四百六十二話 吸血王の証し

 

 せせら笑う声は鐘の音でかき消えた。

 同時に巨大な坂茂木に突き刺さっていた者たちが一斉に俺に対して振り向く。


『素晴らしい<血魔力>の素質だ。名を聞かせてくれまいか』


 直接、心に響く声だ。

 先ほどの笑い声は彼らなりの喜びの声か。


『シュウヤ・カガリ』


 と、素直に思念を伝える。


『シュウヤよ。ソナタを吸血王と認めよう。吸血王サリナスが使用していた血魔剣アーヴィンをシュウヤに託す。皆もいいな?』

『異議なし! しかし、血内道は弾かれた』

『我の血月陰陽も弾かれた』

『シュウヤは強き光の力もあるがゆえ仕方がない』

『そうだが、我の血魔力も足らなかったということだ。そして、これほどの闇の血魔力はそうはいない。我の芯を引き寄せる者なぞソレグレン派の数千の古き血脈の中でも……指で数えるほど』

『一人は、血魔剣の加工と髑髏の杯の加工に成功し、古き血脈の道を新たなイモータルへと残すことに成功した金髪の血賢道魔導師アーヴィン』

『二人は、偉大な吸血王、金髪のサリナス。血魔剣を扱い吸血神ルグナドの眷属たちを含めた数々の戦場を渡り地下都市サリナスを築いた古の吸血王サリナス』

『三人は、血の亡者ヴォーパルを獲得し未知の魔窯を手に入れた銀髪のベルハドラ』

『四人は、血文王電を獲得し闇雷ルグィを操る血剣術の達人、黒髪の東郷醍三朗』

『……ベルハドラはまだ生きてるようだぞ、アーヴィンの髑髏の杯に反応があった』


 そのタイミングで微かな間が流れた。

 アーヴィン、サリナス、東郷さんの三人は死んでいるようだ。

 東郷さんは確実に日本人だろう。


『ふむ。我ら四人だけの意識が覚醒したように血の相性もあるだろう。血内道と血月陰陽の習得は無理だったようだが……我の扱う血獄道の一端を習得してくれたようだ。嬉しく思う。だから、この者を弟子と認めよう。新しき血獄道の魔術師シュウヤよ、吸血王と名乗るが良い。今は朽ちている地下都市サリナスを再建するもよし、地下に新たな血獄道の一派を作り上げるのも良いだろう』


 血獄道か。

 戦闘職業に<血獄道の魔術師>。

 攻撃スキル<血獄魔道・獄空蝉>を得た。


『……相性云々の前に、血道を扱う導師の中で我の実力は一番劣るがゆえ……シュウヤに血月陰陽を授けられなんだ。しかし、レキウレスが語るように、この質を持つ<血魔力>はそうはいない。だから、血月陰陽の名にかけて吸血王と認めよう。そして、血月陰陽は少しずつ学んでくれればいい。アーヴィンの髑髏の杯と血魔剣は融合したのだからな』


 四人の血の導師たちは俺を認めてくれたようだ。

 <血外魔・序>と<血獄道・序>と関連するスキルと戦闘職業を得た。

 先ほどは一瞬でタペストリーの紐を解くように二つの血道の理解ができた。


『血外魔の魔導師でもある若き吸血王よ。かつての吸血王サリナスと血賢道の大魔導師アーヴィンが築いた地下祭壇を巡り、血を捧げるのだ。そして、すべての祭壇に血を捧げし時――我、アガナスの秘鍵書を託そうぞ』

『アガナスよ。それは〝魔道と血道世界の道〟でもある。現在はもう朽ちた地下洞穴でしかないと推測するが……さらには、黒き環ザララープの周囲にある魔神帝国の都市を巡る過酷な旅となるはずだ……』

『だからこそだ。この魂喰らいの儀式を難なくこなしたシュウヤ。ソレグレンの秘宝を手にしたシュウヤ・カガリは、吸血王であるのだからな! そして、我らと同じ吸血神の理を弾くソレグレン派者の末裔と感じたからこその試練である!』

『属性の相性が良かったとはいえ、アガナスは、よほど気に入ったようだ』

『……確かにシュウヤの血と魂の臭いは、地下に息づく血の臭いだけではない。黒き環の魔軍夜行たちとも似ているが……外来の者稀人の血と魂と同じ部類。これは、血外魔と血獄道を獲得した相性の良さも物語っている』


