四百六十三話 ペルネーテに一時的な帰還

 アイテムボックスが備わる右手首を見ているとヘルメがヴェニューを懐に回収した。

 沸騎士は魔界に帰還。

 可愛い二匹の魔造虎たちも陶器の猫人形の姿に戻してポケットに入れる。

 その際、ポケットの中身に入っている神々の残骸とレーレバ笛が当たり擦れる音が響く。


 バルミントとサジハリがどうしているか……。

 高・古代竜の生活は順調だろうか。

 と、気になったところでヴァンパイア会議を続けていた墓掘り人たちの言葉が耳を突く。


「四人の血道を扱う導師の語っていた〝真っ赤に熟した血の稲穂〟とは、スゥンとバーレンティンが解読した」

「あぁ、〝紅蓮の炎血を宿す血の稲穂〟」

「〝永久に連なる一族ソレグレンの古の祭壇〟」

「〝ソレグレンの血統潰える時、血の野望を宿す新たな髑髏の吸血剣が誕生するであろう〟」

「〝狂気に立ち向かう永久に連なる一族ソレグレン〟〝永久に残る吸血鬼なり〟」

「〝太古の土霊に勝る錬金窯〟〝ソクナーの秘密が破れし時、永遠の命と破壊を齎す

 〟」

「全部の碑文を暗唱する気?」

「覚えているからな……」

「ふむ」


 スゥンさんとバーレンティンは碑文を覚えているようだ。


「地下祭壇に刻まれてあった碑文。だからこそのバーレンティンの行動原理ってことか。でも、わたしは主が語っていたアガナスの秘鍵書の方が気になるわ」

「俺はそんな秘宝に纏わる過去話よりも、主の光魔ルシヴァルとしての……血道が気になる」

「トーリに同意だ。主の<ルシヴァルの紋章樹>と<血道第四・開門>の能力だな」


 頬から骨が見えている渋いキースがそう語る。

 トーリも渋い方だが……。

 片方の眉に刻まれた謎記号が怪しすぎる。


「墓掘り人らしくない言葉だが今日はやけに喋るなキース」


 さっきまで変な歌のメインボーカルを務めていた赤髪のモッヒーことサルジンがキースに対して聞いていた。


 そのキースは自身の魔刀に視線を向ける。

 そして、魔刀と見比べるように吸血王の証しのアーヴェンの血魔剣を見てから、


「俺たちの血を捧げた主の前でもある。そして、主の実力を、この目で見たい思いもある」


 と、渋い声音で話す。

 立てかけている月狼環ノ槍にも視線を移していた。

 キースは武芸者の気質を持つようだ。

 俺は答えず、


「司令長官キッシュ様が治めているサイデイル街の中心にルシヴァルの紋章樹もあると聞いた」


 墓掘り人同士の会話は続く。

 俺に関する血魔道のことから血魔剣アーヴィンと吸血王サリナスに関することに夢中だ。


 ……さて、俺は右手首を再び注視。

 太陽のマークに近いクリスタル系の水晶の表面を持つアイテムボックス。

 その表面を触りアイテムボックスを起動した。


 肝心の二十四面体トラペゾヘドロンは取り出さない。

 血獣隊が魔石収集に使っていた小さいアイテムボックスの袋を出す。


 取り出した袋の中に四百個の魔石が入っている。

 後で魔石を納めるとしよう。


 皆、俺が取り出した魔石のことは知っていた。

 迷宮都市ペルネーテで採れる魔石は有名だからな。

 ペルナーテ産以外に迷宮は沢山あるし魔石は南マハハイムに広く流通している。

 そんな魔石のことに続いて……。


「鏡とロロディーヌを用いて眷属たちをここに連れてくる」

「はい」


 鏡は置かない。

 だから少し時間が掛かることを皆に伝えていく。

 しかし、神獣の空を飛ぶ速度は並ではない。


 すぐにここに戻ってこられるだろう。

 と思いながら、


「その前に……」


 アイテムボックスからリサナの波群瓢箪を出した――。

 半透明色のとんがり帽子をかぶっている。

 彼女専用のお立ち台といえる波群瓢箪。


 そのお立ち台の上で可愛らしいポーズを構えたリサナの登場だ。


「ぬお~」

「巨大な鐘にも見えるが瓢箪から美女が!?」

「まっくろい手もある!」

「腕が四つ……」


 リサナの巨大な手の方はカーボンブラックの色合いに近い。


「オモシロ!」


 エルザの左腕の蟲ガラサスは見えない。

 だが、不気味な声で反応していた。


 細い両手と巨大な漆黒の両手。

 四つの手を持つ。

 そんな手を見ればエルザの左手に宿る蟲も反応するか。


 そのリサナの髪色は桃色と銀色のメッシュ系。

 帽子から一対の雌鹿のような角を生やしている。


 角の尖端から桃色の粒たちを出していた。

 前と違う衣服だ。

 カタツムリと蛞蝓の絵柄を持った半透明色の粘着性がありそうな特殊服を着ている。


 半身は見事に透けていた。

 内臓と一緒に小宇宙を背景とした星々の煌めきを持つカタツムリと蛞蝓たちが見える。

 黄金と銀色に近い肋骨と内臓に絡みついている不思議な小さい血管群は不思議だ……。

 可愛らしい形の毛細血管風の血管たちは蠢いている。


 彼女の精霊としての力の源を映すかのような色彩だろうか。


 ヘルメの<精霊珠想>を内側から見た時と近いのか?

