四百五十五話 点が線となった瞬間と……黒幕

 

 <隠身ハイド>を解除。

 古代竜の眼球の商品は取らない。

 その古代竜の眼球を封じているような糸も気になったが……。


 ヒヨリミ様の許可を得ているとはいえ……。

 今の俺に、正式な特別捜査権限のようなモノはないはずだ。


 そう思考しながら……。

 黄金色の貝殻、床に転がっているソレイユの涙。

 このアイテムの値段を<鎖>で縛っているトラさんから聞いた。


 その値段を超える額の硬貨をアイテムボックスから取り出す。


 そして、怪盗参上!

 といった気分ではないが――。

 気を失った店主ヘヴィルの周囲に硬貨をばらまいた。


 ヴェニューが肩の上で跳躍を繰り返しては、棒を硬貨へと向け投げると、硬貨にあたった棒は煌めきつつ消えた。

 すると、硬貨の表面に群青色の水が張る。


「ヴェニュー。硬貨に魔法を掛けても意味がない。止めておけ」

「分かった! でも、魔法ではないのだ!」


 と、小さい精霊ヴェニューは偉そうに語る。

 硬貨に絡みついた水は床に硬貨が落ちると消失。


 ということで用心棒の治療代と店の一部を破壊した代金も上乗せしてやった。

 さらに硬貨が散らばる。


 そして、この金貨と銀貨と銅貨の量だ。

 トラさんが必要としているソレイユの涙を取っても大丈夫だろう。


 のちに問題となるかもしれないが……。

 この金の量があれば、盗法、賊法、といった司法と警察を司るような古代狼族の組織があったとしてもある程度の筋道は立つはずだ。


 と、簡略的に判断するが……。

 ここは古代狼族の支配している都市。

 詳しい法律は分からない。

 オセベリア王国にあるような貴族の力で左右する裁判と同じだったりして。


 狼将は群居を持つようだし。

 かなりのお偉いさん的な将軍たちだろう。


 狼将についてはこの都市に到着してから印象がガラリと変わったな。

 前は縄張りを維持して戦いをがんばる棟梁的なイメージで聞いていた。

 しかし、この都市に来る前のダオンさんとリョクラインを副将とした神姫連隊を指示するハイグリアの神姫としての戦場を支配する力を見て……狼将と呼ぶ存在がいかに大きいか想像はできた。


 ま、当たり前か。

 尊敬するダオンさんの祖父でもある狼将。

 死蝶人の頃のジョディと戦い生きているんだからな。

 めちゃくちゃ強いんだろう。


 他にも、裁判官か刑部組織の長官のような存在の狼将も居るかもしれない。

 その長官のさじ加減で裁判内容が変わる可能性もあるか?