 四人の魔導師が、そう語らう間にも鐘の音が一層強まった。

 視界が再び反転。

 坂茂木に突き刺さっている魔導師たちが点滅した。

 

 迷霧の世界が溶けていく。

 ヘルメと皆の様子が見て取れた。


『にゃおぉ~』

『しんぱい』『じゅつ』『ふしぎ』『きり』『きり』『ま』『ち』『ち』『もえる』『しんぱい』『だいすき』『きり』『あめだま』『ち』『はげろーぶ』『ち』


 相棒の声と気持ちが伝わってきた。

 神獣ロロディーヌが来た。すると、魔導師たちが揺れる。


『……迷霧ごと我らを喰らう黒き獣だと!? ぬぁ、異界の神!? ロ、ローゼス』

『あれは神獣ローゼスか』

『異界の神! ローゼスに違いない。繋がりがあったのか!?』

『ならば、シュウヤ・カガリが我らと繋がるのも頷ける』


 相棒が俺を守ろうと四人の魔導師の精神体に噛みついているようだ。

 俺からは見えないが……。


『導師たちは地下で過ごした古い血脈。ロロディーヌの前身を知っていたか』


 迷霧を食べるロロディーヌの影響もあると思うが、視界が戻りつつあるようだ。 

 もう残り少ない時間と判断するが……。

 消えかかっている幻影たちにルグナドのことを聞くとしようか。


『ロロを知る魔導師たち。吸血神ルグナドの理を弾く者の末裔と聞きましたが、黒き環と関係が?』

『そうだ。神獣を従えている新しき吸血王よ。我はその代表たる存在。外魔アーヴィンの父。アガナスである。黒き環から到来した末裔なり――』


 予想の一つが的中したか。


『理を外れたヴァンパイアたちか』

『その通り、もう時間が無いが、これを見るのだ――』


 串刺しの魔導師たちの魂のような精神体が降りかかってきた。

 避けようがないが、幻影、魂だ。俺と魔導師たちの幻影たちが重なった瞬間――。

 目の前に闇と紅色が重なった目が無数に出現し、鐘の音が響くと消えていく。

 同時に幾星霜とした地下世界で起きた争いが走馬灯のように流れていった。

 地下都市の戦いの一つで少し、映像が止まる。

 血の魔導師たちの黒い影が躍動するように魑魅魍魎の怪物の群れと戦っている。当時は四人以外にも他の魔導師がいた。

 ――彼らが、ソレグレン派か。

 血礫、血剣、血槍、血の雨が滂沱のごとく怪物たちに降り注ぐ。


 地下都市というか砦を守っている方がソレグレン派の魔導師たちか。色違いのローブを着た吸血鬼集団も居た。

 平和な時もあったのか、多数の吸血鬼が集まり<血魔力>と秘宝を用いた知識の交換をしている儀式が祭壇で行われている。

 

 場面が変わった。

 色違いの吸血鬼ヴァンパイアとソレグレン派と集団戦が映る。


 吸血鬼ヴァンパイア同士での争いは十二支族と変わらないようだ。

 ソレグレン派と戦う色違いのローブを羽織った吸血鬼ヴァンパイアの中に、鬼仮面をかぶった武者が居た。

 