 少し色合いが淡いか。

 ミニチュアのカタツムリと蛞蝓のようなコミカルな存在が見え隠れしている。

 しかし、闇蒼霊手ヴェニューのような不思議妖精が乗っているような七福神風の箱船はない。


 そんな半身を持つリサナの外観は美しい。


 俺が彼女の半身を注視しているだけで膨らんだ胸とくびれた腰は悩ましい。

 可愛らしい衣服も良い。

 ただ、その素材は波群瓢箪を元としたような異質なコスチュームだが……。


 女性精霊としての色っぽさを持っていた。


 すらりと伸びた足の下は、波群瓢箪かは生えた紅色の花弁で見えない。

 伸びた両足の生の太股が見えているから両足が生えているバージョンなんだろう。


 彼女の足を隠す波群瓢箪の上部に生えた沙羅双樹のような花弁も美しい。


 そう感想を持ったところで、ヘルメが、


「リサナをこの場においていくつもりなのですね」


 と、聞いてきた。

 俺は頷きながらリサナとヘルメを見る。


「そうだ。紹介がてらだがな」

「はい、この沼の上にある別荘地のような場所ならリサナを出しても大丈夫でしょう」


 すると、リサナが微笑む。


「シュウヤ様! ご命令は待機ですか?」


 と、聞いてきた。


「おう、悪いな。眷属たちを連れてから樹海に突っ込むと思う。ま、詳しくはこの場に残すメンバーたちから聞いてくれ」

「はい!」


 波群瓢箪の中心に立つリサナは頷く。

 そして、可憐にスピン系の横回転を行う――。


 同時に足下の沙羅双樹のような花弁も急回転した。

 彼岸花のようにも見える紅色の花弁は幻獣のようにも見えた。


 不思議なバロック音楽が鳴る。


「――皆様、初めまして、波群瓢箪に住んでいるリサナです!」


 リサナの元気良い声が響く。


「よろしく! アリスだよ!」

「よろしく頼む、エルザだ」

「お帰りなさい、リサナ。あなた様の信頼を勝ち取っているようですね」

「ふふ、ダンス仲間が増えました。あ、ここは古代狼族の本拠地ですから、派手に暴れてはだめですよ」


 アリスとエルザが挨拶していた。

 ジョディ&ヘルメがリサナに話をしていく。


「はい! しかし、血の臭いが濃厚ですが……シュウヤ様も血の気配が変わったように感じます」


 警戒したリサナ。

 眷属というか精霊だから鋭い。


 俺の新しい血の支配を感じ取ったようだ。


 そのリサナは墓掘り人たちを眺めていく。

 墓掘り人たちは片膝を床に突けて頭を下げていた。

 揺れている桃色の銀色が混ざる髪から良い匂いが漂う。

 角の先っぽから桃色の謎粒子を発していた。

 彼女の小さい方の右手が握る扇子の武器の形が前と少し形が変形している?


 リサナの様子を見たツラヌキ団たちは驚いて唖然としていた。


「……俺もこの血剣を得たように吸血王となったようだ。ま、ある一派の王だが。そして、跪いている者たちはヴァンパイア。地下を彷徨っていた墓掘り人というグループだ。さっき正式にアーヴィンの髑髏の杯を使い俺の部下となった」