 ま、予想しても仕方がない。

 今回のできごとの矛先は女王系君主のようなヒヨリミ様か。

 それに次ぐハイグリア、またはダオンさんか、リョクラインに向かうと思うから、現状、俺が気にしてもな。


 すると、トラさんが、俺の持つ黄金色に近い貝殻をじっと見て、


「それがあれば……リンを」


 と、呟く。が、今は移動を優先。

 <鎖>で縛っているトラさんとオフィーリアを連れて、屋根の上に移動。


 空で待機していたヘルメ。

 屋根に飛び上がってきた俺の姿が見えたのか、空から降りてきた。

 左右に<珠瑠の紐>に捕まっているレネとソプラさんを侍らせている。

 ソプラさんの表情は普通に戻っているが寝ていた。

 姉のレネは起きている。

 彼女は俺の<鎖>にぶら下がっているオフィーリアの姿を見た瞬間、目を見開く。


「……シュウヤ。どうして……」


 その反応、やはりレネの暗殺対象はオフィーリアだったか。


「暗殺しようとした理由は想像できる。だが後だ。ヘルメ、皆のところに戻ろう。相棒も待っている」

「はい、ヴェニューちゃん。戻って」

「了解!」


 俺の肩に居たヴェニューは萎れた鯛をヘルメに投げる――。

 その投げた萎れた鯛の上に某暗殺者のように跳び移ったヴェニュー。

 両手を背中に回し萎れた鯛に乗ってサーフィンを楽しんでいく。

 宙をスイスイと移動しながらヘルメの胸元に向かう。

 ヘルメは腕をクロス。

 双丘の真上辺りに藍色のゲートのような小型の円が縁取られる。


 ヴェニューはそのゲートの中に突入。

 藍色のゲートは渦を巻くように閉じて消失した。


 ヘルメはヴェニューが体内に戻ったことを確認。

 微笑むとヘルメ立ちをしてポージングを繰り出した。


 レネはそのポージングを含む光景を息を飲むように凝視していた。

 銀鼠のトラさんは仰天。

 オフィーリアも驚いていたが俺のことを睨んでくる。


 そこで下の店の中から獣人たちの荒ぶる声が響いてきた。

 鼬獣人グリリの用心棒たちか。

 ヘヴィル商会の手の者だろう。

 あるいは古代狼族の衛兵か。


「そう睨むなよ。オフィーリア隊長。話は後だ――」

「わたしのこと、隊長と……」


 俺は笑みを意識したがツラヌキ団の隊長には効かなかった。


 ……睨みが増すばかり。

 彼女のセルリアンブルーの魔力は綺麗だ。

 睨みを利かせてきても、ずっと、その彼女の表情を眺めていたくなる。


 ま、彼女も、ロロが捕らえている仲間たちツラヌキ団の様子を見れば安心するだろう――。


 屋根の板を走りながら軒から跳躍――。

 宙に作った<導想魔手>を片足で踏みつけ、さらに高く跳躍――。


 両手から伸びている<鎖>で縛るトラさんとオフィーリアの悲鳴が宙に響いた。



 ◇◇◇◇



 森屋敷で皆と合流。

 早速、


「ンン、にゃお~」


 神獣ロロディーヌの触手が出迎えた。

 俺の頬をタッチしてくる肉球付きの触手ちゃん。


 お豆型の触手の裏に備わる肉球の感触を味わった。


『待ってた』『あそぼう』『うさぎ』『美味しい?』『遊ぶ』『好き』『舐める』『おおかみ』『いいにおい』『あそぶ』『にく』『うさぎたべる?』


 と、いった気持ちを伝えてくる。

 最後は大概、肉とか美味しいとか、遊ぶで終わる可愛いロロ。


「はは、ロロ。ただいま。だが、兎人族は食べ物じゃないからな。ヒヨリミ様とハイグリアもお待たせ」


 本棚の近くのソファに座っていたヒヨリミ様は微笑む。

 横に座っている神姫らしい衣装を身に纏うハイグリアの側にリョクラインとダオンさんが控えていた。


 皆、爪の鎧を基調とはしているが、新品の衣装を羽織る形。

 肩章と胸元の一部に狼と月のデザインを施した古代狼族らしい貴族服だ。


「シュウヤ、お帰り! 色々と捕まえてきたようだな」

「待っていました!」

「シュウヤさん。ご任務、ありがとうございました!」

「おう」


 と、片手を上げてハイグリアたちに挨拶。

 手首から伸びている<鎖>から音が鳴り、その<鎖>に縛られているオフィーリアとトラさんが動くが気にしない。


 そのオフィーリアを包む邪界ヘルローネ製の樹木は消してある。

 トラさんに鬼おっぱいと呼ばれたからな……。


 そんなどうでもいいことを思考しながら周囲を確認した。


 ヒヨリミ様の背後では黒衣の衣装が似合うキコとジェスも居る。

 笛を持つ方だ。


 他にも、黒衣を着た楽器を持つ古代狼族の方々が居る。

 墓掘り人たちを睨んでいる狼たちが多い。


 そして、大半が、少し離れた位置でこちらを覗くように静観していた。

 そのヴァンパイアの臭いを撒いている状態といえるバーレンティンと墓掘り人たちは、ヒヨリミ様たちが居る本棚の反対側である右側に集結している。


 俺が注目していた女ヴァンパイアもそこだ。

 彼女は俺の姿を確認すると嬉しそうな表情を浮かべた。


 が、すぐに睨んでくる。

 そして赤髪のサルジンとヴァンパイアなのに頭部が再生しないで禿げているスゥンさんも居る。


 やはり、渋いスゥンには、さんを自然と付けてしまうな。


「帰ったか、で、俺たちはどうなるんだ?」


 と、その渋いスゥンさんが語ると、ジョディを見て怯えていた。

 ジョディと何かあったか? 


