四百七十八話 魔女と小熊太郎

「メイドーガ。魔界の者か」

「そうだ。我は魔界王子の一人である。魂の一部でしかないが……それもこれも……」


 <鎖>から逃げようとするメイドーガ。

 頭部からピキピキと岩に罅が入るような音が鳴った。

 逃げるため自ら岩を引き裂いたら……。

 魂の一部ごと散るんじゃ?


 それとも霊魂状態で生き残るのか?

 亜神のゴルもそんな状態で漂っていたとか?


 まぁ、あれはヘルメの内部に侵入していた自らの分身が居たから違うか。

 そういった考えは告げず、アドリアンヌのことを考えながら、


「その文句は契約主に言ってくれ」


 しかし、このまま乗っても仕方ない。

 どちらにせよ倒すか。


 と、考えた時――。

 下から急激な勢いで近づいてくる魔素を感じた。

 この飛行速度、魔力の形を形成している魔素……覚えがある。


 下を見ると、やはり玲瓏の魔女たちだった。


 漆黒ローブが似合うフミレンスさんだ。

 彼女は鴉を周囲に発生させながら先頭に居る。


 他にも姿が見えた。

 子供と爺さんの姿はない。


 一人は金髪の魔女。

 その彼女が着る近未来風の戦闘服はいいんだが……。

 背中と肩を覆う怪物軍団は勘弁な魔女さんだ。

 名は聞いてない。


 もう一人はマルーン色のマフラーと猫ブローチが似合う魔女さんだ。

 獅子の刺青のある腕には数珠と鉤縄の装備品を持つ。


 その片手に持つ鉤縄を振り回している。

 鉤縄の先端には刺が付いた鉄球が備わっていた。


 そして、鉤縄の動きと連動するように油絵の質感が不思議さを醸し出す片腕魔道具も彼女の隣に浮いていた。

 彼女の足下に展開している砂塵を生み出した片腕の魔道具だ。


 片腕がアイテムという異質さといい……。

 その表面を刻む魔眼の一つ眼は威圧感がある。

 さらに、その眼の下には鬼気としたメファーラの絵が俺を睨む。


 そんな片腕魔道具をファンネルのように浮かせている彼女の名はゾカシィ。


 キサラから聞いたことのある名。

 四天魔女の一人ラティファさんの師匠だったはず。


 彼女たちは即座に空の位置から魔法圏内と思う間合いを保つと……。


「先ほどの槍使い。二槍流なのか?」


 そう元気よく話すのは砂塵を足元に漂わせている魔女ゾカシィさんだ。


「どうも、ゾカシィさん」


 と、挨拶。


「その岩はなんだ? 随分とこじんまりとした魔素だが……巨大な魔素に変わりない」

「こいつはメイドーガという名らしい」


 と、俺は金髪の魔女に答える。


「ほぅ、名を持つ? ごちゃごちゃと内部にダメージを受けているようだが……さっきの災厄級は、やはりこいつだったのか?」


 金髪の彼女の語るこいつとは足下の魔界王子が宿る岩頭を指しているのか、俺を指しているのか不明だ。


 たぶん、両方か。


 魔眼の分析で岩頭部の解析を一瞬で済ませたようだ。

 まだ、攻撃はしてこない。


 その魔眼を持つ金髪魔女の巨乳さんは素晴らしい。


 しかし……。


 魔眼で分析が可能な彼女の背中には相も変わらず怪物さんたちが蠢いている。

 まずは交渉だな……と思ったところで、


「シュウヤさん、どうして、魔界と推測できる岩に乗っているのでしょうか……」


 警戒したフミレンスさんの言葉だ。

 彼女は俺の<鎖>と二本の槍を凝視。


 睨みを強めるように腰の血魔剣にも注意を向けるように異質な長杖を差し向けてくる。


 鴉たちがその長杖の周囲から生まれ散っているさまは……。

 ある種の恐怖を抱かせる魔力のうねりがあった。


 そして、武器を差し向けているからといって……。

 先制攻撃をしてこない辺りが……また一段と強者の雰囲気を漂わせてくる……。


 ホワインさんとはまた違う質の強さを感じた。

 思わず、唾を飲み込む。


 その時、


「だれだが知らぬモノ共ォ……この縛りを解放しろォォ」


 足下の巨台な岩がそう喋る。


「「な!」」


 三人の魔女たちは身構えた。


「……待て、慌てるなよ。この状況では信じられないと思うが、この巨大な岩の頭部に乗った理由は闇ギルドの戦いの結果だ。そして、この喋る岩頭部が都市で暴れるのを防ぐため――この空に誘導したんだ!」