「そうなのですね。シュウヤ様の戦力が強くなることは良いことです! そして、わたしも兄弟姉妹が欲しい! 精霊の亜種のような存在ももっと欲しいです」


 リサナは扇子を振るいながら力強く語る。

 扇子の先端から小さいカタツムリと蛞蝓ナメクジの幻影たちが出現していた。

 扇子から放たれている幻影のような魔力波はデボンチッチのようにも見える。


 お立ち台と化している波群瓢箪の上部に備わる沙羅双樹の花弁たちも彼女の両足に絡まっていた。

 こけそうでこけない。


 そして、カタツムリと蛞蝓が織りなすバロック音楽は健在だ。


「沸騰するような煙を骨鎧の機構から排出していた沸騎士殿たちも不思議だったが……巨大な瓢箪から美女とは……驚きだ」

「黒い手を生やす植物の人? でも半身が透けて綺麗」

「喋る女植物の精霊様とは……歩く魔導貴族の倉庫か、主は……」

「巨乳だし細い腰。わたしたちもそれなりに秘宝、法具を持つけど……」

「あぁ、びっくりだな」

「地下生活で様々なモノを見ているが……瓢箪から生物、いや、使役した精霊は登場させるとは正直……驚きだ」


 大柄のロゼバトフが語る。


「帽子の形が魔法使いのようで可愛い……」

「雌鹿の角を備えた美形の顔は隊長と似ているかも!」

「桃色の魔力? とっても綺麗だけど、血の眷属ということ?」

「あ、ということは、精霊様が二人も……」


 オフィーリアとソプラさんが頷き合う。


「巨大な瓢箪は金属の鐘にも見えるけど、生えている葉と花は血色の植物のように見える」

「扇子から発せられているカタツムリと蛞蝓の幻影たち」

「音楽は聞いたことがないですね。扇子の形も変わってますが魔法の武器でしょうか……」


 ツブツブとアラハが喋る中、バロック風の音楽が響く。

 そこに、ヘルメの水音が混じっていく。


 古代狼族のキコとジェスは楽器を持つ手が震えていた。

 怖がっているのか、音楽に感動しているのか、その表情はポーカーフェイスで分からない。


 しかし、リサナの紹介の場合はこうなることは予想がついていから話が早い。


「ロンハンと同じような扇子とは奇遇です――」

「角いいなー。エルザ、砂漠の民の人たちも角を持ってたね」

「あぁ」


 アリスの言葉に頷くエルザ。


「角から桃色の粒が……」

「……しかし、瓢箪の葉っぱの表面から腕が生えたりするのは奇妙ですね……」


 セロが波群瓢箪を触りながら語る。

 リサナは波群瓢箪から離れて、両足で着地。

 足は普通の人族。

 ただ、足先から血と錆色の液体が流れていた。


「……リサナ以外もサイデイル村に光魔騎士も弟子のムーもオークも居たりするからな……トン爺の料理と指弾は驚きだぞ、難しい言葉を知る偉大な長老のような感じだが」


 と、キッシュのことを含めてサイデイル村のことを話し合いながらの食事タイムは暫く続く。

 リサナの桃と銀が彩る髪の周囲を浮遊するカタツムリと蛞蝓たちが奏でる音楽が良い。

 そうして――食事タイムは終了。


 氷水、酒、血、黒の甘露水と各自が好きな物を飲みながら、休憩モードに入ったところで……。

 アイテムボックスに魔石を投入した。

 四百個を放り込んだ。

 アイテムボックスもチェック。


 ◆:エレニウム総蓄量:2346→2746

 ――――――――――――――――――――――――――

 必要なエレニウムストーン大:1500→1100:未完了

 報酬:格納庫+150:偵察用ドローン:解放

 必要なエレニウムストーン大:3000:未完了

 報酬:格納庫+200:アクセルマギナ:解放

 必要なエレニウムストーン大:5000:未完了

 報酬:格納庫+300:フォド・ワン・プリズムバッチ:解放

 ――――――――――――――――――――――――――


 偵察用ドローンは便利そうだ。

 他も気になるが今は懸案事項を優先しよう。


 ツラヌキ団たちと会話をしながら……。

 現時点の討伐目標である〝白色の貴婦人〟の配下のケマチェンとフェウのことを話し合っていく。


 しかし、ロロディーヌ、リサナ、アリス、エルザのガラサス、ジョディは違った。

 本棚にあったカードゲームを見つけたアリスが皆を誘いゲームを行っていた。


 エルザとアリスはカードを収集していたようだ。


 ロロディーヌはカード遊びを理解せず。

 カルタのようにカードを叩いて、そのカードをひっくり返す遊びをしてはアリスに怒られている。

 リサナとジョディはエルザの語る説明を受けて即座にカードゲームのルールを理解していた。

 そういえばレース会場でもカードが流行っていると聞いたな。


「……ケマチェンとの連絡方法は二つあります。フェウとは連絡方法がありません」

「今後のため、その連絡方法を詳しく教えてくれ」


 カードゲームに興じている者たちがウルサイが、こっちはこっちで真剣だ。


「一つは連絡員と落ち合うやり方。連絡員の名はロンハン。二つ目は一回だけしか使えませんが、わたしの胸に刻まれた白い紋章を使って、ケマチェンへと直に情報を伝える方法です」


 オフィーリアは自身の胸元を触りながら語る。

 やはり、遠距離から連絡ができるのか。


「その一回だけ可能となる遠距離からの連絡方法を詳しく頼む」


 彼女は頷く。

 バーレンティンもオフィーリアを見る視線を鋭くした。

 ヘルメの表情も厳しい。

 真面目モードの常闇の水精霊ヘルメ。

 水飛沫の中に凍りの刃が混じっているようにS面が強くなっているから少し怖い。


 皆も、俺が眷属たちとの連絡に用いた血文字を知るだけに真剣な表情を浮かべている。


「……はい、この紋章を使った連絡は使う度に専用の魔力補充が必要なのです。ロンハンが持つ白い宝石がついた杖をわたしの白い紋章に当て専用の魔力を補充しない限り、この紋章を使った遠距離連絡はできなくなります。今回は、この白い紋章の遠距離連絡を使わず八支流のジング川の村宿で、そのロンハンと落ち合う手筈となっていました」


 重要な告白を聞いた古代狼族のキコとジェス。

 彼女たちは睨むようにオフィーリアのことを注視している。


 食事の配膳した黒衣衣装の似合う古代狼族の方はもう帰ったが、彼女たちはヒヨリミ様の伝言を俺に伝えるためにこの場に来ていた。


 そのヒヨリミ様の伝言とは、


『このような言葉だけですみません。ハイグリアと同行しなければいけない儀式がありますから、そして、伝言ですが、シュウヤ様に、その秘宝の一つ吸血王サリナスの血剣を差し上げます。その血剣を確保した狼将ドルセルと師団長たちが不満を抱き反抗の意思を示すと思いますが……自立的に蠢く血剣の対処は、どうしようもありませんからね。ましては、神狼ハーレイア様と双月神様たちの加護が強いこの都市で行われた吸血王に関する事変です。神々が許さない限り、そのようなことはまず起きない。ですから、この事実は古代狼族たちも重大な事柄となります。ですから強い信仰を持つ狼将たちも納得するしかないでしょう。それでも……不満が出た場合は、ハイグリアの番の相手の大事なシュウヤ様ですからね。わたしも気に入った相手です。相手が狼将だろうと生意気な物言いは許しませんことよ! ふふ、少し興奮してしまいました。ですからご安心を。ハイグリアを追った神姫隊の遠征隊として結果を残したダオンとリョクラインも側に居ますからね』


 許しませんことよ!