 ジョディとの別れ際に……『処断します』と。

 サージュを振るいながら語っていたからな。

 そのジョディは俺の隣に戻ってきた。


「あなた様! お帰りなさい。精霊様もお帰りなさいです」

「おう、ただいま」

「はい。ジョディちゃん」


 ヘルメとハイタッチして抱き合う彼女。

 その両手に巨大な鎌刃のサージュは持っていない。


 ヘルメとジョディがダンス仲間が抱擁するように即興のダンスをした。

 そのまま抱き合う精霊と光魔の蝶。

 なんかエロいが美しい。

 そのジョディの首に巻き付いているイターシャが尻尾と首を立てて俺に向けてお辞儀をしてきた。


『――ふん、イターシャめ、光魔の蝶から魔力を得ているのか? うぅ、裏切りモノ……』


 サラテンは嫉妬。

 というか泣いている?


 そのサラテンの眷属なはずのイターシャを飼い馴らしたジョディ。

 彼女はヘルメと指先を合わせたダンスを繰り出した後……。


 そのヘルメの指先から伸びた<珠瑠の紐>に縛られた状態で、床に座っているレネとソプラに向けて足先のドリルを向けていた。

 そして、黒と白が織りなす双眸でレネとソプラの兎人族のことを睨む。


 さらに、ドリルの足先から魔力を内包した白い蝶たちが姉妹の身体に纏わり付いていく。

 ま、殺しはしないだろう。


 すると、アリスはそのレネの腕から生えている羽毛を触っていた。


 ネコ耳が可愛いアリスは柔らかいモノが好きらしい。


「ふふ、柔らかい毛~。神獣さまの、おなかには勝てないけど」


 と喋る子供のアリス。

 一方、彼女の母的な存在のエルザは……。


 相棒の側だった。


 触手の一つと彼女の左腕から伸びたガラサスの眼球を備えた触手がジャンケンをしている。


『シンジュー、ツヨイ』


 と、ガラサスの不気味な声が響くたびに、ヒヨリミ様の背後でキコとジェスが笛が吹く。


 俺が見ると、ガラサスとの遊びを中断した相棒。

 ロロディーヌはヒヨリミ様とハイグリアたちの下へと移動していった。


 ヒヨリミ様が座るソファ近くの床に、ツラヌキ団のメンバーが並んでいく。

 黒色の触手に捕らわれて、いや、遊ばれていたツラヌキ団のメンバーたち。


 彼女たちのくすぐられている様子を見た。

 オフィーリアは安心した表情を見せる。


 黒装束を着ているとはいえ見た目は小柄獣人ノイルランナーだ。

 ダックスフンド系の子犬と、もふもふな子羊たちが、一緒に仲良く戯れているようにも見えるからな。


 あれはあれでヴァンパイア以上に人を魅了する魔力がある。

 銀鼠のトラさんもオフィーリアの隣だ。

 <鎖>で腕を押さえてある。


 まだ彼にソレイユの涙を渡していない。

 ……さて、皆に状況の報告だ。


「ということで、説明しよう……かくかくしかじか」


 といったように……。

 一通りの行動理由を皆に説明した後。


 俺の話に続いて、観念していたオフィーリアがすべてを告白した。


 ツラヌキ団のメンバーたちもアラハとツブツブを中心に隊長の話と合わせるように告白を続けていく。