「やはり――敵かァ!」


 話を聞いてない金髪さんが突進してきた。

 金髪の魔女の背中に宿る怪物が一気に蠢いた――。


 ロロディーヌのような触手群の怪物が一斉に襲い掛かってくる。

 牽制と分かるがまともに受けるつもりはない。


 生活魔法の水を周囲に撒く――。


「あッ、ゼルダ! だめよ――」


 フミレンスさんは止めた。

 だが、ゼルダという金髪魔女さんの攻撃は止まらないだろう。

 すべての魔技を意識しながら――仙魔術を発動した。


 一瞬で霧が俺ごと足下の巨大な岩頭部を包む。

 濃霧が周囲に展開し視界を白く染める中――。

 俺は<水神の呼び声>も繰り出す。

 同時に霧の蜃気楼フォグミラージュの指輪を触った。


 瞬く間に霧の分身を四方へと瞬時に作り上げる――。 

 仙魔術の霧を生かす分身を無数に生み出しながら――素早く後退した。


 そして、退きながらも両手首から岩の頭部の左右へと伸びている<鎖>を意識する。


 <鎖>とその<鎖>が絡まる十字架に挟まっている巨大な岩頭部が上向く。

 周囲は真っ白に近いが構わず――。


 俺はその巨大な岩頭部のメイドーガを操った。


 ゼルダさんへ、この岩頭を預けるイメージだ。

 ――巨大な岩頭部こと、そのメイドーガをゼルダさんにぶつけた。


 衝撃音が霧を裂くように轟く。


「チッ――」


 異質な舌打ち音も響くと綺麗な光を帯びたドラゴンのような巨腕がそんな舌打ち音を打ち消すように動くのが見えた。


 今の巨腕はゼルダさんの能力か?

 さらに、彼女の居る場所からステンドグラスのような眩い鮮やかな色彩が周囲の霧を溶かすように発せられていく――。


 その鮮やかな色調は両肩を覆う怪物と違って彼女の本質を表しているようにも感じた。


 しかし、俺の仙魔術の霧は消えない。

 胃がねじれるような感覚を味わう修業を何回も続けたかいがあるってもんよ。


 そんな霧から時々見えている色彩は、壊れたクリスマスツリーが乱舞しているようにも見えた。

 メイドーガの魂が宿る巨大な岩と、ドラゴンの腕が衝突する形だったのかな。

 

 たぶん、そんな感じで巨大な岩を受け取ったゼルダさんは、再び、そのドラゴンの腕か、他の何かの能力を使い極彩色のネオンを霧という霧に投影していく。


 光を発しているからゼルダさんの位置は丸わかりだ。

 そして、ゼルダさん以外の魔女たち自身が放つ僅かな魔力と彼女たちが備えている武器防具の魔力から位置は分かる。


「ゼルダ止まりなさい――」

「この岩、重いぞ……」


「――水神アクレシス様!?」


 驚いた声はゾカシィさんだ。

 彼女は、霧の中に現れていたであろう水神様の幻影が見えたらしい。


 俺の位置からだと見えない。 

 四天魔女キサラのことを告げたいが今回は急ぐ――。


「ゼルダさんという名の魔女さん。貴女が受け取った巨大な岩の頭部はアドリアンヌと契約していた魔界王子の一人だそうです」

「魔界王子だと?」

「はい、メイドーガという名だそうです。そして、【星の集い】のレジーを元に契約していたようですよ……」


 説明しながら霧の蜃気楼フォグミラージュで、さらに複数の分身を作る。

 一瞬で、ゼルダさんと衝突した俺の分身たちは消えたからな……。


 ドラゴンのような腕が一瞬見えたし、きっと凄まじい攻撃だったろう……。


「え! あの赤星のレジーを殺したとでもいうの?」

「俺じゃないよ。カルードだ」

「ゼルダ、もう攻撃を止めなさい」

「――フミレンスも見えてないのかい? 攻撃は止めているさ。だが、この、不浄な岩頭なんぞいらんぞ?」

「ゼルダが一方的にけしかけて襲った結果だ。我慢しろ。あたしは槍使いと話がしたかったのに……」

「ゾカシィ。さっきから槍使いが気になるようだねぇ」


 霧で俺の位置がつかめていない魔女たち。


「ゼルダ、その岩は貴女が貰いなさい。アドリアンヌと交渉時に使えるし、魔界王子の名が本当なら諸侯クラスではないにしても下級デーモンを従えるほどの存在です。そして、どういう契約の手順を踏んだのか気になります……」

