四百七十九話 空とデルハウト

 相棒にまたがってサイデイルの上空に出た時――。


「――陛下!」


 デルハウトが跳躍してきた。

 彼の片腕と腰に神獣ロロディーヌの触手が絡み付く。

 相棒はその絡ませた触手を収斂しゅうれんさせてデルハウトを勢いよく引き寄せ、捕まえた。

 その相棒は、


「ンン」


 と喉声を発した。

 そして、『ドドドン』と重低音が響くような振動を起こしつつ体の幅を広げる。 


 相棒の背中にまたがっていた俺は、股間からフアッという感覚を得ながらロロディーヌの広い背の上に立った。


 温かな相棒の背中を内股に感じていたから、少し寂しく感じたが、しょうがない。


 ロロディーヌはグリフォンかドラゴンに近い大きさの姿へと変身したんだろう。

 

 隣に来たデルハウトは片膝で相棒の背中を突くようにして頭を下げた。敬う姿勢だ。

 魔槍グルキヌスは足の横に寝かせている。


 その魔槍を相棒の黒毛が優しげに包んだ。

 

 一瞬、光魔騎士にする際の儀式<魔心ノ槍>を思い出してしまった。

 はは……と、ごまかす笑いを意識しながらデルハウトには気付かせないように……触手手綱の位置を下げた。


 俺も姿勢を正すイメージで、


「……よう、デルハウト!」


 さりげなく挨拶した刹那――。


 左目に宿る常闇の水精霊ヘルメが登場した。

 ヘルメは視界の端で敬礼のポーズをとる。

 

 小さい姿のヘルメちゃんだが、ちゃんと双丘は揺れていた。

 そのヘルメは、


『魔将軍!』


 と、思念を俺に飛ばしてくる。

 お尻将軍と伝えてこなかった、珍しい。

 

 俺の頭の中だけに響く思念だからデルハウトには聞こえていない。


 そして、小さい姿だが、美しいヘルメだ。

 見事なおっぱいさんに向けて敬礼をしたくなる。


 そのデルハウトは頭部を上げ、

 

「陛下、お供します」


 と述べてきた。

 デルハウトは肌理の粗い皮膚を持ち、彫りが深い。

 額当てのような骨格は眉と一体化したような印象だ。


 仮装パーティーによくある髑髏や死神をモチーフにしたフェイスペイントやアイマスクではない。


 それは薄い鋼鉄を皮膚にした防具と呼ぶべきモノ。

 

 普通のゴツさを超えている。

 そのゴツさが、また、凄くカッコイイんだが。


 デルハウトという名に見合う渋い表情を作り出していた。

 

 そして、渋さを象徴するような額当ての中央には魔宝石が嵌まる。


 その額当ての両端を筋肉でたとえるなら口角挙筋か。

 その口角挙筋のような長細いモノが、耳を超えて背中の方にまで垂れていた。

 

 一対の尾にも見える立派な器官を頭部に沿わせている。

 触角、触手、髭、耳。

 形容するのは難しい。

 槍の技を放つ時、器官の先端が輝いていたし、特別な器官なんだろうと推測。


 そんなザ・魔族系の種族らしい頭部を持つデルハウトは……。

 魔界諸侯ゼバルが召し抱えていた魔界騎士の一人だった。

 今は、俺の光魔騎士の一人。

 現在は<筆頭従者長>のキッシュの配下についてもらっている。


 そのデルハウトを尊敬する気持ちで見つめて、

 

「……キッシュの許可は取ったのか?」


 と聞いた。


「はい」

「なら構わない。楽にしてくれ」

「はいッ、臣従として嬉しく思います」


 デルハウトの言葉に頷く。

 堅苦しいのは抜きだ。

 

 そんな気持ちを伝えるように、


「立っていいよ」


 と気軽な口調で喋った。

 俺の言葉を受けたデルハウトは、


「はッ」


 律儀に返事を寄越す。

 スッと背筋を伸ばし武人らしい淀みのない所作で素早く立つデルハウト。


 その立ったデルハウトの足に神獣ロロの触手が絡んだ。

 彼の紫色の魔槍にも下から伸びてきた触手たちが絡まった。


 今は飛翔しているという状況。

 相棒は、どんな飛行体勢に移行してもデルハウトが落ちないように足を押さえてくれていた。

 んだが……。

 触手が絡まった足は、専用の足防具を装着したようにさらに太くなって見える。

 