 の、辺りでヒヨリミ様の怖い音声が聞こえたような気がした。


 しかし、ちょうど良かった。


 キコとジェス経由でヒヨリミ様へと、このオフィーリアの情報が伝わるはずだ。

 そのオフィーリアは古代狼族のキコとジェスに一度、頭を下げてから口を動かしていく。


「……白い紋章で連絡した場合、シュウヤさんの血文字のようなシンプルなモノではなく、不気味な人形のようなモノが、この胸元の紋章から浮かび現れます……」


 胸から不気味な人形が生えるのか……。

 ヴェニューのような可愛さを持った妖精なら良いが。

 ケマチェンの能力というよりも白色の貴婦人の力の一部か?


「不気味な人形。それは遠距離連絡は紋章を刻まれた者なら、だれでも可能なのか?」

「わたしたちは無理、隊長だけ」

「アラハの言うとおり、わたしだけとなります」


 オフィーリアだけ強い紋章を刻まれたか。


「白い紋章を使い人形と話す形でケマチェンと連絡できます。そして、必ず、そのケマチェンに伝えた情報は、わたしたちの連絡役であるロンハンへと伝わるのです」

「連絡役のロンハンは直に会う? それとも……」

「ロンハンが近付くと、わたしたちの胸に刻まれた白い紋章が脈打ちます。そして、ロンハンも同様に脈打つようですね」


 GPSの発信器みたいなもんか。


「そんな機能がある白の紋章に刻まれた状態でも、こうやって話ができるのだから行動の制限は緩いのだろう?」

「はい、紋章に魔力を浴びても特に身体に害はありません――」


 古代狼族が用意してくれた黒衣の服を着ているオフィーリアは、その服を脱ごうと肩を晒した。


「あ、皆の前で脱がなくていい」

「では、個人的にということでしょうか……」


 そう語りながら身を寄せてくるオフィーリア。

 恥ずかしそうに頬を薄紅色に染めていた。


「隊長、抜け駆けするつもりだ」

「大隊長の心を盗める?」

「ふふ。皆が居るんだから、これは冗談よ――」


 と、笑い話しながら俺から離れたオフィーリア。

 彼女から石鹸の良い香りが漂った。


「……そして、ジョディさんは微笑んでいるけど、目がちかちか光って手に巨大な鎌を出現させて怖いし、だから、そんな大胆なことはしません」

「ご安心を、そこの吸血鬼たちのように脅しはしません」


 ジョディは涼しげに語ると身体から蛾を飛ばす。

 俺たちの頭上を飛び交う白色の蛾たち。

 血色の輝きを発しながらフェロモンを発していく。

 イターシャはそんなジョディの首に巻き付いていた。


 オコジョの小さい頭部を捻っては頷く。


『イターシャはこっちに戻る気はないのか……』


 サラテンの思念が響く。

 戻ってくる気はいまのところないようだ。

 すると、宙に漂う白い蝶に向けてアリスが手を伸ばす。


「……」

「そこの吸血鬼の女性も隊長のこと睨んでる」


 ツブツブがイセスのことを指摘。

 ツラヌキ団たちから話題を受けたイセスは、


「ごめんね。これ睨み、わたしの癖だから」


 そう語りながら微笑む。

 俺に向けてウィンクをしてからゴブレットの縁に口をつけた。

 彼女が小さい喉を晒しながら飲んでいく。

 そのゴブレットの中身は、勿論、血だ。


 さっき、ウィスキーが入ってそうな角瓶を小さいおしゃれなボディバッグから取り出して、黒の甘露水と血を独自にブレンドするようにゴブレットに注いでいた。


「……そんなことより、紋章の話の続きを頼む」


 と、オフィーリアに話の続きを促す。


「あ、はい。わたしたちが窃盗団として秘宝を盗む活動を続けていたように、わたしたちの行動を阻害する力は、この白の紋章にありません。しかし……紋章を調べようとするスキルの干渉があった場合は……先ほど語っていたように……」