 ヒヨリミ様は頷いていた。

 ハイグリアも同様だ。

 リョクラインとダオンさんに耳を貸して色々と話をしている。 


 彼女たちの話は驚きの連続だった。

 ツラヌキ団のメンバー全員の胸元に白い紋章が刻まれている。


「そうだったの。では、わたしたちの秘宝はもう、その人族の手に……」


 オフィーリアとツラヌキ団の話を聞いた兎人族のレネは、そう、呟く。

 そして、ソプラに視線を向けていた。


「次はわたしね、暗殺しようとした理由、まずは弓から……」


 レネが語る。

 オフィーリアを暗殺しようとした話に展開した。


 俺を射た時とは違う魔弓を使ったようだ。

 特別な矢も用意したアイテムだった。


 そして、暗殺しようとした理由は……。


 塔烈中立都市セナアプアから脱する際まで遡る。

 世話になった兎人族の仲間たちのキャラバン隊が持っていた〝兎の羽種〟というアイテムをツラヌキ団のメンバーに盗まれたことが原因らしい。


 さらに、兎人族のキャラバン隊を率いるリーダーは、バーナンソー商会会長シドと知り合いだった。


 そのシド会長の伝で……。

 この都市で活動するツラヌキ団の情報を事前に得たレネとソプラさん。

 オフィーリアが登場する予定となった狐追いレースを会場で待っていたようだ。

 レネの妹のソプラさんも、俺と視線が合った時を思い出しながら語っていく。


 彼女は起きている。

 起きた当初の、ソプラさんは混乱して叫んでいたが……。

 すぐにヒヨリミ様の侍女たちを含めた黒衣の方々が奏でる不思議な音楽を聴いた直後、冷静さを取り戻していた。


 魔力を内包した音楽は心地よかった。

 音叉結界という奴だろうか。音楽療法の魔法かもしれない。


 そんなソプラさんが、


「わたし、殺されても仕方がないのに、ありがとうシュウヤさん。姉の命を見逃した方に弓を引くなんて……わたし、許してもらえないかもしれないけど……ごめんなさい」


 ソプラさんが泣きながら謝ってきた。


「いや、気にしないでくれ。正直、弓使いとの戦いは楽しかった。ソプラさんの足で扱う巨大な弓。あれはバリスタか。そして、両手のクロスボウも格好良かった」

「あ、ありがとう……」


 ぽっと、頬を赤らめるソプラさん。


「えっと、話を続けるわよ。シュウヤ、さん?」


 レネは妹を口説いたと思ったのか、口調が少し違う。


「すまん、続けてくれ」


 そこからバーナンソー商会のシド会長との絡みが続く。

 オフィーリアの魔獣を扱う腕前の情報を事前に得ていたようだ。


「うん。だから狙撃手としての経験から、あの時間、あの場所を選んだのは、今話をした通り。絶好の暗殺場所だったから」


 と、レネは語りながら妹のソプラさんを見た。


「そう。わたしの役割は観測手スポッターを兼ねた狙撃手の護衛の役割があるんだけど、その護衛と観測が必要ないほどの容易な環境だった。気候、地形、偵察、敵兵器の確認、通れるルートの確保といったことのすべての戦術がね」