 神獣ロロディーヌは、ゆったりとした飛行速度で旋回を始めた。


 その傾いた機動を利用するようにサイデイルを俯瞰していく。

 まずは、自分の家屋を凝視だ。

 

 カルードたちはまだ家の中だな。


 その俺の家の屋根の上に、黒猫ロロを追っていたぷゆゆの姿が見えた。


 ぷゆゆは屋根の上を走っている。

 目的は、空に浮いている幽霊のラシュさんだろう。

 

 ラシュさんはキッシュの妹。

 半透明な姿の幽霊さんだ。

 幽霊だが、衣服的に蜂を体に纏わせていた。


 ラシュさんを追うぷゆゆにも、その悩ましい体が見えているのかもしれない。

 生意気な小熊ちゃんだ。


 しかし、その蜂たちを追うように逃げるラシュさんを追っていたぷゆゆは途中でターン。

 出窓に引き返していった。


 その出窓から、また家に入るのか?


 と思ったが、ぷゆゆは入らなかった。


 出窓から出たり入ったりと、謎の遊びを始めた小熊太郎。

 

 何がしたいんだろうか。

 出入りを繰り返す度に、ドヤ顔を披露する。

 

 小動物らしい機敏な動きをくり返す、ぷゆゆさん。

 

 しかし、小さい杖を出窓の端に引っ掛けて、転びそうになったお茶目なぷゆゆ。


 エヴァたちの呼ぶ声に反応したのかな。


『ぷゆ、ぷゆゆゆーん』


 といった声が聞こえたような気がした。

 俺は笑みを意識して、

 

「……村というか、街の拡張は順調のようだな」


 そうデルハウトに聞きながら、屋根上から視線をらし小山を見る。

 小山の天辺付近は……前と変わらない。

 

 魔竜王バルドークによって破壊された跡。

 キッシュの一族の象徴『蜂たちの黄昏たそがれ岩場』があった痕跡を確認。


 そして、キッシュの先祖たちとキストリン爺さんの願いが籠もった魂の黄金道が見えた。

 地下のハーデルレンデの聖域へと繋がる道。

 その魂の黄金道がある小山の下には、訓練場を兼ねた庭があり、ルシヴァルの紋章樹がそびえ立つ。


 ルシヴァルの紋章樹は、セフィロsephirothiトの木c tree彷彿ほうふつとさせる。


 その樹のお陰で俺の家屋が厩に見えた。


 今は夏だが……。

 飾りを付けたらクリスマスツリーに見えるかもしれない。

 

 血濡れた巨大なツリーか。

 血だけを見ればホラー映画っぽいが、神々しさも併せ持つから、なんとも言えないな。


 そんな樹の根元近くの中庭では、訓練を行っているオークコンビと弟子のムーがいる。


 激しい訓練を途中で中断。

 オークコンビと弟子のムーは、俺たちに向けて手を振ってくれていた。


 クエマたちの眷属化もしないとな。

 が……帰ってからでいいだろう。


 ムーは笑顔だ。元気そうでよかった。


 片腕と片足だけのムー。

 ムーは義手と義足というハンデを逆に活かすように特殊な糸を使う。

 特殊な糸は魔界八賢師製の秘術書から出る糸。

 その魔術書と融合したムーは、片手と片足の付け根から糸を出せる。

 その糸と槍を使った武術は、幼いなりにも、着実に進化しているはずだ。

 

 子供といえば……。

 吸血鬼ヴァンパイアのホフマンから助けた冒険者Dランクの経験を持つアッリとターク。

 ムーは、その二人よりも強いかもしれない。

 が、そのアッリとタークも特別な血と能力を秘めているからこそ、殺されずに済んでいた可能性が高いからな。

 子供ながらにヒノ村でヴァライダス蟲宮から湧いて出てきたアリを退治していた二人。


 そういった冒険者活動の経験が、強さのあかしなのかもしれないが……。


「……はい。陛下の家とルシヴァルの紋章樹がそびえる小山は城の頂上のようです。サイデイル村は、街と呼べる規模に発展しました」


 デルハウトの言葉に頷く。


 ルシヴァルの紋章樹のある小山が天守閣。

 キッシュの家や村の中央にあるオブジェが、城の中核ということか。

 