 仲間たちは溶けるように白い紋章と化してしまったんだな。

 彼女はまた涙を双眸に溜めていた。

 オフィーリアは思い出したらしい。


 あの深い悲しみを持った表情を見ると……。

 大事な仲間か恋人か家族を失ってしまったのかもしれない。

 そう思うと、身の詰まる思いを感じた。


「……今日の隊長は涙もろいですね……」

「そりゃ隊長だって獣人。気が緩むことだってある……」

「うん。レースのことを含めて、わたしたちのため隊長はがんばってきた」

「命を救ってくれたシュウヤさんとの出会いもある」

「そのシュウヤさんが、わたしたちを助けてくれるって味方してくれるって、血は怖いけど、こんなに嬉しいことはないからね、隊長だって気が緩むわよ」

「うんうん」

「そうそう、今日は色々とあったし」


 ポロンが、そう発言してレネとソプラを見る。


「う……セロちゃんとポロンちゃん、そんな視線を向けないでよ。ねぇ? 姉さん」

「あ、うん。でもさ理由はどうあれ……わたしたちがオフィーリアさんの命を狙ったことは事実だからね」

「それはそうだけど、秘宝〝兎の羽種〟を盗んだのはツラヌキ団よ。世話になったキャラバン隊のウカさんだって、憤慨していた」

「そうね。兎の羽種はウカさんたち一族が放浪を開始した頃から持っていた」


 兎の羽種とはどんな能力を秘めているんだろう。


「その兎の羽種とはどんな力が?」

「兎人族ではなくても腕に羽を生やすことができるようになる秘宝の種。しかも、わたしたち以上に空を飛べるようになるとかエセル界に繋がる品らしいけど……」

「うん、セナアプアで接触しようとした白鯨の血長耳たちは、わたしたちと敵対関係にあるからね」


 レネ&ソプラさんはそう語る。

 貴重な品か。ま、どっちの話も事実。

 そして、俺が止めなかったらオフィーリアは死んでいただろう。


「ツラヌキ団とレネ&ソプラ。さっきは風呂場でイチャイチャしてたろうに」

「それはそれです」

「うん、わたしたちもお宝を盗んだ結果だから、悪かったけど、隊長が死んでいたと思うと……」

「蒸し返すな。オフィーリアもだが、それ以上は語らなくていい」


 オフィーリアは頷きながら泣いている。


「……はい。少し安心した途端、思い出してしまって、皆も、責めるのはだめよ。レネさんもソプラさんも褒められたことじゃないけど、わたしたちはそれだけ恨まれることをした」

「うん。分かってる」

「了解」


 ハンカチはないが……。

 鶸色の鳥が描かれた和風のサイドテーブルの上にあった麻布を取る。

 その麻布を泣きそうだったオフィーリアに手渡してあげた。


「はい、すみません……」


 オフィーリアは麻布を受け取ると涙を拭く。

 布で鼻水をチンとした。


「で、オフィーリア、そのロンハンと逃走ルート先にある〝八支流ジング川〟で落ち合う予定のようだが、そのジング村の規模はどの程度なんだろう。宿の正式名称は? 村民はどれぐらい?」


 これは大事なことだ。


「意外に混んでます。八支流はアルゼの街と繋がってますから、宿の名前は雀です」

「そこに俺たちが先回りして、ロンハンを捕らえるか殺すかまたは泳がせるか……」

「閣下、作戦は、時期尚早かと……」

「そうだな。ジング川の村宿に向かうことは確実として、オフィーリア。胸元の紋章が波打つ以外にも、暗号のような言葉はあるんだろう?」

「はい。合い言葉は〝鳴かず飛ばず〟」

「了解した。その監視役のロンハンだが、この都市に潜伏している可能性は無いのか?」


 エルザのように隠せばある程度は可能と判断しての言葉だ。

 そのエルザは俺に頭部を向けて頷いている。


「……あります。変身が可能な魔道具を持っているはず」


 あるのか。


「なら、俺たちのことは露見している可能性がある?」

「その可能性は低いと思います」


 確かにそうだな。

 ツラヌキ団たちの様子は至って普通。

 ケマチェンか白色の貴婦人たちへと俺たちに捕まったという情報が伝わったのなら……。


「そうですね。わたしたちは今も生きている」


 彼女たちは白い紋章と化して死んでいるはずだ。

 それとも身体を白い紋章と化すことに何らか条件が必要とか?

 相手が狡猾ならわざとツラヌキ団たちを泳がしている可能性もあるが……。


「うん。だいたい紋章が反応してないし、ロンハンは最初からこの都市に来てないと思う」

「それに、そんな正確に追跡できるとは思えない。わたしたちはツラヌキ団。素早さに自信あるし」

「そうね。追跡にかけてはケマチェンも同じでしょう。だからこそ、ケマチェンたちはわたしたちに秘宝を盗ませているのだから」


 ツブツブとオフィーリアが語る。

 ツラヌキ団たちは彼女たちに同意するように頷いていた。


「うん。でもロンハンは身軽。戦闘能力も高い。扇子から飛び道具も扱うしシュウヤさんの<鎖>系の能力も持つ」

「シュウヤさんのような<鎖>の表面に輝きを発した未知の文字は刻まれていないよ?」

「そうだな。隊長を救ったりできる巨大な盾にしたりする便利さもない」


 彼女たちが語る輝く文字は俺の<鎖>に刻まれた梵字のことかな。

 ロンハンは獣人に変身が可能な魔道具と<鎖>系の能力が使えるようだ。


「……神獣様の機動は速すぎて追跡なんて不可能じゃ?」

「仮に、ロンハンが、わたしたちのように獣人に変装し、追跡していたとして……ブルームーンの宿からわたしたちが一瞬で消えたように見えているはず。でも、どちらにしても、ロンハンがわたしたちの監視をしているとは思えない。だって彼の性格からして、ねぇ?」

「はい、船宿で、遊んでいる可能性が大」


 ロンハンは遊び人なのか?