「評議員とかの要人の援護でもないし」


 レネは妹を見ながら話をする。

 ソプラさんも姉のことを見て、同意するように頷く。


「うん。そして、セナアプア以外の任務は新鮮だったけど、シュウヤさんと、そこの精霊様は、わたしが知る空戦魔導師を超える機動力を持つ強者だった」


 評議員たちが持つ空戦魔導師か。

 塔烈中立都市セナアプア。

 マハハイム川に挟まれる形とはいえ……。

 三カ国の間にある小さい場所が中立を保っていられる主な理由。


 エセル界の権益を含む色々な話をレザライサとした覚えがある。

 彼女はセナアプアに来いと誘ってくれたが……。


 すると、


「なぁ、その、俺に渡してくれないのか……」


 オフィーリアの近くで<鎖>でまだ縛っていたトラさんが、そう呟く。


「ソレイユの涙か、この黄金色の貝殻を、白い狐のアイテムに使うのか?」

「そうだ。リンを解放するんだ。この百皇狐の皮裘かわごろもに封じられている、百皇狐という種族のリンを……」


 白い狐のマフラーは種族なのか。

 妙に生々しいと思ったら生きているのか。

 そういえば、ペルネーテのクリシュナ魔道具店にも 狼か熊の頭部を肩に象った剛毛製のコートが売られていた。


「解放と聞くと、専門のスキルとか、使い方とかあるんじゃないのか?」

「ある。魔力を込めながら、光を帯びた聖なる水を掛ける」


 光を帯びた聖水というキーワード。

 すぐにヘルメに視線を向けると、彼女は頷く。


 おっぱいを意識したヘルメ立ちのポーズを取った。

 ピュッピュッと液体を飛ばしてきそうだ。


「……そうか。俺もその解放に協力できるかもしれない」

「おおお」


 トラさんは嬉しそうな声を上げる。

 すると、話を聞いていたオフィーリアが、


「……ねぇ、バーナンソー商会のシドとはどういった関係なの?」


 と、トラさんに聞いていた。


「バーナンソー……」


 エルザが呟く。

 彼女は聞いたことがあるようだ。


「狐追いレースに出るはずだった。シドは俺を騙した! 強欲野郎だ。そして、賞品に追加した百皇狐の皮裘もシドからレースに出場するだけで貰えるはずだったんだ。だが、急遽、金になると睨んだバーナンソーの奴らは、俺をはしごから外して、捨てたんだ。金のために、儲けのために、店に置いてきたヘヴィルの婆と同じ。胸くそ悪い奴らだよ! そして、リンを封じたのも、元々はあいつらが雇った傭兵たちの仕業だ! こんなアイテムにしやがって……あの野郎……」

「……え、ちょっと待ってよ。そんな話聞いてない。わたしはシドに『貧困に苦しんでいる獣人たちが居るから君がレースで勝てば、一つの村が救われる』と聞いたんだけど……」

「……シドは一見、立派な商会会長だからな。そして、その村は、本当に救われたのだろう。どす黒い渦に巻き込まれた生命の汁を吸い取った汚い金でな」


 汚れちまった悲しみにってか。


「そ、そんな……わたしは騙されていたの……」


 オフィーリアは項垂れる。

 レースで勝った時の表情とは雲泥の差だ。

 ツラヌキ団の隊長の面影もない。

 <鎖>に包まれた黒色のマントも小さく萎縮したように見えた。


「……獣人って奴はぁ、大概、第一印象と、その語り口と肩書きで信用を決めちまうもんだ。仕方ねぇよ、元気だしな。お嬢ちゃん」


 オフィーリアを慰めるトラさん。男だねぇ。

 人族だろうが、その辺は皆、同じだろう。


 最初の印象で決めてしまうことがほとんどだ。

 っていうか、そのトラさんも<鎖>で雁字搦めの状態だが。


「でも、わたし……」

「俺のことは気にすんな。リンを助けてくれるようだしな、この兄さんは悪者じゃねぇぞ」

「ところで、リンの種族、百皇狐とは……」


 と、トラさんに聞いていた。


「百皇狐は、樹海でも珍しい種の一つなんだ。だから、狙われた」

「へぇ、珍しい種か。ポルチッドなら知っている」

「珍種の樹海獣人か! 術神アブクルを信奉していると聞いたことがある種族。見た目は他の樹海獣人と変わらないようだが……」


 銀鼠獣人こと、トラさん。

 小熊太郎のぷゆゆのことを少し知っていた。


 俺は<鎖>を消去。

 ヘルメにも合図しながら、トラさんに歩み寄り、黄金の貝殻を手渡した。


「ありがとう、しかし神聖な水が必要か」

「大丈夫だ。魔力を込めていいぞ、トラさん」

「お? 分かった」


 黄金の貝殻ソレイユの涙に魔力を込めたトラさん。

 下に重なるように置いた百皇狐の皮裘かわごろもにも魔力が伝わると、瑞々しい人間的感情を爆発させるようなヘルメが、


「ふふ――ぴゅっぴゅっですよ!」


 と、興奮した口調で、言葉を発しながら指先から勢いよく水を出す。

 常闇の水精霊ヘルメとしての気合いと愛を込めた光を帯びた水が、二つのアイテムに掛かった瞬間――。


 ボンッと音が鳴り響く。

 同時にぼあぼあと煙が発生――。

 煙は、翅の粉が散ったように周囲に広がった。

 だが、瞬時に水が掛かった場所へと収斂するように渦を巻きながら消失する。


 煙は消えたが、化粧の香りは周囲に満ちた。


 二つのアイテムは消えちゃったけど……。

 アイテムが消える代わりにそこに現れたのは……。


 白銀の色を持つ狐系の人型だった。

 青痣のようなアイラインに細い目。

 光彩は宝石が砕け散ったような多彩な光が乱反射し怪しく輝いていた。

 鼻は少し高い。

 唇も目と顎と同じく小さいが、深紅の鮮やかさを持つ。


 かなり美形な狐さん。

 みちみちた生命力を感じさせた。


 衣服もアンチックな肩とは対象的な煌びやかな白銀色と混ざるようにエメラルドグリーン色の衣を羽織っている。


 真珠のような清浄な胸。


 そして、種族の特徴だと思うが長さを持った尻尾がたくさん生えている。

 尻尾の数は百ぐらいありそうだ。

 これが百皇狐の種族という意味か?