「……儀式か。それはフミレンスに任せるよ。あの女は苦手だ」

「はい。しかし、この魔力探査も妨害する霧……」

「確かに参ったね……この霧は仙魔術なのかい? しかもだ、魔力を纏った本人と同じ分身を放つとは……なんという練度だ……」

「シュウヤさん、まだ近くに居るのなら――」


 話がしたいフミレンスさんには悪いが攻撃を受けたし、尋問が待つことは容易に想像できる。


「では、魔女さんたち、またどこかで――」


 仙魔術の霧と分身を操作してから彼女たちと距離を取る。

 そこから、更に――。


 一つ二つとわざと分かりやすい分身を作る。

 分身で宙に微風を生み出すように、その分身を四方の空へと飛翔させてた。


 ――囮の分身だ。

 そして、白日な空から急激な迷霧世界の誕生となった。


 遣らずの雨ではないが――。

 遣らずの霧というべき濃い霧。


 玲瓏の魔女たちとて混乱はするだろう。


 そして、今この状況なら<鎖>と水魔法の連続とした攻撃に<血獄魔道・獄空蝉>を使えば急襲も可能だ。


 しかし、そんなことはしない。


 ゼルダという名の魔女さんの攻撃も牽制、遊びの範疇だと思うしな。

 怪物たちを飼う巨乳さんは相手の話を聞いていないようで聞いているタイプと推測。


 そんなことを考えながら彼女たちから距離を取った。

 空に展開した俺の迷霧世界が都市の下に影を作っていく。


 その霧に射すゆく太陽光――。

 霧から水をたっぷりと含んだような蕾の形をした光条が生まれていく。

 花が咲くような光条は凄く綺麗だ……。


 そして、綺麗な光景とまったくもって違うが……。

 ソレグレン派のアガナスが話をしていた迷霧世界を思い出した。


 さて……血の世界は今度にして下に戻ろうか。

 直滑降とはいかないが――。

 <導想魔手>を蹴り足場に利用する形で霧を生かしつつ緩やかなカーブを意識しながら下降していく。


 下に紫色と紫紺色が重なった防御層が見えてきた。

 細かい金属片が散らばった層もある。

 緑色の金属が多い。


 あれはエヴァの能力だろう。

 <導想魔手>を使い、迂回しながら教会の跡地に着地。


「エヴァ、紫色が濃くなっている部分と緑色の部分がありますが、別の防御層の構築ですか?」


 と、ヘルメがエヴァに聞いていた。


「ん、緑皇鋼エメラルファイバーを使った新しい攻防一体技! これで皆を守る」

「層が細かい。わたしの水幕を超えているかもしれません」

「――あ、シュウヤ! お帰り」

「おう。ただいま!」


 エヴァは天使の微笑を浮かべている。

 俺も微笑んだ。


「閣下!」


 ヘルメも優しく微笑んでくれた。

 