 バングばばが呪術で造った家は見ての通り、いばらの屋敷だから違う。

 しかし、俺の建てたマグリグとモガ&ネームスの家に、パルじいとトン爺の家々と上掛け水車の位置を見ていると……。

 

 あの時、大雑把おおざっぱに地形に合う形で家と水車を造っていたが……。

 今こうして改めて空から見ると、事前に城造りの構想を練っていたようにも見える。

 サイデイルの周囲の溝が深い隘路あいろは、城のほりと呼ぶべき代物だし。


 オークたちとの主戦場だった崖下の丘も健在だ。

 そこから視線を隘路あいろに戻しつつ、俺が造った巨大な大門を見た。


 大門というか、射手用の盾もあるし、砦の大きさだ。

 その砦級の門の天辺にいたイモリザ。


 銀髪の一部を閉じた傘のように立たせている。

 それは『妖怪アンテナ』を彷彿する形だ。


 いつもの〝キュピーン〟とか〝キュピューン〟というような変な言葉をしゃべっているに違いない。


 そして、一見は、ココアミルク色の肌を持ち、歌も上手い可愛い女の子だが……。

 実はとんでもない黄金芋虫ゴールドセキュリオンを母体とする怪物ちゃんという門番長だ。


 後で帰ってきたら、彼女を腕か指のどちらにするか決めないと。


 俺たちには白色の貴婦人という敵がいる。


 魔人ザープが語っていたように九紫院と関わる古き賢者なら、単なる魔術師なわけがない。

 善と悪をよく知る狡猾こうかつ叡智えいちを持つ大魔術師……。


 遭遇したばかりの玲瓏れいろうの魔女たちのような存在なのは確実だろう。

 それ以上の相手かもしれない。 


 ツラヌキ団にペルネーテを避けろという指示があったように、既に俺のことを把握している可能性もある。


 そして、白色の貴婦人の配下と目される【死の旅人】。

 前にも考えたが、フェウとケマチェンは聖ギルド連盟から逃げ切った奴だ。

 オフィーリアが語っていた連絡役のロンハンといい……。

 確実に凄腕そうな連中が相手だ……。


 正確な数も不明なうえに、小柄獣人ノイルランナーの人質もいる……。

 こちらも表向きの数は用意しておくほうが賢明だ。

 

 最大限の戦力で挑むべき敵の集団だろう。

 そんな緊張感を持つ俺の心をぶち壊すイモリザは、元気よく跳躍をくり返す。


 屋根の上で子供のようにはしゃいでいた。

 思わず微笑む。

 一応、手を振っておく――。


 すると、イモリザはヘルメの真似をするようなポーズを取った。


『まぁ、可愛い……』

 

 お姉さん的な言葉をつぶやくヘルメ。

 イモリザのポーズに影響を受けたのか、腰を揺らして、お尻をふるふる震わせている。

 

 可愛いポーズを取ったイモリザは足下の台座に数本の黒爪を突き刺していた。

 その指から生えた黒爪が伸びると、一気に体を上昇させた。

 その黒爪が出た両手でスカートを作るようなポーズを維持した状態で、


「ギュイーンッ」


 変な大声を発しつつ空中突進を魅せるイモリザは、お尻を震わせつつ、俺たちが乗っている神獣ロロディーヌの飛行速度に付いてきた。門の上に刺さったまま伸びている黒爪が如意棒のように見える。