 足はそんな長くないが……。


「おぉ」

「なんと……」

「……樹海の珍種族ですね」

「リン! 戻れたか!」

「あ、トラさん? わたし……封じられて……」

「こんにちは、リンさんでいいのかな」


 と、話しかけてみた。


「はい。こんにちは、貴方は?」

「俺はシュウヤ。トラさんが、リンさんを封じられていたアイテムから解放するのを手伝った者です。悪者ではないでご安心を、この場の皆もそうです」

「そうですよ。リンさん。こんにちは、お腹は減ってませんか?」

「あ……減ってます……」

「ふふ、トラさんとは積もる話もあるでしょう。食事を用意させますので、トラさんとリンさんはあちらの部屋に……」


 ヒヨリミ様の言葉を受けた黒衣の方が数人近寄ってくると、リンとトラさんを誘導していく。


「シュウヤさん、あとでちゃんとお礼をするからな」

「あ、わ、わたしもです!」


 トラさんとリンは隣の部屋に移動していく。


「百皇狐の種族とはな……」

「はい」

「しかし、ヘルメ。良くやった。やはり水の精霊としての力は凄い」

「ふふ、ありがとうございます!」


 闇属性と水属性のヘルメ。

 仙魔術の魔力に直近で与えた俺の魔力を得て、体内に元々居たような感じだったが、ヴェニューを発現させた。

 だから、そういった独自の進化した精霊力の効果でリンを助けることができたんだろう。


 単純に、光神じゃなく水神アクレシス様の力が作用したのかもしれないが。

 だから『ありがとうございます』と水神様にお祈りをした。


 その直後、周囲から水の気配を纏った風が発生した気がしたが、気のせいだろう。


 と、水を感じつつ考察を続けながら皆と色々と話をした後……。

 その皆の話を聞いて納得したヒヨリミ様。


「……シド会長の件はこちらにも落ち度があるようですね。そして、オフィーリアさんの話には同情を覚えます。すべては、その白い紋章を操るケマチェンとフェウの仕業でしたか……」


 ヒヨリミ様がそう語る。


 皆が、頷く。

 ダークエルフのバーレンティンも頷いていた。


 地下で活動していた墓掘り人たち。

 だからヴァンパイアたちは直接、この地上の事件に関与はしてないと思う。 

 たまたま、宝物庫に突入してきただけ、なはず。


 だが、バーレンティンの様子だと少し違うようだ。

 神獣ロロディーヌを見ている視線が、どうにも気になる……。


 そして、彼はダークエルフ。

 地下都市ダウメザラン。第三魔導貴族エンパール家の出身だ。

 <筆頭従者長>ヴィーネの故郷出身。


 だからヴィーネに血文字で連絡しながら彼とその件について、話をしたいが……あとだな。


 そして、オフィーリアの話と。

 ツラヌキ団たちの胸に刻まれた白い紋章と。

 ケマチェンとフェウという名前の人族たちから、あることを思い出した。


 聖ギルド連盟のアソル、デルガル、リーンが追っていた連中の名を。

 それは〝死の旅人〟。

 ケマチェンとフェウが率いている冒険者崩れの人族たちだった。


 多数の冒険者たちを裏切り、樹海のどこかに消えたという〝死の旅人〟。


 そして、そのケマチェンとフェウの死の旅人たちから、白い紋章を体内に埋め込まれ『秘宝を盗め』といった指示に従うしかなかったツラヌキ団を率いるオフィーリア。


 さらに、古代狼族たちも被害にあっているという白色の貴婦人。


 ヒヨリミ様は気付いていないようだが。

 ツラヌキ団を操っていたケマチェンとフェウの背後に、他の人族地域にも被害をもたらしている白色の貴婦人と呼ばれている存在が居ることは確実だろう。


 霧を操る未知の存在。

 そいつが今回のすべての原因か。

 そこで怒りを覚えながら右手に握る月狼環ノ槍も見た。


 そして、少し遅れてハイグリアを見る。

 視線を合わせると微笑んでくれた。

 口の端の牙がチャームポイントな彼女は、前に、


『うん。旧神ゴ・ラードや白色の貴婦人から小月ウリオウ様の聖杯を守るためとはいえ……自らの身を犠牲とし、呪いの聖杯を逆に作ってしまったアルデルが使っていた槍……だと思う』