 しかし、エヴァとの話を聞いていたが……。

 優しい彼女らしい能力の発展の仕方だ。

 きっと、大草原と迷宮の食材集めの時、リリィを含めたパーティたちを守ろうとした経験が多かったんだろう。


 と、周囲を警戒している姿も可愛い黒髪のエヴァを見ながら、


「エヴァ、ありがとう。しかし、ここに長居はしないからもう解除していいぞ。サイデイル村に帰還だ」


 そう喋りながら右手首のアイテムボックスを見た。

 プロミネンスの縁飾りは変わらない。

 盛り上がった時計のような硝子面に指を置く。


「ん」


 エヴァが近寄ってくる。

 ユイとカルードも来た。

 レベッカは頭上に拡がっていた俺が作った霧を眺めている。


「レベッカも血獣隊も来い」

「うん」

「「はい」」


 この腕輪、一見、普通のお洒落な腕輪だが……。

 ……クナが地下オークションで手に入れた。

 とんでもない代物のアイテムだ。


 魔石を納めてアイテムが貰える。

 ガトランスフォームという漆黒色の戦闘服も内包している。


 そして、それだけじゃない。

 その証拠にホワインさんの魔矢の鏃を受けた傷が消えていた。

 細かい摩耗したような傷は僅かに残っているが金属の剥がれたような痕跡は消えていた。


 ある程度の再生能力はあるということか。


 そう考えたところでいつもの儀式のような「オープン」という言葉を発した。


 ――アイテムボックスが起動した。

 虹色のレーザー光が周囲を瞬時にスキャンしていく。

 簡易地図ディメンションスキャンも起動した。


 風防の真上に簡易地図が浮かぶ。


 立体の積層とした魔法陣を構築する感じか。


 GPS系の簡易地図だ。


「前にも見たけど、不思議よねぇ」

「この点点が、わたしたち」

「……これがわたしの位置の点ですな」

「うん、父さんの隣がわたし」


 カルードとユイの二人は指を立体地図に向けている。

 皆も立体地図を覗いていく。


 立体的な簡易地図はこの教会の跡地がある俺たちを基点に周囲の地形を映していた。


 俺たちの他に魔素の点はない。

 地図の範囲は、アイテムボックスの腕輪から少し出た範囲まで映っている。


 裸眼で立体的。

 これをリアルタイムに投影する技術は半端なく高い。


 小型のハンドヘルドコンピュータを超えたモノを内包するアイテムボックス。


 感心しながら……。

 ナパーム文明が作り上げたアイテムボックスを操作。

 そして、いつものようにメニューが表示される。


 登録してある魔槍杖と神槍を持つナパーム星人。

 眼が四つある知的生命体が映った。


 その種族というか宇宙種族の方は気にせずに……。

 羅列したアイテム群から二十四面体トラペゾヘドロンを指でタッチング。


 二十四面体トラペゾヘドロンを取り出した。


「でも、短い帝国都市見学だったなぁ」

「ん、ロロちゃんの空旅は楽しかった」

「そうね~」


 エヴァとレベッカは感想を述べ合う。

 その間に、掌で転がした二十四面体トラペゾヘドロン


 サイデイル村に置いた十六面。

 その面の赤色の溝を指でなぞる。


 十六面の緑色に変化させた。


 即座に二十四面体トラペゾヘドロンは光を帯びるや急回転。

 二十四面体トラペゾヘドロンは、折り紙が畳むように面と面が組み合う動きを繰り返す。


 そして、光の塊のようになると瞬く間に光は弧を描くように拡がった。

 ゲートが起動した。


 光っている扉ゲートの先に、寝台と小さい机とぷゆゆの祈祷シーンが映る。


 ……またか。

 あいつはなにがしたいんだ……。


 枕の近くで両手を挙げているルッシーもいる。


 ぷゆゆは、そんなルッシーに対してなにかを祈っているようにも見えた。


「皆、あの、小熊は気にしないでくれ。さぁ、このゲートに入ろう」


 と、喋りながら皆を誘導。

 ママニからビア、フー、サザーを見る。


 アラハはサザーの手を握っていた。


 黒豹だったロロディーヌは、黒猫の姿に戻っている。

 ゲートを覗くように、そのゲートに向けて肉球タッチをしようと、片足を上げていた。


 ぷゆゆとルッシーの様子が気になるようだ。

 俺は鴉さんとカルードにも、『このゲートに入ってください』と、視線で合図をした。


 一方、ユイは小熊獣人こと、ぷゆゆとルッシーの姿を見て、眼を輝かせている。

 血文字でぷゆゆの情報を伝えているが……。


 想像以上の破壊力を持っていたようだ。

 小熊太郎こと、ぷゆゆの姿は、小柄獣人ノイルランナー以上の樹海獣人だからなぁ


 姿はテディベアのように可愛いし……。

 平成のぽんぽこ狸たちを彷彿するし……。

 宇宙戦争に登場するような種族に見えるし。


 真っ白い歯を持つし……時々態度がオヤジっぽいが可愛いし。

 だが、ぷゆゆめ……。

 杖の先端のミニチュア恐竜から、綿菓子のようなモノを発生させて俺の枕元を汚してやがる……。


 小さい骨と干からびた蟲の残骸も散らばっていた……。

 部屋を散らかしてやがる。


 エロエロエッサイム的な怪しい儀式を俺の部屋でやるなよ……。

 しかし、前から疑問だったが……あの杖はいったい何なんだ。


 俺の月狼環ノ槍以上に得体の知れないモノを持つ小熊太郎のぷゆゆさんだ。


 そんなぷゆゆに注意を促してくれるような存在は、居ないか……。

 キッシュは忙しいし、無理。

 ソロボ&クエマの二人に期待するのは酷か。

 オークコンビは、まだ皆と言葉が上手く通じていないだろうしな。


 弟子のムーと語学勉強中のサナさん&ヒナさんも無理だな。


 ぷゆゆは、何事も『ぷゆ?』だし……。

 トン爺ならどんぐり指弾をぷゆゆに衝突させていたから、注意も聞くと思うが……。


 と、考えながら、


「……ユイもいいな、ゲートに入ろう」

「あ、うん。分かってる。でも、可愛い動物ね」

「あくまでも見た目だけ、だぞ?」


 言動も可愛いが……。


「う、うん」


 ユイは少し動揺したような返事を寄越す。

 期待しているらしい。

 ぷゆゆを知るエヴァとレベッカは笑っていた。


 俺はヘルメに視線を移す。

 彼女は何も言わずとも分かっているように半身を霧と液体に変えていた。

 不思議と彼女が回収した魔槍は消えている。

 格納したのか? 