「でしょう? ロンハンはわたしたちツラヌキ団が行ってきた仕事の実績は知っているし、同胞たちが人質状態だと分かっているからね。わざわざリスクを冒してわたしたちの監視をする必要はないはず。そして、〝待つだけの楽な仕事だ〟といつも扇子を片手に持ちながら語っていたし」


 聞く限り監視の可能性は低いか。

 そのロンハンという名の監視役がこの都市の中に潜入していた場合……。


 ロロディーヌが地面を掘っていた時に逃走した可能性がある?

 もしそうだとしたらジング川に戻り仕事を終えたツラヌキ団を待つか?

 ロロディーヌの姿を見たら待たないだろう。

 いちはやくケマチェンたち死の旅人の仲間たちに連絡してから、撤収。

 または、ツラヌキ団たちの秘宝奪取が失敗したと上司に伝えるかもしれない。


 ま、これはあくまでも仮定の一つ。

 オフィーリアが語っていた通りの性格なら、まず、監視はありえない。


「……了解した。ひとまず把握した。後で、その身体に刻まれた白い紋章はミスティとエヴァに見てもらおう」


 ザガとボンの呪神系の力を使えばアクセスが可能となるかもしれないが。

 しかし、どちらにせよ。

 干渉するリスクが大きすぎる。


「はい!」

「やった! ミスティさんは自らの工房を持つ方と魔金細工師の家系と聞きました。戦闘職業も血鋼人形師からさらに進化をした未知の職業。魔法陣の解析もできるようですし……」

「もしかして……この紋章から解放される?」


 ツラヌキ団たちは希望を得たように語るが……。


「さっきも話をしたがミスティは天才。しかし、彼女は彼女の得意分野だけに特化している天才だ。期待しない方が良いだろう」

「……そうですよね」

「あぁ、すまんな。期待させたのなら謝る」

「いえ。精霊様も仰っていたように、わたしたちを助けてくれようと行動を起こしてくれる方と出会えたことが、なによりも幸運ですから」


 オフィーリアがそう語ってくれた。


「そう言ってくれると助かる。かっこ悪く聞こえるかもしれないが白色の貴婦人を倒す算段は、正直、まだ俺の頭にないからな。単に魔槍杖でぶっ叩くイメージしかない。しかし、君たちを脅迫しているケマチェンとフェウが率いる【死の旅人】たちなら眷属たちがいるから協力して倒せると思う。いや、倒すことはできるはずだ」


 白色の貴婦人。

 多数の部下を使い自分は安全なところから指示を出す狡猾さ。

 それでいて神のような強さを持っていた場合は……。


 正直、どんなことになるか想像ができない。


 その点ケマチェンとフェウは人族としての生命体の範囲だろう。

 邪神ヒュリオクスの使徒だったパクス戦を想定できる。

 ……だが、戦い勝ったとしてもおのずと白色の貴婦人が俺たちの存在を知ることになる。

 人質が居る以上、慎重に大胆に、直接、白色の貴婦人を打倒しなければならないだろう。


 と、思考したところで、


「アラハ、さっき話をしていたがペルネーテに向かうぞ」

「はい」


 すぐに二十四面体トラペゾヘドロンを取り出した。


「それがお話になっていた。合計二十四個の鏡の先に転移が可能なマジックアイテム」


 オフィーリアがそう語る。


「ケマチェンたちに盗めと指示を受けた物の中に、そのような転移可能な代物はなかったです」


 ツブツブが指摘。


「転移可能の魔法具。噂で幾つか聞いたことある」


 バーレンティンはそう発言しながら大柄のロゼバトフを見る。

 ロゼバトフは血色が混ざる鋼色の爪先で顎髭を触りながら、


「……地下都市セーブロウの酒場で幾つか具体的な内容を聞いたことがある」


 と、発言。


「マグル、マグルと、五月蠅いドワーフの都市か」

「〝失われた八宝〟の一つだっけか」


 サルジンの言葉に頷く墓掘り人たち。

 彼らは他にも俺たちが知らない地下生活をたとえに語っていく。


 グランバ、サウザンドマウンテン、デビルズマウンテンの名なら知っている。

 しかし、ヴィーネならある程度分かると思うが地下の地名は分からないことが多い。

 地下社会も色々とありそうだ……。

 そう認識してからツラヌキ団に向けて、


「ケマチェンたちが集めていた物は魂と魔力を大量に備えた物と聞いたが」


 と、ツラヌキ団に聞く。


「うん。魔力の許容量が異常に多い品とかね」

「そうそう。魔界の品々とかさ。移動速度が上がる品もあったけど」

「呪われた物も多かった。ケマチェンから貰った〝あれ〟を使わないと触れない〝滅札のサイコロ〟は怖かった」


 ツブツブの言葉を聞いたツラヌキ団たち。

 今彼女たちが着ている服は、だぼだぼした大きい服。

 風呂上がりだから装備類は脱いでいる。

 一纏めにして置いてあった。

 その纏まった装備類に……彼女たちは視線を移していった。


 俺もつられる形で見た。

 一つだけ不自然に魔力がない物がある。


「あれ、とは、銀色の手袋のことか?」

「そうです。ケマチェンは〝無魔の手袋〟と呼んでました。隣にある縞模様の〝夢追いの袋〟がセットですね。その呪いの品を入れる袋も特別と聞きました。サーマリアの豪商五本指のレジー・ミドンから最初に盗んだ品物とか」