 と、語っていた。


 古代狼族との争いもある白色の貴婦人。

 だから……、と、もう一度、月狼環ノ槍を見る。


『お前が、壁から俺の前に現れた理由か?』


 と、思念を送るように尋ねた。

 月狼環ノ槍はすぐさま応えてくれた。


 穂先から狼の幻影が一匹飛び出てくる。

 その狼の幻影は宙を彷徨うと、ヒヨリミ様の方に向かいながら消えていった。


 だが、今の幻影は俺しか見えなかったようだ。

 ヒヨリミ様の近くにある竹筒が震えていたが……。


 しかし、これらの情報から……。

 すべての点が線となった瞬間か。

 ケマチェンとフェウという人族は敵。

 そして、彼らの背後に暗躍する白色の貴婦人が……黒幕か。


 霧を操る未知の強者。

 白き、白の、とか、白色の貴婦人と呼ばれている敵。


 前に、ダオンさんが語っていたが。

 戦い敗れると、白の紋章と化してしまうんだっけ……。


 だとすると、聖ギルド連盟とも争ったそのケマチェンとフェウだが……。

 操られている可能性もあるのか?


 だが、操られていたとしても……。

 アラハたちツラヌキ団の小柄獣人ノイルランナーたちを苦しめている原因。


 俺は奴隷落ちした、そのサザーを奴隷にしたからなんともいえないが……。

 だが、もうサザーは奴隷ではない。

 俺の眷属、家族だ。

 そして、眷属となったサザーの家族アラハに対して、ケマチェンたちが、未知の紋章を埋め込んだということ。


 俺の眷属に連なる者に手を出したのと同じ。

 これには怒りを覚える。


「がるるぅ」


 神獣ロロディーヌも俺と同様のようだ。

 サザーが大好きだからな。


 さて、俺のこの考えを皆と共有だ。

 報告しておこう。


「ヒヨリミ様。そのケマチェンとフェウですが、白色の貴婦人も関係するかと……」

「え……」


 皆の注目が俺に集まる……。

 そうして……今の考察を手短に説明していく。


「……凄いシュウヤ! 誇らしいぞ。普通なら大事件だったはず。それを未然に防ぎ、悪者たちの存在を暴いた!」

「そうですね。ハイグリアが選んだ番の相手。シュウヤ様はやはり……」


 と、ヒヨリミ様も興奮したように高い鼻をひくひくと動かす。

 そして、俺の持つ月狼環ノ槍を注視してきた。


「ハイグリア。まだだ。暴いたというか白色の貴婦人の存在が浮き彫りになっただけだ」

「シュウヤ様、謙遜はいけません。それこそ重要なこと。何もしらないままでしたら、今ごろは、ツラヌキ団、オフィーリア、皆、そこのトラさんも、死んでいた可能性があったのです。そして、白色の貴婦人が、未だにわたしたちの都市を狙っていることが確実となりました。なんとお礼を言ったらいいのか……」


 そうかもしれないが、黒幕を知った以上はな。


「ヒヨリミ様。ありがとう。しかし、背後の腐った女の黒幕の存在に一泡吹かせる。いや、討ち滅ぼすまで、魔槍杖バルドークでぶっ叩き続けたい……だから喜びはありえません」


 ヒヨリミ様は目をぱちぱちと動かし、


「ふふ、勇ましい……素敵な方。ハイグリア……の番も大変喜ばしい想いでしたが、わたしでさえ心が奮えます……」


 ヒヨリミ様の表情に熱が帯びる。

 ハイグリアは微妙な表情に変わっていた。

 だが、俺は微笑むと、すぐに嬉しそうに尻尾を揺らして笑顔を見せるハイグリア。


 うん、彼女はあの笑顔がいい!