 ヴェニューの能力かな。


「ヘルメ、左目にこい」

「はい――」


 液体となったヘルメは螺旋軌道で俺の左目に入った。

黒猫ロロも、


「ンン――」


 喉声を鳴らしながら準備万端にゃ~といったようにいつもの定位置に戻る。

 そうして、皆でゲートをくぐった。


 サイデイル村の家に帰還――。


「ぷゆ!?」

「あるじ~!」


 ルッシーが太股に抱きついてきた。

 同時にパレデスの鏡から外れた二十四面体トラペゾヘドロンが俺の周囲を漂う。


「よ、ルッシー」


 ルッシーの背中をさすってあげた。

 彼女は赤ちゃんのような小さい指で暗緑色の布を引っ張りながらハルホンクを撓ませていく。

 ルッシーは俺の匂いを嗅ぐような音を立てながら頭部を埋めてきた。


 そして、パッと笑顔を見せるように見上げてくる。

 双眸はオッドアイ。

 小鼻をひくひくさせている。


「あるじー! 良い匂い!」


 元気よく喋るルッシー。

 植物の幼女にも見えるルッシーは、両手を広げてから、華麗に背後に身を捻って跳躍した。

 小さい両足が着地したところは……ぷゆゆの頭の上だった。


「――ぷゆゆぅ!」


 ぷゆゆが文句を言うが、ルッシーは構わず、片手を上げて、


「けらいたちぃー! こんにちはァ! しゅごじゅーも!」


 オッドアイの瞳を輝かせての挨拶だ。

 笑顔満面な表情を見ると、俺たちも元気を貰ったような不思議な気分となった。


「ルッシーちゃん!」

「ん、こんにちは」

「小さい精霊様~? こんにちはです!」

「凄い! 小さいけどデボンチッチみたい?」

「お目目が可愛い精霊樹様!」

「わぁ~クリスタルの目?」

「血を帯びた植物の葉が綺麗ですねぇ~」

「ん、ルシヴァルの妖精!」

「にゃお~」


 それぞれ感嘆な声を発していく皆。

 そこから、血獣隊とカルード&ユイとアラハに……。

 この妖精樹ルッシー、精霊樹ルッシーとも呼べるルシヴァルの紋章樹に関係する簡易的な説明をしていった。


 途中、ぷゆゆが叫んで儀式の説明を始めていくが、理解はできない。

 ルッシーは分かっているような仕草をして植物の枝をぷゆゆに向けていたが、謎だ。


 俺は皆に説明を続けた。

 二階の拡張した建築模様も解説していく。


 血獣隊の面々とカルードとユイは建物の内装を見ていった。

 そこにレベッカが金髪を揺らしながら、小さい唇を動かす。


「鴉さん、シュウヤは樹木でアートも作れるのよ」


 と、自慢げに語る。

 鴉さんは「はい」と短く答えてから、カルードに視線を向けて頷く。

 妖艶さを持つ美人さんだ。


 眷属だが、カルードの奥さんと呼ぶべき存在か?


 そのカルードと闇ギルド創設に向けた人材集め&修行の旅で、結婚式はまだのようだが……。

 光魔ルシヴァルの眷属となった鴉さんは、俺に視線を寄越すと微笑んでくれた。


「……聞いていましたが、宗主様は、建築のセンスも持つお方なのですね」


 鴉さんは褒めてくれた。

 口元の黒色のベールが似合う。


 口を隠すベールといえば……。

 梟の牙の幹部こと、忍者マンのモラビを思い出す。


 彼とは正反対だな。


 その時、肩から床に降りた黒猫ロロ――。


「ンン」


 喉声を鳴らし、軽やかに寝台の上に跳び乗った。


 また寝台の上で、飛び跳ねる遊びでもを行うのかと、思ったが、しない。


 散らかる小さい虫の死骸に向けて猫パンチを行うと、その死骸を転がして、アイスホッケー風の遊びを始める――。

 そして、


「ンンン――」


 長い喉声を連続して発したロロディーヌ。

 夢中になった途中で上半身を起こし、身をくねる。


 肉球で虫の死骸を叩きつつ両足で掴むと口元に運ぶ。


「ンン――」


 と、虫の死骸を落としてしまった。その落とした虫の死骸に向けて猫パンチ。

 続いて、モグラ叩きゲームでもするように猫パンチを連発。

 