 彼か彼女が不明な武者の吸血鬼が――。

 一刀、二刀と、魔刀を揮うたびにソレグレン派の魔術師たちの身体が両断されていた。

 強いが、ソレグレン派の血の魔導師たちも血剣と血槍を用いて対抗。


 戦いは引き分けに終わったのか、互いの地下都市へと引き上げていく。


 また、場面が変わる。

 今度は、血の魔導師たちと魑魅魍魎の怪物たちに移る。

 時代が変わったのか、血の魔導師の装備品が変わっていた。


 そして、他の地下世界の戦いも重なるように映るから混乱する。

 時々、俺が立つ陶器製の机と血色の十字の形をした柄の血魔剣が映っているし……。

 額に伸びている血の光は眩しい。

 ロロディーヌの声も響くから、なおさら混乱した。


 その直後、広い地下の洞穴で行われていた戦いの映像が安定した。


 かつて、俺が地下を放浪したような場所が映る。

 骨という骨が作る光景はまさに骨の海。

 地下に広がる大回廊。

 ドワーフのロアはグランバの大回廊と語っていたっけ。


 そんな場所で、怪物と戦うドワーフとノームにエルフとダークエルフたちの集団が居る。

 ダークエルフたちが多種族と仲が良いことは意外だ。

 しかし、前にヴィーネと一緒にダウメザランの酒場で情報を得た時、ドワーフもノームも居たことを思い出す。


 戦っているダークエルフの集団はどの魔導貴族か分からない。

 一際、戦いで活躍しているダークエルフが居た。

 当たり前だが、銀髪の女性だ。


 黒天鵞絨の仮面が似合う。

 腕か肩の位置から触手を一対伸ばした特殊ローブを着たダークエルフ。

 

 自身を複数に分かれた、分身か。仙魔術?

 ヴィーネのような機動剣術から<導魔術>で操作した浮かぶ魔剣を振るい回しながら、己の魔剣で魑魅魍魎を両断。

 左と右にいた魑魅魍魎のモンスターを袈裟斬りと逆袈裟斬りで斬り捨ては、前方にいた魑魅魍魎のモンスターに飛び掛かりながら上段から振り降ろされた魔剣により、魑魅魍魎のモンスターを一刀両断に処した。

 そのダークエルフに群がる魑魅魍魎のモンスターを魔剣から一閃スキルを繰り出して複数の魑魅魍魎のモンスターを薙ぎ倒すと、左手から<投擲>系の礫魔法も周囲に飛ばしていた。魑魅魍魎のモンスターの体は瞬時に蜂の巣となる。

 戦いが終わると、そのダークエルフが仲間たちへ指示を出す。


 すると、魔剣を扱う強いダークエルフは懐からボウルのよう物を取り出し、頭上に翳した。

 翳した手、いや、ボウルから光が集積し発光する。パレデスの鏡を用いている?

 扉のような形の光が出現した。周囲で戦っていたダークエルフたちが、その光の扉の中へ潜って消えていた。

 ワープ、転移魔法か。パレデスの鏡のようなアイテムかも知れないが魔法に見えた。


 パレデスの鏡と似たアイテムなら、かなり貴重なアイテムだと思うが、似たようなワープが可能なマジックアイテムはあるってことだから、案外入手はし易いのかも知れないな。

 過去のローゼスの映像でも、それらしき転移魔法を使っていた。

 すると、違う地下戦場の場面に変わった。肌が白いエルフたちだ。

 彼らは魔術師か。白いローブと大杖を使い詠唱。

 黒き環の手前で、環から出現したばかりのモンスターに岩魔法を集結させて押しつぶす形で狩り続けていく。


 その近くにアキレス師匠と同じゴルディーバ種族を見つけた。

 頭部に角を生やした槍使い!