 その様子を見ていたヒヨリミ様は優しい表情で、頷く。

 俺は話を続けた。


「その、ハイグリアとの番のことですが、いつ行えば……」

「シュウヤ! わたしはいつでもいい!」

「神像広場では、催しがまだありますから、五日後の夜……では、どうでしょう」

「了解です」


 五日後か。

 その間にできることは……。


「婆様、わたしはすぐにでも……」

「ハイグリア。貴女は神姫の立場を忘れてませんか?」

「わ、忘れてません。五日後まで待ちます!」

「ふふ、そうです。焦りは禁物ですよ。すべての狼将にもう伝えてありますからね。そして、ハイグリア、貴女も準備が必要です。神姫として番の相手は特別なのですから。アーゼン鳥の焼き鳥よりも美味しい物も用意しなくてはいけません。ハイグリアも特別な夜、神楽の儀式も兼ねて楽しみたいでしょう?」

「はい!!」


 子供のように挙手をするハイグリア。

 尻尾がぶるんぶるんと揺れてダオンさんとリョクラインが少し離れた。


 アリスも手を上げて、真似をしていた。


「ふふ」


 ヒヨリミ様は婆さんというかお母さんという感じだ。

 さて、まったりとなったが、


「そして、くすぐりを受けているアラハのことですが、彼女の家族のサザーは俺の家族。光魔ルシヴァルの血を引く眷属。今はペルネーテで魔石集めの仕事をしてますが……そのサザーに連絡をして<筆頭従者長>のヴィーネにも血文字で連絡を取りたいと思います」

「あ、分かりました。特別に広い部屋を用意してありますから、そこの吸血鬼たちのことも頼みますよ」


 ヒヨリミ様は腕を伸ばす。

 小さい沼の側の方角に部屋があるようだ。


「はい、では、お言葉に甘えて。ロロ、ツラヌキ団のメンバーとレネたちを頼む。バーレンティンも行こうか」

「承知」


 ヒヨリミ様たちに頭を下げてから、ヴァンパイアたち墓掘り人を連れて隣の部屋に続いている渡り廊下に向けて歩こうとした時、


「にゃお」


 と、神獣ロロディーヌの声が響く。

 神獣ロロディーヌは触手でレネとソプラさんとオフィーリアたちを器用に掴む。


 三人の美女を俺の側に運ぶ。

 ツラヌキ団のメンバーたちを自分の横に運ぶロロディーヌ。

 勿論、アラハがお気に入りだ。

 サザーと同じ匂いだからなのか分からないが……。

 ペロペロと黒豹よりも大きい巨大なピンクの舌で舐められているアラハ。


 その瞬間、音楽が鳴り出した。

 心地よい音だ。

 音楽を奏でる黒衣の方々の腕前は、かなりのもの。


「では、こちらへ」


 先にスタスタと先に歩いた黒衣の笛を持ったキコとジェスが案内してくれるらしい。

 すると、音楽に気を良くしたロロディーヌがリズミカルに走り出す。


 ツラヌキ団のメンバーを連れて、部屋と地続きの廊下の端に移動した。

 端に前足を乗せると、そこから頭部を綺麗な沼地の方に向け、


「ンンン――にゃおぉぉぉ~ん」


 神獣ロロディーヌは鳴き声を上げていた。

 ツラヌキ団を捕まえて、新しい子分たちを得た気分なのか?

 もしかしたら、ザハという鯉を捕まえる気なのかもしれない……。


 その時、ハイグリアが、


「神獣様は元気もりもりだ!」

「そうだな。で、ハイグリアは来ないのか?」


 そう聞くと、ハイグリアは視線を泳がせて、


「……シュウヤ、わたしは神楽の儀式に向けての準備に入る……五日後、よ、よろしくたのむ……」


 と、恥ずかしそうな表情を浮かべながら喋りヒヨリミ様と離れていった。 


「おうよ、期待はするなよ?」


 と、離れているハイグリアに聞こえるか分からないが、少し照れ笑いをしながら話をした。

 さて、白色の貴婦人を討ちに出る前に……。

 部屋でひさしぶりにまったりしてから、皆に血文字で連絡かな。

 そして、この隣を歩く……。

 かなりカッコイイ男のヴァーレンティンを含めた、気になる女ヴァンパイアのことも聞くとしようか。

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