 完全に、フリッカージャブを振り下ろす猫ボクサーと化す。


 面白い。

 サザーもなぜか興奮して尻尾を揺らしながら「しんじゅう様……」と、呟く。


「ンン!」


 黒猫ロロは、謎の興奮状態に発展するや、拡張した壁沿いへ向けて突進。


「ンンン――」


 壁のキャットウォークに跳躍――。素晴らしい跳躍力。壁のキャットウォークに着地すると、そのまま上の段差を駆け上がって屋根上に向かう。


すると、


「ぷゆ!」


 ぷゆゆも反応。


「ぷゆぅぅぅ~」


 と、声を発しながら頭部を揺らしてルッシーを強引に下ろす。

 そして、「グリコポーズ」を作る。

 俺が知る正式の名は「ゴールインマーク」。


 ……この世界だと、ぷゆゆの種族に伝わる名前だと……「ぷゆゆーん」かもしれない。


 そのポーズは怪しさ満点だ。

 だが、指摘はしない。

 

 俺は相棒に向けて、


「ロロ、あまり遠くへ行くなよ~。俺たちはすぐに魔霧の渦森に向かうからな」

「ンン、にゃぁぁぁ」


 変な鳴き声を寄こしてきたが、黒猫ロロは遊びたいようだ。


 ぷゆゆも、その黒猫ロロの鳴き声を聞いて、


「ぷゆゆ~ん」


 と、返事をしてはグリコポーズを解除。


 タンタンターンと小さい足を交互に精一杯伸ばす。


 それは、舞台に立つ着ぐるみをきた俳優のような動きだ。


 ぷゆゆは、そのままキャットウォークの壁に向けて華麗に跳躍した。


 ダンサーぷゆゆが、追い掛けようとしている黒猫ロロは、もう既に外だ。


 屋根上の猫用の出入り口の開いたり閉じたりとする音が響いている。


 ダンサーぷゆゆは体を捻りながらの跳躍を繰り返す。


 抜け毛が舞い落ちてくる。


「ぷゆゆ! ここの掃除をしてから遊べよ~」


 と間の抜けた声を発して、ぷゆゆに気持ちを伝えるが……。


 ぷゆゆは、壁のブックシェルフのような台の上に飛び乗っていた。

 

 が、俺の声をちゃんと聞いてくれたのか。


 そのダンサーぷゆゆは振り向いてくる。


 そして、ニカッと白い歯を見せて微笑んだ。

 

 まさに、歯が命というドヤ顔だ。しかし、


「ぷゆ?」


 そう声を発して、あっさりと翻す。


 そのまま屋根裏に続くキャットウォークに飛び移っていく。

 

 いつものぷゆゆだ……仕方がないな。


「あれがぷゆゆちゃんなのね!」


 ユイは興奮していた。

 エヴァとレベッカは


『そうなのよ』

『ん』


 と言った会話はないが、互いに何回も頷いている。


 ぷゆゆは、ユイたちのガールズな言葉に反応。


 キャットウォークの上の段の端から頭部を出して、下の俺たちを覗く。


 つぶらな瞳を魅せてきた。


「ぷゆ?」


 と首を傾げる。

 持っていた杖を――。


 ノンノンノンと、いったように左右に動かす。


 したり顔を浮かべるぷゆゆ。

 ムカつくが、可愛い。


 ぷゆゆは、また上を見る。


 何か、キリッとした表情だ。

 

 屋根上にある猫用の出入り口に向かう。

 ゆっくりとトコトコと歩く様子はとても可愛い。


 すると、手を、いや、指をひっぱる感覚を得た。


 ルッシーだ。


「あるじ、下?」

「そうだな」


 俺を見ていたルッシーは頷く。


 そのまま俺の指を小さい指でひっぱると、下に行きたいというアピールをしてきた。


「分かった。皆、ぷゆゆ鑑賞会は終了だ。下に行こう、リデルとサナさん&ヒナさんが居ると思う」


 そう発言してから皆と一緒に階段を下りていく。


「ごしゅさま、壁に硬貨が……」


 サザーが階段横のデザインを指摘してきた。

 ログハウス的な家だが、いたるところにちょっとした趣向を凝らしたからな。


「その壁の人形のような形も、シュウヤがデザインしたと聞いた」

「ん、意外にセンスある」


 サザーの言葉にレベッカとエヴァが説明してくれた。

 有名だった黄色い獣さんと、漢の塾長さんを意識した作りの壁だった。

 実際にエブエの家に作ったし。


 興味を持ったアラハは硬貨と樹木のデザインに触れる。


 ツラヌキ団だから盗めるとか?