「呪いの耐性がない者でも触れることができるようになる手袋か。結構な代物だな」

「はい、袋に入れたら呪いの品の能力は下がるようですが、ある程度使えるように変化する場合があると」

「そりゃ、伝説レジェンドクラスの品じゃないか」


 スゥンさんが反応した。

 他の墓掘り人たちも同様に手袋の隣にある夢追いの袋を注視。


 すると、


「わたしたちもそれなら持ってますよ」

「このように……」


 と、キコとジェスが発言し腰にぶら下がる手袋を見せてきた。


「貴重な物を扱える理由だな」

「天井の孔も塞がっている不思議な宿を持つ古代狼族の中枢だ。当然、色々なアイテムはあるだろう」


 バーレンティンが周囲に置かれているアイテム類を指摘してきた。

 あのリアルなオークの頭部で作った蚊取り器も特別なのか?


「……シュウヤさん、それより、その鏡。二十三個の鏡しか反応しないと聞きましたが……」

「わたしも気になる! 不思議な球体です! 土の面があって血鎖鎧で特攻する話は面白かった!」


 元気のいいセロの声だ。


「わたしはサザーに会いたい!」


 アラハは妹だ。そりゃ会いたいだろう。


「そうだよ。それで、この鏡だが、二十四個目が発動する時……この二十四面体トラペゾヘドロン何か・・が、起きるかもしれないな」


 と、発言しながら掌の上に浮いて微かに回転を続けている二十四面の球体を見つめた。


 この各面にある小さい溝をなぞっていく感覚は好きだ。

 なんだろうか……。

 滑らかな金属の溝に挟まれた指の感覚……。

 そんなことを考えながら、


「ヘルメは左目に、ロロ遊びは終わりだ。肩に来い――」

「にゃ――」


 黒猫ロロは走ってくる。

 内腹を晒すように肩の上に飛び乗ってきた。

 早速、黒猫ロロは俺の頬に向けて肉球タッチ。

 柔らかい肉球の感触を得られた。

 可愛いタッチングだ。

 瞬時に液体となったヘルメもスパイラル軌道で俺の左目に入った。


 俺は立てかけていた月狼環ノ槍を掴む。

 <導想魔手>を消去した。

 導想魔手の歪な魔力の手が握っていた聖槍アロステも消える。


「んじゃ、長話もこれで終了だ。最初は<筆頭従者長>のエヴァとレベッカに<従者長>たちの血獣隊と合流する。俺のペルネーテにある自宅に向かうぞ――」


 二十四面体トラペゾヘドロンを起動。

 光る扉はすぐに生成した。


「おぉ~」

「それがゲート魔法!」


 皆が注目してくる。

 光る環状の扉のようなモノは前と変わらない。


 ゲート先の寝室の部屋が映った。

 エヴァとレベッカの姿を確認。

 胸元に白猫のマギットを抱えたヴェロニカの姿もあった。

 そのマギットは不機嫌そうに髭を下に垂らしている。

 すると、ヴェロニカが鏡の光に反応。

 マギットを離し鏡を指してきた。


「意外とそんなに眩しくないのね」

「それがゲートかぁ」

「わたし、血獣隊のママニさんと話がしてみたいな」


 光る扉を見ながらレネとソプラさんが語る。


「姉さん、エスパーダ傭兵団の話が気になるのね」

「そう。でも、奴隷落ちをしたようだし……暗い話になりそうだから止めとく」

「……なら、わたしたちも魔導札のゲームを見ましょうか」

「そうね。見たことのない古代狼族の絵柄カードを見たい」


 そんなことを聞きながらジョディたちに視線を向けた。


「ジョディたちとリサナはここで待機だ。古代狼族たちに協力する形でバーナンソー商会とヘヴィル商会の動きを頼む」


 魔導札という名のカードゲームを楽しむジョディたちに告げた。


「承知しました」

「はい。お任せを行ってらっしゃいませ!」

「おう。キコとジェスは居るからヒヨリミ様たちに伝わっていると思うが。そして、白色の貴婦人討伐に向けての今後の詳細を墓掘り人たちと詰めろ。わだかまりは無しだ」

「はい。もう既に<蛾封じ>を解除してあります」


 やはりジョディは、墓掘り人たちに向けて何らかのスキルを繰り出していたようだ。


「主。任せて。ここから外にでないし血なら大量にあるから」

「神獣様は離れてしまうのか……」


 寂しそうに黒猫ロロを見るバーレンティン。


「沼で釣りでも楽しむとしようか」

「トーリ、古代狼族たちにしかられるぞ」

「シュウヤ兄ちゃん、あとでねー」

「シュウヤ眷属たちによろしく。とくに、選ばれし眷属の方々とは会ってみたい」


 カードを手に持っていたエルザが語る。

 彼女たちの言葉を聞いて片手を泳がせてからアラハと視線を合わせる。


「潜るぞ」


 と、発言。

 ペルネーテに一時的な帰還だ。


「はい……」


 アラハの手を握りながら二十四面体トラペゾヘドロンのゲートを潜った。

 その直後、


「――シュウヤ! 血文字で聞いてから急いで準備を整えたんだからね」


 レベッカの装備は確かに整っている。

 紅色と黒色の羽系が綺麗な上服ムントミーを装備。

 魔力を通しているのか、ベールが出ている。

 そして、拳に蒼炎を宿していた。


「おう」