 その黒爪を撓らせ近付いたイモリザが、 


「かっかー! 使者様ァァ、もう行っちゃうんですかーー?」

「おう、イモリザ、そういうこった。というか、すぐに戻る」

「わたしも行きたい!」


 風を受けて銀色の髪がパッと持ち上がる。

 オデコが可愛い。


「門番長の仕事はいいのか?」

「今のところは大丈夫です! 下の方の街はドワーフたちが増えました!」


 子供たちはまだ隘路あいろの下に広がる街には降りていないようだが、たしかに樹海に切り開いた街には人が増えている。


「分かった。指状態か第三の腕状態で待機となる。それでもいいか?」

「はい! 槍使いイモリザ爆誕を待ちます!」

「なら来い――」

「ンン」


 飛行していたロロディーヌは触手を即座にイモリザに向かわせる。

 瞬時にイモリザは黄金芋虫ゴールドセキュリオンと化した。

 芋虫は「ピュイピュイ♪」と鳴きながら黄金の吐息というか粒子を周囲にまき散らす。


 そして、芋虫とは思えない迅速な挙動でロロディーヌの触手の先端に飛び乗った。

 素早い黄金芋虫イモリザを乗せた触手は収斂しゅうれんしつつ俺の右腕に来る。


 俺はてのひらで相棒の肉球とハイタッチを実行――。

 その手の内で相棒の肉球の感触を楽しむように、神獣ロロの触手と手を合わせていった。ぷにぷにの感触を得た。

 その刹那、黄金芋虫イモリザは、またも、迅速な動きで俺の掌に移動。

 一瞬で、俺の指と化す。第六の指の感覚をひさしぶりに得た。

 そのひさしぶりに得た第六の指を左右に動かした。

 手を開いたり閉じたりしながら……イモリザが守っていた門を凝視。

 俺が修復した門だ。

 ……元々岩に挟まれた深い位置にあった村の門だ。


 天然の要害として機能する門があったからこそ……。

 キッシュたちはサイデイル村を守ることができた。

 ま、当然か。ここはキッシュの祖先たちが暮らしていた地だ。

 昔は相当栄えていたはず。


 もしかしたら、古代の都市の一つだったのかもしれない。

 だからこそ、サイデイルは村から城へと発展する余地があったということか。

 

 そんな思いを胸に抱きながら……。


 隘路あいろの下にある、樹海を整備した土地にできた城下街を見た。

 闇鯨ロターゼが街の通りの横に資材を運び、その資材を積む。


 油圧ショベル機を超えている。


 城下町では、どこかで見たドワーフの一団がいた。

 キサラとサラ、ルシェル、紅虎の嵐もいる。

 

 ネームスと一緒に新しい家屋を建設していた。

 そのネームスが、巨大なクレーンを積むトラックに見えた。

 

 ロターゼとネームスは、サイデイル発展には欠かせない存在かも知れない。


 複数の馬車もある。

 ……あのほろ馬車はどっかで見たな。

 酒場兼宿屋のような建物はもう建っていた。

 隣にはうまやもある。

 

 その建物の手前に、サラブレット系の馬、ポニー系の馬、ポポブム系、ムート種の魔獣たちも並ぶ。

 モガの姿と商人らしいドワーフの姿を確認。


 ドワーフの中に見知った者がいた。

 赤毛のドワーフのきこりだ。


 あぁ、ヒノ村で出会ったあのドワーフか。


 ……しかし、ドワーフの博士たちはいないな。

 

 サイデイルの街か、着々と発展を遂げていると分かる。

 再び、城の位置に視線を戻した。


 キッシュの家を見て、


「キッシュとの兼ね合いはどうだ?」

 

 と、デルハウトに聞いた。


「はい、的確に指示を下さる方かと」

「どんな指示が多い?」

「やはり、対樹怪王の軍勢戦線と対オーク戦線の維持ですね」

「その二つの戦力は樹海では抜きん出ているか。そして、山があるサイデイル村の真下辺りの樹海を切り開いたからな。目立つか」

「そのようで、ヒノ村という場所と少数ですが交易も始まったようですし、人族側に伝わるのも近いかと思います」


 だろうな。

 ハイグリアとの番の儀式が残っているとはいえ、古代狼族との同盟は成立した。

 

 不穏な動きをしているだろう白色の貴婦人との争いを制したら……。

 キッシュと前にも話をしたが……。

 その件でもヘカトレイルに行かなきゃならない。

 ……あらゆる意味で厳しい環境の樹海だが……。

 凄腕の冒険者なら訪問も可能となったサイデイルに来るだろうし、利権を求めて来る物好きな貴族たちも出てくるだろう。

 