 その姿を見て、思わず、追い掛けたが洞窟の影に消えてしまった。


 そして、毛むくじゃらの大柄獣人センシバルとラゼールが殴り合いの喧嘩をしている場面に変わる。

 ノイルランナーの種族がその喧嘩を止めに入ったところで、また違う戦場に変わった。


 うは、いきなり重厚な破裂音。

 ノームの身体が木っ端みじん。


 アムを知るだけに見たくないが、映るから仕方ない。

 ノームとドワーフの連合軍が戦うのは、巨大な怪物だった。


 その巨大な怪物は、猿の頭部を二つ、胴体は四つの長腕を持つ。

 長腕に絡めた数珠を縦横無尽に振り回し、壁や岩を切断しながら新しい洞穴を作るように扱ったとんでもない化け物。


 しかも機械の多脚で尋常じゃない移動速度。

 ドワーフたちは未知の言語魔法を唱えてエレメンタル系の精霊を召喚。

 対抗していくが分は悪い。


 結果、ドワーフとノームたちは全滅した。

 地下都市が丸ごと一つ一匹の巨大な怪物に蹂躙という形。

 死骸に群がる小バエ……。

 凄惨な光景は目をそらしたくなった。


 その瞬間、また違う戦場の映像に移り変わる。

 ノームとドワーフだ。

 生きていたようだ。逃走している。

 だが、逃げなきゃいけない時に仲違いしているグループも……。

 一緒に協力して闇色の大虎のようなモンスターと戦うグループもある。


 いいところで、違う場面となった。

 機械の姿に近い神界側の戦士たちだ。

 ブーさんのような神界の方が、人族、エルフ、ドワーフたちを地上の方に誘導していく。


 そこで、また、視界が移り変わった。

 今度は今までと違う。

 地下を真上から眺める俯瞰の視界となった。


 戦っているのは地底神ロルガ。

 さらに、そのロルガと戦う複数の地底神たちと定命な多種族たちだ。


 無数の骨の手を持つ人系の地底神と思われる膨大な魔力を持つ存在が、闇の手裏剣を繰り出してロルガに浴びせていた。

 その地底神ロルガらしき存在は、闇蜂の複数同時の攻撃を展開。


 ロルガは自身が従えている化物たちにも攻撃を浴びせている。


 天凜堂の戦いで蜂の攻撃を皆に繰り出していた光景を思い出す。

 反対の方向では、頭部に茨の冠を持つ軟性の身体を持つ大柄怪物が触手網をロルガの闇蜂に喰らわせていく。

 

 一方で八本腕と四つ足を持ち横壁に張りつきながら、ロルガと人族集団を襲う大怪物も居る。しかし、地底神同士でも仲が悪いのか……。

 またそこで、時が移り変わる。再び、血の魔導師たちが戦う場面に戻った。

 最初に見た時と違う。

 もうかなりの血の魔導師たちが死んだのか、数が少なくなっていた。

 彼ら血の魔導師たちは、軟体の多脚を持つモンスターに囲まれていた。

 血の魔導師は、今も数が減っていく。血剣を振るって軟体の多脚を持つモンスターを倒していたが、頭部を軟体の触手に貫かれている。

 血の魔導師たちの仲間が次々と死んでいく。

 骸が重なり魂の螺旋が渦となって宙を駆け巡る。そんな中、魂の螺旋を食うように魔毒の女神ミセアの幻影が彼らの頭上を覆う場面が映った。

 が、美しい黒い袖を着た踊り子が舞いながら次元を裂くように刀を振るう。

 刀は血色。彼女も血の魔導師の一人なのか? 

 魔毒の女神の幻影は悲鳴を上げながら消えた。

 が、切り裂かれたのは本当に空間と地下だけではなかった。

 裂かれた一部の次元が周囲の大気ごと物質を急激に吸い込んだかと思うと、そこからまた違う魑魅魍魎たちが現れて戦いが跋扈する。また光景が変わった。

 時間の概念を忘れるが如く年月が経っていく。地下世界の形も微妙に変わるようだ。

 血の魔導師だった無数の骸が重なり、地底に骸の道を作る。

 地底の底の底に還った血肉がまた、骨のモンスターを生み出していく。

 小さい砦の映像に切り替わると、そこでまた映像が安定した。


 そこにローゼスが映った。

 黒き環から無数の怪物たちが出現していく。

 熊、蜥蜴、蜘蛛、蟻、頭部が長細く眼球が納まる眼窩が深い頭部を複数持つエイリアンのような奇形生物たちを次々に屠る神獣ローゼス。

 神獣ローゼスの双眸は紅色と黒色。

 長い髭と体から無数の触手を伸ばしていた。

 美しい天鵞絨を纏うように地下で躍動しているローゼス。

 過去に見せてくれた映像が蘇ってくる。

 長い尻尾でエイリアンを吹き飛ばし、近寄ってきた骸骨騎士を頭から喰らい、前足で踏み倒す。跳躍して、宙から地下を彷徨うスケルトンたちに向けて火炎を吹いて、敵を一掃していた。四肢の着地で、軟体モンスターを踏み潰す。