 違うか。


 ビアはヒュルヒュルと伸びている長い舌が壁に触れていた。

 ママニは黙って見ている。


 フーはレベッカの腰に差す魔杖を見ていた。


「ほぅ……マイロードは芸術家の心得を……」

「家作りの職人さんが泣きそうね。二階の天井から一階と繋がる柱と横の木とか、どうやって造ったのか分からないぐらいに繋がっているし……」


 そんな調子で階段を下りつつ話をしていく。


 リビングには亜神夫婦&キサラたちはいない。

 やはりキッシュの家かな。


 それか、街造りの最中か。

 単に防衛活動中か。


 クエマとソロボは外だ。


 ムーと一緒に魔素を感じ取った。

 外の紋章樹がある中庭で訓練中だろう。


 リビングを見ながら階段を下りた俺たちは、そのリビングに寄っていく。

 サナさんとヒナさんは隅っこに移動していた。


「おかえりなさい――」

「シュウヤさんたちだ!」

「よっ」


 と、片手を上げて挨拶。

 しかし、彼女たちは恐縮しているような表情を浮かべていた。

 側に居たリデルは、そんなよそよそしい二人の態度を見て、


「どうしたの?」


 と呟いている。

 原因はビアか?

 鱗人蛇人族ラミアは初だろうし。


 ビアは見知らぬ人族とリデルを見て、睨みを強めている。


「ビア、そう睨むな」

「我は睨んでいない。だが、主の忠告は素直に受け取る」


 彼女は三つのおっぱいの膨らみを触るように左右へ両手を広げてから胸元に戻す動作を繰り返していた。

 勿論、胸元の三つのおっぱいさんは鎧で見えないが。


 ビアの姿を見て、サナさんとヒナさんは威圧されたのかもしれない。


 それとも、ママニかもしれない。

 黄色い顎髭は短くなって女性らしい顔となっているが……。


 基本は虎の頭部だ。

 虎獣人ラゼールの姿は変わらない。


 小柄獣人ノイルランナーのサザーとアラハも違うだろう。

 サイデイルには、同じような小さい可愛い樹海獣人のぷゆゆが居るし。

 ぷゆゆの方が、毛むくじゃらだが……。


 あ、ユイとカルードかな。

 ユイとカルードは、サナさん&ヒナさんと同じアジア系の日本人風だ。


 いや、ユイというより、カルードか?

 一応、下半身は布で隠れているが。

 この女子中高生のようなサナさん&ヒナさんの態度を見るに……。


 カルードが階段を下りる際……。

 ダンディーな横チンさんが『こんにちは』をしていたのかもしれない。


 そんな恐縮している二人の手には、食べかけの菓子がのった皿があった。


「あるじーごはん、ごはん!」


 ルッシーは料理を食べてほしかったようだ。


「今は忙しいから今度な」

「えぇーはーい」


 今度はルッシーはカルードとユイの手を握り出す。

 

 サナさんとヒナさんの食べかけの菓子は、リデル製かな。


 匂いと見た目からして蜂蜜を生かした焼きリンゴ菓子と見た。

 台の上にはスキレット料理も並ぶ。

 パーティースタイルの、どんぐり系が入ったちぎりパンに、鶏肉とジャガイモ。

 まだ残っている。


 グラタン系とマッシュポテト系のオーブン焼きのような料理が並んでいた。

 量を作りすぎのような気がするが。


 スキレットとは違う、ドナガンが採取したであろう山菜類が盛られていた大皿も置かれてある。


 皆で料理を食べた後かな。


「……皆、美味しそうな料理を食べてたのね! でも、このお菓子の匂いは……」


 お菓子に目がないレベッカだ。


「ん、焼きリンゴの匂い!」

「ピンポーン、果樹園のリンゴね。凄く美味しそう」


 エヴァとハイタッチするレベッカ。

 レベッカは華麗にターンすると、サナさん&ヒナさんに近寄っていた。


 エヴァも机の上に並ぶ料理とユイとカルードと一緒にレベッカを追うように机の横を歩いていく。

 俺は血獣隊の面々に、


「ここが一階だ。ペルネーテの屋敷のほうが大きい」


 家具と飾りが少し増えた一階の様子を紹介。


 長机の上は料理を抜かすと……。

 トン爺をモチーフとした木工のどんぐり飾りが中心だ。

 その周囲に燭台も並ぶ。


 長机の先、右の奥の壁の棚には、文字を学んでいる証拠の筆記用具と温石飾りが置かれてある。


 その壁の左から中央に続く壁には……鹿の頭部の飾りがあった。

 誰かが仕留めたのか。エブエか?


 さらに……これは俺の姿?