 サイデイルの発展という観点から見れば望ましいのかもしれないが……。

 ヘカトレイルの領主を知るだけにな……。

 

 ま、俺にはオセベリアの第二王子との伝もあるし、【天凜の月】の盟主としての肩書きもある。

 【血星海月】から星が抜けるかもしれないが、【血月布武】の同盟の名前も強烈だろう。

 

 だから、欲深いオセベリアの貴族たちが噛んでこようとしても、大丈夫だとは思いたい。

 ま、先のことを予想しすぎてもな……。


 もう一つの懸念、地底神ロルガのことも聞いておく。


「ハーデルレンデの聖域、蜂式ノ具を奪った地底神ロルガのことはどうだ?」

「キッシュ殿は、『守るべき者たちを優先する』と。『黄金の道を辿った地底世界への進出はまだ考えていない』と仰っていました」

「そっか。キッシュらしい」


 過去の清算も大事だが、キッシュは、今を生きて側にいる人たちを守ろうとしている。

 妹さんもぷゆゆと遊んで楽しんでいるようだし、祖先と繋がりのあるキストリン爺も微笑んで許可してくれるだろう。


「亜神夫婦は、まだいると聞いたが」

「はい、亜神だったキゼレグ。その地底神ロルガを信奉する者たちが多く住む地底都市に繋がる地下の入り口に近い果樹園を、時々守りに向かっていますよ」


 そうだったか。

 

「守りに向かう行動は偉いが、彼自身が前に語っていたように、亜神としての力は取り戻せないのなら、どうなるか不安だな」

「はい、一瞬一瞬の火力は、強者らしきものがありますが、正直……」


 語尾で言い淀む。何かの防衛戦があったのか?

 キゼレグがモンスターたちと戦うところを見ていたようにデルハウトが語る。

 言葉の質と共に、デルハウトの顔色には翳があった。


 光魔騎士の実力を持つデルハウトの眼には、あまり戦力としては期待できないと映ったか。

 ま、自分の実力に自負があるからこその言葉かもしれない。


「小さいゴルの方はどうだろう」

「はい、イモリザ殿に『シェイルの治療に必要なアルマンディンを見つけることに力を貸す!』と話しているところを見ました」


 指と化していたイモリザが動く。

『今はいい』と意志を伝える。


「そっか。なんでイモリザに話をしていたのか謎だが」

「ピュリン殿と仲良くなったようですな。城下街の門壁といいますか……ネームス殿とロターゼ殿が積み上げた樹木台の上から、樹怪王の軍勢の兵士たちへ向けて遠距離攻撃を仕掛けている時に知り合ったようです」


 へぇ。もう主戦場は樹海を切り開いた城下街ということか。


「ンン」

 

 そこで、相棒の鳴き声が響く。

 その声には、『速度を出すにゃ』といった重みがあった。


 同時にアーゼンのブーツの先に触手が絡む。

 さらに大柄のデルハウトの身にも触手が絡まった。


「デルハウト、相棒が速度を出すようだ。覚悟しろ」

「ふっ、元よりその覚悟――」


 彼は片膝を突けようとしたが、足が固定されて身動きが取れない。

 そのデルハウトに微笑んでから、操縦桿の触手手綱を意識した――。


「よーし、行こうか相棒!」

「にゃおおおお~」



 ◇◇◇◇



 窪んだ沼地と綺麗な湖に、茨の森と小さい山々のような連なった崖を越えた。

 

 まだハイム川は越えていないが、血文字でもうすぐ到着すると、ミスティに連絡……。

 

 【魔術総武会】とゾルの関係性の話で血文字のやりとりが少し長くなったが……。

 一旦、血文字メッセージは終了する。


 ロロディーヌの飛行は気持ちがいい。

 日の光が包む蒼穹。


 太陽だけでなく、二つの月も見える空だ。

 惑星セラは美しい。


 雲をどかすような爽やかな風が身を吹き抜けていく。

 