 犀の角を持つ怪物から攻撃を受けて、胴体に角が突き刺さってしまうが構わず突進。

 壁に肉体を押し当ててから、分厚い胴体で犀の角を持つ怪物を体重で圧殺する。


 その肉体プレスの光景は凄まじい。

 そして、ヘルメではないが立派なお尻だ。


 雌の証拠と立派な菊門はロロディーヌにそっくりだった。


『にゃおぉぉぉ』


 ロロディーヌも鳴いてきた。

 触手を伝ってロロディーヌも俺と同じ幻影を見ていたようだ。

 そんなロロディーヌの声が鐘の音のごとく響き渡ると地底の壁に血と影と魔法の煌びやかな色が刻まれる。幻影世界はさらに薄まった。


『吸血王よ。さぁ、血魔剣アーヴィンを受け取れ――』

『新たな名前はシュウヤが決めるのだ……』

『……時は満ちた』

『満ち足りた』

『『真っ赤に熟した血の稲穂なり!』』



 そんな魔導師たちの声が響いてから幻影は完全に消滅した。

 目の前に映るのは、髑髏の杯が十字柄の表面に合体している血魔剣アーヴィン。

 俺の額に突き刺さっていた光が柄に吸い込まれていく。

 今も、相棒の触手は俺の首に付着した状態だ。

 お豆型の触手と、相棒の愛くるしい双眸が見える。

 心配そうに首を傾げながら見つめてくる相棒、黒豹の頭部を自然と撫でていた。


「ロロ、心配をかけたな」

「ンン、にゃおぉ~」


 黒豹ロロは両前足を持ち上がるように二つの後脚で立つ。

 黒豹ロロの体に腕を回して抱きしめる。

 ――よしよし、と、ふさふさな黒毛を撫でていく。

 

 ――左の前足に、相棒とは異なる肉球の感触と擦られている感覚を得る。そう、黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミだ。

 大虎から猫に戻っていた。


「「閣下!」」


 沸騎士とヘルメの言葉がハモる。


「シュウヤさん!」

「シュウヤ!」

「戻ったのですね、一瞬でしたが、血の目は怖かった」

「あぁ、ごく短い間だったか。俺は長く感じたが」

 

 と、返事をしながら、皆を見る。名前を付けていいといわれた血魔剣アーヴィンを見た。

 さて、引き抜くとしよう。モーブ色、紫色に近い柄を握り一気に引き抜く――。

 

 重さはまぁまぁだ。魔剣ビートゥに近いか。

 天に血魔剣をかざすように、頭上へ掲げた――月光で剣身を確認。

 月明かりに反射した剣身から微かな金属音が響く。

 そして、血魔剣が俺の魔力と呼応。

 同時に十字形の髑髏柄の左右からプラズマを彷彿とさせる血の炎が出た。

 ブゥンとムラサメブレードに近い音も響く――。

 この柄の両端から飛び出ている炎だけで攻撃ができそうだ。

 柄の髑髏の双眸から二つの血の炎が迸っているが、その炎が別種の生き物のように蠢きつつ、俺の腕から肘にかけ、とぐろを巻いていく。すると、血魔剣の剣身が煌めく、赤い鮮烈な色合いとなって剣身を一新していく。美しい血の剣となった。


「――閣下、おめでとうございます」

「おう。名前はアーヴィンの血魔剣だ。そして、新しい名前は俺が決めていいらしい」


 黒豹ロロが俺の持つ血魔剣に噛みつこうとしたから横斜めに持ち直しつつ、ヘルメに語る。ジョディに視線を向けると、ジョディが、


「あなた様……吸血王としての証しを……素敵です!」


 呆けたような表情から、急に力強さを増して、投げキッスを寄越してくれた。

 繊細な表情を持つ美人さんのジョディなだけに、ドキッとする。


「――お胸がどっきりんこ!」


 水のカーテンにまだ生えていたヴェニューがそう叫んだ。

 胸の位置から心臓のマークの水滴を飛び出させていた。

 可愛いかもしれない。


「ふふ、お胸がどっきりんこ!」


 ヘルメも独特のポーズを取りながら叫ぶ。

 胸元にハートマークを作っていた。片目を瞑りウィンク。

 可愛い。沸騎士から墓掘り人とツラヌキ団たちを見ていくと、肩に乗ってきた黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミが、血魔剣に猫パンチを繰り出そうとしてしてきた。


「ということで、女性陣たち、風呂に入ったらいい――」


 と言いながら、爪先回転。横に回転機動を維持し黒豹ロロと一緒に着地したが尻尾を足に絡めてくるからこけそうになった。

 その悪戯娘の相棒さんは、悪ぶれもせず、黒豹から黒猫に姿を小さくさせながら左前足で俺の足を軽く叩いてきた。叩くのを止めると、見上げてくる。悪戯アピールだから、睨む。


