての歩兵でも、指揮する側でもシュウヤの役に立てるだろう」
頼もしいハンカイだ。ヴィーネも黙っているデルハウトを見て、
「はい。わたしも全力でご主人様を支えます。ご命令ください」
と発言。
「分かった。皆、ありがとう」
「ふ、何をいまさらだ。忠誠を誓ったが、俺は友だと思ってるんだからな」
ハンカイ……。
「だが、皆、色々とやることが多い中での頼みごとだ。すまんな」
俺の謝る言葉を聞いたミスティは、
「何言ってるの。手伝うのは当然でしょう」
「……」
「……復讐に生きたクズで凡愚なわたしを救ってくれた。優しいマスターの頼みだからね。マスターの恩に応えられる……」
「クズで凡愚は、卑下しすぎだ」
「ううん、エヴァの身のうち話を聞いて、皆の考えと臨時講師としての経験から学んだの」
「ミスティ……」
ヴィーネはミスティに問いかけるように名前を呟く。
「……勿論、ヴィーネ。貴女の復讐は当然よ。ダークエルフ社会では、力を持つ者が行うべき正義はあると思うし、ただ、わたしの場合は別」
「そんなことはないと思うが」
「ううん、別なの。今回の人助けの行動に出るシュウヤを見て、また考えたんだ。盗賊に墜ちたわたしの罪を」
「しかし――」
「いいから言わせて。あまり話す機会もなかったし」
「分かった」
「……今回の白色の貴婦人たちの討伐をして無数の人々を救っても、わたしの贖罪にはならないし、罪なき人々の命を奪った罪はずっと、一生、そう……永遠にわたしの心に残り続けていく。だからこそ、そのたくさんの人を助けるという行為が、どれほどわたしにとって嬉しいことか……そして、救われるか……今の言葉のように、血文字でコミュニケーションを取っている範囲だとマスターはあまり理解していないようだけど……」
ミスティは泣きながら告白をした。
ハンカイとヴィーネは彼女から相談でも受けていたのか、涙ぐんでいる。
その勇気ある彼女の言葉と声音に涙を見て……つられるように目元に涙が溜まった。
ミスティの話すとおりだ。確かに、俺は眷属だろうと相手の女性の心を理解するのは難しい。<光の授印>があるが、闇の側でもある俺だ。
ツラヌキ団を含めた樹海に関わる皆を救おうと動いているが……。
道徳がすべてではないと思っているからな。根から罪深い。
が、小さなジャスティスはある。それが道徳というモノなら道徳なんだろうが……。
しかし、ミスティだって、やりたいことはあるはずだ。
と思いながら、
「……俺なりに理解はしていくつもりだ。そして、ミスティもありがとう」
と素直に気持ちを伝えた。
「……もう、真顔で答えないでよ――」
笑みを浮かべながら涙を流すミスティは、また抱きついてきた。
そのミスティの背中をさすってあげていく。
「ガハハ、シュウヤらしい」
両手を胸元で組むハンカイが豪快に笑う。俺らしいか……。
思わず、気恥ずかしい思いで笑いながら頭部を掻く。
『皆、力強い言葉です。素晴らしい仲間、眷属たち』
『そうだな』
眷属と友の言葉は凄くうれしい。オフィーリアたちとツラヌキ団たちを救わないとな。
だが、戻る前に新型の
「……ミスティ。新型の
と聞いた。
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