 俺は魔煙草を口に咥えて、武装魔霊アドゥムブラリが宿る紅玉環に魔力を注ぐ。

 紅玉環の表面から、小さい半眼のような丸いモノが、ぷっくりと膨れて現れる。


 半眼だが、アドゥムブラリだ。


「よう、アドゥムブラリ――」


 額にエースAを刻む。


「おう、主! 地味な登場だが、嬉しいぞ」


 規模は控えめな<ザイムの闇炎>を発動した。

 人差し指を立てる。

 指先に闇の炎を灯す――。

 魔煙草の先端に火を付け、息を吸う。


 魔煙草を燃焼させて、煙を吐いた――。

 魔力が漲る。


 厳つい表情のデルハウトにも、


「陛下、これを?」


 と、魔煙草を渡す。


「おう。魔人には煙が毒だとか言うなよ?」

「ははは、魔人も多種多様ですが、さすがにそれはないですな。では、頂きます」


 口に魔煙草をくわえたデルハウト。


「――遠慮せずに吸え」

「はい、では……」


 律儀に頭を下げようとしてくるデルハウトを止める。

 闇炎で彼の頭部を焦がすわけにはいかないからな……。


 そのまま、彼のくわえている魔煙草またばこの先端に火を付ける。


 彼は息を吸うように魔煙草またばこを燃焼させていった。

 アドゥムブラリは元の紅玉環に戻る。

 

 景色を楽しみながら煙を吐いた。

 天をかける陽を浴びつつ青い空とデルハウトを見て、自然とうなづいた。

 

 デルハウトも俺を見て、煙を吐きながら頷く。

 魔煙草またばこを指で挟み持ちながら、空を見ていくデルハウト。

 

 彼も『虚心坦懐きょしんたんかい』といった心境だろうか。

 トン爺から学んだ言葉を思い出す……。


 周囲に漂う煙が風で消えていく。

 互いに言葉はない。

 そのまま槍使い同士の、何かの縁を感じながら……。

 

 魔煙草を吸い、口や鼻から煙を出していった。


 こんな空旅もたまにはいいもんだ。

 そして、彼の足下にある紫色の魔槍を見て、


「<魔雷ノ愚穿>の<武槍技>だっけ? 俺は<魔槍技>という部類のスキルは覚えているが」


 俺の言葉を聞いたデルハウトは月狼環ノ槍を見た。


「さすがは俺を貫く槍武術を扱う方。得物が変わった場合はかなり変わるはずですが……陛下の武術の素養が高い証拠です」

「別に褒めなくていい。聖杯伝説と関係するアルデルという古代狼族の方が使っていたこの月狼環ノ槍も使うが……やはり、この魔槍杖バルドークが主力のつもりだ――で、その大技について、少し教えてくれ」


 魔槍杖バルドークを見せながら聞くと、デルハウトは微笑んだ。


 その際に、デルハウトの両頬りょうほほにある長細い器官の先端が光った。


 それはナマズの髭的な器官にも見える。


 その両頬から出ている長細い器官は、両側のみ上げと両耳の上を通り、後頭部から背中に移っては、脇腹から離れた左右の位置に先端がある。


 何度見ても不思議だ。


「はい、魔界でも地上でも個々で名前が変わるのは同じ。そして、俺には闇神アーディン様の加護もありますから」


 頷いた。

 

 闇神といえば魔剣ビートゥ。

 闇神リヴォグラフ様と魔迷宮を思い出す。

 闇神の七魔将の一人の紫闇のサビードはまだヘカトレイル近郊を本拠としているのだろうか。


 そんな闇神の一柱に数えられるアーディン様とは、どんな神様なんだろう。


 まぁ、神としての力はあまりないと思う。


 七魔将を持つリヴォグラフ様は魔界セブドラの神絵巻に絵があり、アーディン様は絵がなかった。


 アーディン様はこの惑星セラの地表に力が及んでいないと仮定できる。


 加護を得ているデルハウトと戦った時、その神様らしき幻影を見た。

 魔槍のような武器を持っていたな。


 槍を扱う闇神アーディン様。

 槍と闇、という点を結びつければ……。


 槍使いの俺とアーディン様は相性が良いかもしれない。


 そして、血賢道のアーヴィンと名前が似ている。

 血の方は偶然か。

 魔界の扉と呼ぶべき傷場がある魔境の大森林のような場所は、地下、地上、あらゆる場所にあるだろうしな。

 