 白髭が可愛くて、睨みは直ぐに終了。

 相棒は、頭部を傾げ「にゃ~」とサイレントにゃ~を行う。


 そんな黒猫ロロからエルザとアリスに視線を向けた。

 もうカーテンは閉じていた。風呂に入ったようだ。


「あったかーい。血の目は怖かったけど、血の儀式は終わったし! みんなもあったかいお風呂に入ろー。シュウヤ兄ちゃんも、入らないのー?」


 アリスの声が響く。


「今そこに入ったらエルザに殺されるかもしれない」


 血魔剣の名前を決めないとな。ユイに連絡もしよう。

 あ、古代狼族の方に説明しないとだめか。

 ヒヨリミ様は忙しいから、黒衣の侍女集団がやってきそう。


「……はは、うむ、同性なら見せてもいいがシュウヤは、まだ早い。それに……わたしの素顔を見せる勇気はない」


 エルザは、うわずった声だ。

 『まだ、早い』とすると、まんざらでもないのか。


「エルザの左腕に棲むガラサス以外の姿は、正直、気になるが……ほら、見ていないで、ツラヌキ団たちもオフィーリアも入ったらいい」

「あ、うん」


 血魔剣を握る俺の姿を、ジッと見つめ続けていたオフィーリア。

 彼女と視線を合わせると、急に照れたように視線をそらす。

 そして、また俺を見てくる。

 

 頬が少しだけ赤くなっていた。


「あ。胸元に刻まれたという白色の紋章のせいで風呂に入れないとか?」

「ふふ、大丈夫です。それじゃ遠慮なく。皆! わたしたちも入ろう!」

「はい!」

「あのエルザという大剣使いの顔が気になる」

「了解~。岩風呂の方は、タンダール式と違うようですよ!」

「では、わたしも!」

「わーい、ノイルランナーたちおいでー」

「それじゃ、わたしも……」

 

 ヴァンパイアのイセスも風呂場に向かう。

 ヘルメが作り出した特殊カーテンを、怖々と触ると、湯気が向かってきた。


 勿論、俺は、頭が禿げなおっさんのスゥンさんと同調するように視線がその湯気の向こう側へと向かった。

 が、バーレンティンが机を叩いたことで紳士協定は守られる。


 そのバーレンティンに新しい<血外魔・序>から暁の十字剣のことを説明。

 バーレンティンも骨喰厳次郎とロロディーヌを見ながら、答えてくれた。


 ……古代狼族の方がすぐに来ると思ったが来ない。


「エルザのおっぱい、またおっきくなった?」

「いや、変わってないと思うが」

「ふーん、わたしもエルザのようにおっきいおっぱいになるかなー」

「栄養を取って体操をちゃんとすれば、大きくなるさ」

「エルザさんの身体、意外に綺麗ですね……ただ、この左腕が……わたしの……」

『メ、エイヨウ。ヤッコイ、バンザイ――ダ、グフェァ』

「す、すまない、調子に乗ったガラサスを戻させる」


 カーテン越しに悩ましい女子トークが続く。

 ガラサスは何しているんだ……。


 そんな調子の風呂から聞こえる声を楽しみながら……。

 ヴィーネからユイとミスティ、ヴェロニカに血文字で報告。

 風呂に入らず残った男たちで会話を続けていった。



 ◇◇◇◇



『ということだ。ペルネーテからユイのところに向かうつもりだ』

『了解。帰りもちゃんと送り届けてくれるのよね』

『おう』

『なら、待ってる。三刀流、三剣流ともいえるけど、進化した剣術でフォローしてあげるから』

『ありがたい』

『あ、でも父さんはどうだろう。今も難しい表情を浮かべて聞いているけど』


 そこでカルードに血文字を送る。


『カルード。俺はそちらにいく』

『マイロード。お待ちしています。しかし、アドリアンヌが……未知の探索術を使いますから、マイロードの存在に気付く可能性が……』

『いいさ。同盟相手だ。で、接触してきたパイロン家のエリザべスはどうした?』


 会えたら会うが……。

 神獣ロロディーヌの速度についてこられるとは思えない。


 それにユイとカルードたちを連れてサイデイル村に置いた鏡にワープするつもりだし。


『ユイと接触してから何事もないです』

『鴉さんは元気かな』

『あ、はい……』

『父さんはね、眷属に……』

『あ、ユイ』


 鴉さんを眷属にしたかな。

 ま、その方が安全だろう。

 暴漢はどこの都市にも居るからな。


 すると、女性陣が風呂から出た。


 気になっていたエルザの表情はマスクで見えない。

 ただ、後部のマスクを止める紐が解かれて、首筋とデコルテに掛かっている。

 それが女として悩ましく見えた。

 

 そして、エルザ自身が髪の毛を梳かしているところは見えなかったが……。

 寝台の横で、アリスのネコ耳から流れている髪の毛を梳かしてあげていくエルザの姿を眺めていく。


 やはり親子なんじゃ? 