 布飾りのタペストリーだ。


 俺の姿をモチーフとした槍を持つ黒髪の人物が刺繍されていた。

 相対するのは、女王サーデインらしき冠をかぶった植物悪魔の女性だ。


 その女王の体に、俺の槍が突き刺さっていた。


 そして、ヒロインのように巨大なイモリザの姿。

 なんで頭部の髪の毛をキュピーンと立たせているイモリザが、その位置に居るのか疑問だが……。


 エヴァとレベッカらしき女性たちの刺繍もある。

 あの時居なかったが、ネームスとモガに紅虎の嵐たちも近くで戦っている絵柄だ。


 しかし、俺のことを大きくデザインしている……微妙に照れるな……。


 これはドココさんが作ってくれたのかもしれない。 

 しかも、このタペストリー……魔力を宿している?


『閣下の槍と、閣下の姿の部分に強い魔力が宿っていますね』


 左目に宿るヘルメがそう指摘してきた。


『あぁ、この短期間で刺繍を行う能力、糸を含めて素材を作る能力は凄い』

『はい』

『妾の剣が描かれてないではないか! 気に食わん、だれが作ったのじゃ!』


 興奮したサラテンの思念は無視。

 しかし、これをドココさんが作ったのだとしたら……やはり、彼女は衣服を作るだけじゃないのか……。

 この壁飾りに何の効果があるのか不明だが……。

 太っている彼女もホフマンたちに誘拐されていたように彼女の血だけを目的に誘拐したわけではないということだろう。


 こういった特別な刺繍を含めた布製品を作れる能力を持つということを、鑑定能力で知っていた?

 エブエのように、実は……とかありそうだ。


「色々な小道具と人形があるのですね!」

「どんぐりと野菜が多い」


 黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミの小さい猫たちをモチーフとしたパッチワークのキルト人形を見て興奮したサザーと、野菜を興味深そうに見ていたビアの言葉に頷いてから、


「カルードとユイ。俺はヴィーネたちを連れてくるから、その間は自由にしててくれ。眷属となったキッシュは、この小山がある下だ。街の中心に住んでいる。そして、そのルッシーと仲良くしてくれると嬉しい」

「あるじーのなかまー」


 ルッシーはカルードに小さい指を伸ばしていた。 

 カルードはそのルッシーと視線を合わせるように床に片膝を突ける。


 そして、優しげにルッシーが突き出した指を握ってあげていく。

 その様子から、彼がルッシーの父親に見えてきた。


 ルッシーは<ルシヴァルの守護者>というスキルを得ているが……。

 見た目は幼い少女だからな。


「ルッシー様。<従者長>カルードと申します。以後よろしくお願いいたします」

「うん! あるじのぶかはだいじ!」


 と、血の祝福でも与えるようにルッシーは指先から枝を生やした。

 パッとイグルードの名残とも呼ぶべき綺麗な花を指先から咲かせる。


『まぁ、珠瑠の紐とは違いますが、綺麗です!』


 小型ヘルメが視界の端に現れると興奮して泳ぎだした。


「うん。キッシュさんとキサラさんに挨拶しておく。紅虎の嵐たちの眷属化の話も詰めないとね。ハイグリアちゃんのこともあるし」

「ん、白色の貴婦人対策の方が重要」


 レベッカとエヴァの言葉にアラハは強く頷く。

 カルードとユイも血獣隊と顔を合わせて、白色の貴婦人という未知の敵の名を聞いて顔色を変えていた。


「おう、血獣隊もユイとカルードと共に行動してくれ、中庭には、ムーとオークコンビが居る。まずは、挨拶しておくといい」

「はい」

「分かりました」

「では、まずはアラハさんから少しお話を……」


 アシュラムを下に置いたママニと、エルフのフーの言葉に頷く。


 俺は玄関を見た。

 あの玄関に……。


 リサナとなった波群瓢箪が嵌まっていたことを思い出す。

 そして、その一階の玄関から外に出たところで、


「ロロ!」


 と呼ぶと、もう空に馬に近い姿のロロディーヌが飛翔していた。

 首と胴体から出た黒触手群が、俺の腕と月狼環ノ槍に絡んでくる。

 即座に、ロロディーヌは俺を背中の上に運んでくれた。


 よし、向かうは魔霧の渦森だ――。

 ヘカトレイルの近辺を飛翔すると思うが、今は東でも戦争中だ竜騎士隊やグリフォン隊に遭遇することは、たぶんないだろう――。


 そう考えながら触手の手綱の握りを強める。


『ヴィーネたちとの再会は楽しみですね!』

『そうだな』


 ヘルメの思念に答えながら……。

 頭上を回り続けていた二十四面体トラペゾヘドロンを回収した。

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