 そう考えながら腰に差す血魔剣を触ってから、


「デルハウトの、あの強力な恐怖を感じさせる大技か。あれは受けた者にしか分からない」

「……<武槍技>。陛下と同じ<魔槍技>に分類される大技です」


 <魔槍技>……。

 魔槍杖バルドークの<紅蓮嵐穿>がそうだな。


 魔槍奥義小~不明というクラスの<魔槍技>。

 

 奥義ではないが<魔狂吼閃>。

 魔竜王槍流技術系統:上位薙ぎ払い系亜種だった。

 

 <魔狂吼閃>は上位系だが……。

 しかし、肝心の基礎と推測するスキル<吼閃>を覚えていない。

 

 魔竜王槍流に師匠がいないからか?

 それとも、魔竜王槍流は俺が開祖ということでいいんだろうか……。


 魔槍杖バルドークは魔竜王の素材が元だ。

 ボン&ザガの力に、様々な魂と魔力と血を吸って変質はしていると思うが……。

 あの魔竜王バルドークの魂が宿っているからこそ、魔竜王槍流なのかもしれない。


 いや、俺、魔竜王の心臓を喰ったよな。

 称号も得た。だからこそか、ステータスには……。

 ※<魔槍技>に分類、魔槍杖バルドーク専用、<吼閃>系に連なるスキル※

 ※下地に豪槍流技術が求められる。発動条件に全能力高水準及び<魔雄ノ飛動>が必須※

 とあったから<豪閃>が豪槍流技術の下地だろう。

 だから<魔狂吼閃>は、俺が魔槍杖バルドークと<魔雄ノ飛動>というスペシャルなスキルを持ったうえで、豪槍流の<豪閃>の技術が発達したからこそ覚えられた。

 

 ステータスにはないが、<天賦の魔才>も関係しているはず。


 その<豪閃>は自然と経験から覚えた。

 豪槍流に師匠はいない。

 

 武器専用という理由もあるかもしれないが……。

 だからこそ、<吼閃>を吹っ飛ばして、中途半端に上位系の<魔狂吼閃>を覚えられたと仮定。

  

 ま、今後も風槍流を軸として、豪槍流も王槍流も、二槍、三槍、四槍も覚えながら、槍武術の高みを目指していきたいもんだ。

 剣も魔法も学べるものはすべて……。


 だからこそ……。

 豪槍流の基礎を学びたいな。


 アキレス師匠のような偉大な方は、豪槍流にも存在すると思うし……。

 

 そして、戦ったばかりのホワインさんだ。

 彼女の流派は知らないが……。

 正直、闇ギルド云々の前に、未知の弓武術の使い手として、あの矢といい、体術を組み合わせた武術を使いこなすホワインさんに偉大さを感じた。

 

 まさに……ラ・ケラーダ。


 ホワインさんの瞳に月と狼のマークを刻んでしまったが……。

 ヒールが似合う美人さんなのもいい。


 そのホワインさんは理力という言葉を連呼していた。

 彼女の武術と関係しているのかもしれない。


 そして、腰ベルトにぶら下がる魔造書か奥義書のような魔軍夜行ノ槍業。

 この書の中に棲んでおられる八怪卿の方々からも……豪槍流と似たパワー系の槍武術を学べるかも知れない。

 

 そういえばデルハウトは俺と戦った時も……。

 様々な技を駆使しながら豪の技もたくさん使ってきた。

 

 と、過去の激闘を再考しながら、


「魔槍雷飛流と魔人武術を学んでいたんだろ?」

「はい」


 そこから魔槍雷飛流の教えから<闇雷の槍使いルグィ・ダークランサー>を含めた……。

 デルハウトが生涯のほとんどを武術に捧げてきたという魔人武術と<魔槍技>に関して、尊敬の念ラ・ケラーダを込めて質問していく。

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