 と思うぐらいに親密そうだった。

 時々……バーレンティンたちと会話をしながらも、エルザたちの会話を耳に入れた。

 バーレンティンは黒猫の姿になっていたロロディーヌが近付いてきたのを見て、おそるおそる、手を伸ばしていた。


 なんで、おそるおそるなんだ?

 と思ったが、ロロが可愛すぎるとあーなるんだと学ぶ。

 

 墓掘り人たちはそれを見て、唖然としていた。

 バーレンティンのあまり見たことのない表情なんだろう。


 すると、

 

「……白色の紋章ってこわいね。でもさ、わたしがこのネックレスを使って触ったら……」

「だめだ! 絶対に、その力を安易に使っては位置がばれてしまう。それにアリスが苦しむ必要はないんだぞ」

「うん、でも……」

「あの子たちと仲良くなったのは知っている……だが、もうアリスが苦しむ必要はないんだ。シュウヤが居る。そして、あいつの仕事を見ただろう? 血魔剣にまだ名前をつけてないが、迅速に手早く動く槍使いを……」

「うん。あ、エルザ。好きになった? 声がいつもと違う」

「あ、え、ち、違う」

「ふふん、もう、わかりやすい~。エルザ~ん」

「……アリス」

「ごめん。それで、貴婦人を倒すことに協力するの?」

「そうなるだろう。シュウヤが許可してくれたらだが……」

「うん、シュウヤ兄ちゃんなら大丈夫。わたしも、もふもふの神獣様ともっと仲良くしたい。アラハちゃんとセロちゃんとも!」


 といった話から……謎なネックレスのこと。

 黒教皇が何とかとか。

 東亜寺院が心配だが、一桁エリートがここまでくることは不可能とか。


 色々と気になることを話していた。

 すると、魔素の反応を廊下の方から感じた。


 黒衣を着た古代狼族の方だ。

 この秘宝、血はもう滴っていないが、血魔剣のことか。


 名前はまだ決めていないが……。


「あのぅ、この剣ですが……」

「ああ! それは……秘宝の吸血王サリナスの血剣!!」


 と、食事を持っていた古代狼族の方に説明。


 秘宝を失い騒ぎになっていたが、自立的に動いた秘宝だからどうしようもないと。

 ヒヨリミ様が騒ぎを抑えたようだった。

 ということで、ヒヨリミ様に俺が手に入れたことを伝えてくれと頼み、この話は終了。

 

 その説明の間にも、食事が次々と運ばれてきていた。


「……んじゃ、皆、腹が減っているだろう? ゲストな俺が言うのもなんだが、食事にしようか」

「風呂上がりだし、ちょうど腹が減っていたところだった」

「うん!」


 エルザとアリスがそう語り、大きい机のあるところに歩いてくる。

 

「わ、やった。捕まった時、お菓子、まだ食べていた途中だったから」


 と、ツラヌキ団のメンバーが語り、

 

「わたしたちは必要ないが」

「ま、食えるから食っとく」

「美味しそうだからな、血以外でも食糧確保は大事だ。ま、地下は地下でまた違う味があるんだが」


 大柄のロゼバトフが、顎髭をかきながら語る。


「ロゼバトフはドワーフの地下都市に詳しいからな、ま、血があれば、最高なんだが」


 墓掘り人たちもそう語る。

 

「わたしたちの血は吸わないでくださいよ?」

「白い紋章が反応したら大変です」

「墓掘り人たち、正直まだ怖い、とくにキースさん」


 といったようにツラヌキ団と墓掘り人たちは、まだ打ち解けていない。


 そんな空気を壊すように古代狼族の方は笑顔を意識してくれた。

 黒衣が似合う古代狼族。

 机の上に料理を盛った陶器の皿を並べていく。

 陶器製の巨大な机だから、皿も合う。


 美しい銀梨子地ぎんなしじ風の皿もあった。

 幾何学模様と狼の絵柄を合わせたようなデザイン。


 こちらの方の大皿の縁模様は植物と葡萄がモチーフ。

 廊下を歩いていた時に出現した房が特徴的なフルーツの絵柄だ。

 