「ん、シュウヤ。わたしも準備を整えた。お店も新しい売り子を雇った。もう大丈夫。あと、ママニたちも、もうすぐ来る」


 エヴァもムントミーの装備だ。

 紫色の羽織物を身につけている。


「サザーも興奮していたようね」

「ん」

「……サザー……」


 レベッカとエヴァの言葉を聞いたアラハは胸元に片手の内を当て……頭部を俯かせる。

 だが、すぐ頭部を上げて俺を見つめてきた。

 その顔色は、切なさもあるが良い顔色だ。

 生きていた妹のサザーの姿を想像するような……。

 愛しげな肉親だからこその持ち得る表情だ。


 早く再会させてあげたいが……。

 血獣隊はまだ迷宮から帰ってないようだ。


「総長、それが吸血王の血魔剣ですね。お見事です……」


 メルも居た。


「総長♪ 吸血王とかなっても総長だからね」

「メルとヴェロニカも来ていたか」

「うん! メルのお父さんも気になるようだったし」


 ザープは両手を組んで隙がないポーズを取りながら頷く。


 俺の腰元に抱きついているヴェロニカ。

 ふがふがと、俺の匂いを嗅ぎながらアラハの小さい手を払っていた。


「ねぇ、総長?」


 小柄なヴェロニカは上目遣いで、目を瞑り、口を窄めてくる。


「何だ……」

「む、空気を読みなさいよ!」


 ヴェロニカさんは怒っている。


「あーヴェロニカ! 先輩だからっていきなりキスはだめよ!」

「ん!」


 レベッカとエヴァも側に来た。

 アラハは圧倒されて、距離を取る。

 背後の出てきた鏡にぶつかっていた。


 そんなパレデスの鏡から二十四面体トラペゾヘドロンが外れる。宙を漂いながら俺の頭部に戻ってきた。


「だって紅月の傀儡兵を壊したのよ! アドゥムブラリという元魔侯爵と合体した、わたしのお気に入りの紅月の傀儡兵を!」

「だから、その代わりにキスを要求しているのね、でも、一番先は」

「ん――」


 そんなヴェロニカとレベッカの言い合いを制したのはエヴァだった。

 先に俺の頬にキスしてきた。


「あぁーー」

「エヴァッ子!」


 そこに、


「にゃおお~」

「ん、ロロちゃん!」


 肩の位置から器用に二本立ちする黒猫ロロ

 首下から小さい二本の触手をキスをしてきたエヴァの頭部に向けて触れる。

 長い黒髪を、なで回して、そのままエヴァの首筋をくすぐる黒猫ロロの触手。


「ん、くすぐったい。でも、わたしもマッサージする!」


 エヴァは少し興奮していた。

 超能力を発動させると、瞳の色と同じ紫色の魔力を腰から足先にかけて展開する。

 そして、俺の肩の上に浮かぶエヴァ。

 スカートがひらひら揺れてパンティさんが……。


 そんな浮いているエヴァの姿を見たアラハは、エヴァの姿を見て驚くというよりも、


「わぁ……」


 と、感激したように言葉を漏らした。

 エヴァの細い金属足は綺麗だからな。

 そして、あの金属足はミスティとエヴァの合作で特別だ。

 車椅子からセグウェイタイプ、そのセグウェイから足に変化もできる。


 彼女の金属足は日々改良しているようだ。

 前と踵の部分が少し違う。


「わたしに触手のお豆ちゃんは寄越してくれないの?」


 と、斜めに顔を傾けながら語るレベッカ。


「にゃ~」


 触手の一つが子供をあやすようにレベッカの金髪を撫でていた。

 そんな身長の低いレベッカは見上げる形で、


「ついこの間、会ったばっかりだったけど、やっぱりシュウヤと黒猫ロロちゃんが居ないと寂しいんだからね!」


 と喋りながら黒猫ロロに向けて白魚のような手を伸ばす。

 黒猫ロロは迎えるように小さい鼻先を突き出した。


 小鼻と白魚のような指がタッチング。

 ツンツクツンと、鼻先の感触を指で楽しむレベッカさん。


 黒猫ロロは、ふがふがふが、と、一生懸命にレベッカの指の匂いを嗅いでい

 た。

 小さい口牙をじりじりと噛むように口を小さく広げながら……鼻の孔を拡げて窄めるを繰り返す。

 紅茶の匂いを嗅ぎ取ったかな。

 血の臭いか、それとも、グルブル流稽古の汗の匂いを感じたか。


「ふふ、血の臭いが気になるのかな、アジュールとの稽古で傷を受けたから」


 紺碧の百魔族と模擬戦をやっていたようだ。

 近くでヴェロニカがマギットの鼻先に向けて指を向けているが猫パンチを喰らっている。


「……シュウヤ殿。樹海の南部に展開している白色の貴婦人の脅威についてだが……」


 その声は魔人ザープだった。


「ザープ。白色の貴婦人について、何か知っているのか?」


 彼は頷いた。

 腰に差している魔刀は彼の武器か。


 そして、自身の能力を示すように掌から血を滲ませていくザープ。


「知っているというより、もしかしたら……の範囲だが」

「気になる。どういうことだ」

「……ミスラン塔を本拠とした知恵の神イリアスを信奉する【輪の真理】の九紫院のことは覚えているな?」

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