 次々と色々な絵柄模様が美しい皿に盛られた美味しそうな食事が机の上に並んでいく。

 高級宿のような宿泊施設も良いし、料理も特別。

 ヒヨリミ様は、俺たちに恩を感じ報いたい想いが強いのかな。

 宝物庫といい、この部屋の天井といい……。

 派手に壊してしまったが、ハイグリアも居るし、なんとかなるだろう。そのハイグリアは五日後の番の準備で色々と忙しい。

 死者の百迷宮の狩りに出ると聞いた。大狼幹部会もあるとか。


 大丈夫か? と思いながら黒猫ロロからお手を教わっていたバーレンティンに、


「……バーレンティン。食事はどうだろう」


 と彼にも美味しそうな食事を勧めてみた。

 バーレンティンは腰ベルトに備わるベルトのファスナーを外して、

 

「はい。ですが――血の補給はここにありますので」


 と中身を見せてきた。

 耐衝撃性能がありそうな綿の中に詰められた血の瓶が入っている。

 その際、黒猫ロロから肉球パンチを腕に浴びていた。


「血か。食事は嫌いではないだろう?」

「そうですね。舌はあります」


 と笑うバーレンティン。

 黒猫ロロの肉球アタックを受け続けていた。


「おう。なら、仲良くなった機会だ。団欒タイムといこうか。まだまだダークエルフのことで聞き足りない様子のヴィーネだ。彼女と連絡を取りながら、俺も他の選ばれし眷属たちと、まだ話をしていないことで連絡を取る、ママニとサザーには伝えたがな」

「承知」

「そして、ツラヌキ団とも、もう少し打ち解けてくれると助かる」

「はい。彼女たちの血は吸いませんので大丈夫ですよ」

 

 と、バーレンティンはにこやかに語る。

 だが、オフィーリアは微妙な面を浮かべていた。


 ヘルメは、その対応を見て笑っている。


 机に集まった皆と一緒に食事をしながら血文字で眷属たちと連絡。

 

 ヴィーネとも、再び血文字で連絡を取った。

 ヴィーネは幼い頃の訓練の様子と比べるようにラシュウ、バーレンティンに血文字で質問をした。

 すると、俺たちの会話に興味を持った墓掘り人たちが身を乗り出すように俺たちの近くに集まってくる。


「……血魔力も色々とあるのねぇ。でも、光魔ルシヴァルは万能だから羨ましすぎる!」


 片手に酒が入ったゴブレットを持つイセス・オーレンドだ。


「あぁ、主は光を持つ吸血鬼。俺たちも歳を重ねた吸血鬼。光に耐性はあるがな」


 と、髪型がモヒカンなサルジンが笑顔で語る。


「まぁね。陽の光を浴びても平気だし、対光属性用の魔道具は豊富にある」

「ふ、俺たちぁ、墓掘り人!」


 サルジンが突如、歌を、


「根掘り葉掘り♪ 地下を彷徨う~」


 イセスが歌う。


「お宝を頂く、墓掘り人!」

「だがだが、逃げる時はぁ~身は、一つ」

「「墓掘り人!!」」


 突然、墓掘り人たちの変な歌が始まった。

 モッヒーことサルジンが中心となって、彼が獣らしく雄叫びを上げて、アリスが悲鳴を上げるという結果となったが……。


 和やかなムードで吸血鬼ヴァンパイア会議が続く。

 続いて、ツラヌキ団とリーダーのオフィーリアとサザーの親族アラハがソサリー種族のことを話していく。

 ソサリー種族はノイルの森に暮らしていて優れた知見を持ち、皆を豊にしてくれる不思議な一族でお香の素材集めも得意で、嗅覚を鋭くさせることができる特殊スキルも持つようだ。

 そこから、ぷゆゆと似たソンゾル族とテルポッド族たちと月狼都市ハーレイア、獣人たちが暮らす都市の話をしていった。

 そうしたコミュニケーションを長いこと続けていく。


 では二十四面体トラペゾヘドロンを出すか――。

 パレデスの鏡の回収に向かうべきか……。

 それともすぐにペルネーテの鏡に飛ぶか。

 回収を優先した場合、その向かった先が、貴重な移動先となる可能性が高いんだよな……迷う。

 やはり、ペルネーテかな。

 神獣ロロディーヌの移動速度は速い。

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